2021年12月24日

年の暮、冬の灯、寒鳥、寒雲 (年の暮の俳句十句ー整理に追われる年の暮)


年の暮、冬の灯、寒鳥、寒雲

(年の暮の俳句十句ー整理に追われる年の暮)

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ここの梢に二羽ヒヨドリがとまっていた


冬の灯の庭の石に漏れ人住みぬ

寒鳥の梢鋭く二羽とまる

寒鳥の高き梢より飛び去りぬ

寒雲の川面に映し日も暮れぬ

ムクドリの幼稚園に群れ集まりぬ

黒き猫我が家によりて冬の暮

母なきや厨(くりや)に一人年暮れぬ

我が家を一人守りて年の暮

十年以上空家に住まず年の暮

自転車屋街に一軒年暮れぬ

助けつつ助けられつつ年の暮

我が一人遺影に向かい年暮れぬ

近所の人一人死にたり年の暮

本に埋もれ整理しきれず年の暮


冬の灯が庭の石にもれる、そこには人が住んでいる、石もそこで活きている、人間化するのである、でも空家には石も死んでいるとなる、ただ空家に入って勝手に庭を見ているのも不思議である、石に興味があるからそうしている
ともかく空家が多すぎるのだ、その空家は立派であるが十年以上それよりずっと空家だったが人は住んでいない、でも荒れていないのが不思議なのである
なにかしら手入れに来ているのだろう

でも空家になっている時間が長すぎる、誰も住まない家とは何なのだろうとなる
全国でこの空家が膨大になる、すでに800万軒という空恐ろしいものとなり遂には
2000万軒にもなる、これが現代の日本を象徴している
もう自治体でも市町村でも維持できない所がでてくる、日本自体が縮小してゆく
その衝撃が大きいのであく
かつてにぎわった温泉街が廃墟化しているのも驚く、何か原発事故周辺はゴーストタウンになったもしかしたらここは未来を先取りした地域なのかともみる
市町村自体が消滅してゆくのである

子供が遊んでいるのも見かけない、ただ幼稚園の運動場にむくげが飛んできていた
団塊の世代の子供のころは本当にわんさと子供がいて遊んでいたのである
今は幼稚園で子供が遊んでいるだけである、何かこれも淋しいのである

自転車屋は一軒なんとか経営している、でもいづれなくなるだろう
するとどうなるのか、さられにさびれたものになる
見えるのは老人であり話を聞くのは腰が痛いとかなんとか病院に通っている老人の話なのである、子供の話など聞かないのである

今年も自分人一人が家を守って暮れる、墓地の公園の銀杏の木の梢に鳥が二羽とまっていた、いかにも寒鳥だとなる、見たのはヒヨドリである
これはいつもみかける、黒い猫に餌をやっているから毎日来る、これも手間である、家にはあげないしこの猫は慣れないのである

ともかく今日も忙しかった、買い物に三回行った、結構この買い物が手間なのである
あとはいろいろ整理することがある、本の整理が一番問題である
本はなかなか整理できない、その内容を整理できない、引用するものがある、でも本の整理はどうしていいかわからない、パソコンでテキスト化すればいいがめんどうである
ただ読み返すると本にはいいことが書いてある、ネットにない高度なものが蓄積されけいるのである、ただその整理がむずかしいのである

人生の最期は整理が仕事にもなる、年の暮だと今年の整理だとなるからだ
一人なんとか家を切り盛りして維持している、その合間にプログを書いたりしている
今年も近くで一人死んだ、また隣に前住んでいた人も二人すでに死んでいたのである
これも驚いた、近くでも今や葬式も身内でやったりするからわからなくなっているのだ

今年も終わりである、今年はやはりコロナウィルスにはじまりコロナに終わったとなる
これはインフレインザと対して変わらないという人もいる
たいしたことがないのに大騒ぎしているという人もいる、騒ぎだけが大きくなったとも言う人がいる、それもそうなのかもしれない、本当に実被害は10とするその千倍くらいの騒ぎになっていたしもしれない、それだけ未知なものに人は恐れる
それはこの辺の原発事故の放射線被害でもそうだった
何か未知なものは恐ろしく感じるのである、どこまで恐れていいのかもわからないのだ
ただ本当に恐ろしかったのは津波の方だったと思う
また地震でもそうである、そっちの方がずっと怖いと感じた
コロナウィルスにはあまり自分の場あい恐怖を感じなかったのである
だからワクチンも打たなかったのである
そもそも一人としか濃厚接触していないからうつらない思ったからである
仕事している人は強制的にもなった、ただ騒ぎだけが大きくなったということは言えるかもしれない、実際は日本だとインフレインザくらいの被害でありそうしたら何ら騒ぐ必要もなかったとなる、ただ未知なものを人は恐れるのである

幽霊の正体見たり枯れ尾花

コロナウィルスであれオミクロンであれこれになるのかもしれない、本当に正体がわからないと人間は過剰に恐れる、それに拍車をかけたのがマスコミの報道だったのかもしれない、報道は恐怖を倍増させたということはある
ただなかなかそのことに対して恐怖をあおっていても言えないということがある
結局は未知なものだからどうういふうになるかわからないからである
まず今回もウィルス専門家があてにならないことがわかった
原発事故でもそうだった、御用学者となり科学的真実を報道しなかったのである
わかったことはこの世にはまだまだ未知なものがあり科学者もわからないことが多々あるということである、だから専門家もその未知なものにたいして何か確信をもって言えた人はいないということだったのである

スマホを買った、写真をとったがパソコンに転送できなかった
スマホはどうしても必要になっている、ただパソコンが本体でありスマホは補助になる
遠くから通信できることが強みでありパソコンは創作に使うとなる、スマホでは創作は無理だとなる、絵を描く写真を加工することは無理だとなるからだ


人間は一緒に育たなければ家族に兄弟にもならない (一番大事なのはともにする時間だった)


人間は一緒に育たなければ家族に兄弟にもならない

(一番大事なのはともにする時間だった)

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時間は限られている、何に時間を配分するのかそれが人生にもなる
なぜなら配分する時間が限られている、その貴重な時艱を何に費やすかで人生は決まるからだ
くだらないことに時間を費やしたら何の実りもないとなる
でもそういう人が実に多いのである、それは時間の貴重さがわからないからである



推理ドラマが面白いのは地域性、家族関係、金の問題、借金問題とかが必ずテーマになっている、何かこの問題が人間社会に多いからである
今回は函館とか青森が舞台となっていた、函館は何回も行ったから知っている
市電が走る街であり明治時代を偲ぶ場所としてある
そして連絡船で青森までわたり捜査する

もう一つのテーマは必ず青春時代とか若い時お起こしたことが後年に問題となって尾をひいている、女性関係などで尾を引いている、愛していたがかなわなかったとか恨んでいたりする、何かそういうことが尾をひいている
そしてもう輝いていた青春時代はもどらないとかいうのはこれは後にならないとわからない、このことが実際は一番痛切なことかもしれない。

青春とか若い時は実は一時の輝きでありあっという間にすぎる
でもなんか青春時代に経験したことは老人まで影響している、だから認知症になっても若い時に経験したことは忘れないとなる、姉は従軍看護婦でマレーシアのジョホールバルで四年間辛酸をなめたからそのことを忘れないで千回も語りつづけたとなる
なにか印象に残ること出合いが青春時代に起きる
その後にも起きるとしても一番青春時代に起きやすいとなる

そしてその経験したことが何だったのか老人になってようやくわかるのである
これは人間の歴史と同じである、明治維新でも太平洋戦争のことでもふりかえりそれが何だったのかわかる、ただこうした歴史的事件は評価するのがむずかしい
ただ個々の人生をふりかえりありあのことはこういうことだったのかとわかり納得する

人間の家族関係も謎であり複雑である、複雑怪奇でもある、それで昨日の推理ドラマでは双子の兄弟間で起きた、でも両方とも顔は似ていても全く戸籍の上だけで兄弟であり一緒に育ったことも無いから他人だった、それで金のために双子の兄弟でも一方を殺したのである、そこになんら兄弟という感情がなかったのである
人間は動物ですら一緒に育たないかぎり肉親とか兄弟姉妹の感情がもていなのである
犬に育てられたとか子供の時親しくしていると犬が親代わりになったりする
動物の子どもは身近な生き物に警戒なくついてゆく、身近にいるものを親と思うのもそうである

私の場合は兄がいた、父親は違っていた、でも家で一緒に五才頃まで育ったのである
だから「あんにゃ」として一緒にいたのである
それで兄と認識できることになった、もし一緒に5年間でも一緒に育たなかったら兄とはならなかった、何かこういうことは頼朝と義経の関係にもあったみたいだ
血のつながった兄弟でも兄弟として育っていないから兄は無情に殺したのかとなる
ただ政争になると兄弟間でも争い殺し合いになっているから別である
でも別なドラマでは兄弟で争い弟を殺そうとしたが兄が子供の時一緒に暮らした弟を思い出して殺すことはしなかったのである
兄弟の情が残り殺せなかったともなる
普通に一緒に育っても遺産争いで骨肉の争いとなるから兄弟でも子供の時一緒に育ってもそうなるから人間はそういうものだとなる
子供の時一緒に遊び暮らしていてもそうなるから人間に共通して大人になると欲に左右され醜いものとなる

その女性は生まれて五年間は実の親に育てられた、でもその子供を老人になり頼った
その時認知症になっていた、でも子どものことを自分の子供と思って頼った
でも子供は親とも思っていなかった、ただ親が金をもっているから施設にあづけてその金をもらうだけの人となっている、その女性は全く情がなくなっていたのである
三人母親が変わったが最後の母親とは長く一緒にいた、でもその親が病気になったとき捨てた、何かあるにしろ一番長く一緒に暮らした親を捨てた
それで自分に「ひどい娘だわ」と一言電話で伝えてあっけなく死んだから良かった
要するに深い恨みを残して死んだのである、ただ母の実家は不和分裂の家でありそれが継続されていたとなる、そして完全にいまになると切れた

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兄が母の実家にいたのは五年間だった、でも全く忘れたというのもわからないその後交際がなくそうなったのか?
兄は母はその後も連絡してかかわりあっていた、交通事故で死ぬ前に自分の家に寄ったのも不思議だった
人間は死ぬとき親しい人に別れを告げに合いに来るというのは本当であったとなる

孫でも一生に育たないと人間は愛情がわかない、外孫が何か愛情をもてないというときそうである、人間はやはり一緒にいることで愛が育まれる、それがなかったちら血縁というまえに他人でしかないのである
自分の兄の場合は5歳まで一緒に育ったから兄と認識していたのである
また自分の家では良くしなかったかからいつも悪いという感情があり交通事故で死んだので墓を自分の家の墓の隣に墓を建てたのである
でも一緒に育った実家の女性は兄のことを覚えていないという、5歳まで自分の家にいてあと15歳まで実家でともにいたはずなのである
でも全然記憶がないという、こういうのもその女性は異常化した人間になっていたからである、その理由は良くわからない、長い間付き合いがないのでわからないのである

いづれにしろ人間は兄弟でも姉妹でも一緒に育たなければ血縁でも愛もないし育たないし他人に過ぎないということである、だから双子の兄弟でも殺すことができた
もちろん遺産争いで殺人もあるから一緒に育ってもそうなることはある
でも確かに親子と兄弟姉妹でも一緒に育たないと家族の感情が持てないのである
結局自分自身は60年間一緒に母と姉といたから深い関係になっていた
愛情をもつ関係になっていた、母と姉は争っていても不思議に実際は憎しみがあっても愛していたのである憎しみも愛の表現だったということもある
そういうドラマもかつてあった、憎しみつつ愛していたとなる
それは60年も一緒にいれば自ずとそうなるのである、やはりその間に喜怒哀楽を共にしたからである、だからわからないのが熟年離婚なのである
長い間一緒に生活していてそうなることがわからない、
なぜならもう老人になってから共に過ごす時間が短い、生きる時間がないからである

人間にとって時間をほど大事なものはない!

いろいろあっても一番老人になって後悔するのは時間を無駄にしたことであった
なぜなら時間はもどらない、時間は限られている、時間は消失する
でも時間は金がなくしたときのように千円でも損したとか無くしたとかなると必死に探すようにならないのである、何か無意識的に過ぎてゆくだけなのである
時間は意識できないのである、そこに人生の落とし穴があった
もっとも貴重なものが意識できないことだったのである
愛をはぐくむにも家族になるにも時間が必要なのである、その時間を失ってみて時間の貴重さをしる、そして時間は公平なのである、みんな平等に時間をは与えられている
特別何倍もの時間を与えられている人はないない、だから金持ちでも必ずしも時間に関しては平等なのである、その時間によって経験することが違ってくる
限られた時間しか経験できないことである、もし人生が100年とか200年になると経験することが多くなるから誰でも学者にもなれるとなる
ただ経験するにしてもその年代でか経験できないことがある、子供の時の経験は最も貴重であり青春時代でもそうである、その後の経験は何か希薄化する

確かなことは最も失いやすいのは時間である

これだけは確かである、それは金のように意識できないからである
だから金持ちでも金があっても時間を失っている、金で穴埋めできないのが時間なのである、金があってもでは何かしようにも時間がかかったり体力がないとできないとかただ金があっても家にいるだけだとなる、また病気になったりしたら何もできない
金があっても歩くことすらできないとなると金はなんにも役にたたないとなってしまうのである、だから時間を有効に活用した人が実際は人生で本当に生きたとなる
価値を残したとなる、そして老人になると過去の経験したこと学んだことが宝となる
そういうことで今自分は過去をふりかえり旅したことなどで詩を作ったりとかしているのである、旅した時間も貴重なものだったのである
でも旅でも車でしたとしても記憶に残りにくいのである、記憶に浮かんでこない、だから歩く旅していた人はかえって旅を記憶している、江戸時代とか戦前でも旅した人は記憶している、それは歩いていたからである、一歩一歩歩いていればそれは体で覚えているともなるからだ、でも車で行った人は通り過ぎるだけであり記憶に残らないのである