2021年10月29日

空間軸と時間軸の世界歴史 (グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)


空間軸と時間軸の世界歴史

(グロ−バルな空間軸の歴史から時間軸へ還る歴史)

●地歴とは地は空間であり歴は時間のこと

人間は空間軸と時間軸で基本的に作られる、地は空間であり歴は時間であり二つの軸から世界を見るのである
日本人が理解できないのは空間軸の歴史である、日本の空間軸は海に囲まれた狭い島国に閉ざされているからである
日本自体が一つの宇宙ともなっている、完結した島国としてあった
外国との交流は海を隔たて取捨選択したのである
もし大陸のようであれば必ず異民族が攻めてくるから根こそぎ社会自体が変わってしまうそうして征服されれば階級社会となり奴隷民族にもされる
しきりに日本が平等社会だというとき大陸の様に異民族が否応なく攻めてきて支配される従属されることがないからである

広大な空間を移動して空間を拡大することがないからである
つまり日本の歴史の特徴は空間軸の歴史がないことである
日本は狭いから統一されたらその支配者でもそれほど変わらない、確かに権力争いがあり支配者は交代する、でも異民族によって支配者が変わるということはない
だからこそ天皇が継続されたのである、時間軸の歴史として天皇が継続された
日本の天皇が世界で一番古いいうとき日本は異民族に支配されたことがないからである
もし異民族が攻めてきてモンゴルが支配したら天皇制は維持できなかったともなる
なぜなら中国の歴史は常に異民族が攻めてきて王朝が変わったからである
そしてモンゴルなどの異民族の侵入を防ぐために万里の長城が作られたのである

世界史というとき大陸だと空間の拡大としての歴史がある、空間は無限であり平原であれ草原であれ砂漠であれその先に何があるのかということになりその先を知りたいと人間の本能としてなるからだ、どうしてもこうして大陸だと移動することが文化ともなる
中央アジアは遊牧民の世界であり絶えず移動する人達の世界である
家自体が羊とともに馬とともに移動する、そういう文化を人達を狭い空間で生きてきた日本人には理解できないのである

だから世界史となると大陸の広大な空間を知りたいとなりそこで移動することになる
移動するには徒歩より馬がいいとなり遊牧民は馬を操作する術にたけることになる
そうしてモンゴル帝国が生まれた、それは空間の拡大なのである
空間の拡大は必ず異民族との衝突があり戦争となる、空間を拡大することは戦争を通じて行われた、アレキサンダーでもそうである、これも空間の拡大に憑かれて英雄となったのである

必ず大陸では草原の平原の砂漠の果て未知でありその未知にひかれて進んで行く
そのかなたに何があるのかということで進んで行く、そのかなたに未知の国がありそこにパラダイスがあるともイメージする、だからこそ冒険でも生死がかかっても進んで行く
それが大陸人間のメンタルなのである、日本にはそうした広大な空間がない、土地がないそのために日本では海のかなたにニライカナがあり理想郷がありまた海のかなたから移動してきたとなり憧れる、でもその海は広大であり大陸のようには
移動できないのである、すると島国に閉ざされて生きるほかないのである


●ホイットマンの草の葉の空間と時間

勇気ある魂よ

勇気があるか、おお魂よ
私と一緒に未知の国へ
足の踏むべき地面もなく
辿るべき道もない国へ歩き出す勇気が

そこに地図はなく、案内人もいない
肥えも響かず、人の手のぬくもりもなく
血色のよいふょくらとした顔も、唇も、目も、何一つその国にはない

縛る(いましめ)が、「時間」と〔空間」という名の永遠の縛る(いましめ)を除く
ありとあらゆる縛りが、ようやく解けて、もはや闇も、重力も、感覚も
とにかくいかなる境界も、我らは阻まれることなく

さまざまな種族、隣人たちは、ぜひとも娶りめとらねばならぬ
海は渡りつくされ、遠きものは近くに引き寄せられ
国々はぜひとも一つに溶接されねばならぬ

あなたの寵児たる人間、あなたそっくりの種族
ここでなら強く優しい巨木となり、ここでなら大自然と釣り合うぐらいの背丈になる
ここでなら壁や屋根にかこまれもせず覆われていない広大な正常な空間をのぼって行けるここでなら嵐や太陽と一緒に笑い、ここでなら喜び、ここでなら辛抱強く鍛錬できる
ここでなら自分のことを気にかけて、自分自身を披露できる
(他人の処方なんか気にかけず)ここでなら自分の時間を生き尽くし
幕がおりたらどうと倒れて、最後はひっそりと捨て石になり消えてそれで役立てる

ここでは未知の広大な空間の中で恐怖を覚える人間がいる、実際アメリカには砂漠もあり平原もありそのスケールがあまりにも違っている、そういう場所にいるだけで空間で恐怖を覚える、人間的なものがないからである
そうした広大な空間で自由がある、何ものにも縛られない自由が生まれる
そこでは空間の結合を唄うのであり時間はそこにない

ただ巨木となると時間の中で根付く、それも相当に長い時間である、樹齢千年とかの樹があるから樹は時間的存在なのである
時間的存在なのは岩とか石とか木とか山とかである、それら動かないから時間的存在なのである
ただアメリカではそういう場所があっても空間としての存在でありまだそこに人間は根付かいなのである、空間を移動する存在なのである、そしてその広大な空間を結びつけることがアメリカ合衆国を作ることなのである、時間的存在としてのアメリカは育っていないのである

大陸にとって未来とはまだ見たことなのかかなたにある、そういうことは大航海時代にも続いていた、海のかなたにある世界を見たいということでコロンブスであれ太平洋を渡りアメリカに到達したとなる、他のバスコダガマでもそうである、船でポルトガルでもスペインでもまたオランダでもそうでありイギリスになると遂に七つの海を征服して世界の覇権国となったのである
イギリスがアメリカに移民を送り込みアメリかを作る、そのアメリカもまた広大な空間の未知の国だったのである、そのアメリカを地理的に知ることは不可能だとなる
その広大さはまさに中央アジアにも匹敵するからである
そのアメリカの広大さもやはり空間軸からなり移動することになる
西へ西へと開拓者が果敢に進んで行く、それがホイットマンの詩となったのである
それは基本的に空間軸の詩である、無限の空間を移動する詩なのである
移動するにも馬車の時代でありだからこそ大挙して開拓者が移動するさまは壮観だったとなる、その後に西部への鉄道が通りさらに移動する人達がいたのである

●空間の移動の世紀から時間軸の世界へ

移動するということは移動する道具が必要になる、それが遊牧民だったら馬になり次に機械が発明されて蒸気船とかなり鉄道となりやがて飛行機となってゆくのである
機械の力で大移動の時代はつづくのである、そのことは第二次世界大戦までつづいていたしグロ−バル経済でも現代までもつづいていたのである
世界の拡大であり統合である、フロンティア精神である、これまでは常に未知なるフロンティアがあり人々は移動してきたのである
日本でも明治にはこのフロンティア精神があり空間を移動した、それが北海道である
侍の時代が終わり侍も北海道で開拓者になったからである
明治は日本が世界に開いた空間の時代でありフロンティア精神の時代だったのである
だから明治の偉人はみんな何かの大学であれ会社であれ実業家であれ銀行であれ創始者になっていたのである

ただその移動の時代も終わった、もう地球に移動する新しい空間はなくなった
そのために今度は宇宙空間に移動するようにもなった時代である
フロンティアは宇宙になってしまったのである、そして宇宙に投資するというときやはり空間の拡大の延長なのである、投資する資本主義というとき常にリスクがともなう
それでオランダでは世界へ旅発つ船にみんな株主になり投資する、リスクを分散するのである、それが資本主義の精神にマッチしていたのである
資本主義は常に投資するものを必要とするからである、その投資するものというときいろいろありただ移動してフロンティアを見出すということだけではない、投資とはあらゆることに発明でも機械でも投資することだからである
新製品の開発に投資することでもあり投資してその見返りとして利益をあげるということである、だから新たに投資すべきフロンティアが必要になるのである
ただ地球はもう空間的にはもう未知はなく限界になった、だから空間を拡大するということに投資することはなくなる、そこに資本主義の限界が生まれたともなる

だから世界は空間の拡大から時間軸の世界に移る、時間軸の経験を持つのは四大文明もそうである、文明となると時間軸で形成されたものである
エジプト文明は三千年とか継続して不動のピラミッドを作ったからである
神殿を作るということはそれは定着して不動であり時間軸のものである
インドでも中国でも日本でも時間軸の歴史があり文明であるとなる
アメリカには時間軸の歴史がないのである、空間の拡大であり時間軸の歴史がないからそこに宗教とか哲学とか芸術は産みだしていないのである
ホイットマンの詩を読めばわかるいかに空間を移動することがテーマになっているかわかるからだ、全く未知の広大なアメリカにふれた感動が延々とつづられているからである
時間軸で見るものがほとんどないのである、常に広大なアメリカを移動する詩なのである

ただ現代は空間の拡大の歴史は終わり時間軸の歴史に還る、時間軸の歴史は文明が起り成熟した地域である、エジプト文明であり中国文明でありインド文明でありヨ−ロッパ文明である、そこに時間軸の歴史があるからだ、時間軸の歴史は宗教哲学の時代でもある
それは人間精神の内面化の時代だからである、ただ現代のカルト宗教団体はこれには内面化など全くない、やはり空間軸の世界であり会員の獲得であり増大であり内面性は全くない世界である、物質欲と権力欲の拡大しかないのである
結局世界が島国化するというとき日本化するということが言われたが確かにそういうことにもなる、世界のフロンティア消失して島国のように閉じられてその中で生きる
時間軸の中で定着して生きるようになる、ただそこでは精神は耕され深いものが生れる
新たな文化が生まれる、文化とはその土地を耕す、cultivate-cultureだからである
コロナウィルスによる巣籠り生活はそういう生活形態だったのである、中世的内面化の探求でもあったのである

ただ空間軸の世界はわかりやすい、でも時間軸の歴史は理解しにくいのである
世界を旅しても時間軸の歴史を理解することは最もむずかしいのである
日本だってすでに江戸時代を理解することは本当にむずかしいからである
その土地に積み重ねられた歴史は簡単に理解できないのである
すでに50年、60年前、戦争や戦前のことが理解できなくなっている
卑近なことでも理解できない、子供時代街中でも囲炉裏があり炭が燃料であり井戸で水を利用していたとか経験しない人は理解できなくなったいるからだ
すると千年前とかの時間軸の歴史を理解することは至難になるのである
空間軸なら今でも世界を旅行すればある程度は実感として理解できる、空間軸の世界は地理は変わっていないからである、だから空間軸の世界を今でも理解できる
でも世界となるとやはり広大だからそれをしていたら一生などすぐに過ぎてしまうことにもなる、ただ別に学問がなくても空間軸の世界は今でも理解しやすいのである