2021年12月13日

「Dappi」の深層 (報道にも公正はありえない、必ず偏向する、メデアは中立ではない)


「Dappi」の深層

(報道にも公正はありえない、必ず偏向する、メデアは中立ではない)

政治資金収支報告書によると同社は、「自由民主党東京都支部連合会」から毎年ホームページ関係費や「自民党政経塾」の費用として支出を受けています。第2次安倍政権下の13年以降だけでも、都連からの支出は計約725万円に上ります。

野党攻撃のツイッター「Dappi」
運営企業社長、自民党本部事務総長と親戚
「赤旗」日曜版報道に大反響

13億円も使われた官房機密費
選挙も近いと言うのに菅退陣後ピタリと止まったツイート
Dappiの正体は?Dappiの出資者は?
これほど闇の深いアカウントはそうそうないだろう

ウヨも当然Twitterで意見を投稿する権利があるし、存在して何ら構いませんが、私が一番腹立たしいのは、Dappiのように野党・支持者を叩くことを生業として行い、ネット上で世論誘導し、しかも取引先が自民党。政党と企業が結託して報酬を得ている(であろう)ことです。
真っ当な世論の危機です。



この問題が良くわからない、マスコミでも新聞局でもテレビでも左右の発言があり偏向している、赤旗でも聖教新聞でも偏向している、雑誌でも右寄りでも左寄りでも偏向している、それは問題にならない、ここでなぜ問題になったのか?
これはネット社会では大きな問題にもなる、例えばレンタルサーバーとかプロバイダーとかを通じて個々人が発言する
でも自民党であれ創価公明党であれ共産党であれ幸福の科学であれ様々な組織団体がありそれらは資金があり金で簡単に報道を操作することができる
金だけではない、会員に命令して簡単に弱小のウェブ業者など買収できてしまう
何百万の会員がいればあるレンタルサーバーでもプロバイダーとかツイッターでも乗っ取ることもできる、それでトランプ大統領すらフェスブックで発言させなくできたのである

でもマスコミではもともと偏向した報道をしていた、NHKも国民から視聴費用を強制的にとっているのに公平ではない、メデアを持つことは権力を持つことでありその権力を与えることは公平さが要求される、でも結局公平なメデアなどないのである
そもそもあらゆることに公平でありえないのである
必ず報道は偏っているのである、だから別に赤旗であれ聖教新聞であれそれが偏っていても問題にしないのである
雑誌だって右と左があり偏っている、中立とか公平などないのである
それは是認されている、でもなぜ今回ネットメデアの一つが攻撃されたのか?
それは自民党から資金が流れていて野党を攻撃するためのものだったからだとしている
それが公平を装っていても野党を攻撃して選挙を有利にするものだとして裁判までになった、個人的誹謗もありそうなった

こうしたレンタルサーバーとかプロバイダーとかウェブ業者とかは小規模なものが多い
資金的な面になるとやはりここでも数を集めることである、さくらレンタルサーバーは安価にして数を集めて成立ったのである、でもそうなると数を集めないと経営が成り立たない、でももし組織団体のか会員が創価でも他の宗教団体であれ幸福の科学であれなんでも数を集めると資金的に経営できるとなる、もしそうてないとしたら一斉に組織団体の人達がやめたら大打撃になり経営できくなるのだ
そういう不安が個々人にはある、創価を批判するなとか共産党を批判するなとかある団体組織を批判するなと圧力がかかる、すると資金的に従がわざるをえないのである

そもそもメデアにしてもやはりこうして大勢を対象にしている、一人より何万人であれ何十万であれこ何百万となれば一人の費用がわずかでも経営できるのである
ただyoutubeなどは費用がかからないから個人で放送していることは画期的だった
テレビだったら放送するだけで莫大な費用がかかるからやっていけないのである
そこでどうしてもスポンサーが力を持つ、宣伝費をもらって報道することになるからその会社とか団体の批判はできないのである
ここにマスコミが歪められた原因がある、報道とは権力から自立しなければ公平な真実を追求できないのである
金やるから黙って入れとなればそうなる、そして肝心なことは報道されない
原発事故は原子力村で「安全神話」が作られて危険はないと口が封じられた
第一福島民報は創価の聖教新聞を刷って金になっている、また出資の株式の半分は県でになっているのである
そうしたらそれらに対して何の批判もできない、批判する記事はのせないとなる

そうなると危険なものでものばなにしされて結果的に県民が今回のように大被害になったのである、それも権力で報道が操作されたからである
メデアをもつことは権力を持つことなのである、でれでマスコミが第三の権力となったのである、でもそのマスコミはNHKですら公平ではないのである
東北政経とかも鋭い批判をしているが何十億という除染費用を幹部で山分けしていても相双リテックの宣伝をのせていたのである
となると相双リテックのことは批判できないとなる、こうして権力と金によって報道は歪められるのである
私の本はつたないものでも創価を批判しただけで個人とういだけで地元の図書館に置けなかったりした
つまり出版でも図書館でも公共的なものでもそこに権力がかかわっているからである
だから簡単に拒否できるのである、また何か重要なことでも報道させないのである
だから報道の自由がないということはそれが国民に大被害になる
創価だとファシズムになる傾向があるし共産党でも一党独裁になる
それは歴史が証明している、その権力は巨大だからである

今回の問題はネット社会化して起きてきたことである、ただネットにかかわらない人は良くわからないのである、前々からネットでは論争されてきたことなのである

ネットでは権力の無い一個人でも発言できる

これがネット社会でありそれがマスコミを凌駕するまでになったのである
ただその弊害もあり今回の様な事件にもなにる、常に何かあらゆることが権力によって金で操作されて歪められるのである
マスコミでも金やるから黙っていろとなればそうなる、ただネットとなると報道するにも金はかからない、youtubeのように個々人でもテレビ局になる
これは大きなことである、プログのようなものでも一応読む人は少なくても発言はできるまたいろいろと自作の作品でも発表できる、メデアを通さなくてもできる
だからこれは民主主義にとって欠かせないものになっている
個々人がメデアを持ち権力を持つことはこれまでありえなかったからである
ただ依然としてヤホーニュースに選ばれるのはやはり選ぶ方に権力があり大勢の人に読まれるとなる、そこで選ばれればそうなる、でも選ばれない人も多いのである

そこでもやはり組織団体の意向が反映される、ただ不思議なのは創価のプロパガンダの佐藤優が発言していても内部事情を赤裸々に語った人も発言させていたのである
ただここでも選ぶ人がいて権力を持つ、どうしても組織団体の意向に逆らえないとなる
つまり報道は自由で公平ではありえないのだ
だから別に聖教新聞であれ赤旗であれなんであれ偏向してもいいのである
それはそういうものだとして見るからである
むしろ公平を装うメデアがNHKでも今までのマスコミでも危険だったのである
なぜなら公平を装うから判断を誤るからである、公正だと思いこまされるのである
だからこの辺で原発事故があったとき原発避難民と津波避難民が同じ仮設住宅に住んで
補償金で争った、一方は原発避難民は多額の補償金をもらったが津波避難民はもらえなかったからである
でもNHKでは原発避難民側につくということで報道したから暗に津波避難民を批判するようになったのである、でも後で両方を和解させるような報道にはなったのである

いづれにしろ報道は民主主義の要になる、それはナチスを見ればわかる、ラジオの報道がナチスの全体主義を助長したとしている、ラジオにそんな力があったのかとなるがやはり国民全員を扇動する力がラジオでもあったのである
また戦争をあおったのは朝日新聞だったというのもそうである
世界に報道された油まみれの一匹の海鳥がどれだけ影響したか、世界中の人がイラクはひどいと怒りになったことでもわかる、それだけ映像の力は大きかったのである
フェイクニュースでもそうである
何が真実なのかもう世界となると見極めることが不可能になるからだ
それは一億の人間が住んでいる日本でもそうである、真実が何なのか報道からでもわからない、その裏にはいろいろと権力の強制があり公平な報道などないからである

「Dappi」の問題はネット社会化して起きた問題である、これは前々からそうなっていた,メデアを持つものが発言を規制できるからである、権力がかかわり規制できる
「Dappi」が公正を装ったから問題化した、別に私たちは自民党のシンパであり右の団体でありと標榜していれば問題なかったのかもしれない
そういう団体ならそういう発言があっても普通だからである、そういうことは認められているからである
ただこの辺は良く検討しないとわからない、ただ必ず自由な報道はなくメデアは権力によって左右されることは確かである

報道は立場が違うとまるで違ったものになる、公正な報道はありえないのである
権力に左右されない報道はありえないのである、民主主義だって結局田中首相が言ったように金と数なのである、数を集めれば権力になる、だから自民党は創価の票がないと半分落選するというのも恐怖になり政教分離で批判したりしないのである
こうして数を集める数が権力だとなっているのが民主主義でもある
それもまた不公平なのである、数が多いことが正しいとはならないからである
でも結局数に押し切られて戦争でも原発事故でも起きる、金と数でやはり原発事故も起きたからである、ナチスが民主主義の選挙で正当に選ばれたことでもわかる
数が権力となり善悪も関係ない、それで何百万人が死んで犠牲になったのである
だから常に報道が問題になるのである

いづれにしろ報道は権力によって左右される、だから公正はありえないのである
権力はもともと暴力によって作られていたことでもわかる、言論などは無視される
力の強い者が支配することになる、暴力で決着する、議論しても決着しないからだ
それで米中対立でもどちらが正しいかなど関係ない、力が強い者が正しいとなる
戦争て決着するとなる、日米戦争でもそうだったからである、アメリカが正しいわけでもない、ただ力が強かったから戦争に勝ったから正しいとなっていただけなのである
だから東京裁判など公平でありえないのである、要するに力のあるものが強い者が一方的に罰するだけだったのである、それが人間の歴史でもあった、正義が通るのではなく
力の強い者、権力を持つものが裁き支配するとなるのが歴史だったのである
それは現代でも変わりないのである
結局神が治めシオンで公正な裁きが行われて平和が来るとなる、それまでは人間社会はネット社会であれなんであれ公正な裁きなどないのである
そもそも人間に裁く権能がないからである、人間には裁けないからそうなっているのである


posted by 老鶯 at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層