2021年04月11日

歴史とは家を基本として伝えられたもの (家々に歴史がありそこから地域でも探る)


歴史とは家を基本として伝えられたもの

(家々に歴史がありそこから地域でも探る)

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丸森の筆甫の家ーばあちゃんが語った家



歴史という時何なのか?基本的には家から歴史が始まったという時、なぜそうなるのか?親がいて祖父母がいてそれで何か受け継がれるものがあり歴史が生まれる
その基本は家族だとなる、家族が歴史になり家が歴史になる
そもそも家が歴史だというとき国家自体が家族が一族となり拡大したものである
日本だったら天皇の歴史となるときそれは天皇の家族の歴史が日本の歴史とまでなっている、これは特殊でも家族が中心となって歴史がったということになる
平氏とか源氏でも一つの家が拡大化したものである
江戸時代の御家中といったのも家が拡大したのが藩になった、相馬氏とかでもそうである聖書でもアダムの子孫というとき代々ある人を神が選び家族となったがその家族が代々伝えた者でありそれが歴史となった
神が現存したことをその家族が伝えたものである
だから神がアブラハムを祝福したということでそれが信仰の基となったのである

人間はその生まれた家族とか家とかに一番関心をもつ、そこが人間として育つ原点だからである、だからそれぞれの家な成り立つことが歴史である
地域でも一軒の家がどうして成立ったのかということが歴史である
そこにはみんな違った事情があり歴史がある
だから丸森の筆甫で最初に出会ったばあちゃんが枝垂れ桜のことを語った
それは50年過ぎた木だったのである
50年前に植えた木が50年過ぎてあのような美しい枝垂れ桜になったのである
木がこのように育つには50年はかかるのである
それで古い家だと庭に古い木がある、その木は50年とか普通であり百年とかありさらに長いともなる、そういう家は古いとなるのである

ただ筆甫のばあちゃんの家は丸森が木材が豊富でも古い家の木材を利用していた
50年前以上となるとその頃外材ではなくまだ国内の材木を利用していたこともある
丸森というと江戸時代に伊達藩、米沢藩、相馬藩で三つどもえで木材資源を得るために熾烈に争っていた
だからさそれだけ木材資源が豊富なのになぜ古い家の木材を利用したのかとなる
それだけの金がなかったからだとなる、いくら木材が豊富でも山持ちでもなかったとかなる、ただその家が50年前に家を建てたのかわからない
でもそれだけ豊富な木材があるのに古い家の木材を使って家を建てることしかできなかった、つまり金がなかったからだみる

なぜなら自分の家は50年前でも地元の木材を利用して二階だての家を作ったからである
その柱は地元の木材であり柱もそうでありそれで姉はいつもそれを自慢していたのであるまさに大黒柱だったのである、大黒柱というときまさに家を象徴しているのである
私の家は古いとはならないにしても戦前からこの地に来ていた
もともとは葛尾村出身であり次に双葉の新山で酒屋に勤めていて暖簾分けしたのである
だから戦前からの歴史があるがそれでも農家だと江戸時代からつづいているから新しいとはなる
ただそれでも三代くらいつづいたとはなる

そしてなぜ自分の家がここに建ったのか?この土地は実際はいい土地ではなかった
町内で一番低い場所にあり二回も川が氾濫して床上浸水していたからである
前の家はトタン屋根のみすぼらしいものだった、それで二階建ての家を建てたのである
それは川が氾濫したとき逃げるためにまず二階建てにしたのである
最初の台風の被害のときは逃げる場所がなくて近くの二階建ての家に逃れたからである
九死に一生を得たからである
つまりそういう歴史がありそれで姉はいつもその地元でとれた木材で柱をにしたのを自慢していたのである

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

こんなふうになっていたのである、そういう歴史が家々にありそれが歴史の原点だというとき歴史は実際は身近なものである、何も特別有名な歴史的人物のことではない
個々の平凡な庶民の中にも歴史はある、そもそも人間ならみんな歴史がある
親がいて子供がいるというときそこで二代でも歴史が生まれているからだ
いづれにしろその土地の歴史を知るという時、個々の家の歴史を知ることが何か実感する歴史になる
原発事故では町や村から若い世代が流出したとき町や村の歴史が消失する危機になった
なぜなら老人だけが取り残されたからである
するとその家だけではない土地の歴史すら失われるという危機になったのである
もう流出した人たちは故郷の歴史より自分たちが生きる場で歴史を作ることになる
第一孫にあたる人たちも別な土地で生きるから故郷は移り住んだ場所の方になるからだ
そこで歴史が断絶することも大きな問題になったのである

そうなるとじいちゃんでもばあちゃんでもこの家は苦労して建てたんだ、そういうことを何度も言って自慢することもできない、つまり祖父母の存在感ももてないのである
第一孫も別なの土地に移り住んで祖父母の家に住まないからである
ただそうして歴史の継続がなくなることは別に原発事故の周辺だけではない
膨大な空家化する日本で起きていることである
大原のS氏の家は代々の農家でも死ぬ前にすでに息子は市内に住んで農業を継がなかったからである、そこは今は空家になって誰も住まないからである
何かこうして歴史が継続しなくなったのが現代である

でも古い家には古い木があるというとき人間の実りとなるとやはり50年とか代を重ねないと実り生まれないとなる、とても一代では実りにならない、つまり実りをもたらすのにはこの枝垂れ桜の木のように最低でも50年はかかるのである
それで老人になると何か木を植えて花を咲かせようとするが10年先だとなるとしたくなくなる、だから老人には復興できない、海岸の松が津波で流されたがまた松の苗を植えた
それが大きくなるのは50年後だとかなるともう見れないのである
何か復興というときそれだけ長い時間がかかるということである
それだけの大被害だったからである

ともかく郷土史でも一軒一軒の家が実は郷土史なのである、どうしてその家が成立ったのかを知るとそこからその地域の歴史がわかってくることがある
ただ家でも古い家の歴史を知ることがその地域の歴史を知ることになる
ただ二代三代の家の歴史がないにしろそれでも歴史になる
動物は一代で終わりでありただ種として生きて終わりである
でも人間は歴史的存在であり代々伝えられるものの中で生きる
その歴史が失われるとき何か重大なことが失われるともなる
家にもこうしてそれぞれ歴史がありそこで伝えられものがありそれが消失するとどうなるのか?
今だけを生きることになり何かとても積み重ねられたものとして実りがなくなる
一代では何でも芸術とか学問でもそうである、一代では木が成長するのに50年かかるように昔だったらそういう生業にたずさわっていたから気が長いし家を継ぐことが第一とされたこともわかる、家を継ぐ長男が大事にされたこともわかる
50年で木が育つとなればとても一代だけではその木を利用することもできないからであるすると次の代のものがその実りを得るとなるからである

家の歴史は二代だけでも百年とかなる、それに比べると会社でも団体でも組織でもなかなか百年つづくものがないのである、会社だったらもう20年30年で終るとかなる
50年もつづくということは大会社でもなかなかなくなるとういことになる
時代の変化で技術が急速に代わりグロ−バル経済の中で高度成長の日本の電器産業が衰退したようになる
歴史とは継続であり積み重ねなのである、人間は一代ではとても何かを達成することができない、代々努力を積み重ねて実りが生まれるからである
だから農業でも新しく始める人は相当に苦労する、親が残した田畑だとそこにはすでに土も作られていて豊かな実りをもたらすように備わっているということがあるからだ
農業でも一から始めるのは相当な苦労を強いられるからである
それは何でもそうである、技術でも必ず積み重ねがありその上に新しいものが作られるからである

この家は百五十年ぐらいたつと思います、天保年間にここから三軒目から火事がその時
焼けて、その年は危機が流行って父親を亡くしたんだって、そしてその時ここの門吉っていう養子が家を建てられなくなくて、浜にニシンのカスをとるための大きな小屋があったのをここにもってきて、仮にこの家を建て替えたんだそうです
だからこの家は本当の家ではなくて屋根も小屋作りなんで、屋根屋さんが上さあがってみさばわかるんだって、その門吉というっていう人がそれこそ大変な苦労して建てた家だしおじいちゃまや主人が大事にしてきた家だから、大事にしねばまいねえと思っているんです
(大黒柱に刻まれた―家族の百年ー塩野米松)

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何かこうした苦労話しが必ず家々にある、だから祖父母でもまた親からもそれを延々と聞かされる、それだけ言うのは苦労したからである
何にも苦労しないで家を建てたとしたらそういうことはないからである
そうした苦労があってその家にも価値が生まれているのである
だから歴史を受け継ぐということはそういう先人の苦労を知るということでもある
それが歴史が断絶すると失われるのである
何か重大なことでも伝えられずそれが後の災いにもなる、津波などがそうだった
400年まえに相馬藩でも津浪で700人死んだけどそれが伝えられなかったからだ
ただ文書に二行だけ記されているだけだった、忘れられていたからだ
そういう先人の苦労を知るべきだとなる、疫病でもこれも実際は絶えず被害があり恐れられていたのである、だから八坂神社とか何か神社は疫病を防ぐものとしても祈っていたのである