2021年08月31日

雲の峰、晩夏、羊草,ソバナ(右田の津浪の跡ー川子の溜池)


雲の峰、晩夏、羊草,ソバナ(右田の津浪の跡ー川子の溜池)

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津浪から十年過ぎて残っていた木の根っこ
他は当時の面影となるものはなくなった
高い防波堤になり松も全部なくなったからだ

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右田浜から離れた家の庭
ここはそれなりに海から離れていたけど新しい家も近くに建ったが
ここは庭だけを記念のように残している
石は流されなかったのである


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小山田への小径


川子の坂を上る脇の溜池


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燕あまた飛びかい増えぬ晩夏かな

波の音海面光り朝の蝉

雲の峰頭上に高し見上げけり

雲の峰巨人の顔や真上かな


木の根っこ右田の浜になお残る十年過ぎしも津波の跡かな

この家の石に亀置く津波にて庭のみ残り今日も暮れゆく

燕飛び流れの早し鮎跳ねて朝一回り走り来るかも

この小径行く人もなし影なして夕べ涼しく蝶の舞いさる

溜池に羊草咲き影映し波紋ひそかにソバナあまた咲く

虫の声夜にかすかに我が母の台所にありその日の長しも

石を積む庭を作りし誇りかな病にあれど家にあるかな


時期的には晩夏である、今日は涼しいから助かる、夏の雲というのも出ていない
雲の峰というのはいい季語である
頭上に高く雲の峰がもくもくと見えたときそこに人間を見たともなる
神話の巨人が見上げる感じになった、それが真上にあったからだ

海の方では海老浜に蝉が鳴いていた、朝にひびく、そこは津波で村が流された
でも後ろに森があるから蝉が鳴いている、海面が朝の光りでまぶしい

右田の浜の海より離れた場所の家では庭だけが記念のように残っていた
いい石の庭だった、そこに亀が置いてあった
津浪から十年過ぎると何か津波を思い出すものもなくなるからここは記念なのだろうかとなる、津波で石すらかなり流された、ここでは石はそのままに残っていた

京は涼しいので川子の坂を上った、そこの小さな溜池によった
ソバナの花が咲いているから秋ではある、羊草がここには咲く
近くでもいい場所がある、小山田の方に出る小径はいい所である
ほとんど人が通らない、一日一人くらいとかなっている
そういう道が近くにあるといい、みんなコンクリートの道になったからである
とにかく暑くて原町に行くかと思ったら行けなかった

近くの知人の庭は大きな石が積まれたいい庭である、私は石に興味があるから石をながめるのである、その庭は石をまるで石垣のように積まれている
それは自慢になる、そして糖尿病で半年くらい入院していた
それが嫌で今は在宅で治療している、病院より在宅の方がいいし家で死にたいとなるのはやはり家には長く住んでいたしそこが城のようにもなっている
病院だと何か自慢するものがない、そこにいれば自分自身の存在感がある
この庭は私が苦労して作ったのだと言わなくても実感するからである

私の姉も常に家のことを自慢していたからである、家はやはり単なる箱ものではない
何か存在感を示すものであり精神的なものも付与されている
記憶の家ともなっているのである、家から離れた病院とかなるとそういう精神的なものが喪失する、ただあわれな病人となるだけである

ともかく夏も終わりに向かっている、やはり暑いと体に答える
涼しくなると頭も働くが暑いとぐったりして働かないのである


30年前40年前のドラマが面白い(サスペンス名作選 地方記者立花陽介) (ドラマも一つの歴史の記録となっていた)


30年前40年前のドラマが面白い(サスペンス名作選 地方記者立花陽介)

(ドラマも一つの歴史の記録となっていた)

新聞記者が事件を調べるドラマである、それがすでに30年前から40年前のことである
だからなにか画面もぼやけている、はっきりしないとなる
それだけテレビの技術が進化していない、デジタル化していないからである
その時ワープロを記者が使っていた、パソコンは使っていない、ワープロを自分自身も使っていた、そしてワープロに通信機がついているのを買った結果としてパソコンをするようになった
私は理系でもないし機械マニアでもない、悪筆なのでワープロをするようになりたまたま通信機能がついていて始めたのである
そのためにパソコンも買ったがその時40万くらいしていたようだ
また通信は今のように世界規模とかになっていない、小グループでパソコンマニアがしていたのである,その時富士通がシステムを作ってしていたのである
そもそもパソコンで文字で対話するというのがパソコン通信から始まったのである
私は引きこもりだからそんなことをする時間があり家に籠ってしていたのである

1986年11月21日 伊豆大島 三原山噴火

こういうこともあったなとふりかえる、ドラマではこの時殺人事件が起きた
ただ過去をふりかえるといつそれが起きたのか定かでなくなる、10年くらいずれて見る時がある、正確には34年前のことである,テレビで見たあれだけ火柱が上がったのは驚きだった、でもそういうことも忘れていてドラマを見て思い出したのである
過去というのは常にあいまいなものとなってゆく、だから何かの方法で思い出さないと忘れてしまう、津浪とか原発事故でも地元の人は簡単に忘れられないが外部になると忘れるのである、人間ほど忘れやすいものはいない、第一自分の書いたプログとかでも十五年とか書いていてもそれがこんなこと自分で書いていたのと忘れているから変なのだけど自分自身で読み直していいこと書いているなと感心している

何か常に人間は記録していないと忘れてしまうのである、次々に新たな事件が起こり過去の事件でも忘れてしまうのである
30年40年前は遠い過去でありそんなことがあったのかも忘れている
その時大騒ぎしたニュースでも忘れているのである
人間がその時どうであったのか、どう感じたのかとか日記のようなものに記録しているとその記録を読んで思い出すことがある、また写真を見て思い出すことがある
それでプログとかはその記録としても価値があるとなる
とにかく人間の起きることは次々に流れてゆく変わってゆく
一個人にしてもそうである、絶え間ない変遷なのである、あの人と逢ったなとふりかえるがそれもあいまいなものとなりそんな人いたのかなともなる
第一家族すら私の場合全部死んだ、その家族の記憶もあいまいなものとなる
なぜか一緒に暮らした家が家族の記憶になる、家があるからそこで過去を思い出すのである、これも家がなくなると思い出すこともむずかしくなるのである

人間の弱点は忘れやすい、だから記録とか記憶することが大事になる
それでエジプトの神聖文字とかありそこに刻まれた文字から3000年前のことでもわかるようになる、でも文字でも未だ解読されないものがりインダス文明とかマヤ文明が何であったのか不明になりジャングルに埋もれたとなる
人間にとって文字の発明は大きかった、文字があれば文明となる、文明の文も文字のことだからである、文字がない国は文明国とはならない、日本は漢字を取り入れて文字をもったから文明国である、文字がないと過去を歴史を記録できないから不明になる
柳田国男は文字に伝えられるものより語り継がれたものこそ真実があり歴史だとした
それで口碑を重んじたのである、でも語られることはなにかかえって尾ひれがついて真実が見えなくなる、語り継ぐとしてもそこでいろいろに変えられるからである
そして言葉がない民族はいない、文字がない民族はいる、アイヌなどは文字がなかったし文字がない民族はいる、そういう民族の歴史は消えやすいとなる
千年と二千年とか過ぎると語り継ぐこと自体不可能にもなる
実際に経験した人は死ぬしまた親から祖父母から聞いたとしてもそれもあいまいなものになるからだ

それで相馬地域で400年前に津波があったことがわからなかった、この辺ではそれで津波が来ないと確信して逃げない人がいたのである
でも相馬藩政記に700人生波(いくなみ)で溺死と二行だけ記されていたのである
生波とは津波のことであり津波という言葉は慶長津波で津波という言葉が定着したのである
これほど貴重な記録はなかった、それも学者すら知らなかったのである、この辺で起きた津波でそれがわかったのである、だから記録はこれほど大事なのものなのである
なぜ津波の被害が記録されなかったかというとその時戦国時代であり民が700人死ぬことより戦争に勝つことが優先されたからその記録が詳細に記録されていた
でも津波の被害のことはたった二行しか記録しなかったのである
つまり記録するにも時の権力者の都合でそうなるのである

何か記録できるものも権力がないとできないとなる、ニュースであれマスコミであれ重大なことでも取り上げない、知らせない、原発事故でもそうだった
「原子力村」が絶大な権力をんているのだからその危険性は伝えないのである
出版とかは簡単にできない、これも権力がないとできないのである
出版社とか取次とかを経ないとできない、するとそのハードルは高くてで普通はできない、でもインタ−ネットだと気軽にできる
プログのようなものでも写真も出せるし結構表現力があると思った
そしてこれは一庶民でも出せるから記録ともなる、ただこれも電子空間で消えやすいということが難点なのである
でも自分自身やってみていかに一個人がプログをもつことが権力をもつことにも通じていたことがわかった
それはyoutubeでもそうである、一個人がテレビ局となることは大きな権力をもったことになっていたのである

いづれにしろこうして重大な過去も忘れられる、それが忘れていいものがあるがどうしても忘れてならないものもある、それが津波とかでありそれはまた起きてくるから記録されるべきであり思い出すべきだったとなる
そきために忘れた頃に災害はやってくるとなる、カルマとして繰り返すとなる
自然災害も周期的に起きていたからである、ただ400年の周期となるともう何代にもなるから忘れられるのである

このドラマではそうした殺人事件の犯人が地元の人だったと記者が追及すると地元の人が地元の悪い所を書くなと近所の女性が見張っていた
これもまた田舎だと理解できる、田舎では自分達のわるいことを言うなとなる
狭い範囲で生活しているからそうなる、当り障りなくしていないと暮らしにくい
そこに田舎の閉塞感が生まれ嫌だとなるのである
現実に慶長津浪より500年前の岩松氏の一家皆殺しの悲劇が今もその子孫か現実に生きているからそれを語ればその子孫が嫌だとなる、それで郷土史はつまらないというときただ地元を美化することであり悪人のことは語らないとなるからだとしている
語りにくいということである、現実に近くに生活しているからである
外部のことだったらいくらでも追求して語れるが地元となると語れないのである
だから地方の新聞記者は記事にすることでも制約がかかる
でもいいのは新聞記者も常に転勤するからそれで重荷にならないということがある
嫌なことがあってもまた別な地域に移り忘れるとなるからだ

ともかくドラマは事実を基にしている、それで30年、40年前のドラマとなるとすでに歴史的な記録にもなる、それで貴重だとも見た、今それをBSで見れるから貴重なのである
テレビは今やインタ−ネットとかのyoutubeとか出てきてあまり見ない
でもこうした過去の記録となっているドラマとなると貴重だと見たのである
大げさに言えば歴史的価値あるとも見たのである