2021年09月22日

原発は地域エゴから始まりさらに地域エゴで分断された (飯館村でも南相馬市と合併するべきだった)


原発は地域エゴから始まりさらに地域エゴで分断された

(飯館村でも南相馬市と合併するべきだった)

●東京の地域エゴで原発は作られた

原発事故のことをいろいろ追及して来たけどそこで思ったことは
地域エゴがその原因ともなっていた
そもそも原発が福島に作られたのは東京の地域エゴだった

東京では危険だから福島に作れ

これも身勝手な地域エゴだった、自分たちの安全を計るためにそうしたのである
つまり原発とはこうして地域エゴから始まっていたのである
原発を作る場所は過疎的な場所がいいとされるのもそうである
そこに金をばらまけばいいとなるからだ、またそうして立地された場所は金が欲しいとなり積極的に誘致したのも地域エゴだったのである

極端な話では原発を建てる場所の地権者と県の許可があればそんな危険なものでも建てられた、ただその周りの自治体には金を与えたり仕事を与えたのである
それも地域に利益を誘導するものとなった地域エゴである
他の自治体では恩恵がなかったからである、だから県全体で見ても一部のものが利益を得ていただけであった

でも事故になった時広範囲に被害になった
つまり広範囲に原発は影響する、それ事故になったとき吉田所長は東北に住めなくなると言ったのである
原発事故は広範囲に影響するから市町村の範囲を越えて協議する問題だったのである
それが狭い地域でエゴで決められていたのである

県庁のある福島市でも被害が大きかった!

飯館村は放射性物質ブルームの塊りが流れる通り道となり被害が大きいものだった
ただここは別に自治体でも原発の恩恵はなかった
でもやはり金になるから原発で働いていた人がいたのである、原発だと三倍くらいの給料になっていたからである、この影響は大きかった、原発の回りでこうして働いて人が多かったのである

だから県庁のある福島市まで被害があったのはカルマだったともみる
遠いから原発と関係ないとみていた人が多かったからである
私の住んでいる場所も30キロ離れているから関係ないと見ていたのである
でも30キロ内は補償金が三倍以上もらっていたのである
一応南相馬市ということで鹿島区までは補償金をもらった
隣の相馬市となると一人6万しかもらっていないのである
原町区は鹿島区より三倍もらっていた、その差も大きかったのである

●事故後も補償金で分断

そして原発事故以後様々なエゴで金を得ていたことが判明した
漁業者は船主などは事故前も多額の補償金もらい原発御殿を建てていたとか周りからうらやましがられていたのである
漁業権がありそれを盾に東電からもらっていた、ところが同じ港に住んでいてももらえない人がいて不満だったのである
エゴむきだしになったのは家の前の海は自分のものだとして補償金を払いとまでなった
原発事故以後は補償金の奪い合いになったのである

それで飯館村では補償金をめぐって二つに分裂して争うことになった
その後どうなったかわからないが長年町長をしていた人はやめた
こうして補償金で原発周辺は分断された、それが伊達市とかでもそうだったと聞いた
親戚間でも補償金をもらう人ともらえない人がいて争うことになったと聞いた
つまり隣がもらってももらえない人がいたのである
鹿島区だと塩崎の人がそうなって女の人が泣いて訴えていたのである
子供でも争いになったとか聞いた、これも人間のエゴがむきだしになり争うようになった
今回の飯館村議会選挙でもS議員の運動員がよそ者はかかわるなとうろうろすると困るとか言って聴くこともできなかった、でも南相馬市と地理的にも深い関係があり放射性物質でも川を通して流れてくるのだからそうはいかないのである
でも一票をもっていないから南相馬市は関係ないとされたのである
でも現実に原発事故以後は飯館村の人でも広範囲に移り住んでいるのである
その人達は他の地域に住んでいても依然として飯館村の人なのである
税金は住んでいる場所に全部は払っていないだろう
なぜなら補償金をもらう関係でそうなっている

こうして広範囲な被害があり広域的に政治でもかかわるものとなったのである
だから飯館村の人達は南相馬市と合併しなくて良かった、補償金は特別もらえたからと言っていた、これもおかしいと思った
確かに飯館村には原発事故の責任はない、だから同情された
でもその後はやはり南相馬市とか回りと関係ないとはならないのである
現実に飯館村の住民がその周りに移り住んでいるからである
そしたらその周りにも南相馬市でも世話になっている人がいるのである

それをここは俺たちの土地でありよそ者はかかわるなと言えるのか?

例えば相馬市のトマト農家に飯館村の人が雇ってくれと言って断られたと不満をNHKで言っていた、でもその理由が相馬市の松川浦の津波の被害者を雇ったのは補償金をもらえないからである、それはそのトマト農家が冷たいということではなかったのである
ただ飯館村の人達は何かと同情されたことは確かである
原発事故の無惨さが飯館村に顕著に現れたからである
だか飯館村は補償金が特別多かったのである、実際に今でも放射性物質が特別汚染された地域になっているからだ

●飯館村は南相馬市と合併するべきだった

結局原発事故とその初めから東京地域のエゴで福島に作り自分たちは安全を計ろうとしたこと自体地域エゴだった、それで東京に原発を作れというのが正論だったのである
もし東京に作っていたらかえって事故にならなかったともなる
ただ原発は様々な危険性が指摘されていた、でも東電は無視していたのである

結局原発というのは東京の地域エゴから始まりまた誘致したのも地域エゴだった
自分たちだけは原発で金になればいい、自分たちの市町村は金になればいいという地域エゴだったのである
でも事故になり今度は逆に広範囲に人が移動して広範囲に広域的に政治問題化かしたのである
だから今回飯館村選挙でよそ者はかかわるな、この地域をうろうろするなとか言うのは信じられないとなる、それも地域エゴでありる

現実に回りに南相馬市でも飯館村の人達が移り住んでいるから広域的な問題であり飯館村の一地域の問題でなくなっているからだ
それが依然として飯館村のことは飯館村でする、よそ者は関係するなとかなっているのも全く現状を理解していない、こうして何か権力がないものは無視される
でもインタ−ネット時代には一個人でも発言したりできる
ただ読む人が少ないから影響はわずかにしてもやはり何らか影響するのである

こうして今経済でもなんでも広域化しているとき広く合併することはやはり時代でそうなった、そうならざるを得なかったのである
だから飯館村も地理的歴史的に一体化した地域だったから南相馬市に合併するべきだったということもありえた、現実問題として合併したような状況になったからである
南相馬市でも川俣町でも関係ないとならないからである
それで風車を作ったら川俣町の人に景観のことで勝手に作るなと言われたのもそうである川俣町も隣町だから相当に影響したからである、飯館村の人でも移り住んだりしているからである、でも補償金は全然もらっていないのである

だから何か飯館村自体だけで解決することは全くない
住民自体が周りに分散しているのだからそうなる、だから本当に南相馬市から来て聞こうとしただけでうろうろするなとかかかわるなとか言うこと自体、自分たちの現状を全く理解していないのである
そういうことは小高区の人達にもあった、とにかく自分たちは被害者であり援助されるべきものとして鹿島区のことなど眼中になかったのである
毎日ボランティアがきて援助していたのである
飯館村もそうしして他から援助されていたのである
だから俺たちは常に援助されるべきものとして見るようになったのかもしれない
そこに地域エゴがむきだしになったのである

相馬市のトマト農家で飯館村の人を雇わないとNHKで報道して暗に批判したのもそうである、相馬市の松川浦などの津波の被害が大きかったのだから当然だったのである
でもNHKでは特別飯館村の人がかわいそうだとしてそのトマト農家を批判したのである
これは常に原発事故の避難者は援助されるべきものとしてありそれがつけあがらせた原因にもなった、その周りにも津波でも苦しんでいた人がいたが無視されたのである
ただこうして最初から東京の地域エゴで福島に原発を作らせたのも地域エゴだったしそれが原発事故以後も地域エゴとして補償金獲得競争で分断されたのである

●地域エゴは人間が存在してからあった

ただ地域エゴは今に始まることではない、人間が存在し始めてから地域同士で利権で争うことがありそれが戦国時代にもなったとなる
だからこうした問題は人間社会からなくなっていない、地域地域で利権で結び合いまた争うのも人間の津ねだからである、水争いとかいろいろ地域でも争ってきたからである
それがこの辺では原発事故で露骨に現れたというだけなのだともなる
ただ現代はこれだけ広域社会になったとき地域だけの問題として処理できないのである
原発は広域的にかかわるものであり一時吉田所長が東北には人が住めなくなると言ったのもそうである、福島県だけではない、東北全体の問題でありまた全国的な世界的な問題でもあったのだ、海でもトリチウムの汚染水流すと世界から批判されているからである

地球とはみんなつながっているからそうなる、グロ−バル化すると余計にそうなのである人間はもはや江戸時代のような閉鎖した空間で生きていけなくなっている
私がグロ−バル化を批判してきたときそのマイナス面が大きくなったから批判したのである、でも現実問題として広域化グロ−バル化した世界に生きているから相互の調和を計らざるを得なくなっているのだ
ただそうはならずに地域エゴとか国家エゴとか対立が激しくなり戦争にもなる
そうならそれぞれに別々にかかわらないで生きればいいともなる
しかし現実にそれができなくなっていたのである、江戸時代にももどれないということである

どうししても広範囲な政治が必要になった、そこで問題を解決するほかないのである
グロ−バル化は別にして広域化政治は不可欠である、経済でもそうである
グロ−バル化ではなく大きなブロックに分けた政治になる
それで原発事故以後避難区域になった大熊とか双葉とか浪江は合併案が出たのである
現実にそうなっているのだからそれに合わせるためにそうなった
南相馬市だって飯館村の人でも浪江の人でも双葉でも大熊の人も現実に住んでいる
そしたらすでにこうして広範囲に問題を解決するものとならざるをえないのである
それなのに飯館村では南相馬市とは関係ないとかするのは信じられないとなる
もうすでに飯館村は飯館村だけで問題が解決しない、飯館村議会選挙があっても
回りの市町村とも関係している、飯館村だけでは解決しないのである
原発は世界の問題にもなった、海にトリチウムを流すことは海を汚染することだから世界から批判されたからである

ただその人は例外的な人だからとなるが個人として南相馬市民とショックを受けたのである
今は情報社会でありネット社会だからそういうことも伝えられるから気をつけろとなる
一億総記者時代になっている、個々人でも記者になっているから伝えられ拡散されることもありうるからだ、それが情報社会なのである
とにかくこれだけ変化したのに依然として江戸時代の村意識に生きていた人がいた
だからやはり南相馬市と補償金では得したが住民も周りに移住したのだから
南相馬市と合併するべきだったとも今になると思う
飯館村の問題は飯館村だけで解決しなくなっているからだ

ようやく矛盾が矛盾として意識され、当然あるべき葛藤が生まれるのは、実際に『迷惑』が我が身に降りかかってきたときである。そういう立場に置かれてみてはじめて、人は現実(リアリティー)の痛みに目覚めて思わず大声を上げる。

このサイトでは環境倫理学とか提唱している、本当にこの辺で起きたことはこのことでもあった

●水俣病と補償金  村は保証金で破滅した

1次産業と工場が支えだったのが、漁業は壊滅、農業は落ち目、工場の雇用は細々。貧しくても助け合ってきた村はなくなった。水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

 命や健康は返らない。補償金を取るしかない。でも今度はカネで村が破滅する。公害は起こしたらおしまいということで

水俣病のせいで村が潰れたわけじゃない。補償金で潰れたんです。

これは原発事故でも同じだった、それなりに細々として生活をしていた
その時は助け合っていた、でも事故後は多額の補償金をもらうことが生きることの闘争となった、そして飯館村でも補償金の問題で分断して住む人が流出した
残ったのは老人だけであり村の未来も消失した
第一何億円とかの補償金をもらったら今までの生活感覚とは違う、補償金をもらって楽に生活した方がいいとなる、また老人になれば年金をもらい楽した方がいいとなる
飯館村でもなぜ村に籍を置き村会議員にとかなりたいのかとなる
それは補償金が依然としてもらえる、利権となるからだともかんぐる
それは他の原発の避難区域でもそうなったからである
町とか村の復興よりまずは補償金をもらうということが生きることになった
老人は特にそうなりやすいし若い世代はその補償金を元手に流出して帰らなくなったのである

だからみんな金が欲しいとしてもそれがかえって徒(あだ)になり復興できなくなったともされる、それが水俣病でも公害になるとそうなりやすいと経験者が語っていたのである
しかし補償金はいつかもらえなくなる、今はもらってももらえなくなる
すると何か持続可能な収入が必要になる、農業とか林業とかは持続可能だから貧乏でも江戸時代でも人は住んでいたのである
持続可能でないのものは一時的には恩恵をもたらしても永続的にはもたらさないのであるすると今回のように人は故郷に住めなくなる、人は流出して廃墟と化する
補償金でもそれをうまく活用しないと消費されて終わりだとなる
現実にはそうなっている、復興といっても補償金で他に移住することになったからである

飯館村村議会選挙運動で思ったこと
 (よそ者はうろうろするな、邪魔だ、かかわるなと運動員に言われた)


posted by 老鶯 at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連