2021年12月28日

人生百年は長期戦 (陰の性格の人は後半戦に強いー引きこもりは陰の人になる)


人生百年は長期戦

(陰の性格の人は後半戦に強いー引きこもりは陰の人になる)

陰の魂の質は、穏やかさ、清らかさ、静けさ、安心感など・・・あまり目立たずに陰から人を支えたり、他者に調和や平和を届ける様なエネルギーになります。
陰の魂の持ち主とは逆に、陽の魂の持ち主は、社会の中で特に評価されやすい傾向もあります



人間の性格で陰陽がある、陽は前向きで明るくばりばり行動する力があり目立つし人を導くこともできる、人も集まる、そして早い時期に成功しやすい
一方陰の人は何かと社会でマイナスに見られる、陰気でありとっつきにくいとか社交的でないとかなる、そうしてどうも引きこもりになる人が今や60万なのか多い
陰の人は社会で率先してばりばりやれないからだろう、そこでつまづくとなる
社会にでて引きこもりになりやすいのが陰の性格である
注目されるのは陽の性格の人である、女性で明るく目立つ陽の性格の人は好かれやすい
何か大人し控えめな人は損するとなるかもしれない

陰の人はこうして社会では不利な面が多い、でも自分の性格を知って陰の人も力を発揮することができる
人間の謎は必ずあらゆる面で有利なことでも不利になり不利なことでも有利になる
大軍でも強国でも少数の国と戦い負けることもある
だから何が有利に働くかわからないのである、だから自分の性格が陰だからと悲観することはない、ただ己を知ることが大事である
陽の人がうらやましいと陽の人のように生きるということはかえって苦しくなり失敗する何が自分は陰であり人と付き合うことは苦手である、人と逢うことだけでひどく疲れるのである、だから引きこもりになったのだと思う
引きこもりになるのは陰の人だと思うからである

陰の人には陰の人に逢った生き方がある、陰の人は内面的なものの追求に向いている
実業家とか政治家とか大勢の人の上にたち目立つ人となるのは向いていない
陰の人は芸術家とか思想家とか学者とか内面的なものを追求するのに向いているとなる
それは必ずしもチームワークでするのではなく一人でもやれる仕事だとなるからだ
ただ研究者でもチームワークが必要だともあり何らか仕事をするには協同する必要があるから一概には言えない
でも陰の人はいくら陽の人が成功しやすい社会に認められやすいからとまねることはできない、そうなるとかえって苦しくなるからだ

歴史をみても信長は陽の人であり秀吉も陽の人であり天才的であり率先して人を導くことができる、華々しく活躍する天才でもある
でも家康となる何か地味であり華々しいという感じがない、陰の人の感じになる
でもなぜ彼が最後に天下をとったのか、治めたのか?
それは家康が特別優秀な天才でもない、その前に陽の天才だった信長が殺され、秀吉も死んだからである、痕に残ったのが才能もたいきしてなかった家康だったともなる
家康には特別天才的なものがなくても忍耐力があったとなりたまたまマラソンで走っていたら前を行っていた人が脱落してしまったともなる
長期戦になったら特別強い人が優秀な人が死んでしまったということで家康が最後に天下をとった、それより長期戦の結果天下が自ずと転がりこんできたともみる

70以上になると結構同期でも死ぬ人が増えるし病気になる人も増える
マラソンに例えるならばたばた落後する人が増えてくる、ただ人生百年となると結構長丁場の戦いにはなる、元気な人も多い、でもやはり結構病気になる人死ぬ人が増えるのである、人生の競争でも脱落してゆく人が増えるのである
要するに長生きするだけでも勝利者にもなるのである

だから陰の人は後半戦に強いことを今私は自覚した、陽の人は前半戦に強い、ばりばり力を出して成功しやすいとなる
そういうことで陰の人はあせらないことである、なかなか前半戦では成果が出ないのである、でも陰の人でも引きこもりでも何か好きなことでも積み重ねることがあればやがて芸術でも学問でも思想家としても大成するともなる
陰の人は理解力でもなかなかつかない、陽の人は物事でもなんでも理解してしまうことがある、陰の人は何か成し遂げるにも理解するにも時間がかかるとなる

ただ陰の性格の人は人生の後半戦で力を発揮するようになる、それも人生百年となると
50歳以降にすらなる、60でも70歳以上でもそうである
普通の人でも80歳まで働くようになる、それは経済的にそうなるというがそうでなくても人生百年は長期戦になる
そして何か人間はやはり成長しつづけるものである、例え陰の人でも目立たないが木のように時間をかけて成長しつづけて大木になる
それは時間によってそうなるのである、必ずしもその人の才能によってなるとは限らないのだ
現実有能な人でも早く死んでしまい何か実りとなるものを残せなかったともなるからだ

つまり人生百年を生きる心構えが若い人でも必要になる、人生は長期戦であり将来はどうなるかわからない、だから黙々とでも引きこもりでも社会に適合できなくても認められなくても長い目で淡々と積み重ねる、努力することが必要だとなる
でも若い時は50年後先など見えない、だからたいがい60くらいで死ぬと見ている
でも実際は本当に90から100歳とかまで生きる時代になっているのだ
全部ではないにしろ病気になる人も多いにしろそれが平均的になってくるのだ
だからこの長期戦をどう生きるかを考えねばならない
とにかく人間というのは動物とかと比べても成長するのが遅いのである
でも成長しつづけるとういことがある、それは木とかと同じである、成長するに時間がかかるのである、何か理解するのにも時間がかかる

だから本を大量に読んでもいても理解していなかった、今になると理解力がついてきたからその言わんとすることがすぐに理解できる、そして自分の文脈で引用できるのである
大器晩成というのは別にもともと大器でもない、長期戦を生き抜いた結果として晩成したということになる
時代にもよるが平和な時代には長期戦になる、特に長寿社会になるとそうなる
戦前でも正岡子規も36歳くらいで結核で死に啄木も27歳で結核で死に宮沢賢治でも36歳くらいで死にとかとにかく結核で死んだ人が多い、結核は若くして死んだから悲惨だったのである、また戦争でも有能な若い人が将来を嘱望された人が死んだのである
このように人間の才能とかは天賦の才能に恵まれていても開花することがむずかしいのである

つくづく自分が才能などたいしたないのにこうしてそれなりに開花ししてきたのは家族に恵まれたためである、自分の家族をふりかえると自分のためにあった、自分を育てるためにあったようにすら思うようになった、みんな死んでそう思うようになった
父親は酒屋の丁稚奉公であり母も戦前は貧乏であり苦労の一生であり陰の性格だった
でも百才まで生きた、そして陽の姉がいて私に尽くしてくれた
父の違う兄は不幸であり不遇であり交通事故で死んだ、こうして何か私の家族全部が私のために犠牲のようになったとみる

こうしてなかなか一人の才能ある人間すら簡単に才能を開花させることはできない
それは時代の影響もある、戦前のような貧乏な時代になるとなかなか才能を開発できない戦後でも焼け野原から始まった、家には一冊の本もない、その後でも本屋にしか本がないそれも百万分の一くらいしかないとも今になると見る
子供部屋もなちかことおじとかもいない、子供部屋がないとなかなか落ち着いて自分の勉強ができないとういことがあるからだ
現代だとこうしたものがさらに整ってきているから有利である
こうして時代の差がありそれでそれぞれの個性的なものを追求できないのである
つまり人間はそれぞれに才能があったとしてもその才能は開花できないのである

つくづくこれからの人生は百年であり長期戦である、例え最初はびりでも最後に一番になることだってありうる、先を行っていた人たちも脱落してくる
だから先がわからないのである、ただひたすら黙々とマイペースで走っていたら前の人が脱落して一番にっていたということもありうる、それが人生百年の意味なのである
だから若い時に人生をあきめることはない、ひたすら走りつづけることである
ただこのことが若い時に理解できないのである、若い時自殺するような人はそうである
ともかく生き続けることである、人生はどう展開するかわからないのである
でも日々の努力は怠らないことである、ささないなことでも後で花開くとういことがあるからだ


本格的な怪物は母の胎内での期間が五万年、十万年かかるべきものなのだ
80万年無駄飯くらってやっとよちよち歩き出るような人間、いや超人間になりたい
(単細胞的思想ー上野霄里)

自分の性質が活動的な仕事に向いているか、それとも有閑のうちに研究ないし黙想することに向いているのか、である
そして自分の才能に導かれる方向に傾いていかねばならない

心が俗事や陳腐なことを軽蔑するとともに、聖なる霊感を受けていよいよ高く舞い上がればその時こそ遂に死すべき人間どもの口には崇高すぎる歌を吟じるにいたる
心がある高く険しいところにあるものに達するには正気である限り不可能である
心はすべからく陳腐なことから遠ざかり轡(くつわ)をばりばりとかみ、己の指揮官を急がせてかつて自分がら恐れて登らなかった高みへ引き立てて行くべきである
(セネカー人生の短さについて)


上野霄里氏は天才であり天才的思考になる、若い時であったがこれも理解できなかった
ただ天才は凡人には偶像化するから危険ではあった、ただその言うことは今理解できる
人間は長期的に見るべきであり人間は成長しつづける存在なのである
若い時は理解できなくてもやがて理解するようになる、だから若い時理解できなくても本を読んでおいた方がいいとはなる
天才は努力を否定するから凡人とは違う、その言うことは理解する

凡人でも

心が俗事や陳腐なことを軽蔑するとともに、聖なる霊感を受けていよいよ高く舞い上がればその時こそ遂に死すべき人間どもの口には崇高すぎる歌を吟じるにいたる

これは修養なのである、修行をしつづけることである、天才的な人は修行しなくても一挙にわかる、でも普通の人はには修養とか修行が努力も必要なのである
だから不浄を拒否して山に籠もり修行したのである
俗世間に染まらないことなのである、それは宗教だけではない、芸術でもそうである
それは崇高なものを目指しているからである、そしたら俗世間に染まってしまったらその崇高なもの純粋な自然の美を見ることもてきないからである
今の宗教は政治経済化して組織集団化しているから俗世間の価値観しかない
かえって欲がないのはエネルギーないとかなり俗世間より以上に俗世間的な場所なのである、そんなところで心が浄められるとか全くない、全く不浄な人々の中にまじりそれが普通となり汚れているのである

だから引きこもりでもそうした不浄な世間と交わらないということで黙想して浄化する
そこで自然の美も見えてくるとなる、ただここにはやはりマイナスも大きい
それでアウトサイダーには狂気になった人が多いのである
ただこうして引きこもりでも黙想して不浄を拒否して生活していれば自ずと神聖なものでも自然の美でも見えてくる、それで私は今それを詩とかにしたものを発表している
百遍以上の詩はまだ発表していないからである

とにかく人生百年時代を生きることは若い時は序の口だからそこであきらめることはないただ正直若い時に方向が決まってしまうことが怖いのである
カルト教団から脱しなかったらそのまま一生そのままつづくということが怖い
そして人生そのものもを失ってしまうのである
それが極端化したのがオウムだし他の創価でもなんでも宗教の組織化集団化したものは同じなのである
それで若き時に神を知れということが重要なものとなる
若い時に方向が決まる、偶像崇拝していたら生涯偶像崇拝のままである
そしてオウムの麻原とか創価の池田大作とかでも偶像を拝みつづけるから怖い
宗教で一番大事なことは偶像崇拝しないことだからである
でも宗教でも偶像崇拝していることが多いのである、組織集団化した宗教はそうである

今年も終わりだけど私の中でこうして引きこもりでも不浄を拒否して黙想していても
それが実ってくることはある、それも30年以上とかそうだったのである
だからこの年月が何だったのか?それは今の実りへとつながるものだったともなる
そこにマイナスな面も大きく失敗したが引きこもりが無駄とはならなかったのである