2021年12月31日

寒雀、葉牡丹、氷る(年の終わりに今年の感想)


寒雀、葉牡丹、氷る(年の終わりに今年の感想)

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俳句は写生である、だから写真と相性がいいのだ
写真を見ただけで別に説明しなくてもわかるからだ
写生俳句とはせつめいしないことことだからである


大晦日とか気分がなくなった、ただ単に年が終わるというだけである
年はあらたまるというだけである一つの区切りとなるだけである
でもこの区切りだけが残る、今年は終わり来年に期すということになる

今年の一年は何か家事に追われプログを書くのに追われフェスブックも試しにしたが何もできなかった、コメントもしなかった
とにかくプログに記事をのせるだけで時間がとられる
そして家事に追われる

今日もスーパーとダイユーに行った、灯油を買った、買い物も結構手間なのである
自分の仕事は今これまで書いたものの整理とか記憶の旅をつづけていることである
今年の旅で印象に残ったのは相馬市から福島中央道ができて寂れた昔の道を霊山町の方まで自転車で行ったことである
この道はあまり行っていない、相馬市の方から行っていなかった
飯館村の方から行っていたからである
でも宇多川は相馬市を流れているのを見ると小さいのである
この辺の川は小さい、新田川でも流れが浅い、真野川と高瀬川は大きい、ただ不思議なのは宇多川はさかのぼると上流は渓谷のようになっているから大きく見えるのである
真野川は大きいが長いがあんな渓谷のようになっていないのである

旅という時、いつも言っているが相馬市から霊山町まで自転車で行くだけでも旅になっていた、それは自転車だからそうなっていたのである
その道は一つの旅の行程となっていた、ここを車で行ったりバイクで飛ばしたりしても
心に残らない、ただ通り過ぎるだけになる
だから短くてももし歩いたり自転車などで行けば旅になっていた
そして霊山を越えて霊山町の方に行ったがその辺を行ったことを忘れていたのである
それげ霊山神社に行けなかったのである
とにかく人間は忘れやすい、自分の書いたものすら忘れていて読み直して感心しているのも不思議だとなる
それでその整理が大変な作業になっているのだ

ある意味で今年はそうした整理の年だった、これは来年もつづく、そして詩集とかにまとめたいのである、今年は確かにコロナウィルス騒動だったが自分には何にも関係なかったもともと介護が十年つづき巣籠りになっていた
家から遠くへは出れなくなっていたからである,ワクチンも打たなかった
一人しか濃厚接触者がいないからうつらないと思ったからである
コロナウィルス騒動は何か騒ぎすぎという感じにもなる
実際の危険は一割くらいでも十倍の危険に水増しされているか感じである

オミクロンとかでも何かもういい加減あきたともなる、これも油断なのかもしれないが
人間はあきる、いい加減もう終わりにしろとかなる
これも油断になるのかもしれない、ただこれはいい加減もう終わりにしたいとなる
あまり反応しなくなもなる、それが危険にしても人間の心理でそうなる
本当に日本だとどれだけの被害があったのか明確ではない
何か誇張されているともみる、結局情報社会になると何でも過剰に反応しやすいのである小さな火花でも全世界が爆発するようにも感じるのである
マクルハーンが世界が村になるというのが情報化社会である
世界の果てに起きたことも隣の村で起きたように感じるのである
世界で起きる犯罪でも隣で起きる犯罪者がいるとも感じるのである
だからもう誰も信じられないともなる、子供に近寄れない時代になったのである
子どもに話しかけたらいたずらする悪い人だとなるからだ
それは常に報道されるからそうなるのである

スマホを買ったけどこれも使いこなすのがめんどうなのである
何か買うということは受け身ではない、使いこなすのがめんどうでありそれで老人は使いこなせないから買わないともなる
ただ自分はパソコンをしていたからのみこみが早い、でもスマホの一番の問題は画面が小さいことなのである、これが意外と相当に脳に影響している
広い画面で見るのと狭い画面で見るのではまさに視野狭窄にもなる
でも軽くメモするとかにはいい、写真でもなんでもメモして記録してそれを見ると記憶しやすいのである、他にもスマホでできる効果的なことはある
でもどうしてても画面が小さいから何かすんなりと操作できないし使いにくいとはなる
ただスマホはスマホとして使用が違っているから必需品になる

今年をふりかえると調子は良かった、バイオリズムとしても良かった
やはり介護というのは心身ともに疲弊するのである
介護が終わってもしばらくは疲れが残るのである
だから正常化することが時間がかかるのである

推理ドラマで財産持っている親が子供に財産を残さないで他人の若い女性に遺言書で相続させるとした、それで実の子供たちが怒った
実の子供たちは誰も親のことを心配することなくただ金だけを遺産だけを欲しいとなっていたのである、事業に失敗したとかあり親のことより財産の方を心配していたのである
これも良く推理ドラマででてくる
その親がガンになっていたとしても子供たちは金の方を心配していたのである
何かこれも淋しいと思う、親子でもこんなものなのかと悲しいとなる

だから財産を猫に残したということが外国辺りで本当にあったのである
また和歌山県のドンファンとか言われた人も殺されたのか何かわからないけど愛犬がいてめんどうを見るように財産を残すとなったのである
子供を育てても親から金が欲しいだけだとなれば淋しとなる
自分の場合は特別親から良くされたから毎日姉と母のことを思っている
今になるとこの父親のように自分のことを心配したり思ってくれる人がいなから余計にそうなったのである

金に追われ余裕なき女(ひと)寒雀

家に来る人はまさに寒雀である、全く金に余裕がない、食べるものすら節約するとなる
でも一人暮らしは贅沢だという人もいる、江戸時代なら長屋であり個室などないからである、戦前でも農家ではないとその住まいは個室がない、そういうのが多かった
個室は贅沢だったのだ、戦後の焼け野原からでも子供に個室などなかった
子供部屋はなかった、だからコトオジなどもいなかったのである
ここが何か今貧乏になっても贅沢だと見るのである
物でも計り売りであり酒屋に買いに行かされた記憶がある
相当に戦前でも本当に貧乏だったのである、食べ物でも味噌汁とたくわんがオカズでありそれは江戸時代と変わりなかった、私の母がそうだった
梅干し弁当でありそんなもので良く生きていたと思う
今は貧乏でも結構贅沢な面があるのだ
そして仙台市に目の手術に行った、二回も行ったのである
それで直ったみたいだ、これも江戸時代からすると贅沢である
なぜなら眼は直せなかった、それが約一割近く盲人がいたのである
盲人が多かったのである、栄養が悪いこともあった
そうはいっても日本の問題が貧困化にあることは確かである、これからもそうである
だから座頭市とかの時代劇がある、盲人がいたるところにいたのである

来年もまた来たらむや寒雀

こんなふうにもなる、相当に貧乏な人が増えていることは確かである
ただそういう人と接触しなければわからないのである

木の葉散り氷に閉ざし籠もるかな

来年も書き続けますのでよろしく