2021年06月30日

「福島原発で今起きている本当のこと」宝島社ーを読んで (東電の余りにもずさんな対応が今も続いている)


「福島原発で今起きている本当のこと」宝島社ーを読んで

(東電の余りにもずさんな対応が今も続いている)

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この告発は内部の技術者がしている、でも専門的知識がなくても理解できる
何かそれほどむずかしい専門的なものでもない
原子力となるとまず素人はわからないから黙っていろとなる
政府と東電と一体化して利権化権力化してそこはアンタッチャブルの原子力村になり
外部の者が入るのを拒む村ができあがった
著者もその原子力村周辺から出ないで閉ざされた原子力村にかかわるだけだとなった
一種のブラックボックス化した狭い範囲で外部との交流を断絶していたとなる

ここで告発した技術者は多様な外部の人を中に入れるべきだったとしている
外部の人に点検させるべきだったとしている
それが強力に権力化してできなくさせた、素人がわからないというけどその内部で仕事していた人たちは素人だったという、どんな専門的なことでも何か素人でもわかることがあるともなる、素人の指摘が的を得ていることもあるという
それを現場の人から聞いた、その人は現場で仕事していた、でも監督する人に直接その不具合などを言って提言までしていた
現場の人が何もわからないということでもなかった
ただ強権的に上の人が命令するので逆らえないとなる

自分自身職についていないからそういう経験がないからわからない
ただ駅のボランティアをして上り下りがありそのホームが外から来た人が意外とわからない、それで何度も聞かれたのでそのことを駅長に言ったのである
そしたらホームをまたぐ橋の入り口に行き先の表示をしてくれた
また水戸管理局の人が来て向かい側のホームの休憩所に行き先を表示してくれた
それは改札からホームに入ると一番目につくからそれを言ったらしてくれたのである
水戸管理局の人は見回りして点検している
でもそれに気づかなかったのである
それはそもそも乗客とは直接接していないからである
JRでは毎日安全運転のために線路とか電気設備は点検しているが乗客へのサービスをあまり重視していない、だからそれを指摘する人がいる

原発というのは複雑怪奇なものにもなっていたがそれが全部わからないというのでもなかった、この本では何度も配管が無数にあり老朽化して危険だったと内部の人が事故前にも言っていたが東電の幹部は取り合わなかった
配管とかなると素人でも直接見れば痛んでいることがわかったとなる
ただ何も言えないような状態にしていた
下請けでも東電に嫌われると仕事がもらえないとかなり何も言えなかったとなる

なぜそうなるかというと権力化するとそういう下からの意見など聞かない無視できる
科学的な合理性があっても無視できる、科学技術者であってもそうした科学でも合理的なことでも無視できる
また政治家もかかわって一体となりさらに強固に権力化するとそれを外部から点検できない、何も言うこともできない、原子力村に閉ざされてさらにブラックボックス化してそうした危険も放置される、ともかく「安全神話」を作りただ安全だと言っていれば良く肝心の安全は無視されてずさんだったのである

科学者でただ安全だ安全だとカルト宗教団体のように題目を唱えていれば安全になると思っていたのも不思議だとなる、それが科学技術者なのかともなる
神が仏が守ってくれるから安全だと思っていたのかとなる
実はそういうことを可能にしたのは政治とも権力化して一体化して強力な権力を持ったからだとなる
科学合理性とかは無視されカルト教団のようになり一切外部からの干渉を拒んだためだともなる
マスコミでも原子力村の一員と化して利権化していたら地元のマスコミでも何も言えなかったのである

権力とは常に危険なものであり暴走したりする、それは日本の戦争とかナチスとかでも起きている、権力の肥大化暴走をどう抑えるのかが大きな問題なのである科学技術と政治の問題が現代では大きなテーマとなっている
コロナウィルスでもそうである、科学者がいてウィルスにどう対処するかを言っても政治的判断で科学者に従わないということもある
政治家と科学の専門家とのせめぎあいが展開される
だから原発とコロナウィルスも似ていると思った
科学的合理性を言っても通じない、政治的判断でオリッピックも強引に進められる

原子力村がありオリンピック村があった

原子力村の利権はやはりフランスとかアメリカがかかわっていた汚染水浄化装置もフランスの会社とアメリカの会社が請け負った、それも実績もない会社である
それで日本制ではないのでトラブルが発生しても対処しにくいとしている

そもそも原発は日本の技術で最初から作られていない!

マーク1というお古の原子炉でもアメリカがもうけるために供給した
安全性が低いものでもアメリカは外国だから売ればいいとなっていた
外国になれば無責任化する、自国だったら責任が問われるが外国だと余りに問われないからである
外国だと武器でもなんでもうりつけてもうけるとなる、誰もよその国のことを責任持てないからそうなる、そこに他国に頼ることの危険がある

これはオリンピックでもそうだった、バッハ会長が利権のために金のために日本で危険でもオリンピックを強行する、中止すると莫大な金が入ってこないからである
オリンピック利権村があり原子力利権村があった
なぜ国民がこれほど反対しているのにオリンピックを強行しなければならないのか?
原子力村と同じくオリンピック利権村がありそれがIOCとか世界的に
利権化しているからやめられないのである

常に地震の危険にさらされている全国各地にある原発も止めねばならない、それができないのは膨大な利権が吹っ飛ぶからです
惨事は利権の執着が産んだのでありこの期に及んでなおその執着は下劣な情報操作に明確に現れているのです

これはなぜオリッピックに執着するのかと似ている、巨大な利権のためにやめられないのである、国民全体を無視しても一部の利権者のためにやめられないのである
また原発の場合は国防上、核兵器を作るプルトニウムを生産しておいて核武装するためだとしている
それで右では核武装派であり原発に反対しないのである、これも理解できないのである
それで武田邦彦氏が右の団体には仲間に入れないという、原発の問題は平和利用の反面
それが核兵器となることにある、それは人類滅亡にもなる危険なものにもなる
そういう目的もあり原発は危険なものとなる
米ソ冷戦では本当に核戦争の危機にもなったからである
今度は米中対立で核戦争の危機になる、原子力はそういう恐怖に常におびえていてければならないのである
posted by 老鶯 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2021年06月29日

夏の雲、木陰、花台の石、一輪の花の写真


夏の雲、木陰、花台の石、一輪の花の写真

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真日さして道幅広く立葵

朝よりし夏の雲湧く走るかな

夏の雲湧きあがるかな海広し

朝ひびく波の音かな夏雲雀


一本の木の木陰に我が休む故郷のその木を今日知りしかな

家の跡一本の松ありにしを遂に切らるも根っこ残りぬ

花台の硬き石にそ一輪の清楚なる花我が挿しにけり


梅雨の晴れ間に夏の雲が湧いた、でも山の方は梅雨の雲でふさがっている
これで感じたことは浜通りというとき海が見える地域である
でも中通りと会津では海は見えない、阿武隈山脈にさえぎられて浜通りから中通りの高い山とかも見えない、猪苗代湖も見えない、その相違は大きいのである
地理的一体感を持てないというときハマ、ナカ、アイヅと福島県が分れて地形も違っているからである、むしろ太平洋沿いの宮城県の方と地理的一体感を感じる
現実の世界でも常磐線で仙台市まで通勤圏になっている所もあり仙台市の方に一体感を感じる
会津となると別世界なのである
それで山から太陽が昇る感覚がわからないのである、また日本海だと海に太陽が沈むというときそれは太平洋から昇る太陽とは逆になるからこれも感覚的にそういう場所に住んでいたら相当に違ったものになる

夏の雲湧きあがるかな海広し

広々と太平洋が広がり山の方は梅雨の雲で塞がっているが朝に夏の雲が湧いている
この句は単純でも浜通りを象徴している

一本の木があった、そこに木陰がありそこを通る、その時その木を始めて意識した
なぜなら暑くてその木陰が気持よかったからである
だから自然にあるものでも何かみんな意識しないのである
なにかのきっかけで意識する、木があるところはいくらでもあるからなかなか意識しにくいのである

近くの家の跡に長く一本の松が立っていた、でも遂にその松が切られた
そして松が残った、家の跡に人も住まなくなって長い、ただ一本の松がそこに人間のように立っていたのである、松はそれほど高くないから人間のように見えるのである
何か長くあるものはそれがなくなってもすぐには忘却されない
長くあったからいつも見ていたからそこにまたあるような気になる
それは人間でも同じだったのである
長く一緒にいれば死んでも家族でも消えないのである

花台の石は浜に行って拾ってきた、でも暗くて映っていない、花台にはいい石だった
ここに昼間また花をさしてみよう
花台は男なのかもしれない、そこに一本の花を挿す、まさにこれは幽玄の美である
生け花とかフラワーアレンジメントも芸術である
それは花瓶とかその花台とか背景とか全体が関係しているのである
一つの美的な場を作ることだからである
だから花台の石も関係していたのである









オリッピックも原発も戦争も是非を議論もせずに大被害になった (今や何をすべきしないべきかを考える哲学宗教の時代に)


オリッピックも原発も戦争も是非を議論もせずに大被害になった

(今や何をすべきしないべきかを考える哲学宗教の時代に)

東京大会を開くかどうかも、政治家だけで決めるのではなく、選手自身や国民の意見をもっと聞くべきだったと僕は思う。今回の大会誘致のとき、福島第一原発事故の影響を心配する意見に対し、当時の安倍晋三首相が「アンダーコントロール(制御下にある)」と発言した。事実と違うのではといわれたけど、誘致が成功したから黙殺された。そんな経緯があるから、新型コロナウイルスの流行が収まらない今、「中止すべき」という声も黙殺されているように疑問を持たれてしまう。

本当にオリンピックが必要なのかどうか?
そのことが国民的に議論もしない、何か上の方でいつのまにか決まっていた
ただオリンピックが経済的効果があるから外国人が来るからいいとしかなかった

ただ利益だけから利権だけから見る

金になればいいじゃないかとなる、オリンピックは何なのか?
その意義は何なのか?それが追及されなかった
今になるとこれは一部の特権階級の利権のためにするということが判明した
ぼったくり会長としてIOCの会長が世界から批判されたからである

前の東京オリンピックが日本が戦後の焼け野原から目覚ましい発展を遂げてそれを世界に示すものとして意義があった
では今回のオリンピックの意義は何なのか?それが議論もされずただ誘致が決まった時
国民もそれでいいとした、関心もなかった人も多いだろう
オリンピック自体それほど悪いものに見えなかったのである
ただ福島原発からの復興オリンピックは偽装だったのである
地元では復興などしていないからである、避難者は町や村に帰っていない、大きな限界集落のようになっているだけである

ともかく何か大きな事業でも国民的なものでも本当に議論すらされないのである
それで今になってコロナウィルスになり日本人の命よりオリンピックが大事なのかと問われる、オリンピックは一部の特権階級の利権と利益のためだったのかこんなに汚れたものなのかと判明した
要するに世界的ショーでありそのショーを催す者たちが巨大な利権を得る、利益を得るとなっていたのである
それが見えなかったが暴露されたのである

それは原発事故ともにていたのである、原発に関しても地元でもそれがどういうものか知ることもなく議論されることもなかった、ただ利益になればいいじゃないかしかなかったそしてそれを作る方は原子力村を作り「安全神話」を作り何も言えなくさせた
そうして重大なことでも議論すらされないとなると民主主義があったのかとなる
そして常にこうして後から問題が起きると騒ぐだけなのである

でもオリンピックでもすべきかすべきでないか、する意義あるのかないのか?

こういうことが議論されるべきだった、その意見が分かれるにしても国民的に議論することが必要だったがそれもなかった
こういうことは常にある、大事業とかになると必ずある、戦争だって大事業でありこれには国民の生死がかかっていた、でもそれも国民的議論もなく、真珠湾攻撃で後にひけなくなり3百万人が死んだのである
それは予想もされない結果になった、これも国民が納得してそうなったものではない
強権的に上からの命令でそうなった

それで私の姉は突然赤紙が来て戦争に招集されて従軍看護婦としてシンガポールの向かい側のジョホールバルで地獄の苦しみを受けたのである
それはあまりにも突然のことであり有無を言わさず戦地に行かされたのである
それは国民がみんなそうだったのである、どうして戦争するかなどわからないままに強制的に地獄の戦場に連れて行かれたのである
そして三百万人が死んでその戦争が何であったのかと反省することになったのである
国民はまず何で戦争するのかもわからない人が多かったろう
鬼畜米英とか感情的に朝日新聞などでただあおられて良く考えもしないで強制的に戦地に送られたのである

とにかく人間は何かをするにも深く考えない、共同でするのにも議論もしない
事業を起こした人も地元では金にならないから東京の金持ち相手に別荘など建てるのが事業の目的だったとかある、そこでもただ利益になればいいとしかないのである
それで失敗して借金をかかえて苦しむとなる
そのために自分にしても周りにしても大迷惑になる、苦しめられたとなる
そうして事業に失敗すると家族でも回りでも苦しむことになる
そのとっばちりを受けるからた
だから回りにどういう動機で目的でするのか説明することも大事だとなる
人間は何でも勝手にしていいものなのか?
それがただ自分だけで始末できればいい、でも借金をしたということですでに周りに迷惑をかけるのである

とにかくまず金になればいい、利益になればいいしかないのである、カルト宗教団体でもそうである、御利益になればいいしかないのである
でもその御利益になればいいということが大集団になって社会に主張するとき他の人も巻き込まれるのである、民主主義といってもそれは利権利益民主主義である
その利権と利益のために集団化して組織化して社会に主張するだけだとなる
誰かが一人でも深く考えたことも数が多い方で物事は決められる、そうして後で問題が起きて国民全体が戦争では三百万人死んだことで責任がとらされるしまた原発事故でも
利益になればいいやとなって故郷に住むことすらできなくなったのである

現代はいろいろなものが整備されてできあがった社会になっている
戦後焼野原になったら何もなくなったからいろいろなものインフラでも整備される必要がありそれは考えることもなくみんな必要だから考えることもしなくても良かったのである例えば橋がなければ不便だということが目に見えてみんな要望だから橋でも道でも作る必要があった
でもインフラでも整備されると本当にこれ以上道が必要なのかインフラが必要なのかということが問題になった

リニアなどでもそういうことが起きている、そんな大工事していいのか、自然の影響がどうなるのかとか問題になる、新幹線は意味があってもそんなに早くして景色も見えないようなものに乗って快適なのかとなる
そもそもそんなに早く早くとすることが必要なのかとなる
それがコロナウィルスでヒト、モノの自由な行き来が止められた
それはグロ−バル化経済を止めることになった、それは世界に対する神からの警告だったのかともなる、そこに世界的に大きな歪が生まれたからである

いづれにしろ現代は何か重厚長大な産業とか外延的経済とか外に膨張する社会だった
でもそれがコロナウィルスで抑制された、またがむしゃらに働く社会だった
それで中国の若い世代でも寝そべり族とかが生まれそうしてがむしゃらに働かされることに抵抗するようになった、日本では前からニートとか引きこもりがいたからやはり中国でも同じことが起きてきているのかともなる

現代は物質的には交通でもその追及が頂点に達していたのである
グロ−バル経済でもそうだし科学技術でもそうである、原発などでもそこに相当な無理がありずさんだったのである、安全神話どころではない、内部の技術者がそれを知っていたのである、それでも強行された、それは利権と利益のためでありオリッピックと同じだったのである

現代で問われているは何か強引にすることではない、何かをするべきかしないかを考える時代にてったのである、哲学とか宗教の時代になったともなる
宗教でもカルト団体は全く無思考の団体だからそれは現代文明のナチスのような病的現象として現れたのである、大衆は考えないからである
そして現代では外延的に拡張拡散する世界ではなく、内面化する哲学宗教の時代になる
それは芸術の時代にもなる
それで私は木や石とかと自然と一体化するアイディンティティ化することを追求してきたのである,詩にしてきたのである
とにかく哲学宗教芸術の時代となると何かをするにも意義と意味とかが求められる
オリッピックでも一体これは世界の祭典として何の意義があるのかと問われたからである
コロナウィルスで生命の危険まで犯してする必要があるのか、結局利権利益のためだったということが判明したからである
posted by 老鶯 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年06月28日

広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化


広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化

こうした変化が全世界的に波及した場合、莫大なエネルギーを投じて広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化が進む可能性が高くなる。広域経済が縮小されれば、資材の単価は上昇するので、これも物価上昇を誘発するだろう。

莫大なエネルギーを投じて広域でモノや人が移動する経済構造から、地域集約的な経済構造への変化が進む可能性が高くなる

コロナウィルスの影響の不思議はこうして広域経済とかグロ−バル経済に歯止をかけたことである
それはもうグロ−バル経済とか資本主義が限界に来ていたこともあった
それはもう識者であれみんなそういうようになった、
グロ−バル経済は超格差社会を産んだからである
世界の数パーセントが世界の富の50パーセントを持っているとかになった

奇妙なのはグロ−バル化とは世界の人々が世界的に連帯する、世界的に協力するものとしてすすめれられた、しかし現実はあらゆる分断が生まれたのである
EUからイギリスが離脱したりアメリカの製造業が衰退してロストベルトが生まれたとかアメリカの富も数パーセントの人たちが50パーセントの富を持つという超格差社会になった、それでトランプがそういう格差社会になり中産階級からおちぶれて低所得者になる人たちが増えたからその支持で大統領になった
そこに超富裕層と下層階級という分断が生まれたのである
これをそのままにしておくとアメリカが内乱状態になりさらに衰退する

モノ、ヒトが自由に流通する、移動するというとき大量の移民が安い労働力として入ってくる、そこでまた移民と自国民との対立が生まれ分断になる
こうしてグロ−バル化とはかえってあらゆるところで分断を生じさせたのである
国内でも広域社会になると地方と都会とか東京と地方で分断が生まれる
福島原発も東京と地方の問題が顕在化したものとして見ることもでき生る
危険なものは地方に福島に作った方がいいとなったからである
それで地方でも金になるから歓迎された、でも事故後は分断された

原発事故ではフクシマの人は放射能うつるから来るな!

今度は逆に

東京の人はコロナウィルスをうつすから来るな!

こうなったのであある、コロナウィルスまた様々な分断を生んだ
原発事故でも地元でも補償金でもめて分断した
何かあらゆることで分断が生じてきたのである
まるで時代が逆行してきたようなのである

コロナウィルスがうつるから関所を作り他国のものを入れるな!

極端になれば江戸時代にもどれとまでなる、結局広域グローバル社会の負の面が増大して限界に来たのだと思う
人間社会とはそもそも基本的につながりを共同体を作れる規模は小さなものである
顔と顔を見合わすような範囲での社会なのかもしれない
そういう共同体から世界共同体など作りえないものだったのである
こうして世界規模の経済になると「金」が最大の力となりあらゆるものが金で計られる
本当は金で計りえないものまで金で計り金にならないものは価値がないとされる
金でなんでも買えるとなり何か大事なものが金で計れないものが無視される
ところが金で計れないものの価値がありその価値が見失われたともなる
原発事故では故郷に住めなくなった、故郷に住むということには金で計れない価値があったがそれも失われたとなる

資本主義が限界にきたというときもそうである、すべてがコストと利益で計られる
そのために安全がないがしろにされて原発事故にもなった
コストとか利益とか求め効率を求めてゆくとそこで肝心な安全とかがないがしろにされたりする
そしてそのコスト削減のため資本家が経営者は従業員をいかに安く雇うかとなりブラック化する、時給千円で雇うより900円で雇い製品でもなんでも安くすれば競争に勝てるとなる、だからブラック会社には勝てないともいう
そういう極限までコストを追求して人件費を省き競争に勝つしか生き残れない
それが広域的にグロ−バル化に行われたのである
でもそれは人間を疲弊させるのである
ただ消費者にもれば安い方いいとなるからどうにもならないともなる

それで今若者が中国ですら寝そべり族とかそういう競争社会でこきつかわれるのが嫌だとなりそんな人たちが出て来た、日本でニートとか引きこもりが出て来たのと同じである
ただ団塊の世代は企業戦士になった時代でありそういう社会からはずれた人間が極わずかだったのである、それが自分であった、でもみんなその時企業戦士になっていたのであるがむしゃらに働く人がいて高度成長時代があったのである
でもそれもバブルがはじけて30年も過ぎて日本経済は停滞したままなのである
その時は物もないし何もない時代だった、家に小さな飯台一つがあるだけだった
裸電球が一つとか何もない時代だったのである、だから物欲も強かったのである
道は舗装されていない土の道路だったのである、インフラも整備されていなかったのである

いづれにしろ何でも金で計られるということが人間を歪める、すべてを金で計れないからである、何がどれだけの値段になるか、それが公平になりえないのである
それが世界でドルが基準通貨になったとき一番得しているのはアメリカであり覇権国になる,アメリカに富が別に何も生産しなくてもドルを刷れば世界から物が買えるとなった
それも理不尽なのだけどアメリカが覇権国であり逆らうことはできないのである
中国を批判するけどアメリカもやはり貢物を要求しているのである
公平な市場などなくアメリカに富が収集してくる、覇権国になったら必ず世界の富がその国に集中して来る、そこに公平な市場の経済原理など成り立たないのである

この辺でも経営者になった人でも東京の金持ちのためにの別荘とかを建てる
地元の貧乏人相手では金にならないとしてそうなった
遠くの金持ちのためにそれも世界になれば見たこともない接したこともない大金持ちのために働いているともなる、それがグロ−バル経済だったともなる
そしてみんな頭に金のことしかなくなったのである
震災以後絆を盛んに言われたが内部ではかえって絆は消失していた、外部との絆は生まれたが内部の絆は消失していたのである
それは経済の構造が変わったからである、グロ−バル化することは一地域の経済規模とは天文学的な数字となり違っている
そこで経済の動きなど誰もわからないのである
だからこそ覇権国になったアメリカのそれも極一部の数パーセントに金が集まる、そこでアメリカ内部でも分断が起きている

要するに「道徳無き経済」にもなり情なき経済となりただ過酷な資本主義のルールだけが貫徹される、それは何か時代劇で相手が病人でも借金でもとりたてるとか娘は売られるとかなる、そして地域の絆は喪失した、あらゆるものが分断される社会になったのである
情がどうだこうだといえばもうからないと甘いとかされる
そんなことでは生きることもできないよともなる
本来のまともな経済は貨幣を介さないものであるがそれはできない
そもそも貨幣が発明した時から貨幣によって社会が乱れたことを嘆いていた
紀元前7世紀とかから嘆いていたのである
貨幣そのものが不公平をもたらすものだった、でもそれを否定して社会が成り立たない
確かなことは狭い範囲の村の様な範囲の経済だと貨幣は力はもたない
その住んでいる社会が拡大するに比例して貨幣の紙幣の力は強大になってくる
それが可能にしたのが運送する技術の発達だったのである

この辺で梨農家がありリヤカーで相馬市まで売りに行ってたという
そうなると苦労になる、それより近くの人に売った方がいいとなる
でも相馬市だと売れるとなるから苦労して運んだとなる
今なら車ですぐに運べれるからその経済の範囲が拡大する
それが世界的にグロ−バルに拡大したのが現代経済だとなる
ただそこに様々な歪みがもたらされたのである
コロナウィルスがそういう時に流行したというのも不思議である
時代の節目に流行したともなる
やはり人間だけの力ではないものによっても社会は変わる
原発も津波によって砕かれた、そのままだ日本中が原発に埋め尽くされてどうなったのか本当に日本崩壊になったからである、その歯止になったのが津波だったともなる
コロナウィルスもそうでありこれは自然の作用でありそこに神の関与があったともなる
つまり社会を見直して大きく変革する時期になったのである


posted by 老鶯 at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2021年06月27日

広域化グロ−バル経済の負の面の増大 (地域の絆は失われ遠くの金持ちのために働く社会)


広域化グロ−バル経済の負の面の増大

(地域の絆は失われ遠くの金持ちのために働く社会)

経済が生活が大きく変わったのは明治以降と戦後である
明治以降はそれでも第一次産業中心であり農民中心の社会である
それは絹織物でも生糸の生産、蚕を飼う農家が本当に多かったからである
それは今でも兜屋根の家がそちこちにあるからわかる
養蚕は農業でもあったからだ
すると農民共同体があり江戸時代からの継続でもあった
確かに侍とが支配していた江戸幕府の封建体制は崩壊した
でも生活の継続があり依然として農民中心の社会になっていたのである
すると農民共同体というのがまだ活きていたとなる

戦後でもやはりその継続があった、農民の割合が依然として多かったのである
でも電機産業に変わった時農民の役割は激減した
今だともう第一次産業は一割にも満たない生産しかない
漁業でも林業でも農業でもそうである
戦後まもなくは東京へまだ石炭とか木材とか石材でも東京に送っていた
それで網の目のように森林鉄道が張り巡らされていた
そのために原町機関区があり平駅についで大きな駅になっていたのである
その時はかえって農山村の人口が多かったのである
飯館村でも一万以上いたとかなる

でも一次産業は衰退の一途をたどった、電機産業工業中心の社会となったからである
そこからグロ−バル化経済になり工業製品を電気製品を外国に売ることで高度成長時代を築いた
でもそれも一時的な繁栄だったのである、日本の電器産業が中国や韓国と同等なり追いつかれた、それはまねすればどこでもできるものだったからである
それで日本人が特別優れていたということではなかった
そこで日本人は特別優秀だということは原発事故で「安全神話」が崩壊した
日本の技術力はそれほど優秀でもなかったのである
むしろ今や中国より貧困化しているという
中国の給料は確かに日本より安いというが中国では生活を安くできるのである
そもそも基本となるものが公共料金が安くされているとか日本の生活実感とは違う
この生活実感は数字だけではわからないからである
中国旅行したときその時は十分の一の物価にしろ何か朝食とかでもお粥とかでも本当に安いのである、だから今でもそういう基本となるものが安いから給料の差で判断できないのである

ともかく第一次産業が日本で衰退した時、グロ−バル経済となったときそこに現代の問題が生まれた
農業でも農業はやるなと親に子供が殴られたとかあったり山の林業は外材に押されて衰退した、それに変わったのがこの辺では原発だったともなる
漁業にしても実際はそれで生活できないと東電に漁業権を売りわたしたのである
つまり漁業も衰退産業になっていたのである
その経済の変化が実生活に大きな影響を及ぼした
これまでの産業は地元に地域に地方が生産したものが都会で利用するとなっていた
石炭があれば常磐炭鉱があり東京に石炭を汽車で送っていた
蒸気機関車でありそのエネルギーは石炭でもあったのだ
その時はかえって地方は地域は活きていたともなる
それがエネルギーでも石油となり木材は外材とかなりグロ−バル化するともともとあった地域の産物が無用化したのである
ただ電器製品を輸出して売れた時は高度成長となり問題なかった
でも売れなくなったとき日本は低成長時代となり低迷して今や大貧困国だとまで言われるようになったのである

そしてグロ−バル経済というのは人間の心を歪めるものとして働いた
何か遠くの金持ちの方が大事になり近くの金のないものは貧乏人は金にならないから相手にしない、そのことを書いた
漁業でも実際は零細でありそれで遠くの金持ちのために最高級品のマグロは青森でとれたとかしても東京の高級店に送られる、そこで3万の寿司店で食べる人がいるとなる
そして地元では漁師は食べたとしても回りの地元の人は食べられないとなる
それが昔だったら新鮮なものを輸送できないから地元で消費させるとなっていたろう
その時地元の人はありがたいとして漁師に感謝していたかもしれない
そこに地域共同体が機能していたかもしれない、ただやはり石鰈などは高いからみんなが食べられるというものではなかった
でも東京の金持ちのために漁をしていたとはならなかったのである
そこで地域の人は漁師を貴重な人として役割ある人として認めていた
だからそうして危険を犯してまでとれたものをとってくれた漁師に感謝していたとなる

でも広域化グロ−バル化するとそういうことはなくなる
むしろ遠くの金持ちの方が上客でありその人たちのために売るために魚をとるとなる
地元の貧乏人相手にしても金にならないとなる
すると漁師と地元の人との関係は希薄なものになる、むしろ遠くの金持ちのために働いているとなる、すると地域の一体感は失われるのである
震災以後盛んに絆、絆を言われたがそれはあくまでも外部との絆だったのである
外部の人がボランティアであり仕事でも来ていて復興のために働いたからである
内部の人は実際はパチンコとかギャンブルで遊んでいた人たち多かったのである
これも広域化グロ−バル化社会で起きたことである
そこにもプラスとマイナスの面が生まれた

今度は漁師にしても魚とるだけではやっていけないから原発を作る東電に漁業権を売りわたした、そして事故前も事故後も他より多額の補償金をもらい別に魚をとらなくてもゆうゆうと暮らすことができたし原発御殿が建っていてうらやましがられていたのである
もともと漁師は魚をとることで地域の人として役割がありそれで感謝されていたのであるただそれが衰退産業化したとき東電の原発に頼ることになった
それは漁業だけではない地域全体がそうなったのである
でも事故になったときその責任が漁師にも問われたとなる
それは地域全体の崩壊現象が起きて故郷に住めなくなったからである

いづれにしろ広域化グロ−バル化は地方に地域に大きな影響を及ぼした
遠くの人を大事にして遠くの人がお客様となりその遠くの金持ちのために働くのが地方の人だとなる
それを象徴していたのが東京で三万の寿司を食べる人がいてその素材はマグロでも青森とか遠くから飛行機でももたらされるとういことである
また観光にしても地元の人より外国人をもてなすのである

日本の貧乏人をもてなしても金にならない!

こうなったのも実は日本の物価が外国より安くなったからである
日本では給料もあがない、でも外国では上がっているのだ
タイすら物価が上がっている、私は海外旅行を十数年していないからわからないが
外国では物価が上がり日本では安くなったから外国人が中国人なら爆買するとかなる
そして貧乏な日本人は相手にしないとなる
これもグロ−バル化がもたらした負の面だとなる
その負の面が大きくなったのが現実に実感するようになったのである
そうは言っても日本人自身が十数年前海外旅行ブームであり安い物価の外国で楽しんでいたからこれもカルマだとなる
今度は日本人が物価が安くなり外国人をもてなすことになったのである

そこで日本の旅館でもホテルでも金のある遠くから来た外国人がもてなされる
金のない日本人は相手にされないとなった
それでコロナウィルスで外国人が来なくなったり東京の金持ちが来なくなったので地元の人を福島県だったら県内の人を安くしてもてなすともなったのである
もともと高級旅館がありそれは東京の金持ち用なのである
何にしろ金のない人は誰も相手にしないというのが現代である

でも江戸時代とか何か戦前でもまだ地元で経済が回っていた

それで芭蕉の俳句で

「語られぬ湯殿に濡らす袂かな」

とあるとき湯治というのは農民が農作業で疲れをいやす場だったのである
それは地元の人たちをその労働の疲れをいやす場として提供していたのである
遠くの金持ちのためではないのである、それで東北には湯殿の碑とか本当に多いのであるそこは湯治の場だったのである
そういう所には百万都市江戸があっても来れない、だから地元の人たちが癒す場として温泉があり湯治があったとなる

とにかく広域化グロ−バル化経済というのは限界に来た
それは人間を歪めるものとして働くことが大きくなったのである
「隣人を愛せ」というけど「遠くの金持ちを愛せ」となったのが広域化グロ−バル化社会にもなったのである
隣人がもっともないがしろにするのが広域化グロ−バル経済なのである
ただ広域化グロ−バル化がすべて悪いとは言えない、ただそれが過度になりその負の面が大きくなりそれが人間を歪めるものとなったから問題なのである

都会と地方の格差、広域グロ−バル化は分断社会
(東京の寿司が三万円ーひろゆきの体験談から)
http://musubu.sblo.jp/article/188792157.html
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2021年06月26日

都会と地方の格差、広域グロ−バル化は分断社会 (東京の寿司が三万円ーひろゆきの体験談から)


都会と地方の格差、広域グロ−バル化は分断社会

(東京の寿司が三万円ーひろゆきの体験談から)


1人〇万円の超高級寿司!「銀座 すきやばし次郎」を語るひろゆき 

日本のここが凄い!日本のある技術についてひろゆきがべた褒め

なぜひろゆきが人気があるのかわかる、まず海外で生活して働いていたのと幅広い経験をしていることである
もちろん最先端のIT技術者でもあり2ちゃんねるの創設者だったことである
ただなぜこれほどの広範囲な知識がそれも実体験からの知識があり経験を語れる
本読んだ知識とは違うのである
何かを語れる人物はたいがい外国に実際に仕事したとか暮らしたとか経験している人なのである
それが加治将一チャンネルとかもそうである、武田邦彦氏でもそうである
そこで現実に外国人と渡り合い仕事している
そうすると日本がどういう国か日本人がとういう国か見えて来る

ただそれでもやはり見方は相当に違ったものにもなっている
明治時代になるとやはり新し時代を築いたのは外国留学派とかである、たいがい外国で学んで大学で創始者になったりしているからだ
だから海外の留学経験がのちのち大きな遺産となる
ただ海外旅行だと表面的なことしかわからない、それでも地理を知るだけでもそのスケールの大きさを知るからいいのである

何か壁職人のような人が外国にはいないというときもそうなのかとその相違の説明に感心する、外国では壁塗りにこだわらない、コンクリートだとただ平面にするということだけであり日本の様な土壁のような丁寧な作り方はしないという
自分の家は古く土壁だった、その土壁にしたのも自分の家で最後だった
そしてその後は土壁職人いなくなったのである
土壁となると手間暇がかかるしめんどうになるからだ
だからこれを見て土壁とは壁塗り職人とは日本文化なのだとわかった

それはなぜわかったのか?つまり外国と比較してわかったのである
第一コンクリートの技術は相当に古い、ローマではコンクリートの技術があったから建築でも壮大なものが作れたし道も作れたしインフラを整備できたともなるからだ
ただコンクリートだとでこぼこになっても気にしないとか何か日本の壁とはまるで違った感覚になっていたのである、ペンキを塗るというのにはこだわるが壁を平面にするとか日本のように丁寧に壁を作るということにこだわらないのである
それがまさに文化の相違だったとわかった
いづれにしろこういう相違は身近でも外国で生活してみないとわからない、そこで外国で生活した者としないものの差が生まれているのである
それはささいなことでも日本との差に気づきそれで日本に住んでいる人より日本を外国と比較して知ることになる、だから外国での生活経験はあとで活きてくるのである

それから1人3万円の超高級寿司のことを聞いて驚いた
この人は相当な金持ちであり貴族なのだと見た
まず田舎で私自身は貧乏症であり千円でも料理は高いと思っている
だから千円以上のものを注文することができないのである
また田舎ではそんな3万の寿司など食べる人はいない、またフランス料理店などもない
たいがい千円くらいである、需要がないからだ
そこで気づいたのは東京と田舎の差だった
寿司の味はその素材で決まる、素材が良くなければいくら料理がうまくても基本的にうまい寿司は作れない、素材の差をごまかすことはできない、マグロでもいろいろあり安いマグロではうまい寿司は作れないというのわかる

でもここで考えたのはこの東京と田舎の格差である
田舎で地方で苦労してとった魚のいいものは東京の金持ちが食べているのである
そこでは輸送費もかかる、新鮮なものは飛行機で送るからである
寿司は新鮮でないとうまくない、魚自体がそうである
それで松川浦の漁師が私は二三日過ぎた魚は食べないと言っていた
それが魚をじかにとるものの贅沢だったのである
でもここで考えたのはこれはまさにグロ−バル化経済の格差を産みだしているのと同じだと思った

そこには百倍の差がとんでもない格差がある!

地元の人が漁師が苦労してとった魚は東京の金持ちが食べる、地元の人の漁師くらいは食べても地元の貧乏人は食べられないのである
それはタイとかで海老の養殖をしている人はその海老を食べられないとか放送されたこともある、何かそうして食べ物でも格差がある
そういう経済は実際は歪んでいるのである、そのことは前々ら指摘してきた
新鮮な魚をとったものは地元の人に回っていたのである
ただ地元でもまた金持ちの人がその魚を買っていた

松川浦でとれた魚を売りに来る人がいた、石鰈はこの辺で美味であった、でも高かったのである、ただ高いと言っても寿司を三万で食べるのとはせいぜい二倍くらい高いとなる
東京だと十倍以上にもなっていたのである
それは運送費がかかるのも加わったそれだけ高くなっていたのである
もともと江戸前寿司というのは江戸の海でとれた新鮮なものを食べるということでた始まったのである、その活きのいい魚が今は地方から田舎から運ばれるようになったのである
ともかくこういう広域経済とかグロ−バル経済というのは何か歪みをもたらしていたのである
地元の人は地元でとれる魚を満足に食べられずにいいものは東京の金持ちが食べている
それだけ価格差があれば当然漁師でも高い方に売ることが第一となるからだ

地方の地元の貧乏人など相手にしても金にならない!

こうした経済の歪みが実は原発事故の原因ともなっていたのである
近くの人は東京の金持ち相手にログハウスとか別荘とかを提供する事業を始めて失敗した
それはこれと同じだったのである、田舎の貧乏人を相手にしては金にならないということなのでる
漁業組合とかは船主とか漁業権を東電に売り渡して原発御殿を事故前にも建てていたのである、それで地元の回りの人たちはうらやましがっていたのである
私は知らないから漁師は危険な海で魚とるのが大変だなとか漁師で暮らすのは大変だなと見ていたのである
でも実際は全然違っていたのである、船主は悠々として金には困らない、事故後も立派な家をいち早く建てた、その補償金が他とは違って大きいものだったからである

なぜそういう矛盾が生まれたのか?

経済が広域化してグロ−バル化したからである、遠くから運ぶことができるようになったからである、どんなことしたって寿司の魚を江戸時代なら新鮮なものを運ぶことは不可能だからである、だから江戸前の魚になっていたのである
それがまた逆に経済の歪みを作り出していたのである

地元の貧乏人を相手しては金にならない!

その差は3万の寿司で十倍にもなっていたからである、これはグロ−バル経済となり同じようなことが世界で起きているのだ
数パーセントの人に世界の金が集められその人たちは贅沢し放題となっている
その人たち3万どころではない、10万でもそういうものを食べるのである
そこに具体的に現代のグロ−バル経済の歪みが見えて来る
ただ東京でその格差が大きいのである、コロナウィルスで物乞いも増えたというのもそうである
それは今までありえないことだったとしているが表面化しのである
だから東京でもみんな三万の寿司を食べていないのである、その格差も大きいのである

ただ私自身の価値観そもそも都会は性にあわない、ごみごみした密集した所に住みたくないからである、だから別に食べなどどうでもいい、腹を満たせばいいとしかない
だからうらやましいとも思わないのである、車も欲しいとも思わない
それは私はそもそもずぼらであり運転に向いていない、都会に住むのも向いていないからである
でもこのことを聞いて何か現代の経済の矛盾を感じたのである

つまり簡単に言えばこうである

漁師さんたちは東京の金持ちの方が優先で地元の貧乏人は相手にしないのですね

すべて金持ち優先であり地元の貧乏人のことなど関知しないとなっていたのである
結果的にとうなったのか?
今度は東京から東電が来て原発を建てるとなると多額の補償金をもらいるから漁業権を売りわたしたのである、そして大事故になった
それで今度はトリチウムを海に流すなというけどそもそも漁業権を売りわたしたのだから反対も本当はできないのである、金は具体的な責任でありカルマとなっていたからである
なぜそういうことになったのか?

それはまず地元の地域の経済で共同体をベースにした経済ではなくなっていたからであるそこに地域の繋がりとか絆というのはなくなっていた
地元のことをまず考慮することはない経済である、まずは金だ、金だ、すべてが決まってしまうのである
漁業が苦しいという時も金だ、東京の金持ちに魚を売れ、原発も金になるからいい
補償金ががっぼり入るからいい、それも金が第一だからそうなったのである
金が大事にしてもすべて金を求める時何か歪んでしまうのである
何か本来あるべきものが金によって無視され歪められるのである

それは今の資本主義とかグロ−バル経済で起きていることでありその矛盾が限界に達している、そこは道徳無き経済とかなって世界中が環境でも破壊されたり矛盾が現れて崩壊するともなる
そもそも世界的公平な市場などありえないのである、貿易とか商業とかが必要でもそれが度を越えたものとなり社会自体を歪めてしまったのである
その結果として地元に人が住めなくなって町や村が消滅してしまったのである
深く原因を考察すればそうなる

ともかく日本に住んでいても日本のことはわからない、また田舎に住んでいると都会のことはわからない、都会にすんでいるとまた田舎のことはわからないのである
そういう矛盾が広域経済とかグロ−バル化経済で矛盾が現れて是正する時が来たのであるコロナウィルスでもそうである、これもそうした世界の人々が自由に往き来するとか
モノ、ヒトが行き来するというのにも歯止めがかかったからである

本来人間がどうあるべきか、どういう生活をするべきなのか?

それが問われたのである、それでコロナがうつるから東京の人は来るなとなった
前は放射能がうつるから福島の人は来るなと言われた
この原発は東京の人にも大きな責任があったのにそういうことを言ったのである
だから今度は東京の人は来るなとなった、カルマとなったのである

結局広域経済とかグロ−バル経済とかが一見いいように見えても様々な分断を世界でもたらしたというのは本当である、移民が流入すれば人種差別となりまた金持ちと貧乏人の格差で分断が起きて都会と田舎の分断が起きたのである
だから今はその反省の時期となり社会の在り方を見直す時期になったともみる



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2021年06月25日

雷が鳴り虹がかかり鮎が跳ねる


雷が鳴り虹がかかり鮎が跳ねる

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鯉が泳いでいる

睡蓮やゆうたりと浮かび鯉泳ぐ

次々に鮎の跳ねたり雷鳴りて虹のかかるや夕べの川かな


雷が鳴った、でもすぐに止んだ、雨はぱらぱらしか降らなかった
なんか雨がこんな感じで長く降らない、だから川に水が流れていない
でも下の方に行ったらそこは水がかなりある
堰で水の流れが止められているためである
そこで鮎が次々にはねていた
上流では鮎が上るのを見ていない、だから今年も鮎が上ってこないのかと見ていた
去年は鮎を放流したのが群れて上っていた、それは大きい方だった
でも放流しても次の年は上ってこない
鮎は一年で死ぬとするとその親が子を産み下流から海から上ってくる

秋に河の河口近くで孵化したアユの仔魚は河口から遠くない範囲の海にでてプランクトンや小さなエビなど動物性のものを食べて育ち、春になると5〜10cm程の稚魚となり河を遡上しはじめ、食性も主に岩に付いている藻を食べる

 秋になると産卵期を迎え、体色も婚姻色へと変わり、1匹のメスの産卵に対し、複数のオスが射精することが知られています。通常アユは1年でその一生を終えます
 
 一年で死ぬから年魚ともいう、私が見た鮎は去年放流した鮎が産んだ子なのだろうか?今年また放流したのだろうか?その辺がわからない、漁業組合に聞けばわかるかもしれない、確かに鮎が跳ねていた
もし去年放流した鮎だとするとそれは自然の中で鮎が育ったから自然が回復したともなる
川を観察するのは10年くらい鮎を見なかった、見たのは放流した鮎でありその鮎が子を産んで川に上ってきたというのは見ていないのである
もしそうなら自然が回復したと見るからだ
この辺では自然が回復することはやはり人間の営みだけではない、それはやはり復興になる
それで田んぼが回復して蛙の鳴き声がひびいたとき復興したと感じたからである
するとその蛙を食べる鷺がもどってきたのである
つまり田舎では生態系を身近に観察できる
ただ何か川で子どもの頃、カジカとかいてとっていたが川に魚など見ないのである
ただドジョウがいたのは見たことがある
やはり生態系を見るのは人間と関係しているからである

光学30倍のカメラでその鮎の跳ねている姿を撮ろうとしたができなかった
動画でとれば良かったとなる,光学30倍でも小さいものを撮るのはむずかしいとなる
真野川には鯉がいる、これは目立つ、それは放流されていついたのである

とにかく虹がかかった、でも虹も半分くらいの虹だった
でも今日は暑くなった、夏らしかったとなる

 



夏の朝の海、薔薇の花、車輪海、睡蓮


夏の朝の海、薔薇の花、車輪海、睡蓮

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右田浜

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海老浜

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一つの木に二つの色の薔薇が咲いている


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光学30倍だと大きくとれる、でも汚点(しみ)が見えた



夏の朝波打ち際に釣りの人

夏の海朝日光りて釣りの人

夏の朝波のひびきて雲雀鳴く

木にとまり朝の河岸鷺休む

睡蓮の近くに寄れば汚点見ゆ


車輪梅海老浜に咲く村は消えしもここにまた咲く

津波跡松の育ちて車輪梅海老浜に咲く村は消えしも

ほのあかく薔薇の花咲く我が庭に雨しととふりぬれし梅雨の日

薔薇の花一つの木にそ二色や朝日のさして映えにけるかな


梅雨になりこもるだけである、だからなかなか俳句短歌はできにくい
今日は朝晴れたので海の方に行った
そしたら雲雀が鳴き波打ち際で釣りする人が何人かいた
あれはなかなか豪快だと見た、釣りは自然と一体になったものとして見る
だから釣りする人は絵にもなる

ただこの辺の海は津波で余りにも変わりすぎたのである、もう前の面影すらなくなった
わずかにこの砂浜だけが残ったのである
ただ前も砂浜はなくなっていた
今は松原もないしキャンプ場もない、防波堤が高く作られて囲み風景が失われた

でも海老浜では車輪梅(シャリンバイ)が咲いていた、この花は南限の地として海老浜が有名だったのである、奄美大島辺りから種が流れついて咲くようになった
ただこの辺は気候の変わり目でありそうなった
真野の草原の万葉の歌はそうした気候の変わり目として境として歌われたのである
海老村は津波で消えてしまった,50軒くらい家があったのか残ったのは数軒になってしまった

薔薇は根付きやすい、そしてこんなに咲くのが意外だった、私の庭は土が悪いので根付かないのである、でもこんなに多く薔薇が咲くのは不思議だとなる
ただ多少肥料をやったせいかもしれない、花も野菜と同じで肥料をやらないと咲かない
でものうぜんかずらは玄関のコンクリートに囲まれた中のわずかの土でもその下に深く根付いて咲くのである、花でも木の花だと土深く根付くと花も栄養をとるので咲きやすい
でも根を張らない花は咲きにくいともなる

パナソニックのLUMIXは光学30倍であり鳥などをとるにはいい、いいカメラである
倍率が高いカメラを欲しかったので買った、それで今回鳥を撮ったのである

2021年06月24日

余裕がないことの怖さ (戦争も貧困化して余裕がなくて起きた)


余裕がないことの怖さ

(戦争も貧困化して余裕がなくて起きた)

この危険思想、日本でもかなり増えてます..不景気の国に蔓延する危ない考え方とは?


なぜ福祉が厳しくなるのか?
前に私が述べたけど人間は余裕がなくなると他者に寛容でなくなる
貧乏になれば生活保護なんて働かないで俺と変わりない金もらっているとかなる
つまり40万くらい月給もらっていたら生活保護12−3万もらっている人をうらやましいと思わない、でも15万くらいになったらなんでこっちは毎日苦労して働いていてたいした金をもらっていないのに生活保護は働かないのにもらっているとなる

福祉でも国全体が裕福なら成り立つ制度だったのである、それで今や生活保護は十パーセントも減らされているのだ、それで抗議したというのもわかる
それは国全体の財政が苦しくなりまた貧乏人が増えると国全体に余裕がないのだからそうなる、むしろその風当りはそうした生活保護であれ障害者であれ弱い人に当たるとなる
それは結局余裕がない人は他者を助けられないためである

事業失敗で多額の借金を抱えた人が私が介護とか病気とかで苦しんでいる時来た
そんな人は人を助けることはできない、かえって相手を苦しめることになってしまう
〔俺は苦しいんだよ、俺の借金をなんとかしてくれ、他人のことなどどうでもいい、自分を助けてくれなんとかしてくれ」こんな人が来たても助けることができない、かえってさらに苦しめることにもなる

それと同じように貧乏で困っていても他に障害者でも病気の人でも人を助ける余裕がないもう弱者は死んでくれとまでなる、だから余裕というのが意外に大事なのである
それは金だけではない、時間の余裕とかも大事である
金があっても毎日仕事に追われているとかすると相手を想う余裕もなくなる
とにかく経済的に苦しくなると日本全体に余裕がない人が増えて来る
それは必ず周りに影響する、例え金持ちでものうのうとはしていられない
回りがみんな苦しい苦しいというとき回りでも金持ちでもその影響を受ける
また犯罪も増えて来るのである
そういう国には金持ちすら住みたくないとなる
もし回りがスラムのようになっていたらそんな場所に住みたくないとなるからである

なぜ自分自身が介護病気で苦しんだのか?
それが余裕がない人が来たからである、金で苦しんでいる人が来たからである
だから犯罪にもなった、その人は他人でも余裕をもってみれないからである
その前に自分のことをなんとかしてくれ、もう生活もできないんだとなっていたからである、すると相手が苦しんでいることなど関心もない、かえってチャンスだとなった

それで何か数万だったのか、わずかの金で友達に金を貸して返さないとかでもめて殺人になったとかニュースであった
たった数万で殺人になるのはなぜなのか?その人は金に余裕がない、だから数万でも大きな金になっていたのである
普通だったらそんなのはした金だからくれてやるとなるだろう
ただ正直自分も金の余裕がなかった、余裕がないと人間はみんなそうなる
何か自分は金をあるように見られているが働いていないのだからなかったのである
まず百万という金を使ったことがない、でも貧乏性になっているから今でも使えないのである、それが習性となってしまったのである

そうなると海外旅行に行った時アジアではその時十数年前は円高で物価が安かった
でもそんな所でも節約していたのだ、それが失敗だったとなる
なぜならその時は物価に十倍もの差があった、そしたら思いやりがあっても良かったのでる
多少の金は払っても良かったのである、そうし貧しい国の人たちに思いやりもあって良かったのである
それができかったのは日本での貧乏症になっていたのと海外のことを知らなかったこともある
貧しい人たちへのことがわからなかったためである
私が余裕ができたのは両親が死んでからなのである
すると金銭的に余裕ができて金にそれほどこだわらなくなったのである
気前よくなったのである、だから金に余裕があるのとないのとでは気持ちまで変わってくる

ただそれだから金ですべてが得られるとういのではない、不思議なのは一億円もっていても余裕がない人もいるしもっと欲しいとなる、一億円で安心がないという人もいる
ところが一生貧乏だった人は10万すら大きな金であり10万も貯金していると何か大きな金をもっていると気持ちが大きくなったと言っているのである
私自身も親から金をもらっていたからそういう経験はしている
その時々の金しかもらっていなかったからである 

その人は毎月いつも電気ガス水道代が要求されて払えない、それで自転車を治すにしても余計なことをしてくれたとか怒っている
何かしなくてもいいことをして金をとられたとか言っている
でもその人は病気なのである、病気でも仕事している、そしたら余裕のある人だったら
治療費もかかるから大変だな少しくらいは金がかかってもいいなとみるのである
つまりこうして金に余裕がない人は相手をのことを思いやることもできないのである
それは医者にしろ職業でも余裕がなかったら相手の経済状態でみれない、他でもあなたは貧乏だから安くしまとかもならないのである
そういう自分も今まではそうだったのである、節約ばかりして金の無駄ができなかったのである
ただすべて金がなければできないということはない、何も例えば道で倒れて苦しんでいる人がいればちょっとなら助けることができる、でも金がかかることだとできない
だから別に金がなくても何もできないということはない
ただ金に関しては金に余裕かなければできないとなる

これから日本が貧乏になることはかなり危険なことになる
おそらく戦争とかは国全体が貧乏とかで追い詰められるとき起きて来るのが多いようにも見える
モンゴルとか遊牧民が農民国家の中国を襲ってきたのは食料が欲しかったからである
それで万里長城ができた
戦争の原因はこうして国自体が貧困化して追い詰められた結果として戦争が起きた
ドイツでナチスがが勃興したのは失業者が増えて貧困化した結果として起きた
物価も異常に高騰して紙幣が紙切れ同然になったとかあった
そういうときナチスが起り優生思想が起り弱者は始末しろとユダヤ人は不当にもうけているとかなり虐殺が起きた
その原因を探るとやはり経済的困窮がそう仕向けたとなる

それは日本の戦争だって太平洋戦争でもそういう原因があった、アメリカに経済封鎖されて石油が手に入らないとかなり経済的に追い詰められた結果だったとしている分析もある人間は経済的に追い詰められると何をするかわからなくなる
数万のことでも殺人になる、だからこうして日本が貧困化してくることは怖いもものになる、みんな余裕がなくなるからだ
それで金持ちはそういうことを見過ごしているとその貧困化した社会で襲われるともなるだから格差社会を金持ちが見過ごしているといづれは金持ちも安閑として暮らせなくなるのだ

余裕がないということはそれだけ怖いことなのである、ただ余裕といっても高い車を持ち大きな立派な家に住み食いたいものを買いたいものを買うとかの贅沢ができないとかで
余裕がないとなるのは問題である
でもまた一旦豊かな暮らしをするとそれが普通になる
その生活を落とせないとなる、それで貧困を感じるというのも現代である
それで余裕がないというのも問題なのである、そういう人は借金までして贅沢を維持しようとする、その借金をかかえて犯罪を犯したりもするのである
そういうことは現代社会ではまた多いのである

余裕がない人は人を助けることができない 
(余裕なき現代はみんな疲れ、人を思う余裕すらない)

オリッピックを強行するのはなぜか (国民の反対を押し切るのは自民独裁政権のためだ)


オリッピックを強行するのはなぜか

(国民の反対を押し切るのは自民独裁政権のためだ)

オーシェ氏は、菅首相は五輪反対という国内世論は懸念していないのではないかとみている。その理由として、日本の選挙は非常に投票率が低い上に、特異な選挙システムであるため、自民党は政権維持のために有権者の大多数を勝ち取る必要はなく、65年間中61年間も政権を握ってきた点を指摘している

そういうことなのか、ならばわかる
なぜこれほど国民が反対しているのにオリッピックを強行するのか?
そのことが理解できなかった、それは菅首相にとっても自民党にとっても公明党にても有利とはならない、すぐに選挙があるのだから大負けすることもありうる
国民全体を敵に回したらそうなる、でもあえてオリッピックを強行するのはなぜだろうとなる
国家の威信だというがオリッピックが国家の威信と関係するのか
国民の安全の方が大事でありそれを国民が望んでいる

国民をあえて敵に回してもオリッピックは強行する

そこまで危険を犯してもやるというのが理解できない、自民党内でも選挙があるのだから反対する人もいるだろう、その声も表に出てこない

つまり菅首相は国民のことは恐れていない

どうせ選挙で勝つ、多少の増減があるだけで勝つ

だから国民のことは眼中にない!

これはもはや民主どころではないい、独裁政権である、菅首相の独裁政権である
国民のことなど眼中にないとなればそうである
選挙などどうせ自民党が勝つのだからどうでもいい、何の役割とないまでなる
ただの儀式のようなものだとなる
ということはすでに選挙しても無駄だとなるから民主主義の根幹の選挙制度自体が崩壊しているともなる、それは前から言われて来たことである
選挙はする前から決まっている、その勝敗は決まっている

またシルバー民主主義であり若者は数が少ないから投票もしないとなっていた
つまり実質民主主義自体が崩壊している
また資本主義自体も崩壊しつつある、世界の富が数パーセントの人たちに吸い上げられている、株式市場はそれは一部の人によって操作されているマネーゲームに過ぎないとかいろいろ言われきた
そうなるとみんな働くのが馬鹿らしくなるのだ
それでアメリカでもコロナの支援金をもらったら働かないとか中国では寝そべり族とか日本なら前々からニートとか引きこもりが問題になっていた
それは働くことは結局一部のものに搾取されるだけだということでそうなっていた
働くことが一方的に善だとされていた時代と違ってきたのである

働くことにはもともと人間の基本として奨励されてきた、働くことなしで社会は成立しないのも真実である
その労働観も崩れつつある、働くことに対して何か積極的な価値を見出せなくなっているみんながコロナウィルスで苦しんでいる時、株で大儲けしている人たちがいるのもそうである、そういう人にはかえってコロナウィルスはいいものだったのである
だからグロ−バルに何かモラルが崩壊しつつある、働くことは一部のものために働いているのであり大多数は貧困にあえでいるとなる
働くことのモラルが崩壊しつつある、投票することの民主主義のモラルも崩壊しつつあるそこで自民党の独裁政治となり国民のことなど無視してオリッピックを強行する
これだけ国民が反対しているのに強行すること自体何なのだろうとなるからだ

国民のことなどどうでもいい

どうせ選挙では自民党が勝つんだから

国民は無視だ、オリッピックは強行する

国家の威信がかかっている、そっちの方が大事だ

これは独裁政治であり民主主義などは言葉だけになってしまったためではないか?
もう機能しない、そして資本主義ももうモラルは崩壊して機能しない
極端な格差社会になり崩壊しつつあるということである
だから一見中国のことでG7で対抗姿勢を見せても実際は共同に対抗するのも見せかけだけだとなる
そもそも民主主義でも資本主義でも機能しなくなりつつある、それはアメリカの大統領選挙でも現実化した、議会に暴徒が乱入したからである

いづれにしろ民主主義が資本主義が崩壊しつつあるとき何が起きてくるのか?

武力革命が暴徒化するのではないか、それしか方法がなくなる
これほど国民が反対するオリッピックでも止められない、止めるにはどうするのか?
大きなデモを起こして暴力で阻止するしかなくなる
ミャンマーでは軍事政権に独裁政権に対抗して武装化したように対抗することができないつまり選挙とかではもう対抗できないからそうなった
それは日本でも自民党独裁政権であり対抗手段がなくなったときそうなる
選挙では自民党に勝てないからである
ただ日本人はそこまで危機感を感じしていない、だから政府でも国民を甘く見ているとなる
でもこうして大きな時代の変わり目になると何が起きるかわからない
日本が経済的窮地に追い込まれるとやはり我慢できずに何か暴力でも起きてくる
それだけ今世界全体でも大きな変革の時代に入っているともなる

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2021年06月23日

老人の心境(人生の終わりに短歌十首) (世代ごとに変わる心境―若い人は理解できない老人の気持ち)


 老人の心境(人生の終わりに短歌十首)

 (世代ごとに変わる心境―若い人は理解できない老人の気持ち)

 人間の気持ちというのは世代ごとに変わっている、40才が一つの区切りかもしれない
その頃白髪でてきたりするし身体に変化が生まれる
だから40才でおじさんとかよばれてもう俺は終わりなのかとあせる
氷河期世代などがそうである、それを盛んにyoutubeで訴える人がいるのもわかる
40代になるとすぐに50になり60になるからだ
20代が人生の華だとなるが30過ぎるともうそれもなく女性でも男性にちやほやされなくなるとか言うのもわかる
それだけふりかえれば人間の一生は短いとなる

そして人間の最大の盲点が老人になるとどうなるのか?

これがわからないのである、20代だといつまでも青春とかがつづくと思ったり時間がいくらでもあると思っている、体力もあると思っている
でもこれもふりかえるとあっというまに過ぎる
そして若い時老人になるとどうなるのか?それは体を見れば衰えているからわかる
あんなよぼよぼになりたくないと見る、でも何か若い人は自分自身がそうなるとは見ないのである
若い人が老人を理解できないのである

ただ本当に老人の心境になるのは本当は60過ぎであり今は長生きだから70過ぎにもなる
ただみんな老人が一様ではない、もう体力的にもふけこみ見た感じでも10年くらいの差ができる、60でも70に見えたりするしその人は85歳の女性だったけど60代の人より若く見えた不思議がある、こうして老人と言っても個人差が大きくなる
その人は70才でももう80歳にも見える、眼が悪くて文字を満足に見えないからである
眼が見えないと耳が聞こえないとか常に腰が悪いとかなるとやはりもう本当に弱った老人にしか見えないのである 

老人になって一番意識するようになるのは何か?

それは明日死ぬかもしれないということを現実として見ることである
それは同じ世代の人が実際に死んでゆくことでもそうなる
同世代で一割が死んでいるとか近くで子供の時遊んだ人が死んだとかなる
だから常に死を意識することになる
そして人間のことはこうして70以上とかならないと知ることができない
天命を知ることができない、70以上になると明日死ぬということが現実化するからであるそして常に一生をふりかえる、人生とは何だったのだろうと振り返る

そししてまた意識するのがなぜ人と人は逢うのか?

これも意識する、なぜなら二度と逢えなくなるからである、するとなぜ人と人は逢うのかとふりかえる、つまり死んだら永遠に逢えなくなる
これも不思議なこととなる、人が逢うなど別にありふれたことでありそんなことを意識しないともなる、でも人間がこの世で逢うとは何なのか、それも不思議になる
なぜなら永遠に逢えなくなるからである
今や家族すら全部死んでもう二度と逢えなくなったからである
人間が出会い逢うということそれは永遠に逢えなくなるものとして逢っていたとなる
すると人と出会うことは貴重なことだったとふりかえる
それで一期一会の思想が生まれたとなる

つまり今の世に生きていて逢っていることは深い縁があったからだともなる
そのことがわかるのは70代だともなる
誰しも70過ぎると人生はこんなものだったとか知らしめられる、別に優れた人だけではない普通の人でもそうなのである、それで老人は何か悟ったような雰囲気を持つようになるのである、これはとても若い時はなりえないからである
つまり人間は悟ったり賢くなれのは老人にならないとなれないともなる

自分自身は何かいろいろ理解することが遅かった、受験勉強などで勉強嫌いにもなった
でも旅をしたりいろいろ自由に引きこもりでも学んで学問好きにもなったのである
だから60過ぎて70過ぎてこうしていろいろなことを書けるになったのである
それは理解力がついた、深く自分なりに理解できるようになったからである
本当に智慧がつくのは老人になってからである、ただ求道は若い時しないと神を知ることはできない、それも盲点だったのである
だいたい青春時代は欲が爆発して享楽する時代だからでもある
ただそうして一番大事な時期に生を消耗すると神を知る機械を逸することも怖いことだとふりかえる、ただ誰もその時そんなことを想わないのである

私がカルト教団に入ったのは選挙運動するためではない、宗教を求めていたからである
ただそこはそんなものとは全く関係ない場所だったのである
ただ自分が求めていたのは死の問題でもあった、死を意識するということは実は老人になれば否応なく現実問題として意識する
でもその時死を意識しても遅かったともなる
その解決は若い時していなければできないともなっていたからである
そこが人生の落とし穴だったともなる
宗教など老人になってからでも求めればいいやとかなっているからである

人間は死ぬ、この世から消えるのもまもなくだ

そしてこの世で人と逢っても永遠に別れる、逢わない

このことが現実化するのだ、何かと人ともめたりしても遂には永遠に逢わないのである
すると逢うだけでも貴重だったともなる、それが老人には嫌でも知らしめられるのであるそれで老人は常に後悔するのである

人間は結局最初に老人になる、それから若くなる

こうなれば失敗もないのである、そうしたら馬鹿なこともしないのである
老人になることがをどういことか知れば失敗もないのである
老人になれば誰しも悟り知恵かつき愚かなこともしないともなるからだ
ただその老人でもいろいろあるし迷惑老人も多いからいちがいには言えない
でもどうしても若い時は老人のこと老人の心境を理解できない
もしそのことを知れば若い人は失敗もしないし悔いのない人生を送れる
老人になると時間ほど貴重なものがなかったとふりかえる

ああ、時間を無駄にした、馬鹿なことに時間を浪費した

それが一番の後悔になっているのが普通だからである
その時莫大な富が金があったとしてもそうである
老人になると体力なるからきついことはできなくなる
いくら金があっても何かいろいろなことができなくなるからだ
旅でも登山でも億劫になるし体力がなくなりできなくなる
だから私は株などしたくない、これも自力で取引きをパソコンで覚えればいいがそのパソコンの画面を見ていると時間がとられるからしたくない
だから銀行の営業の人に頼んだのである、でもそうしたら株ではもうけられないことを知ったのでやめたのである
その株で何億でももうけても果たしてそれだ人生の成果となるのだろうか?

そもそも人生の成果とは何なのか?

これは財産を築いたとかあるにしても金を残したとかで計れないのである
芸術家だったら後世に残る作品を残したとかある、職人でもいい庭を作ったとかありそれが残されているということもある
何か他にもいろいろある、眼に見えないものとしても遺されるものがある
だからいくら金を残してもそれがすべて成果として評価されるとはならない
金がなくてもいいということではない、それがすべての成果とならないということである
要するに時間を何に費やしたかでその成果が計られる

これが人生だともなる、時間は限られているから例えば一つの楽器でも覚えるのに時間がかかる、時間を費やす、すると一つの楽器を覚えることが人生だったともなる
そして天才でもいくつもの楽器に習熟することはできないのである
その時間がみんな平等に与えられて限られているからである

また普通は会社員となれば会社のために尽くす、銀行員だったら銀行に所属しているのだから例え相手をだますものでも投資信託などでも売る
そういうことは別に会社に属していれば必然的にそうなる
そうなるとその会社の価値がその人の個々人の価値ともなる
それで有名な大企業に所属していればその会社名がその人の価値となる
人生全体もそうなる、でも一旦退職するとその価値も喪失する
それで人生の先が長くなると会社をやめると価値のない人間になってしまうのである
いづれにしろ人生とは何だったのか、70くらい過ぎると否応なく知らしめられるのである



人生の終わりに(短歌十首)

この世にそ生きる日短く逢うとても再び逢わじ人は逝きにし

人はみな死に別るかなその最期手を握りて心通いぬ

人はみな死にて別れぬ何気なくありにし日のなつかしきかな

老人の残れる生の短きを徒(あだ)に過ごさじ深く思わむ

この世にて生きる日短く逢うとても再び逢わじ人は逝きにし

人の世を生きるは短く徒言(あだごと)語るは許さじ明日はなきしを

人の世を生きるは短く人は逝く貫くもののあるべしかな

常に思へ明日無き身なれ時々を徒に過ごさじ実りあるべし

その人の何を生きなむ最期かな徒にすごせし月日悔いなむ

まことにそ生きにし人のその生の後に明らかに輝きあらむ 





2021年06月22日

人生は長い目で見れば何が役に立つかわからない (研究にかける予算は選択と集中?バカなこと言うド文系のヤツらー高橋洋一チャンネル)


人生は長い目で見れば何が役に立つかわからない

(研究にかける予算は選択と集中?バカなこと言うド文系のヤツらー高橋洋一チャンネル

studyhit1.jpg 
https://www.youtube.com/watch?v=gQIee8yDehQ

そんなものなのか?ほとんどの研究が役にたたないで終わる
理系ですらそれが役にたつかどうかわからない、だから予算の無駄だとなり選択と集中にしろとなった
ところがそもそもその選択と集中がわからないからみんなに公平に予算をつぎこむのがいいとしている

これも何なのだろうとなる、要するにおそらく研究課題が無数にありそれが将来役に立つかどうかわからない、だからこういうことを言っている
それだけ人間社会のことでも自然界のことでも科学技術のことでも種類が無数にありそれでそれを見分ける人がいない、そのことは結局この社会が複雑でわからないということなのだ

原発などもそういうものだし他でもそうである、社長すら会社のことを何もかも知っている人などいないと言っている
原発でも吉田所長が肝心の復水器のことを知らなかった

私の分野ではない、私は資材関係の分野を担当していた

こんなことがありうるのかとなると原発自体でもすべてを知っている人はいなかったからそうなる、一部分のことしか知らないのである
それはあらゆるものに言える、人間は一部分のことしか知りえないのである
それだけ複雑に分化した社会なのである

何が当たるかわからないから公平にみんなに金をつぎこめ!

これは人生にも言える、何が本当に後で役に立つかもわからないのだ
だから雑学でも無駄だとはならない、何を勉強するかでも文系でもあらゆるものが実際は結びつく、その分野も多様だから何か知ることは無駄にならないのである
ただ20年後くらいにしか成果がでないとすると無駄に思えてしまうのである

そんな勉強して研究して何になるんだ!

こう言ってもそれが無駄とは言えないのである、人間は無駄と思えるものが無駄にもならないのである
人間はそもそもその知りうることと経験することがわずかしかない、短い人生で経験することは学べることは知ることはわずかなのである
だからどんな経験も貴重であり後に役立つとなる
そしてたいだい人間はその人の個々の経験から人生を語る
でもその経験は限られているから他のことはわからないのである

この人は理系の官僚でもあり優秀だからそこで経験したことを語る
でも普通の人はそんな経験できないのである、科学技術者として一流の人でも武田邦彦氏などもそうである
そういう人が経験したことは自分の様な底辺労働しか知らない人とはまるで違ったものなのである
だから武田邦彦氏は労働は義務だとか強調するのである
自分にとって労働は流れ作業とか肉体労働とかした経験していないから嫌悪するものとなったのである

人生で無駄になることはない、雑学でも無駄にならない、第一知識は膨大だからである
そして何があたるかわからないというとき時代によっても価値観が変わるからだと思う
その時代によって必要なものが変わる、それは科学技術でもそうだとなる
ただ科学技術でも複雑だから違った分野のものでも他の分野で活かされたりする
だから何が当たるかわからないというのである

例えば引きこもりとかが問題になるがこれがすべてマイナスに働くともならないのであるもし引きこもって自分の好きなことに没頭していればそれは無駄にはならない
あなたは旅ばかりしていたとか遊んでばかりいたとか外から見ればなるがそれが無駄とは言えないのである、無駄な人生だったともならない、おそらくもし旅人として一生終わればその人は社会にとって得難い人だったともなる
なぜなら現代では本当の旅すること旅人になることは至難だからである
あまりにも便利に過ぎて旅人でありえなくなったからである

でも今になると常に好きなことをやれ好きなことに没頭しろとかいうのも不思議だとなる団塊の世代なら企業戦士となり会社のために働けとなっていた、そんなことを公に学者とかでも言わなかったろう、それが今になると堂々と進めていることが不思議なのである
それは価値観が変わったからである
また戦前の生まれるの人の価値観は働くことである、働くというときまずまともに食べられない時代は働くことが価値になる、それはそう強いられていたのである
だから大正生まれの母は働きづめであり花など無駄だとして庭に豆を植えていたのであるそれは食べることを優先して生活していたからそうなったのである
でも今はそういう価値観が変わったからそれをみたら異常人間だと見てしまうのである
趣味もない人間でもそうである、そういう人は面白くない味気ない人に見られてしまうのである

いづれにしろyoutubeの面白さは個々の経験を語っていることである
まず優秀な官僚として働いた人の経験は普通ないからそういうことがあったのかと新鮮なのである
これはテレビだったらコメントしてもその人の発言ではない、テレビ局がメデアが操作してちょっとコメントさせるというくらいになる
それが一個人がメデアをもちテレビ局まで持つということで情報環境が変わったとみた
本当に一個人がメデアをもったのがインタ−ネットである、この変化は大きいのである
そこで新聞でもテレビでも衰退してゆく、マスコミの時代は終わったのである
ただ本当にその人の経験を語るとなるとそれだけの経験をしていないと語れない
だから意外とこのメデアは若者向きのようで老人向きでもある
若者向きというときパソコンの操作にたけているとかであり人生経験が少ないから語る内容となると貧弱になるからだ

私は語るのは苦手だけどこうしてプログで文章にするのが得意なのである
それでこうして膨大に書きつづけているのである
そして不思議なのは自分の書いたものを読み直すとそれも忘れていて何か自分が書いたものでいいこと書いていたなと感心して自分の書いたものからまた学びそこからまた発展したものを書いていけるともなる
いくらでも書いてもいいとなるとそうなる、だから個々人がメデアを持つことはこれは情報革命だともなっている

テレビとかはもう衰退メデアなのである、芸人の馬鹿騒ぎをまともな人はもう見ないからである、ただ残された者はコンテンツ作りであり取材とかである
放送することは個人でもできる、でもコンテンツ作りと取材は簡単にできない、でもそれはテレビ局を通して伝える必要もない、インタ−ネットを通じてすればいいとなる
その変化が大きいとなる、ただyoutubeでもプログでもそこで読まれるということは数が多いから至難だとなる、でも高橋洋一チャンネルとかなるとまず官僚の第一線で活躍した人だからそこで語られることは内部を知っているから一般人の知りえないことを知っているから人気があるのもわかる
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2021年06月21日

空家が800万軒になる時代 (その活用も進まないのは持ち主の個々の事情が違っているから・・)


空家が800万軒になる時代

(その活用も進まないのは持ち主の個々の事情が違っているから・・)

生活困窮者の住まいに「空き家」活用 “事故物件”を危惧し増えぬ現状も〈週刊朝日〉
飯館村の空家(養蚕した兜屋根)

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原町区の大原の空家、これはなぜ壊さないのか?
十年なのかに二十年なのかわからない
ここに入ったら気味悪かった、本当に幽霊が棲んでいると思った
幽霊が家から出てきて迎えるとも感じた
つまり物の怪がここに本当に住んでいるのである


なぜ私が空家が気になるのかというと自転車で近くを回ると空家が目立つからである
ここも空家なのかとみる、これからますます空家が増えてくる
ただこの辺は南相馬市だと小高区が街自体が空家化した、浪江はさらにひどくゴーストタウンにもなった、廃墟の街と化した
そして南相馬市に最近知っている人が移った、前にも原町に移り住んだ人を知っている
つまり小高には住まない、小高に住むことをあきらめた、また浪江町に住むことをあきらめた人が多いのである

それで復興とかはすすまない、ただ外部から小高とか浪江に入って住んでいる人はいる
鹿島区だととにかく新しい街が三つくらいできた感覚になる
外部から入って来た人が多いのである、それで一軒の自転車屋では知らない人が多くくると言っていた、でも自転車を買ってくれるのだから消費してくれるから歓迎されるのである
私の家の脇の道は震災前は車とかほとんど通らない道だった
でも震災以後ひっきりなしに通るようになった、主に小学校へ行く子供を車でのせて行くためである

こういうふうに私の住んでいる場所は空家も多いのだが新しく移住してきた人たちの新築の家が新しい街を形成したのである

それで近くでも空家がある、まだ新築の感じさえする、その空家を十年以上は見ている

なぜこんなに長く空家なのだろうか?

それが不思議になる、すぐ近くの一軒屋も空家化した、一人の女性が住んでいたが死んだのか空家になった、ただその息子が近くに住んでいる
空家でもどうして空家になったのか事情がある、それがわかりにくいのである
隣がまた最近空家化したのは新しい家を建てて引っ越したからである
それは近くであり空家化した家は前の人が借りていたのである、それも二十年間くらい借りていた
その家は庭が広く大きな石がある、ただ庭作りしていないのでただ石が積み上げられているだけだとなる、でもそこを庭にすればいいなと見ている
石が好きで私は隣の庭の石を見ていたからである

大石に洗濯物干す冬の暮

そこに人がいて生活感がでてくる、でも人がいなくなると石すら淋しく感じるのである
それはゴーストタウン化した原発避難区域に行けばわかる
何か本当に家でも庭でもその石でも淋しい感覚になる
もともと自然の石だったらそう感じない、その石も人間化して淋しくなった
長く病院に入院している人の知り合いの女性が何かお笑い芸人の素質があり「家が泣いているよ」と言ったのも面白い、その女性は留守の家の草むしりとかしていたからである

本当に人が住まない家は家が泣いているのかもしれない、家も人が住んで活きているからそうなる、一旦人が住まないと家も死んだものとなってしまうからである

ともかく空家が800万軒とかなるという時代である、それが少子高齢化となる日本を象徴しているのである、だから空家をどう利用するか問題になる
もう家の値段は十分の一とか無料でも手に入るとかまでなる
なぜなら空家がこれだけ多ければ無料でも使ってくださいとなるからである
ただ空家が放置されているのはそこにいろいろな個別の事情があるからそうなっている
それがよそからみてわからないのである

なぜいつまでも空家になっているのだろう?

それもわからない、利用してくれる人がいないからだともなるしまた将来持ち主が利用するからだともなっているかもしれない、それもわからない
ただ隣だと新しい家に引っ越したとういことでわかった
何か変なのだけどそこにある大きな石があり庭として利用したらいいともみる
でもその持ち主と自分の家は土地をめぐって争ったことがあり簡単にその土地を何か使うという訳にも買うけにもいかない
つまり土地とか家の問題は持ち主がいて個々に事情が違っているしその事情がわからないから困るのである
“事故物件”を危惧し増えぬ現状も・・・こういうことはわからないのである
ただ隣とか近くだとわかるのである
だから土地を売ったり買ったりするのがめんどうなのである

何かいろいろな物のように値段をつけて売るようなものでもないとなる
もしかしたらその家とか土地に因縁がありカルマがありたたられるとかも不安になる
本当にそういう不安がつきまといて簡単に空家でも住めない、買えないともなる
土地とか家は場所が深く関係している
私の家は土地が街で一番低い場所にあり水害で二回浸水した、それも床上だった
だから土地は悪いから問題がある、家そのものは50年過ぎても使える
ただ土地が悪いから問題なのである、だから土地とか家の値段は簡単につけられないのである

本当に原発事故以後避難区域は空家だらけになった、それをどうするんだろうとなる
そのままにしても誰も住まないし土地と家の価値もゼロになったともなる
土地と家の価値は街全体とも関係して価値がつけられていた
もう原発避難区域になると価値はゼロにもなった、もう誰でもいいから住んでくれ無料でもいいともなっている、それだけあれだけ荒廃していれば誰も無料でも住まないとまでなっている
だから小高なら原町にとか移り住む人が多いのである、だから小高の復興は無理に思えるこれも農業ではなくその土地を利用して生活していた時代と違うから移住しやすい時代だからそうなったともみる
とにかく空家の問題は個々に事情が違うからそれが外からわかりにくいから困る
いつまで空家にしておくのかと見てもその事情がわからないからである
そして土地に因縁がカルマがありまた家にもある、それがまたむずかしくしているのである

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2021年06月20日

いわき出身の医者が息子を保険金殺人(1935) (それは当時の歴史を語るものでもあった)


いわき出身の医者が息子を保険金殺人(1935)

(それは当時の歴史を語るものでもあった)

徳田寛は1913年に医師試験に合格。以後、福島県の炭鉱会社の嘱託医をしていたが、1928年、樺太に移住。1935年10月ごろまで同地で医師を務めた。

 その間、長男貢を日大専門部歯科に入学させ、長女栄子、次女秀子も上京、遊学させた。妻はまは以前産婆試験に合格し、夫に従って福島県で産婆を開業していた。栄子は1928年4月に上京。私立小石川高女を卒業後、一時日本女子大と東京女子専門学校に入学したがどちらも中退した。

 寛は樺太の小さな村で開業医をしていたが、経営不振に陥って苦慮。敷香町に日本人絹パルプが設立されると聞いて嘱託医になれば業績が上がると考え、1931年11月、敷香にほとんど全財産を投じて徳田病院を建設。

 父が主謀、母が殺害、妹が協力…一家で息子を惨殺した日大生保険金殺人事件とは

 これも恐ろしい事件であった、ただここで注目したのが当時の社会状況のことである
徳田が炭鉱会社の嘱託医ということは磐城の常磐炭鉱と関係している
それから東京に上京して大学に入った
この人は樺太で開業医をしていたということは樺太とも関係していた、当時の社会状況があった、東京まで行かないと地方でぱ看護婦免許ももらえない、それで私の姉は東京の新宿に滞在して免許をとったと言っていた

私の母は原町紡績工場で糸取りを十年間してそれから東京に女中に出た
そこで知り合った人と結婚した、ところが工場の事故で死んだのである
その夫の勤めていた会社は北区にあった、そこは工場地帯だったのである
今でも荒川線の都電が唯一ありそこを通っているのである

この息子を殺した人も福島県出身であり磐城の人でありその当時の社会状況が見えて来るなぜなら常磐炭鉱は大きな働き場所であったからだ、今の原発の様な場所だったのであるその石炭は東京に送られていたのである、絹織物の生糸は原町機関区から横浜に送られてアメリカなどの外国に輸出されていたのである
日本の主要産業は石炭と絹織物の生糸となっていたのである
だからいたるところに農家では蚕(かいこ)を飼っていた、その家は兜作りの家として残っている、だからすぐにそういう家はわかる
どれだけ生糸を作っていたかわかる、それか主要産業だったからである
その輸出によって外貨をかせぎ戦争の準備もできたとしているからだ

この人の経歴はまさこその当時の歴史を語っていたのである
そういう時代に生きていたのである、まるで推理小説になっている、ただ余りにも残酷だったとなる、東京の官僚がひきこもりの息子を殺したことはまだ記憶されている
この息子も遊んでいて手を焼いていたから似ていることはあった
ただ保険金をかけて殺すということは尋常ではない
でも事業に失敗する人も多いのである、そして多額の借金をかかる人は近くにもいた
そのために自分自身も苦しめられたのである

何か事業というとき私の父親は双葉の新山で酒屋をしていたが倒産した
ただ暖簾分けしてこの地に住むようになった
また母親の実家は父親が警察署長だったが機織り工場の経営に失敗して一家離散のようになった、とにかく事業に失敗しておかしくなる人がまた多いのである
借金をかかえておかしくなる、この人も病院を経営していたがそれにも失敗していたからである

ただこういうことは何か人間の業(カルマ)として継続しているのだろう
ふしだらな親に苦しめられる人もいるしその子供に息子に娘に苦しめられる人もいる
結局そういうことはめずらしいものではなく世の常だとなる
だからそういうことは江戸時代にだってあったし継続しているのである
みんな親に恵まれたり子供に恵まれたりしないからである

歴史というとき一人の庶民の歴史をたどると当時の状況が見えてくるものがある
それを集団として見るのではなく個々人の歴史として見るのである
するとそこに当時の歴史が見えてくるのである
一人の人間がその当時どのようち生きてきたか?それを知ると当時の状況が見えて来る
ただ庶民のことは歴史に残らないのでわからなくなる、これは明治になって新聞が生まれそのことが詳しく残された結果たどることができる
新聞はそうして歴史を記録するものでもあったからだ

今になけるとインタ−ネットで個人が語る、するとそれも歴史を後世に語り残すことにもなる、この辺では津波とか原発事故がありそのことを自分はプログで延々と書いてきた
それは後世にも残されるものだとなる、ただ問題はインタ−ネットの記録は膨大であり
電子記録だから消えることがあるのが問題なのである
だから記録としてアイカーブする必要がある、それは膨大な記録を残すことができるからだでも死んでから50年とかなるとわからなくなる
本でも50年過ぎたらボロボロにてっていたからである
でも電子記録より紙の方が残るともなる、それで私は紙でもまとめて残そうとしている
それが膨大なので日々整理しても整理しきれないのである

この事件は福島県のいわきであり近いから興味をもった、そして当時の時代が状況が反映しているので歴史を知ることにもなる
小説家だったら小説にできる事件だったのである




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江戸は大消費地ー働かない侍が50万人 (生産より消費の経済へ)


江戸は大消費地ー働かない侍が50万人

(生産より消費の経済へ)
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新宿区千駄ヶ谷の江戸切り絵図

植木の需要が多かった



江戸時代に興味がある、でもわかりにくい、その最大の謎は侍が50万人もいたということである、百万都市でも半分が侍だった、その人たちは働いていないのである
生産者ではないのである、ただ消費する人たちなのである
ではその生活費はどこから得ていたのか?
それは国元なのである、そこに農民がいて米を作る、石高となりそれで収入となっていた貨幣でも小判でもその藩でもうけたもので得ていた、それを江戸で使っていた
江戸というのは何かそこで生産する人がいない、ただ近辺の農家では江戸は大消費地だから米とか野菜を供給した、ただ米の消費が膨大だから地方から仕入れた
伊達政宗の仙台からは石巻に米が集められて船で江戸に運ばれた
阿武隈川でも水運があり川で信達地方の米が集められて荒浜から運ばれた、ただ直接江戸には行かず川の水路を利用した、川を利用した運輸が盛んであり物資は江戸に集まったのである、

当初東北地方から江戸への廻船の入り方は、那珂湊ないしは銚子までは海路をとり、危険な犬吠埼沖通過を避け利根川の水運を利用する内川江戸廻りであった。だが寛文11年(1671年)に江戸幕府の命を受けた河村瑞賢が、東北諸藩の領内の産米を房総半島を迂回し伊豆半島の下田から外海江戸廻りで直接江戸に運ぶことに成功した

下田とはこうして港で栄えたのである、地理的には江戸から離れていても船運があり港なり栄えたとなる,下田という地名が何かもともと辺鄙な場所だったことを示している

東海道とか陸路は物資の輸送には適していない、荷物が運びにくいからである
船だと荷物が運び安居から大坂を物資の集積地として一大商都となった
それが瀬戸内海を通じて西回りの北前船が日本海を通り新潟県や山形県や青森県まで行き来した、それでそこでは銀の貨幣が流通していた
名古屋から関東から東北は金の貨幣が流通していた、つまり船運の範囲が大阪から日本海回りがありそうなった、それで山形県でもは最上川が紅花を運ぶ川となっていた
それで酒田とかが繁栄したのである
つまり日本でも河が動脈となり海が交通路となって商業が盛んになったのである
大坂だと西の醤油とか味噌とかが入ってきた
そして江戸には大阪から船でも物資が入ってきた、江戸が百万都市となり一大消費地となったからである

最上川からは米も運ばれた、蕪村の句に「毛見の衆の舟さし下せ最上川」「新米の坂田は早しもがみ河」あるのはそのためである

江戸は大消費地であり米を食べる量も膨大になる、そして江戸には優先的に米が運ばれていた、東北で飢饉があっても江戸で米が入ってきて食べられていたのである
それは米が商品作物であり江戸に売るものとして伊達藩で米を大量に作っていたからである、そのために天候不順とか不作になったとき肝心の地元では米が食べられなくなった
米だけを生産していると他の作物を作らないから米がとれないと食べ物がなくなる
それで飢饉となった、でも山だといろいろなものを作っていて稗だとか粟だとか作りそれが食料になる、そういうことはグロ−バル経済でコーヒーだけを作り他のものが作らないで後進国で食べるものもなくなるということがあった
またコーヒーが安くなるとその影響が大きいのである、それで今ではいろいろなものを畑で作るともなる、何かこうして地方でも地元でも商業が発達すると農業も影響を受けてアンバランスになる、これはグロ−バル経済で起きているから同じなのである
逆に江戸では白米を食べることができたがそのために脚気になったのである
それを江戸患いとなっていたのである、これは国土利用のアンバランスからそうなったのである
それが栄養のバランスを崩した、こういうことはやはり何か時代が変わっても継続しているのである

ともかく江戸の不思議は大名屋敷がありその敷地でも広大なのである、甲子園くらいの広さがあったというのもある、その大名屋敷に雇われる中間とかも多い、その大名屋敷の侍を食べさせる米の量も膨大なのである
侍は何をしていたのか?ただ消費するだけなのである、だからそれだけの金が国元から送られてきて生活が成り立っていた、それだけ豊かになったともなるが地方の農民とかはそのために納税することで苦しんだとなっていた
江戸の地図を見ると大名屋敷の間に点々と植木屋がある、それは大名屋敷の庭が広大なものがありその松の剪定とかで常時仕事があったからだとなる
普通は町人は長屋住まいであり大名屋敷の間に住んでいないからだ
お雇いの植木屋ともなっていたのかもしれない、それだけの仕事があったからそうなっていたとみる

経済というとき何か生産に注目する、農家だったらどれだけのものを生産するかが問題になる、でも江戸とかなると大消費地であり働く人がいない、50万人が侍でありあとは町民なのである、そして江戸に行けばなにかしら働き口があり糊口をしのげるとなって江戸に行く人が多くいた、それは今の東京と似ている
東京だと何かしら働き口があるとなり若い人が行くからである

何でも屋
「何かやる事はないかー」 などと声をあげて町を歩き、 薪割りなどこちょっとした力仕事で駄賃を稼いでいた。また、 正月が近くなると餅つきなどをして稼いでいた。
https://edo100.tokyo/freeterinedo/

これを必殺仕事人で見ている、佳代(かよ)がそうである、この女性の演技がうまいなと感心する、時代劇でも今になるとこうして演技力ある人がいなくなったこともある
田舎だと何か仕事がないかというと草刈りなのである、暇なし草刈りしているからである
とにかく何かしら江戸には仕事があり宵越しの金はもたないという生活が成り立っていたという、その日暮らしでもそれほど心配していなかったというのも不思議である
今なら一億円あっても安心がないからである、ともかく日々の生活でも最低限の質素なものでありそれで生活が成り立っていた、狭い長屋で家族が暮らしていた
今は貧乏になったといっても大家族で暮らしていない、知っている人は金がないのに苦しいのに三人の家族がそれぞれ住宅とか団地とかに住んでいる
すると三人別々だから家賃から電気代からカズ代から三人分かかるのである
電器製品でも掃除機でも洗濯機でも別々に買うから金がかかる、そしていつも壊れたとか言うのである、そこが今は貧乏だとしても贅沢だとなっているのだ
本当に貧乏だったらそんな暮らしができなくなるからである

そもそも江戸で50万人の働かない侍を養えたのかという疑問がある
でも生産と消費があるとき消費が大きなウエイトを占めるようになるのはそれだけ生産力が上がったためである、元禄時代になると地方で開拓が進んで大量に米がとれるようになったからだ、相馬藩でも松川浦の近くの新田は元禄時代に開拓された、元禄の碑があったからだ、この辺では元禄の碑があることはめずらしいのである
その元禄時代に芭蕉がみちのくの旅に出たのである、その時代に俳句が相当に興隆していた、地方の商人の金持ちを回ったのもそのためである

何か経済を考える時、生産と消費がある、でも生産に重きが置かれ消費のことはまさに消す費やすとかでマイナスに見られる
だから侍とは生産しない人達であり批判される対象にもなった、東北では安藤昌益がそうである、でも豊かになるとエンゲル係数でも食糧だけではないものに消費する割合が増えることになる、消費のウェイトが増大するのである
それで消費者は王様だとして高度成長時代に言われたのもわかる
消費すれば景気が良くなるのである、必ずしも生産することが喜ばれるとはならないのである
なぜならどこでも食堂であれ飲み屋であり食べてくれ飲んでくれ菓子屋でもうまいから食べてくれ買ってくれとなっている、家でも新しい家を借金しても買ってくれ車ででも自転車でもなんでもとにかく買ってくれとなっているのである
だから生産している人より買ってくれる人消費する人が王様だとなってしまっている
消費することが経済を回す景気を良くすることなのである
ボランティアはかえって嫌われる、消費しないからである、何かしら生産にたずさわり金をもらうとしているからともみる
会社でも組織でしていてそうしたものが入ってくるのを嫌うからである
むしろ消費してくれることが地域にとって望まれているのである
米だって余っているのだからもっと米を食べてくれとなる、でもパンもあるから米の消費が減っているのである
そして現代ではニートとか引きこもりとか老人の年金生活者とか3千万人くらいが働いていないのである、それだけ豊かになったからそういう人がいるともなる

江戸時代と対比して現代をみると見えてくるものがある
何か自分は時代劇をBSで毎日見ている、また今はアレキサンダーのインドの英雄の戦いを見ている、歴史に興味があるから見ている
そこから歴史に興味をもつこともある、ただ映画だけではなくリアルな江戸の世界とか江戸時代を知ることも必要になる
posted by 老鶯 at 12:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代

2021年06月19日

【ひろゆき】資本主義の限界について語る (価値観が変わると見方も変わるーニートと引きこもりの問題)


【ひろゆき】資本主義の限界について語る

(価値観が変わると見方も変わるーニートと引きこもりの問題)

https://www.youtube.com/watch?v=iWXlqJppEas

武田邦彦氏がひろゆきなどを労働を否定しているので批判している、労働は国民の義務だとしている、それが普通である、日本人はもともと労働することが強制というものでもなく労働自体に価値を見出してきたからだとしている
欧米系統になると聖書の教えで神からの罰として労働が強いられたとしている
だから労働はするべきではないということで奴隷にさせたとなる
またヨ−ロッパとかで奴隷階級が生まれたのは大陸では支配するものと支配されるものとに分かれた、常に大陸はつながっているのだから領地争いになり万里長城もできる
そこで支配する者と支配される者が生まれる
スラブ民族はスレーブは奴隷の意味なのである、それは東欧がそういう民族だったとなる日本ではそういう歴史がないから特殊な民族だったとなる

武田邦彦氏が旧来の労働を言うとき何か自分は反発する、それは結局人間は自分の経験から語るからである、一流の科学者技術者が労働について語るのと底辺労働者が労働について語るのとはそもそも根本的に違っているからだ
そういう人は労働はもう楽しいものであり苦痛ではないのである
でも底辺になると食べるための強制になる、私は底辺であり流れ作業や肉体労働などばかりさせられていたら労働自体嫌悪するのである
ただ肉体労働でも例えば職人を見ているとその人は生まれつき職人のようにみえる
仕事ができるし仕事が好きなのである、そういう人は別なのである

仕事というのは強いられたものと自ら望んでやる、適正があり興味があるのとは雲泥の差がある、でも一流の科学者技術者が労働を語るのと底辺労働者が語るのでは全然違ったものになる
だから武田邦彦氏がベーシックインカムは日本を滅ぼすというときもそうである
でもベーシックインカムは時代で言われてきたのである、機械化ロボット化する社会で言われてきたのである、特に知能労働でもAIが発達してきて言われたきた
ロボットというのは昔の奴隷の代わりになるものである
したくない仕事をロボットに機械にしてもらうのである、そして人間は人間にしかできないものを仕事とする、実はそれこそ理想なのである、実際ロボットではできないもの機械ではできないものAIではできないものがありそれをするのが人間的なものを追求する社会になるからだ

自分の場合は社会からはずれて旅ばかりするようになったのは底辺でしか働いていないからである、それで労働に嫌悪するようになった
たまたま家庭環境に恵まれてそれができたのである、だから親に感謝しているのである
どうしても自分にとって学校とか社会とか集団生活にてじめないからである
でも自分に興味あることを追求してきたのである
それは金がかかっても一銭の収入にもなっていない、社会から認められたこともない
でも遂にもう死ぬ時期になってその成果をプログなどで出すようになった
何か自分は自分一人でもこうして発言できるものに向いていたのである
ジャーナリストとかにも向いていたがそういう場に職を得られなかっただけなのである
まず人間は自分の向いている仕事などになかなか普通はつけない、不本意なものをさせられている、だからこそ会社員は自らを社畜と言っている奴隷と言っているのである
そういうふうに言うこと自体労働がすべていいものではないことを知るべきである
ただ人間は労働なくしてありえない、社会の存続もありえない、ただ本来は社畜とかではなく自ら選んで自分の適性ある労働するのが理想である、ただそれは本当にまれにしかないように思う

職人でもうまれつき職人のような人がいる、その人は仕事ができる、仕事を追求しているいい庭も作る、家のことも知っている、その人はだから仕事をするというとき金のためでもあるがその仕事が向いているし仕事ができるということでそれを他者に示したいのである、だからしきりに自分の仕事を自慢するのである
その人は自分が仕事ができて才能でも体力でもあることを示したいとういことで仕事している、だから単に金だけが動機ともなっていないのである
ただそれだけの仕事ができるのだから相応の金は欲しいとなっている
でもその人は仕事をするというときその仕事そのものに熱中するのである
だからいやいやながら仕事するのは違っているのである
おそらく本来の仕事は別に金をもらえなくてもやりたいことをすることである
確かにそこには訓練も必要だがそういう仕事はいやいやながら金のためにやらされる仕事ととは違ってるのである

ともかくなぜこういうことが今問題になるかのかというと本当に引きこもりとかニートとかが普通にいる社会である、それでそういう人と田舎で自分は逢う、なぜこんなに働かない人が多いのか、それも普通にいるのか、それが労働を強いられた高度成長時代と違っている、企業戦士として働いた時代とは違っている
そもそも老人がこれだけ多くて働いていない、おそらく日本では三分の一くらい働いていない、こういう社会はありえなかったのである
その数が多から社会でも困るとなる、団塊の世代などはまず働かないとか無職とかなると本当にまれである数百人とかの単位かもしれない、それが60万人とかそれ以上になるのは考えられないとなるからだ
それで社会でも困るからなんとかしろとなっているのである
本当は無職とかはアウトサイダーであり芸術家とかに多かったのでありそれは特殊な才能がある人でそうなったのである、だからそういう人は悲惨なことになった
ゴッホとかいろいろいる、それらの人は天才であり今のニートとか引きこもりとかは全然ちがったものである、ニートとか引きこもりは普通の平凡な人が今ではなっているからだ

いづれにしろ奇妙なことは時代が変わり価値観が変わったのである
戦後の焼け野原から始まった高度成長時代と今は違っている、物質的にはある程度満たされている、戦後十年は食べるものさえなかったのだからそういう時代とは違う
だからこそ好きなことをやれとか盛んに言う人が増えたのである
今までの労働観とは違ったものになっている、だから私はどちらかというと特殊であり
必ずしも無職であれニートとか引きこもりでもいいじゃないかということにもなる
ただこれも実際は相当な問題がある、社会性がなく将来厳しいものになる
それを親の介護でいやというほど経験したからである
だからいちがいにいいとはならないのである

人間はとにかくその人の経験から語る、その経験も限られているから偏見になる
また人間はその時代を生きて語るからその時代の価値観から逃れられない
また人間は一つの国で生活するからその国の価値観から逃れられないのである
それでひろゆきが外国旅行するならキャーバとかミャンマーとか北朝鮮がいいというときやはり広く外国を肌で知っている人は違っているなと思った
トルコのイスタンブールに滞在していたとき50歳くらいの会社をやめた名古屋の人が
シリアに行った、その人たちは純朴といいと何度も言っていた
シリアというと社会主義国だった、だからそんないい印象がない、でも実際そこに住んでいる人は純朴だったのである、それはラオスに行った人もそう言っていた
つまり資本主義国だとどこも同じ価値観になる、金が唯一の価値になる
でもそういう国ではない価値観に生きる人もある、そこで学ぶ方が多いというのもわかるだから先進国より遅れた国の方が学ぶことが多いというのも逆説である
必ず時代によって国によって価値観が変わってくるからである
これが地上から離れて天国に行けば全く価値観の違った世界に入る
この世にいればどうしてもこの世の価値観に染まるのである、これはもう絶対に脱することができないのである、死んで初めて脱することができるとなる

だから社会主義が必ずしも悪いとはならない、むしろ弱肉強食の資本主義はかえって人間をゆがめたともなる
資本主義は人間を幸福にするとはならなかったのである、民主主義も愚民主義になりいいものとは必ずもならない、とにかく人間社会はそもそもいろいろ体制があっても人間自身が変わらないから同じなのである
人間というのは決して欲から逃れられない、欲望から逃れられない、だから共産主義でも超格差社会にもなる、共産党幹部が富を一人じめとするとかなる
だから永遠にこの世は変わらない、いすいろ体制があっても機械化しても人間そのものは絶対に変わらないのである、それでなぜ宗教が生まれたかとなるとその欲をおさえるために生まれたのである
でもこれも今のカルト宗教団体とかみればわかる、かえって欲望は肯定されて欲望を満足させるものとして俗化したのである、そこであらゆる欲望は肯定されるというより欲望を強く持てとまでなっている、それがエネルギーがあっていいとまでなる
だからこそあれだけの何百万の会員にもなる、それはまたナチスとかとも似ている
要するに人間そのものは変わらない、欲から逃れられないからである
だから人間は欲で滅びるとされているのである

そもそもそうして宗教というのが仏教でも寺にこもって座禅して何もしない、働かないとういことがあった、それが修行なのである、ただ禅宗だと一日成さずば食わずとなって働くことを肯定しているが一面はただ沈黙の行をしている、働かないのである
そして人の喜捨に頼る、自ら汗して働かず恵んでもらう、これは反社会的なことである
資本主義はもともと修道院で生まれたという時労働に価値を置いていた
それは他者を助けるために働くとなっていたからだ、だから西欧的価値観だとその労働観も違っているのである、アジアは闇雲に働くということは肯定されていないのである
そしてプロテタンとが生まれたのはドイツとか北欧とか寒い地域なのである
そういう寒い地域ではどうしてもは働かざるを得ない、バナナなどがいくらでもとれる熱帯とは違うからである、そういう気候の相違でも価値観が違ってきていたのである
posted by 老鶯 at 09:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2021年06月18日

坂元ー山下の浜街道と鉄道の短歌 (街道と鉄道を偲ぶ)

坂元ー山下の浜街道と鉄道の短歌

(街道と鉄道を偲ぶ)

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磯山に正宗休み椿散る松に寄りにつ海を見るかな

坂元宿夕べ来たりて春の月海より昇り光りけるかな

相馬より海沿い来たり磯山に地元の人と語る春の朝

坂元の名の古しかな古代よりその名のありて春の日暮れぬ

浜吉田駅の前にそ津波来ぬその名のごとく秋のくれかな

仙台より帰る電車の窓に見ゆ山元町の秋のともしび

仙台に電車に通ふ月日かな山下駅に菖蒲咲くかも

新しき逢熊駅や蝉の鳴き三分止まり待ちにけるかな

新しき新地駅かな春の日に牡鹿半島と金華山見ゆ

新地駅6分とまりて虫の音を我が聞きにつつ月も光りぬ

夜のふけて津波の前の新地駅虫の音聴きて六分とま

鹿島駅八重桜咲き我を待つ人もなくして木もなくなりぬ


陸前浜街道というとき伊達藩の領域として新地からあった
新地は伊達藩なのである、それで新地の人でだっちゃ、だっちゃという女性がいた
このだっちゃは仙台弁なのである
新地のなまりは方言が伊達藩だからこそあり仙台弁なのである
だっちゃだっちゃと相馬弁とか福島の方だとんだんだとなる
この感じがかなり違ったものなのである
それで丸森の人が相馬市の病院に入院していてんだっちゃと言った時、んだーだっちゃが結合してそうなったと聞いた
丸森とか新地は相馬藩との境になっていたからである
丸森でも最初に金山に城を築き城主となったのが相馬藩の武士だったからである

岩沼宿−亘理宿−山下宿−坂本宿−新地宿−駒ヶ嶺宿−黒木宿−中村宿−鹿島宿−原町宿−小高宿−高野宿−長塚宿−新山宿−熊川宿−富岡宿−木戸宿−広野宿−久之浜宿−四倉宿−平宿−

黒木宿となると相馬の城跡から離れているが昔の道がそっちの方にあった
あとはそんなに変わっていない、双葉には長塚宿と、新山宿があった、二つの宿場があり経済的負担から二の村が代わる代わるに担当したとなる
要するに参勤交代とかあり接待するのにも負担になったからである
長塚宿は昔は常磐線でも長塚駅があった、双葉駅の前は長塚駅だったのである
高野宿は浪江である、後は常磐線の駅名と同じになっている

山元町内遺跡 発掘調査情報
https://www.town.yamamoto.miyagi.jp/soshiki/20/3693.html

坂本願という土器に残された文字は古代のものでありもともと坂本であった
坂本は各地ありそこが宿場となる地形にある、坂を上るということでその手前で休むということにもなる、区切りの場所ともみる

陸前浜街道では渡来人などが来て製鉄が行われていた、山元町の海岸沿いにある犬塚遺跡は銅の鐙が発見されている、これはめずらしい、鉄だけではない銅も作っていたのである津神社とは渡来人が祭った伽耶国の王子のツノガノアラシトのことである
八重垣神社が海岸沿いにあるがこれも出雲系であり渡来人とも関係しているのである
国引き伝説ののように渡来人と出雲は密接な関係があるためである
出雲とは蝦夷のことでもあったからである

その静鉄族の跡は石巻から北上川をさかのぼる登米に残っている
そこに真野氏とかの印された木簡が残されていた、この真野氏一族は渡来人系統であり
南相馬市の鹿島の真野郷はそこに由来している
その跡は明確にたどれるのである

磯山では正宗が休み唐番所とかあり外国船を来るのを見守っていた

私が印象に残ったのは仙台市まで電車で通うにして行っていたことである
だから街道の方は一回くらい自転車で行っただけなのである
それでいつも仙台からの帰りで車窓から夜になると山元町の山の方に灯る灯を見ていたのである

そして津波で山下駅とか新地駅が流れて新しい駅になったのである
ても私が記憶しているのは古い駅である、なぜか新地駅では交換の電車を待つ、それが六分だったのである、その時電車の外に出て息抜きをする
海岸には屋並が見えた、そして虫く声が聞こえていたのである
でも今は高い所にあるからそういう虫の声は聞こえない、でも高い場所にあるからその駅から牡鹿半島とか金華山がはっきり見えるようになったのである
ただ昔の駅を知らない人はそれをイメージできなくなった

何か鉄道は駅で止まったりするときそこに人間的なものが生まれる
何か時間の無駄なようでもそこに人間的なものが生まれる
今は逢熊駅で三分くらい交換列車を待つ、そこで蝉が鳴く声がひびく
それがまた人間的なのである、たったの三分くらいでも何かそこに人間的なものが生まれる、電車には待つ時間がある、駅でも電車を待ち人を待つ時間がある
それで駅なら人間的なものを情を育む場所となっていたのである
新幹線とかなるともう待つ時間もないのである
そこに何かもう余裕がない社会になる、、駅は半分以上無人駅になる
効率的でないものは省かれる、車社会になったとき余計にそうなったのである
車は何か私的なものであるが駅だとみんなして待つとかまた電車に乗り合わせることは共通の空間を共有する公共的な場なのである
車は個々人とか人を分離させるものなのである、そこに人間の情は養われないのである
それで鉄道の歴史は長いから人生を演出する場ともなっていたのである

ともかく陸前浜街道は今や六号線でひっきりなしに車の通る場所でありまるでベルトコンベアーのように車を運ぶ道路となる
昔の街道を偲ぶということもしにくいのである、ただ自転車だとある程度昔に還り旅の気分を味わうことができる
浜街道の特徴として海が近いから夕べに坂元に春の満月が出ていた、それは海から登ってきたもののである

ただ私は仙台から家に帰るにしても家では誰も待っていない、待っている家族はみんな死んだからである、前は鹿島駅に八重桜が咲いていたがそれもなくなった
それも淋しいのである、八重桜ほのぼのとして咲く、そこに家族の愛があったなるからである
駅にはとにかく何か人間的なもの情が生まれるのである
ただそれも無人化したり機械化すると失われてゆく、その駅に出入りするのを監視カメラが見ているのである、人間がじかに接するものがなくなる、そこに人間喪失の時代になったのである、どこでも機械になり人間がいなくなっていくのである
何か無機的な索漠とした世界になってゆく、今やロボットが駅員となり迎えるのも送るのもロボットがするともなる、それも味気ないとなる
私は何か鉄道の旅が長いから鉄道に思い入れが生まれたのである

それで無人駅でボランティアのまねをしたのはそういう経過があったからである
ただそこでは排斥されるだけだったのである
つまり何か人間的なものが社会から喪失しているから邪魔だとなる
人間がもう邪魔な社会にもなっているのだ、ロボットがいればいいとまでなっているしなってゆく、そういう社会は索漠としたものになる
そういう社会に住みたいと思うだろうか?
でも人はただ便利さをもとめそういうことを感じることもなくなる
車社会に恩恵を受けても自分はなじめない、でもとうにもならない
今日駅に来ていた人は新地に車を置いて鹿島でおりた
つまり車と電車の併用だったのである、それが現代社会である
ただ車というのは人間の情をはぐくまないのである、それは鋼鉄の部屋に閉ざされで外部との人の接触を拒むのである
そうは言っても田舎だと車無しでは暮らせないからとやかくは言えないとなる





2021年06月17日

山元町の地名の解説 (合成地名は本来の意味を失うから問題 )


山元町の地名の解説

(合成地名は本来の意味を失うから問題 )

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【「祖先」のルーツ】名字の8割は「地名」に由来!《47都道府県「地名の謎」》
https://www.excite.co.jp/news/article/BestTimes_00699240/image/1/

このサイトの地名の絵地図がわかりやすい、日本の地形から苗字が生まれている
山下から山元とか山口は山と関係している

昭和 30年2月1日 - 山下村と坂元村が合併し、 山元町 が発足

実際は地形と関係なかったのである、こうして合成地名は本来の地名の成り立つ意味を失わせるかから問題なのである
飯館村でも飯樋と大舘村が合併してそうなった、こういうのが明治以降多いのである

それでなぜ山元町と山下町があるのか、常磐線で行けばそこはどっちかというと広い海の方を意識する、でも駅名は山元町であり山下町もある
その町名からは山を意識するが海を意識しないのである
その感覚はどうして生まれたのかとなれば海より山の方に村落や町が生まれたためではないか?本来は山元町ではなく山下町であるべきだったともなる
なぜなら山下村という地名はもともとあった地名だからである
山の方から水が流れて来て田が作られるということがあるからだ

上山(うわやま)

上山は(うわやまーわやま)は地区にとって欠かすことのできない山で用材の刈りだし
はもちろん薪山としても農家の草刈り山としても人々を入れまた水源涵養の山として地区をうるおした山である
(山元町ーふるさと地名考)

これは端山ー葉山であり里山であり入会の山であり生活に密着した山である
羽山―葉山信仰は有名である、草刈場としてあるとき鹿島の右田の農家の人に聞いたが
馬車で橲原(じこさばら)まで草刈りに行ってそれを肥やしにした
そこに入会権として右田の人たちが所有していた、それで津波で家を流されたので家をそこに建てたという、その土地は右田の人の所有になっていたのである
山というのは実際は深く平地とか海の方まで結びついていたのである

一つ橋

その橋は上平のただ一つの橋であったことから一つ橋の名がついた

橋はなかなかない、だからその一つ橋が目立ち地名化した


坂元神社は妙見社として蓑首城跡にあったが明治元年に北辰社と改称した

妙見神社とか日吉神社とか山王神社は相馬藩内に多い、それが亘理の方まで移動したともなる

かすべ田

土地の人が少しづつ開いて小さな田んぼにした、田んぼがちいさいので魚のかすべくらいの田んぼということからかすべの名がついた

カスべ田というのは変わった名だがやはり海があり漁師が暮らしていたからその魚と田の形をイメージした、それはまた日本にはとにかく小さな田が多いのである
わずかの平地でも田にして米をとることをしてきたのである
だからどこにでもとにかく小さな田が多いのである
でも津波とか原発事故とか小農が成り立たなくなり耕地整理して田んぼを広くした
小さな田んぼは耕作放棄地となって草ぼうぼうになっているがそこはソーラーパネルとかなるのも多いのである
山元町の津波の被害は大きかった、海岸沿いの家は流されて山の方に新しい住宅が建った海の方は壊滅状態だった

ともかく山下とか山元町は相馬から連続したものとしてみる、常磐線でいつも通った場所だからである
ただ仙台市まで通勤地帯でもあるが電車で行くと何かやはり街道筋の歴史とかが見えないのである、だから街道筋を浜街道を一回自転車で山下まで行ったことは貴重だった
そこで郷土館がありこの本を手に入れたからである
こうして少しでも歴史を知らないとただ通り過ぎて何も感じないとなってしまうのである
ただ正直近くでも山元町でもわかりにくいのである、いつも山を見ていると低いのであるだからあまり景観的に魅力を感じていなかった
でもそこにも歴史がありそれをふ知れば興味を覚えるのである
それでも地形とかは実際にそこを行き来していないとわかりにくいのである
飯館村とかなると標高が600メートルとかなり高いのである
山元町の山脈は低くいのである、それで魅力が感じられないのである

こうして私の場合は地名から地理とか歴史に興味をもつようになった
その興味は尽きないのである、なぜなら地理だけはその地を自ら踏んで踏査しないと実感できないからである


日本が中国に売られる、 (土地利用規制法に反対した創価公明党の危険)


日本が中国に売られる、

(土地利用規制法に反対した創価公明党の危険)

自民党と連立を組んでいる公明党もまた〔土地利用規制法)の可決に対して足をを
引っ張った

公明党は(反日勢力)だということが今回も露呈した
公明党は与党に食い込んでいる売国政党なのである

なぜか良くわからないのだけど創価というのは中国様様なのである
中国で布教が許されるからだとか言うがそれも簡単にはできないだろう
共産党は宗教を警戒しているしカトリックのキリスト教を弾圧もしている
なぜなら中国の革命は黄巾の乱とか宗教団体から起きてきた歴史的経過があり警戒している
ただ別に創価だけではない、自民党に二階堂氏とか中国派の勢力が多い
それで公明党と二階堂氏が手を組んでGO TO キャンペーンが実施されたと言われる
それは中国派として共同できるからだともなる

創価というのはそもそも政治色の強い団体でありそれが教理からも肯定されている
王仏冥合という王は政治であり仏は法華経のことである
これが合体するという中世的なものを教理にしているからだ
それは完全な政教一致であり憲法に違反している
日本でも天皇制で政教一致になった反省で政教分離の法律ができたからである

ただ日本というのはこれは苦難な時代になる、米ソ冷戦の時は何か日本は傍観者でありかえってアメリカから優遇されていて高度成長時代を築いた
それはソ連のアメリカの防波堤として位置づけられていたからである
共産主義との戦いの中で日本は別に血を流す必要もなく経済的繁栄を求めるだけで良かったのである
でもベトナムなどは中ソ冷戦で多大な犠牲が強いられたのである

自民党でも公明党のようなものと組むと二階堂氏とか中国派とそれに反発する派で分裂する、また創価は衰退の一途をたどっているからもう選挙でも力を発揮できない
百万票でも減ったということは大きい、なぜなら創価公明は選挙にすべてのエネルギーを費やしているからである
二年前からも選挙態勢であり常時選挙態勢でありそうして座談会でも選挙の一票を獲得する場としてある、なぜなら座談会にも出ない人が膨大だからである
それが幽霊会員なのである、ただ会員となっているだけでありあとはなにもしない人たちである
そういうことでも全然気にしない、なぜならなんであれ一票になればいいのである
信心など関係ないからである

本当にあれだけ中国様様になると何なのだろうとなる
それはもしかしたら中国にもう日本が支配されるとなると中国様の配下となり権力の座につくことを目的にしているのだろうか?
今アメリカ様の配下になっているがまもなく中国様の支配下になればそうなる
もともと権力に異常に執着しているからそれを目指しているのだろうか?

日本はこれから日本自体が弱体化してロシアは北方四島など手放さない、そこがアメリカの基地にされたくないからである
また実質アメリカ軍が駐留して守られているのが日本である
でもアメリカが弱体化すると日本がから引き上げるとなったらたちまち日本は中国が侵攻してロシアが北海道にも侵攻するかもしれない、日本が大国の狭間で分断されるという恐怖の時代になる
その時創価公明はいち早く中国にすりより権力を中国の後ろ盾で得る

何か宗教というとき右よりになるが創価公明の場合は違っている
もともと極端に中国よりなのである、だから土地規制法すら強硬に反対していた
創価公明は中国に日本を売ることに抵抗感がない、それは相当に危険なことである
でも不思議なのは鈴木傾城は創価のプロパガンダの佐藤優の本を推奨していたのである
こうして創価公明を批判しているのにそうだった
何か知識人は創価公明を宗教団体でいい人たちのように見ている
個々人をみればそうかもしれないがそれが組織化して団体化して活動するときそうはみれない、組織団体には必ず目的があって成り立っている
それでNHKですら組織団体でありその組織団体には意志があるから中立ではない
単なるメデア、仲介するものではない、そこに在日などがかかわり政治的な意志があって報道もしているのである、右寄りの報道はしないのである

国際関係としては日本はこれから苦しい立場に追い込まれる、それは中国の巨大化なのである、中国の問題は隣国だから大量の中国人が移動して住めるということがある
それはウィグル問題のようにたちまち漢人によって国がのっとられるともなるのだ
そこで思想弾圧もあり宗教も否定される、共産党の支配下でそうさせられる
だからなぜ創価公明でも宗教だとなると除外されるのか?
ともかく日本はこうして中国派と欧米派とかに分断される危機に直面する
ただそういう危機感が平和になれて日本には消失しているのである
でもそういう現実が迫り平和は維持されなくなる、そういう時代になってきている

中国とどういう付き合いをするのか、それが真剣に模索される時代になる

それはアメリカが衰退するということで余計にそうなる、力のバランスが世界で変わってしまうからそうなる
反日勢力というとき在日もそうである、ただ在日と中国の関係となると複雑になる
なぜなら在日でアメリカ国籍の人もいるし駐留しているアメリカ軍と懇意の人もいる
すると中国との関係はどうなるのか?反中国になるのである
それもまた複雑で理解しかねるとなる,反日なことはわかるが反中国にもならないから理解できなくなるのである
つまり在日でも一つではなくなく反日でもアメリカ寄りの人と中国寄りの人もいるとなる国際関係となると複雑化するのである

ただ在日というのはあいまいな白黒はっきりしない存在なのである
ただこういう人達によっても日本は分断される、内部から分断される
そして日本が二分されて争うともなる、自民党にも右派がいるしその人たちは分裂して強硬右派になり袂を分かつようになる
それは中国が迫ってきて軍事的侵攻してくれば必然的にそうなってくる
そこであいまいさは許されなくなるからだ
ただ確かなことはアメリカが衰退して日本の国力が弱体化しているからそうなる可能性が強いのである

posted by 老鶯 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2021年06月16日

原発事故とオリンピックの相似 (巨大利権構造の巨悪が暴かれる)


原発事故とオリンピックの相似

(巨大利権構造の巨悪が暴かれる)

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https://www.youtube.com/watch?v=oroJ0FvwqNE

このオリンピックも巨大利権でありIOCがオリンピック貴族となっていた
莫大な利権がありコーツ代表が来日して接待される
今回のコロナウィルス騒ぎの中でその悪が可視化されて暴露された

なぜ日本がこんなにコロナウィルスで苦しんでいるのに接待するのか

高級ホテルに泊まらせて酒まで提供する

そこで仲間でどんちゅん騒ぎさせるのかとも言われる

なぜかこうしてオリッピックの委員が実は江戸時代の悪代官とか悪徳商人とか悪徳役人としてクローズアップされた
何か平和の祭典とかの美名の元で行われるオリンピックが汚れたものとしてイメージされるようになった

オリンピックとはこんなに汚いものだったのか?

そういうイメージが定着してもう熱狂することもなくなるかもしれない
これも金まみれであり利権オリンピックだったのである
それが国内だけではない、グロ−バル社会の中で行われたものだからまた違っていた
グロ−バル化もまた実際は巨大な悪をうみだしている、わずかの人たちが主にアメリカになるが国内でも数パーセントの人たちが富を独占している超格差社会になっている
ただそれは世界的にその悪は見えない、でもオリンピックのようにあからさまに暴露される時期が来ているのかもしれない、つまり悪は隠し続けることはできない
いつか必ず現れて白日の下にさらされる

ただこれは原発事故ともにていた、これも巨大な利権でありそこにやはり官僚が御用学者がマスコミが地元の利権者がと…群がったからである
そこには海上自衛隊との幹部とかでも天下りしているのである
マスコミというときそれはすべてのマスコミが加担して原発推進になっていたのだ
なぜなら朝日新聞の幹部が東電に中国に招待し接待されている時事故が起きたからであるこの構図はオリンピックでも同じだった
オリンピックはマスコミのテレビ放送の巨大利権となり電通などがもうかる
また放映権でも何百億とかなりその収入はオリンピック貴族に入る
その金は巨額なものとなる、その金によって人は眼がくらむ
それでこの辺の漁業組合とか船主とかは特別事故前も補償金をもらっていて原発御殿が建っていたといわれる、それで今になると地元の人は相当に反発している
また事故後は今度は除染費用に数兆円の金が費やされた
それで清水建設の下請けとなった相双リテックの幹部に数十億の金がまわり山分けされたそして社長は野球好きでありタニマチとなり銀座で豪遊してその金をばらまいたという
これも極端な悪として暴露された

でもマスコミは追求しない、政経東北でも裏表紙で相双リテックの宣伝をしている
なぜそうなっているのか、それはやはりそれでけの原発マネーが宣伝費として回ってゆくから追求しないとなる
また福島民報などは出資者が県が半分でありあと創価の聖教新聞を刷っている
それが大きな収入とてっているから何か悪を追求することなどないのである
原発のことで追求したこともないだろう
また創価でもただ利権にあづかるカルト団体であり潮の雑誌では雑誌では二番目に原発を推進する宣伝をしていたのである
他にも出版物を出しているがそこで大事なことは宣伝を出す会社を探して宣伝費をとることなのである、創価などは宗教などともまた全く関係ない
ただ利権を御利益を日々求めて祈っているだけである

ともかくこの世は何かきれいごとを言う時、その裏に汚いものが隠されている
宗教を看板にしていてもその内実は全く違う、利権を求め金儲けを求めているだけだとなる、それは信長の時代でもそうでありだからこそ信長が僧侶を敵視して大量殺戮までになった、寺というと宗教だから清い場所とみていてもそこも利権の場となり汚れていたのである
なぜこうして人間社会をみるとどこも汚れてしまうのだろうか?
美名の下にも必ず汚れたものがある、そしていつかそれが暴露される
そはは今や日本だけではない、グロ−バル化しているから悪は世界的なものとなり巨悪となる、でもオリンピックのようにいつか暴露される
もうこれだけ汚れたオリッピックなどする必要もない
人の命まで無視して日本などどうなろうと関係ない、金になればいいとなる
日本はそのために犠牲になれとまでなっている
そもそもオリンピック自体もうやめるべきだと思う
何の人類的意義などなくなった、ただ利権者の金儲けの手段にすぎない、0.1秒を早くなったとか競っても馬鹿げているとなる

原発事故は人間のモラルと関係ないようでただ科学技術の問題のように見えてやはりモラルが関係していた、既得権者が濡れ手で粟の暴利を得てそのために地域では住むことすらできなくなった、地元の責任もあったが地元では住めなくなるとういう責任をとらされたでも誰一人東電でも天下りとかした既得権者も責任をとっていないのである
オリンピックも今回のコロナウィルス騒ぎでその巨悪が可視化された
まるで時代劇のお偉い方が人を殺して犠牲にして芸者を読んでどんちゃん騒ぎしている
それは極端な悪としてドラマでは見せる、だから悪がわかりやすい
でも現実は巨悪は隠されるのである、ただ今回はまさに日本がコロナウィルスで苦しんでいる時、オリッピック貴族がそうしているから悪が極端なものとしてクローズアップされたのである

このyoutubeではかえってマスコミよりわかりやすく説明している
こういうことをマスコミでは報道しない、なぜなのか?
それは既得権者でありマスコミでも利権化して金になればいいしかないからである
また報道するのに新聞なら一軒一軒配るとか膨大な金がかかるためである
不思議なのはyoutubeで報道すれば一個人でもできてしまうのである
だから新聞は読むなとかテレビは見るなというときマスコミでは真実が報道されないからである、何かきれいごとだけ報道される、それが今一個人でも報道できるとなりインタ−ネットで情報環境が変わった
そこに真実が報道されているのだ、ただこれだけ報道量が増えるともうマスコミの報道を見ないともなる、取捨選択される一つとしかマスコミでもなる
つまりyoutubeの一チャンネルとなってしまう恐怖である
国民全員がマスコミのテレビに注視する時代は終わったとなる
私は地元の人に嫌がられても真実を報道している、その悪の面でも報道している
そんなことができるのは結局金がかからないからである、手間はかかっても報道することが無料だからできているのである




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2021年06月15日

なぜ人は家で死にたいのか? (人は最後に自分のしたことを語り自慢したい―老人の幸せとは)


なぜ人は家で死にたいのか?

(人は最後に自分のしたことを語り自慢したい―老人の幸せとは)

糖尿病で知っている人が半年とか入院していた、いったん退院してまた入院した
何か症状が悪い、栄養も点滴でとっている、でも家に帰りたい、退院したいと言っているでも病院に一旦入ると医者の許可でできないと退院できない
でも一応その人は自分のことは自分でできる、寝たきりにはなっていない
だから家で一応食事の用意でもできる

ともかく病院にいるのが嫌になったというのは分る、自分自身も二カ所の病院に入院した体験がある、一か月入院したときはあきあきした、また病院で看護師に虐待されたこともあったので病院を恐怖するようになった
虐待されたのは南相馬市立病院ではない、病院とは実際は怖い場所である
隣の福祉施設に入っていた男性も痰がつまり何か虐待されていた
それを見て看護師とかわらって治療していたからである、その人には身寄りがなく施設の人がつきそっていた、そういうふうに見守る人がいないと病院はさらに恐怖の場所になる

別にその人は娘もいるしめんどうみている、でも娘でも何か話しが通じないとか言っている、それで親しい日ごろ世話している女性に携帯でいつも連絡している
その女性は話しがうまいのである、何かお笑い芸人の素質がある
「家が泣いているよ」とう言うのもそうである
それで主人がいなくなった家の草むしりとか花に水をやったりいろいろ連絡している
そういう人がいれば空家にしても安心だとなる
その女性の家はすぐ近くだからそれができる
娘は隣の15キロくらい離れた場所にある、でも退院してから通って食事の用意とかしてくれていた                                  

ともかくなぜ人間は家で死にたいとか思うのか?

それは家というのは単なるモノではないのである、そこで暮らし思い出があり家族と安らぐ場所として長くあった、とくにその人が家を建てた苦労話を聞いた
立派な石組の庭と家を自力で作った
そのためにトラック運転手をして歩合制で人の倍の荷物を運び稼いだ
その話を聞いたときその家を自慢したいのがわかる
それは自分の家でもそうである、姉は常に自分の家を自慢していた
なぜなら姉が主役となって家を建てたからである、それは認知症になってもそうだった
柱は橲原(じさばら)の同級生のキコリに提供してもらったとか自慢していた

その時代普請することは一大事業だった、すべて材料も地元のものであり地元の大工さんが建てた、今の建売のハウス会社が作り売るのとは違っていた
二週間くらいで組み立てるのとは違って三カ月とか半年とかかかることもある
こういうこともあり家を買う感覚とはかなり違っていた
そういうことは田舎では普通にあり普請することは一大事業ともなっていたのである
茅葺の家などでももうそれは村人全員がかかわる仕事にもなっていた
屋根ふきでも大変な作業だったからである、そこで家の重みが今とは相当違っていたのである

天皇の御製歌(おほみうた)一首

あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室(やど)は座(ま)せども飽かぬかも

右は、聞かく「左大臣長屋王(ながやのおほきみ)の佐保の宅(いへ)に御在(いでま)せる肆宴(とよのあかり)の御製(おほみうた)なり」といへり。

まさにこれなのである、これが外材ではない地元の奈良の山の木で作ったものである
たいがいそうして家は作られていた、そこに座(ま)すということにそれで充実感を覚えていたのである
家というのはその土地とも一体化したものなのである、家は単なる箱ものではない、
人間にとってそれは精神的なものとしての拠り所ともなる

病院とか医者とか看護師は体は診ても心はみない、そこに老人を診る問題がある
若い人なら体をみるだけでもいいとなる、なぜなら体が回復すれば元の生活にもどるからである
でも老人の病気は治らずに死にいたる、そうなると体だけではない、心を診るものとしてもあるべきだとなる、心の問題が大事だとなる
最後の短い日でも自分の家にいてその苦労して作った自慢の石の庭を見て死にたいともなる
つまり老人は自分のしてきたことを自慢したい、それを子供に次の世代に残して自慢したいとなる
だから盛んに最後に自分のしたことを認めてもらいたいと何回も言うのである
姉の場合は従軍看護婦だったからそのことを千回も言って死んだ
認知症になっても別に過去のことはわかっている、俺はこういうことをしたと自慢して機嫌良くなっていたのである
それが病院にいしても何も自慢することもない、ただ体を診る医者や看護師がいるだけだとなる、何か自慢することもないのである

家とはこうして単なるモノではいなし箱ものでもないのである
その人の妻は十年前に死んだとかでもその人はその妻のことを愛していたから手厚く供養していた、その家はそうして妻と暮らした思い出がつまった場所なのである
ただ今は近くのやはり70とかの女性が行き来するようになった

老人にとって幸せは何か?

そのことを考えさせられた、

蓮台野は、外界、幻想郷、冥界の三点が結節する場所、なのかもしれない

「病院や施設に入るのを嫌がる老人の話」をよく聞きました。歳をとって体の具合が悪くなってきた老人を家族が病院や施設に入れようとすると物凄く嫌がるケースが多かったそうです。それはその当時の老人が生まれた明治時代の初めころにはまだ老人を捨てる習慣があったというのを知っているから自分が捨てられると思って必死に抵抗するのです。幕末から明治にかけて日本に来た外国人が当時の日本人の間で行われた老人を捨てる習慣について書かれた文章も残っているし、そういう習慣があったことは間違い無いと思います
今は口減しではなくなったが、面倒見切れない老人を施設に送るという姥捨山はあるよ。
自宅介護って大変だし家族の生活も制限されたり、仕方ない理由からが多いとは思うけど。
施設も無かった時代に姥捨の習慣が有っても驚かない。

怖い所に行くのではない、仲間たちが待っている所に行くのだ

でんでら国」という小説ではこれを探求している、それは村の共同体があって成立った物語である

食いぶちを減らすためとかあってもそれはもしかしたら病院とか施設とかよりいい場所だったということもありうる、なぜならそこには村の仲間がいたとなるからだ
今になると仲間というのがいなくなっている、だからその仲間の所に行くのだというとき何か救いがある、病院とか施設には仲間はいないからである
医者も看護師もただ体をみる人であり仲間ではないからだ
病院は刑務所と同じだというときまさにそうである、それを自分も体験したからである
何か四六時中医者とか看護師とに見張られている、安らぐ場所ではない
そして死ぬときモノのように片づけられる場所である
そこに愛か欠けている、情のない冷たい場所なのである
死者は邪魔なのものとしてモノのようにかたづけられるのである
病院で番号で呼ばれて怒った議員もいた、つまり病院では議員でも番号にすぎなくなるのである

老人の幸せを考える時、体をみるということもあるが心の問題がありそっちの方が大事にもなる、なぜなら老人の体は直らないからである、だから最後の時期は心の方を大事にする、家ですごしたい、死にたいというときそれは体の問題ではない
心の問題だからである、だからその心をくみとって家で過ごさせてやる
その方だ大事になる、ただ家で寝たきりとかなると介護するのが重荷になる
蓮台野とかデンデラノでは同じ村の者であり助け合ったということがある
それは村という共同体があってできたことなのである

結局人間はどういうふうに死ぬのかが問題になるけど人間はそれより実際はどういうふうに生きたのか大事である、なぜなら出鱈目に生きても死ぬのは簡単に楽に死んだ人もいるからだ、人間を評価するときどんな死に方をしたかではなく何をしたのか、どういうふうに生きたのかの方が大事なのである
人間を評価するときどんな死に方をしたよりその人がどういうふうに生きたかで判断されるからだ
だからこそその生きた場所が家にあるから家に帰りたいとなるのである
そこでその家を作ったとして自慢できるからである
ただ自分の場合は作られた家を受け継ぐだけだから苦労もない、でも一代で家を作った人は思いが違っているのだ
そういうことは原発の避難区域になったところである
浪江の津島辺りでは戦後開墾して苦労したから村の人たちのつながりが強いというときそれだけ苦労したからそうなる、家を作ったことでもそうであるそういう思い入れがあるからその土地から家からはなれがたくなる
金をもらってもそういう精神的なものの償いはもうできないということである

2021年06月14日

グロ−バル化を交通の歴史からふりかえる (輸送量高くなり物価もあがる、グロ−バル化は終わる)


グロ−バル化を交通の歴史からふりかえる

(輸送量高くなり物価もあがる、グロ−バル化は終わる)

ブルームバーグ): 世界的な海上貨物輸送費の高騰は思いの外、人々が毎朝飲むコーヒーや子供のために購入を考えている玩具など幅広い日用品価格に早く反映される可能性がある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/b52d278a03963f34130203a2c32d276a13cff312

グローバル経済を批判して来た、それがウッドショックで外材が入らずに国内の木材が高騰している、また輸送量がコンテナ不足とかから高くなり日用品で高くなる
輸送量が物の値段に入ると高くなる、ただそれが意識されないのである

この辺の農家で梨農家がいる、その梨をリヤカーで相馬市まで運んでいたという
15キロくらいある、するとその労力は大変なものになる
でも相馬市は人口が多いのだから売れるとなる
経済は内輪で回っていたのが普通でしる、私の家で店をしていたときも近くの農家から野菜とか仕入していた、それも姉が自転車で運んでいたのである
その自転車でも昔だからいい自転車ではなかった、つまりその時車もないのだから近間で物を回すほかなかったのでしる

それで例えばテレビがない時代にニュ―スを見ていたのは映画館だったのである
必ずドラマを見る前にニュースを見ていたからである
そのフィルムは蒸気機関車で運ばれてきたのである
情報すらそうしてフィルムを運んで手間かけてみせられていたのである
テレビがない時代に映像を動画を見ることは特別なことだったのである

1時間半ものの映画だとフィルムが5巻必要だったから、大体1巻が15分くらいかな。1970年代前半までは、1時間半の映画にフィルムが9巻必要だったんだよ。1巻あたりが10分たらず。10巻だったとすると、9回フィルムを切り返さなくちゃいけなかった
https://liginc.co.jp/277492

裏方で大変な作業をしていたのである、第一これだけ重いのだから運ぶこと自体が大変だった、つまり情報は物として運んでいたとなるのだ
その頃駅中心の街だったというのはどこも同じである、物流の拠点が駅になっていたからである

明治三七年に入ってから、これまでの馬車鉄道にかわって登場した市街電車が大量輸送を可能にしたことは、〔浅草〕六区興行街の転身をうながす引金のひとつになった。東京電車鉄道が敷設した浅草橋―雷門、上野広小路―雷門間の路線は、赤毛布の盛り場から市民の娯楽センターへと、浅草の性格を変貌させる。旧市街に居住する市民が夜になってからも、気軽に浅草を訪ねることができる条件がつくりだされたのである。
http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/CMN6/fujioka.html

東京だと電車鉄道ができて浅草の歓楽街が発達したとなる、車もない時代は電車が交通になり足になったのである

人間社会は交通と密接に関係している、すべての道がローマに通じるというときもそうである、道というインフラがローマ帝国を作ったのである
シルクロードとかもそうである、絹を運ぶ道が中国を栄えさせた
そして海が道となったのが大航海時代でありそれがグロ−バル化の先駆けとなった
ただその時はヨ−ロッパ中心のグロ−バル化だったのである
船によって海を道とすることによってグロ−バル化がありえたのである
それでアジアは植民地化されてきたのである

次は明治時代は鉄道によって築かれた時代ともなった、鉄道が全国に通じたときそこに関所はない、どこにでも自由に日本中を行けたということが大きな変化だったのである
だから鉄道で全国の見知らぬ人と乗合すということは不思議な経験だったのである
藩内で生活していた人たちが気軽に関所がないのだから遠くに行けるようになったからである、でも実際は荷物をのせるのが主役であり乗客は脇役だった
もともと北海道とかなると鉄道ができたのは石炭を運ぶために作られたのである
石炭は今の石油と同じだったのである、それで高校でもコークスというストーブを使っていたのである
常磐炭鉱があるように常磐線でも石炭を東京に運ぶものとして作られたのである

そして原町紡績には原町駅から機関区となっていた駅から引き込み線があった
そこから生糸が横浜へと運ばれてアメリカなどに輸出されたのである
そうなっていたのは輸送は鉄道が主役でありあらゆるものが鉄道で運ばれていたからである
そして駅から網の目のように森林鉄道が発達していた、だから高瀬川のところにもトンネルを掘った森林鉄道が走っていた、そして葛尾村の方まで通じていたのである
木材とか石材を運ぶものとしてそうなっていた
だからその時意外と地方の村はかえってにぎわっていたのである
ただこの時代からやはり東京中心の経済が加速されていたとはなる
東京に運ぶためにこうした交通網ができたとなるからだ
そういう因縁はフクシマの原発に受け継がれていた、東京に電気を送るために作られたからである、東京はやはりそれだけ大きな都会となって人口が密集したからである
私の姉は看護婦免許をとるために東京の新宿で試験を受けたとかある
つまり地方ではそういう資格をとる試験を受ける場所もなかったとなる

ともかくこうして歴史を振りえると運ぶことの発達が世界を変えたのである
それがもうここにきて頂点に達した感がある
何か運ぶとういことがもう限界にきた、それがかえってマイナスに働くようにもなった
世界中の人々がモノでもヒトでも何でも運ばれて交流することはいいことだとされた
でもそこにも負の面が大きくなったのである
からたここにきて世界全体でも限界現象が起きてきた、そこにコロナウィルスが世界中に伝染した、それも交通が発達しすぎたから人々が飛行機などによって同時間で接触するからたちまち世界中に広がった
つまりグロ−バル化が負の面をもたらすことに気づいたのがコロナウィルスだったのである

グロ−バル化の負の面が目立つようになった、世界市場とかいうのも実際はもう機能していない、マネーゲームとか金融資本主義とかなりそうした中で株取引でもギャンブル化したりまともに機能していない、というのはグロ−バル化になるともう誰もその実体経済を知りうる人はありえないということである、あまりにも巨大すぎるからである
だから天変地異のように恐慌とかが襲って世界中が混乱する
要するにあまりに巨大なるが故に機能不全に陥る、だから株などは機関投資家のプロでもわからないというのはそのためである、必ずしももうけていないからである
それはとてもグロ−バル経済など知りうる人は一人もいないとなるからだ
もう人間で作りだしたものが操作不可能になったのである

だからもう人間の手では制御できずに自壊するともなる、そういう時期にきている
いろいろい経済について専門家が言っても誰もわからない、株になるとそこは博打場にもなっている、そんな経済が成り立つのかとなる
経世済民が経済の語源だとして民を救うなどありえないのである
だからコロナウィルスで窮地に追いやれても株が上がってもうけ笑っている人がいる
また数パーセントの人がアメリカの富の半分を得ているとかもう経済は破綻しているのである、そうなると誰も真面目に働こうとしなくなる
数パーセントの濡れ手で粟で金融でもうけているとかなんとかになり真面目にこつこつ働くことが馬鹿らしくなるのである

だからどうしても新しいシステムが世界で必要になっている、その大きな変わり目に来ている、この世界的システムが機能しなくなり自壊しつつある
次なる世界システムを作らなければならない大きな変わり目にきている
その時世界的大きな激変が起きて大きな痛みをこうむる
だから何をしようとしても財産でも守れないかもしれない、戦後の焼け野原のような極端なことが起きるかもしれない、その時私の母は東京で前の夫が事故で死んで補償金をもらった、それで一生楽に暮らせると言われた
でも預金封鎖になり故郷に買ったわずかの土地しか残らなかったのである
紙幣は本当に紙くずになったのである
それと同じことが起きるかもしれないというときそれは世界的な大変化の時代になるからだとなる、だから個々人で財産を守ることはむずかしいとなる
全体が世界が国家が変わる時それに個々人では対応できないとなるからだ

ともかく家にいながらにしてアマゾンとかで何でも買えるとか家にいて情報でも何でも手に入る時代である
そして個人でも放送局となっている時代である、テレビ局にさえなっている
出版社にもなっている、そこで仲介するメデアが必要なくなる
第一プログのようなものでも意外と写真でも表現できるから表現力があると思った
つまり個々人がメデアをもった時代になったのである
これは大きな変化である、コロナウィルスで巣籠り生活になってさらに促進された
家にいながらにして仕事でもなんでもできる時代になったのである
だから別に田舎にいても情報弱者とかにならない、ボタン一つ押せばアマゾンから次の日には配達されている

それで早いなと感心する、この変化が大きいものだった、それは歴史をふりかえればわかる、情報伝達するにしてもどれだけ大変なものだったか?
それがボタンを押すだけでできるとなった時代である
私は車をもっていない、すると8キロしか離れていない原町より東京からアマゾンで配達されるものが安く早いのである、これも奇妙なのである
するとアマゾンが普及すると媒介する仲介する店はいらなくなるとなってしまう
だからなんらか店でも時代に即したものとして変化を要求されている
それは銀行でもそうだしあらゆる面でそうなったのである

戸を出でずして天下を知り、窓まどより窺(うかが)わずして天道を見る。その出ずること弥(いよ)いよ遠ければ、その知ること弥いよ少なし。是を以て聖人は行かずして知り見ずして名(あき)らかに、為さずして成る。(老子)

これは今の時代を予言していたのだろうか? 巣籠り生活を予測していたのか
家にいながられにしても情報を得られるからだし家の中で何でもできてしまうとなるからだ
ただ世界は実際にその地を踏んだりしないと理解できない、ただこれはグロ−バル化の批判なのである、何かこれも逆説を語っている

その出ずること弥(いよ)いよ遠ければ、その知ること弥いよ少なし

意外と人間は灯台下暮らしであり近間をかえって知らないのである、狭い範囲でもそこに世界があるともなる、世界の問題がつめこまれているともなる
それは人間だから共通のものが世界中にも適応されるともなるからだ

posted by 老鶯 at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

2021年06月13日

車がない人は通販が便利‐メデア(仲介)はいらなくなる (鹿島から原町でも送料がとられたから)


車がない人は通販が便利‐メデア(仲介)はいらなくなる

(鹿島から原町でも送料がとられたから)


なぜ買い物がアマゾンとか通販に向くようになったのか
それは自分の場合は車がないということである
車で買い物に行けない、するとアマゾンでも通販がいいとなる
量販店から近いのに運んでもらうのに3000円とかかかるからだ
それなら通販の方がいいとなってしまう
ただ車がある人は運べるからいいのである

ただ問題は設定とか何か不具合とかでうまくいかないときがある
キャノンの印刷機を設定するのに苦労したからである
何かわからなくなったけどなんとか設定できた
前にもこういうことがあった、いろいろやってみて設定できた
何かパソコンは説明書を読んでもわからないのである
いろいろ操作してなんかわからないけどできたとなる
これが設定ができないと使いないとなるから困る、それが不安なのである

でも今仲介する電器店の役目は何なのか?

それはこうして操作できないとかソフトがインストールできないとかそういう使い方がわからなくなるとき聞きたいとなる
でも今やメーカーでも直接教えるからそれも必要がないとなる
それでどうしてもメデアというのが仲介するものが必要なくなる
メデアというとき新聞でもテレビでも出版社でも銀行でも何か仲介するものであり
それだインタ−ネットだとじかに読者や視聴者に向かって伝えるとなると
メデアは必要ないとなる、youtubeとか個人でもテレビ局になるときがそうである
インタ−ネットは作者が直接伝える、何かを新聞でもテレビでもない、出版社でもない
仲介するものはインタ−ネットのグーグルだとかなってしまった
ただ依然としてグーグルとかが仲介の役目をしている
だからトランプ大統領の発言を禁じることができたのである

とにかくパソコンは設定するとか使い方がめんどうなのである
確かにプログなとは簡単である、これなどはコンテンツを作ることに時間をかければいいのである、放送する内容が問題になるからだ
操作する手間がかかったらとてもできないとなる
ただ自分の場合、ワードプレプログをしようとしているがなかなかできない
何か年になると新しいものができなくなる、結構手間になるからだ
ワードプレスはいいようで安全が確保されていないようだ
それも困るのである

車をもっていない自分でも車で配達してくれる人がいる、アマゾンで配達している人は
ずっと同じ人がしている、おそらくこの辺一体の配達を担当している
また別な配達の人も来る、だから配達の仕事は増えたのである
もうその配達する人が定住もできるとなる
それだけ配達する量が多いから定住しても生活できるとなる

ただ通販でも弱点はある、量販店で実際に商品を手にとってみると大きさとか重さがわかる、カメラだとこれが大事だとわかった
どれだけの大きさなのか重さなのかが問題なのである
それはインタ−ネットの画面からはわからないのである
だから中国製のカメラが手に取ってみて軽いというこがわかり軽いものも必要だと実感した
というのは私は車がないから自転車にのせるとがさばる、それも荷台もない自転車だから困っていた、それで重さとか大きさとか持ち具合とかが大事なことを知ったのである

自分は車がないけど通販だと車の恩恵を受けているのである
車がなくても通販なら何でも安く買えるとなる、でも通販が全部いいとはならない
どうしても買ってみて合わないとかがあり失敗がある
パソコン関係だと設定ができないとかある

キャノンのG6030はいいものだった、これも量販店では注文してもかなり遅くなるとか言っていたがアマゾンで注文した二日後に配達されたのである
本当に早いとなる、8キロくらいしか離れていない隣の街の店屋の方が配達が遅くなるというのも変なのである、そして配達料がとられるのも損だとなってしまう
だから買い物でも仲介するものはみんな苦しくなってくる
ただそれでも現物を見たり触ったり持ったり着たりしないと商品のことがわからないということがある、これは通販ではできない、だからまだまだ実店舗は必要だともなる

でもメデアは仲介するものはこれだけ通販が便利になるとやがて消失してゆく
ただ別な仕事が生まれる、操作とか設定とかがわからないとういことがあるからだ
それを教えてもらいたいとしても量販店では教えないのである
結局そうしたことは自分自身でやる他ないのである
私はなんとか自分でやるほかないのでやってきたのである

2021年06月12日

夏の日、立葵、(幅広き街の道)


夏の日、立葵、(幅広き街の道)

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立葵は明るい陽射しにあう、梅雨の時期に合わない花である

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声高に鳥のさえづり幅広き道に映えにき立葵かな

我が歩む常なる道に山鳩の葉群れの陰にとまり見ゆかな

雨ともし溜池ありて流れ来る水の音聴く田の畔歩む

赤々と夏の夕陽の没りゆくに声の限りに雲雀鳴くかも

我が庭に二色の花藍色に紫の花色深め咲く


この頃暑い、それで熱中症気味になる、老人は汗がでない、自分は特に出ない、すると熱中症になりやすくなった、この熱中症は甘くみれない、一二回痙攣起こしたからである
それで死ぬということもありうる
それでアマゾンで熱中症を警告する機械を注文した
知っている人は汗かいて嫌だと言うけど汗をかくのは体温調節するから健康なのである
ただその女性は腰が悪いと常に言っている

いつもの土手の道を歩くそこの木に山鳩がとまっていた
それを写真にとった、カメラは軽いのと重いのとでは相当違った感覚になると思った
重いととっさの場面をとりにくいのである
だからこの一万の中国製のカメラは優れている、でも大きいし持ち運びにいいとはならない,ズームも弱いからだ
ただこれだけ大きくても軽いということはカメラとして優れていると知った
何か一眼レフは重いからだ

六号線に出る幅広い道はめずらしい、どうしても日本の道路は狭くなる、アメリカとか中国だととちが広いから広い空間を活かせる、それで啄木の歌があるのは札幌だとなる

幅広き街の 秋の夜の 玉蜀黍の焼くるにほひよ

北海道は日本では平原のような所があり大陸的だからである、それで梅雨の時期はいつも行っていたからぜいたくだった、梅雨も嫌だし暑さも嫌である
ただここでは海からの風は吹いて涼しい、ただ右田浜の松原がなくなったことは残念である、あそこでいつも休んでいたからである

何の鳥か一羽しきりさえづっていた、街の中に鳥が来て鳴くということは回りに自然があるということである、でも店とかはほとんどないのである
あそこはツルハのための道路だともなる

今年は雨が何かこの辺でともしい、ぱらぱらとしか降らない、それで田も一部乾いているとも見る、でも溜池がありそこから水が流れて来る、その音を聞いて安心はする
いくら雨が降らなくても水は山の奥で流れている、水をためる機能がある
だから丸森のようにソーラーパネルで山全体をおおったのは危険ともみる
木がないから水をためられないし大雨で土砂崩れもおきやすいとみるからだ

夕陽が赤々と映えて沈んでゆく、何かそれはもう人生の終わりに輝く太陽ともみる
その時雲雀がしきりになく、つまり人生の最期に声の限りに歌うのである
それで今私はそうして旅したとかを回想して作品をまとめているのである

庭にまた一つ花を植えた、この花はなかなかいい、色合いがいいのである
庭作りはやはり老後の楽しみにはいい、生け花などもいい、巣ごもり生活にもいい
ただ花が高いのと庭が広くないとそれなりに楽しめないとはなる

裕がない人は人を助けることができない (余裕なき現代はみんな疲れ、人を思う余裕すらない)


余裕がない人は人を助けることができない

(余裕なき現代はみんな疲れ、人を思う余裕すらない)


人間は何か余裕がないと他人に対して親切になれないし助けることもできない
余裕はだから意外と大事なのである

●時間

●空間

●金(経済)

●健康問題

これらでも余裕がないと人間は自分のことが精一杯で他人のことを思うことすらできない
時間ないんだよ、ここは狭くて窮屈だ、金がないんだ、金が欲しいんだ
俺は病気なんだよ、他人のことを思うより自分の病気のことで精一杯だよ

こうなっているとどうしても余裕が生まれないからギスギスしているし他者に親切になれない

なぜその人は病気だけど仕事している、それでわずかの金でも後から払うとか貸してくれという、でもそれには応じない、そういうお願いする人はいつも金がないのである
だから相手が病気でもそのことを思わない、それより自分の金がないことで苦しめているのがその人だともなってしまうからである
その女性は米を買うにして自転車を直すにしてもそうして金で苦労している
そういう人は相手を思う余裕がないのである

ところが金でも余裕ある人間は病気なのに良く仕事しているなとか同情する
それで多少金がかかってもいいやとなる、奇妙なのはその金のない人に金を与える
その金は病気でも仕事している人に回ってゆく
なぜそうなるのかというと金に余裕があるからそうなるのである
相手が病人でも金のない人は同情しないともなる、なぜなら余裕がないからである
だから意外と余裕がないと相手を思ったり同情したりできないのである

それで自分が病気になり親の介護になったとき来た人は事業に失敗したり金がなくて苦しんている人だった、また原発事故で避難して来た人もいた
こういう人達そもそも余裕がないから人を助けることなどできないのである
大きな負担を背負っているのだからとても他人のことを思うことすらできない
なんとかしてくれとなっている人が他人が苦しんでいることも見えないのである

だから余裕がなければ愛とかいたわりとか同情とかもできない、それより自分をなんとかしてくれとなっているからだ
金に余裕がない人は金を与えることはできない、また苦しんでいる人は自分のことで精一杯だから他人のことに気がまわらないのである

だから助けてもらいたいというとき余裕のない人が来たり余裕のない人の所に行っても無駄だとなる
現代人は何か昔から比べればいい暮らしをしていても余裕がない、心の余裕がもてない
それが何か世の中をギスギスしたものにしている、まず時間の余裕がない人も多い
日本だと国土が狭いから空間的余裕がない、そして時は金なりと資本主義社会で時間に追われる、常に人は何かに追われている、一番は金に追われている
それば贅沢して金に追われている人も多い、借金しても家建てたり高い車を買ったりと金がないのにそうしている人も多い、するとその人たちは金に追われるのである
だから余裕がなくなる

こうしてこの世で余裕がない人がまわりで多くなると実際は住みにくい社会になる
現実になっている
ただ不思議なのは別に金がなくても余裕ある人はいた、そういう人はでも特別の人であり悟りを開いたような人とかなり例外だとなる
今は特に金がないと余裕がもていない、それだけなんでも金のかかる社会だからである
金を払わなければ水も得られない、もし井戸水だったら井戸水が枯れなければ水は得られるとなるからだ、現代は金がないと水道が止められるのである
そもそも昔はその日暮らしの人が多かった、江戸時代は宵越しの銭は持たないとなっていた、その日のうちに金は全部使ってしまうということである
そうなったのはそんなに金を貯えることができなかったからである
日銭暮らしが多かったのである、その日その日を暮らすのが精一杯だったのである
そうなると余裕がないとなるがそうでもなかったとなるのが不思議だとなる
今は一億円たくわえても安心とかにもならない、それはなぜだろうともなる

金でも贅沢しようとすると今は限りない、するといくらあっても金に余裕がない!

こうもなっているためだともなる、いい家が欲しい、車が欲しい、いいものを食べたい、・・・・きりなく欲しいというものがありそれで金に追われるともなる
ただ貧乏になるとその日の金に追われる、何か贅沢するのではない、その日の食べるものを得るために追われるとなる
貧乏暇なしにもなる、だから忙しく金に追われるというとき必ずしも本来はそうしなくてもいいのにしているから時間の余裕もないとなる、現代人は昔に比べると豊かな暮らしているが忙しいし余裕がなのである

私の母はまず一緒に遊んだこともない、暇なし働いていた、それは若い時からそうであるだから何か暇で余裕ある姿を見ていない、店もしていたから食事中でも立ったりしていたそれが嫌だった、でもしかたないということはあったし責められないことはあった
そうして一生働き詰めで終わった、そして花などいらないと自分を怒っていたのである
それはそういう事情があるにしろいい人生だとは思えないである
それはそういうふうに強いられた結果であり母だけの責任ではないにしろ何か全く余裕のない人生も嫌だとなるしそういう人といるのも嫌だともなる

その正反対として余裕のある人生を送れたのが自分だった、何か高校とかまでは勉強でも強いられて嫌いになった、でも大学は時間に追われることがなかった良かった
ただそのために大学が遊びの場になり勉強しなかったことを後悔している
自分の場合は母と反対に余裕がありすぎた人生だったのである、それも問題だとはなった私は旅するかただ家でじっとして黙想しているだけだったからである

だからそういう環境にあったことが奇妙であり不思議だったとなる
それでやはり引き籠もりとなり異常化した人間になっていたのである
ただそうして黙想していることで自然と山とか木とか石と一体化した詩を書いたりしていたのである
自然は山でも木でも石でも沈黙している、すると人間も沈黙しないと一体化できないのである、だから自分は禅宗に座禅して沈黙の業をしている僧と似ていたのである
でもこういう生活は本当に別に寺で修行僧になっていれば異常でもないが日常の社会生活では異常になるのである

ともかくそういうにしていることは余裕がないとできない、なぜなら必ず金を稼げと強いられるからである、そんなことして何になる、一銭の金にもならないとなるからだ
なぜ引きこもりとか多いのかというと親がいて一応食べていけるからそうしている
ということは親でも金に余裕があるから養えるとなっている
もし余裕がない時代だったらそんなことありえないからである
ともかく人間にとって余裕は意外と大事である、そもそも余裕があるから学問でも芸術でも生まれた、暇とはスコーレでありスクールになっているからだ
学校とは暇があって生まれた場だったのである、でも今は学校は全くそうしたものとは違う、受験に追われ膨大な知識に追われる全く余裕のない場なのである

でも余裕なくさせているのは社会がそうさせている、それが何か無駄なものののためにそうさせられる、強いられる、それで団塊の世代の猛烈企業戦士に全員がなったよりそこからはずれて別なことを余裕もって追求する人もいていいと今になると思う
それが自分自身だったのである、ただそのために親の介護とかで四苦八苦した
ただ全員が企業戦士となって猛烈に働くだけの人生は良かったのかとなるとそうでもない何か今になると仕事は遊びだとか好きなことをしろとか価値観が変わってしまったのである、だから猛烈な企業戦士とかは嫌われる時代にもなった

これも奇妙だと思う、それでおそらく団塊の世代は確かに遊び上手の世代ともされた
いろいろ趣味をもっている世代である、でも一方で猛烈企業戦士として会社員として働いた人も多い、とにかく時代によって価値観が変わってくる
それは戦争が終わった時、日本はまるで違った世界に価値観に生きることにてったからだそして戦争から70年過ぎた時、また価値観が大きく変わる
金だけに追われて忙しく生活するのが嫌だという人もでてくる、それは少数でもやはり前よりそういう傾向が大きくなっている、すると時代の価値観が変わった見るのである

2021年06月11日

脳卒中,糖尿病、ガン や介護で苦しむ人 (その負担は大きくみんなが苦しむ高齢化社会)


脳卒中,糖尿病、ガン や介護で苦しむ人 

(その負担は大きくみんなが苦しむ高齢化社会)


年齢階級別自殺者数は、「60歳代」が4,325人で最も多くなっています。次に「40歳代」が4,234人、「50歳代」が4,181人、「70歳代」が3,508人、「80歳代」が2,457人。中高年齢層(40歳代〜50歳代)と高年齢層(60歳代〜80歳代)で二分しているのが現状です。

自殺の原因・動機に限定すると、約7割が健康問題。国立精神・神経センター精神保健研究所の資料によると、高齢自殺者の90%以上がなんらかの身体的不調を訴え、約85%が入通院による治療を受けていたと言われています。

高齢者虐待の問題は見て見ぬ振り?「地域包括ケアシステム」の大義名分で在宅介護が増えれば、虐待も増えかねない!?  

虐待者の約6割が息子or夫。特に男性にとって、介護は大きなストレスに!?


私の家族も死にたいといい本当に死ぬところだったが危機一髪でまねがれた
それだけ病気の問題は老人の大きな問題なのである、病院で虐待されたからこれも経験ずみである
これだけ老人とか病人増えればもう世話する人も嫌になる、老人嫌いになるのもわかる
老人と病人に使われる社会、時代となってしまうからである
これが高齢社会の最大の暗黒なのである、自殺したくなる気持ちもわかるとなる

糖尿病の人が半年も入院していた、最近また入院した、薬代に10万かかるとか聞いた
それは保険がきかない特殊な薬だからである
糖尿病は結構金がかかる病気である、百万くらいまたかかるとかも聞いた
糖尿病も日本では5倍とか増大した、食習慣が変わって欧米型になったからだとされる
太る人が多いからである、ただやせた人もなるから一概に言えない
まず半年も入院していたらうんざりする、私は一か月入院してもう限界だったからだ
ただ糖尿病とかでもなかなか経験しない病気は理解しにくい
そもそもあらゆることで他人のことは理解しにくいのである
職業が違うと理解しにくい、住んでいる場所が違うと理解しにくい、男女になると根本的に理解しにくいとかなる

ただ病気の場合は家族が病気になるとその病気を治してやりたいとかで詳しくなる
それは家族の一人が認知症になったことでその病気に自分が詳しくなったことでもわかるこれは介護してみないとわかりにくいのである、何か医者すらわからないものだった
そのために四苦八苦したが病気について理解が深まった

とにかく病気になっている人が身近でも多い、脳卒中、ガン、糖尿病が目立つ病気であるあと心臓病になっている人もいる、肝臓が悪くて死んだ人もいる
それが不思議に78歳の歳で4人死んだ、狭い範囲でそうだったのである
だから78歳になると急激に老いるというのもわかる
この年は鬼門なのである

現代では脳卒中でも糖尿病でもガンでも簡単に死なないということはある
でも実際は隣の女性は何か急に死んだ感じになる、その人はガンだった、もう一人の人はガンでも依然として仕事をしている、だからガンでも簡単に死ぬ人と死なない人がいる
最近やはり78歳で死んだ人は病名はわからないが一か月前くらいまでスーパーとかで見かけたがみかけなくなって一か月もしないで死んでいたのである
だから簡単に死ぬ人は死ぬ、死なない人はなかなか死なない

高齢化社会の暗黒面はやはり病気になる人がどうしても多くなることである
その負担が大きいのである、治療費でもかかる、介護になるとさらに金だけではない人の労力がかかり金だけでみれないことがある、それで自分は四苦八苦して苦しんだ
遂に近くで認知症になった母親を殺した事件があった
それはオムツをとりかえることで暴れたから殺したとしている、だからそれも同情する
もう限界になっていたのである
また施設に入れたとしてもその後金を要求されている、その人は収入が少ないのに仕送りしているのである、これも負担だと思った

とにかく老後の問題で金の問題も大きいが健康が一番の問題になる
病気になったらもし寝ているだけになったらいくら金があってもどうにもならない
確かに治療費とかで必要でも根本的に健康が回復しないとすると何もならない
そして老人の病気は治りにくいし死につながっている
人間は必ず病気で死ぬ、老衰は病気ではなく自然死だとなるがほとんどは病気で人間は死ぬ、だから最後に死ぬ前に病気でみんな苦しむのである

ただ簡単に死ぬ人もいるがなかなか死なない人もいる、ガンでも簡単に死ぬ人が二人知っている、でもなかなか十年くらいでも死なない人がいる
だからガンでもいろいろな癌があってそうなる
治療が手厚くなり医療が発達するとやはりなかなか人は簡単には死なない
でもその負担がまた大きくなる、それがなにしろ今度は団塊の世代が75以上になると病気とか介護になる人が増大する、それが若い世代の負担になる
それは国民的負担にもなる、これが高齢化社会の最大の闇黒である
ただ病気をしなければ長生きは悪いとはならない、何か成せる時間が増えるからである
ともかく何か一つのことでも理解するのに時間がかかるからだ
特に自分などは何かを理解するのは遅かった、でも時間をかければたいして能力がなくても理解できることが増えてくるのである

私の母親は百歳まで生きて老衰のようにして死んだ、ただそれでも五年間は寝たきりで介護しなければならなかった、でも比較的楽だったとふりかえる
なぜならポータブルトイレに死ぬ一か月前とかまで自力で行っていたからである
これがオムツとかなったら耐えられないとまでなり殺してしまった息子のことを同情するヤングケアラーのことが問題になったがこれも残酷だとなる
老人のために自分の人生が犠牲にされるとまでなる、若い時に成すべきことができないとなる損失は大きいとなる
そういう人が近くにまたいたのである、だから病気と介護は常に誰かしら関係しているのである
ただ自分は特殊な事情で特別良くされたからできたともなる
他の人はそういうことがない、すると介護もしにくいとなる

老人の問題はこれから何を生きるのかというより何を生きたのかともなる
これから何かしようにもできない、ただこれまで何をしてきたかが問われる
何か木を庭に新しく植えたがこれも成長するには時間がかかるとなる
でも若い時なら十分に時間があるから庭作りが好きなら時間をかけてできるとなる
ただその時金がないとできないとなる
その人が立派な庭を作ったのは若い時でありその時金もかせいだから500万かけて作った、その石作りの庭が立派なのである
もしかしたらそれが人生の一つの成果なのかもしれない
私の家でもそうである、家族が働いて苦労して残した物だからである
それをただ自分は享受しているだけだとなる、そういうことは常にある
死んでから何を残したのかということがある、家とか庭が死後も残されたものだとなるからだ

でも老人になると何か時間をかけることができなくなる
小さな畑で野菜作りした人も遅かった、体がついていかず放棄したからである
体が丈夫な時にしていればそうはならなかったのである
要するにこれまでしていたことをするとなる、だから津波でも原発事故でも老人は復興の力となりにくいとはなっていたのである
木を植えるにしても育つのに十年とかかかるからである、それで何かを新しくするより
今でしてきたことを回想するとかになる
確かに60の手習いとかもあるから一概には言えないが基本的にはこれまでしてきたことの延長しかできないとなる


2021年06月10日

最後は記憶したことが人生となる―心に印されるものの怖さ (記憶をしたものの整理に追われる)


最後は記憶したことが人生となる―心に印されるものの怖さ

(記憶をしたものの整理に追われる)


何度も言っているけど人生とは最後は何を記憶したかになる
その記憶はみんな違ったものになるからそれぞれの人生の結果は多様なのである
だからどんな人でも何かしら語るべきものがあるとなる
なぜなら違った経験をしているからである
それで老人からその経験を聞くことはどんな人でも参考になる
失敗の経験でも参考になる
つまり事の真相は経験している時はわからない、時間がたたないとわからないことがあるからだ
それで何か事件が起きてもその時に真相はわからない、時間がたって判明して来る
歴史的な事件でもそうなのである、明治維新が何だったのか、今になると否定的に見る人もでてきているのもそうである
ただ歴史的なものになるともう50年くらいすぎると遠い過去になり不明になりやすい

私が経験したことは勤めたこともないのだから限られている
ほとんど旅に費やされたということである
ただその経験でも何か歴史を見ることでも役にたっている
地歴が科目となったように歴史と地理は不可分なものとしてあったからである
そして記憶たどる旅をしているのが時分である
いくら記憶が人生だとしても人間の記憶力は本当に弱い、それで記憶するために写真でとっておくとかメモを書くとかしないとその記憶自体があいまいとなり思い出せなくなる
それでこれまで書いたものが膨大になるので整理している
毎日整理するのに追われている
プログはインタ−ネットでは何か記録するのに優れているのだ

sdメモリーとかこれだけ小さいもの記録する量が映像でも驚くほど記録できる
そのメモリーは格段に進歩したのである
人間だったら脳にこんなに記録できないのである
それで自分の書いたものすら忘れていて読み返してみてこんなことを書いていたのと感心している
おそらく歴史でも文字ができて記録できたということで歴史が生まれたといのもわかる
それだけ文字の発明は人間にとって大事なものだったのである
それでエジプトでは神聖文字が生まれたのである
文字が神聖なものにヒエログリフになったのである

とにかく人間最期は記憶したことが人生になる、それで私の姉は従軍看護婦で4年間シンガポールの向かい側のジョホールバルで苦しんだからそのことを死ぬ間際まで語り死んだその前に千回もそのことを語っていた、認知症になっても過去のことは忘れないからである、特に印象に残ったことは忘れないのである
そういう戦争ということはもう経験した人しかわからない、いくら映像で見ても残されたものを見ても読んでも実感できないからだ

そして何か経験したことでも後からその意味がわかる、経験したことを後から深く考察してその意味を知ることにもなる
それは歴史的大事件でもそれが起きた時はわかりにくいのである、でも後から解明されて真実が明るみに出される
隠されていた悪が暴かれることがある、いくらその時は隠されても遂に明るみに出される若きの至りとかで若い時に力まかせにした悪行でも暴かれて老人になってから良心の呵責とかなり苦しめられる

人の行った行為はみなカルマとなる

それが隠されたり忘れ去れることもない、神は見ているとまでなる
そうなると本当に奔放な若い時の行動も悔いるとなる
そういうドラマも多いのもそのためである
警察につかまるとか刑罰を受けるとかではない、そういうことと関係なく良心の呵責に苦しむことになる
だからどんな人でもカルマをつまない人はいないである

原発事故とかでもそうだった、それを追求してきたが「安全神話」を作った人々は共犯者であり悪人だったとまで暴きだされた、ただその責任はとっていない
東電に天下りして金を得ていた官僚とか高級国民なども責任があった
でも責任は誰もとっていないのである
でも十年過ぎ二十年過ぎとかなりその悪が暴かれる
悪が暴かれないのはその時の政権によって隠されるからである

オリンピックのJOCの経理部長が自殺したのも大事件でもその真相は何も語られないし騒ぎもしないのは上からおさえられているからだとなる
何か都合の悪いことが出てきて今の政権が追及されるからだとなる
そして人間の歴史とは何かとなれば罪の歴史だったというときそうなる
絶え間ない殺し合いの歴史だったとも見れるからである
戦争自体が罪でありどっちが正しかったということはないからである
日本とアメリカの戦争でもアメリカが正しかったとはならないからだ
それで歴史は勝者の歴史となっている、勝者が記したのが歴史だとなっているらだ

その人の一生は何なのだったのか?

それは記憶されたものともなる、何が脳に記憶されたのかとなる
それは各人か違っている、その人の経験と学習から脳も作られるからだ
人間の脳とか性格とかは遺伝子的に決められているのかとなると人間の場合はそうはならない、人間は人生の経験の中で作られていく
何か臆病とか気弱な人でも一瞬の行動で勇気ある人にも変わる
たいがい英雄とか天才は生まれつき優秀だったからそうなったともみる
天才の場合はそうである、でも一般人でも人生を経験してゆくなかで変貌することもありうる   

だから人間がすべて生まれつきで決まるわけではない、そうして人生の経験の中で神が関与することもある
それは不可解なものである、そもそも人生そのものがそれぞれか小説より奇なりともなっているのだ
聖書が理論とではない、実際に起きたことを記したものでしる、そこに必ず神の関与がありそれを記したのである、だから奇跡を信じなければ理解できないのである

では人間が死んだらそうした記憶とか記録とかも全部消えて空になるのか、もしかしたらそれば消えずにあの世にもってゆくものかもしれない、なぜならみんな消えるとしたら
それぞれの人生が無意味なってしまうだろう

神があなたは何を見て何を聞いて何を見ましたか?

そのことはあなたの心に脳に記されている、それを神の前であからさまに示されるともなる、そうなると怖いことになる
その時心に記された悪も暴かれる、それがまざまざとして可視化される
つまり死ですべてが消えるわけではないとなると怖いのである
もちろんそういうことをありありとイメージしたら本当に悪いことなどできない
だからこそ平気で生きていられるとなる
死んで裁きがあるということをありありと思う人はいないからだ
だから平気で悪を犯して罪を犯しているともなる

何か悪いことをしましたとかなっているのである、ただそれが死んだ後にあの世で暴かれるとなると怖いとなる、そういう恐怖心があれば簡単に悪は行わないし心にも思わないとなる
そうした裁きとかは個々人になる、人は神の心を見ているという時、集団の心は見れないからである、いろいろな集団に属していてもそれで罪を裁きを逃れられない
要するにそうした宗教団体とはこの世の隠れ蓑であり死後は何の効力もない、個々人の罪は消えないとなる

いづれにしろ自分は今や記憶をたどり記録をたどり整理している
それが膨大なものだから苦労している、つまり分厚い一冊の本のように整理するとなる
人間の一生はいづれにしろどんな人でもそれぞれ一冊の本にもなる
ただ表現力のない人は読者に感銘されるものを書けないとなるだけである
旅をしてもその時見たものを経験したものを回想して深化する、それができれば充実したものとなる
だから旅でも記憶されるような旅をしろと言ってきたのである
それは車では無理だと言ってきた、電車でもそうである、歩くか自転車の旅でないと旅というのを記憶してたどることはできないともなる
ただこれは外国では無理だからそうとはならない、国内の場合は記憶する旅をすらなら歩くか自転車でないと記憶に残らないともなる
ただ自分も最初は電車旅行でありそれはある目的地に行くのにはいいが旅を経験するには歩くか自転車でないとできないのである