2021年09月23日

秋の蝉、芙蓉、秋涼し(飯館村の秋ー飯館村議会選挙(2)


秋の蝉、露草、秋涼し、芙蓉(飯館村の秋ー飯館村議会選挙(2)

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あいのさわの羊草

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亀石
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臥牛石

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清流や露草咲きて竹真すぐ

コスモスにまわりとまらぬ風車

秋涼し峠を越えて飯館へ

秋の雲影を落として村一つ

秋の蝉一つ鳴いてそ峠越ゆ

山鳩に遊びの庭や芙蓉咲く


また一つ森の広きも石重く道の辺にあり秋となるかな

秋の蝉一つひびけり我がたずぬ飯館村を我が帰るかな

広々と大池に咲く羊草風のかそかにトンボ飛ぶかな

飯館の人の作れるダリヤかな我が部屋にさしめでにけるかな

飯館の地は荒れにしも様々の色のダリヤ畑に映えぬ

家々に芙蓉の咲くも人住まず花のみ映えて我が見て帰る

亀石に臥牛石かな秋の日や飯館村に落ち着き住みぬ

十五夜の満月輝き我が家かなかつて共に住む姉をし思ふ


一昨日は飯館まで行ったけど涼しかった、やはり涼しいと疲れない、気持ちよく運動できた
飯館村では森に囲まれている、そしてその森に様々の形の石がある
だから石の村だともなる、その一つ一つに名前を付けると面白いとなる

あいのさわには羊草が咲いていた、広い池だから気持いい、近くに大きな石が五つくらいある公園がある、あそこもいいが草に埋もれていた、あまり人が行き来しないからだともなる、外部から来る人が減ったからだろう
あいのさわでもキャンプしている人も見かけなかった、今は休みだから来ていてもいいと見たがいない

飯館村でにぎわっているのは道の駅のまでい館だけである、昼間は食事する人で満員だった、その裏の子どもの遊びの庭があり芙蓉が咲いて彫刻がありそこに山鳩がとまっている何か飯館村には山鳩が似合うのである、ただまでい館の彫刻に男女の像があるのは似合っていない、森の国だから森と小鳥とか石の彫刻だとあっているとなる

飯館村には何か芙蓉があう、芙蓉が山の村にゆったり咲いているのが似合うとなる
ただ正直やはり人が住んでいないということで前とは違う
私が芙蓉が見た家も空家だったからである、ただいつも花を見て飯館村を帰ってきた
それで畑のダリヤを栽培している所があった
そのダリヤをまでい館で売っていたので買った、250円は安かった
その畑だけが彩り鮮やかで活きていてなごんだとなる

までい館の前の農産学校は廃墟であり壊すほかないとも見た
あそこの学校に南相馬市の鹿島区の人が学んでいたことを聞いた
なぜわざわざそこに入ったのかわからない、事情があって入っていたとなる
でも高校までも一応あった時代があった
ただその人はすでに40以上になっている、その頃学生の数も多くてそこに入ったのかもしれない、必ずしも高校となると地元の人が入るとは限らない
何か他でも空家が多く古い兜屋根の養蚕していた家はまるで文化財のようにも見えたのである
実際今は空家だらけなのである、生活でもどうして成立っているのかわからない
おそらく補償金で生活しているのかとも見る、相当に飯館村だともちっているからその金で生活できることはある、ただいつまでも補償金で生活できるのかとなる
近くの復興団地でもそうである、だから生活が苦しい人がいて電気を消している人がいる
ただ今回は不愉快だった、選挙中であり運動員がうろうろするなとか邪魔だと言われた
田舎だととにかく姑息な人が多いのである

それで何度言うように飯館村であれ暮らしが隠されている所が自然につつまれている所がいいのである、そこでこのように人と接する時、必ずどこでもそういう嫌な人と逢うことになっている、田舎の人とかがみんな素朴だとかそんなことが今はない
だから補償金もらえるとなると金しか見えなくなり村は分断されたのである
要するに人が出てこなくて自然の中につつまれ隠されて花だけが映えるようだと良かったのである
ただ原発事故以後はもうそういう村でありえなくなったのである
不思議なのはそもそも議員になる人自体飯館村に住んでいるのかとなる
一応籍があっても外に住んでいるかもしれない、前の村長がそうだったからである
そして孫は外部から学校に通っていたからである
ただ今全体的どういう状況なのかはわかりにくい、でも子どもも住んでいないというときその未来はどうなるのだろうとなる、外部から来た人も年配の人が多いからだ

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こういうことを言う人がいる、だからみんなが外の人は何もいうな目障りだというのは異常だとなる
このように外からの意見も聞くとしているからだ
ただこうして一人でも印象が悪い人がいるとどこでも嫌になる
人間はやはりそこに住んでいる人が作るのでありそこに住んでいる人の気持ちとかその人となりが影響する、今だと何か人間ではなく建物だとか機械だとかが社会を作っているように見える、でもすこに住んでいる人の心持ちだとかその場所を良くしたり悪くしたりもする、そういう気持ちがあれば人がいれば復興もするともなる

第一よその声無視できないのは学校でも村内の学校に通うより外部の学校に通っている人が多いとなるか、そうしたらよその声を今は無視できないのである
ただ田舎の人が何か姑息なのである、視野が狭いのである
よそ者を嫌うということはある、南相馬市の人すらよそ者として受け入れない人がいたからだ、だから自分の場合は今までは別に飯館村の人とは接していなかったのである
要するにその時はかえって良かったとなる、なぜなら花を見て帰るだけだったからである
posted by 老鶯 at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村