2021年08月24日

NHK「戦火のホトトギス」 ▽17文字に託した若き将兵の戦争 (その感想の短歌十首―三陸会のことなど)


NHK「戦火のホトトギス」 ▽17文字に託した若き将兵の戦争

(その感想の短歌十首―三陸会のことなど)

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従軍看護婦でも相当に死んだ人がいる
直接人を殺したりしなくても伝染病とかでも死んだ
姉も腸チフスになったというから過酷なものだったのである




見送りし夫は戦地に帰らざれ山吹の色妻に濃しかな

誰が思ふ戦地に果てぬその俳句色あせし紙に記され残りぬ

戦地より病に帰りぬ傷痍兵看護婦迎えしばし慰む

義足つけなお戦わむやあわれかなその痛み思う戦争のむごさ

戦争も遠くなりぬれ紙も古り写真をも古りぬ伝ゆ文字かな

戦いぬ従軍看護婦の姉も死ぬ戦地の夢にうなされ死にぬ

古ぼけし写真は語りぬ戦争も遠くなりぬれ誰かたずねむその痛み知れ

青春を戦地に費やし何思う日本のために共に戦ふ

戦争を語れる人も消えゆかむその深き痛みは忘るべからじ

親に聞く戦争の話し伝えむもその子も死なむ過ぎる時早し

三陸会記録残りぬ誰が読むや大方は死に忘れられゆく

姉語る戦友のこと常にして今は死にしも記録のみ残る

戦いて異国に埋もる哀しきや故国は遠く帰れざるかな


NHKのこの戦争をふりかえる放送は俳句を中心にしたものであり私も俳句を作っているから関心をもった、ただ戦争となると俳句とか短歌になりにくい、血なまぐさいし人を殺すとういこともありそういうことを語りたくないから口をつぐんで死ぬ人も多い
何か18歳で志願兵になった人はどうも中国人を殺したらしい、ただ途中で口を噤んだ
つまり人を殺したことなど簡単に言えないからそうなったとみる

とにかく戦争という時、私は姉から千回くらい毎日聞かされたのだ、姉はシンガポールの向かい側のマレー半島のジョホールバルの赤十字病院で四年間地獄の苦しみのなかで看護婦として働いた、一時は腸チフスとかになってひどかったらしい、そういう話を延々と聞かされた、それはひどい認知症になって余計にそのことを延々としゃべるので嫌になった同じ事を何度も話すからである、そして遂に死ぬまで戦争のことを話しして病院で死んだのである、おそらく病院でも戦争のことを忘れずにうなされていたのかもしれない

青春時代のことは覚えている人が多い、若い時のことは覚えている
そして島根県の人の戦友のことを何度も言って死んだ
もらったバックを大事にしていたのである、それは思い出の品だったからである
でもそれ自体は粗末なものだったのである
でも戦友からもらったということで大事にしていたのである
そういう映画をもがりの森とかで見たから認知症は同じ症状がある、それも不思議なのである、本当に認知症は不可解な病気なのである

ケガをして戦地から帰り傷痍病院がありそこで義足をつけた人がまた戦地に行くために戦う訓練していたのを見て酷いと見た、義足でも飛行機にも乗れるとか言っていた
その時日本は戦う兵士が不足していてそうなった、40才でも招集された人がいてそのことを書いた、それは松川浦の人だった
戦争がどれだけ悲しさ苦しさと無惨さを悲劇をもたらしたかそれはきりがないだろう
人が殺し合うのだから当然だとなる、たからこそ戦後は子供に孫にも何も語らなったと放送された人がいたがそういうことはある
姉の場合は従軍看護婦であり人を殺したりしないから語ったのである

三陸会という戦友の雑誌を出していた、そこにも膨大な記録は残っている、戦争の記録は膨大である、それをいちいちふりかえることも手間になる
ただ戦争を忘れないためにはそういう記録を見直すということも必要である

ひたぶるに故国こがれつつ逝きし戦友の涙の如くスコール激しき

大いなるゴムの木のもと掘り返し還らぬ戦友の屍を埋む

何かこういうことがあり痛切なものとして後にふりかえる、戦争の是非はともかくそこに痛ましい人間の情がせつせつと短歌にしている
俳句を話題にしたがここでは短歌が上手な人が結構いるのである
姉の島根の戦友も短歌が上手であり三陸会に結構のせている
俳句でも短歌でも何か切実なものがあるとき歌われるときその背景を読み込まないと鑑賞できないのである、今のような平和な時とは違うからである
戦場で友が死にその死体を葬るというときそうである、それも異国なのである
だからそういうことは経験した人でないと分らないとなってしまうのである

posted by 天華 at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降

アフガニスタン政府の崩壊から得るべき教訓


アフガニスタン政府の崩壊から得るべき教訓

国家がどうして成立っているのか?(資金がない、財源がない)


アフガニスタン国家がどうして成立ちタリバンが政権奪取したとしてもその後国家を運営できるのか?
今度はこのことが問われる、それでこの記事が興味深いとなる
アフガニスタンでは財政破綻で国家が破綻するとしているからだ
その理由は国家運営のための資金が調達できないということである
その資金調達がアメリカが握っているからだと分析している

例えば海外旅行してカンボジアやベトナムやネパールなどの後進国の紙幣を日本にもってかえっても何にもならなかった、交換するにもそれは紙きれである
でもドルだったら依然として使えるのである、円に交換して価値あるものなのである
世界でドルが通用する時、金融で世界を支配しているのはアメリカだとわかる
中国が強大化してもやはり基軸通貨はアメリカのドルなのである
それはアフリカの果てまで通用する
エジプトでナイルの上流の方、スーダンに近い方でロバに乗った少年がワンドーラ―くれと叫んでいるのはそのためである

エジプトはイギリスに支配されていたときはエジプトポンドが国家の紙幣だった
ボンドがその時世界の基軸通貨ともなっていたからだ
基軸通貨という時、世界で英語が共通語のようにして普及したのはイギリスが支配したからである、だから東南アジアでは別にエリートだけではない英語をしゃべる人が多いのである、それはイギリスが支配したからであり別に英語が特別優れた言葉だからではないのである、言葉というのも支配、被支配の関係で国のネティブな言語が代えられる
一時は日本が明治維新の時フランス語にしろとか言う人もいたしまた今でも国際化しているから楽天とかでは英語を共通語にしろとまで言う
それは現代はグロ−バル化しているから会社でそうしないと不便だからそうなる

グロ−バル化した社会というのを理解することはむずかしい、それは株式が理解できないのと同じなのである、天文学的な巨額の金が流れている、それは金とともに物資が世界に流通していることなのである、もし物資でも流通していなかったら金も通用しない
また物資でも運送できなかったら金も通用しない、その運送できる、交通が発達すると貨幣でも紙幣でも世界的に流通する、それでモンゴル帝国では広大な領域を支配したからそこでその支配範囲内で紙幣のようなものが流通できるようになったのである
それはやはり一つの大きな帝国ができて政治的に支配できたとき紙幣でも貨幣でも流通するとなる
日本だと江戸時代は仙台銭とか藩札が作れとしても一部の範囲内でしか流通できないとなる

とにかくなぜグロ−バル化すると金融というのが重要になるのか?

それは誰でも日々金なしでは生活できない、あらゆる物資が世界から運ばれているからだ人間は何かやと言ってもグロ−バル化した世界では金が重要になる
この辺で原発事故で避難区域になったところでは別にそこでは米を野菜を食糧をとれなくても生活できているのである、それは金があれば外部から物資でも食料でも買えるから不便でも一応生活できているのである
だから郷土を愛すとかなるよりまず金を愛すとなっている、別に故郷から出て行っても
金さえあればかえって都会に出れば便利な生活ができる、だから仙台市に移住した人も多いとなる、億の金をもらった人が結構いるからである
ただそこで喪失した故郷のアイディンティティはありそれを私は追求して来た
でも現実問題として故郷を愛すという精神的な問題と現実問題とは別である
要するにそれだけでは飯は食えないということである
だからどこでも世界の果てまでワンドーラ―くれとなっているのである

アフガニスタンが注目されるのは様々な問題がそこから噴出してきているからである
それは津浪や原発事故でこの辺が様々な問題が噴出してきて私が追及してきたのと同じである、コロナウィルスでもそうである、それに共通しているのは世界がグロ−バル化しているからである、コロナウィルスも結局グロ−バル化したということがありあっという間に世界に感染者が広がった、同時間的に広がった、時間差がなくな広がったのは飛行機とかで世界が時間差がなく行けるからである、8時間くらいで世界中行けるからそうなる
ウィルスは人から人へうつる、もし船でしか行き来できない江戸時代ならそんな簡単に世界へ広がらないと思う

でも現実は江戸時代のコレラは長崎から入ってきて北前船で新潟県に入り阿賀野川を通じてシロのる会津若松に入ってきて広がったのである
だから江戸時代でも感染症のウィルスは広まっていたことが意外だともなる
長崎の出島から外国人が入ってきて広まったことに驚く、今なら何万倍なのかとてつもないヒト、モノの交流があり移動している、つまり現代のグロ−バル化は移動の文明でもある、そうしたらその移動を止めることは不可能にもなる
交通とか移動を決めたら社会が機能しなくなり麻痺して生活もできなくなる、物資も入らなくなり社会生活の機能が停止して身動き取れず死ぬこともありうる
だからグロ−バル化した世界は感染症には一番弱かったのである

金融の問題もこうしてグロ−バル化しているから複雑であり理解しにくいのである
ただアフガニスタンの問題でわかることは金になるものが自国で産みだせないとういことで国家運営が可能なのかということである
自国で生産しているものはアヘンが主要産業のような国で国家運営が成り立つのか、その資金をどうするのかということである、それが今タリバンが政権奪取しても簡単に国家運営ができないとなる

不思議なのは江戸時代の様々な村が中心の自給自足の生活では村に入れないようにしても一応生活はできるようになっていたのである、自給自足が基本だからである
外から物資が入らなくても自給自足だから一応死ぬようなことはなかったのである
だからロックダウンとかしきりに言うが江戸時代だったら可能である
ただ江戸とかなると外から食料が入らないと苦しいとはなっていた
江戸でも米は外部から伊達藩とからでも相当数入ってきて生活できていたからである
都会は自給自足ではないからもし閉鎖して人流をとめたらもう死ぬようにもなる
都会には実際はまた災害に弱いとかあり危険もある
石巻だったか外部から物が入らなくなったとき裏山の木を燃料として清水をくんで米はあったので近隣で集まり自活していたのである

都会だと外から物資が入らないとお手あげになるので危険なのである
この辺では二週間くらい物が入らず危機的状態になった
石油もなくなり車だと移動できなくなったのである、それは危機的状態だった
私は米が二週間くらいありノリとかオカズがありしのいだ、その時電気は通じていたからできたのである、そして米が尽きたとき古米がここでは配給された、それで助かったのである、こういうことで緊急事態のとき食糧でも貯えがないと危機的なものになる
逆になぜ江戸時代に飢饉が度々あったのか?
それは逆に遠くから物資が運べないということもあった、藩ごとに国が違うともなり物資が隣の藩からでも入ってこないのである、今のようにグロ−バル化しているとどこかの国から援助されて物資が入るということがあり飢饉はなくなったともなる
そういう危機的状態では外から物資が入らない時、金があってもモノが買えない、コンビニですらたちまち商品がなくなり買えなくなったからである
それで私は自転車で隣の市までスーパーが開いているということで自転車で行ったのである、その時車はガソリンがないので使えなくなっていた
車が便利でもこれも使えなくなる、ガソリンが外部から入らないと使えなくなるのである

いづれにしろアフガニスタンの政府崩壊はよそ事ではなかった
なぜならアメリカも日本を見捨てて撤退することがありうることなのである
それをまざまざと見せられたからである、その時日本はどうするのかということが目に見えて示されたからである
とにかくアフガニスタンは食料でも何でも自給自足などできない、ベトナムは地下にもぐりベトコンとなりイモを食べてしのぎアメリカ軍と戦い勝った
でもアフガニスタンにはアヘンがあってもそれを食料とすることもできない
だからタリバンが政権を奪取してもこれから国家を運営できるのかとなる
つまり軍事力だけでは国家を運営できない、一時的に制圧しても今度は経済的問題がのしかかってくるからである
ただ外部から見るものとしてはただ様々な点で興味深い、それは日本でもアメリカ軍が支配しているのだからよそ事ではないからである

posted by 天華 at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層