2021年02月28日

権力側の歴史と民衆の歴史 (歴史を作るもの)


権力側の歴史と民衆の歴史

(歴史を作るもの)


歴史の見方となると常に権力闘争の歴史でありそこに欠けているのが民衆の歴史である
津波のことでも相馬藩で700人溺死と二行だけ記されていた
でもそれも忘れられていて津波の後に発見されたのである
そこに誰も注目していなかった、この辺では野馬追いがありまだ殿様が活きている
歴史を伝えている、それはいいとしても津波のことで大きな歴史の欠落があった
それは歴史と言ってもいろいろな見方があり一様ではない
歴史として記されるのは権力側から権力闘争の勝者によって記されたものである
そこでの一番の関心は相馬藩でもいかに相馬氏がこの地を支配したかということであり
戦争の記録は事細かに記されている
でも津波のことに関しては700人溺死しても関心もほとんどなかった
むしろこの辺では海側に旧勢力がありかえって津波でそこが打撃を受けて好都合になっただから相馬藩政期には二行しかた記されていなかったのである
その時戦国時代であり戦争が主な関心事だったからである
戦争に功績があったものが記されても民衆が津浪で700人死んだことより大事だったのである

歴史は一般的にそうして権力側から勝者から記されたものである
民衆からは記されていない、民衆からの歴史は公式な文書に記されないことが多い
ただ万葉集などには民衆の歌をのせてあり民衆の息吹を感じるものがある
でも歴史は一般的に権力者側から記されたものであり民衆側から記されたものがない
例えばなぜ明治維新で会津藩の悲劇が語られるがそれはあくまでも権力側からみる悲劇である
それを象徴していたのがその侍の悲劇と関係なくヤーヤー一揆を民衆がその時起こしていたことである
つまり侍が悲劇的に死んで薩摩長州に負けても民衆には関係ないものとして見ていた
かえって税金を高くとられていて不満がありそれでこの時とばかり一揆を起こしたのである
民衆と侍は一体ではない、侍は税金をとるものとしての侍でありそれで不満だったから一揆になった、なぜなら薩摩長州が攻めてきたらその土地の民衆も一緒に戦うはずだからである、それがかえってなかった、会津藩内に住んでいても侍と民衆は別々だったのであるだからあれだけ語られる会津の悲劇も別にそこに住んでいる農民などにとってはそう見ていないのである

民衆側にたって歴史を語ったのは柳田国男である、そこでは権力側のこと織田信長とか秀吉とか家康でも支配者のことは語られない、民衆の生活を探求したのである
そこで民衆は文書で歴史を残さない、だから口碑として言い伝えられたこと伝説でも重んじた、直接民衆から話を聞いたものから歴史を説いたのである
そういうことは今までになかったことでもある
権力闘争の歴史ではなく民衆の生活を歴史として発掘したのである
そういうことは地味でありドラマにもなりにくい、つまりドラマとして面白いのは取り上げられる、歴史となれば信長とか秀吉が主役となりドラマとして面白いとなる
でもそこで暮らした民衆のことは語られない、でも人間の歴史は営々とそれぞれの土地で暮らしてきた民衆の歴史が基になっている

それで会津藩があったとしてもヨ−ロッパのような市民というものが日本では発達しなかった、つまり会津藩ならヤーヤー一揆があったことでもわかる
もし市民共同体があれば市民が敵から責められたら一緒に戦ったはずだからである
市民はシテズンシップであり仲間である、侍と農民は別々のものとしてあり共同していない、そこにヨ−ロッパの歴史との大きな相違がある
それでパスポートに住んでいる市を書くのである、でも日本だと市としても市のもっている意味が違うのである、日本で市が生まれたのは明治以降だからである
市の門があり市長が市の鍵をもって市壁の中に許可がなければ入れないというのもそうである、市長の権限が大きいのである
歴史とはどうして共同意識を培ってきたかでもある
日本だったら村という単位でありヨ−ロッパだと市という範囲である
だから市を取り囲む市壁がある、それはがヨ−ロッパの歴史の特徴である
歴史的に作られたものでありそれがアイディンティティになる 

そして明治までは江戸時代には国民というのはいなかった
それぞれの藩に属していて国民というのはいなかったのである
それで西南戦争で明治政府の国民軍と西郷隆盛の侍集団の戦いがあり国民軍が勝って国民意識が生まれたのである、侍が支配する国ではない、国民が主役となる社会になったのである、その国民は対外的にもグロ−バル化した結果として国民がどこでも意識されるようになった、そして結果的には国民同士の熾烈な全面戦争となって何千万人が死んだとなる
ともかく歴史は作られるものでありそれぞれの一人一人が作ってゆくものである
それが今までは侍の歴史が歴史となっていたが柳田国男は民衆側にたった歴史を発掘したそこに功績があった、現代は逆に民衆が力をもったというとき民衆に国民一人一人が主役ともなるから責任は国民一人一人にあるともなる
でも依然として権力側と支配される者がいる、それは原発事故でも明らかになった
「安全神話」はあくまでも権力を持つ者立にらって作られたからである

現代の権力者とは官僚であれ学者(専門家)であれマスコミであれ組合であれ別なものに変わったからである、ただ現代では社会が複雑化してそうした権力が見えないのである
なぜなら民衆自体が権力化するということもある
民主主義は数がすべてとなるときそれが力となる時社会は歪められる
多数がすべてとなればただ数を集めればいいとなる、そしてナチスとか大衆ファシズムとかポピュリズムとかになりやすいのである
だから田中首相は数と金で決まると言ったのである
民衆と大衆は違ったものである、ギリシャのポリスとかヨ−ロッパの市民共同体とかは今の大衆とは違ったものとしてあった、市民として自覚は別なものとしてあった



会津世直し一揆(あいづよなおしいっき)は、明治元年10月3日(1868年11月16日)から同年12月1日(1869年1月13日)に旧会津藩領内で発生した世直し一揆。ヤーヤー一揆(やあやあいっき)とも。会津藩が降伏したことで起こった、溜まっていた会津藩への不満から起きた農民の反乱。明治政府は積極的に鎮圧せず、会津藩の元役人に交渉させて一揆勢は要望をいくつか実現させた

2021年02月27日

歴史として後世に伝えるもの (後世のために原発事故でも真実を伝える)


  歴史として後世に伝えるもの
  
  (後世のために原発事故でも真実を伝える)
  
歴史でも真実が伝えられない、それはなぜか?
その時代を語るにしてもそこにく権力があるものが歴史を伝えるからである
それで相馬藩で400年前に津波があってもわずか二行だけ700人溺死と記された
それも津波の後に発見されたのである
だからこの辺で津浪が来ないとしていたのである
津浪が来ない場所だとなっていた

でもその時代に津波があって被害かあった
それが記されなかったのは何故かとなる
その理由はその時相馬氏がこの辺に進出して土地の勢力者と戦っていた
それでその戦争のことは事細かに記されている
でも津波のことは二行しか記されなかったのである
関心は戦争のことにあったからだ 

つまり権力者が権力争いに没頭していたからである
そしてなぜ津波に関することが残されなかったのか?
それは権力がなければ記すこともできなかった
文字として記すには第一支配された民衆はまだ字を書けていないともなるし
石碑一つ建てるにも金がかかるからその記録を残されなかったとなる
伝説は残したとしてもそれは文字に記録されるものとは違っているから信憑性がないともなる、もちろん文字に記されても権力者の都合のいいようにも記される
要するに歴史は勝者の歴史ということであり歴史には権力者の都合のいいように作られるともなる  

だから日本の戦争でアメリカに負けた時もそうである、アメリカが勝者となりアメリカの都合のいいように語られて負けた日本人は裁判までされる
それは必ず不公平なのである、アメリカにも必ず非がある
戦争とは両方になにかしら非がある、だから一方にだけ非があるとするのは勝者になればそうできるからそうなっているだけなのである 

私は地元だからなぜ原発事故が起きたのかを追求し来た?

それはいろいろな原因があり複合的に起きたものである
責任は権力をもったものが起こしたことは確かである
その権力でもアメリカという巨大な圧力がありそれが権力となり古い型のマーク1の原子炉を売りつけられたとかある
また権力のトライアングルが形成されて強力なものとなり安全神話を作った
官僚ー御用学者(専門家)ーマスコミとかが一体となり形成して逆らうことができなくなった

そして地元にしろ漁業組合の漁業権を東電に売り渡して事故前十分な補償金を得ていたとかある、そのことを指摘しないが地元でもただ金になればいいしかないということでその原因を作ったし責任はあったのである
地元で地元の責任を言えば嫌われるし表に出ないがそうなるとやはり真実がわからなくなる、後世の人も何か事故の原因で真実なのかわからなくなる
つまり真実が伝えられないことでまた同じような事件が事故が過ちが起きるということである
それは戦争でもそうである、どうして戦争を起こしたのかと未だに不可解なのである
いろいろなことを言うにしてもなぜあれほどの戦争の犠牲があっても不可解になっているそれはやはりその時代を生きた人たちが真実を伝えないからだともなる
何か隠されて真実が出ないということがあり不可解になった
それは日本だけに火があるとは限らない、でも真実は闇の中になり解明できなくなった

私の証言は真実を伝えるものとして価値あるともなる
地元だからまたインタ−ネットがあり発言できたからだともなる
マスコミではやはり今でも真実を伝えないからである
原発のことでも他の重大なことでもマスコミは伝えない、権力側についたりして伝えないのである、そこで真実がわからなくなるのである

とにかく原発事故でも津波でも歴史的事件である、だからやがて時間が過ぎて歴史となるでもその真実は時間がたつにつれてやはりわからなくなる
そしてやはり権力の圧力により曲解されたりする 
するとそれが後世のものにとってどうなるのか?
事実があってもそんな事実はなかったとか何か誤って解釈される
すると同じ過ちがまたくりかえされるのである



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2021年02月26日

テレビの時代劇で善人顔の俳優まで悪い人に見えた (情報社会ではみんな人を疑い悪い人に見られる)


テレビの時代劇で善人顔の俳優まで悪い人に見えた

(情報社会ではみんな人を疑い悪い人に見られる)

必殺仕事人を見ているとそこに悪役の俳優がでる、顔まで悪役として一目見てそういう役を演じている、いかにも悪い奴だという顔なのである
でも今回の大きな店の旦那の妻は別に悪役に女性ではない
役としては普通の女性役であり顔でも悪役ではない、女性はあまり悪役の俳優はでないしわかりにくい
でもその女性は店の旦那の妻となりその店をのっとろうとしていた
そこの番頭とか役人もからんでいた
それを見ていたらその旦那を裏切る妻の役をしている女性が悪人に見えた
顔までそうではないのに悪人に見えた不思議がある
その女性は役ではそうなっていてももともと顔にしても善人役でしか見ていない
それが合っているのである
でも悪役になったら回りが悪人でありその女性でも顔でも悪人に見えたのである
善人面しても悪人だと見えた不思議がある

それはあくまでもドラマであり架空のことである
でも人間をみると特に現代では常に事件が報道される、すると何かこの世は悪い人ばかりかともみる、子供への性の事件もありそういう悪いことばかり興味があり報道される
そういうことをまた知りたいというの視聴者にある
この人は善人で普通の人ですよという人は興味をもたないのである
だから常に報道するのは悪人であり犯罪人なのである

それがどういうふうに社会に影響するのか?

人間はみんな悪人だ、疑ってかかれとなる、人を見たら泥棒と思へとなる
それは確かに現実にある、だからこそ疑い警戒する、それで近くのコンビニに入ったら
手までとりあげられて盗んでいないか調べられた
そんな強引なことを大人にしていいのかともなる、それ以来そこのコンビニには入らないそこでは監視カメラをつけて警備会社が監視もしている
その店にすれば盗まれることが多いからそうしているのである
つまりそうしないと被害が大きくなり店もつづけられないともなるからだ

警官になればまず疑うことが商売なのだから人間はみんな悪い奴だ、犯罪人としてみる
だからみんな犯罪人と見て調べるのである
現代は情報社会になった時、テレビでも絶えず事件になること犯罪の報道する
すると何かみんな犯罪人に見えるのである
それが極一部でも全体が全員が犯罪者のように見えて来る
そして過剰に警戒するようになる、他のコンビニでもそういうことを経験しているからだまた駅でボランティアで案内したときも警察に通報されてみんなの前で職務質問されて
こいつは怪しい奴だと公衆の面前でされた

つまり今やこうしてみんな人は悪人だと見ている、犯罪者とも見ている
そういうことがテレビの報道とかで助長された時代である
犯罪や事件は報道する、それが狭い範囲で情報も噂くらいの時代なら全国に起きることはわからない、するとそんなに犯罪がないとなる
全国規模で世界規模で犯罪を報道していたら当然世界中の人が犯罪者なのかとまでなる
世界でも常に犯罪の報道はされるからである

また犯罪報道すると遠くても危険を感じる、自分の身に及んでくるのではないかと危険を感じる、実際は遠くならそういうことがないとしても危険を感じるのである
だから世界で起きる犯罪でも自分の身に及んでくるのかとまでなる
そのためにマクルハーンが世界が村になったと警告していた
世界で起きる犯罪も村で起きたのと同じように見てしまうのである
それはグロ−バル化して現実に外国人でもいくらでも入ってくるから、外国人労働者でもそうである、するとその外国人でも恐れるようになる
でも実際は日本人の犯罪の方が多いし怖いのである
そして犯罪率は実際は低下している、でもそういうことは全然感じないのである
人間は統計の数字とかで全体を見るより一人でも悲惨な犯罪に合えばそのことに注目するその犯罪によってベトナム人が犯罪を犯せばベトナム人全体が犯罪者集団のように見えて来る

幼児とか子供は人間をこのように犯罪者には見ないのである
悪を知らないから見ないのである、それは悪が心の中にまだ芽生えていないからだとなる大人になると中学生からでも悪が生まれてくる
心の中に悪い心が生まれて来る、その心の悪が生じるから人間はみんな罪人だともなる
現実に悪いことをしなくても心の中で悪いことを思っただけで実は犯罪者だというときそうである
悪は犯罪でもまず心から起きて来る、憎いとかまず心の中で起きて現実にそれが最悪は殺人となるからだ、だから人間はみんな善人を装っていても悪人だと見ることもできる
まず心で悪を犯さないことはないからである、だから人間をみんな悪人と見ることが間違っているわけではない、そして人間の欲は消えることがない、その欲からも悪が生じて犯罪にもなるからである

だから人間社会とはこの世とは罪の世界であり悪い想念に充ちている
それはそうであってもその悪に興味を覚え絶えず悪を犯罪を報道して興味をそそる
そういうことがテレビとか情報社会になって余計に過剰化したのである
だからみんな警官になってしまった、それが江戸時代とか戦前でもその情報は限られていた、今は悪でも犯罪でも全国でありグローバルになっている
すると世界になれば何十億も人口があるのだから世界は悪で満ちているとなる
そうなるととこかで何か犯罪が起きる、凶悪な犯罪が起きている
それをいちいち見ていたらきりがなくなる

だから本当は犯罪をすべて報道していいのかも疑問である、知らなければ犯罪はないともなるからだ、その時幸福だったともなる、人間の暗黒面ばかり見せられているとそもそも安眠もできないとなってくる
いつ犯罪に逢うかとなりまともに歩けなくもなる、でも情報化社会で流通するのは逆にそうした悪であり犯罪や事件なのである
当たり前に平和に暮らしていますとなると話題にもならないし見ないのである

ともかくこの世にいる限りこうしてそもそも心で罪を犯しているのが人間である
するとその想念で犯罪にならなくても汚れることになる
天国では一切そういうことはない世界である
何かを悪く見たりしないのである、それは幼子とか無垢の子供の世界なのである
だからそこで悪い報道は一切ないのである
犯罪者もいない、心で罪を犯す人もいない世界なのである
だからそこでは悪いことは起きない犯罪者もいないし報道もされない世界である
つまりそこでは善いことしか起きないのである
悪は生じることのない世界なのである、それが天国なのである、神の国なのである

ともたく引きこもりになっているとき不思議だが社会とかかわらないとき悪は見えないということがあった
どうして出家したりして社会から離れて生活する僧とかが生まれたのか?
それはこの世が悪でありそれにかかわらないためでもあった
とうしても社会にあれば悪とかかわるし自らはそうでなくてもかかわるし悪を見るからである
その後私自身も社会とかかわり社会のあまりにもどす黒い人間の悪に接する見たとなる
その悪は人間の欲望から起きる、その欲を人間はたつことができないからこの世は欲で滅びると言っている
人間の欲は本当に恐ろしいものである、自分の欲のためには簡単に他人を殺すからである
たとえ殺人でなくても心の中で殺人を犯すからである
それは技術が進歩しても変わらない、人間そのものの欲は消えることがないからである、個々人はエゴてありそれが消えないからである

震災から十年ー(復興予算は何に使われたか) (復興とは何かー補償金をもらうことだけになった?)


震災から十年ー(復興予算は何に使われたか)

(復興とは何かー補償金をもらうことだけになった?)

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“国民1人あたり25万円” 復興予算はこう使われた
〜人口減少時代の災害復興〜(クローズ゙アップ現代)

インフラに建物や道路などで三分の一くらい使われた



復興とは何なのかというとき町を元の状態にもどす、前よりもいい町にする、創造的復興をするということで国の税金を一人当たり25万円も出した
でも結果的に復興はすすまない、原発避難区域はその補償金で故郷を出て行った
そして立派な家を建てそこで仕事をもち定着して子供も育てている
そうしたらその人たちは故郷には戻らないし復興など関係なくなっているのである

ただ残された親は老人は子供たちに帰って欲しいとなる、元の町にもどしてほしいとなるこうして内部でも心も分断しているし現実生活でも分断してしまったのである
それで復興とは補償金をより多くもらうことであり肝心の町の復興はみんなで一致して考えない
そのことは家族でも子供世代と親世代で分離してしまったことでもわかる
親たちはいくら戻って欲しいとしてももう生活が別々になったのだから帰らない
すると残された親世代は元の町に戻してほしいという切なる願いがあっても
老人だけではもう町自体成り立たないのである
それで少子高齢化であり人口減少が前からありそれも影響したのである
だから老人だけの町、シルバータウンが成り立つのかということである

また子供世代が帰らないとしても残された親世代の老人は帰って元の町にしてほしいとなっても現実に世代間で分断している現実があり修復はもうできないのである
それが外部の人を入れて復興しようとしたがこれもなじめず定着しないというのが多いという、だから国民一人当たり25万円もの復興予算をつぎ込んでも道路とか建物とかは立派になり復興したとなるが肝心のそこに住む人がいないのである

それで奇妙なのは飯館村である、農家でもこしんまりした新しい家が建っているので住んでいるのかとみたら住んでいないのである、それでそれはそこに住んでいた人が時々帰ってくる別荘だという、また施設とか学校でも50億とかかけて立派にしても肝心の生徒は5人でそれも村内には住んでいないのである
おそらくたいがい福島市であれ村の外に出て家を建て住んでいる
テレビでも見たが浪江の人が本宮町にあたらしい家を建てて住んでいる
でも時々浪江に来て自分の家をみたり田畑を見たりしている
でもそういう人はもう浪江町に帰らないのである

そしてもっと補償金をくれ!

これが最大の関心事であったし町自体の復興ということは外部の者がすることであり
そこに住んでいる人たちは補償金をもっともらいその金で仙台市とかに移り成功した人が話題になった、補償金を資本として事業を始めて成功したのである
その人は町の復興とか関係なくなっていたのである
そして親は老人は残されていて帰って欲しいとなっている

補償金をもらった⇒町を出て行く資金となった⇒故郷には帰ってこない

立派な施設や学校や道路は作った⇒肝心の利用する住人がいない

ただでは外に出て行った人を責められるかとなるとそれもできない
なぜなら武田邦彦氏などは十年過ぎて心筋梗塞とか甲状腺ガンが増えていてとてもそこには住めないとしているからだ、ただそれは明確にはなっていない

不思議なのは復興というときもともとそこに住んでいる人が中心になり復興がある
でも肝心の中心になるべき復興の主体となる人たちが流出してしまった
それで復興とは一体何なのかわからなくなった
南相馬市でも小高はやはり三分の一くらいは帰っているとしてもほとんど老人なのであるだから車が街中を通らない、もともと人は街を歩まないにしても車はひっきりなしに通っているからである、それが車が通るのが少ないのである
だから静かなのである

ただ正直自分が何か言うと批判になる、だから最初は復興してもらいたいと思っていたが今は無理だともみる、かえって最初から帰ることをあきらめた人が賢いともされる
見切りをつけて土地が安い時に買って家を建てた
土地の値段が原町とか鹿島とか相馬市とかでも上がったからである
それだけ原発避難区域から移住した人が多いからである
だからいわき市には二万とかの人が移り次々に新しい家を建ててひんしゅくをかったのである

でも十年すぎてインフラとか宮城県とか岩手県でも防潮堤とか建物とか道路は復興した
それで石巻市でも立派な会館を作ったがその維持費が高くなるので困っているとなる
そんな立派な建物が必要だったのかとされている
でもそれは市民の要求だったのである、だから市政が悪いともならない
では維持費を誰が出すのか、市で出すとしたら市民の負担にもなる
国では復興予算は減らすからである、原発事故の国からの援助も十年過ぎて縮小される
その額も大きい、そして医療費でも高速無料化も終わる
それも南相馬市だと30キロ圏内は十年もつづいたのである
でも30キロからはずれた地域は医療費補償でも半年で打ち切られたのである

それで意外と補償金をもらうにしても個々人で差がある、土地とか家をもっていたとか財産があった人は補償が大きくなる、でも浪江の復興住宅に住んでいる人は夜でも電気を消している、相当に苦しい生活をしている、それは意外だったのである
なぜ双葉の人がコンビニ強盗したのか?
これも不可解である、双葉だったらまだ避難解除されていないから確実に補償金が入っているから生活に困るはずがないと見たからである
ただその辺の詳しい事情はわからないけど意外と補償金にしてもそれだけでも生活できない状態になっている人も増えたともなる
外に生活を移してもそうなるとまた金がかかるからである
復興住宅では家賃が今ではとられている、それも負担なのである
その他そうした大きな金が入ると浪費しやすいことである、何か女遊びとかに使ったり浪費した人も多いのである
それでギャンブルに狂った人もいた、仮設に入った人たちは何もすることがないのでパチンコ通いだったのである
それで外から来たボランティアが馬鹿らしいとなったのである
モラル的にも荒廃したのである、被害者自体がそういうふうになっていると外部の人も本気で助けるのかとなる
そしてただ補償金をもっとよこせとか被害者意識のみが残る
すべてが原発事故のせいだとなる、事業に失敗してもそれせ原発事故のせいだとなり責任がないともなる

ともかく南相馬市では国の支援金が縮小される、それは相当に影響する
だから生活保護でも最低限保障されていない、医療費くらいが無料だとかなっている人がいる、生活保護でもそうなっている、それで市の財政も苦しくなっているからそうしているのかともみる
復興というと国民一人25万もの税金を投入しても必ずしも復興にはならなかった、かえってその補償金で自治体が分断されたりした、家族もばらばらになり住むようになった、それは立派な建物であれ施設であれ道路ができたとしても回復しないのである
だから金だけですべて解決するとはならない、かえって金で人の心は分断されたとなる
それで水俣病でも補償金でだめになったというときここも同じなのである
公害になったら終わりだと言っているからである
補償金をもらう闘争が復興であり肝心の町の復興とかはなくなる
だから今は自分はかかわりたくない、ただ南相馬市だと小高もそうなのだから市の財政とかで影響してくる、だから復興してもらいたいとなる

でも復興の主体になるのは誰なのか?

小高の人にとってみれば補償金を多くもらえるのは当然であるとなりそれを言うと怒る
そしてもっと補償金を出せとなる、でももう国でも打ち切りであり市の財政でも苦しくなる、つまり小高区は死にとって負担になってくるのである
そこは老人だけの町だとなれば福祉でも負担が増える、それで介護士がいないので青森の施設に送られているのである
これはここだけではない、限界集落がインフラとかで80倍の負担がかかるからもうつぶした方がいいとか都会の人が言う時もそうである
少子高齢化でもう維持できないからである、するとそういう場所に金をつぎこんでも無駄だとかなり、三陸の津波被害の時、官僚がじいちゃん、ばあちゃんの町に金をつぎこんでも無駄だと言ったのである
そのことは批判されたけど現実問題として何か解決方法がないからそう言ったのである
日本全体が少子高齢化で人口が減り空家が800万軒になるというのも驚きである
そういうことが津波や原発被害地域で極端なものとして現象化したとも見るからである
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2021年02月25日

陸奥の真野の草原が地質的にも境目だった (鶴岡から相馬地域は共通した地質を形成)


陸奥の真野の草原が地質的にも境目だった

(鶴岡から相馬地域は共通した地質を形成)

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歴史に見る東北の方位(東北学文庫1)


陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを ...

笠女郎(かさのいらつめ)の大伴宿禰家持(おほとものすくねやかもち)に贈れる歌三首
陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

ここは確かに地形的にも地質学でも鶴岡から相馬地域で区切られた場所である
その自然の境界がまた歴史的境界ともなっていた
南限の地としてマルハシャリンバイ自生の知とされるのもそうである
ここは照葉樹林帯の南限の地だともなるからだ

こうして真野の草原は自然の境界でもある、気候とか地質でも境界になっている
だから石巻説になると遠すぎるのである
不思議なのはここでも地図を見るとなぜぴったりと相馬地域まで明確に地形や地質の差があり境界になっていることなのである

ここは気候でもそうだうし地形でも地質でも境界になっていてそれでこの場所が西から来た人々に意識されるようになった
境界というのは意識されやすいのである
大陸では大きな川である、ライン河をローマ帝国をはばんだ、そこは異民族のゲルマンの地だったからである、ライン河を境にして風土も文化も歴史も違っていたからである

ここでは河ではないが地質的にも気候的にも境となっていて真野の草原として知られるようになったのである、草原(かやはら)は地名なのである
もし草原(かやはら)だったら別に萱などはどこにでも日本では茂っている
もし植物相でも変わったものになっていたら別である
草原が萱は南でも西でも東でも関係なく日本ならどこでも茂っているからそれが何か特別の目印にはならないからである
ただこれは本当にまぎらわしいものとなっていたのである

2021年02月24日

会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する (古町があり新町がある)


会津から新津駅ー地名を知り旅を回想する

(古町があり新町がある)

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古津に対する新津で、船着き場として発生、鎌倉時代には豪族新津氏の存在が知られる。近世は新発田(しばた)藩の新津組の大庄屋(おおじょうや)町として六斎市(ろくさいいち)でにぎわった

その名の通り船着き場として発生した新津は江戸時代は新発田藩領の在郷町・大庄屋町として六斎市で賑わい、街道が分岐する交通の要衝の町として発展していた[1][2]。その後明治・大正期に入り、新津油田を中心とした石油の町、新津駅を中心とした鉄道のまちとして栄える

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%B4%A5%E5%B8%82


新津にて線路交わるここよりし雪の覆いし会津の山見ゆ

電車の旅となると全国を行っている、その記憶をたどる、旅しているときはその地理がわからない、それで記憶をたどり地図を見てふりかえる
会津から磐越西線を来て阿賀野川の船運の港があった津川により新津駅により
そこから会津の雪の山が見えた、その時は冬だった

新津駅は

大正中期には羽越本線(うえつほんせん)、磐越西線(ばんえつさいせん)と信越本線の交差する交通の要衝として、機関庫、鉄道工場などが立地し、交通都市として繁栄した

もともとここは最初は川が交通路になり最初は古津があり新津に移動した
必ず古町があり新町ができる、それは意外と狭い地域でも古町と新町がある
繁華な町でも交通が変わると変化するのだ
それは原町が原町機関区として発展した、駅前通りができた、そして浜街道の宿場町が古町ともなり次に自動車時代になり六号線ができて駅の東側に新しい町ができた
そこはもともと原町であり原っぱであり江戸時代までは雲雀が原で野馬追い祭りが行われていた、つまり人家はなかったのである
それが駅ができて駅前通りになったのである、そういうことが日本には多い

新津駅は鉄道の要所となり路線が交わる、ただ海が見えないから新潟市でも広いからなかなか地理がわからない、新潟市というとその名でも新しい潟(かた)のことである
湿地帯だった、日本海側も最初は湿地帯でありそこから日本海を通じて交通があり江戸時代でも北前船があり阿賀野川があり船運があった
津川には川の港があり一時期栄えたのである

津川にそ川の港や雪深くつもり我が踏み帰りけるかな

「イザベラ・バードの阿賀流域行路を辿る」そのB津川の河港から出航し阿賀野川の船旅へ
https://aganogawa.info/archives/18398

会津がなぜ古代から大きな国だったかというと日本海側からの交通があり吉備とかと交流があった、なぜなら大塚山古墳の三角神獣鏡は吉備のと同はんのものだったからである
日本は最初出雲でも日本海側から発展した
それは韓半島と近いから国引き神話が生まれた、それも交通の便からそうなったのである地理が影響してそうなった、出雲が大きな勢力となり日本海を通じて東北地方に進出したそれで出雲が蝦夷だったというのもわかる
大和朝廷に出雲でも国譲りがありふがて長野県の諏訪とかに逃れて蝦夷地へ逃れたのである、それでとにかく諏訪神社が多いのである

地理と歴史は一体であり地歴となる、そして地理を知る時、地名も一体のものとして知るべきだとなる、なぜなら新旧を知るには古津があり古町があり古田とかあるからだ
それで新旧を知ることになる、まず地域でも新旧を知ることが大事たというのはそのためである

『新潟古町 隠れ家居酒屋【月ひかり】

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こういう地名もありそこに居酒屋の月ひかりがあるのは名前からして詩的だともなる
古町ー隠れ家ー月ひかりが詩的にもなる
だからこの命名が良かったとなる

それは相馬市の田町通りの居酒屋でもそうだった、何か詩的なイメージになる
そこではなじみの客がいて集まる人は年配の人なのかともなる
ただそれはあくまでもイメージであり現実は違っている
場末のごちゃごちゃした飲み屋とかともなる

とにかく旅をしても地理は本当にわかりにくい、例えば阿賀野川でも実際にその川を会津若松まで船で来れば地理が実感できるのである、それが電車だとわかりにくくなる
川で下ったり上ったりして知る地理と電車で知る地理は違っているからだ
日本が山が多くて地理がわりにくいのである、大陸だと長大な河がありその河かち地理をしるからわかたやすいともなる、一本の長大な川を中心にして地理をしる
そこが文明の発祥地だというのもわかりやすいのである
ナイル河とかガンジス川とか揚子江とか黄河とかなる
とにかくガンジス河でも上流でもその幅が広いことに驚くのである
それでインドではガンジス河中心の神話が生まれたことも理解できるのである

新潟県から会津へ阿賀野川を通じて交通があった、それで北前船が交通があったとき
江戸時代末期にコレラも伝染したのである、つまり交通があれば必ずウィルスは伝染するのである、これはもう避けられないのである
伝染しなかったのは交通がなかった秘境の桧枝岐(ひのえまた)だったとなるからだ
歴史は地歴であり空間軸と時間軸から成り立つ、空間軸は地理である
その地理がわかりにくいのである、時間軸でもこれも過去のことだから想像力が地理より必要になるから理解するのがさらにむずかしくなる
地理だと古代でもその前の古生代からも地理は変わらない、でも空間軸でもと広いし複雑だからわかりにくいのである


人生は何に時間をかけたかで決まる (時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


人生は何に時間をかけたかで決まる

(時間は限られているからーそして老人はみんな後悔している)


時間というのは意識しにくい、時間の貴重さを意識しにくい、でも確実に時間は消失してゆく、時間が消失してゆくことは金を使うのとは違う、金だったら十円で損すると損したという気分になる、でも時間はそうはならないのである
だから時間の貴重さを意識しにくいのである
でも時間は確実に日々消失して最後はなくなる、その時は死ぬ時だとなる
老人になればわかる、みんな後悔している時何かをしなかったとか時間を有効に使わなかったことの後悔なのである、時間を無駄にしたことの後悔なのである
そして人生とは何に時間を費やしたかが人生になってしまう

仕事にしてもその人の資質とかは関係してもある仕事を覚えるにしても時間がかかる
あらゆることに時間をかけることはできない、すると人間はあることに時間をかけたものがその人を作りそれが人生だったともなる
職場でもそうである、そこで時間を費やせば時間をかけたのだからその職場の仲間であれ仕事であれ人生だったともなる
ともに仕事をしたとかもあるが貴重な時間をともに過ごしたということでもある
だからあまり転職をしない方がいいというのは会社でも仕事でも覚えるのに時間がかかるそれで転々として職場が変わるとスキルも身につかないとなる
ある仕事を覚えるのにも時間がかかるからである
そのために派遣と非正規の仕事はスキルが身につかずに終わるからいい働き方ではないとなる

例えば

100=A+B+C

とある、100が時間である、すると100の時間があってもABC に時間を分散していたら何か一つにAに100を費やすのと30とかに時間を分散させるのでは相当に結果的に違ったものになる、才能とか資質があっても問題はどれだけ時間をかけるかで決まる
いくら才能があってもあらゆることに通じることはできない、時間をかけることできないでも才能がなくても一つのことに時間をかければそれなりのものになる
結局人生は何に時間を費やしたかで決まる、そして最後はみんな時間切れになっているのだ、もう何かに費やす時間がなくなるのである
そしてみんなこれぽっちで終わりなのかとショックになる
おそらく百才生きてもそうなる、時間はみんな限られているし平等にしか与えられない
ある人には200とかある人は100だとかならない、金を不平等に与えられても時間は平等に与えられている、だからいかに時間を活かすかで人生は決まるとなる

自分のように定職もなく旅ばかりしていたら旅が人生ともなる、でも現代に旅人はいないということを書いてきた、すると旅人となることは特殊なことでありみんなが経験できることではないともなる
現代の旅は移動するだけである、車で移動してうまいものを食べるとかになる
旅人とはなれないのである、それはアウトサイダーになってしまうのである
でも旅人になることは旅に時間を費やすこともその人の人生だったとなる
それで芭蕉の俳句が生まれたりしたのである

だから何十年も一緒に生活して離婚することである、晩年になって夫が退職したりして
離婚する、それが理解できないのである
では新しい人間関係とか互いに理解するにはまた時間がかかる
人間は何をするにも時間がかかる、人間でも親しくなるには信頼を築くには時間がかかるそれで使用人でも十年とか勤めていると信用されるようになる
それだけの時間がそうさせたのである、時間が限られているのだからまた別な人とやり直すのは時間がかかる、だから離婚することはもったいないとなるが現実は三人に一人とか離婚しているのである

つくづく自分は若い時から株をしていれば良かったとなる
でも団塊の世代とかその下でも別に貯金していれば利子がついたのだから投資をする必要もないし学ぶ必要もなかったのである
だから今の老人は貯金していれば安全だという意識がありしないできないのである
経験がない株に時間を費やした時間がなかったからである
株に詳しくなるにしても時間がかかるのである
だから株は長期的にみれば上がり下がりがあってももうかるとなる
でもそのスキルを会得するには時間がかかる、それで銀行の営業の人がすすめられたらまかせるとなってしまう、それで損したのである

つまり何でも習熟するには時間がかかり経験も必要であり簡単に覚えられないのである
それは個々の仕事でも簡単な仕事でもそうである、仕事を覚えるのには時間がかかるのである、それで自分には合ってないと思っていても一つの仕事に時間をかけてしていればその仕事に詳しくなる、プロになるともなる
まず家事でもこれを習熟するには時間がかかると思った、未だに料理ができないことでもわかる、それだけ習熟するには時間がかかる
そして人間はいろんなことに習熟できない、時間をかけるものは限られているから最後はこんなわずかなことしかできなかったのかと驚くのである
若い時は何かを成しうると思っていたのは無限に時間があるかと思っていたからである
また暇に感じるのもそうである、でも確実に時間は消失してゆく
最後は老人は金より時間が黄金のように価値あるものとなる
なぜならそもそも生きる時間が消えてゆくからである
日々何であれ見納めだとかなってしまう、末期の眼で見ることになるからそこにいるということだけでも貴重な時間になってゆく
その感覚が若い時はわからないのである

もし老人のような境地になっていたら時間を絶対に無駄にしなかっただろう
でも若い時は時間の貴重さがわからないのである
最後になってわかる、それでみんな後悔しているのである
そして最後はお別れだけが人生だともなる
本当にこの世で人間が逢うということは何なのか?
これ自体不思議だとなる、なぜならこの世で逢ったとしても永遠に死ねば逢わなくなる
家族もみんな死んでもう会えないとかなる、死んで逢うことの貴重さを知る
でもみんな逢うことの貴重さを自覚する人はいないし何か逢うということが何か意味を見出していない、ただ通りすぎてゆくだけだとかしかない

とにかく人生でも最後になるとあっという間に終わりだったとなる
それが否応でも自覚させられるのは老人になってからである
これぽっちで終わりなのかと驚くのである、そして信仰でも若い時汝の神を知れというときもそうである、若い時求道しなければあとは神を知ることができないというのもショックである、悟りとか信仰は老人になってからでいいとかなる
でもこれも老人になってからは時すでに遅しとなっているのである
要するに神を知る機会を失っていたのである
そしてその時間をがもう取り戻せない、失われた時間を取り戻せない

それはあらゆる面で言えるのである、こうしてみんな後悔しない人はいないとなっている
だから若い時は実は老人をみることである、老人を知ることだともなる
老人の言っていることを参考にすべきだとなる
同世代では人生がどういうものかわからないからだ
時間が貴重だとか同世代では感じないからである
人生の結果が老人に現れる、ではどうしたらいいのかとなると老人を知り老人の言うことに耳を傾けることだともなる
説教を聞くのが嫌だとかではなく、それは自分自身のために聴くのである
つまり若い人もみんな老人になるからだ、だからその時みんな後悔するけどなるべく後悔しない生き方をする、それは時間が消失してゆくことが一番の人間の問題だと知ることなのである、時間を浪費することが最大の後悔となるからである



2021年02月23日

読めない株の変化ー経済は壊れている (自分で判断できる人が株をやるべき)


読めない株の変化ー経済は壊れている

(自分で判断できる人が株をやるべき)

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なぜ自分自身が株をしておかしくなったのか?

それは銀行の仲介者に営業の人に頼ったからだ

株も投資信託もわからないが地銀の営業の人にまかせた、まためんどうだし時間もないからそうした、それでもともと株は複雑なものでありまたその営業の人を頼った結果としてさらに複雑になり混乱した

最初石油があがるからカナダ国債を買った
実際その頃石油が上がっていて石油がとれる国の株は高くなるとふんでいたのである
でもこれも
急激に石油が急降下したように下がったのである
つまり石油が下がるということを見込めなかった
営業の人は適当にカナダ国債をすすめただけだったのである

次にUS-reitを買った、それがトランプ大統領になったとき急激に円安になりもうかった
その時すぐに売ったからである
でも為替差益がありこれが怖いと言うので日本のJ-REITを買った
これは安全志向でそうなった

でも一番の問題はその時、もっていたリーマンショックで半分になった株が上がって来たのに銀行の営業の人が売ってJ=REITに回したことである
これは一番の失敗だった、その時上がっているのに売ることに疑問だったが説明もなく売ったのである
それ以来銀行の営業の人を信じられなくなった
つまりなぜそうしして銀行では転売するのかというと売ったり買ったりして手数料が入るからである、その手数料金も額が多いと大きなものになる
こうして私の場合は株自体よりそれを仲介した銀行の営業の人に左右されて失敗したとなる

結局株自体複雑で予想できないものでありそれが銀行の仲介が入って余計複雑になり失敗したとなる
だから株はとにかく自分でもうけるにしろ損するにしろ自分で判断できる人がやるべきだとなる、それができる人がやるべきだとなる
だから若い時から株で少額でもいいから訓練していることである
でもまたその時間もかかるからめんどうだからまかせることになる
そこに落とし穴があった、これだけ変化するとなるともはうついていけないのである
さまざまな条件で株は変わるからである、最近その変わり方が激しいのである
確かなことは地銀とかは株の専門家ではない素人と同じである
支店長でも株のことは知らないと言っていたからである

では銀行の営業の人がすべて悪いものかとなるとそうでもない

なぜなら数か月前に株のチャートを見せて上がった時、買わないかと言われた
でもコロナウィルスとかいろいろありその営業の人を信用できなくなったし買わなかったそしてJ-REITを去年の一月に売った、それからコロナウィルスが増えてJ-reitは急激に下がったのである
その判断をしたのは銀行の営業の人が信じられなくなったからである
でも実際は別にその営業の人が悪いというのでもない、そもそも株は自己責任の世界だからである、でもその自己責任になるにしても仲介が入るとその仲介になる人が責任者にもなる、だからその責任を問うことになる、ただ銀行では一切責任はとらない
まず銀行の利益を優先するから転売をしたり銀行の都合で売買するのである

でも素人でもわかるのはチャートである、上り調子の時はやはり上がってゆく
そういう時売るべきではない、だからリーマンショックの株が元にもどして上がった時売るべきではなかったのである
ここから営業の人を信用できなくなったのである
それは株を冷静に見て判断したのではない、銀行のもうけのためにそうしただけだからである
だから自分で判断できない人は株はするべきではないともなる
結局自分の判断なら自分の責任だからである
そこに仲介者が入るとどうしても仲介者が責任にもなる
でも一切銀行では責任はとらないから頼るべきではないとなる

そして株でもうけるには長期的にみろということである、リーマンショックから8年すぎたくらいで元にもどりこんなに上がるとは思わなかったからである
倍にもあがりそのまま株をもっていたら大儲けしていたのである
株でも十年単位くらいで見ているともうかりやすいことである
そうなると若い時から株はしていた方が良いとなる、老人なると株は向いていないのである、つまり先がないから向いていないのである、十年後となると死んでいるかもしれないからである

でも昨今貯金は資産として危険であるということが常に言われる、でも老人は投資する
株でもうけようとすることは危険である
だからといって貯金でももっていても今は不安になる
いろいろ投資があっても理解できないしわからないから貯金しているほかないとなる
そもそもなぜコロナウィルスでこれほど騒いで苦しんでいる人がいるのに株が上がるということがどうしても理解できないからである
その理由は金が余っている、資本主義とは常に投資が必要である、投資先があって発展する、これまではグロ−バル経済が遅れた国でも中国のように巨大な投資先があると発展する、それも行き詰まると投資先がなくなり金が世界的に余ってくる
その金がバブルになる、資本主義はそうしてバブルが崩壊して恐慌になる歴史がある
つまり今は余っただぶついた金が株に回っている、株バブルである
何か特別成長している会社があって投資されているわけではない、政府でもコロナウィルスでも金をつぎこんでいる、それで景気と関係なく金が株に回っているだけだとなる
だから株が暴落すると言われるのである

いづれにしろアメリカは衰退する、金をもつことも巨大なカルマとなる
その金は世界から集めたものであり独占したものである
それを国際金融資本家が一手に集めるとかなる、つまりその金には世界の人々の労苦の賜物なのだがそれが極わずかの人によって独占されている
アメリカの富は数パーセントの人が50パーセントももっているというときそうである
それが巨大なカルマとなってアメリカ自体が衰退してゆくのである
一見金をもつことはいいように見える
ところがその金がカルマとなり悪く作用することがあるのだ
それは自分自身が経験している、なんで金のことでいろいろな問題が生まれ苦しんだからである、たいした金ではないにしろ金をめぐって争うことになる
遺産争いもありまた原発事故では補償金をめぐってこの辺はもめて分断された
それも金が悪く作用したからなのである
つまりアメリカは巨大なカルマを背負って自滅してゆくともなる
中国も同じである、中国の歴代王朝がつぶれたのも必ず貧困に苦しみ格差社会となり農民が主体となり反乱して王朝は倒された歴史がある
つまりやはたここでも大きな格差が生まれそれがカルマとなって王朝が倒れるのである
中国共産党もその歴代の王朝と同じであり倒れる危機になっている
それで社会は70年くらい過ぎると社会に歪が生まれ制度疲労が生まれ時の政権でも倒れる、そういう時期が今なのである

常識的にコロナウィルスでみんな苦しんでいる時なぜ株が上がってもうけているのか?
このこと自体経済が歪んでいる、経済の意味は

「経世済民(けいせいさいみん)」という言葉を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか? これは、6世紀ー10世紀頃にいくつか残された中国の古典に記載のある語句で、「世を経めて(治めて)民の苦しみを済う(救う)」という意味があります。

これが経済の意味であるけどそうなっていない、株はそれを反映していない
苦しむ人がいて株で大儲けして笑っている人がいるというのはまさにもう経済そのものが壊れているとなる、だからこそ何か大きな破綻が株の暴落が起きて恐慌が再現されるともなる、そしてその巨大なカルマは苦しとなって現象化するのである
それは個々人でも同じであり社会でも世界情勢でもカルマがかかわっているのである
つまりカルマにより大きな苦しみを受けるのである

中国・習近平が恐れている、米中貿易戦争より「ヤバすぎる現実」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59597

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2021年02月22日

の日に鹿島区の古墳、新田川ユッサから大原による


春の日に鹿島区の古墳、新田川ユッサから大原による

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ふるさとの古墳に根付く木冬深む

家の脇古墳いくつか春の山


春日さし石あたたかや五つほど

春日さし寄り合う人や石五つ

石五つ変わらずここに春の暮

春日さし老いゆくものや石五つ

春の雲ぽっかり浮きて昼の月

ふるさとの小径を行きて梅にほふ


広き庭いぬふぐり咲くも廃屋や遊ぶ子もなくさみしかりけり

大原に春田やあわれ知る人のここに眠るも残る廃屋

大原の暮らしを語る人のあれ廃屋淋し春の日暮れぬ


鹿島区は古墳の町とされる、古墳がやたらと多いのである
原町区は大きな桜井古墳だからそこがこの辺の中心だった
そこに二人が葬られた棺があるというときそれは同時代に葬られたのではない
二人の天皇が葬られた古墳があり時代的にずれている、時間差があって葬られたのである桜井古墳は大古墳だが鹿島区は小古墳がやたら多いから古墳の町とされる
その古墳に木がねづいているのも古墳の町らしいとはなる
歴史が継続しているという感覚になる、祖先がそこにいて継続しているという感覚にもなる
歴史は継続である、それが原発事故でふるさとの歴史は断たれる危機になった
他に移れば歴史の継続はなるなる、他ではまた一から歴史を作ることになるからだ
つまり移り住んだ人たちはこことは別な歴史を作ってゆくことになりここではその歴史の継続はなくなるのである、墓すらやがて子どもたちが移動した場所に移るからである

新田川ユッサによった、あそこの庭は貧弱でも一応庭である、庭に関心がある
石が好きであある、だから日本庭園のいいものを見たい感じたいとなるがこの辺にはない博物館でも庭がうまく作れていないのである
日本庭園がある旅館に泊まりたいともなるがそこは相当に高くなる
ただ泊まらないにしろいい庭を見たいとなるが見れないのである

ただあそこで風呂に入り休む場所としてはいい、石が五つというときそれは人間でもあるそしてそこに変わらず同じ場所にあるというとき落ち着くのである
というのは余りにもこの辺は変わりすぎたからである
それから年取ると変わることが苦手になる、変化に弱くなる
それで変わらない方がいいとなる、いつも親しい人が同じ人がいた方がいいともなる
それで心の安定がある、石五つつくらいありそれが仲間だともなる
ぽっかり春の雲が浮き昼の月もでていた

何か廃屋がある、その庭は広い、いぬふぐりも咲いたが人がいないので淋しい
そこで遊ぶ子でもいれば活きてくるがいないからそこが死んだ空間になる
何かそういう廃屋が増えてくる、日本で800万軒が廃屋化するというからそれは全国的なものである、第一原発避難区域になったところは廃屋だらけだからである
そこに残されたのは老人だけである、つまり極端な現象として限界集落になったのであるだからそういう老人を誰が世話するのだろうとなる、なぜなら子供の世代の人たちは補償金をもらって仙台市とか隣の市とかに移住して帰らないからである

大原の前田とうところに住んでいた人と南相馬市立病院に入院していてあった
その人は猫を飼っていてその猫を心配していたのである
子どもの世代は原町市街に移って住んでいて家だけがあった
そして死んで家は残ったが誰も住んでいないのである
墓も大原にありそこに眠っている、何か農村でも山村でも空洞化した
それは原発事故で余計にそうなったのである
春になれば春田になるのがでもそこで農業を受け継いで暮らす人は減った
だから子供は農業を受け継がないのである





2021年02月21日

文系大学学部廃止論はなぜ (原発事故でもコロナウィルスでも文系と理系の対立)


文系大学学部廃止論はなぜ

(原発事故でもコロナウィルスでも文系と理系の対立)


コロナ禍で加速する「理系専門家の教祖化」にダマされてはいけない
https://news.yahoo.co.jp/articles/ffec6ff44a23a7b952ea6d33e3017bce6c47602b


原発事故でもそうだった、放射線量が常に言われた、それは数字なのである
それで武田邦彦氏が年間一ミリシーベルを主張したとき一ミリシーベル男として批判された、つまりすべてが数字で計られる世界が理系である、だから数学がその基礎にある
コロナウィルスではやはり感染者数が毎日発表されてその数字に一喜一哀する
これは共通している、感染者数とかですべてが判断される世界では共通している
でもその数字がごまかされていることもあった
モニタリングポストの放射線量は低くされていた、その下の土を掘って捨てて設置されていた、だからその周りを計ると倍とかなっていた
それは自分で計ったからわかった、自分は文系だけど放射線量を計る機械があり理系でなくても計ることができたのである

文明が生まれたのは数量化すること数値化することである、それで麦の生産高を計る書記が神の様な力をもつようになった、それは官僚が今ではそうである
国の仕事は税金をとりそれを配分することである、それで財務省が一番力をもっている
学者でも予算を出すのはその財務省なのである
その研究が有効なのか価値があるのかを判定するのは研究者ではなく政府てあり官僚なのである
だから科学者が力をもっているようでも実際はその上に政府とか官僚とかがいる
するとその人たちは文系が比較的多い、すると理系より文系が上になるのかとなる

何か似ているのはいろいろな物つくりとか何か作り出すものが理系だとする
でもその理系が経営者として適しているかというと必ずしも適していない
経営者となると社会全体を相手にするし人を雇いモチベーションを与えるとか何かモラルとかとも関係して来る
経営者になるとまた人間そのものも問題にされる、人を使うことは機械やロボットを使うのと違うから複雑になる、それで会社でも必ず派閥争いがある
それは政治の世界でもそうである、つまり何か泥臭い人間の世界である
物を分析したり機械をロボットを作ったりするのとは違った生々しい人間の戦いがある

その人は理系である、一級の免許も持っている、でも技術者として雇われるているときは問題なかった、優秀とされた
でも経営者になったとき事業に失敗した、経営者になることは機械とかばかりに接しているのとも違う、様々な人と交渉したり営業をすることにもなる
それはまた商売にもなる、でもその人は営業とか商売の面で失敗したとなる
それは技術者というだけではない、人間相手でありそれでうまくいかなくなった
他の人でも社長になった人が仲間に裏切られて事業に失敗して原発事故の作業員としてここに来た、そういう人が事業に失敗したような人が原発事故以後かなり来ていたのである経営者になるとそうして人をまとめるということもしないとうまくいかない
利益配分などでももめる、それは戦国時代の殿様とかにもあてはまる
人を指導するとかなると機械だけに接しているのとは相当に違った世界だからである
それで経営者は文系も多いとなるし政治家でも文系が多い

何かどうしても上に立つ人でもただ自分の利益と出世とか地位とかばかり求める人に人はついてゆくのか?それが疑問なのである
その人は経営者だけど他人のために荷物一つを持つことも嫌がっていた
その人はただ経営者となり社長となり偉いとして世間に示すことで経営をはじめたともなる、自分は技術者として優秀だからはじめたが経営者になることは違ったものだった
経営者とは社会のためになることを必要なことを見出して援助することにもなる
そういう謙虚な心も必要である、経営者の人間性も問われる
あんな社長とは一緒にやっていられないというときそうである
その人間性まで問われているのである
雇い人を奴隷のように思っている人がはたして経営者になれるのかとなる
ただそういうことを実行すると雇う人が雇われる人と変わりなくなる
自分自身がそうなったことでもわかる、雇われる人が次々に要求して来る
そうなると自分自身が雇われるていると同じになる

そもそもなぜシャカであれキリストであれ社会の指導者になったのか?

その人は何か理系の専門家だったのか、その人たちがなぜ社会を導くものとしてありえたのか、それはモラルの模範としてあったからだとなる
何か理系として技術者として優れていたからではない、モラルの模範としてありそれが社会を導くものとして歴史的に重要なものとしたのである
モーゼの十戒とかでもそうである、それは法律にもなった
だから法学部とかが検察とか他でも上に立つのが現代だとなる
社会の規範として重んじられたのである

江戸時代はその模範となっていたのが侍だったとしている
でも侍は貧乏だった、庶民と変わらず貧乏だったのである、でも敬われていたのはモラルを示す模範としてあったからである
モラルの模範となる人は自己の欲ばかり追及する人では困るのである
それでシャカは洞窟で悟りを開き何ももっていない、家も家族もなかったのである
キリストも同じである、枕することなしであり寝る場所すらなかったのである
でもそういう人を社会の模範としたのは人間にとってモラルが一番大事だからそうなったそれでヨ−ロッパの大学では神学部と法学部と医学部しかなかった
そこから大学がはじまった、神学部はまさに宗教でありモラルである
法学部もモラルと深く関係している、医学部は今の理系だとなる

原発事故がなぜ起きたかを追求して来たけどそこにもモラルが関係していた
そもそも嘘ついていたからである、「安全神話」などありえないのに権力によって作られたからだ、嘘ついていたということである
もしそれでも安全のために尽力していたらいいとなるが安全のためのコストを省くために安全神話を作った、事故が起こらないとなれば安全のために努力する必要もないからだ
現実にはコストをかけないためにそうしたのである

一旦高い場所に作るのもわざわざ削って低くして作った

十数メートルの津波が来ると科学者が警告していたのに備えなかった

それはコストがかかるからしなかったのである、もしそういう安全の備えをしていたら
責められない、でもただ「安全神話」を作り肝心の安全計ることはせずコストを減らして利益をあげるためにそうしていたのである
不可抗力だとするが津波でも備えなかった、それは金がかかるからしなかったのである
そういう備えもしないのにただ「安全神話」のみ主張されたのである
そして一挙に崩壊したのである
日本のように地震が頻発するような国土に必要なのかとかも議論されない
アメリカでは西海岸には最初原発は作らなかった、地震があり東の方に作っていたのである、アメリカには竜巻がありそれで電源を地下に設置した
それを日本でまねたのも日本がの風土を地震や津波を考慮しなかったからである
でも科学者が十数年後に津波か来ると警告していた、でもまもらなかったのである
それは一見技術的問題のようにで理系の技術者の問題のようで根本的にモラルの問題だった、嘘をつくなという簡単なことを守れ無かったのである
それが御用学者は百万年に一回くらいしか起こる確率がないと言っていたのもそうである専門家がコロナウィルスでも40万人が死ぬとか科学的合理的でない判断をする

核の問題でもそもそも核が人間に必要なのもかどうか?
それが議論されただろうか、そんな危険なものそのものを作るべきではないということも主張されても良かった、でも科学技術は何であれ是認されるのである
そんな危険なものを作ってそれが武器になったらどうするのか
それが広島長崎の原爆となり現実化したからである

そして武田邦彦氏が言うには機械とか物質の研究ばかりしている人は頭が冷たくなるという、それもやはり本人が理系の研究者であり学者だからそう感じたからだろう
つまり人間の情を失うから頭が冷たくなるとなる、もし感情が豊かで愛とか情愛でもそうはならない、心が良心にはじなければそうはならないのである
そして現代は知、情、意があるとき知が巨大化して頭でっかちになり情が喪失した時代である、機械マニアのような人もは必要である
ただそうなると情を失う冷たい人間になる、人間を人間とみない、物体とみて医者なら研究材料にさえみる、現実にそういうことがあったからだ
それで昔せ馬で曲がり屋とかで家の中で飼って一緒に暮らしていた
動物と接することは情が育まれる、機械と違って動物には情が通じるからである
だからペットブームにもなる、現代の社会が情が枯渇しているからそうなったのである

機械化ロボット化数字化がグロ−バルになる、無人駅も増える、何でも機械化ロボット化数字化数値化して計られる、そこにはもう生きた血の通う人間はいなくなる
病院でも機械に囲まれロボットに囲まれて情なき世界で死んでゆく
一つの物体数字として処理される、非人間的世界である、そういう社会がナチスを産んだというのもわかる、人間が人間ともならない、ただ大衆であり群衆であり数字となる

病院で議員すら番号で呼ばれたということに怒ったというのもわかる
つまり人間はもう数字であり番号なのである、選挙なども非人間的なものでありただ数として人間を処理しているだけである、数がどれだけ集めるかが問題になるだけである
それは規模が大きくなりすぎたからそうなる、ギリシャのボリスはせいぜい一万であり
直接投票である、その規模があまりにも違っているのである
だからもう選挙自体機能していないのである

ロボットに機械には情がもてない!

これが致命的なのである、ロボットには感情がもてない、
感情がもてないというとき限りなく悪魔のようにも人間の大量殺戮にもなる
またロボットには愛情ももてないし良心もてないし善悪もない、だからロボットがAIにでも支配されると
冷酷に人間を殺戮することにもなる、そこで良心の呵責とかも感じないからである
そういう恐ろしいSFのような世界が生まれるかもしれない、そして人類は滅亡するとかもありうるのである、科学技術にはそうした恐ろしい危険なものも潜んでいるのである

不思議なのは認知症の人が人間でなくなったのが知能が低下して馬鹿になって人間でなくなったのか?
そのことを介護して考えた、でも感情はある、悲しいかうれしいとか感じる、そして愛も感じる
介護する人が冷たい人とかも感じる、だから感情的なものは通じている、すると知的に低下したが感情は正常であるから人間だとも見るようになょた、そして最後はそのことをわかっていて感謝して死んだのである

明治以降富国強兵で武器を作るために理系が優遇されて研究所ができて国の予算がを与えられた、戦後は高度成長時代になりやはり理系中心主義となった
グロ−バル化で技術競争に勝たねば日本は凋落するということでそうなった
それで文系大学廃止論がでてきたのである
戦争でも理系の学生は学徒動員されなかった、それと同じように文系廃止論がでている
確かに文系は遊びだというのも本当である、別に大学に行かなくても文系だったら勉強できるからである、だからそこに金を投入するのは無駄だとなる

でもコンピュターとかインタ−ネットにITに技術が変化した、これは何か今までのバードな機械とは違うのである、人間の知的なもの頭脳とか関係してくる今までにない技術である、機械翻訳でもそうなように人間の知的な頭脳的なものをアシストして人間の頭脳の代わりをしてくれるのである、こういうものは今までありえないものだった
それでAIの開発が進むと本当に人間の頭脳にもなる、それも人間より優秀なものともなる膨大な情報処理ができるからだ、それで将棋でも膨大な譜面を記憶して対抗できるから
プロの棋士に勝ったのである、でもAIが万能というと万能にはならない
その癖を読み取り弱点を見出して引き分けにしたという、つまり人間の知で対抗できたともなる

ITの世界はハードな物つくりとかの世界とは違う、人間の頭脳とも心とも関係して来る
だからこれは必ずしも理系のものではない、物つくりは機械は理系のものである
でもコンピュターとかインタ−ネットは理系だけのものではない、プログラムを作るのはそうかもしれないがそれを利用するのは文系とも深く関係している
それで私自身がインタ−ネットでまたソフトで膨大な写真とかを変形して作っている抽象画がそうなのである、全然絵の才能がないのに創作しているという不思議である
またコンピュターを使って小説まで作ったというのもそうである

なぜそれができるのかというと膨大な情報にアクセスしてそれを組み立てると創作品になるからだ、私自身が抽象画を作っているのとも似ている
知識でももう天文学のような知識にグロ−バルに拡大した
するとその膨大な知識から結びつけるとか編集するとかするとそれがまた独自の創作品のようになるのである
ただコンピュターが俳句とか短歌を作れないということはやはりコンピュターの限界だとなる
何か科学技術には無限の可能性があり宗教にもなったのが現代である
ただそうみせかけるのでありそうはならないのである、むしろどこかで原発事故とかなにか大きな挫折がくる
それが核戦争のように人類絶滅ともなりうる恐ろしいものである、そういう警告もあり科学技術万能理系のみ必要だというのは問題がある

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2021年02月20日

春の風、春北風(はるきた)春の雲ー震災から十年過ぎる


春の風、春北風(はるきた)春の雲ー震災から十年過ぎる


冬芒根ずき離れず故郷に

寒もどるともに耐えなむふるさとに

春寒しなぐさめあわむ老二人

津波跡十年過ぎて春の雲

春北風(はるきた)に向かいて走る苦ならじも

春風に揺すらる樹々や走るかな


津波と原発から十年過ぎる、やはり十年一昔になる、それで感覚的に自然の見方も変わってくる、最近まででも津波の恐ろしさは消えなかった
海は本当に怖いものだった、それも想像を越えて怖いものとして印象付けられた
今でもそうである、でも十年すぎてやっと何か春の雲が浮かんで平和だとみる

それで十年ということでテレビでもいろいろ企画して被害を言うかそれに関心がもてなくなった、地元でもそうだとすると外部からでも余計にそうである
今やコロナウィルス一色になり津浪や原発の被害が忘れらさてゆく
私のプログのアクセスも半分くらい減った、そのアクセスは津波と原発関係だったことがわかった、つまり外部の関心も減ってしまったからである
ただ原発の被害は避難区域ではつづいている、人は帰らないし回りが草ぼうぼうだからである、それで復興したということはない、ただそれ以外は地元でも復興しているのである
今日は風がいているけどあたたく春になっている
それで原町とか回ってきた、ただ風が強いのですぐに帰ってきた
その風でも春北風(はるきた)であり北風とは違うから楽である
ようやく春になってきたと思う

寒戻るでありストーブから離れられなかった、男女一組でロードで走る人がいた
原町の人だった、原町ではロードに乗る人に良く出会う、原町はそういう仲間がいる
この前は70近くの人がロードに乗って飯館村まで行っていた
ロードとなると老人には向いていない、その人はずっと乗っていたからできるのである

ただ自転車は老人にも向いている、まず登山はきつい、途中て休むにしても自転車のようには休めない、自転車だと途中で休んで飲み食いもできる、店でできる
それで北海道に行った時は一日休んでは進んだ、時間をかければ老人でも行けるのであるだから趣味としてはいい、老人になってもできるからである  

天災は忘れた頃にやってくる、、、先日の地震が大地震を思い出させた
それも十年目だった、忘れつつあるとき思い出させたのである
だから怖かった、それだけまだ記憶から消えるとはなっていないからである

2021年02月18日

塩の道から歴史を考える (千国街道ー相馬藩(飯館村)への塩の道)


塩の道から歴史を考える

(千国街道ー相馬藩(飯館村)への塩の道)


人間は時代が変わるとその時代を生きることが実感できない、するとそこに相当な誤解が生まれる
それで冷蔵庫とか洗濯機がテレビがない時代をイメージすることがむずかしくなる
団塊の世代などは戦後十年くらいは水道もない、洗濯機も冷蔵庫もなかった
洗濯は裏の堀でしていたがそれも今になるとイメージもできなる
堀もなくなっているからである
そこで一番生活を変えたのが冷蔵庫だったということをyoutubeで聞いた
その理由は冷蔵庫がないと新鮮な食料を貯蔵できないからその日に買ったものを食べる
それはかなりの手間になる、そのために近くに店が必要だったとなる
近くの店でないといちいち貯蔵できないからそうなる
街自体もそのために小さな店が並んでいたのである
農家になると納豆とかすら自前で作っていた、自家生産していた
そして常に新鮮なものを食べていた、冷蔵庫がないから今とったものを食べていたのである

この貯蔵するということが文明を作ったともなる、魚で塩漬けで保存するといつでも食べられるとなる、だから塩漬けの技術は人間の生活を変えたのである
他にもなんらか保存するということは人間にとって文明を作る基礎技術だったともなる
例えば米は蔵にある年数保存できる、すると保存できるから貨幣の役割りにもなる
保存食となり米をもっている人は権力をもつことにもなる
災害などがあったら米があれば高く売ることもできるからだ
保存する貯蔵する、貯えるということは権力を持つことであり神殿は食料の貯蔵庫としても機能したというのはそのためだともなる
食料があればそれを配ることができるから力をもつことになる
その人に従うとなるからだ

塩というのは塩自体の効能も大きいが塩漬けで食糧を保存するということで貴重なものとなった、塩の道があり塩は山の村に運ばれた、塩は塩自体を利用して料理するが塩漬けにして保存できる、貯蔵できることで価値があった
塩なしでは人間は生活を維持できなかった、だから世界中で塩が貴重だったのである

死海などの塩湖があった地域では古代オリエント文明が栄え、ヨーロッパ文明の礎になったともいわれています。

 サラリーマンの語源はラテン語のsal(塩)といわれています。 古代ローマ時代、兵士の給料は塩(sal)だったそうで、英語のsalary(サラリー:給与)はここから由来しています。    

 金属は交換貨幣として使われる唯一の材料ではなかった。塩もしばしば基本的に個人的な重要性を持つ話題として特別に重要な日用品として述べられた。個人の収入またはローマ兵士の‘サラリー’はしばしば塩(サラリウム)で一部支払われ、そのことからサラリーと言う言葉が生まれた。

 アフリカではサハラで岩塩が産出し、イスラーム商人(ムスリム商人)の手でアフリカ内陸に運ばれ、サハラ南方のガーナ王国で産出する金と盛んに交易されていた。ニジェール川上流域の都市トンブクトゥは塩と金の交換などの交易で繁栄し、イスラーム教のモスクやマドラサが建てられた。 

 中国では、前漢時代より塩の専売が行われており、2000年にわたる皇帝支配の財政的基盤となった。『塩鉄論』のように、塩の専売制度を巡る議論は前漢から行われている。一方で、王朝による高額な専売塩より安く塩を密売して、巨額の利益を上げる者(塩賊)もおり、その中でも唐を崩壊させる黄巣の乱を起こした黄巣は有名である。

塩と黄金が対価で交換されるほど塩は貴重だったのである、それほど塩は貴重だった
黄金はあくまでも装飾として価値があったが塩は日常生活に欠かせないものとしてあっただから人間の生活にとって黄金より塩が価値があり貴重だった

塩の専売という権利は大きな権利だった、近くで塩を売る専売権をもった家があった
それで自分の家でも店を出していたので争ったことがあった
煙草も専売なのである、その専売権を得ることは大きな利権だったとなる

ともかく塩の道は相馬藩でも松川浦で塩田を作りその塩が鹿島区の栃窪を通って運ばれた栃窪の山の中を通る塩の道があったがそこは馬が通るには細い道であり危険なのである
ちょっとずれると谷底に落ちるような杣道なのである
そこでそき山中を通る時,助の観音堂がある、ここに茶屋があり泊めた
丁度この辺が相馬市の松川浦から来ると一日かかって来れる場所だったとなる
塩だけではない、魚でもは海産物が運ばれた、それは山では貴重なものだった

SOLTHISTORY.jpgュ殿様道

塩の道を行く-殿様道(歴史春秋出版)

飯樋では60人も塩の番屋で働いていた、相馬藩は塩をとることでそれが財政を助けた
また飯館村は木材資源がありそれで伊達藩との関係があり争った歴史がある
塩と木材は当時では最も大事なものだった、なぜなら木材でもそれを燃料として炭として利用していたからである

助の小屋というのがありそこで一夜を過ごしたということある
一日で運べないからそういう小屋が必要になった
とにかく塩の道は世界でもそうだが各地にある、塩がなくては生きていけないからである有名なのは長野県の塩の道である、松本城から日本海の千国街道は有名である
そこは牛で運んだのである、山道を運ぶには牛の方が適していた 
途中に牛宿がありそこで牛を休ませて人も泊まったとなる
そこで山中に牛繋ぎ石とか松本市内にもある、塩の道を回想するにはその塩の道がいい
そして上杉謙信が武田信玄に塩を贈ったというのは日本海側では塩がとれたからである
それで敵に塩を送るという諺が生まれたいてある
それだけ塩が貴重だから塩にまつわる話が伝説でも多いのである  

千国街道

黒々と牛繋ぎ石落葉踏む

秋深む山中踏み入り塩の道

馬ととも塩を運びし苦労かなゆえにともにし家族ともなる

曲がり屋でも馬小屋でも家の中にあった、つまり馬は家族の一員のようになっていた
それで馬と娘が結婚したとかの伝説が残る、それは家族の一員になっていて馬に親しんでいたからである、現代はこうしして動物との交流もなくなる、でも今は猫とか犬がペットとして家族の一員になっている
相馬地域は野馬追いがある、でもその馬は軍馬だったのである、ただ耕作にも使っていた馬と人間の関係は深いものがあった、でもそれも自動車社会になると喪失した
そこでも失われたものがある、馬とか牛と接していると情が養われで情深い人間になるいうこともある、相手は動物でも機械ではないからである

その情が動物に通じるからである、それで名前で呼ぶ、飯館村では牛を飼う村だったが
原発事故で避難して十頭の牛に名前をつけていた、それをみんな覚えていたのである
何かこうして人間の生活が変わると時代が変わると失われるものがある
それは人間の心にも影響してくる、何か現代人がかえって便利な生活しても殺伐としている、それは情を失ったからである、この情は機械にはないからである
何でも機械化ロボット化コンピュター化すると情がなくなるのである
駅でも無人化するとそこに情がないものとなる
だから時代が変わると人間の心に影響する、そこに失われたものがある
つまり機械化とかコンピュター化でもそこに必ず失われたものが生まれて来るのである

子供の家から機械ばかりに接していると子供からも情が失われる、それが大人になったとき情のない人間になる、何か戦前とかは貧乏でも情が深い人がいた
それはそういう環境にあったからだとなる、だからその時代がわからなくなる
ただ不便なものとして遅れた社会としてみる
でも時代が変わり失ったものがあることを知るべきである、それは人間にとって最も大事なものだったともなる、機械に囲まれて病院に治療するがそこに情が欠けているのである人間も物体のように扱われる、確かに医療は進歩しても殺伐としているともなる
人間はそこで死んでゆくにしても物体のように扱われるとなるから家で死にたいとなるのである
私も病気で二回入院したりした、でも病院は嫌なのである、そこに情が欠けているということがあるからだ、これは今やどこでも全般的にそうである
情がなくなった世界では便利でも効率的でも科学技術の恩恵を受けても何か情がないからどこでも殺伐として社会になっているのである



ABSTRACT CHINESE PAINTING


ABSTRACT CHINESE PAINTING


caveriver1newend2.jpg

caveriver1newend.jpg

ENLARGE

私のしていることは合成写真でもある、上の画は著作権違反になる
洞穴の山水画はコピーしたものだからである
でも下の絵はその山水画を変形したものでありわからなくなる
すると創作したものになる
私の場合は絵の才能は全くない、でもパソコンでこうして創作できることが不思議だとなる

What I'm doing is also a composite photo, the above picture is a copyright violation
This is because the landscape painting of the cave is a copy.
But the picture below is a modified version of the landscape painting, so I don't understand.
Then it becomes what you created
In my case, I have no talent for painting, but it's strange that I can create in this way on a computer.

caveriver1new111.jpg

snowmmmm1111.jpg

rockhideback.jpg
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2021年02月17日

生活保護の女性死亡で検証求める(関西 NEWS WEB) 菅首相「最終的には生活保護がある」


生活保護の女性死亡で検証求める(関西 NEWS WEB)

菅首相「最終的には生活保護がある」

去年2月、八尾市のアパートで、生活保護を受けていた57歳の女性が24歳の長男とともに死亡しているのが見つかりました。
警察によりますと、女性の死因は不詳で死後1か月が経過し、長男は栄養失調などで死亡したとみられています。

生活保護が必ずしも保障しない、最低限の生活の保障もしない、医療費しか払わないとかありまた医療費でも全額払わないとかある
自治体でも国でも生活保護は許可したくないから申請しても受け付けないようにする
これから財政が厳しくなればますます生活保護が厳しくなる
生活保護がみんな働かなくてもいいからとかうらやましがる人もいるがその内訳は一律ではない、最低限の生活が保証されていないのである
交渉力があっても受け付けないとかあり受けてもその後も最低限暮らせる支給がされていないのである
だから生活保護が最後のセーフティネットとなっていない、これからますますそうなる
菅首相がコロナウィルスで困ったら生活保護があるじゃないかと言ったが生活保護の実情を知らないからそういったのである

何か良くわからないけどアメリカだと意外と貧富の差があっても老後が保障されていたり生活保護でも手厚いと暮らした人が言っている
車も持っていて大きな家に住んでいるという、だからとても貧乏には見えないと言っていた、老後でも保証があり日本よりいいとされている
ただこれはアメリカ国籍を持っている人であり他は日本より少ない
でもアメリカでは比較的生活保護は簡単に受けられるのか、その数が多いのに驚く

現在アメリカの生活保護者は3,500万人で掛かる費用は50兆円に及びます。 日本の3.8兆円とは比較にならないほどの膨大な額です。 アメリカの黒人の中には、155年前の奴隷解放以来、3代4代に亘って仕事をせずに生活保護だけで生活してきた連中がごろごろいます

フードスタンプの受給者は増え、13年3月で4767万人。
総人口約3億1400万人のうちの約15%になる。
09年の3300万人から約4年で1300万人も増えた

アメリカはこのように超格差社会である、湖の数には驚くからである
5パーセントくらいの金持ちがアメリカの富の50%もっているとか
そんな社会がまともはずがない、それでいづれ破綻するとされている

それで車をもち大きな家に住んでいるということもありうるのか?
そもそもアメリカでは大きな家に住んでいるのが普通だからである
ただ黒人というとき差別されているとかあるが逆に手厚く優先的に保障されていることもある、つまりメキシコなどからの移民とは違っているからである
その辺は複雑だからイメージできない
日本とアメリカを比べてもその背景が違うから理解しにくいのである
ただ黒人暴動があったが黒人そのものにも問題がある
ただ単に差別されているというより自助がたりない面もあるのだろう
それでごろごろ生活保護で生活している人がいるとなる

「アメリカでは、債権者からの保護を求めて、破産を申し立てる高齢者がこれまでになく増えている。1991年以来、破産を申請した人の割合は世代によっては200〜300%増加している」調査報告書は指摘した。

これは日本と同じ状態にあるのか、その背景はわかりにくい、

生活保護というとその本人に問題があることも確かである、でもどうにもならない人もいる、アメリカのように老後が保障されないのは日本ではこれだけ高齢化になっているのに厳しいとなる、それだけの財政負担ができなくなっている
だからますます厳しくなる、支出を減らそうとしているからだ
だから一概に自治体が役所の人が悪いとも言いきれない、なぜなら常に生活保護を断り
支出も減らそうとしているからだ
現実にもう飢え死にする人がいても支払わないのである
それで実際は生活保護だけに頼ることは危険だとなる、そんなにんどう見ない、これからはますます見ない、見捨てるとなる

おかしなのは親でも子供がいてもその子供が親を世話しない、完全に縁が切れている
そうなると親でも子でもないとなる、でも誰かがめんどうみさせられる
それが福祉であり社会でめんどうみるとなる、だから家族とは何なのだろうとなる
家族遺棄社会というのもわかる、でもそうして捨てられた人は他人がめんどうみるのである、そうすると手間もかからない、金も払う必要がないから楽だとなる
でも誰か他人がその負担を引き受けざるをえないのである
もちろんすべてを家族が負担するのは苦しいとなる
でも家族がいても子供がいても一切何もしない、あとは誰かがしてくれとなるのもまた無責任だとなる、それなら楽である、でも誰かがその負担を強いられるのである

この親子は頼る人がいないから生活保護に頼ったけど援助してもらえなかった
そういうことは結構これから増えてくる、それはもともと生活保護は政府でも自治体でも減らそうとしている、したくないからそうなる
私は食べるものがないんですと訴えてもわずかなものしか支払われない
そうして他に家族でも頼るが家族も頼れないとなると飢え死になる
この家族はそういう家族だったとなる

日本では財政が苦しくなると福祉の支出は減らされる、でも老人が増えるし病人も増えるから余計に支出をおさえるようになる、そこで生活保護でも支払われないとなる
そして餓死する人もでてくる、そして高齢化で働けない人が増大するのだからますます深刻になる、そこで最後は餓死になる
日本が豊かなのに餓死する人がんのかとなるとそれは最後の頼りだ生活保護しかなくなっている、近隣の人が助ける訳てもない、すると生活保護に頼るがそこでも最低も保障されないから餓死するとなる

ただ昔の不作で飢饉になり餓死するということはありえない、食料も余っている
だから餓死者がでるといのうは社会の仕組みに問題があるともなる
そういう人を出さない仕組みを作れば餓死までにはならていとなる
でも生活保護はこれから意外と支給されない、すると他に頼ることができなければ餓死になる、おにぎり一個食べたいと死んだ人がいた、それは近隣でも無関心社会であり助けてないからである、いくらなんでもおにぎり一個くらいなら与えていた
昔はオカズをりとりしたとかありそういうことはできたのである
孤独死もあるが社会から孤立して死ぬ人も増えている

ただ自分の隣の人は本当に餓死したのである、家を貸していたが戦後まもなく餓死した
その人には子供がいたが子供が助けなかったのである、そして餓死したのである
その家を貸していた自分の家でどうみていたかわからない、汚れた手でわずかの銭をもってきたりした、ただ幼児の時なので事情がわからない、戦後は今と違い相当に貧乏な人が多い時代である、また生活保護も整備されていなかったのである
おにぎり一個くらいならやることができるが貧乏人とかかわるとかなり損になるからしないともなる

ただこれから飢え死にするとか何か貧困な人が日本で増えてくる、老人でも今や保証できない、そして家族からも捨てられる頼る人がいないとか餓死とかが増えてくるかもしれない、でもまだ豊かな社会だから餓死者が出るということは人間が非情になっているからだともなる、だからそれをすべて役所が悪いともならない
近隣でも完全に無関心だとなるからだ
ではそれが自分の問題になったときそういう人にかかわりたくないのは負担が大きくなるからである、おにぎり一個くらいなら与えてもいいがもし同情して助けるとなると相当な負担になる、金銭でもそうである、自分の財産でもそういう人に与えると見返りはないからてある、利益を産まない投資になるからである

今の社会は他者に無関心である、それで孤独死も増える、家族遺棄社会にもなる
家族から捨てられて餓死する人がいる、私の隣の人がそうだった、そういう人に金を貸しても返してもらえないからである
だから今は家族とは何なのだろうという根本的な疑問が生じる
それだけ負担を負いたくないのもわかるがそうして家族を捨てるとしたら家族でありえないとなる
なぜなら全く親のことに関心もなくなっているのも理解できないからである
その代りに他人が世話しているともなるからだ、生活保護は他人の世話になるということだからである
ただ正直かかわらないのは負担が大きすぎるからである
自分の時間とか金とかその負担のために奪われるともなるからである
だから近くでそういう人がいて知っていても助けないのである、無関心なのである
一旦かかわるとその負担が大きく耐えられなくなるともなるかである
それもおにぎり一個を与えるのではない、継続的に支援をせざるをえなくなる
その負担が大きいのでかかわらないのである

2021年02月16日

チャートは正しかった、株が上昇する時買っていれば良かった (銀行の営業に頼ってしまい失敗)


チャートは正しかった、株が上昇する時買っていれば良かった

(銀行の営業に頼ってしまい失敗)

私は株のことなど全くわからないから銀行の営業の人にまかせた、銀行員だからプロだったと思っていた、本人も東京の証券にかかわり働いていたというから詳しいと思いまかせた
それがそもそも失敗だったのである、その人は株式についてのプロではない
そもそも株は機関投資家のプロでも運営がうまくいかないのである
ギャンブル的なものがあり訳わからないのである

銀行の営業が一番気にしているのは自分のノルマを果たすことである
銀行の利益を上げることである、それが常に頭にあり客をもうけさせることではない
第一に客のことは考えていない、自分のノルマを果たすことと銀行の利益をあげることが第一なのである
でもそのことで客は損するのである

それが象徴的だったのは一旦半分まで下がったリーマンショックの時の株が元にもどしさらにこれだけ上がったことに驚く、その理由がわからない、景気はコロナウィルスで停滞しているしとても株が上がるとは思えない状況だからである
実体経済と離れているからである、だからこんなとき株が上がるとして買う人は普通いないのである

でも確かなことはその営業の人はチャートを常に見せていた
でもそのチャート通りに投資していない、それより自分のノルマと銀行の利益を優先するだからリーマンショックで半分に下がった株を元にもどしチャートで上昇しているとき
それをJ=REITに回したのである

なぜそうしたのか?

チャートでみれば上昇しているのだからそのままにしているのがいい、上昇している時は売らないからだ、ただ営業のノルマを果たすことと銀行の利益を計ることしか頭にないから転売して手数料とるとなる、自分の利益と銀行の利益が優先されるのである
だからその営業の人はチャートを常に見せるがそのチャートに従うわけではなかったのである、もしそのチャートに従っていたら損しなかったしこんなに株が上がっていたら大儲けとなっていたのである
ただ自分のは場合は不安になるから途中で売っていたともなる
たた上り調子の時は売るべきではないことは確かだったのである
それはただ営業の人と銀行の利益を優先するからそうなったのである

その後J-reitはコロナウィルスで急激に下落した、でも損しなかった

それは銀行の営業の人を信じられなくなったからだ!

そのために一月に売って損をまねがれたのである
ところが何カ月か前にその営業の人がチャートをみせて株を買わないと来た
私はコロナウィルスでとても景気が良くなるとは見えなかったら買わなかった
その営業の人も信じられなくなったからだ
つまり自分の場合自分の判断よりその営業の人に頼ったことが失敗だったのである
そうしたらその営業の人の判断ですべて決まってしまうからである
そして営業の人は自分のノルマと銀行の利益を優先するからもうかることは少ないともなる

ただチャートを見せることは正しい方法である、ただ銀行側でも営業ではそのチャートと通りにはしないのである、そこに誤算が生じる
だから銀行の営業マンよりかAIの判断の方が株ではもうけられるともなる
そうした私的なことは機械には働かないからである
銀行をもうけさせようとか自分のノルマを果たすとか機械は考慮しないでただ株の上昇を冷静に計算して答えを出すからである
ただコレかすべてに正解とはならい、常に不測の事態が起きるからAIは万能ではない
でも銀行の営業の人のように私的な都合が働かないので公平だともなる
ただ株はチャートが大事でありそれを見ていると何か間違えない方法だとなる
ただその銀行員はチャート通りにしなかったということである

銀行員の営業には頼るな!

それで判断が誤る、そしてその営業の人を恨んだりするし裁判にもなる
銀行というのが今危機になっているのはメデアとなるもの仲介するものは必要なくなっている
それでマスコミの新聞とかテレビが衰退しているという、銀行も仲介業者であり苦しくなっているという、新聞でもテレビでもまた出版でもメデアは仲介するものだからそうだという

今は別に新聞社に頼まなくても自らインタ−ネットでも発信できる
出版さえアマゾンで電子化すればできる、ただ出版社とか書店ではできない
そういう会社はメデアなのだがこれまでは力をもっていたのである
でもインタ−ネット化して衰退して新聞などは十年後に消失すると言われている

つまり今このメデアを発信する人がもつことは大きな変化なのである
このプログなとほとんど無料である、でも表現がこれだけできるものだと自分自身がかかわって理解した
自らメデアを持つことはそれだけ情報社会にとって大きなことになっていたのだ

だから既存のメデアに頼らずとも自分の創作をプログですら展開できる
それは個々人がメデアを持ったことによるのである、それでこれだけプログで書いてきたのである

投資でも最近わかったことは個々人が物を作ったり売ったりする人に直接投資する
それがインタ−ネットでしている

クラウドファンディングとは、「群衆(クラウド)」と「資金調達(ファンディング)」を組み合わせた造語で、「インターネットを介して不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達する」ことを指しています。

資金調達といえば、一般的に金融機関からの借入や関係者・ベンチャーキャピタルによる出資などがあげられます。クラウドファンディングは、そういった資金調達にはない「手軽さ」や「拡散性の高さ」、「テストマーケティングにも使える有用性」といった点が魅力的な新たな資金調達の仕組みとして近年注目されています。

中でも、「こんなモノやサーヒ゛スを作りたい」「世の中の問題をこう解決したい」といったアイデアや想いを持つ人は誰でも“起案者”として発信でき、それに共感し「応援したい」「モノやサービスを試してみたい」と思った人は誰でも“支援者”として支援できる、双方にとっての手軽さがクラウドファンディング最大の特徴といえます。

これが新しい投資なのである、これこそ投資の原点だったともなる
そこに仲介するメデアがないからである、銀行は仲介するメデアだったとなる
みんなから金を集めそこで銀行がその金で投資して利益をだす
でもこれだと直接物を作る売る人に投資できる、これはグロ−バル経済の世界的市場でもない、何か小規模の個々人の人を支援するものである
こういうのが本来の投資だったのかもしれない、そこでは投資する人と物を作り提供する人と直接結びつくからであるこれが新時代の投資形態となりメデアー仲介業者はいらないとなるから銀行は役割を失い危機となっている
でも新しいビジネスモデルを銀行は作れるのか、それができないと銀行はなくなるという危機なのである
これもインタ−ネットで変化したことなのである

そして今銀行は福島銀行もSBI証券に合併させられその配下に入ったように大東銀行も
SBI証券が株を20パーセント近くもっているのは驚きである
だからこそSBI証券と合併してその配下に入ると雑誌で書かれたのである
銀行は新しいビジネスモデルとか投資方法を作らないと瀬う経営はできなくなっている
時代に合わず消えてゆくともなる、何か時代が変わる時それを良く理解できないのである金融でも複雑だから理解できない、自分自身も理解できない、ただインタ−ネットにかかわっていたからそれで全般的に社会をインタ−ネットがかかわり変えられていることを知った、技術の変化は進歩はそれだけ影響が大きいのである

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株主を見ると東北電力が東邦銀行の株主になっているのはいかにも東北らしいとなる
東北では一番大きな会社となるからだ
そして大東銀行の株主が東邦銀行になっている
やはり東邦銀行と大東銀行は合併しやすいとなるのか?

一番の問題はSBI証券がすでに20パーセントの株主になっていることである
だから将来的に大東銀行はSBI証券に買収されてその配下に入る
SBI証券は外資でありそき資金がアメリカに流れるとかその仲介者が竹中平蔵だともしている
ただ金融の仕組みは複雑である、カステデイ日本銀行というのはわかりにくいからである金融が常に陰謀論になるのはこうしう金がどう操作されているのかわからないからである

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クラウドファンディングの例

走行距離が短いのが問題である、でも50キロだと長いともなる、もっと長いのもある
そうういものが欲しいというときこのように直接インタ−ネットで投資して買うとなる


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posted by 老鶯 at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

忘れられる東日本大震災から十年 (でも原発事故被害は継続)


忘れられる東日本大震災から十年

(でも原発事故被害は継続)

人間は本当に忘れやすい、第一一週間前でも何が起きたか何をしたか何を考えていたかも忘れる、覚えていないのである、それでプログでもこんなことを書いたのかと自分で書いたのにこんなこと書いていたのと新たに発見する
それが十年過ぎると十年一昔であり昔のこととなってしまう
だから地元でも自分自身も被害でも関心がなくなる、テレビでも最初の家は食い入るようにしてみていたけど今はいろいろその当時の被害を言っても関心が持てなくなったのである

ただ地元だから津波の跡は家がなくなり回復していないし原発事故の避難区域には人が戻ろないし回りは田畑が回復しないから草ぼうぼうでありそれを見るから地元では復興していないと見て外の人が見るのとは違うのである
そういう現実をいつも見せられているからだ
それでも原発避難区域ではそうでも他はそういうことはない、かえって原町とか鹿島とか相馬市とか新地とかは前と変わりない、前より人口が増えて新築の家も増えた
新しい街が二つくらいできた感じなのである
だから自分の住む所で原発事故の被害は感じないのである
そして今はすべて仮設住宅は取り壊された、原町の道の駅の仮設も今年になって壊されただから仮設住宅はもうないのである

復興というとき原発避難区域になった小高とか双葉とか浪江とか富岡とかは復興していない、帰った人も一割二割とかである、小高は三割とかでいい方だとなるが街自体はさびれている、人の行き来もない、通りを歩いている人はまれである
でも通りはもともと人が歩かない時代である
でも車は通る、その車が通らないのである、だから人の行き来は相当に少ないのである
ここならひっきりなしに街中でも車が通るからである
なぜか自分の脇の道路は前はほとんど車が通らなかった
でも震災以後が車がかなり通る、だから危険にもなる
それはどうも小学校がありその送り迎えとかあり朝には混むのである
この道路をそのために学校に行く道路となりこむようになったということもある
だからここは前よりにぎわっているという感覚にもなる
そして田畑も全部ではないにしろ回復している、海岸の工事も終っている

そして原発避難区域がどうなっているのか?
若い世代は仙台市とかに出て行き帰らない、それで祖母も息子の所に行き残されたの祖父だとなる、そして一人になると祖父といっても60代では若いから女を引き入れているのが意外と多いように見るのである、一時は仙台市の方にフィリンピン女性にスナックとか店をださせてやったとか言う人もいた、それだけ補償金が入ってきたからである
補償金バブルになったからである
また飯館村の不思議は一割くらいしか帰っていない、それも老人である
でも新しい家が古い家に代わってあるので住んでいるのかと見たら住んでいないのであるそこは地元の人は別荘だと言っているという、つまり時々帰ってきて畑などで野菜を作っているともいうから不思議なのである

何かこうして家族がばらばらになりモラル的にも荒廃している、そうした廃墟のような町や村に住むというのも嫌だとなる
ただ復興していないのは南相馬市だと小高区であり原町とか鹿島は田んぼも回復したし復興している、そして南相馬市は30キロ内で補償金が三倍も違っていた
30キロ内の原町は三倍の補償金をもらい、高速も無料で医療費も十年間無料だったのである
30キロをはずれると鹿島区などは半年で医療費の補償も打ち切られてあとは補償金は一人70万もらった、これもいい方だったのである
相馬市などは一人6万で終わった、放射線量はほとんど変わらなかったのである
この差も大きかった、かならず補償金は差がでてくる、今回のコロナウィルスでもそうだったのである
でもこれも十年過ぎて打ち切りになるし国から支援金もなくなる

そこで市では相当に財政的に苦しくなる、現実に生活保護も厳しく医療費くらいもらって支給されない、最低限生活する金が支給されないのである
わずかな国民年金があるとほとんど支給されないのである
それはやはり市でも財政が苦しいからかとみるのである
本当にその人は支給されてかったら飢え死にするような状態なのに支給されないのである
また避難している浪江の人の復興住宅に住んでいる人も夜電気を消しているという
補償金を相当もらっているとしても働かないから金も枯渇してきているのか?
何かこの辺てコンビニ強盗がありその犯人か双葉の人だったというのは驚いたからである双葉となると手厚い補償金を避難解除されていないからもらっていると見たからである

ただ意外と浪費した人も多い、遊びに使った人も多いのである
人間は大金が入ると浪費しやすいのである、手にしたことかない金が入るとそうなりやすい、遺産などもそうなり安いのである、
ただ老人は相当に貧困化しているのが多い、第一まともに年金をもらっている人は少ない国民年金が4,5万の人も結構いる、その人たちはどうして生活するのだろうと思う
それで東京の老人が住むようになった団地では夜に灯が消えているというのだ
現代の貧困は見た目ではわからない、必ず月末に電気が水道、ガスが止められることでわかる、そこで待ってくれととか必死になっているのである
やがてはそうして払えないとアパートでも追い出されるとなり住むところがなくなるのである,今コロナウィルスでそういうことが起きていることでもわかる

原発避難区域に住んでいる人はほとんど老人である、それでも60代だと老人とは今はならないから何かしら働くことはできる、でもほとんど何もしていないのが実情である
そして問題はそもそも老人だけの町が成り立つのかということである
シルバータウンとなり成り立つのか?
南相馬市では介護士がいなくて施設も維持できないから青森の介護施設に入れている
立派な建物があっても働く人がいないのである
立派な学校を建てても飯館村では生徒が5人がむらの外部から通っているとなる
子供の親でも住んでいないからそうなる、小高区では原町に移り住んでいる人が多い
結局あのように荒廃した町に住みたくない、原町がいいとなる
そこの住人すら一旦あのように荒廃すると住みたくないとなるのだから外部でもいろいろ言っても無駄だともなる

私自身最初は復興してくれとなり書いたが今になると何かそれも無駄なのかとみるようになった、でも南相馬市だから小高でも復興してくれないと困る
財政的にも困るから関心はもくつづける、津波の被害への関心はなくなったが原発の被害は変わらないから関心を地元では持つ、復興してくれとなる
でもその内部でも一体として復興へ向かっていない個々ばらばらになり家族もばらばらになりモラルも荒廃している
ただモラルというとき原発事故前からそういうことはあった
すべて金になればいいとしかなかった、その欲がかぎりなく拡大してゆくのが現代であるそれで原発は積極的に誘致されたからである

農業していた親が農業だけは継ぐなとして子供を殴ったという
その子供は原発で働いた、そして今度は親になり子供は故郷を出て行った
でも別にその子供が親不孝というのではない、なぜなら移りすんで建てた新しい家に親の部屋まで作ったからである、でも親は故郷を離れたくないとして住んでいる
つまり原発事故は家族もその住民もばらばらにしたのである
補償金はもらったとしても住民はばらばらになり家族もばらばらになったのである
飯館村でもそうである、補償金をもらって外に出る組と残る組で争ったからである

そしてそんなところに復興として道とか建物でもインフラをハードを整備しても人が住んでいないのだから無駄だという意見もわかる
そのインフラの維持にも金がかかる、その金は被害者が出すのでもないからだ
それで限界集落はつぶせと都会の人が言う、それは今は電気水道でも維持するのに金がかかるからだ、限界集落とかでも80倍の金がかかるからそれが税金になるから都会の人も払うからそういうのである
もし自前で炭焼きのようて暮らしをしていれば都会の人も何も言わないのである

ただこれは日本の将来の現実なのかもしれない、少子高齢化で空家が800万軒になるとか日本の人口でも縮小してゆく、すると自治体タでも住民サービスができなくなるとか生活保護でも支給できないとか福祉サービス医療でもまともにできない、そして自治体崩壊も言われているからである、ただこの辺は津波原発事故で先取りして極端化した地域として現れたともなる
そしてこうした地方では原発に頼るのである、そこに大きな問題の根があった
正直地元の人では立派な家が欲しい、車が欲しい、うまいものが食べたい・・・切りなく欲望がふくらんでゆく、そのために原発が誘致された、また上級国民の天下り先として利権として原発はあったからである

そして今でも地元の人でもなぜこんなふうになったのか理解していない
そういう際限のない欲望の追求に原因があったと思わないのである
そういうことを言ったら怒る、何か原発事故の原因がなんであったのか良く反省していないのである、そういうことを地元で言えば嫌われる
だから自分は今は言いたくないのである
でもそういう原因を追究しないとまたすでに原発再稼働とかこの辺でもそうなるかこともありうる、経済的に苦しくなればそうなる、それしか救いかないともなるからだ
それは相当にに怖いことだとなる

だから不思議なのは山尾三省なのである、でも誰もパンが贅沢だというような人についていかない、それは現代では変人だからである、でも何かこの辺では共感するものがあったのだ、そういう人はこの辺でもわずかでもいたからである、部落とかでそういう人がいたのである、そういう人か原発事故で見直されたということがある
なぜなら原発事故の結果としてそういうことがリアルなものとして想像の世界ではない
現実化したからそうなったのである、つまり空想のことではなかったのである
現実に根ざしたものでありそれが原発事故でわかったからである

根本的に間違っている帰還困難区域対応

政経東北二月号

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除染費用となると7兆円かかったとか途方もないものだった、それならここで述べているように一世帯に一億円補償金を支払えばいいとなる
南相馬市なら全体で除染費用をゼネコンに回すのではなく公平に配分できたのである
そしてときたま故郷がなつかしく思って帰る人はにはそれを用意する
それが飯館村の別荘だったのである、結局それが現実的になるからだ
復興にしても余りにも莫大な金がかかりすぎてそれが地元の金でやるならいいが税金だから問題なのである、ただ飯館村は他と事情が違うのだから補償金が手厚いのはやむをえないとなる、つまり原発は距離に比例して地元にも責任があったとなるからだ
飯館村は別に原発の恩恵を受けていないからである

posted by 老鶯 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年02月15日

旧街道の旅の思い出 (車では自然を感じないー風も雨も感じない)


旧街道の旅の思い出

(車では自然を感じないー風も雨も感じない)


街道の細道を行き梅香る


相馬市までの道は昔の道である、日立木から城跡まで行くと昔を偲べる
それにしても狭い細い曲がりくねった道である
あのように細く曲がりくねっていたのである
そこは歩く道だからそうなっていた、その道もとぎれて六号線に出ると国道になる
そこでは頻繁に車が行き来する現代の道となる

細い道を行くと梅が咲き始めそこはかとなく香りが流れた
それは細い道を行ったから感じたのである、それは街道の細い道が歩く道だったからである、そこも車が通っているが狭いのである
車にはふさわしくないのである、車は情緒を壊すものなのである

車で行くとこうして梅の香とかを感じない、鋼鉄に覆われた車が外界の自然をさえぎる
風も感じない、今の時期だと海から東風(こち)が吹く、そしてまた北風になったりする季節である、この東風が吹いて原発事故で放射性物質が飯館村から福島市まで運ばれたのが不運だった、風に影響されたからである
もし北風だったら海の方に流されたから意外被害が少なかったかもしれないからだ
実際に請戸漁港からは原発の煙突が見える、近いのである
そこで放射線量は0・5マイクロシーベルトとか低かったのである
それが不運だったのである、何でもいくら科学時代でも自然の影響をうける、それはさけられないのである

私は自転車で行くから歩くとはならないがそこで自然を感じる、風とか光とか感じる
暑さ寒さも感じる、でも車というのはそうした自然を感じないのである
中は鋼鉄に徒おおわれた空間だから暖房もあり寒さも感じないのである
だから風流がないのだ、風の流れを感じないのである
自転車に乗っていれば風で季節を感じるのである、それがないから快適な空間でも自然を感じない、すると風流がないから俳句とか短歌でも作りにくいとなるのだ
ただ車がだけではない、鉄道の旅も電車の旅も風は感じないのである
だから鉄道は好きでも自転車の旅に乗り換えたのである

バイクは風は感じるから、車よりは自然を感じる、でも車と同じく早すぎるから風景に自然にとけこむとはならない

春光や南へ飛ばすバイクかな

こんなふうになるから自然の中で走っているという感じになる
つまり車だと風を全く感じない、自然を遮断した空間なのである
それが快適でも自然を感じないから旅しても旅ともならないのである、ただ早く目的地に着くという旅になる、その目的地に行くことでは便利なのである
便利なもの科学技術は必ず自然に反するものをもっている
それでソーラーパネルでも風力発電も水力発電でも自然破壊があるというのも納得する
なんらか回りの環境に影響するのである

ともかく街道を旅するには歩くことが一番いいが自転車もその次にいい、その次がバイクになる、ただバイクは車とおなじスピードだから通りすぎてゆくだけになる

みちのくの街道行くや野菊かな

こんな風に道の辺の花に目をそそぐことができないのである
ただ今の時代は本当に旅すること自体演出しなければならないからかえって大変だともなる、何か歩く旅をする人がいるがそれが車の洪水の中を行くから広重のような絵にもならないのである

百輪の椿や往来六号線

この往来とは車であり人ではないのである

とにかく昔を偲ぶとしたら
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松一本茶屋に休むや秋の暮

この風景は秋なのだろうか、稲刈りは終わっている、海も見える、淋しい風景である
ここは二つの宿場の中間であり茶店がない、出茶屋である、道端で店がないがそこで茶屋となる、相の宿でもあるが建物はないのである
なぜこうなるかというとコンビニとか便利なものがない、でも旅人をもてなす需要がありここで店もないのに出茶屋になっている
これも歩いている旅人かいるからである、やはり休む場所が必要でありそこでお茶を飲んで一服することで疲れを癒してまた歩いて行くからである

花咲きておこん茶屋かな旅人の遠くへ去りぬ今はなしかも

庄野という東海道にあった茶屋である、ここに名前をつけいているのがいかにも江戸時代だとなる、江戸時代は何か下駄を作っても簪(かんざし)を作っても手作りであり名前がついている、作った人の名前がついているから人間的だとなる
庄野の白雨は広重の絵で有名である

私は雨の時も旅をした、その時御堂に雨宿りしたのである、御堂には旅人を休ませる機能があったのである、御堂は無料の宿にもなっていた、そこで寝れるからである
だから時代劇には良くでてくるのである

雨宿り御堂をたつや夏燕

こんなふうにして旅をしてきたのが自分だった
そして今は思い出す旅をしている、それがインタ−ネットでしやすいのである
何度も言っているけど思い出す旅、記憶に残る旅をしていないと回想の旅もできないのである、だから人間は便利なもの科学技術ばかりに頼っていると何も残らないとなる
つまり精神的に豊かになれないとなる、それで現代では旅人がいなくなったのである
現代はいかに早く移動するかになってしまったのである
それはかえって貧しいとなってしまうのである

広重の絵が秀作なのはそういう風景が江戸時代にあったからである
今はそういう風景がないから描きようがない、まず歩いて旅している人はいないからである、歩くことは特別なことになってしまったからである
そして田舎で車をもたないこと自体変人になっている
実際車もないのかとなり見下されるのである、そこで自転車に乗っている人は仲間になりやすいのである、自転車仲間になる、退職したトラック運転手は近間を自転車で回ることが仕事になっている、それで良く合うのである
人間回復するには歩くことだともなる、本当に人間は歩かなくなったからである
歩くこと自体貴重な経験になり歩く旅を企画するともなる
つまり現代には移動する人がいても旅人はいなくなったのである


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坂のぼる牛や茶屋にそ休む人旅の疲れを癒しまた行く

これはいつの季節かわからない、牛が坂を荷をつんで登る、人間もまた上ってきた
そして茶屋に休みまた歩いてゆくのである
まず坂を歩くのは疲れる、日本は山が多いからどうしても坂を上る、だから坂が多いから峠があるから峠の茶屋が生まれたのは自然である

2021年02月14日

春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)


春の曙、春の山、霞む山(春の俳句十句ー相馬市へ行く)

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パノラマ写真ークリック拡大

遠くに霞む山と海が見える


曙に明星輝き目覚めかな

二階より春の曙我が家かな

広き廊春日のさすや家を継ぐ

春の山一村の墓地ともに眠る

船の行き遠山霞み波ひびく

春光や南へ向かうバイクかな

百輪の椿や往来六号線

城跡のお堀に写る春の雲

松川浦鴎飛びつつ船あまた

昔なれ百間橋や春日没る

急がじや春の夕暮れ我が帰る


春の鴨波紋広がる静けさや細き月しも池に映しぬ




家というのは人間に相当影響する、精神にも影響する、狭い家に住んでいると心まで狭くなる、そもそも日本人の家は狭すぎるからだ、それで茶室が文化になったのである
それは日本人の家がもともと狭いからそれを活かしたものとして文化となった
でも実際は広い家の方がいいのである
その家の広さが人間の精神まで影響するからそうなる
広い家でゆったりしていれば心にも余裕ができる
私の家は土地は最悪である、街で一番低い土地にあり水害にも二回あっているしこの前も水があふれて家に入ってきたからである
家自体は大きいのでゆったりする、二階には広い廊下がある
そこを歩むと気持ちがいいのである
そこから毎日春の曙を見ていると気持いいとなる
家というのは家そのものも価値もあるが景観がいい場所にあると価値が増す
私はそれで喫茶店とかでも景観のいい場所にあるといいとなる
外の景色を見てコーヒー飲むのは価値がある、せせこましいところだと嫌なのである

相馬市は地震で道の駅でも店も休んでいた、商品とか地震で落ちた、相馬市では数軒屋根の瓦に被害があった
どういうわけか南相馬市は震度6強にはなっていない、相馬市と新地はなっていた
それで相馬市に多少被害がでた
ただ今回の被害はわずかだった、死んだ人もいない、だからこうして俳句とか短歌も出せる、これが東日本大震災のようになったらそんなところではない
ただ八沢浦が美しい入江に戻ったというときはひんしゅくをかった
その時実際にそこで死んだ人が結構いたからである
ただ自分としては入江になったことが先になりその風景に驚嘆したのである
それはここが入江だったらなとイメージしていたからである
それが実際そうなったときほど驚いたことがない、奇跡だと見た

浜通りの風景は太平洋が見えて山が見えることである
春となり山が霞む、一方で大平洋が広がり船が見える
岡山から転勤してきた人が瀬戸内海は船が常に行き来しているからいいとか言ったら
こちらの海も広いからいいと言った
つまり瀬戸内海の海をいつも見ているとそうなる
こんなに広い海もいいなとなるのである
人間は同じ場所にいるとその景色にも飽きるのである
人間はその住んでいる場所から見える景色がある、それそれぞれ違った原風景となる

相馬市の城跡のお堀には春の雲が映っていた
それから松川浦に行き小泉川の百間橋を渡り帰ったきた、橋は新しい橋を作り工事中だった、百間橋とは当時は長い橋だったから名付けられた
それだけ長い橋を昔は作ることが難儀だったからである、それで百間橋と名付けられた

夕暮れに溜池に波紋が生じて春の鴨が池にいた
森には細い月が光っていた、自然はこうして調和する、乱れることはないし静けさのうちに暮れてゆく、
ただ地震も自然の作用だとなるがこれだけはあってほしくないものである
天国には海はないというとき海は何か怖いものであり落ち着かないものだからである
ただ浜通りは海が原風景になっている

とにかく今回の地震は怖かった、その余震も大きいのが来た、だからまだ大きなものが来るかもしれない、ただ被害は少なかったからやはり春を楽しむとなる
これが被害が大きかったら楽しむとはならない、それで短歌でも俳句でも出せるとなる

今回の地震は被害が少なかったので安心? (今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


今回の地震は被害が少なかったので安心?

(今年はやはり災難の年になる、世界的にも大きな変化が起きる)


【地震警戒】2021年は地震頻発する1年なので世界各地で要警戒と備蓄と防災!   

東日本震災から10年にもなり大きな地震の来る予兆 (雲とか虹の変化と地震予測ー暑さが影響したことは確か


2月3日から2月13日頃に時読みのyoutubeで大きなことを起きると言っていた
自分の場合は去年に地震が起きると予兆していた
ただ2月に起きる、それも10日くらいしかずれがないということは当たったと言える

ただ今回回りを見ても瓦が落ちたとかない、畑のヤハな小屋も壊れていなかった
意外と被害がないなと回りをみて回った
ただ家の内部では棚から物が落ちたとか倒れたとかあった
とにかく強い地震では立っていられないからすぐに逃げることができない
それにしても揺れは東日本大震災と同等に感じた
あの時も本がばらばらと落ちた、私の家の瓦屋根が壊れて直した
そして壁にひび割れが入ったり家の内部が歪んだようになりまだ修理していない
今回はそこまでの被害はなかった
でも感覚的には同等の被害があってもいいくらいだった

大きな余震が来るという時、確実に十年以内には来るというのは言われていた
それが丁度十年過ぎて本当に大きな余震が来た
ただ津波にならなかったのは深度が深いからであった
それで海水に影響しなかったのである

私も去年から地震が来る予兆をしていた、それは余震は過去の例からも確実に来ているからだ、それがぴったりと十年過ぎて襲ってきた
それも福島県沖が震源地だったのである
だからつくづく福島県の浜通りに原発を作ったことは大失敗だったのである
もちろん日本に原発を作ること自体失敗だった
これだけ地震があるのに原発を作るというのは無謀だったともなる
でも原発を再稼働しろとか右でも言っているのは理解できない
それは原発を核兵器を使う燃料として保持するためだとしている
核武装するためにそうしているとしている

ともかく天災は忘れた頃にやってくる、それは確実である
地震でも喉元すぎれば熱さ忘れるになる、人間は忘れやすいのである
コロナウィルスとかでも過去に疫病は常に起こっていたけど忘れていたのである
ただ東日本震災から十年目の節目で起きたことでまたあの災難を思い出したのである
今や地元でもあの災難の関心が薄れている、コロナウィルス一色になったからである
それで復興がどうなったかとか外部になると余計に関心がなくなっている
その無関心さが危険につながる

今回は大きな地震でも被害がすくなくてすんだ、津波も来なかった
でも深度6となるとこれは怖いと思った
もっと被害があっても不思議ではない、でもこの辺ではなかった
なんか春を迎えて浮かれる気分にもなれなくなった
それでもこれも喉元すぎれは熱さ忘れるとなる
日本人は何かこれだけ地震とか災害があるのに忘れやすい民族なのである

それにしてもなぜこんなに災害がつづくのか?

これはどう考えればいいのか?自分の一身上でも災害続きなのである


家族が認知症になる

津波で原発事故

親の介護で苦しむ

自分が病気になる

盗難にあう

コロナウィルス渦

こうして災難がつづくのはなぜだろうとなる
その他にも自分には災難が災いがつづいているのである
駅でボランティアしていたら駅長から回りから責められるだけだった
そしてコロナウィルスで鉄道も被害を受けた、今はコロナウィルスで駅に来た人と話すこともできない、こも何なのだろうとなる
この他にも隣の市の自転車屋に行ったらお前は来るなといわれたりコンビニではパン二個盗んだとして責められたりずっと何かいいことがないのである
だからここに住めなくなるとさえ思う
現実に原発では故郷に住めなくなったからだ、何かこの辺は本当に呪われた地域なのか?もう脱出しないと命が危ないのかともまで危惧する

何か自分一身上だけではない、社会全体でも世界全体でも実は大きな異変が起きている
これは何かの前兆なのか?コロナウィルスもそうである
これから経済的破綻とか株の暴落とか飢饉が来るというのもそうである
飢饉にならなくても食料危機が来るというのも現実化するかもしれない
神が人間の心をみてみな悪しきものであるとして大洪水を起こしてノアの箱舟が作って助かった                                                                  

そのことは何を意味しているのか、大災難に備えることだとなる
箱舟となるともうその時代にそんな大きな船が作れるのかという疑問になる
それはおそらく比喩なのかもしれない
津浪でも実際はこれで大丈夫だとした防潮堤でも破壊されたからである
つまり大災害に備えるにはもしかしたら荒唐無稽のようなものでも作られねばならないとなる、ノワの箱舟はそれを物語っているのかもしれない
災害は結局予想外のものとして常に起きているからである
これで備えが十分だとしても結局その備えを越えたものとして容赦なく襲ってくる
ノアの箱舟でもそんなものを作って何になるんだと笑われるようなものでも備えていろと神が命じたのである
原発だったら二重三重に安全を計らないければできないものだった
でもなんの安全も計っていなかったのだから人間は危険に無防備なのである

今年がどうなるのか?予想はつかない、でも今回の地震もまた暗雲になる
ただ東日本大震災を思い出すものにはなった
とにかく地元でも忘れる、いろいろ語っても何か関心がなくなったのである
それでも依然として原発避難区域では田畑が草ぼうぼうであり荒れ果てている
なんら復興していないのである、その現実の中で生きていれば原発事故からなんら復興していないのである、だからオリッピックなどで騒ぐのを中止させられたのは天罰だったともなる、そんなことより復興に力をそそげともなるからだ

posted by 老鶯 at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

怖かった地震ー東日本震災と同等だった

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この地震は怖かった、下の本箱が倒れた、本が散らばった
パソコンとテレビが倒れた、狭い部屋の方だった
安定していない棚でありそれが一部壊れた
ただ感覚的に東日本大震災を思い出した
その時は二階にいた、今回は下にいた
この地震の大きさは相当なものである、家が倒れ壊れとも感じた

パソコンは机の下に落ちて倒れた、その後ろのテレビが倒れてその上にのった
でもパソコンは壊れなかった、落ちても低いから助かったとなる
これが高い机から落ちたら壊れていた
そしてすぐに停電した、でもそれは瞬間的でありすぐに回復した
これは余震もあるかもしれない

23時53分・・・また揺れた

これでは今日は眠れなくなる

福島の原発が心配だ、これは何か影響がある、相当な揺れだったからだ
youtubeの時読みというのが2月3日から何か大きなことが起きるというのは当たったのかもしれない、何か本当にこの辺で起きることは不安になる
呪われているという感じにもなるからだ
なぜ原発をまた再開するいうのもどういうことなのか理解できない
これくらいの地震が来たら確実に原発が壊れる
女川の原発は停止していたから良かったのである
丸森町では停電している

今日はあたたかく春だった、でも何かその雰囲気が消失した、この地震は恐怖だった
どうしてもこの辺が狙い撃ちされている感じになる
10年後でもあれだけの地震だったから余震がつづいているのだ


posted by 老鶯 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波水害関係

2021年02月13日

文明を商業と交通から考える(文明論2) (商業と交通の発達が国家を作った)


文明を商業と交通から考える(文明論2)

(商業と交通の発達が国家を作った)

文明とは何かというときまた国家とは何かというときそれは商業とか交通をぬきにして考えられない、なぜなら文明でも国家でも村とかの単位ではない広い範囲のことだからである
それでcivilzationのdivilは市民のことである
その市民がどうして生まれたのかとなると商業から生まれた、土地を基にした領主の支配は封建国家であったからだ、ともかくヨ−ロッパには城が多いのである
それは日本と似ている、日本も土地を基盤とした封建国家を形成したからである
でも商業というのはその土地に縛られて支配する体制から離脱する
それで都市国家が生まれた、その収入が土地の生産物に農業によらない、土地から離れるのが商業だからである
だから商業は広域的なものになり他国との交流もできて別な協同の国家のようなものにもなる、それがハンザ同盟だった、都市国家が連携して商業で協同するのである
それは現代にもつづいている、グロ−バル経済はやはり国家を否定して経済だけで企業の利益を計るために連携する、共同するからである

そして商業と地理は深く結びついていたのである、まず船の貿易が発達したのは地中海である、地中海は大西洋とか太平洋とかとは違い、古代でも船で交通できる海だったのである、それで最初にギリシャが貿易して広域国家を作った

「母体となる都市が領土を周辺に拡大するという形態ではなく、全く異なる場所に新たな都市国家を作ったものである。植民地と母都市のつながりは密接に保たれることが多く、様々な形態をとった。しかし後の植民地主義時代とは異なり、古代の植民都市は独立した国家として運営された」

住まいの人類学Part4:植民都市=“街”を“植え付ける”人たち

この植民都市はシンガポールとか香港と同じである、ということはヨ−ロッパの歴史を継承して産みだされていたとなる、そういう発想は歴史から生まれていたのである
アジアではそういう歴史がない、大陸国家にはない、中国にもない
ただ最近を本を読んで丹後が邪馬台国だという説も地理からみればそうなのかともなる、最初に栄えたのが出雲だったからである、するとその隣になる日本海を通じて韓半島からの渡来人が来たりするには便利な場所だからである
つまり港湾都市のようになっていたとなる
それは貿易に便利な場所であり中国人でも寄り安い場所だとなる
その時また瀬戸内海航路は発達していない、瀬戸内海は潮流が速く航海に意外と向いていなかったのである、だから遅れて発達したのである
つまり交通から地理か歴史でも常にみる必要がある、だから世界史でも地理を知らなければなにもわからないとなる

文明という時、河川から生まれというときもそうである、それは大陸の河が交通に便利であり運河のようになっていたからである、エジプトのピラミッドでもナイル河の河岸から通じていた、つまり港のような機能があったとなる
エジプトがあれだけ大きな統一国家となったのはナイル河があり交通が便利であり上エジプトと下エジプトが結ばれたからである
交通が不便だと統一国家もできにくいし商業も発達しないのである

日本人が外国を理解できないのは長大な河とか平原とか砂漠がないからそもそも地理が実感できないからそうなる、日本では空すら狭い感覚になる
大陸だと空も広大なのである、長大な河は運河となり広大な大陸の人を商業でもって結びつける、中国人が農業の民であるともに商人の国であるのはそのためである

また川だけではない、遊牧民だと平原とか砂漠でも山を越えるよりは道になりやすい、
だからシルクロードが発達して貿易が行われた、そして遊牧民は常に移動しているのだから自ずと商人になっていたのである
それでモンゴル帝国が生まれた時貿易が発達して紙幣のようなものが流通したとなる
貨幣もまた広域的に貿易が発達すると利用されるようになるからだ
貨幣とは紙であれ保証されれば価値がある、一つの証文とも似ている
だから貿易でも何らか共同するものがないとできない、物の売買でも信用がなければできないからだ、第一紙幣だったらそんなの紙に過ぎないとなり信用できなとなってしまうからである、それで金貨となれば価値があるとなる、でもその金貨でも重いし貿易には向かないのである、何かベトナムで金属の大きな塊が貨幣になっていた
それは持ち運ぶだけで重いのである、そんなものはまるで石の貨幣と同じにもなる
でもその金属そのものに価値があるとなり貨幣の基はそうした金属だったとかまた飾りものだったとかなる、遊牧民ではそうした金属の装飾品を大事にするというとき貨幣の役割りも果たしていたからである 

ともかく貨幣というのは広域的商業圏が拡大するとことによって生まれた、自給自足的な村のような社会では貨幣経済は発達しないのである、そこでは物が日本なら米が貨幣の役割りを果たしていたとなるからだ
文明とは大きな広がりの世界を共同する世界を持つことである
だから大きな国家形成をしたとき文明が生まれたとなる
それは交通と密接に結びついていたのである
例えば日本でも琵琶湖は何か地中海のような役割りを果たしていた、船の交通ができていて交通路になったからである、それで比叡山ではそのために課税していたのである
税金をとっていたのである、その収入がまた大きかったのである
それで信長がその権益を得るために比叡山の僧侶集団と戦って殺したとなる
それだけのその権益が大きいものだったからである

デンマークのクロンボー城は貿易のために船が行き来する場所に作られた
そこで関税をとりデンマークの国家を強くしたというとき商業というのが国家を強大化するということがある、国家とは広域的なものだから商業と交通と深く関係しているからだ
貨幣でもそうだが遠くの国と商業で結びつくとき共通の文字も必要になる、なぜならそこで領収書のようなものが必ず必要なるだ、契約も必要になる時共通の文字が必要になる
それでフェニキア人が地中海で貿易したときアルファベットを発明したのはそのためである、共通に広域的に認識する言語が必要だったからである
だから文明とは文を明らかにするということで文字とも深くかかわっていたのである
文字の発明なくして文明をもなかったとなる        
日本で漢字を使うようになったとき中華文明圏の中に入ったのもそうである
文明というとき国とかに制約されない広範囲な共同性があるものである
それで西欧文明が現代を作ったというのもそうである 


物々交換は信用の交換が必要

 相手を信用できるか、また相手に信用に自分を信用させるか、その駆け引きのプロセスで「言語」が爆発的に進化した
 貸し借りの中で必要に迫られ「数字」というシンボル記号が生まれた
 「過去に貸した価値を〔将来」利子をつけて返してもらうという「時間」の概念も物々交換の中で発達した        

 日本の謎は地形で解ける(竹村公太郎)
 

今中国が強大化して世界の脅威となるのは古代からの中華帝国の再興のような先祖帰りが起きているからである、中国が指導国家覇権国家になるときそれは中華文明の再興となるでもそうした大きな統一共同するには新たな文明が必要となる
今の共産主義国家は古代王朝の復活のようにもなっている
そういうことに周りの国が従うかとなるとならない、いくら力でそうしようとしてもそこに新たな文明としての協同がありえないからである
ともかく人間の歴史をみるときいかに協同することに苦心したかである
それで英語でもco-とつく言葉が本当に多い、それは協同する意味なのである
協同することが文明には必要だから言葉に現れていたのである
また日本でも語尾に・・合うというのが多い、話し合う、わかちあう、ゆるしあう、つかみあう、けなしあう、殺し合う・・・とかなにか争う時でも語尾に合うという言葉が出る
それは合わせるということでそうなった、争っても合わせるということでそうなった
日本でもそうして合わせるということで協同することが社会にとって不可欠だから言葉に残されたのである、それは世界中で同じなのである
人間がいかに協同しあうかそれが文明を作ったのである
だからアフリカでは未だに部族同士が殺し合いしている、それは広域的な協同国家が形成されていなからである、日本でも邪馬台国ができる前に百余国が争っていたというのもそうである、統一共同国家を作ることはその争いをやめさせなければできないからである
だから日本だと戦国時代が終わり江戸時代になり統一国家ができたとなる
国家とは文明とは長い時間の中で協同を模索して生まれたものだとなる

ただ現代は交通が発達したためにそういう共同体としての文明を作ることができない
確かに物質的には物としての交流はあったとしても互いに共同するものが何か確立しないグロ−バル化とは物の流通でありそこに互いに共通する共同する理念などはない
そういう統一国家を文明を作ることは相当な時間がかかるからだ
(ローマは一日して成らず)なのである
日本の大東亜共栄圏の構想が挫折したのはそれは急ぎ過ぎた結果なのである
力で統一文明圏を作ることはできない、だから今中国はイスラム圏のウィグルとかを仏教圏のチベットとかを力で弾圧している、そこも一つの宗教による協同文明圏であるから
それを力で統一するというのは無理なのである

そこに大きな反発が生まれる、つまり力だけでは軍事力だけでは大きな国家というか文明圏は作れないのである、それは日本のように戦争しても挫折するとなる
それはすべての国に言える、ソビエト連邦も挫折したし今やアメリカの広域支配世界支配も挫折してアメリカ自体が衰退して覇権国家ではなくなる
軍事力だけでは力だけでは大きな文明圏はできない
ローマ帝国にしても力だけの軍事力だけの支配ではなかったからだ
ローマ法との法の支配とかもありそれで治めたとかなるからである
そこに公平さとか平等とかなにか共同するものがないと力だけでは治められないのであるだからそれは時間がかかるし簡単にはできないのである



2021年02月12日

縄文文明から焼畑、稲作文明への変化 (自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)


縄文文明から焼畑、稲作文明への変化

(自然破壊は人間の宿命ー文明は崩壊する運命(1)

文明とは何なのか?
それは人類の歴史をふりかえり考察することになる
聖書では人間が智慧の実のリンゴを食べた時に始まった
その時神の意(みこころ)のままにあった人間が神から離脱して呪われる存在となり
エデンの園から追放されたのである、罰を受けたのである、それが原罪である
またギリシャ神話でプロメテウスがゼウスから火を盗んで過酷な罰を受けた
この神話から人類の歴史がはじまり文明が作られる原因となったのである
だから文明そのものが神の意に反したものとして生まれた
だからいかに文明が発達しても決してそれが人間を幸福にはしないのである
幾多の文明は滅び文明は災いをもたらしてきた
その象徴が現代では原発であり原発事故となり故郷にも住めなくなったのである
空気も水も土も放射性物質に汚染されたら住めないのである
だから人々は故郷を捨てたのである、ただ捨てても他の土地で今は生きられるから生きているとなる、この原子力文明もまた呪われたものだったのである

文明というのは自然に則って作られている時非常に長持ちする、縄文文明が一万年継続したというときほとんど禽獣とかと同じように生活していたからである
ただそこでも文明はあった、動物を殺して食べるために石器を発明した
この石器が石器文明を作った、矢じりでもそれで動物を殺せるからである
縄文時代は石器文明であり土器文明だったともなる、縄文土器がそうである
土器を発明したことで植物となる食料を貯蔵できたからである
食料を貯蔵するということも文明の始まりである、食料が貯蔵されているということは人間だけがすることでありそれが文明を作ったのである
食料を貯蔵して食料を管理することは権力を持つことだからである
それでエジプトの書記が神のようになり力をもったことがわかる
それは今の官僚とにているのである
食料とは今では金のことであり金を予算を配分することで権力をもったからである
つまり権力の淵源は貯蔵する技術の発達にあった
日本なら米を貯蔵したようにその米の多寡で権力の差が生まれたのである

とにかく自然と融合した文明の寿命は縄文文明でありエジプト文明であり長かった
それから農業が発明された、この農業の技術の発達は人間にとって革命的なことであり
それが本格的な文明を作ったとなる
その始まりは焼畑農業がある、これも相当な技術革新だったのである
縄文時代には狩猟採集であり農業はなかった、栽培技術がなかった
ただ最近では栗を栽培していたとか米でも作っていたとか言われる
それでもやはり大規模な農業技術は生まれなかった
焼畑は森を焼いて灰を肥料とする、すると作物は育つのである
農業にとっての一番の問題は肥料だからである
今でも肥料に苦労しているからである
ただこれもすでに自然に逆らうものであり大規模な森林破壊がすでに弥生時代からでも始まっていたのである、この焼畑農業で森林は相当に破壊されたのである
だから弥生時代になるとすでに森はかなりの部分消失したとなる

それから稲作文明が生まれた、これもさらに飛躍的に人間を変えた大文明だった
この稲作文明から本格的な文明が生まれた、そして稲作と鉄器生産の技術は不可分に結びついていたのである
それであくなく鉄を求める時代になった、稲作には石器で稲を刈ったりしていたときもあった、でもそれだととても技術的には幼稚であり生産高もあがらない
鉄の道具ができたこときによって農業文明は飛躍的に発展したのである
それで稲荷(いなり)とは鋳る成る(鋳成)のことであった
鉄と一体化した文明だったのである
それから溜池などでもあらゆる場所に作った
この溜池を作るにも協同して作るものであり稲作文明に欠かせないものだったのである

つまり日本だったら江戸時代までは稲作文明だった、それで江戸時代三百年がつづいた
封建制とは土地と密接に結びついている、封土というときまさに土地を与えてその土地から米を作りその米を税金として納めることで成り立っていたのである
それはヨ−ロッパでも同じであり土地を与えてそこから納税させるシステムとして封建制があり城があったとなる、それは日本と似ていたのである
土地を生産の基盤としているからその土地から人は離れられない
それで関所を作り農民を外に出さないようにしたのである、土地にしばりつけて納税させたのである

縄文文明から弥生文明の変化は大きかった、こうして技術が発明されると必ず人口が増える、それだけ養える人口が増えてゆく、それで稲作文明2000年は継続的に持続した
稲作文明はサステナブルな文明であったから長続きした
自然の環境と融合する面があったからである、でも文明は必ず自然を破壊する業を宿命をもっていたのである
それで原発事故で放射性物質で汚染された結果、空気も水も土も森も汚染されたとき住めなくなったのである
原子力の技術は人類が最後に行き着いた技術である、その技術が人類を滅ぼすというのも人間の宿命だともなる、技術は必ずしも人間を幸福にしないのである

確かなことは自然を改造した中に人は住んでいる、それはすでに縄文時代からそうであるただ縄文時代は大規模に自然を破壊する技術がないから二万年も継続していたとなる
焼畑農業から大規模な森の破壊が行われ稲作文明で森であったところは田んぼになったのである、ただ稲作文明は第二の自然となっていた
それは原発事故で田んぼが放置されたとき草ぼうぼうとなりそこに棲息していた蛙とか虫がいなくなった
そのためにそれを餌としていた鷺がいなくなったのである
田んぼは第二の自然でありそこに鷺も餌がありいたのである
それで田んぼが回復したとき鷺がもどりまた蛙がもどり蛙の合唱が聞こえた時、復興したと感じたのである、つまり田んぼは第二の自然だったのである

そして驚いたのは松原が根こそぎ津波で流されたことである
これも信じられない光景だった、松原とは自然の林か森のように見ていたのである
だからそれが消失することなどイメージすらできなかった
でも松原は人工林だったのである、塩害を防ぐために作られていた
それは稲作文明だから松原が作られていたのである
それも人工林だったが森だって人工林になった、それは杉の林や森が多いという時
もともと森は混成林でありいろいろな木で森は形成されていたのである
杉単一の森ではなかったのである
杉は木材として家を作るのに適していたから杉林になった、つまり人間側の要求で杉林になったのである
人間側の用途から自然を改造したのが文明なのである
それで木と無の漢字がぶなであるのは木は無用の木としたのは木材として家を作るにも適していなかったからである、でも自然の中では何か役割りがあった、もともと日本の森はブナが結構あったがなくなったのである、人間は自然を改造した第二の自然に住んでいるでもそのことは自然破壊でもあった、でも農業文明は稲作文明でも自然と融合しないと成りたたない、そこで第二の自然となったのである

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ぶな


2021年02月11日

埼玉県では25人に1人が「ヤングケアラー」 (自分優先か家族優先か-自分の人生が奪われる)


埼玉県では25人に1人が「ヤングケアラー」

(自分優先か家族優先か-自分の人生が奪われる)


家事や母親の世話で自分の自由な時間がもてなくなり、「何で私が?」と、よぎる瞬間もあった。思いが行き違い、母親と何度もけんかした。


ひとり親家庭 増加が背景に
 若年介護者が増えている背景には核家族化の進展、ひとり親家庭の増加があるとされる。群馬県人口は減る一方で、世帯数は右肩上がり。1950年代まで5人台だった1世帯当たりの人数は2019年に2.40人まで減った

「限界だった」たった1人の介護の果て なぜ22歳の孫は祖母を手にかけたのか

これは残酷である、10代から介護になるとすると自分の人生が介護で消失する
精神疾患が多いとすると親か若いうちに介護状態になっている
ただこれから祖父母が介護になったとき家に人手がないから孫が介護する家が増えてくるかもしれない、どうしても介護はつききりになるからだ
すると誰かが働かないと収入もなくなるからだ
その年でまず介護がどういうものか理解する人はいない
だから相談相手もいないし介護サービスのことも知らないとなる、手続きもめんどうで受けていないというのもわかる

家族が優先か自分が優先で悩むというのもわかる、何か親のためにしなければならないというになる、家族のためにやらなければならないとなる
でもそもそもそんな子供の時は家族にしてもらうのが普通である
家族が与えてくれるのが普通である
それで進学も大学にも入れないとか結婚もできなかったとか様々な障害が生まれる

これは悲劇だ!

私自身は介護は苦しかったけど介護して良かったと今では思っている
というのは60まですべて何でも身の回りのことをしてくれたからである
これもまた普通ではありえないのである、引きこもりでも世話してくれたのである
そこで一切働けとか言われなかったのである
引きこもりで親に殺されている人もいるからそれだけ恵まれていた、親が世話してくれたただそれがマイナスに働いたことはある
人生には何でもプラスに働くのとマイナスに働くことがある
だからそんな若い時から介護になっているということでも何かプラスになることはある
でもこれは余りにも過酷だとなる

そしてこの人たちが成長した時どうなるのか?

親が死んだりして親をどう思うのか?

親を怨むとなる、そういう人が自分の親戚にもいた、親を介護したわけではないが親に苦しめられた結果、死んでも親のことを想わない、墓参りもしないとなっている
おそらく親を恨んでいるとなる
これは双方にとって不幸である

自分が優先か、親が優先か

この年なら確実に自分が優先である、それは責められない、親のために人生を捧げるというのは生物的にもありえない、親は子供のために命までささげるからだ
でも戦前とかまでは後進国などでは今でも子供は親の犠牲になることが強いられている
子供は労働力として見られているし外国人労働者も親に仕送りしているからである
私の母なども親のために早い時期から働かされて稼ぎを親に出していたのである
それは戦前とかでは普通にあったことである、親孝行が優先されていたのである

何か母の実家では母親が病気にもなり若い時それで苦労したとは聞いた
大正生まれだから今との価値観は違う、でも結果として母は働きづめであり何か余裕ある生活もできなかった、それで花にすら興味を示さなかった
庭に花より野菜を豆を植えていたのである、食べることを優先されたとなる
それで遊んでいた自分とは合わなかったのである
母にって働かないで遊んでいる人生など考えられなかったのである
ただそういうことができたのは母だけではない姉がいて私は自由な人生を送ることができた、母だけったら若いころから働きづめであり大学などにも行けなかったのである

若い時やりたいことをやらないとあとはやれない、時間ほど人生にとって貴重なものはない、それもあっというまに過ぎる、だから青春時代を介護になるということはあまりにも過酷だとなる、ただそれだけ苦労するということはプラスの面はある
でもやはり人生でやりたいことをやれなかったという後悔になる
これはみんな老人になれば後悔しているのだがこの場合は

親の介護で自分の人生は犠牲にされた!

必ずあとでこう思うようになる、それは親と子供にとって不幸なことである
親を恨むようになるからである、やがては親の供養もしないとなる
ただ苦しめられたという思い出しかなくなるからだ

私は介護では苦しかったけどそれも当然だという感覚になっていた
それは普通の人より良くされたからである、だから苦しくても当然となっていた
それは無理やりでもない、自然にそうなっていたのである
60年間一方的に世話になるだけだったからである
だからこんな若い時から介護になることは余りにも残酷であり理不尽だとみたのである
ただ家族に人手がなくさらに介護者が増える、2025年問題がある
団塊の世代が介護状態になる、認知症になる数もすごい、そうなると孫とかに介護が強いられる時代にもなる、それは本当に孫を不幸にするのである
そして祖父母でも恨むことになる、それは双方にとって不幸なのである

私は何か30頃なのか登山した、体力かないので死ぬように疲れた、その時親戚の人が病気で輸血してくれと言われた、でもしなかった、その時確かに罪悪感を感じた
10代から20代でも家族のためにしないことで罪悪感を感じているのもわかる
それは家族だから余計にそうなっている
ただ正直自分の人生まで犠牲にして親の介護に貴重な時間を消費していいのか?
これは本当に疑問である、強いられてしょうがいなともなるが過酷である
結果としてあとでふりかえり親のためにやりたいこもやれず親のために犠牲にされたと思うよりなり親を恨むようになる
私はふりかえれば介護して良かったと思っている、恩返しできて良かったと思う
それだけ世話になったのだから当然だと思っていたし感謝して死んでくれたから心も安らかである、それで死後も供養して思っているのである

いづれにしろ2025年になると介護者が膨大に増える、そこで孫もその介護者になり犠牲者になることも増える、それだけ介護問題は深刻なのである
個々の家族で事情が違っていてもそれは大きな社会問題になるしすでになっている
金銭的にも日本が貧困になり援助できないからとなり家族に押し付けられる
それで孫まで犠牲になりそして祖父母でも恨むとなる
これも悲劇なのである、ただ確かに介護のことを同世代で理解することはむずかしい
介護自体もまた経験して見ないとわからないからである

まず親に良くしてもらわてかった子供は親にも良くしない、これは確かである
だからただ親に苦しめられた子供は親に良くしないし介護だってできないのである
それで兄弟でもお前は一番親にかわいがられたから良くされたからお前が親の介護をしろというのもわかるのである
それだけ介護は誰もしたくないのである、でも誰かに押し付けられるのである
これからそうして介護殺人も日常的になる、それだけ介護問題は深刻なのである

2021年02月10日

寒木、蝋梅ー写生俳句のこと(死んだ母を想う不思議―万葉集の歌)


寒木、蝋梅ー写生俳句のこと(死んだ母を想う不思議―万葉集の歌)

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ふるさとに根付きて老いぬ冬芒

我が母の百才生きし冬芒

風うなり墓地を囲みて寒椿

蝋梅や我が家に余生くつろぎぬ  

石垣を離れず松や冬の暮  

玄関に枯木の影や籠るかな

十本の樹に寒さのしみいりぬ
                                                

百才を生きにし母や蝋梅の咲きてその後我の住むかな
                                

母のことを語るのは不思議である、母は脇役であり目立たなかったからだ
私自身も母を注目していなかった、嫌いの所があり母を良く思っていなかった
ただ人間は何か死ぬと生きているときき別な見方をするようになる
それが不思議だとなる、死んでからその人を深く想うということがある
だから万葉集の歌が恋愛ばかりだと見るのは間違っている
そうしたら何か浅薄になるからだ
恋は乞うであり死者を想っているのだというときそうなるとその想いは深くなる
もはや肉体として存在しないからこそその想いは深くなるからだ
ただ自分の場合生きている時母を想うこともなかった、むしろ嫌なものにも思っていたのであく、それが不思議なのである


獻舎人皇子歌二首

たらちねの母の命の言にあらば年の緒長く頼め過ぎむや

現(うつつ)には言は絶えたり夢にだに続(つ)ぎて見えこそ
直(ただ)に逢ふまで 二九五九


母に許されれば結婚できましょうという意味である、でもこれも別な解釈があるかもしれない
母が言い残した言葉なればその言葉は重要でありその言葉に頼む、年の緒長くその言葉を伝える重んじるという意味ともとれる
状況からは違うにしろそういう解釈もありうる
それで母が死ぬ間際に一か月前に認知症だったけど正気にもどり言った言葉が忘れられない、それは孫に言い残した言葉だけど孫にはその言葉は伝わらなかった
それも一緒に生活したこともないから疎遠になり伝わらなかった
ただ自分自身は正気になって大声で言い残したことに驚いたのである
最後の言葉はやはり人間にとって誰であれ重みがある
その母の言葉を年の緒長く頼む、守るということにもなる

次の歌も言は絶えたりというとき死んだともとれる、でも夢に見えるとなる
これも必ずしも恋愛の歌ではなく死んだ人を想っていることともとれる
そもそも万葉集の歌が何を意味しているのかわからないのがあり研究が続けられている
それは古代の人の心が今と違っていて理解できなくなったからである
つまり自然の中での原初的心性というべきものが近代人からは喪失したからである

芒というときこれは意外と深く根を張るものなのである、だから簡単に引きぬけないのである、一見芒は木と違うから根を深く張ると見えないのである
実際は深く根を張っている、そうみると違って見える
百才生きた母にはふさわしいものともなる、ただ百才も生きると幽霊のようにもなって生きるともなる、まず百才まで生きるとどんな感じになるかイメージできないのである

蝋梅も咲いたし、梅も咲きはじめた、実は今日はあたたかい、昨日は真冬だった
ようやく春になるらしい、このくらいだと楽である
俳句はやはり写生である、十本の樹に寒さのしみいりぬ・・・というときまさに写生である、十本というところに意味がある、「鶏頭の十四五本もありぬべし」子規・・・これに写生が集約して表現されている、つまらないとなればつまらないがそれが写生俳句の本質を表現したものだから論争にもなったのである
だから十本の樹というのがまさにこれと同じなのである
これは街中の公園にある、ちょうど十本くらいある、十本の樹があり寒さがしみいりここに耐えて建っているとかみる、その解釈はしないのが写生俳句である


寒木

風うなり木に寒さしみいる
椿の赤く真の心に安らぐ
人はめいめいの場に
分かち合いともに生きる
人と人は場に結ばれぬ
信頼で深く結ばれ一つになる
かくて離れざるかな
寒さしみいるともあたたかき
人の心のかくあれば・・・・

(十本の樹に寒さのしみいりぬ)


説明すればこうなる、説明をはぶけば写生俳句になる

とにかく蝋梅というとき母を想い出す、何か百才を生きた母にふさわしいとなるからだ
ともかく死んでから母を想っているというのは不思議である
死んでから存在感を示しているのが不思議なのである
どうしても依然として母が家にいるという感覚になるのだ
これはおそらく夫婦でもどちらかが死んでも依然とてしう家にいるという感覚になっている人がいる、それは家で暮らした歳月が長かったからそうなっているのだ
だからもし息子でも娘でも一緒に暮らさないとそういう想いが起きないかもしれない
70年も一緒に暮らしたことでそうなったからである
ただ正直母のことは私は嫌うところがあり死んでからこうして思うことが不思議なのである

医療・介護などで問題が噴出する「2025年問題」


医療・介護などで問題が噴出する「2025年問題」

2025年は後期高齢者(75歳以上)が急増するターニングポイント
「2025年問題」とは、戦後すぐの第一次ベビーブーム(1947年〜1949年)の時に生まれた、いわゆる"団塊の世代"が後期高齢者(75歳)の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念される問題を指します。

1947年から1949年に生まれた第一次ベビーブーム世代が、2015年の段階で65歳を超えている日本。この3年間に生まれたいわゆる団塊の世代と言われる約800万人の人々が、徐々に介護サービスを必要としてきています。

現に、要介護・要支援認定者数は2000年には218万人だったのが2017年には622万人と、ここ十数年で約3倍になっています。団塊の世代の高齢化によって、介護を必要とする高齢者が、今後さらに増加することは必至。


これも相当に深刻になる、実例では父親が介護になり南相馬市では今介護士が不足してみれない、それで青森の施設に送られている、青森では仕事がないので引き受けている
でせそこでも後から備品とかの請求が来て金は要求されている
それを払っているのが40代後半の独身の息子である
その息子が今は病気になり一か月入院したりしている、建築関係の肉体労働者である
その母親は70才でも金もなく体が弱っている、普通の人より弱っている
その母親も金がない、その負担が息子にかかっている
もう一人息子がいてもその人は縁切り状態になっていてかかわらないのである
おそらく母親でも金をせびられたり負担になるからかかわらないようにした

この状態は自分自身で体験したのと似ていると思った
私も二人の親の介護状態になり助けもなく一人で苦しんできたからである
それを延々とプログに書いてきた
ただ金銭的には問題がなかった、この例では金銭的にも苦しんでいるのだ
ただ介護というのは家族でするとなると金だけではできない
特に認知症になると他人が介護することはむずかしくなる
この息子はすでに2025年問題の実例なのである
それも二人の親をめんどうみなければならなくなる
でも実際はしていない、仕事をしなければならないから多少青森の施設に仕送りしているだけである、でもその仕送りだけでも余裕がないから負担なのである
そして母親は病気ではないにしろ普通より老化して体が弱っているし金もないのである

何かこのように親二人が介護になったり金がないとか援助して負担になってくる
それが2025年問題でありすでにその兆候は現れている
だからこれは2025年になったら悲惨な人が出て来る
現実に南相馬市でも認知症の母親を介護していた50代の人がオムツとりかえるとき母親が騒ぐので殺した
おそらくその息子一人が介護することになってそうなった
それより問題は親二人を同時に介護するようになることである
それを自分自身もなるところだった、そしてその介護する人が病気になることもある
それが自分自身で経験して恐怖だった
その時誰も助けない、回りでは今はかかわらない、逆に苦しむのを見て楽しむとまでなる今田舎だって人情などなくなっている、またそういう家族とはかかわりたくないのである田舎ではかえって人間の悪質性が露骨にでてくるのである

いづれにしろ子供が親を捨てる、家族遺棄社会になるという本を出した人もいる
この実例では一人の息子は関係しないから親を捨てている
でもそうしたとしても一人の息子に負担がかかりまた他の人がめんどうみるともなる
だから家族でもそういう人はもう家族でもない、他人に世話をまかせたともなるからだ
それも無責任だとなる、もう親はめんどうみれない、死んでもいいとまでなっているのだでも放置してゆくわけにいかないから誰かが福祉でもめんどうみざるをえないのである
こうなると家族とは何なのかともなる、もうそこでは家族は他人になっているのだ
その人にとっては楽でも他の人が負担させられている、これも無責任だともなる
「私は親のめんどうはみない、死んでもかまわない、誰かめんどうみてくれ」となっている

いづれにしろそれだけ介護の負担が大きいからそうなる
介護殺人がこれからも増えるのはそのためである
それは一部のものだけではない、社会的問題でもある、これだけ介護する人が増えれば社会を圧迫する、財政的にも厳しくなる
現実になっている、生活保護でも福祉関係へ予算を配分できない、それだけの余裕がすでに国にもないし自治体にもない、日本自体が貧困化しているからだ
そこで二重三重に負担になり援助されない人が増えて来る
そうなるとどうなるのか?老人は捨てられるとなる
姥捨て山ではないが実の息子すら親を捨てている、でも誰か他人がめんどうみざるをえないのである
また老人の単身者の数も多い、自分もふくめそういう人も助けがないとなる
高齢化社会というのは確かに個々人ではすべて悪いものとはならない
長生きすればそれだけ人生でやれることが多くなる、ライフワークを持っている人は専門分野を追求できる時間が長いからそれなりのものを成せるとはなる
でもどちらかというと暗黒面が大きいのである

ともかく夫婦でもどちらかが死ぬと一人になる、隣では突然に妻が死んで夫が取り残された、その夫も心臓の病気であり機械を入れている、これまで妻が世話していたのを自分でしなければならない、その人は家族と一緒に住んでいても食事も別にしていたからだ
こうしてまた家族と住んでいても老人が孤立している場合もある
何か今は家族がこうして別々になる傾向がある
でも介護状態になれば家族がめんどうみなければならなくなる、そういう状態で介護がやれるのかともなる

いづれにしろ2025年問題は深刻である、すでにその兆候はいたるところに現れている
となると2025年になったらさらにひどい状態になることは目に見えている
それは個々人の問題でもあるが国とか市町村の問題でもある
そういう人を放置しておくにもいかない、でも財政的にも厳しい、生活保護でも医療だけが払われているとかもある、菅首相が生活保護があるというけどそれが最後のセーフティネットにもなっていない、生活保護を受けても餓死にもなりうると見た
最低限する支給されていないからである
それだけ国でも市町村でも財政的に苦しいから福祉に回らないのである

日本自体が東北大震災や原発事故や今度はコロナウィルス渦とか災難に見舞われる
それで財政的に苦しくなるのだからさらに福祉の予算は減らされる
つまりもしかしたら餓死に追い詰められる人が増えるということすらある
そういう直前の人がすでにいるとなる、二重三重の苦難と負担が強いれらる時代である
それはすでに自分自身が経験してきたことなのである





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2021年02月09日

オリンピックがなぜやめられないのか? (原発もなぜやめられないのかー利権団体のため)


オリンピックがなぜやめられないのか?

(原発もなぜやめられないのかー利権団体のため)

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中止による経済損失:約4兆5,151億円

なかなか大きい数字ですね。

これだけのビッグマネーが動くわけですから、オリンピック誘致も必死ですし中止の回避も必死になるというわけですね。

オリンピックでビッグビジネスをつかむはずだった電通は、そのためにすでに大きな投資をしているそうです。
https://www.inakodo.com/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%
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オリンピックがなぜやめられないのか、それは莫大な投資をしている、その施設でもゼネコンが請け負ってそこから利益となっていたのでゼネコンはオリンピック推進になっていた

そもそもオリッピックをやる意義が今はあるのか?

オリンピックする意義はすでになくなっている、世界平和のためだというけど現実は商業主義オリッピックであり世界的なショーを演出してそれでもうける企業があるからやれとなる、アメリカに住んだ人が意外とアメリカでオリンピックをしていたとき、ほとんどの人は関心がなかったという
何か世界的行事のように見えて今は関心がそんなにないのである
関心をもっているのはオリンピックで利益を得る企業とかスポンサーなのである
だから電通がオリンピック中止で倒産するとか騒がれる
マスコミ関係ではテレビ局などでは視聴率をとるために開催しろとなる
それは利権のためなのである

この世の中は利益で動く、金で動く、何か意義ありその意義を追求することはない
まず利権だ、金だとなる、だから別に必要ないものでも金になればやれとなる
それはオリンピックだけではない、原発でもそうだった
本当は原発がなくてもエネルギーはたりている、でもその原発を作る理由はそういう必要性より政治的軍事的思惑があり作られた
またそれが巨大な利益を生む、利権を生むから作られた

まず電事連とかあればそこからマスコミに800億円もの宣伝費が出ていたのである
厥か新聞社とかテレビ局とかに回っていた、原発は巨大な利権になっていた
それは地元でもそうである、原発で恩恵があったから積極的に誘致したのである
利権にかかわると利益になるということでみんな反対しない
ただでは国民全部がそうかとなると違う、利益に利権になる人が賛成するのであり
全部がそうではない、オリンピックが国民全部が賛成しているわけではない
むしろオリンピックなどやるべきではないという人もかなりいたのである
でも利権にかかわる人がいてその人たちがすすめるからそれで押されて実行される

要するに民主主義といっても利権民主主義であり大きな組織団体が利権を得るために動く最初はゼネコンの利権とかあり推し進められる
景気を良くするためにといいうことも宣伝されるがその景気にあづかるのは一部の利権団体なのである
その一部の利権団体が政治を動かすのである
まずそうして票でも人数でも金でも集まらないと民主主義でも何の効力も発揮しないからである、ただそれが社会を歪めるのである

原発には東電に官僚でも海上保安庁から検察から警察からあらゆる特権階級が上級国民が天下りしていた、そこは官僚の利権ともなっていたのである
原発は必ずしも国民全部が賛成しているというものではない
でも電事連でも賛成しているし利権団体が推進したから反対できないのである
それが「安全神話」を作り事故になったのである
原発で働く人が電気工事関係でも千人とかいたとなるから地元の恩恵も大きかったのである、それで何か不具合があるのを知っていたが上の人に言うこともできなかったと言っている、仕事を受注できなくなるからだという、つまり東電の権力は絶大だったのである

森会長がオリンピックをやめない、やめられないのはオリンピック関係の職員でも5000人とかいるとういう、するとその人たちにとってもオリンピックが中止されることは飯の食い上げになる、それでその組織では森会長を批判していないのである
やはりそこで金をもらっているとなると組織の利権を擁護することになるからだ

ともかく人間は利益をあげることで日々成り立っている
それから逃れることができない、でもそのことが社会を歪める、本来の意義が見失われてただ金を得ればいい利益を得ればいいしかなくなる
そうしていると原発事故のようなものも起きてくる
コロナウィルスでもそんなものよりオリンピックで利益を上げるべきだともなる
つまり原発が危険でもやれと地元でも賛成したようになる
ただ今はオリンピック中止すべきだという世論になっている
これはマスコミが言っているのではない、国民の意志なのである
でもそれを曲げてもある特定の利権のためにオリンピックをしたいとなる
その背後には5000人の職員とかそれにかかわる人たちの利権があるからである
そっちの方が優先される
go to トラベルも強行されたのは観光業者と二階堂氏とかのつながりがありそうなったともされる、政治と利権団体が常に結びつくからである
それが政治も歪める

だから何かを公平に見るには利益から利権から離れる必要がある
それがマスコミでも放送に莫大な費用がかかるからできない
電事連からでも莫大な宣伝費をもらっていたら原発の危険性を言わなかったからだ
そして福島民報などは出資するのが県であり半分もしている
あとは聖教新聞を刷っていたりとそれだけの費用がまかないないからそうなっている
そこでそうした権力利権団体の悪を追求できなくなる
結局はマスコミ自体が長いものに巻かれとなっているだけである
ただそういうことが原発事故になったことを反省すべきである
でも実際は依然として利権団体民主主義でありそれが社会を歪める
右は原発推進なのである、それも納得いかないのである
それも右が利権と結びついている、だから事故前から原発推進だった
また右は核武装を主張しているからそのために原発を核武装するために必要としていることもある、もちろん左でも利権と結びつく、朝日新聞が中国と結びついているとか信用されない、中国を批判できないのである

ただ公正さを追求することは人間には不可能だともなる
神は偏り見ないというとき神のみが公正に裁くことができる
それはなぜかというとき神はいかなる利益とか利権とかかかわらないからである
だから公正に見られるのである、人間にはそれができないのである
それで隠者が報道に記者に向いているというのもそうなのかともなる
つまり世間では利益で何らか結びつきそれで忖度して公正に見れなくなるからである
世間の付き合いはみんな利益で結びついているからである
だからどうしてもその利益に利権にあづかろうとする、権力がある人に金がある人は寄ってくる、それでこの世が常におかしくなり歪められているのである
シオンに公正が実現するというとき公正に裁くことのできるのは神しかいていとなるからである
神は偏り見ないというとき人の利益とか利権とかかわらないからできることなのである
つまり無私な人が偏り見ないとなる、なんらか下心があるとなると公正に見れないからである



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2021年02月08日

最後は記憶が人生になる (場所と一体化して記憶されるー家と一体化して記憶されいる死んだ母ー墓の意義)


最後は記憶が人生になる

(場所と一体化して記憶されるー家と一体化して記憶されいる死んだ母ー墓の意義)

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the fixed place for memory




仙台市に行ってヨドバシカメラのカードを忘れた、でも実際は財布に入っていたのである

これが忘れた原因は何であったのか?

カードが多すぎてわからなくなったこともある、それよりヨドバシカメラのカードをいつも部屋の手の届く所に置いていたことが記憶となっていたのである
ヨドバシカメラのカードはその場所にあると記憶していた
それをいつも見ていたからである
でも実際は財布に入れていたのである

つまり記憶は場所と関係している、カード単体で記憶しているのではなくその場所が関係している、場所と一体化して記憶している
人間は何か単体では記憶しにくい、何かと関連して記憶している
ABCとあるときAだけ単体として記憶しにくい、原子でも結合して一つの物になる
人間の記憶のメカニズムは機械と違う、一つの場面でも単体では記憶しない
家を記憶するにもその周辺の情景から記憶する
田んぼの中に家があるとか線路の脇に家があるとか坂の上に家があるとビルがあって家があるとかその家の隣の家があって同時に記憶する
家一つを単体では記憶していないのである
何か記憶して思い出す時でも単体では思い出せない、その周辺の情景があってつないで思い出すのである

例えば緑がありその中に赤がある、緑として単体で記憶されないのである
赤、緑、青とかあって赤が記憶される
それは極めて人間の記憶のメカニズムとしてある
人間の特徴としてとにかく忘れやすいのである、そのためになんでも記録しておけというとき忘れるからである、そして忘れるということは何なのか?
それがあっても存在しないことになる、認知症になると子供の名前すら忘れる
すると自分の子どもなのに「あなたは誰ですか」というときその自分の子供さえ存在しないことになる、記憶されないことは存在の否定なのである

それは人間に認知症でなくても常に起きている、とにかく人間は忘れる
人間は死んだ時点でその人は肉体も消えるから忘れてしまうのである
そんな人いたのとまでなってしまう、肉体を実在しないのだからその存在さえないものとされる、忘れられるのである
それでいかに記憶することがまた歴史では記録することが大事なのかを知る
それで文字が発明された過去に起きたことを記録したことが文明を作ったともなる
その文字が神聖なのはヒエログリフとなったのはまさに記録したものが神聖だとなるからだ、もし文字で記録されていなかったら過去の文明も謎になる
エジプト文明は文字で記録されていたからなんとか解明できるとなる
マヤ文明とかは文字がないので謎になりジャングルに埋もれたとなる

そしていかに記録が大事なのかを知ったのはこの辺の津浪だった
相馬藩政記に生波で溺死者700名あったと記録されていたのである、生波(いくなみ)とは津波のことだった、その時津波という言葉はなかったのである
これはたった二行だったがこの記録ほど貴重なものはなかった
なぜならそれを知ったのは津波の後だったからである、誰も知らなかったのである
そして400年前に津波があったということを知らないからこの辺では津波が来ないとしていたのである、もしこのことを知っていたら警戒していたとなる
だからこそ天災は忘れた頃にやってくるとなる
それだけ人間は忘れやすいのである
自分自身膨大なものをプログに書いたけどその自分で書いたものを忘れているのである
そして読み返して自分自身が感心しているのも奇妙なのである

いづれにしろどうしたら記憶するかということが意外とあらゆることで旅ですらそうだった、どんなに旅しても記憶しているかいなかが大事になる、何が記憶されるか大事になるもし記憶されないならそこに行ったということなかったとまでなる
実際に行ったとしてもそうである、団体旅行した人はどこに行ったかわからないと言っていた、その場所に行ったことすら覚えていないのである

ともかく人間の記憶が単一ではなく場と結びついて記憶される
それで寝る時、広い八畳間で寝ている、そこに本を置いてある、するとき寝る時毎日その本をがそこにあり見ているからその本の内容も記憶していることに気づいた
場と一体となり記憶が定着している、でも本がいくらあってもみんな記憶できない
本がありすぎるとまたどこに何が書いてあったかもわからなくなる
それだインタ−ネットだとキーワードで検索できるから便利なのである
蔵書でもそれができれば便利になる、なぜなら前に読んだ本もたとえ赤線でも引いても忘れていたのである、本を読んでもは忘れてしまうのである

人生をあとでふりかえるときとにかく記憶したものを語る
でも旅でも記憶していなかったら存在しないと同じになる
そこに旅したともならないのである、でもいくら旅しても人間は忘れる
そうなるとせっかく旅したのにその経験も無駄だったともなる
記録と記憶は違う、記録は何かあったことでも機械的に記録することである
でも記憶はその場から全体から思い出すのが記憶なのである
ただ記録したことから記憶が蘇ることがあるから今ならデジカメでもいいから印象的な場面を記録する、フィルム時代と違うからそれは後で思い出すのに効果的だとはなる
でもそれは他人にとっては一場面であり部分であり全体ではないから記憶とはならない
だから何かテレビの旅番組を見ても旅したとはならない
それは一部分を切りとったものだからである
そこに行くまでの行程も旅でありそれが省かれているから旅を経験できないのである

人間はとにかく親しい人でも死んだりしたらただ忘却があるのみだとなる
それで死んだ人でも場所と結びついて記憶している
百才で死んだ母のことを書いてきた、その母がいた場所がありその場所に自分が座っていると不思議になる、そこに母は70年とか座っていたからである
するとそこに母がいるような感覚になる、いつまでもそこにいる感覚になる
その場所から離れずいる感覚になる、形は無いが確かにいるとなる
結局それだけ長くいたからその場と一体化したのである
それで嫁とは女と家のなのである、家と一体化して記憶されている

そして墓とは何かと言えば記憶を物体化したものである
墓に来て死んだ人を思い出す装置なのである、それは人間は死んだ人を忘れるからであるそれでいつも母の実家の墓参りしたときそこに肺病で27歳くらいで死んだ人を思い出すのである、この人はかわいそうだったなとみる
でも今は墓参りもしていない、その墓を継いだ女性が異常人格者だから怖くて行けなくなったのである、母の実家はもともと分裂不和の家だったからその後にのこされた人も分裂不和になったのである
そうなると自分自身からもその実家のことは忘れる、墓参りのときは思い出すがそれなくなったからである、とにかく墓参りとは死んだ人を記録する場であり思い出す場所だということである、場所と結びついて思い出すのである
だから墓がないとさらに死んだ人は忘れられる、全く存在しなかったともなる
そういう人も多いのである、墓の効用は記録して死んだ人を思い出すということにあったからである

2021年02月07日

みんな原発のせいだ、東電のせいだ (コロナのせいでこうなった―コロナウィルスと原発事故の共通性)


みんな原発のせいだ、東電のせいだ

(コロナのせいでこうなった―コロナウィルスと原発事故の共通性)

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週間ポスト2月12日号


自分の努力不足を棚に上げていないか
彼はコロナ前から成績が悪かった


コロナウィルス騒動と原発事故の共通性があることを追求して来た
これもだから不思議である
東京に避難した人が

放射能がうつるから来るな!

こう言われて子供がいじめられたのもそうである
今度は逆に

コロナウィルスがうつるから東京から来るな!

こうなったのである、人間にはカルマの法則がありあてはまる

この記事のように今はなんでもコロナのせいにされる、それを口実にすると通りやすいからである
原発事故でも故郷から若い人が多額の補償金をもらって出て行った
それも放射線被害がありそんな危険なところに住んでいられないということで誰も批判はできないのである
つまり何も言えなくなってしまうのである
何か言えば必ず放射線被害とか言うしそれで言えなくなる
そして何かというと被害者意識になりお前らなんで努力しないだというとお前は情もなにもない人間なのかとかなり批判される
そしてNHKでも原発避難者と津波被害者がいたが原発避難者側についた報道でも誤解を生んだ、その対立を激化させたのである

例えばもともと第一次産業は農林漁業は衰退していた、それで跡継ぎもいないとかなっていた、再三言うけど近くの漁港で漁師が何か生活が苦しいとか言ってプログで訴えていたでも今考えるとそういうことはなかった、その人はわからないにしろ事故前から相当な補償金をもらっていたから別に魚がとれなくてもやっていけたのである
その時はわからないから漁業は苦しいんだなと見ていて同情していたのである
凍み天の菓子店なども原発事故のせいで倒産したとかしているがもともとその商品はそれほどのものではなかった、商品自体に問題があって倒産したのである
これもなんでも原発事故のせいだとする

他でももともとだめになっていたのだがそれが全原発事故のせいにされる

俺たちは被害者なんだ、だから援助されるべきだ

こういう主張になる、もっと自分たちで努力するものがあるのではないかという前に被害者だから援助されるべきだ、もっと補償金をよこせとなる
つまり自らの努力を放棄して悪く言えばたかりにもなる
でも放射線の被害を言われればお前地元で良くそんなこと言えるなとバッシングされる
だからこうなると本当にめんどうになる、それで韓国とかは常に戦争の被害を言うから
付き合えないとなる、被害者と加害者であり被害者は加害者を許すことがないからである現代では被害者がかえって大きな力をもつようになる

コロナでも同じ事が起きていることが不思議なのである
様々なことで共通点がある、コロナで飲食店や旅行会社に補償金を出したこともそうである、そこでもやはり不公平があり不満が生まれる
一日六万補償されて売り上げよりもらって喜んでいた人もいる
南相馬市でも30キロ以内は30キロからはずれた人たちより三倍はもらっていたのである

高速でも医療費も十年間無料だった!

30キロはずれたら同じ南相馬内でも医療費は半年で補償されなかった!

高速でもそうであり最近やっと無料にしたがもう終わりだとなる

なぜこれほどの差が出たのか納得できないのである、コロナでもやはりこうして補償に差がでたのである、全部公平に払われることはないのである
それだけ公平になることがむずかしいとなる、必ず不公平になり不満な人が出て来る
だから補償金というのは良くも悪くも働く、それはなんでもそうだが金の問題になるととにかくうるさくなる、そこで不満が残る人があり怨恨にもなる

結局水俣病でも補償金問題でもめて復興もできなくなった、公害になったら終わりだと当事者が述懐している
過度な被害者意識をもつとそれが今度は一代でも終らない、親が子に必ず何かうまくいかないと原発事故のせいだとなる、この辺ではそういう被害者意識をもつ地帯になった
いくら努力しても無駄だとかなる、それより政府からでも東電に訴えてもっと補償金とか援助してもらうべきだとなる、つまり自ら努力することを怠る地帯となるのである

それが韓国にも沖縄にもある
自分たちで努力しろとか言っても被害者意識にこりかたまるとそうはならない
自分たちには責任がない、東電や政府が悪いとなる
それは確かにあっても自分たちで何にも努力もしないというのは無責任だとなる
地元の住民も納得して原発を誘致したからである
その責任があり東電を責められないという人も相当数いる、そこで働き贅沢できたともなるからだ、でもその責任を自覚している人は少ないのである

コロナウィルスと津波とか原発事故の相違は津波と原発事故は一部分である、広いにしても日本全国ではない、コロナウィルスは全国であり世界の被害になったことである
だから一部分を復興してかたずけるわけにはいかない、世界中が被害者になったからである
ただ全部原発事故のせいだとかコロナウィルスのせいだとかなるのは問題である
それを口実にして自ら努力を怠る理由になるからだ
だから原発事故地帯は若い世代が避難して復興できない、でももう戻らない
他の土地で家も建てたり生活がありもう帰れなくなったのである
十年も過ぎたらもう帰れない、そうして荒廃したままになる
残されたのは老人だけだとなる、でも若い世代にも責任がないのか?
やはりなんらか責任があってもそれはみんな原発事故のせいだとして放棄できたのである






posted by 老鶯 at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層