2021年03月12日

貧困化して生活するのにはどうするのか? (大家族とかシェア経済などリサイクルとか生活を見直す)


貧困化して生活するのにはどうするのか?

(大家族とかシェア経済などリサイクルとか生活を見直す)


困窮死と水道停止 停止前の訪問で防げるか

2019年12月、東京都江東区の集合住宅で72歳と66歳の兄弟が痩せ細った状態で死亡しているのが見つかった。電気やガスが止められ食べ物もほとんどなかった。料金の滞納で水道が止められる直前だったが、生活保護の申請はしていなかった。


毎月電気、ガス、水道がとめられると訴える人がいる
その対策は何になるのか?根本的には収入がないことであり老人になって働けないことがある
でも二人の息子がいて前は一人と一緒に暮らしていた
それが別々に部屋を借りて生活している
すると三人分別々に家賃がかかるしまた電気水道ガス代もかかる
何か対策があってもしない、それで毎月それほど困っているのだから何か対策を考えていいともなる

現代の生活は大家族から核家族から個人化した生活になった
私の子どもの時は電気ガス水道代は払う必要がなかった
電気があった年ても裸電球一つだったからである、水は近くの井戸水の水を無料でもらっていたのである
それから洗濯は近くの堀の水でしていたから信じられないともなる
それは原始的生活だったともなる、ただ近くの小川を利用して洗いものしていたことは普通にあった、水道がなければそうなるのである

それから子供部屋などはなかった、だから子供部屋で勉強していた記憶がないのである
それで団塊の世代は子供部屋おじさんとかはいないのである
子供部屋を持つことは相当に贅沢なことだったのである、個室をもつことは贅沢なことだった
戦後まもなくはみんな貧乏だったから同じような生活だったのである
ただ食べ物は農家にあり農家の方がましだったのである、第一食べ物がないのだから他は無くても食べ物があればたりるという時代だったからである

そして今日本が貧困化すると電気ガス水道代を払うことができない人が相当数増えたのである、全体の5パーセントがそうなっているというとき結構多いとなる
最悪は借りる部屋から出されるということになる
日本は貧乏が見えないけど実際は相当数が貧困化している
それが一番わかるのが電気ガス水道代が毎月払えなくても電気でもガスでも水道でも止められることなのである
金を払わないと止められる、張り紙さえ張られるとかある
だからこれを知った時その人は貧乏だと知るのである
もうぎりぎりの生活をしているのである
だから近くの人が夜は電気を消しているとか団地でも夜電気を消しているということがあると貧困化している日本を実感するのである
ただ現代の貧困はなかなか見えないからわからない人も多いのである

だからこれからはなんらか貧困対策をしなければ生活できなくなる、そのために生活保護があるとか福祉があるとかいうが実際生活保護でも最低限もらえていない人がいる
だからこそ電気ガス水道代が払えないのである
生活保護が最後のセーフティネットになっていないのである
これから福祉予算はますます削られる、国民年金とかなると6万だとかにもなる
それでどうして生活できるのか?
息子の世代も生活が苦しいから親の援助はできないとなる
そこで起きてくるのは家族遺棄社会だとなる、家族がもう経済的にも金銭的にも支援できないのである
福祉に金が回らないのは日本自体の経済力が下降しているからである
そして少子高齢化社会になり全体的に働き手がへりまた高度成長時代のように電器製品でも中国でも韓国でも台湾でも同じようなものを作れるようになったからである
最近では車さえ売れなくなると危機感を抱いている、電気自動車とかになると部品がへり大量の失業者が出ると言われる、基幹産業で輸出ができなくなりますます日本は貧困化して来る

だから今までのような感覚で生活していると借金地獄にもなる
つまりこれまでの生活状態を維持できない、でも維持しようとすると借金になる
そしてさらに苦しむことになる
だから最近若者でミニマリストとかがもてはやされる、なるべく物を買わない、車もいらないといろいろなものをいらない生活を実践する
それは若者でも貯金がないとか貧困化しているからである
そうせざるをえなくなっているからである

ただこれまでの贅沢を維持できなくなる、でも依然として田舎でも一人一台車をもっているとかこれまでの生活をしようとするときどうしても無理が生じて来る
そういうことができなくなる、その時どうするのか?
それが問われることになる、日本は経済成長を目指すべきだとしてもそれもできないとなると貧困であっても生活できる方策が必要になる
その一つが個々に生活するのではなく昔の様な大家族で暮らす方法である
例えば餅でも一人暮らしで一つ焼くのと三つ焼くのでは電気代が一人だと一人分とられるでも三人分を焼けば三分の一でたりるのである

だから実際一人暮らしは本当は贅沢なのである
ただ一人暮らしが増えるという時、売る方にすると一人分をテレビでも電気製品でも何でも買う、すると企業にとっては消費が増えるからいいとはなる
大家族で消費すると何でも一台でまにあうが三人分となり五人分となるとその分の電気製品でも売れるとなるからだ
でも貧困化するとこういうことはぜいたくだとなる
そして今や家族でもプライバシーにうるさくなったりい一緒に暮らしたくないという人も増えている、人間の生活が孤化している、そして孤立化して孤独死とかも増える
これはやはり豊かな時代だからありえた
でも今や貧困化する昔の生活形態を知りそれに習うということ必要になる
三人別々に電器製品でも使い電気ガス水道代を払っているのはぜいたくだとなるからだ

それからみんなそれぞれ別々に電器製品でも買うのではなくみんなで使う、シェアして使う、だから一人車一台もつのは今や贅沢なのである
長屋での共同生活みたいなものにもなる、つまり個々人で個々の家族でも生活することは金がかかるからである
確かにプライバシーは失われるにしてもそれよりそういう生活ができなくなる
それは贅沢なことであり貧困化すればできないのである
ただそういう貧困にあっても依然として今までのようにそれぞさがプライバシーを守り
親子でも一緒に暮らすのを拒否している
もちろんそうして個別化して生活する人もいるしそれが必要な人もいる
でも貧困化したらみんなそんな生活がてきなくなるしなっている

貧乏になったら貧乏に適応した生活にならざるをえないのである
そんなこと嫌だと言って借金してまで贅沢な暮らしをするのは迷惑だとなる
金を貸す方にするとそんなに要求されてもできないとなるからだ
ただまだそこまで深刻に考えていない、でも現実はそうせざるをえないぼと追い詰められている人が相当数いる、毎月電気水道ガス代が払えない人がいる
そういう人たちがどうするのかとなるとミニマリストのような生活を強いられるのであるそれが変人でもなんてもない、そうしなければ生活できなくなっている
ただそこまで追い詰められているのに深刻に考えないのである

posted by 天華 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

冬の日の飯館村(ホームページから抜粋) ー飯館村のかつての風景


冬の日の飯館村(ホームページから抜粋)

ー飯館村のかつての風景

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前に書いていたホームページを見ていたらこれを発見した
こさも忘れていた、何しろ膨大な量を出しているから忘れる
それで今その整理をしているけどいくら整理しても整理しきれないのである
「時事問題の深層」とかに書いたのも今になると一つの資料として貴重なものかもしれない、その時何があったかを知るからである
なぜなら自分で書いたものでも忘れているからである
それで前に書いたものを参考にすることが結構あるからだ
インタ−ネットだとリンクできることが便利なのである

今こういう風景が飯館村から喪失した、田畑は草ぼうぼうであり放射性廃棄物の処理場のようになってしまい荒れ果てている
その風景は生業(なりわい)とともに作られていたのだ
その生業もないし奇妙なのはこじんまりとしたしゃたれた別荘が家があったところに建てられている、そこに時々帰って畑などで野菜を作っているというのも不思議である
それは今までの風景とは余りに違ったものである
ただ飯館村の人たちは補償金が多くもらったから福島市などに新しい家を建てている
だから家が二つあることにもなるから確かに別荘であり金持ちになったのかともみる

いづれにしろここに私が残した飯館村の風景は失われた
なんでもない平凡なものだがそこに何か貴重なものがあったことをふりかえる
今の風景からもうそういうものをイメージもでなくなっているからだ
そして生業を失うことは村が死んだことなのである
ソーラーパネル工場となり風力発電所となり田畑は失われ人々は補償金で村が二分されてばらばらになった
それは別に飯館村の人たちの責任ではない、飯館村は原発の恩恵を受けていなかったからだ
原発によって村はずたずたにされたのである
ここに原発事故のむごさが一番現れたからである

そして生業を失うことは長年培われた江戸時代からの景観でも失われたともなる
そこに生業がなくなればやはり死んだものとなる
「作見の井戸」の行事も失われた、それは井戸の水を見て豊作か不作かを占うものだったそれももう田んぼがないのだから無用化して失われた
祭りも失われたのである、神社は誰も参らず捨てられている
こうしして相馬藩内だった飯館村が失われたことは大損失にもなった
飯館村は一見地理的に相馬市とか南相馬市と離れているようで結びついている
なぜなら新田川の源流が飯館村内にあり真野ダムでも大倉にありそこから放射性物資が流れてくるからである
飯館村の佐須では泥が20マイクロシーベルトあったことに驚いた
その泥が真野ダムの方に流れてくるから怖いのである
現実に放射性物質をつめたフレコンバックの土が破れてもれて流れ出したからである
飯館村は依然として放射線量が高いのである

ともかく飯館村の何が貴重だったのか?それも失われるとわからなくなる
なぜならそういう景観が失われたからである
ただ私は何度も行っているから今残された写真を見てこんな風景があったなとなんでもない風景を見てそこにかつての飯館村の面影を偲ぶともなる



posted by 天華 at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村