2022年01月31日

人間は何でも必ず責任をとらされる (無責任に何でも決めることはてきないー多数決がすべてではいな)


人間は何でも必ず責任をとらされる

(無責任に何でも決めることはてきないー多数決がすべてではいな)

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責任という時、例えば何かを決める時、十人がいたとする、そこに黒い丸が十個あったが中に一個の赤い丸があったとする
そこで十人が全員全部黒であり赤はないと判断する

その前にその判断に対して責任をとれますか?

本当に赤はなかったのだと言い切れますか

もし間違っていたら責任をとってくださいよ

間違っていたら一人十万とりますよ

こう言われたとき十人が赤がないとしても判断するのは慎重になる
全員が赤はないとしてもあとで責任をとらされるから慎重になる

ても原発事故では原子力村が「安全神話」を作ったが事故になった
その時誰も責任をとらなかったのである

「原発は絶対安全です」
「それを責任持って言えますか、もし事故になったら責任をとりますか」
「・・・・・・・」

結局誰も責任とらなかった、でも地元の人たちは責任をとらされたのである
故郷に住めなくなったのである

「でも地元の人達も金をもらって容認したのだから責任がないとは言えない」

「あなた達には金をやりました、だから事故になっても責任を追及しないで下さいよ」

人間は最初から責任を感じていれば判断でも慎重になる
大衆民主主義になるとみんな投票するにしても責任感じない
でもいくら大衆でも必ず責任はとらされる
おそらく地元でも責任を感じていなかった、ただ金をもらえばいい金になればいいしかなかったのである
また東電でも政府でも原発を作っても事故になったら責任とらされるということもなかった
もし事故が起きたら切腹させられるとかなったらもう慎重になり作れない、作ったとしても常に戦々恐々として安全を計ったいたとなる、でもそういう責任も自覚しないから安易になっていたのである

そして10人が全部赤はない、赤が危険信号だとしてもないとされる
それに反対する者は追放だとかなってしまった
民主主義は多数決だけど多数がすべて正しいとはならない、でも多数に押し切られる
危険も無視される、赤信号みんなでわたれば怖くないとなっていたのである
実はそれが一番怖いことだったのである
民主主義の危険がそこにあったのである
赤信号みんなで渡れば怖くないということは責任もないとなっていたのである
でもそこで事故が起きたら責任をとらされるのである
多数決がすべて正しい訳ではない、なぜなら一人一人が無責任になる
一人など投票でもなんら影響しないとかなる

つまり責任を感じないことが自覚できないことが問題なのである

でも原発事故でわかったことは必ず責任がないということはない、責任はとらされる、
とらされたとなる
それが原発の距離に比例してとらされたとなる、原発に近ければ近いほど危険だったからその責任は重いものとなり住民は住めなくなったということである
確かにその分補償金をもらったとしてもやはり責任は距離に比例してとらされたのであるただ飯館村は距離的に遠いし関係ないともみていたから責任があったとは言えない

とにかく人間にはあらゆることに責任がつきまとっている、何か高校生の一人が警察官に警棒でなぐられて左目が失明したとかなった
そこでSNSで騒ぎになり暴徒となって警察署を襲ったのである
300人くらいで襲った、それも理由あるとしてもその暴徒化した人達は写真をとられているから後で警察に呼ばれて責任がとられるとしている
つまり行動には必ず責任がとらされる

そして若い時は無茶な行動に走る、でもそうしたことを後で後悔してもその罪を償わされる、責任がとらされるのである、そういう無謀なことでもそのままに解消しない
責任をいつかとらされるのである、それがカルマにもなる
人間の行為には必ずカルマが責任がつきまとっていて逃れられないということである

子供が泣いて生まれるのはこの世に生まれることがカルマ(責任)を背負わされることでありそれでそれが課せられているから
泣いて生まれというのもわかる
人間はどんなことしても責任(カルマ)から逃れられないからである

2022年01月30日

冬の鴨、蝋梅、冬の暮、丸森大張村 (親密に人間関係は簡単に作れない―友達とは)


冬の鴨、蝋梅、冬の暮、丸森大張村

(親密に人間関係は簡単に作れない―友達とは)

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親密に今日も寄り合う冬の鴨

近くなる仮設の跡も枯野かな


我が庭に石二つすえ離れじとここにありなむ冬の日暮れぬ

我が庭に石二つすえ離れじとここにありなむ冬のくれかて

冬あわれ栄もなくてこの地にそ悲しく生く女(ひと)にこそあれ

我が庭に石の二つや蝋梅の咲きて長くもここにありなむ

我が庭に雀来たりぬ冬の朝その影写りここに生きなむ


丸森ゆ白石へ行く道のあり大張村の冬のくれかな

梁川と白石に行く道分る冬の日くれて我がより思ふ


「誰も話せる相手がいない」日本の既婚男性が次々と発症する見えない病の正体の記事について
https://www.youtube.com/watch?v=Dum-aZXdbWs&ab_channel=%E5%A4%B1%E6%95%97%E5%B0%8F%E5%83%A7

このyoutubeはやはり会社とか公務員とか人間関係の経験を語っている
つまりここが人気があるのは経験を語っているからである
結局50過ぎれば必ずこういう経験をしたということを語るからである
その経験はみんな違っている、それで参考になる

例えば経験というときニートとかは何も経験していないようでそれも一つの経験なのである、マイナスとなるにしてもやはり人間はどんな人でも経験をしている
人間は本で学ぶより経験で一番学んでいるのである
ただその経験が限られているから視野が狭くなる
そして他者を理解できないのは多様な人生があったとしても経験していなから理解できないとなる
だから送電線の鉄塔を上る人を見たときこれは危険であり命がけだとも見た
するとその仕事から人間を知りごくろうさんですとかなるのである

ここのyoutubeでは人間関係のことをいろいろ言っているから参考になる
会社の上役でも退職すると話しする人もいなくなり相手になるのは妻だけで淋しいとなるそれがどうしてそうなったかを説明しているからそういうことかとわかる
現代の人間は会社が人生になっていたからである
なぜなら人間は何に一番時間を費やしたかでその人生も決まるからである
だからその会社を退職したときその後は継続しないのである

例えは江戸時代とかその後の農業が家業のようになっていた時代の人間関係は村という共同体にありその人間関係は会社を退職するようなことにはならない
それはその土地とともに継続するのである
その継続は死んでも継続されているのである、先祖は山に入り神となったとかなる
そして田植えの時期に山から下りて来るとなる
まさにそれは定められた土地で時間が継続していることなのである
会社はそんなに長く継続しない、いくら長くても代々継続しないのである
会社は部分化したものであり全体ではないからである
農民主体の共同体は土地と一体となり継続しているしその絆は消えないともなる

それで友達とは何かというととその関係も切れやすい、一時的なものとなりやすい
それより友達というときいつも合っている人が友達だというのもそうである
いくら兄弟でも何か遠くへ離れると疎遠になる
去る者は日々に疎しとなってしまうのである
そこで毎日買い物に行き橋下の鴨をみている、いつも寄り合っている
それが冬の鴨となりしんみりとするのである
冬にかえってそうして人間は寒い中で寄り合い親密さを増してゆく
とにかく人間は一つの共有する場とか人間関係が必要なのである
そこで精神的にも安定するとなる、それが喪失したから人間関係も常に不安定になり会社を退職したら
自分のいる場所がなくなったとなる

現代は空間的に拡大したけどかえって身近な親密さが希薄化した社会になった
それはグロ−バル化とか交通の発達でそうなったのである
かえって遠くとの交流が物質的には多くなった、でも人間の親密さは薄れたのである
いくら地球の裏側から物が入ってきてもそこに住んでいる人間と親しくなることはできないからである
だからこのコロナウィルスとかはそううい社会を見直すようになった
何か遠くに出れないのである、なんとなく不安になるのである
そうして冬の鴨のように遠く行かず寄り合って親密になる
そういう社会に回帰するのかもしれない、ただ親密になるというとき数人しかなれないと思う、そもそも一人くらいしか親密になれないということもある
数が殖えたら親密になれないのである
石二つというとき二人だともなるからである

そもそも信頼できる人間関係は簡単に作れない、これも時間かかるのである
人間関係をリセットしてまた新しい人間関係を作ることもなかなかできない
だから会社から退職すると人間関係を作れないというのがわかる
それより人間関係は一代でも作れないとなる、農家は三代つづいて認められるとかなっていた、それはその土地に根ざして生活していたからそうなった
今はその時々の人間関係しか作れないのである
どうして武家社会では家臣との強い絆で結ばれたのか?
それはやはり代々長い時間で作られていたのである、会社とも違うその土地土地に根ざして長い時間でそれも一代ではない親子とかその孫とか何代にもわたって作られた人間関係だったとなるからだ

いづれにしろコロナウィルスはこれまでの生活を世界的に見直すようにもなった
グロ−バルに物が人が移動しても結局人は親密になれないし争いにもなった
人間が理解しえる範囲は実際は相当に狭いのである
だから老子の小国寡民が中国が一億人しかいないとき唱えられたのである

丸森の大張村から梁川へまた白石へと通じる道がある、これも車で行くと分かれ道があょても感じない、それで旅にならない、どっちに行くかとかこの道はどこに通じるとか感じるのはやはり歩かないとわからないのである
自転車だと分かれ道は印象に残るのである
それでアの辺をもう一度行って見たいとなるのである

2022年01月29日

協力金バブルに踊った飲食店主たちの末路 時短解除で連鎖倒産も (原発事故の補償金と同じことが起きた)


協力金バブルに踊った飲食店主たちの末路 時短解除で連鎖倒産も

(原発事故の補償金と同じことが起きた)

「A店の息子は、朝からパチンコ三昧。夜は、悪友を連れ立ってスナックやパブを飲み回っているってね。年老いた母親との二人暮らしなのに、新車を買っていた。店の営業はしてないし、貯金もないはず。金の出所は全部、協力金やら補償金ですよ」(石橋さん)

「A店の奥さん(現店主の母)もかわいそうに。息子はすっかり働く気を無くしていているし、時短要請が終わり(協力金の)お金がもらえなくなったら終わりだ、と会合に来ては泣いていました」(石橋さん)

森山さんが指摘している「状況」とは、営業せずにいた飲食店は、単純に長い間「サボっていた」から、商売人としての勘が取り戻せなくて苦労をする、
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これは原発事故の補償金と同じことが起きた
補償金の額が多いから今まで手にしていない金をもったら人間はどうなるのか?
それはギャンブルに女に使われた、またレクサスとか高級車を買ったとかなる
また仕事でも農家の人が言っていたが三年働かいなと体も鈍って働けなくなると言っていた、その人は桃農家の人だった

とにかく原発避難者は毎日やることがなくパチンコであり他のギャンブルであり遊びに浪費されたのである
ただそれを言うとお前はそんなこと良く言えるな、人の傷口に塩を塗るようなことして楽しいか 人の不幸を攻めて楽しいかとか責められる
そういうこを言うことはこの辺ではタブーになっていたのである
常にかわいそうな人達として支援するものとして接しなければならなかったのである
そうなると常に自分たちは助けられるべきものだとなる
気持がそうなって別にギャンブルしていてもいいとなる
自立心はなくなり他者が助けて復興すべきだとなり現実は外部の人が復興に一番働いたのである
だからボランティアの人達が地元の人達がパチンコとかで毎日遊んでいるのを見て怒っていたのである
これも当然だったとなる、そうなるとボランティアでも外部の人達でも働く気力をそがれるのである
助けようとする気持ちがそがれるのである、肝心の地元の人達が遊んで外部の人達を顎で使い働かせているのからそうなる
ここでは別にみんな原発避難者になったわけではない、むしろ仮設を建てさせて受け入れた方である
そして仮設の原発避難者は別に感謝などしていない、むしろ地元で金を使うから歓迎されているのよねとかなっていた

それは現代が消費者が王様とかなったことを反映しているいるからその人を批判はできない、でも原発避難者は相当に外部から支援されたからそういう気持ちにもなったのであるそうして同じ南相馬市でも分断されたのである
外でもうらやましがられたことがあった
それは補償金が多すぎたことに原因があった、ただ少ないという人もいるから一概には言えない、でも人間社会というのは同じことが起きるものだと思った
一時放射線被害で東京とかに避難した人達が放射能うつるから来るなとか子供がいじめにあったのもそうである
今度は逆にコロナがうつるから東京から福島に来るなとなった
だから人間は確実に何事カルマの法則が通用する
他者にしたことが必ずはねかえってくるのである

水俣病でも補償金のために復興できなくなったと言い残した人がいた
補償金をもらうための闘争となり肝心の人の心が荒廃して働く気力とか自ら復興する力がなくなったのである
そして公害闘争となり会社から補償金をもらうことが復興の第一となっていった
そうしてこのように心が荒廃して復興はでとなくさせたとしているつ
だからこの世のことはすべて金で解決しないのである
かえって金を与え過ぎてそれが仇になり自堕落になり働く気力もなくなりあとは老人だと生活保護だという人がいた
現実に小高区では10万一律に年金を払ってくれと懇願した

ともかく原発事故の避難区域とかは復興していない、復興できなくなった
ただ補償金を欲しいということて運動して後はギャンブルとかに費やされてもう十一年も過ぎるということである
金というのは全部プラスに働くとは限らない、でも今の世の中金が第一だから金をもらえばいいとしかなくなる、金をもらっても有効に使う人もいたが金で堕落した人も多いのである、飲食業でももう仕事をしないとできなくなるとかでもそうである
何か懸命に仕事をして客に来てもらおうと努力していた人もいるがもう店のことはそっちのけでただ遊ぶことに浪費される人も多かったとなる
何にもしないで多額の金が入れば人間はそうなる
ただ頽廃が生まれたというだけである、そしてもう仕事もできなくなったという

それで大学時代をふりかえると文系の大学が遊びの場だったのである
それは高校とは余りにも違った環境だったのである、授業に出ないことを自慢していたのである
そんなこと普通だから大学は遊び人の養成所にもなる
そうしてギャンブルとかパチンコで身を崩した人がいたこともわかる
それが大学だったのだから変だったと泣る、毎日授業にも出ずにマージャンに明け暮れた人もいた
これも変なことだったなとふりかえる
学生運動もそうした遊びではないが何か鬱憤を晴らす暇があったからそうなったともなる
つまりマンモス大学であり授業がつまらないからそうなった
千人とか講堂で授業するからつまらないともなったのである
何か勉強する雰囲気がなかったのである、それも異常だったと思う

こうして私は大学で働くということより遊ぶことに気が向くようになった
でも団塊の世代は高度成長時代にありみんな就職ができた
そして企業戦士になった、だから遊びであった大学からどうしてそうして働きづめの企業戦士になったのか理解できない
自分のように大学の遊びの延長のような人がもっといても良かったとなる
でも自分のように就職もしないで今度は旅ばかりしていたようなニートのような人は
その当時はほとんどいなかったのである
とにかく私はこうして大学で怠け者になった、それも三年間くらいでそうなったのだから
人間はナなまけ癖がつくと簡単には真面目に働けないのである

この問題の共通点はそういうふうになっても多額の補償金をもらっても世間から責められないことである、それは仕方がないとか当然であり外部からなかなか批判できないのである、私も批判すると内部から責められたからやっかいなのである
被害者特権となりお前は血も涙もないのかと責められたからである
結局そういうことを容認されてもう復興はありえないとまでなった
たがくの補償金をもらった若い世代は仙台市とかでも他の土地に移住したからである
そして地元に取り残されたのは老人なのである

これは人間が共通に持っている習性である、人間は必ずしも金ですべてが解決しない
むしろ金によって堕落して退廃してくる、それはローマ帝国などでも起きた
贅沢で心まで腐っていったのである、もともとローマ帝国を作った人達は農民だったが
贅沢な都市民となり堕落して弱体化したのである

とにかく人間社会は同じことが実際は歴史的にも繰り返している、だからカルマの法則が個々人でも大きな社会でも成り立つとなる
それは人間の性質としてありそれが変わりないからである
人間は金持ちになると散財して堕落する、こつこつと地道に働いていた人達も金持ちになり堕落する、思わぬ金が入ってそれで堕落する、働くの馬鹿らしくなるとかある
そういう話は昔からあったのである、だから人間のすることは繰り返しでありカルマだとなるのである

補償金もらって遊んで贅沢した方がいい

こうなることでもう働くこともできなくなる、それが金の怖さである
でも最大の問題はここでもそうして金をもらうことが当然となり批判できないことなのである、それは原発事故の補償金でも起きたのである
どうしてもかわいそうだとか当然の権利だとかなり正当化されるからそうなる
実際は店でもうまくいかない店があっても補償金で救われという人達もいる
そして必ず補償金の額にも差がありそこで分断されるのである
平等にはどうしてもならないから不満な人達がありそこで金をめぐって分断されるのである、だから金ですべてが解決するということはないのである
そこに何か金を払う方でも国でも工夫があってもいいが金を払うということだけでは
あとあともそこは荒廃して仕事もできないとかなる
金をもらったたとで働くという気力も無くしてしまうことが問題なのである
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感染症は人流を抑えることしか方法がない (オミクロンでも人流と比例して感染している)


感染症は人流を抑えることしか方法がない

(オミクロンでも人流と比例して感染している)

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オミクロンの感染者数を見るとやはり前もそうだったが法則がある
数学のように割り出せることである
だから将来の感染者でも出せることになる

東京中心に拡散して江戸時代の関八州地域は多くなった
でも福島県は401だから比べる少ない
でも宮城県になる547で福島県より多い、それは仙台市は東北の中心都市であり人流がおおくなるからである
山形県は230であり岩手県は前と同じく少ない、ただ秋田県は増えている
また青森県も増えている、青森県が増えたのは新幹線が影響しているかもしれない
新潟県549で多いのも新幹線の影響かもしれない

岐阜県が多いのは名古屋からの人流がありそれで増えたいる
富山と福井が少なく石川県が増えているのはやはり交通が影響している
京都とか大阪に近くなるからだ
四国では高知県が少ないのはやはり人流が影響しているのだろう
例外があるとしてもわずかであり人流と深く関係している比例していることがわかるのである

こうして見ると感染症は人流が一番の問題でありそれを止めないと防ぎようがないのだ
ワクチンも効果あるとしても万全ではないしその効力もまだまだである
だから人流をとめることが最大の感染の防止になる
つまりこれは昔からわかっていたのである
それで中国でも村に入らせないようにしたのである

だから感染症には村の入り口とか境界と関所が有効になる
そこで感染症の人を入れないようにすることである
ところがボーダレス社会になったときそれが裏目となったのである
今や人の流れだけではない、物の流れも止めることができないのだ
そうしたら生活できないしそのために死ぬ人もまででてくる
人流物流はグロ−バル化している
そういう社会になっているときウィルスには弱かったのである

それで関所とかは境界とかは不便なものであり不用とされたのが日本では明治以降である世界でもグロ−バル化してヨ−ロッパでもEUとなり通貨もユーロ―になり統一された
でもそれが裏目になった、人でも物でも自由に出入りすることはウィルスには都合良いものだったのである
こうして何か人間社会というのはプラスに働いているものが逆にマイナスに働く
関所などいらないとかなっていたが関所も何か必要があり歴史的に意味あるものだったと見直されたりする
日本では回りが海に囲まれているから国境の意識が希薄なのである
でも外国だと大陸だと陸続きだから常に国境を意識される
だからこそ万里の長城もできたとなる、防衛意識が常にある社会である

ともかく感染症に効果的なのは人流物流を抑えることである、それは判明した
でもこれだけ交通が発達してそれを抑えることが不可能となっていたのである
もう抑えられないという状態になっていた
江戸時代だったら関所を通らせないということで防げたがもう現代では防ぎようがないのである
ただ感染症を防ぐ効果的な方法は人流を抑えることしかないのである
ワクチンの効果もまだ完全ではないときはそうなる
それしか方法がないのである、それが現代では一番むずかしかったのである

だから年末とか正月で全国的に東京と地方への人流が増えたことで感染者がまた増大したそのことがわかっていたのだが急激に減ったので防止することをしなかった
やはりそれはウィルスの性質を知りそれに合わせることをしなかったためだともなる
ただ専門家もいたのだからその対策をするべきだったともなる
でもまた現実的問題として生活優先ともなるから経済を止められないということもありジレンマに苦しんだとなる

ただ感染症の対策は人流を減らす止めることが有効でありワクチンだけでは止められないもちろんワクチンが完全なものとなれば止められる、それができないから人流を抑えることがしかない、それが一番現代でぱずかしいからやっかいなのである
posted by 老鶯 at 11:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年01月28日

南相馬市の古代史ー浮田国造(毛野氏)から大和政権へ (桜井古墳は物部ー安曇族の墓ー真野の草原は大和政権支配の確立地域)


南相馬市の古代史ー浮田国造(毛野氏)から大和政権へ

(桜井古墳は物部ー安曇族の墓ー真野の草原は大和政権支配の確立地域)

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今の福島県から北は道奥(みちのく)と言われた。そのためか、助川(茨城県日立市の宮田川か?)あたりは『道の前(みちのくの入り口の意)』と呼ばれ、陸奥国苦麻村(福島県双葉郡大熊町熊)は『道の尻』と呼ばれていた。古代、この間は常陸の多可評(たかのこおり)であった。その後それが常陸と磐城に分割されたのである

国造の支配領域は当時浮田国と呼ばれた地域、後の律令国の陸奥国宇多郡、行方郡、現在の福島県相馬市、南相馬市、相馬郡新地町、同郡飯舘村に相当する。浮田国造が設置された同時代には、北西部に伊久国造(伊具郡)、南部に染羽国造(標葉郡)が置かれた。

立地や築造時期から浮田国造の初祖・鹿我別命の墓と見る説がある

養老2年5月、陸奥国の石城郡・標葉郡・行方郡・宇太郡・曰理郡の5郡と常陸国の菊田郡を石城国、陸奥国の白河郡・石背郡・会津郡・安積郡・信夫郡の5郡を石背国とした


古代の国というとき大和政権に認められない前の国があった、何かしら人々が連帯して一つの国という意識をもっていた、その一体感があった国の上に大和政権が国造(くにのみやっこ)を送ってきた、それは官人であり中央から知られた支配が形式的にはあったとなる

問題なのは国の範囲とはどのくらいなのかということである、それは地域の広さと関係している、人口密度もあるがそもそもその土地に依拠して生活していたから土地で食料をまかなっていたのだから土地の広さが問題になる
土地の広さによって食料を供給する人を養う人数が決まるからである
その頃都とか都市とかはないからである

相馬地域では国というとき最初は南相馬市の浮田地区が中心となった浮田国造が置かれた地域である、それは新地から南相馬市の小高区と飯館村が入っていた
それは丁度相馬藩内が一つの国として意識されていたとなる、それは今に続いているとなる
その後国が郡にこおりに分割された、だから郡山市とか桑折(こおり)とか地名として各地に残る、それはもともとの国ではない、大和政権によって行政地域が分割されたのである
相馬地域だと基本的には原町区に国見山がありそこから見える範囲が国として意識されたとなる、それが新地と小高までだとなる、確かにその辺までは見えるがあとは視界からはずれるのである

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ただ謎なのはなぜ南相馬市の鹿島区の浮田が中心であったのかということである
それが謎なのは古墳からみると桜井古墳が大きくそこが中心だったとも見るからである
そこに浮田国造の鹿我別王の墓だというとき地理的に一致しないのである

歴史でも空間軸と時間軸で構成される、空間軸だと地理だと古代とか地形とかは変わらないのである、ただ歴史でむずかしいのは時間軸なのである
いつの時代なのかそれが特定しにくい、だから奇妙なのは時代を逆に見たりする
古い時代のものが新しい時代とみたりする、まず明治以降だったら明治を大正と昭和とか見ない、親が明治生まれだとか母が大正生れたとかなる、その時代を逆には見ない
でも江戸時代となると年号があるがその後先がわからなくなるのだ
だから時代的にいろいろな時代があっても後先が間違って見ることがある
いろいろなことが時代時代に起きていてもその後先が間違えるのである
明治以降はこういうことはありえないのである

だから桜井古墳が浮田国造の鹿我王の墓だというときもそうである
国造制ができてからのものだとすると毛野系のものがかかわり桜井古墳も作られたとなるそして毛野系というのもわかりにくいのである
なぜなら毛野系というとき栃木県とか群馬県とかてありなぜそうした遠くから山の方から海岸の方に勢力を伸ばしたのかとなるからだ
その理由は会津がすでに大きな国であり山側の方が勢力があり海側の方に進出した
会津が大きな国となっていたのは水が山に囲まれて良質であり米の生産に適していたからだとしている、今でも会津とか新潟の米はうまいのはそのためである
その後に大和王権が浜通りに進出してその支配下に入った

志賀島から出土した漢委奴国王の金印は安曇族の王に送られた可能性が高いようです。また我が国最古の舞踊、筑紫舞において極秘伝として最重要とされる「浮神(磯良舞、細男舞、鞨鼓舞)」のモデル、安曇磯良は正史には現れませんが、その存在は古代史において非常に重要な王であると確信しています。

記事の中で、安曇族は古代中国においては「倭人」と呼ばれた人たちだったのではないかという仮説も書きました。また徐福を日本へ連れてきた海人族かもしれないことや、いくつかの系図から徐福の血筋と関わりがあるとみえ、姻族の可能性が高いとも書きました。つまり古来より北九州を根拠地とする海洋民族がいて、大陸との交易を自在に行い、そのうちに徐福渡来と関わることで親族となっていったという見方です。古代においては航海を掌握する者こそが権力を握るともいえ、徐福は古代日本の海人族である安曇族、宗像族(出雲系)を真っ先に手中に収めたと思われます。

そして安曇磯良とは何者なのかを調べれば調べるほど、出雲伝承の伝える徐福の息子、五十猛(のちの香語山)に繋がっていきました。実際、丹後の海部氏(籠神社宮司家)と博多志賀島の志賀海神社宮司家の安曇氏は親族ということです。一方物部氏とは非常に近い存在でした。武力の物部氏と航海を司る安曇族が協力して九州を支配していたようです。海部氏も物部氏もどちらも徐福の直系です。

出雲伝承では、徐福の連れてきた海童たち(少年少女)は漁業を営む者が多く、彼らは綿津見の神(海神)を信仰していたと伝えています。彼らはやがて出雲の竜神も拝むようになり、両方の神が合体して竜宮信仰が生まれたのだといわれます。

新撰姓氏録によると、安曇氏は海神・綿積豊玉彦命の子、穂高見命の後とあります。ワタツミ信仰が海童たちのものであるなら、安曇族が九州古来の倭人であるとするのは難しいですね。3000年前から中国で倭人と呼ばれていた人々の中に、ある時期から安曇族が含まれたという見方なら可能かもしれませんが。(中国史書に記された「倭人」という存在を無視することができず、しつこく拘っています‥‥)
https://somosora.hateblo.jp/entry/2020/09/25/%E5%AE%89%E6%9B%87%E6%97%8F%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8

大和政権が全国を支配する前は物部氏が支配していてその物部氏と安曇族が一体化したようにあった、倭人とは安曇族のことだったというのもそうである
この安曇族とか物部氏は正史に記されていないからわかりにくいのである

関ヶ原の不破関以東が当時の東国で、尾張国、三河国、遠江国、駿河国と続く。尾張国、三河国、遠江国は「物部王国」として知られる

ではなぜ原町区に異常に綿津見神社が多いのか?

これが最大の謎なのである、そしてそれはいつの時代なのかもはっきりしないのである
こんなに綿津見神社が多いということはこの辺の先祖となれば安曇族系統になってしまうのである
海人族の安曇族は内陸部に山の方にも入ってきた、長野県の安曇は有名である
そこでは今でも船の祭りをしている、また安曇族は会津の方にも入っている、綿津見神社があればそうである
原町区だと飯館村の山津見神社は綿津見神社と対なすものである、だから飯館村の途中の栃窪村にも山津見神社があり松川浦には山津見という地名とか和田という地名があるがそれは綿津見のことである、それが宇多川を遡ってゆくと山津見神社が隠されるようにありそれは八木原とかは安曇族の八木氏のことである、原町から飯館村に行く八木沢峠でもそうである、霊山を越えて霊山町に入ると犬飼という地名がありこれも安曇族の後継なのである、地名化することは古代に多いのである、最初の開拓者が地名を名付けるとなるからだ

どうしても浮田国造が大和政権によって支配下に入り官人か中央から派遣される前に桜井古墳はすでに作られていたと見る
ただそれは一代か二代で終わり続かなかった、なぜなら古墳は地域に密集して小古墳も後から作られるからだ、それは浮田国造のある真野古墳群がそうである
ここでは代々人が受け継ぎ住んでいたとなるからだ
桜井古墳は一つだけが特に大きく小古墳は前の古墳一つくらいである
ということは一時的に興隆したがその後はつづかなかったとなる
それは物部氏と安曇族がここに来て土着したが一時的なものだったとなる

問題は時代的区分なのである、それは浮田国造が配置される前のことであり桜井古墳は
東海系のものだというときもそうである、東海系というとき静岡県に綿津見神社が多いのである、するとそこから移住してきた人達がいて桜井古墳を作ったとなる
でもそれは一時的なものとして終わった
でも飯館村だったら焼畑の地名として佐須とかがありその技術を教えたのは安曇族だったとなる、それはその後継の八木氏とか犬飼(犬養)が地名化しているからである

そして安曇族は海人族であっても製鉄とか焼畑とか稲作でも様々な技術をもった集団でありこの土地に定着したのである
でも製鉄だけだったら渡来人のツノガノアラシト系の津神社(つの)が点々と海岸沿いにあ松川浦の津神社でもツノミツ神社でありツノガノアラシト系だとなりこの産鉄族の一団は大平洋の海岸沿いを石巻まで行き北上川を渡り登米までその跡を残している
それは明確なのである、でもこの産鉄族はその土地に定着したとはならない
ただ鉄の材料求めて北進したとなる

一方安曇族は綿津見神社とか山津見神社は面的に広がっている、ある土地に土着したのである、だから面的に綿津見神社と対成す山津見神社がやたら多いのである
飯館村の山津見神社は総本山のようになっているが佐須にありこれは焼畑地名なのであるただこの安曇族のことは良くわからないのである、物部氏でもそうである
それは歴史的には大和政権が成立したとき正式の文書には残らなかったとなる
でも神社としてはこれだけ多く残されているのである
それも原町地区に多いのである

日本武尊は上総かみつふさより転じて、陸奥国に入られた。そのとき、大きな鏡を船に掲げて、海路をとって葦浦を廻り、玉浦を横切って蝦夷えみしの支配地に入られた。蝦夷の首領島津神しまつかみ・国津神(くにつかみたち)が、竹水門(たけのみなと)に集まって防ごうとしていた。しかし、遥かに王船を見て、その威勢に恐れて、心中勝てそうにないと思って、すべての弓矢を捨てて、仰ぎ拝んで、「君のお顔を拝見すると、人よりすぐれておられます

このヤマトタケルの東征伝説は安曇族の移住を下敷きにしている、安曇族が入り定着した地域なのである、東海地域に多く相馬地区でも原町地区に綿津見神社が眼だって多いからである、それは物部氏と一体化してこの地に勢力をもったのである
竹水門が(たけみなと)が原町だとふる説もある

淡路島・四国・隠岐島・九州・壱岐島・対馬・佐渡島・本州を生み、それから六つの小島を生み、その後に今度はさまざまな神々を生んだ

底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の「三柱の綿津見神」について、『古事記』の本文には、阿曇連が祖神として奉斎する神で、阿曇連は綿津見神の子、宇都志日金析命の子孫であると記されている。この三柱は同時に生まれた上箇之男命・中箇之男命・底箇之男命の「墨江之三前大神」(住吉大社の祭神)と対称をなしている。

島を産んだというとき島を渡る海人族をイメージする、船を操作できる技術をもっていたのが海人族であり安曇族だったのである
海中にくぐり潜水して海の物をとるのが海人族である、だから海を三分割していた
それは海人族でしかありえない神話である
日本建国神話の下敷きとして海人族の安曇族などが深くかかわっていたのである
竹水門とはタカであり多珂神社がありこれは主要な神社であり原町区の海岸の方にある

阿太加夜神社」 (出雲風土記、意宇郡)がありこの阿太は安達太良や安達の地名と同源である。安積は安曇族と関係しているとなると海人族の宗像市などともに九州から出雲瀬戸内海と海人族の跡は残っているからそれらと一緒に草原の地名も移動したのである。意富(オオ)氏と「阿太加夜神社」は草(カヤ)原という地名はセットととなって武蔵に移動して陸奥の真野郷に移動した。
http://musubu.jp/manokayagimotoketa.html

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ここに鹿屋(伽耶)と安曇がある




讃岐の那加郡に良野(吉野)真野郷があり行方郡にも吉名郷と真野郷がある。吉野と吉名はにている。物部吉名と言う人がいたからこれから名をとっている。安芸国の佐伯郡に山懸(やまがた)郡に宇岐郷がありこれは山形県の置賜(オキタマ)郡と関係があるのか置賜は浮田だという説がある

ここの吉名郷は小高区あり真野郷ではない、とすると桜井古墳には物部系の首長のような人が葬られているのかとなる
安曇族のことを前に書いたが原町区とかに綿津見神社が多すぎる、そして物部氏と一体だというとき物部吉名という人がいて吉名郷がある

そして鹿島地区(真野)には綿津見神社が見ていない!

一つくらいはあったかもしれないが見かけないのである、これはなぜなのか?
それは大和政権の毛野系の前からあり物部と安曇族が一体化していて対立していたのか?そして大和政権が本格的に進出してきたとき浮田国造が中央から配置されて官人も派遣された、その中に大伴一族がいた、それは中央政権を担う部族であった
そこで鹿島区の真野の前方後円墳が作られた、そこに中央から派遣されて服属するということで金銅双魚佩がその土地の支配者に賜ったとなる
つまり大和政権が進出するとき原町区ではなくまず浮田国造が置かれた所を拠点として
支配下に置いたのである、桜井古墳のある原町区は後で支配地域に入った
そこはすぐには支配地域に入れなかった、何か蝦夷なのか在地勢力があり入れなかったとなる、そこで真野地区に浮田国造の後継としての真野地区に進出して支配したのである
もう一つは今の原町区と真野地区にまたがる所に一大鉄生産場がありその麓に泉廃寺跡があり大和政権の官人が管理した、鉄をとるために管理したとなる

みちのくの真野の草原(かやはら)遠ければ面影にして見ゆというものを 笠女郎

この歌はまさに真野地区までが大和政権の支配下に入ったと境界を示すものとして歌われたのである

そしてまた草原(かやはら)の不思議は葦から鉄がとれるということなのである

その製鉄材料は、葦や芳の根に 鈴状に付着した カッ鉄鉱(高師小僧)で、その融解温度は 400度から始まるが、諏訪地方は 縄文土器の産地であり、その焼成温度は 800度を 4時間以上必要としたから、製鉄に必要な 諸条件は 十分満たしているというのだ。

諏訪大社の縁起書に『諏訪大明神絵詞(えことば)』という絵巻があり、その詞書(ことばがき)に「洩矢(もりや)の悪賊神居をさまたげんとせし時、洩矢は鉄輪を持してあらそひ、明神は藤の枝を取りて是を伏し給ふ」とある

建御名方神は諏訪に逃げて来たのではなく、「諏訪」が「鉄の場」であること。また、古くからの製鉄を行っている洩矢神がいることも知っていて、やって来たのであろう

http://tokyox.matrix.jp/forum/discussion/373/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E8%A3%BD%E9%89%84%E9%81%BA%E8%B7%A1-%E9%89%84%E3%81%AE%E6%B0%8F%E6%97%8F/p3

諏訪神社もまた多い、これも鉄に由来している
その草原というとき萱とはまた葦であり鉄と関係していたのである
それは猪苗代湖畔にも白河街道の福良とから地名として残されている
鉄を求めて渡来人とかが来て地名にしたものが多いのである

そして草原というときカヤハラになるがカヤは伽耶国に通じていて国名だとなる
なぜなら駒原とか栗原とかあれば栗とは高句麗の句麗になるからである
新地の駒が岳もそうである、だから草原の草がカヤが伽耶国に由来しているといっても不自然ではないのである

東日本には高句麗からの渡来人に関する遺跡が多く残り、高句麗の墓制である積石塚が長野県や山梨県、群馬県に多く見られる。リンク特に長野県の大室古墳群は積石塚の一大集積地である。東日本は大和朝廷から命ぜられて渡来人が開墾したところも多い。埼玉県には716年に高麗郡が作られ高麗神社、聖天院(高麗王若光の墓)などが残る。また、神奈川県にはその高麗王若光が上陸したとされる高麗山、高来神社がある。関東南部の古墳からも高句麗系の遺跡が多く出る。

だから草原とはただ萱が茂っている場所ではない、それは鉄を意味していたり国も意味していたりしていたのである
こうして真野の草原は大和政権の支配地域に編入された地位として中央の奈良に知られたのである、一つの政治的意味ある歌だったのである
それは桜井古墳のある原町地区は大和政権の支配地域にならず抵抗があった
そこには物部氏と安曇族が一体化した地域であった、先住民の勢力がありそこで真野地区が浮田国造としてまず中央の官人を送り大伴氏が有力な支配者となった
中央と結びついた地域となった、だからこそ真野の草原の歌はこの地域が大和政権の支配地域になったという宣言の歌でもあったとなる

苦麻以南である多珂国は常陸国に編入され、長塚以北は陸奥国に編入された

苦麻(くま)村までは道の尻でありその向こうは浪江町であり染羽国造の領域であった
つまりまだ大和政権の支配下に入っていない地域だった
だから集中的に真野郷に中央で力をそそいだ、そこが大伴氏が中心になっていた
そして浮田国造が宇多郡に分割されたときそこは毛野氏の支配が残った
でも桜井古墳がある方には毛野氏の勢力が及ばないで賜姓もなかったとなる
何か桜井古墳には在地の勢力があり中央から毛野氏系統を任命しても宇多郡には及んだが原町区の方には及ばなかったとなる
ただ桜井古墳には誰が葬られているのかはわからない、二人だとすると親子説があり二代でもその地域の首長だったともなる

倭建命東征に関して史料に見えるわけでもないが、吉備本宗の吉備武彦と同様に、吉備一族として同東征に随行して陸奥まで行き、その途上、陸奥国宇多(宇太)郡あたりに定着して浮田国造の祖になったとみられる

浮田につながる宇多郡のウタは、上野国西南部の甘楽郡有只郷と同訓だと『古代地名語源辞典』は指摘する。これは、浮田国造の出自からいって納得ができよう
http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/hitori/kimikobe1.htm

吉備津彦は会津にも入っているから会津から浜通りの方に入ってきたともみる
日本海側から山の方が先進地域であり交通の便がいいから古代にはそっちの方から浜通りに入ってきたとなる、茨城県その後に大和政権が入り武力で支配した
毛野氏がかえって浮田国造でも宇多郡の方に支配して原町の桜井古墳の方ではなかった
そこで賜姓されているからである

真野の草原は境界として歌われた、境界となるのは重要である
地理的境界があり行政的境界もあるが地理的境界は自然境界であり行政境界と一致することがある、ライン河は地理的境界であり行政的境界にもなる
なぜならライン河を挟んでゲルマン人が蟠踞して異質な世界があったからである
大陸では河が境界になりやすい、平坦な地で区切るものがないからである
そして川を渡ることは難儀であり防衛線になっていたのである



ここからのつづきです


陸奥真野の草原の歌の謎
(草原は本当に萱原だったのか、その疑問を解明)
http://www.musubu.jp/kashimakayaharagimon1.htm

送電線、危険な高圧・高所現場の鉄塔上で働く高所作業員! (現代では他人の仕事が理解できないーそこに危険があった)


送電線、危険な高圧・高所現場の鉄塔上で働く高所作業員!

(現代では他人の仕事が理解できないーそこに危険があった)

https://kf-myway-inqc.net/archives/3455


送電線工事の死者数が2020年に過去20年間で最も多い水準となった。送電線建設技術研究会によると、6人が命を落とした。死亡災害は過去5年が毎年3〜4人で推移しており、10年以降はゼロの年が3回あっただけに、送電工事業界も深刻に受け止めている。
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20211130/se1/00m/020/026000c


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この仕事をしている人は郡山市から来ていた

イオンの近くの送電線の鉄塔に上り仕事している人をみた
あれは怖いと一目でわかる、知っている人が感電して何人か死んだ人のことを言っていたただ高所に上るのではない、感電することが怖いのである
他にも工事現場では鳶とかが働く、これも危険なのである
自分はビルの四階の足場で働いた、その時危機一髪で下に落ちる所だったのである
第一アルバイトのようなものにそんなことをさせるべきではない
知人に屋根に上ってアンテナをはずすことを頼まれた、その時アンテナが倒れた、それが自分の方に倒れた大けがに成っていたかもししれない、こうして何か慣れていないと危険がある
でも実際はアンテナを建てるためにアルバイトを雇って屋根から落ちて死んだ人もいるのである、アルバイトにそんな危険なことをさせるのは大きな問題である

実際はそのアンテナを建てる電器屋の人は慣れているから怖くないと言っていた
身軽るであり安全にできる、また鳶の若者も俺は高所は怖くないと言っていた
かえって高所でもスイスイ歩けるとか言っていた
そんな人もいるのである、そういう人は鳶にもそもそも向いているのだ
だから鳶とかは給料が高くなるのは当然だとなる
でもこうした仕事につきたくないというのもわかる
見ただけでこれは危険で辛い仕事だとわかるからである

これからはドローンで点検するとか実験しているらしいがこれはなかなか機械化できないだろう、危険な仕事でもどうしても人間しかできないことがある
でもそういう人がいないと電気も使えないとなる
意外と今の時代はどういう仕事をしているから見えないことが多い
これはたまたま見えたのでこれは危険だなと一目でわかり実感したのである
体力も必要だから若い人しかできない、でもこういう仕事は誰もしたくないから人手不足となる、若者でもやる人は減っている

ともかく建築現場で働く人は外から見えるからある程度は理解できる
真夏の暑いさなかに働いている人を見ていると苦しいだろうと見る
でも工場内だと働いている人は見えないから理解できないのである
江戸時代辺りだと戦前でも外から見える仕事が多かったと思う
江戸時代辺りだったらたいがいの仕事が理解できた
するとそういう人間のこともわかる

子供の時は近くでみんな仕事をしている人を見ていた、竹で篭を作っている人とか石屋ではノミでいつも石を削っていた、漆屋では漆を塗っていた、下駄屋では下駄を作っていたというときまだ下駄屋まであったとなる
今は仕事している人が見えない、するとそもそも仕事を理解できないから人間も理解できないとなる、無数に複雑な仕事があり見えないのである
だから隣の人でもどんな仕事をしているかわからないからその人を理解できないとなる

鉄を作る人が江戸時代前からでもいた、でもそういう人のことが農民は不思議に思っていた、それは鉄を作りだすことが神秘的だからである
そして異常なほどに鉄に関する地名が日本には多いのである
また鉄の生産で川が汚されて農民が困ったとういこともあった
それは原発事故とも似ている、原発の中で働いている人たち技術者のことを理解できないでも水田がある小川でも汚れたとかなると公害であり問題になる
それも大規模ではないからそれほど騒がないともなっていた

とにかく人間はその人が何をしているのか仕事みる、名前より仕事から見ることが多い
その肝心の仕事のことが理解できないとその人はなんなのだろうとなる
でもそういうことは今や田舎でもそうなのである、隣は何をする人ぞとなっているのだ
それは江戸でそういうことがすでにあった、でも今や田舎でもそうなのである
その人のしている仕事が理解できないとまず人間も理解しえないのである
だから村だったらみんな農業しているからたいがい人間同士が理解しあっていたのである例えば車を持っていない人は自転車の人とは話が合うのである
でも車を運転したことがない人は車を持っている人と話しが合わないともなる
だから私は車を持っていないから車を持っている人のことがわからない

今回は実際にこの眼で送電線の鉄塔に上る人を見たので危険だと実感したのである
するとその人と直接話しするとき危険で怖いでしょうとかなる
つまり相手に対してその仕事を見たからわかるから話せるのである
そういうことが現代はなかなかないのである、仕事している姿が見えないのである
それは子供で父親のしている仕事が見えないから父親でも理解しにくいとなる
農家だったらいつも仕事している現場を見ているから理解するとなる

人間は相手を理解することは仕事を通じてできる、でもその仕事がわからないと理解できない、それが原発事故が起きた原因だともなる
その仕事は秘密のベールに包まれて素人は立ち入ることもできなくなっていたからであるそこに大きな危険がひそんでいた、何かわからないものがアンタッチャブルなのもが
知らない内に作られていたとなる
何か現代はそうして知らないということが危険に通じている
また知りえようがないことで危険がある、もうそうした危険があったとしても外部の者は地元でも立ち入ることもなにすることもできないからである
知らないということはすでに危険なのである、しらしめすとは知ることによって支配するということである、知らないければ支配できない、埒外となりそこに危険が生れる
でも原発となると知りえようがなかったとなる
まず何も知らされないからである、そして地元では大被害になったのである
製鉄でも川が濁ったりして田んぼに影響があるとなると農民でも騒ぐ
原発にはそうしたことがわからないままに事故になり大被害になったのである

ともかさらに現代はグロ−バル化すると相手を理解することが至難になる
ネパールの人が近くの裁縫会社で働いていた、ネパールのどこから来た人かわからない
でも一回でもネパールに行ったからあんな山の上でどうして生活しているのかと実感したボールペンがないからくれとか言っていた、そんなものまでないのである
だからネパールは最底辺だとなる、それも一回実地に行ったから理解した
でも田舎の人はネパールのことをまるでわからないから理解するのがまたむずかしくなるのである
仕事が違うと理解できなくなり外国人となると言葉も通じないから理解できなくなるとか元代は外国人でなくても近くでも理解できないとなるのである
そこから原発事故のようなものが起きてくるから怖いのである
また理解できないことでいろいろ問題が起きてくるのである
posted by 老鶯 at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年01月26日

過去は美化されのはなぜか? (死者は美化されるのはなぜか―利害関係がなくなるのから)


過去は美化されのはなぜか?

(死者は美化されるのはなぜか―利害関係がなくなるのから)


なぜ過去が美化されるのか、過去はいいように見やすいのか?
過去は別にそこに今生きている人が生きる訳ではない、結局過去にいろいろなことがあったとしてもそれが今生きている自分に直接影響することはない
そこがどんなに恐ろしい過酷な世界でも過去のことであり今生きている人間には影響しないから過去はいいものだとなる
過去に残酷な戦争があったとしてもドラマを見て楽しんでいるだけだともなる
でもそこに生きていたらか無惨に殺されたりするのだから過酷なのである

何かただ過去が美化されるとき実際のことはわからなくなっている
不思議なのは過去の残酷なことや汚いことは見えなくなりいいようにイメージするのである、昔は人情に厚かったから良かった、今の人間は義理人情もないとかなる
人間関係が金だけの関係となり索漠としているとかなる
それは確かにそういうことがあってもその時代を生きていた人はそういうことを意識されない、当たり前のこととなっている
でも時代が変わるとそういう時代には日本人は金だけではない、助け合っていたとか見直されるのである、でもその時代に生きれば必ずしもそうとはなっていないかもしれない
ただそういう日本人がいたということは平均的にみればそうなっている

なぜ時代が違うと人間まで違った来るのか、それでアメリカ人でもそうだった、クラークの時代のアメリカ人はただ金を追求しているだけの人ではなかったとはいうときそうである、ホイットマンが讃美したような開拓者像があった
腕一本に生きるとか江戸時代の職人気質とかと通じたものがあった
つまり外国でも時代が違うと人間が違ってくるということである
それは戦前の人間と戦後の人間はまるで違った人間となったことと同じである
そして昔は人間はこんなでなかったと嘆くのである

例えばその人は眼が悪いから手術した、それも仙台市まで行って手術した
それで直った、眼科の医療は進歩しているから白内障とかだと治り安い
それで江戸時代は眼が悪い人が多かったのは栄養が悪いからだったとしている
また医療も進歩していないからからだった
そしてその女性は金もないのになぜそれだけの手術とかできたのか、福祉の世話になっているからできたとなる、でも江戸時代になるとにかく金がないから治療もできなかった
それで眼が悪い女性は遠くの優秀な医者に診てもらうために関所を越えたとか記録が残っている、遠くに行かなければ直せない、でもそこまで行くのが大変になる
交通も発達していないから行けないともなる、でも今ならこの辺では優秀なまた設備を整えた医者がいなくても仙台市なら高度な手術もできるのである

ではなぜ医は仁術になったのか?

そもそも江戸時代では病気は直せないものと一般人は見ていた、するとどうなるのか?
医者は別に病気を直せなくてもしかたないとみる
医者で大事なのは医は仁術であり情をかける、愛情を与えることが先決になる
だかち仁術にとなる、するとそれは宗教家の役目をしていたともなる
でも現代では病気は直せるものと思っているからただ情をかけられただけでは患者は満足しない、治ることを望むのである、直せない医者はそもそも相手にしないのである

ここで何が問題なのか、つまり過去はこうしていいものではない、でも確かにいいものが逆にあった、直せないから患者に情をかける、医者に情がありこ医は仁術となったいたのである
ところが今医者は仁術では通用しない、とにかく病気を直せない医者はそもそも相手にされないのである、病気は直せるものとして患者も望んでいるからである
やさしくされたり情をかけるだけなら誰でもできるとなるからだ
そして金のないものは見ないというときもそうである
医は算術となるとき病気を直す代価として報酬を金を要求するのは当然だとなる
なぜなら設備費でも金がかかっているから当然だとなる
ただ金のない人は福祉の援助を受けてしているとなる

つまり江戸時代にあたっ医は仁術は情をかけることはそういう事情があって生まれたとなる、だからその時代を見る時、そういう時代背景があってそうなったことを見ないと誤解するのである
でも逆に今医療とかでも欠けているのは情がない、医者は人間を物のように機械のように人間を診ていると不満にもなる
人間は確かに何かを得ると何かを失っている、科学技術が進歩していいことなのだが情的な面では索漠としている、非情を感じる
人間はただ金としか見ないというのそうである、まさに人間砂漠のような状態になっている、そうなると江戸時代の人情篤い社会を見直すとなる

それは死者にも言えるのだ、死者は何かとなると本当に謎である
要するに死者は今生きている人によってどうにでも解釈できる、家族が死んで残された遺族が家族をどうみるのか、それだ不思議なのである
まず死者は別に今生きている人に何も望まない、何かしてくれとも言わない、何か要求しないのである
でも生きている時はとにかく親子でも子供は親に何かしてくれと金をくれとかでも欲求することが多い、それで嫌になることがある
でも死んでしまえば何も親に要求できないのである

そして親自体も今度は子供に何も要求しない、生きている時は逆に親は子供に要求する
何か自分の子供自慢したいとかいろいろ実際は子供に要求する
それで子供は親野ために利用されるともなる、ただ奇妙なのは障害児となるかと何も自慢するものもない、ただ一方的な親の愛を与える存在なのである
それも苦労が多いのである、そこに何ら報いがないのである
そうして50とまで世話している親が普通に多くいるのである
その愛は報われない愛である、一方は貧乏な家でも医者になった息子がいる、一方は50まで障害者のままで今も世話しているとなる、その差も大きいと見た

いづれにしろ死者は美化され安いのは過去が美化されやすいのと似ているのである
何かもう過去は人を害することはない、過去の人は人を害を与えないからいい人が多かったとかなるのである、親でも実際生きている時は嫌な面があった
でも死んでみるとそうした嫌な面は消失する
ただ何か今残され生きている人はやさしく見ているだけだとなる
それは何も生者に対して要求しないからである、また何かを与えてくれとも要求しないのである、するとそういう存在はあるとしたら美化されやすい、観音様のようだとかなる
これも不思議なの現象なのである

つまり死者と生者の関係には利害関係はなくなる、何らか人間は利害関係で生きている
利害なしの関係はない、今なら金の関係しかないとなり嘆く
つまり人間は生きている限り利害関係から離れられないのである

地獄の沙汰 (さた) も金次第 (かねしだい) [=銭次第 (ぜにしだい) ]. 地獄で受ける裁判も金を出せば有利になるというくらいだから、ましてこの世では、金さえあれば何事も思うがままだというたとえ

こういうことは昔からあった、今でも同じである、人間の問題は利害関係とか金勘定から離れられないのである、金によっていかに人間が冷酷になるか
そういうことを親の介護で自分の病気でも経験して来た、人間が弱くなるとその弱みをみて責められてきた、金をくれればめんどうみるとかなる
その女性は世話になったとか言って最初は世話していたが実際は金にならないとなると
突き放す、冷酷になる、氷のように冷たくなる
そういう人が自分の病気の時来たから自分は悲惨だった、そのことを忘れられないのである人間の非情さを嫌というほど味わった
でも必ずしも金を与えても人は何かをしたとしてもいつか本心が現れてくるのが怖い
相手を突き放して捨てるとまでなる、それが親でも子を捨てる子でも今度は親を捨てるとなっている家族遺棄社会になる
現代はこうして非情化している、金だけの人間関係になることで怖いのである
それは昔からあったにしろ現代はもう極端化しているのである

人間の理想はつくづく利害関係を離れた世界である、だから友情は学生時代にあるが社会に出るとないとしている、社会は利害関係で結ばれているからである
利害関係ない世界でしか真の友情とか愛情などありえなからである
だから不思議なのは死者と生者の関係にはもう利害関係がないのである
死者が何かを生者に要求することもない、また生者が死者に要求できない、要求しても答えもないからである、そこでかえって純粋な愛の関係がありうるともなる
それで死者が美化され遺影でもやさしく生者を見ていると感じるのである
ただもはや死者は親でも何もししてくれないし答えもないのである

ここに苦しんて助けを求める人がいる、通りがかりの人はこの人を言う、金をよこしたら助ける、まず有り金全部よこせ、そしたら助ける
金をもらったら今度はお前はもう用はないからそのまま見捨てる
こんなふうになっているのが現代の金だけの関係になった社会である

そういう非情を経験してきたから現代を嫌悪して江戸時代の義理人情に篤い社会が良かったとなかる、現代はいろいろ便利になったとしても情なき社会となり殺伐としているとなるから江戸時代を今度は美化しているのである

2022年01月25日

冬の暮、冬深む、冬の鴨、冬の水 囲炉裏 (昔の生活の回顧ー囲炉裏の生活ー詩)


冬の暮、冬深む、冬の鴨、冬の水 囲炉裏

(昔の生活の回顧ー囲炉裏の生活ー詩)

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大原や街を離れて冬の暮

大倉と佐須の離れて冬深む

誰が座る石のテーブル冬深む

冬深む境の石や村と村

岩囲み底まで澄みぬ冬の水

石一つここを離れず冬深む

ともしきや昔の生活寒雀

ふるさとに昔を語り冬深む

蝋梅や鉄瓶に沸かす茶の味かな

燃ゆる火を囲み親密冬深む

人と人交わり深む囲炉裏かな

寡黙にも囲炉裏を囲み冬深む

鉄瓶に頑固親父や囲炉裏かな

冬の鴨夕日さし暮る橋の下


外は雪囲炉裏を囲み茶を沸かす静かなる時味わうべしかな

冬の鴨寄り合朝や橋の下朝の光の川面に反射す


囲炉裏の生活

囲炉裏に火゜静かに燃える
薪をくべ炭をくべ燃える
ぽかぽかと徐々にあたたまる
主の座はそこにあり寄り合う家族
主は寡黙であり威厳がある
古い家は代を重ね重厚である
今は何事騒がしく忙しい
何か常に追われている
金に追われて休むことがない
人はみんな疲弊している
そして本来の生物の力は損なわれる
自然のリズムを離れて人もない
冬は静かに籠もるが良し
山の眠るがごとくに休息する
そしてエネルギーを自ずと貯える
冬と増ゆなり増やすことなり
冬にこそ大地の力で作物は育つ
その深い大地の静けさに育まれて
囲炉裏に沸かす鉄瓶に飲む一杯の茶
その味わいは滋味は深い
そういう時間こそ貴重なり
心身を安らかにして命を保つ
積もる落葉を静かに踏み歩み
深々と積もる雪を踏み歩み
人は山と一体化してなごむ
山の沈黙に同化して安らぐ
自然と一体化して原始の力の充つ
現代人は日々力を消耗している
自然から離れて病んでいる
冬は休息の時にして活動の時にあらじ
本来のエネルギーを貯える時なり



今日は昨日よりは寒い、この辺は寒いとしても雪はほとんど降らない、だから気候だけはいいからおすすめなのである
老人は寒さは答える、雪国に住んだら雪下ろしとか毎日雪の生活がどなんものかわからない、買い物するだけでも自転車とかなると行けるのかとなる
雪に閉ざされてこもる生活になる
だから会津とか雪国の生活は具体的にわからないのである
その風土から作られるものがわからないのである、人間は地理とか風土を共有してアイディンティティが作られる、それで地域ごとに違った人間となり文化も違ったものになる
だから飯館村の大倉村と佐須村は隣り合っても3,4キロなのか離れている
それで民情が違うから明治以降合併に反対したのである
民情というのはわからないが何か隣村でも違ったものになり交わらないということがあったのだ
実際に大倉村から佐須村まで歩いたら遠い、自転車でも遠く感じたからだ
車がない時近くでも遠いしそんなに頻繁に行ける場所ではないのである

囲炉裏というとき街中に住んでいた私の家でも囲炉裏があったのである
炭を燃料とした囲炉裏だった、それをふりかえると信じられないとなる
戦後十年は本当に原始的な生活でもあった
第一裏の小川で洗濯していたというときそうだった
水道もないし電気は裸電球一つだった、道は舗装されていないから埃りがたっていた
トイレは外にあり不便だった、屋根はトタ屋根で隙間風が入って寒かったのである
そういう生活は江戸時代と変わりなかったのである
だからその生活をふりかえると不思議になる
そもそも日本人は戦前と貧乏でありそういう生活が基本にあった
日本の歴史でも日本人の生活は基本的に変わりない、貧乏だったのである
つくづく高度成長時代は日本の歴史で例外的に豊かさを経験した時代だったのである
庶民まで豊さを経験した時代だったのである

ただそういう生活でも何か精神的に充実していたことはあった
ただそういうことが忘れられてきたしわからなくなったのである
人間は一時代が過ぎるとその時代がわからなくなる
だから不思議なのは北海道で酪農とかキリスト教を教えたクラークの時代はアメリカでも人間は違っていたとしている
ホイットマンのようにあるゆる人が讃美される素朴な人が多い時代だった
その後に十年が二十年過ぎてアメリカ人は別な人間となっていたとしている
人間はこうして時代が変わり環境が変わると人間まで変わるのである
そしてその時代のことが不明になりただ想像しているだけなのである
そのために過去を歴史を見る時必ず誤解しているのである
まず団塊の世代は戦後の焼け野原からのことを経験している
でも十年過ぎて生れた人はその時代かわからなくなっていたのである
高度成長時代に入ったからすでに豊かな暮らしになっていたからである

囲炉裏がある生活とか昔の生活を回想するときそれは充実した自然と融合した人間的生活だったともみる
つまりそうして確かに貧乏だったのだがそこにあった培われた人間的なものが失われる
わからなくなる、人間は一時代を過ぎるとそこに生きていた人の感覚がわからなくなる
戦前と戦後ではまるで違った社会になった、明治と江戸時代と同じである
そういうふうに時代が変わると前の時代のことがわからなくなるのである
囲炉裏と鉄瓶は合っている、でも南部鉄瓶を買ったがこれが使いにくい、思いし湯がもれやすいとかある、自分の家にはもっと重い鉄瓶があった
それは持つだけで相当な重さなのである、何かこれが融通がきかない、それで頑固親父とも見た、昔の親父はそうだった、威厳があり家の中心に座っていたのである

冬の暮の季語は12月でもある、冬になったら冬の暮となる、でも冬の期間の後半も冬の暮ともなる、それがまぎらわしい、冬深むとなると一月になってからである大寒の今頃がそうなる、季語の使い方もむずかしい
日本語にも何か自然を観察して作られていた、冬とは増ゆなのである、冬にかえって作物は育つとしている、増えるとしている、それは実地に畑で作物を育てた人が言っていたのである
その人は農家の出であり農業のことを知っている、体で知っているとなる
そもそも農業でもただ知識としては学べない、実地に体で覚えないとできない
学問だって机上の学問となったとき実体から離れてしまうのである
ただ両方をすることはむずかしい、私は家事をしてあらゆることを一人でしている
そうするとなかなか他のことができないのである

人間のやれることは限られているのである
自分のしていることは他の人でも技術が進歩して一人でもすることになる
第一前は何かを書いたものを発表するにしても簡単にできない
それを出版するとなると本にする段階から手間なのである
金もかかるのである、今なら本の製作から編集か販売まで全部一人でしているのである
それが一か月後のように雑誌を出すのではなく毎日出しているのが違っている
またカラーの写真でもいくらでも出せるのが違っている
こうして家事をしてさらにこれだけのことを一人でしている時代だとなる
こうして手間がかかっても出すのは無料だし読む人も無料で読めるのが現代だとなる

だから本当に一人で雑誌を作っていると同じなのである
それだけのことをインタ−ネットでITの発達でパソコンでできるのである
これも大きく変わったことである、写真と写生俳句は相性がいい
なぜなら見たままを俳句にするのだからいくらでもデジタルカメラでれスマホでできる
ただスマホは買ったばかりで使いこなせないないがいづれはまた使いこなせたら表現がさらに拡大されるのである

冬が深まってきたが冬も好きである、日本は四季があることがいいのである
だから暑い国は楽だとしても住みたくない、変化がともしくなる
ただ寒いことは老人には悪いとはなるが家に籠って暮らすのもいいのである
何か暮らしフルネスというプログは読みごたえがある
これは昔の生活を見直して日本の伝統的生活の回帰を説いている
そこは神道もあり仏教もありとなる、それにしも日本的伝統的文化をわかりやく自らの生活実践で説いているのである、これはめずらしいと読んでいいる

そもそも生活そのものが文化であり文化とは絵画とか俳句とか何か特定のものではない
俳句はそもそも農民から生まれたのであり誰か一人の芸術家から生まれたものではない体
それで農家に育った人はやはり農業に詳しい、それは全く学校で習ったとか本を読んだ事とかではないのである、体で知っているということなのである
アメリカでもホイットマンは学者とかを疎んじていた、実地に働く職人とか農民とか大工とか様々な職業の人を讃美していたのである
そういう時代がむしろアメリカの黄金時代だったかもしれない、今はそういう人は軽んじれてアメリカ人は金だけを追求する堕落した人間になったと見る
それは日本でも言えたことなのである
何か人間の基本的なモラルが作れない時代なのである
それは環境の相違からきている、鉄瓶でも実際今使うと重いし持ち運びに不便である
お湯をそそいだらこぼれたりするし使えないと思った
電気湯沸かしボットの方がいいとなる、一人でいろいろなことをするのがめんどうになるからだ

要するにこうして時代が違うと物や道具でも使い方が違ってくる
だから茶の湯とか相当に時間がゆっくりと過ぎていたときに合っていたのである
茶の湯となるとゆっくり腰を据えて茶を飲む時間が必要になる
それが現代人にはない、時間の余裕がない、常に時間に追われているからである
すると何かコーヒーの方があっているとなる
何か独自の文化とか伝統が守れないのはどうしても環境が変わり時代が変わり適合できなくなるからである
そうして失われたものがある、旅が消失したのもそうである、車で遠くの目的に最速で行き途中は省かれる、そしてホテルで旅館をで料理を食べることが目的になったりする
歩く旅ならそうはならない、体で土地を感じるのである
するとかえって旅の体験は移動することだけで記憶にも残らないのである
そういうふうに必ず技術の進歩によっても失われるものがある
それを暮らしフルネス(かんながらの道)で取り戻そうとしていることでもわかる

かんながらの道
https://www.caguya.com/kannagara/

2022年01月23日

82歳男性強盗殺人 逮捕の24歳女さん「パパ活をしていた」 「カッとなって刺した」と話す (老人の欲は消えず小人閑居して不善を成すになる)


82歳男性強盗殺人 逮捕の24歳女さん「パパ活をしていた」
「カッとなって刺した」と話す

(老人の欲は消えず小人閑居して不善を成すになる)


この事件も何なのか?何か現代社会を象徴した事件だともなる
高齢化社会で82才でもまだいろいろ元気だとなる
人間の欲は消えないのである、かえって老人になって人間の最後の欲が出てくる
それだけ人間の欲は強いものなのである、人間が枯れるとか簡単にならないのである
人間のいろいろな欲望が死ななければなくならいとも見る
死んで欲は消滅する、でも欲はそれだけ強いものである

ある女性は最後に

スシもってこいと言って死んだという

食い意地があってそう言ったのだろう、それも餓鬼のように食うことも欲だから消えないとなる、その欲があるからこそまた人間は生き続けているとなる
人間は死なない限り欲から解放されないのである
欲を断とうとすればするほど欲がでてくる、そのジレンマに苦しむ
人間はそれだけ欲をたてない、消えないのである
それは男性だけではない女性でも同じなのである、男性とは違っていてもやはり欲がありそれが生きている限り消えないのである
死ぬまで男は男であり女は女だとなる

人間は引きこもりとかの時代だけど実際は引きこもりになることは相当にむずかしい
何かおかしくなってくる、引きこもりで正常を保つことはむずかしい
引きこもりを隠者とすると隠者になれような人間は相当に優れた特別な人である
それを自分自身の経験でわかった

小人閑居して不善をなす

このことは高齢化社会で老人がなりやすい、暇をもてあます老人が増える
普通だったら隠居とかなり悠々自適だとなるが実際は違う
隠者のようになることは相当に難易度が高いのである
かなりの教養とかないとそうした高等遊民みたいなものになれないのである
だから必ず不善を成すになる
それは自分自身が小人だけどたまたま家族に恵まれてそういう境遇になって理解したのである、現実に不善を成しているからである
すると高齢化社会で不善を成す人は増えるのである、大方は小人だからである

そしてこれと似たものとして

君子危うきに近寄らず

これも似たものである、この世にいかに危険なことがあるかそれはいろいろあるが人間そのもの最も危険なのである、まず若い女性に近づいたことが危険だった
女性でも危険な人はいくらでもいる、そこに人間の欲がからんで事件になった
とにかくこの世で生きる時必ずヤバイ人間がいる
そういう人と交わると危険になる、そして人間の欲がそういうヤバイ人間と交わるように仕向けるのである

つまり隠居して大人しくししているとういことができないのである
それをできる人は優れた人だともなる
だから高齢化社会でこうして老人がいろいろと迷惑をかける人が増える
近くでもは猫を十匹飼っているカルト教団に入っている老女とか何かきらきらするものをぶら下げて迷惑をかけている老女とかがいる
その人達は底辺である、その女性は全然口もきかないのである、そして回りの人を警官を呼んでとりしまってくれとか言っているのである
この女性は相当に異常化している、そういう老人は回りに増えて来るのが高齢化社会である

こうした問題は高齢化社会で起きるというとき今は老人でも元気な人は元気なのである
だから欲もありまた何かするにこともできるが暇を持て余ししている老人も多いのであるだから人生百年となると金も必要だが老後をどうして過ごすのかが問題になる
それに備えることも必要だとなる、ただこれは金の問題ではなく精神的な問題になるからむずかしい面があるのだ
だからもう若い時から老後にそなえて趣味をもつライフワークを持つことも必要になる
そのライフワークを60以上から持つことはかなりむずかしいからである
普通の人間は積み重ねであり突然何かを理解できたりしないからである
ともかく人間は何か理解することに時間がかかるのである

60の手習いとかあるがその前に継続して探求するものがないとそれも身につかないともなる、ただ60の手習いとは高齢化社会では普通になる
60からでも遅いとういことはないがやはりその前に継続して知識でも積み重ねることが大事になる、それは必ず活きて来る、読書でも読んでも理解しなかったのが理解できるようになる、そして自分なりに消化できるようになる
本を山ほど買ったが理解できなかった今は理解でき自分なりに引用したりできている
それが自分には本当に不思議だと思う
だから読書にしてもその時は理解しなくても後からこうして理解できることがある

人間の心は実際は解明されていない神秘的なものである、心は汚れないようにすることが大事である、心は浄化されてゆく、そして老人になって美しいビジョンを見るようになる人間の心は浄化されると天に通じてそうした天国のビジョンでも見えるようになる
だから修行することも必要になる
ただ人間は常に雑念とか欲念とかが消えないのである
老人になると枯れるとかなくますます最後の欲が出て来る
それでこうした事件がこれからも起きる、男女間で起きて来る
それだからこそ君子危うきに近寄らずとなるのだ
でもそれが老人でも隠居して引きこもっていて平穏に暮らすことができないのである
高齢社会を生きることは実際人間にとってハードルが高いのである
それは肉体的な面だけではない精神的な心の面でそうなのである

なんかどっちにしろ若い時は無謀だし老人になっても欲が消えずにこうした事件が起きる自分でもこういうことを経験している、若い時も本当に危険である
では老人になったらみんな悟ったようになり大人しくなるのかとなるとそうではない
人間の欲はいろいろ怖いものだということである
ヤバイ人間に近づくなといっても自ら欲のために近づくこともあるし向こうから近づいていることもある、隠者のように生きられないのである



南相馬市長選挙から (誰にでもいい子になる尖ったことは言えないー多数決の民主主義の限界)


南相馬市長選挙から

(誰にでもいい子になる尖ったことは言えないー多数決の民主主義の限界)

南相馬市長選挙でも何か尖ったことが言えない、誰にでもいいことを言う、そんなことは政治の世界でもありえないだろう、利益でも全部が満足することはない
必ず利益配分でも平等にはならず不満がある
結局それは不可能だからである
この辺で起きた原発事故の補償金問題でもそうだった
鹿島区は除外された感じになった、それより相馬市でも他の地域はもっと不満である
ほとんど補償金はもらえなかったからである

民主主義がゆきづまっているというときみんなにいい子にならないと票がとれないからである、だから誰でも批判したりしない、批判すると批判される人は票を得れないからである、とにかく多数をとることですべてが決まるからである
そうすればみんなにいい子になり誰も批判できないとなる

そこから何が起きて来るのか、原発事故のようなことが起きて来る
原発は政府とか東電主導で作られたものであったが地元にも原発マネーが回ったから
地元でも積極的に誘致して恩恵にあづかることをしていたのである
だから反対したものは本当に地元に住めなくなっていた
なんであいつは反対するんだ、金になるのに反対するんだ
原発は危険ではないとかなりそうして推理ドラマだけど反対者が殺されたのである
それは下請け会社であり産業廃棄物問題で俺たち零細な企業は仕事をもらえないと食べていけないと訴えた、その声が切実だったのである
ここでも東電から仕事をもらう電気関係の零細な会社がいた、すると同じことが起きたのである、だから反対したら地元に住めなくなったのである
なぜなら殺されるという恐怖におびえて暮らさなければならないとなればそうなる

東電から仕事をもらえない、飯の食い上げだ!

こうなっていたのである、東電に事故の時千人くらいの電気関係者が仕事していたともされる、それだけ巨大な会社だったのである

ともかく民主主義がアメリカでも限界だとか崩壊しつつある
それはもう民主主義がかえって危機には弱い、全員賛成とか多数決とかが公平なのようで公平ではない、シルバー民主主義とかでもそうである
老人が多いのだから将来を担う者より老人向きの政策になる
そうしなければそもそも選挙に勝てないからである
選挙に勝つことが第一なのだからそうなる、創価でも他の団体でもまとまった票を得ることが大事になる、それもいろいろな団体があるにしろ一つの団体に肩入れすると不公平になるから当り障りなのことを言いみんなのいい子になろうとする
それが結局後で怖いことになったのである

大衆民主主義では尖ったことは言えない!

みんなに誰にでもいい子になろうとする、そうしないと票が得られないからだ
ところがそれが危険になる、結局民主主義が一番ファシズムになりやすいシステムだったのである、ナチスは民主主義から生まれたからである
そこにもう反対意見は許されない、反対する者は排除されるだけである
多数が権力となり従わない者は弾圧される
原発ではそういうことになっていた、強力な「原子力村」が作られてとても反対できないものになっていた
誰ももはや反対できないのもとして権力で強固に作られてしまっていたのである

民主主義が機能しなくなったのはこうして誰も尖ったことは言わない
言えない、言ったら票は集まらないからである
集まったとしても少数であり選挙に勝てない
その主張は貫けない、選挙に勝つためには議員は何でもするというときもそうである
おべっかでもなんでもする、それは選挙に勝つことがすべてだからである
マスコミでも既得権者だから尖ったことは言わない、なぜならすると大勢を相手にしている大衆を相手にしているのだから言えないのである
マスコミもみんなにいい子になるだけである、それで視聴者でも読者でも確保しているからである
でも別に数十人でも数百人でもそういう人達に支持されることを言ってもいいとなる
そうすれば反対した人もいたのかとなり後で注目される
でもマスコミも大衆相手だからそういうことは言わないのである

南相馬市長選挙でも何か争点もわからない、みんなにいいようなことを言い当り障りのないことを言っているだけである、だから何を争っているのかもわからない
ただ人物評がありどうだこうだとなるがそれも良くわからないのである
どう評価していいのかもわからない、だから選ぶのに苦労する
原発反対を前の市長は訴えて落選した、原発はこの辺ではこれだけの被害があったからこりごりだとなって反対している、だからそれを主張して当選するというのは何かおかしいと思った
もっと別な政策があり実行すべきものがあった、それを主張すべきだったとなる
それは補償金の公平な分配とかがあった
ここでもやはり尖ったことは言えない、みんなにいいような当り障りのないことを言う
こうして誰にでもいい子になりそれが大きな災いとなる
原発の危険でも言う人は地元でもいなかったとかなる

そうして誰にでも当り障りのいいことを言っていたら何か大きな事故になったり災いが起きる、聖書だと予言者が災いが来るとういうことをあえて警告していた
それも一人でありそういう預言者は殺されたとなる
でもみんなに当り障りのないことを言っていたらこうして大被害となり戦争で三百万人死んだとか故郷にも住めなくなったとか大被害になることがある
要するに民主主義は危機には弱い、必ず誰にでもいい子になるから当り障りのないことを言いそんな危険なことを言うなとなるからだ
それで今は科学者が預言者の役割をしていて東電に十数メートルの津浪がくると提言していたのである
でもそれも無視された、金がかかるから防波堤を作らなかったのである

民主主義は少数者の意見でも認める、一応発言は許してその記録も残すことを許す
それで後で歴史として正邪を判断するとなる
でも選挙ではどうしても多数を相手にしなければならないから当り障りのない誰にでもいいことを言うのである
今回の南相馬市長選挙でも何をしたいのか何を第一にするのかもわからない
わかったのは前桜井市長が左寄りであり現門馬市長が自民党系だったのである
だから自民党が応援しているとなる、すると自民党に反対する人はいれないとなる
でも中央の政治と地方の政治は違ったものになる、それでは判断できない
でも結局判断材料がない、資質として性格などから判断するともなる
でもその人の人格などにしてもそういうのはわかりにくいのである

もうし民主主義は数だけを問題にするから機能しない、多数だけを相手にして多数がすべてだということはファシズムなのである、少数でも何か重大なことを言っている
そのことにもみんな注意すべきだとなるができない、結局そういう人は泡沫候補として簡単に切り捨てられるだけだとなる
だから巻町で小さな町で原発を建てさせなかったことは快挙だった
新潟日報とかも応援していたのである、福島県では原発に反対することはなかった
莫大な電事連とかの原発マネーが宣伝費として回っていたからである

要するにもしかしたら市長でも誰がやっても同じなのかもしれない、市長とかは飾りすにつぎないのかもしれない、何かするにもできない、大きな上からの権力の圧力がありできないとなる、市長にどれだけの権力があるのかわからないにしても原発の場合は上からの権力の圧力が強力であり従うほかなかったとなる
地元には金をばらまき反対させないようにした、そういうことで誰も反対などできなかったのである
つまり今や民主主義とは多数の横暴になり機能しなくなったのである
それでトランプ大統領選挙でも国会議事堂に暴徒が選挙に不正があったとして乱入したのである、選挙自体が信用されなくなったことは民主主義の最大の危機になったのである
ただそうなると内乱状態になり国が分裂する危機になる

民主主義の国でそうなりつつある、では民主主義に代わるものはなにかというと共産主義は反対者を抹殺するということでカンボジアでは二百万人が殺されたとかなる
だから政治をどうするのか、これは簡単に解決しないのである
でも民主主義も資本主義も限界がきている、機能しなくなったのである
次なるものが何かというときそれはわからない、民主主義がもう限界であり機能しなくなったということはわかる、みんな無力感を感じて南相馬市長選挙でも65パーセントくらいの投票率しかない、これはおそらく南相馬市外で出た人達もいて投票しないのかもしれない、また南相馬市では原発事故の影響で65歳が35パーセントとか多い
するとシルバー民主主義になり将来を担う若い人の意見が反映されないとなる
だから福祉とか病院の充実を言うときシルバー民主主義になる
これは国政選挙でもそうなのである

とにかく民主主義は危機には弱い、危機に対処できない、そして大衆民主主義は誰にでもいい子になろうすることで危機には弱い、危機になったら指導する人もいない
危機には多数で判断できない、いち早く津波ならつなみでんでこで他人のことはかまわず逃げろとなったからである、そうしなければ命を失う
そこで話し合ったり相談したり議論している時間がないからである
即座に決めて逃げるなに何かを実行しないと命が助からないからである
その時みんなが賛成するから多数決で決めるようなことしていたら死ぬ

だから大川小学校では子供が近くの山に逃げて助かった、子供の判断てそうして助かったでも先生の言うたに従ったものは死んだとなる
また浪江の人達は津島の方に集団で避難した、それは浪江町長の独断でそうした
でもその中に東電の人がいて街の方に引き返した方がいいと言ってそれに従った町民がいたのである、それが正しい判断だったのである
そういう危機の時誰が導くのかが問題になる、国も支持できない、だから浪江町長の独断になった、それが間違っていたのである
でもみんなで協議してもわからないから誰かの支持に従うほかなかったのである
危機の時は民主主義の多数決は何の役にもたたないのである
そこに民主主義の限界があり市長選挙にしても危機の時は役にたたない、市長自体が指示できないからである

今回の選挙では桜井氏は原発事故の経験はした、だから経験しているから強みがあるとはなる、でも何かどれだけ事故の処理で実績がなったのかとなるとわからないのである
ただ経験したということで何かあったら対処しやすいということはあるかもしれない
第一あんな経験は普通できないからである、そこで学んだことは相当にある
自分自身もこうしてこれだけのことを経験したことで書いているのである

posted by 老鶯 at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年01月22日

資本主義の成長の限界の歴史的考察 (社会主義化するー分配の公平が政策となる)


資本主義の成長の限界の歴史的考察

(社会主義化するー分配の公平が政策となる)

●売るものがないと人間(生口として)を売る

日本は本当に貧困化している、ここでタイムセールに群がり争っている
それを見たら日本はどうしてこんなに貧困になったのかとなる
安い納豆を取り合いになっている
そういう人を知っている、十円でも安いものを買うために苦労している
ただ田舎ではかえって貧困が見えない、そういう人と接しない限りわからなのだ
都会だとホームレスとかがいて貧困が可視化されるかわかりやすい
田舎だと貧困が見えにくいのである

日本がなぜ貧困化しているのか?その原因はいろいろあるにしても日本の貧困化は世界経済とも関係している、グロ−バル化するとどうしても世界の影響をもろに受けるからだ
グロ−バル化とは実は大航海時代から始まっていたのだ
ヨ−ロッパの世界的拡張から始まっていた、それは信長の時代までさかのぼる
その時スペインとかポルトガルが船でアジアに進出してきたからである
それはキリスト教の布教のためでもあるがその裏では富の収奪だったのである
だからインカとかマヤ文明があったとしてそれも鉄砲と馬で侵略して500人足らずの
ならずずもののような集団に簡単にのっとられたのである
それは強盗団にも似ていたのである、その黄金でスペインは黄金の教会を作ったのであるそれはまさに強盗をして奪ったもので建てたものなのである

真偽がわからないにしてもその時日本に布教をしたスペインに女性が奴隷として売られたとか言われる、日本では売るものがないというとき人間が必ず売られる
人間が奴隷化して売られていることは世界史をみればわかる
古代にさえ日本と中国が外交で何か与えるものが無いから生口を中国に与えたとしている
卑弥呼は239年(魏景初2年)に魏明帝へ男生口4人、女生口6人を贈ってきたと、中国の書に記されている

生口とは何なのか 中国、朝鮮の恐ろしい文化
https://artworks-inter.net/pc/2019/11/25/post-652/

魏志倭人伝にみる生口の検討
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/RO/0009/RO00090R001.pdf

ここで生口とは男は奴隷であり女は性奴隷としているしまた人肉ようだったということも書かれている、「生口牛馬」とあるとき牛馬と同一化されて生口がある
牛馬のように売り買いされたということである
それは大陸だと常に戦争があり負けたら奴隷にされるのが常だからである
そのために大陸ではアメリカにイギリスでも奴隷商人がいて黒人が売買されたのである
江戸時代の口入れ屋というのも何か奴隷のように人が売り買いされる言葉に見える
そもそも日本では何か中国に贈与するものがなかった貢ぐものがなかったから生口を与えたとなる

つまり中国が巨大化して強国になると日本は朝貢(ちょうこう)になる
何か貢物をもってゆくことになるがなければ生口をもっていったとなる
スペインとか戦国時代でもヨ−ロッパの国が進出した時日本もマヤやインカのように収奪されるようなったのである
アジアの植民地化もその一環として大航海時代から継続されていた
ただ日本は鎖国したので鎖国できたので明治まで侵略されなかったのである

●ヨ−ロッパは富を世界から収奪して豊かになった

なぜヨ−ロッパが豊かになったかというとアジアとか南米とかアメリカから富を収奪したからである、ヨ−ロッパはもともと貧乏な国だったのである
イスラム国が豊であり文明国でありオスマントルコなどのように栄えていた
それで5ドルくらいで今度はイスラム国に白人がヨ−ロッパ人の女性が性奴隷として売られていたとなるのも驚きである
その後大航海時代からイギリスの七つの海の支配で世界帝国となった
ただこの時はイギリスに産業革命が起り資本主義が起り世界貿易で豊かになったのである東インド会社は最初の株式会社とされる
なぜならオランダなどで航海するとき船は航海で危険であり沈没したりするからみんなで株を買って投資した、危険を分散したのであく、それが株式会社の一つの起りとしてあった、今でも会社に投資するともうけも大きいがリスクも大きいからである

いづれにしろなぜ日本がこれほど貧困になったのか?

それを歴史的解明するとなぜ逆にヨ−ロッパが豊になりアメリカが豊かになったのかという問いにもなる
でもその成長も限界に来ている、資本主義とかは投資して成長するフロンティアが必要になる、それがなくなっている、残されたのは宇宙であるがそこに何か資源があるとかにはならない、土地があってもそれで富をもたらすることはないだろう
そしてこれ以上世界が経済成長できないというときグロ−バル経済は限界に来ている
中国経済ももう発展成長は望めない限界に来ている
それでSDGs(持続可能な開発目標)が盛んに言われるようになったのである
このまま世界が経済成長することは環境破壊になる、それはこの辺で起きた原発事故でもそうである、科学技術で豊になろうとしてももう住むことすらできない大惨事になったからである
つまり人間の技術にも限界がある、何か科学技術は無限に発展して限界がないような信仰にもなったのが現代である、でも限界がある、人間の技には限界がある
その限界を意識されるようなっている、全能なのは神しかいないからである
だからこうして歴史をふりかえるとなぜ日本は貧困になったのか?

●高度成長時代は日本の歴史でも例外的なことだった

戦後の焼け野原から高度成長時代になったのは技術力工業力があってそうなった
でもそれは日本が優れていたからではない、やはり経済も運が影響している
米ソ冷戦の中で日本はアメリカの支援を受けた、朝鮮戦争でもそうだった
そこでアメリカ軍を支援して成長したのである
何か子供のとき鉄くずを売って金にしていた、そうした鉄くずが集められたのは朝鮮戦争で鉄が必要であり日本が加工して売ったとなる
日本は日本自体ではもともと豊かになれない、資源もないからだ
だからアメリカとかに電気製品を売るとか車を売るとかで豊かになるほかない
今度は中国が巨大化すれば中国に物を売るということで豊かになるほかない
日本一国だったら江戸時代の鎖国のように平和であるにしろ貧乏で暮らすほかない
何か日本で庶民までも日本人の大半が豊になった時代はない、高度成長のような時代は日本の歴史てではなかったのである、だからふりかえるとそれは例外的なものだったのである、戦争に負けて不運だったのだが幸運にもなっのである

ともかく日本がなぜ貧乏になったのか、円の価値がすでに五〇年と同じになったとか
あらゆることで貧困化している、時代が逆戻りしている、東京だとわずかな富裕層とあとは貧困化したエッセンシャルワーカーしかいずスラム化するとも言われる
だからタイムセールで東京の底辺層がとり合いするとか結婚もできない給料が安くてできないとなっいてる、結婚したくないのではなくそもそも女性がそんな少ない給料では子育てもできないとして男性を選ばない、そこで独身者の一人暮らしが増えたとなる
結婚したくてもできないというのが現実になっている

ただ日本が豊かになれる時代が終わったというときそれは世界的なものでもある
資本主義は限界に来ている、投資する先がない、金余りであり金融資本主義であり本来の資本主義でないとしている、それは銀行でも投資先がない、これまでは利子がついていてその利子で老後でも貯金していれば増えるから悠々と暮らせるとなったが銀行がつぶれるとか預金封鎖だとか円の価値が五〇年前にもどったとか東京にスラム街ができるとかそんな話しかない野てある、退職金が2000万あっても三〇〇百万減らされたとかなる
高度成長時代は一千万あれば七年間くらいで利子で倍になった人もいた
だから二千万もらったとしてもその価値は半分くらいになっているかもしれないのだ
投資で増やそうとしてもそれも知識が必要であり簡単にできない
銀行でそういう素人をカモにして投資信託を売りつける手数料商売になったのである
投資そのものが資本主義では悪いとはならない、でもその投資の方法がわからないのである

●経済成長のない世界へ

ともかくこうして成長する時代は終わり限界にきて資本主義も終わるとか言われる
では次になにが来るのか?それはもう成長しないとなるとき分配を重視する社会主義政策になる、それを岸田首相が唱えるのもわかる
もう収入は増えないし一定である、するとその一定化した収入のなかでやりくりするほかないのである、そして分配を重視するというと全体の成長を計るのではなく分け合う思想になる
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この図のようにもう100しか収入はないというとき60をとっていた人は他の四人に分けるほかないとなる
そして全体的にも富を増やせないのだから江戸時代のように限られた世界で暮らす智慧が必要になる、グロ−バル化だとグロ−バルに発展するということがあるがそれも限界に来ているからだ、そのためにSDGs(持続可能な開発目標)が言われるのである
資源でも人口でも限界であり環境破壊になるとかなり人間の技術も限界だとかなる
それが原発事故で示された、科学技術は人間が無限に発展ずるとう信仰にもなっている
でもそれにも限界をがあることを知るべきである
ただ寿命を延ばすことなどはできる、でもそれが経済成長になるとは思えない
むしろ老人がさらえに増えてくるのだからかえって社会全体が老化するということにもなる、老人はあまり消費しないからである

ただ長生きは悪いものではない、ともかく人間は何か一つでも理解するのに時間がかかりすぎるのである
もう百才まで生きれば普通の人でも天才でなくても功績が残せる
私自身でも六〇歳以後にいろいろなものを理解してインタ−ネットで発表するようになったからである、つまりそれだけ成果をだすのはおそくてもいいとなるからである
それで長寿社会はハードの面ではなくソフトの面が重要なってくる
ソフトの面というとき文化的な面になる、それは物量的なものではなく物質的繁栄ではなく精神的内面の人間の新しい世界を作りだすことである
それが小さいことにしろパソコンのソフトで作りだしている自分の抽象画がその一つだったと思う、全然絵の才能ない自分がどうして絵を作りだしているのか自分自身で不思議だからである、つまりパソコンは今までと違って脳と心と深く関係したものであり今までもの技術とは違っているからである

それはワープロで文章を書くとき体験している、ワープロで文章を書くのと筆記具で書くのとかは違ったものになる、機械を通しして人間の脳が刺激されて拡張されているのである、それは米の生産を増やすとか他にも何か物量を増やすというものではない
文化的なものでありそれはGDPとして計算されない、そもそもなぜGAFAが世界を席巻したのか?これは何か電器製品とか車の生産とか違う、情報社会化したものであり物の生産とは違う、人間の心と精神と関係して生まれてきたのである
つまり人間の最後に残されたフロンティアが脳に心にあるからそうなったのである
人間の創造力と深く関係しているのがパソコンだったからである

●資本主義から社会主義へ?

いづれにしろ貧困化は深刻である、でも資本主義の成長原理で貧困化を解決できない
なぜなら成長そものもが限界に来ているからだ
だから銀行に金が集まっても投資する先がないのである
世界的にも実際は金余りであり投資する先がない、そして金融資本主義で金を右から左に流して利益をあげている、それは詐欺にもにているのだ
金融の操作で金が操作されて利益を産みだされている、実質はただ金を右から左に流しているだけである、ギャンブルと同じである、ギャンブルは何も産みださない、金がただ実は操作されて胴元に流れているとかなり陰謀論になっているのである

つまり100から200に量でも成長すれば分配も底辺層に回る、それが資本主義である
でもGDPでも増えなければ底辺層には回らない、福祉でも成長があるとき福祉にもまわる
それで大正生れの私の母親は60歳になったら年金を積んでいなくても一月三万円もらっていた、でも5年後とかなると4万もらったとか悔しがっていたのである
今はこういうこともないし福祉でも生活保護でも7万とかなりそれで生活できるのかとなる、円安でも円の価値が50年前と同じになったというのはショックである
日本の金の価値がそれほど下落したのである
そうなると外国ののものを買いなくなる、石油でも高くなり物価高になっている

日本はじり貧になってゆく、電気水道ガスがとめられる死ぬ人まででてくる
また食料でも外国から入るものは二倍とかな買えなくなる
ただサツマイモはとれているのか安いとか見て食べている
一応米も日本では余っているからそれがこれ以上高くなるとは見えない
とにかくもともと日本は全体的に豊かなになったことはなかった
ただ高度成長時代というのは日本の歴史で例外的なことだったとふりかえる
すると日本はまた貧乏な時代にもどるほかないのかとなる
貧乏にしても電気水道ガスとか石油は必要になる、それさえまかなうことがむずかしくなる、すると炭を使いとかるのか?そういうふうに追い詰められてくる
ただ電気も水道もガスも石油でもない時代でも人が日本で生きてきたからそれで万事終わりとならない、一応生きてゆくことはできるのである

資本主義がもう成長が望めないという時資本主義は終わる、すると社会主義にもなる
極一部の者か富を独占しているから貧乏なのだと富裕層に不満になる
それでアメリカでもサンダーとか社会主義政策を唱える人が脚光をあびる
岸田首相も分配の政策を言うのはそういう社会状況になっているからである
富裕層の採りすぎる分を底辺層に回せとなるからだ
もし全体的に成長するなら平等に富もまわってくる、でも成長が限界になると富はまわらない、すると極わずかの人が富を独占することに不満がつのる
そこで社会は不安定化してくる、犯罪も増える、富裕層でも安心して暮らせなくなるのである、そのことを富裕層は自覚すべきだとなる


YouTubeの「大学院卒なのに田舎で貧乏生活」も見てね
https://loveandfreedom.hatenadiary.com/?page=1641731809

ここではまだ延々と貧乏を嘆いている、そこから脱出できない、大学院でても文系とかなると苦しいのである
私自身が三流大学の文系であり就職もできずに二十代底辺労働者となっていたからであるただ親に恵まれて自分の好きなことをしてきたのである
でも自分自身も全く贅沢はできなかったのである
ただ時間だけはあったからバックパッカーとかになり旅をしつづけていたのである
外国だとその時中国だと物価が十分の一くらいだった、それが今や日本より高い
日本人は外国旅行は高値の花となる時代になったのか?
むしろ外国人が日本が物価が安いといかことでインパウンドで押し寄せたのである
観光で金を稼ぐほかなくなったということである、それだけ落ちぶれたということである




 


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2022年01月21日

古殿からいわきへ自転車の旅の詩(新年の詩) (フタバスズキ竜と浜通り)


古殿からいわきへ自転車の旅の詩(新年の詩)

(フタバスズキ竜と浜通り)

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古殿からいわきの浜へ

古殿から御斎所峠を下る
一心に自転車で走り下る
鶏頭が赤く燃え咲く
我が心も赤く燃える
下りきって川に出た
水は透明に澄んでいる
そんな所で石を探す人がいた
十万にもなる石があるとか・・
その眼は卑しい、豚の眼にもなる
常に人は金を求める
清浄な自然にも金を求める
その清流を鮎が上り死ぬ
落鮎はここで短い命を終える
その清らかな水に命を終える
さらに遠野を回り農夫がいた
そして太平洋に出た
広い広い大平洋よ
フタバスズキリュウが波を切って泳ぐ
魚が群れて泳ぎ海竜が首を伸ばして
ぐいぐい力強く泳ぐ
その姿は神の業の快挙だ
悠々と波を切って泳ぐ
それは太古の夢だったのか
その姿は消えて化石となり億年眠る
大きなアンモナイトも積み重なり眠る
ああ 卑しい人間よ
その目は何を見るのか
その目は濁りもう美を見ない
大いなる自然の美を見ない
時に大いなる自然はノワの箱舟のように
世の穢れを洪水で押し流すのか
そして再び太古の自然が蘇る
雄大な自然の中にありあまる幸を得て生きる
人間の業の原発は万年の災いを残した
プルトニウムは二万年消えない
億年の地史の中にそれは残る
人間の技は災(わざ)いを残す
そこに人間を住めなくした
私は海岸にテントを張り
朝に海に太陽を輝き昇るのを見る
撫子が咲いていわきの浜を去る
その海岸線を軽快に走り去って行く
かなたに鴎が飛んでゆく
白波が寄せてひびき広々として
海岸線はどこまでもつづいている

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庚平7(1064)年御冷泉天皇の御代、東北の地に阿部一族が乱を起した時、源頼義が一子八幡太郎義家を供に討伐の兵を進めた。戦い利あらず一時この地にあって再挙の機をうかがいはるかに石清水八幡宮に戦勝を祈願した。ほどなくみごと勝利をおさめたがこれを記念し、部下の福田次郎(石川氏の祖)に命じて石清水八幡をこの地に遷座しまいらせたといわれる。代々の領主が隠居入道し、修験となって八幡を守護、古記殿を館としていたのでこの地を古殿と呼ぶようになったという。このゆかりの名にあやかって古殿町と名づけられた。

古殿八幡に古くから伝わる「流鏑馬(やぶさめ)」の行事がある。狩り装束に身を固め鏑矢を背に弓を左手に持った三人の武士が疾走すろ馬上から一の矢、二の矢、三の矢をはなつ、この行事は無形文化財として保護され秋たけなわの十月の第二日曜日に毎年行なわれる。
https://www.town.furudono.fukushima.jp/kanko-dentou-bunka/see/shiseki/furudonochoushi/rekishibunka/110

元応(げんおう、(旧字体:元應)は、日本の元号の一つ。文保の後、元亨の前。1319年から1321年までの期間を指す。この時代の天皇は後醍醐天皇。鎌倉幕府将軍は守邦親王、執権は北条高時

市神の碑といわれる12号塔は、碑面を詳細に検すると、「市神」等の現文字は新しく、中央上部に種子、「市神」の字として重複して「元応元大才己未□月□日」とかすかに旧銘が見える。中世の古い板碑に、後世市神等を追刻したことがわかる。荷市場(にいちば)という
鎌倉岳は標高669mあり、古殿町の松川地区に高くそびえる山です。
その名前の歴史は古く、遠い昔、鎌倉より嫁いできた姫が故郷恋しさに、「私の慕わしい鎌倉はどちらの方にあるのだろう」と聞いたので、村人たちが「この 山に登れば鎌倉が見える」と、姫と一緒にこの山に登ったことが由来とも言われています。


市神を秋にたずぬやいわきへと

古殿に鎌倉岳や姫あわれ山間深く秋となるかな

古殿というと鎌倉と関係していたのか、市神とかあったがこれも古いものだった
鎌倉時代となると東北地方に鎌倉から移住した武士が多い、南相馬市の鹿島区の岩松氏は有名である、最初に南相馬市を支配したのは岩松氏だったからである
ただその一族が幼児まで皆殺しとなったので伝説として残っている
だからこの伝説も信憑性があるとなる
鎌倉という名をつけたのだからそうなる
ただ地名はいろいろあり鎌倉が必ずしも鎌倉時代の鎌倉とは違うことがある
なぜなら宮城県でも丸森にも鎌倉があったからだ、他にもある、

神の御座所である「神座(かみくら)」が転じたものとする説などが有力らしい。しかし日本語の性質からして、「かまどくら」が「かまくら」になったり、「かみくら」が「かまくら」になることは難しいのではないか。「かまどくら」はなかなか変容することが難しいし、「かみくら」なら、「かんくら」から「かぐら」と変容するのが普通だろう。
○おそらく、「かまくら」の民俗行事と鎌倉地名とは同じ語源ではないだろうか。かまくら・鎌倉の語は極めて古い。鎌倉時代に唐突に鎌倉の語が成立したわけではない

薪樵る鎌倉山の木垂る木をまつと汝が言はば恋ひつつやあらむ(譬喩歌:3433)

https://ameblo.jp/sisiza1949/entry-12519941371.html

この流鏑馬とかは鎌倉から武士が伝えたものとするとなんらか関係あるのか、地名の問題は鎌倉とあれば鎌倉時代とか連想する、そして鎌倉の地名があって伝説がこじつけられる地名伝説にはそういうのが多いのである、実際は無味乾燥な地形とかに由来しているのが多いのである
だからすでに万葉時代にカマクラの地名が歌われている、それは地形的なものと関係している、つまり注意すべきは鎌倉という地名は鎌倉時代より古くからあったということである、だから鎌倉岳がいつそう名付けられたのか問題になる、地名は古代からのものがあり古いのが多いからである

ここから一路いわき市の方へ自転車で下った、下り坂だから気持ち良かった
その時電動自転車ではなかった、これが坂だったら上るのが大変なことになる
ただあの辺を確かに行ったのだが記憶が薄れている
でも石川郡とかであり山の中に万屋(よろずや)がありそこでご飯と味噌汁を御馳走になったのである、今時そんなことをする人はいない、そこは山の中でまた万屋が残っていたのである、それが記憶として残っている
自転車で旅して親切にされたことはない、胡散臭い奴だとなって宿にも泊まりにくいのである
何か江戸時代辺りでも旅は簡単にできない、殺された人もいるというのも伝えられているそれはよそ者を殺しても犯人がとがめられないという村社会だからそうなった
江戸時代のことを回想して美化しているが実際はそんなものではないとなる

ともかく市神の碑のある場所から一心に御斎所街道を下った

現在はトンネルを通って峠を越えるが、かつては山腹の崖に近い斜面を上り下りし、屈曲した狭い道を行き来したようだ。「七曲」「大曲」。一度踏み外すと、約100メートル下の谷底まで転げ落ちるほどの難所に苦慮した人が、畏敬の念を抱き名付けた峠の呼称が今も残る。

御斎所街道・全3回(3)】 難所続いた古道の名残
https://www.minyu-net.com/serial/kaidou/FM20160221-051701.php

この辺では飯館村の大倉から草野の方に行く古い道は本当に七曲の細い道だった
どこでも山の道はくねくね曲がっていたのである、そもそも直線の道を作ることは日本では山が多いからむずかしかったのである
今は曲がった道ではなく新しい真っすぐな道ができているから車でも行きやすい
古い道はもう誰も通らない道となった、古い道がここでもありそれはわからない

そうして下りきった所で遠野に出て鮫川が流れている、その水は清らかである
そこで落鮎が食べれる場所があった、落鮎が清い水に死んでいた
そこで合ったのは変わった石を探していた人だった、何十万になるとか言っていた
そんな高い石があるのかと思った、その人の眼は癒しと見た
人間はともかく金になることだけを追求していると卑しくなる
自然の景観は無料で鑑賞できる、でも金になることを追及していると自然の美も見えなくなる

秋の水流れて清し遠野かな

遠野という地名の由来は何なのか

「トオ」は「峠」の詰まったもの。【JR・第三セクター 全駅ルーツ事典 村石利夫 東京堂出版】

 「遠閉伊(とほのへい)」の下略。又は、「タヲ(撓んだ地形)」+「ノ(野)」の転か。アイヌ語説は付会。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

 以下のような様々な説があると言われる。【岩手県庁のサイトより】

(1) 閉伊の先、閉伊の奥の意味で呼んだ汎称「遠閉伊」の野原という意味
(2) 山間の遠い野
(3) アイヌ語のト(沼)ヌプ(野)
(4) 「東野」の意味で東方の野
(5) 「撓野(タワノ)」の転訛で、たわんだ地形の盆地 

遠い野とか奥の野というときいわき市街からは相当遠いから合っている
ただこれも何か遠いということで感じからイメージするが地名は無味乾燥な地形とかに由来しているのが多い、でも何か地形的にもあっている
でもどうして遠野と名付けられたのか?そこに住んだ人がわざわざ遠い野とは言わない
ただ遠野という地名はその辺りの小字地名でありそれが大きな地名となったことはありうる

その遠野からいわきの浜に出た、そこでテントを張り一夜寝た、起きたら海から朝日が昇る、その浜に撫子が咲いていた、それが何かいわき市にふさわしかった
やはり山より海に出るのがふさわしい、浜通りの道は常に海に通じいる
山にも通じているがどうしても海に向かっているのである

そうしてその海は黒潮と親潮の交わる地点であり波立海岸には小さな熱帯魚が泳いでいたそれを追って千葉県から来た人がいたのである
さらに太古になるとフタバスズキ竜がいた、これを見たら驚嘆する
浜通りは太古には深く海が入り込んでいた、だから南相馬市の鹿島区の真野川上流から
サンゴの化石が発見されたりする
またアンモナイトの化石が集積している所が博物館にもなっている
それは海からかなり離れて遠いのである、だから太古は山の方まで海になっていたのである、だから化石が山の方に埋もれていたとなる

このヒマラヤ山脈最高峰のエベレスト山では、アンモナイトなどの貝の化石が見つかります。”海の生物”の化石が、地球上で最も海から遠く離れた場所で見つかるのです。

これも信じられないとなる、それだけ地球自体が動き隆起して変動しているのである
だからトンガで海底火山が爆発したように地球常に変動しているのである
津浪でも元の入江が再現されたことに驚いた、田んぼだったところは湿地帯になったのである、釧路湿原のように一部なったのである
地球が変動するということは日本列島が沈没するというのも嘘ではないのである
沈没しなくても日本列島は変化する、陸地が海になり海に新しい島ができて陸地が広がるそういう信じられないドラマが地球規模では起きるのである

とにかく自分の旅をふりかえっていかに記憶する旅が大事かわかる
だから自転車の旅は記憶に残る、あそこを懸命に長い坂を上ったとか下ったとか覚えている、蘇るのである、そうして今俳句や短歌や詩にしている
もし車とかバイクだと記憶されないから記憶が蘇らないのである、するとその労力も無駄だったとなってしまうのである、つまり時間の無駄だったということに気づくのである
旅でもその収穫を得るにはやはり記憶する旅をしないと大損だったと気づく
なぜなら老人になるときつい旅はできなくなるからだ
老人は記憶に生きるようになるからだ、とにかく人間は記憶することが大事なのである
ただ記録と記憶はまた違っている、記録しても記憶されないこともある
その時の実感は記録して記憶とならず忘れることがある
ただ記録したもで記憶が蘇ることはある、だから記録も大事なのである
30年とすぎれば何かあいまいとなりどこを通って行ったのかもわからなくなる
だからこそ記憶する旅をしないと旅したことにもならないとなり大損だったとなるのである










2022年01月20日

スマホはパソコンり使いずらい (画面が小さいのと操作が複雑、でも不可欠のものになる)


スマホはパソコンり使いずらい

(画面が小さいのと操作が複雑、でも不可欠のものになる)

小さい画面が苦手なのでスマホを買わなかった、でもスマホも緊急の時必要と思い買った携帯は意外と病院に入院したとき役だった
というのは一応インタ−ネットもできなたので暇なのでそれを見たりまた文章でも書いたりしていたのである
何かパソコンでもこれを覚えるのに時間がかかる、それで暇な人でないとできないと思った

私がそもそもパソコンになじんだのはその前提として通信機器がついていた富士通のワープロを使ったことによる
そこで親指シフトを覚えたことが大きかった、パソコンでも文章を書くことが中心になるからだ、ローマ字入力だスムーズに文章を書けないからである
その通信機付きワープロでパソコン通信までしていた
これをしていたのはパソコンマニアだったのである、素人が今のプロバイダーのようなことをしていたのである,パソコン一台でそれができていたのである
そのパソコンにつながり通信が文字でできていたのである

結局なぜこんなことをするようになったのか?

それは仕事もしていないし引きこもりであり時間があったからである
とにかく最初は通信で手間なのである、だから相当に自由時間がないと参加できないものだったのである、もちろんパソコン自体覚えるのも容易ではなかった
だから高いパソコンを使って金をかけて時間の余裕がある人がしていたとなる
そして理系の人が多かったように思う、それだけ文系とかなるとハードルが高いものだったともみる
パソコンという機械を知る必要があったからだ

私は文系であり機械に弱い、ただ通信がついていると富士通のワープロは親指シフトで文章を書きやすいものだったからである

ワープロ⇒通信機付きワープロ⇒初期のパソコン⇒パソコン

こんな順序で覚えてきた、技術的にはワープロが最初でありそれが進化したのがパソコンでけあったともなる
その後携帯が出てきたがこれはスマホとは違う、電話がちょっと進化したようなものだった、今ままでのように通話が目的でありこれは90歳の母でもできていたのである
なぜならそれは電話だったからである、だから難しくないから普及したのである

スマホとは何か実際に買って試してみてある程度は理解した
やはりスマホはその基礎としてパソコンに習熟していないとわかりにくいものだと思った小型化したパソコンだからである
でもグーグルドライブがあるとするとすでに私はこれをパソコンで利用しているから理解した、つまりパソコンをしていないとそうしたものを理解しにくいのである

ただこれは持ち歩きできるしどこにでも見れる、寝床でも見ている
そして緊急時には役たつと見た、それはどこでも持ち歩けるからである
そこで情報を得やすいからである
特に私に役だったのはメモ機能である、例えば大量の本を整理してようと苦労しているが本の一部を写真にとって記録していると便利である
常に記録したものを常時見るようになり頭に入る
デジカメは写真だけだが記録するのに写真だけではない様々な機能があるからこれはやはり知的作業をする人には欠かせないと見た
パソコンもそうだが今の機械は人間の頭脳の一部と化していると見た
人間と機械が合体しつつある、それがスマホなのである、それはやがて脳に埋め込まれ
人間の脳となる、サイバー人間にもなる
そういう未来がすでに見えている

これから試すのから遠出して旅したりして即座に写真とか文章をアップすることである
リアルタイムで遠隔から情報を送りプログとかに出すことである
それができればリアルタイムの遠隔からの報告ができるとなる
ただパソコンよりは手間になるし旅に出たりする々とそういう時間の余裕がないでしていない、でも前にパソコンではないがノートパソコンで通信できるものがあり
それを使って通信していたことがある、それが通信料が高かったのである
だから私はいろんなことを試しているのである
それが進化してきたのがスマホだとなる

おそらくスマホは画面が小さく見ずらいとか問題があるから欠かせないものになるかもしれない、すでになっているともなる
決済でもそうだしデジタルマネーにも使うとか必須になる
すると難しいから覚えられないとすまされなくなる、ただわかることは技術というのは
初期段階がありそれが進歩してゆく、パソコンの初期段階はワープロだったようにであるそこから今のスマホに進化したとなる
わかることは何らかスマホは頭脳の代わりとなり欠かせないものになる
つまり電車とか車とかは移動する乗り物である、それは人間の足の代わりになる
そしてスマホは頭脳の代わりになるしITとは頭脳と密接に結びついたものなのである
だから今までの機械とは違って頭脳の役割を担うのである
それで翻訳とかAIが進歩してゆく、翻訳機能はすでに高校レベルの先生より優れているかもしれない、英語の先生の代わりになりそれより優れているようにもなりますます進化してゆくのである

ただ老人は技術の進歩に合わせられないのだ、だから未だに新聞を見てテレビを見ているのである、今ならもうyoutubeは情報として勉強するにも欠かせなくなっている
なぜならそれぞれの専門家が直接放送しているからである
マスコミだったら専門家を選び専門家は脇役のようになりアナウンサーが主役だったのである
お前にしゃべらせるのはテレビ局だとなっている
アナウンサが主役であり専門家は脇役である
それで科学者の武田邦彦氏がアナウンサーをひどく怒っていたのである
それもわかる、専門家が主役ではなくテレビはアナウンサー主役だからである
専門家でもテレビに出してやるということでありテレビ局の許可があって少しだけ話せるとなっていたのである

ともかくスマホというのもワープロからパソコンからの延長として生れた
だからこれは継続したものとしてあるから最初からしているのはなじみやすいとなる
スマホでは音声入力で文字を出すのがやりやすい、とてもキーボードで文章を書くようにはできない、タブレットだとできるとはなる
スマホの欠点は致命的なのは画面が小さいから情報処理するのに限界がある、わかりにくくなるのだ、それでなじめないし老人にはめんどうだとなる
ただ技術はその内容を詳しく知らなくても慣れでできることがある
そしてあらゆることを覚えることはない、自分のしたいことに特化して覚えればいいとなる、とても全部は使いこなせないからである

とにかくこれは持ち歩きできる小型パソコンであり頭脳と一体化する
そういう未来を暗示している、やがて頭脳と一体化する
デジカメが眼の拡張であったようにスマホもそうなる、ちょっとメモするとか記録するとかに便利なのである、それが人間にとって大事なのはとにかく人間は忘れやすいのである本だって読んでも忘れる、でも重要な部分を記録して何回も気軽にスマホで見ていると記録したことが頭に入るのである
だからこれは明らかに頭脳なのである、頭脳の拡張したものである
だから知的作業する人には不可欠になると見た、また建築現場とかでも常に仕事で連絡するから仕事でも不可欠になるしなっている
写真を気楽に送れるということで仕事がはかどるとなるからである



2022年01月19日

金はカルマとなり責任となるから注意すべき (不正な金はカルマとなり責任となり後で苦しむ、子孫でも苦しむ)


金はカルマとなり責任となるから注意すべき

(不正な金はカルマとなり責任となり後で苦しむ、子孫でも苦しむ)

金は通貨でも謎である、いろいろ考えてみても様々な解釈があるからわからないのであるただ明確なのは入る金があり出てゆく金がある、金をもうけたいとして働き金を得て増やす、でも金が入る時でもなぜその人が金が他より入ってもうけたのかと気にかかる
金を稼ぐのは一様ではない、例えば汗水たらして建築現場で危険なことをして金を得る人もいるし株を操作して巨万の富を得る人もいる
その差も大きいのである、だから危険な体を酷使して金を得るとしてらそれは正当な金だとなる、実際建築現場でもトビ職は危険だから他より三倍高いとかなる
またIT関係とか技術者は給料が高い、それはみんな簡単にできないものだから高くなる
それも正当だとなる

ただ入る金には何かいろいろあり必ずしも正当なものとはなっていない
弁護士などは推理ドラマで悪役になっているのは何か弁護士はもめごとを解決するものだからそこで仲裁するとか大きな金が入ってきたりその分け前にあずかるとかある
実際に仙台市の弁護士に相談しただけで百万とられた
それはその弁護士を知っているとなり頼んだ
身内の交通事故になり死んで雇った会社ともめたからである
でもその人も死んだ、何か自分はわからなかったが相談だけで百万払うなどありえないのである、この人は悪徳弁護士だったともなる
その後交渉したの保険会社の人だったのである、その弁護士は何もしなかったのである
弁護士にはこうして保険金とか交通事故とかで大きな金が動くのでそれを不法にもらうということもある
そういう事件とかにかかわりやすいからである

ただこの金が入るというとき得る時に何かそれが得られるとして正当ではないものがあるし金が怖いのは金は具体的なカルマとなっていることなのである
金など別にどんな金でも金だという人もいる、みんな金などどうして得たのか入ったのかそれを使っている時それをいちいち調べるとか見る人などいないからである
ただなぜあの人は金があるのだろうと思う人は普通にいる
人間は他人の金でも一番気になる、金のことが関心の中心になるからだ

弁護士でもそうだが大きな金が動くからそこに弁護士自体が法外な根拠もない金を得たりする、そして金の怖いのは金を得ればいいとしか考えないことである
その金がどんな金でも気にしないのである
でも金はわかりやすい具体的なカルマとなっているのだ
だから意識せずにその金には色がついていないから恐怖していないのである
でも殺人をして得た金とかもしそういう金なら使うにしても怖いとなる
確かにそれがどんな金だかわからないが後で怖いことになるかもしれない
血のついた紙幣とか使えないだろう、でも実際は金に見えないにしろ血がついた金があることは確かである、それが呪いとなってゆく、カルマとなってゆくことが怖いのである

それが原発事故で起きた、この辺では原発で金になるということでとにかく金をもらえばいいとなっていたのである
原発はともかく事故前でも莫大な金のなる木だったのである、だからみんなが群がったのである、でも事故になって金をもらったということでその責任を問われた
漁業組合とかは漁業権があり事故前からも多額の補償金をもらっていた
それが事故になって問われた、漁業組合でも事故前に原発に反対していれば問われなかった、ただ金をもらうということはこの辺では原発を認めたのである

「私たちはあなたがたに金を払います、だから原発建てるのを認めてください」
「いいですよ、金を払えば・」
「でもあなた方が認めたのでありあなた方にも責任があるのです」
「何が責任なの、それより金をよこせ、責任のことなどわからないよ・・・」

その入ってくる得る金のことなど考えなかったのである
金を得ればいいだけである、でも事故後に漁業組合だけではない地元の人達全部があなた達は原発で金になり恩恵を受けました、金も得て生活も良くなりました
だから事故が起きてもあなたたちにも責任があるのです

つまり金をもらうことはそれだけの仕事をしたからもらうということもある
当然の権利としてもらうことが普通である、建築現場で危険な肉体労働してもらうのは当然だとなる、誰もそのことで責めないのである
ただ不当に得る金もこの世に相当多いのである、それが問題なのである
6兆円も除染費用でもそうである、そんな金を使う必要があったのか?
またそんな金を得た人は会社でも不当な金ではなかったかともなる
それで相双リテックでは何十億の除染費用の金を幹部で山分けしたとなる
その金は政経東北にも流れていた、雑誌の宣伝にのせたからである
すると生計東北ていろいろ記事を書いているけど原発事故関連で追求できるのかとなる

そういうことは常にある、マスコミでも今までは新聞でもテレビ局でも金がかかりすぎるそれでその資金となる野か会社の宣伝費になる、となると相双リテックのように悪徳業者からでも金をもらうとなる、つまり金で汚れるのである
ただこうして金の出どころとかを追求してゆくと必ず正当でなく得た金が誰でもあるとなる、公務員が攻撃されるのは楽な仕事なのに高給だとして民間から責められる
それもそうである、事務など簡単でありそれで高額になるのは納得がいかないとなる
ただ蒸すかしい高等な誰にもできないような高等な仕事で金を得る人にはと言わないのである

ただ本当に金の出どころを追求してゆくと誰しも完全にその金がいいものかどうかわからないのだ、私自身ここうして他人の金を追求してきたが私の家族が公務員だったのであるそこで自分自身が遺産として得た金が実はいい金だったと言えないことを知っているからである、つまり公務員は得するようにできているのである
だから果たして自分が他人の金をとやかく言えるのかともなる
何らか入る金得る金にも問題がある

それが怖いのはその金がカルマとなって責任を課せられていることなのだ
なぜそのために大金を盗まれたりまた親の介護とかに苦労したのか?
それは金がカルマとなって責任となってそうなったのかもしれない
金に色がないにしな金は具体的な責任でありカルマになっている
だから安易に金なら色がついていなから何でもいいとはならないのである
後だそれがカルマとなって責任をとらされるとなる
金は具体的責任としてわかりやすいからそうなる

ヤクザでも金をもらったから頼まれて人を殺したとかなる、金をもらうことはそういう責任を負うカルマとなっているのだ
だから不正に得た金は後でカルマとなり責任を取らされるとなる
その時金を得ていいとしても後で怖いことになるしまた子孫までその金で苦しむということになりかねない、でも金を得ればいいとしかないのである
金になるとなれば人間は人を殺したりどんなことでもしているからである

ただこういういことを言っていたら金などたまらないだろう
株でももうけたとかなるのも何か胡散臭い正当な金ではないともなる
だから何らか金にはすべて正当なものとして得られとはなっていない
汗水垂らして四苦八苦して働いても金にならないということが普通にあり株とか遺産でも何にも苦労もしないのに大きな金が入ることがある
それで財産はfortuneであり運だともなっているのである

でも金には何か必ず正当なものではない、だから常に陰謀論になる,金融資本主義で濡れ手で粟の巨万の富を得ているとかアメリカの一部の富裕層に言われる
アメリカにそういう人がいるのはアメリカが世界の覇権国でありドルが基軸通貨だから
莫大な金が世界から入ってくるためにそうなる
そうなるとやはりそうした極一部の人に金が集まるという時そこにカルマが責任が課せられているとなる、もしその責任が果たせないと世界のために使わないと怖いことになる
まるで巨万の金が呪いとなりふりかかり遂に殺人事件とか何か悪いことが起きる
金があることもカルマとなっているのだ、金がないことで苦しむが金がありあまるとかでも何か悪いことが起きるのだ
また金の使いようでも悪いことが起きて来る
巨万の金を戦争で使う武器を買うとかなるとそうである
そして今やアメリカは民主主義でも機能しなくなり分裂の危機にありやがて衰退してゆくとも見るのである

この辺で猪苗代湖で起きたプレジャーボートで子供と母親の足を切断させた大事故を起こした人は何かこの辺の原発事故で建築関係でもうけたらしい
足場関係はかなりの金が入ってきたからである
その金を使って遊んでいたらそんな怖い事故になったというのもカルマかもしれないのである
そうした金が呪いとなったのかしれない、そういうことは本当にあると思う
自分自身に遺産が入ってきたとき何かそうした盗みとかが起きてきたのもそうかもしれない、金は何でも入ればいいとならないのである
ただこういうことを言っていたら金はたまらないと思う
でも明らかに金には色がないとしてもカルマとなり責任になっているのだ
金にはこうした怖さがあることを自覚すべきだとなる
でも金には色がないから自覚しにくい、でもいつかそれがカルマとなり苦しみとなって現れる、カルマの法則がある、金はカルマとして具体的責任としてわかりやすいのである

金はたまりすぎても災いをうむ!

金をたまればいいとなるが金がたまりすぎることは相当に危険になる
そこから災いが生れてくる、だからアメリカの極一部の人が世界の富の50パーセントもっいるなど実際は危険である、その金は世界の人達の苦しい労働から生まれているからである、そうして世界の富を一人占めするようなことをしているとアメリカ自体に災いが生まれる、すでに生まれていると思う、アメリカは天文学的金を集めてそれが呪いとなり自滅するとなる

宗教団体とかでも莫大な金を集めている、その金も危険なのである
なぜなら今度はその金をめぐって争いが起きる、遺産相続のようなことが起きる
実際に神社の相続で殺人事件があった、そういうことは他の巨大宗教団体でも起きる
その金が莫大だからである、もともと金を得るための宗教団体だから当然金で争い
分裂するとなる、そういう欲しかないからである
だから最後は遺産相続のように骨肉の争そいになる、金の奪い合いになるのだ

ただそうした余りに大きな金はもう見ることを知ることもできない、だからさらに危険となりいきつしか大きな災いとなって苦しみとなって現れるのである
福島市の郊外での農家で蔵に米俵を一杯積んでいたがその米俵がある日飛んでいってなくなったという伝説がある、つまり米俵を金でもためこみすぎるとある日消失してしまうということである、そういうことが金持ちにも金持ち国にも一部の大金持ちにも起きる
金がありすぎることは責任でありカルマとなるからだ
金を世界のためにでもみんなのためにく有効に使わないと金かはカルマとな災いをもたらすのてある




2022年01月18日

南相馬市長選挙の争点は何なのか?ー復興していない避難区域 (政治は利益の公正な配分が主題ー補償金配分で鹿島区は不満)


南相馬市長選挙の争点は何なのか?ー復興していない避難区域

(政治は利益の公正な配分が主題ー補償金配分で鹿島区は不満)


南相馬市は11年前の原発事故で、南部の小高区を中心に避難指示が出され、6年前に解除されましたが、人口は震災前から2割近く減少した一方、65歳以上の高齢者の割合は36%と、10ポイント余り上昇しています。

また、深刻な医療人材の不足から、小高区では、現在も入院機能を備えた医療機関がない状態が続いています。

今回の南相馬市長選挙の争点が良くわからない、明確ではない
桜井前市長は左寄りの人だったから野党からの支援があり前の選挙では原発反対を訴えていた、でもその他は良くわからない、ただこの辺ではもともとこれだけ原発被害があるのだから原発には反対である、だからそういうことよりこの辺で問題なのは補償金の分配だったのである

鹿島区では30キロ外になり補償金が少なかった、正直自分がもらったのは一人70万であり二人だったから140万だったとなる
でも原町市は三倍ももらっていたのである、その差は大きい、ただそのことを鹿島区の人はあまり言わない、ただ不満が内にこもっているとなる

そして

医療費無料が10年でありそれが一年伸びた!

これも大きい、なぜなら私は病院に通っていて半年で無料が打ち切られたことを身近に感じたからである
すると老人が多いから10年間医療費無料というのは大きい、これも30キロ内だけは特別待遇になったのである、ただ小高区は避難区域になったから補償金が多いのは当然だとなる
要するに思うに原町は鹿島区の二倍でも良かった、その余った分を鹿島区にまわせば良かったのである、ただ第一原町区の人がネットで鹿島区には金はやるなと市の予算を使うなと訴えていたのである、ただそれを知っている人は少ない、ネットはそんなに影響力ないからである
でもそれを読んでいたときこれは何なのだろうと思った

その後今の市長になり最近高速が無料になった、でも遅かった!

老人が多いと医療費が負担になる、近くにそうして病気の老人がいるからわかる
何かと医療費の負担がある、だから医療費無料は大きいのである
ともかく今や日本は少子高齢化で老人が増えるばかりであり南相馬市は原発事故で65才以上の人が35パーセントとか他より多いしその将来もますます老人ばかりになる
知っている人でも必ず糖尿病とかガンとか眼が悪いとか泌尿科だとか病院通いなのであるでもその人は金もないのである、そんな人ばかり増えたらどうなるのか?
それで将来でも暗い見通ししかできないのである

南相馬市は小高と原町と鹿島が合併したけど原発事故で補償金で分断された
合併して共同して共益関係になればいいが分断された
政治というのは常に地域エゴがありそれで争うとなる
そもそも政治というと戦国時代とかあれば地域同士の争そいなのである
何か入会権の争いがあり大名がかかわり戦争になったとか言う人もいる
水争いとかもあり権益をめぐって人間は争いになる、その構図は世界でも変わりないのである、それが人間の業(カルマ)であり変わらないのである

原発だって東京が危険だから福島で作れとなったのもそもそも地域エゴだったのである
自分たちは安全を計り福島はその危険を引き受ける代わりに東電で金を出すという仕組みだったのである

そして政治は利益の配分の調整である

これは必ずある、原発の補償金でもそうだし今度はコロナウィルスの補償金でももめたのである、必ずこの利益の権益の分配でもめるのである、それが戦国時代にもなったのである

だからこの利益の分配がうまくいかないと分断して協力できなくなる
政治家の役目はその分配を公平にすべきなのだがそれがうまくいかない
ただ今回の選挙の構図は中央の政治が反映されていた、桜井市長を応援するのは左であり門馬市長を応援するのは自民党とかの現政権である
二つの勢力があり票の取り合いになる、前回の選挙では200票差で桜井氏が負けたから今回も接戦になる
ただ地方だと必ずしも右左とか関係なく地元に地盤を持つ人が有利になる

そして意外と政経東北で今の門馬市長が相馬市長の立谷 秀清氏に頼っているとか書かれた、立谷氏の助言で動いているとか書かれた
それもわかるのは立谷氏は医者であり病院も経営している、だからコロナウィルスでも
いろいろ検査してそれが全国でも注目されて取り上げられている
つまり医者だからそれができたのである、それが強みとなっていたのである
ただ自分の病院経営にかかわってそこに力をそそぐとか批判もあった
ただ一時震災の時水を配ることでミスがあり同級生から殴られたという事件があった
不手際があってそうなった、でもその後は医者として手腕を発揮しているともみる

南相馬市長でも桜井市長は畜産課の大学を出ていて相馬市長は医者であり飯館村の村長の菅野氏も畜産課なのか農業関係なのである、それから門馬氏は東北大の工学部というから理系なのである、理系だと原発事故では力を発揮だきたかとなるとそうでもない
なぜなら吉田所長が肝心の復水器のことを知らなっ方のである
それは自分の資材の分野ではなとして知らなかったのである
今や社長でも会社のことを全部知る人はいないのである、それだけ複雑化しているから社長でもわからない、そしたら支持も出せないとなるのだ

ともかく南相馬市では原発事故からの復興が最大問題である
でも復興はしていない、むしろ復興というより縮小してコンパクトシティとかの構想にもなる、小高の人は原町区に移っている人も多い、そして取り残されたのが老人なのである子供たちは流出して老人だけが残された、そういう場所で復興がありうるのか?
元に戻すというより何か別な対策が必要になる
つまりこの辺では原発事故で極端な現象として日本の未来を先取りした地域になった
自治体がゴーストタウンになり消滅するようて状態になった
それも回復できないのは少子高齢化とか日本の経済の衰退とか縮小化になりそうなった
戦後の焼け野原から日本が復興したのは子供が本当に多かった、そして戦争の引揚者は
不便な土地に開墾に入り生活した、それは働く場所がないそうなっていたのである

でも半分は撤退したのである、だからそういう場所で良く生活できたとなと今ならみる
そういう人を私は知っている、それも小池に開墾に入っていた、それは街から近いのである、そんな近くで開墾する場所があったというのも不思議なのである
飯館村とかにはあっても街の近くにあったというのが今になると理解できないのである
そこに私は店をしていて子供の時卵買いに行っていたのである
その人は一人で暮らしていてぎりぎりの生活だったのだろう、その時かえって良かったのは元からの農家だったのである、食料を作っていたから良かったのである

何か地方の選挙だと政党中心ではない中央政治とは別になる面がある
地元密着であっり地元の問題を解決することである、でも原発は中央政治と密接に関係していたのである
それは沖縄でも辺野子のアメリカ軍基地建設問題でも起きている、これはアメリカ軍の基地問題だけど原発ももともとアメリカと関係していた
アメリカの要請に答えて原発が最初読売新聞の正力松太郎が新聞で宣伝したとされる
そもそも原発の技術はアメリカ指導で作られたものであた国産ではないから事故が起きたともなる、管理がてきないものだったのである
そのことがわかったのは事故が起きたとき最初にスピーディ(放射線量探知機)のことを連絡したのはアメリカだったのである、日本ではお手あげであり助けを求めたのはアメリカだったのである、それだけ日本では原発を管理する能力もなかったことの証明だったのである、だから事故になって東電でも日本政府でも何もできなくなっていたのである

いづれにしろ何を判断材料にしていいかわからない、ただもしかしたら例えば自民公明が一体なら創価の票が自民に投じられるなら門馬氏が勝利するとなるからこういうとき自民は創価に頼りがいあるとなるのか?
ただ最近公明も自民と協力しないと分裂の危機にもなっている、ただ地方の選挙でも一定数の票を操作できることはこういう接戦になると強みだと思った
第一浮動票はあてにならないのである、気まぐれなのである
自分自身でもそうである、右でも左でもない何かの組織に属しているわけでもないから
気まぐれであり選挙で票を得たい方になれば頼りにならないということがわかる

何かその人は前から桜井市長のことを悪く言う、鹿島区の人も桜井市長のことを悪く言う人が多いというがこれも根拠が良くわからないのである
政治はその人の人格などあまり関係ないように見える
要するに政治とは公正な利益の配分が第一である、それで必ずもめているからである
そうしたら南相馬市としてみんな一体となり協力しえないとなるからだ
ただ完全に公正に平等に利益を半分することは不可能である
得する人と損する人が必ずある、その調整が政治なのだと見る




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病床数が半分に減っている

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  農業の衰退はひどい、60以上が担い手であり若い世代は極端に少ない
  将来維持できなくなるり耕作放棄地がまた増える

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鉄道も回復していない、こんなに減ったのか、コロナウィルスでも打撃を受けた、だからスーパーヒタチでも人が乗っていないように見えた、またオミクロンでも警戒して乗らないから打撃である
鉄道は相当な打撃だった、前は駅の中で遠くから来た人とか話ししたけどできなくなった
コロナウィルスでもオミクロンでも警戒するから人と接することが危険になるのでできない
ただこれはただ震災から6年後だからこうなっている、その後回復したがまたウィルスで減ったのである





この図で見ると人口7万から2040年に4万くらいになる、3万減る
80才以上が一番増える、それは今の70代とかが団塊の世代が80以上になってゆくからである、その後も65歳以上の高齢者が増えてゆくのである
そして子供と若い世代が40以下とかが本当に少ないのである
だから将来の人口構成は80才以上が一番多く下の世代を圧迫する
でもさらに2040年から何十年とかすぎると老人は少なくなり全体の人口も半分くらいになるかもしれない、
人口はそれだけ縮小してゆく
これは南相馬市で原発事故で極端化したが全国でそうなのである
夕張市とかはもう自治体として維持できないようになっているし室蘭市の人口が18万から8万以下になったのは驚いた、鉄鋼工場がなくなり働く場所を喪失してそうなった
日本が縮んでゆくことの衝撃である

老朽化したインフラの水道管とかでも修理に費用がかかる、それも負担できないとかなるつまり今までも自治体のインフラであれサービスも維持できなくなる
ゴミを処理するのにも市民が金を払うとかなる、様々な負担が増えるのである
生活保護にしても最低限もらえない、食べることもできない状態になっている
物価高があがりそうなっている、でも市では知っていても援助しないのである
その余裕がなくなっているのだ、それは全国でそうなる
老人になったら生活保護になればいいとういが最低限の保証すらできない状態になるしなっているのである、コロナウィルスでも生活保護が増えたのは65才以上の老人なのである

これから日本が縮(ちぢ)んでゆく衝撃がつづく、そして適正規模人口になって安定するとなる、膨大な耕作放棄地とか空家が2000万軒とかそういうことは東京でも起きてくる、人口が急激に減少してゆくからである
南相馬市でも7万から4万になる衝撃は大きい、いろいろな施設でも維持できなくなる
維持費がかかるるからだ、特に医療関係の人員が確保できない、グラフでも病床数は震災前の半分になっている

こういう状況になると南相馬市の未来とか何なのかとなる、小高とか避難区域はもう維持することがむずかしいともみる、それで小高から原町に移住した人が多い
また浪江とかからも復興住宅に移住している、そしてその原発避難区域は復興できるように見えないのである、また飯館村でもそうである、とても復興できると見えないのである取り残されたの老人ばかりであり若い人は流出したとなるからだ
まるで姥捨て山のようになったともみる

もしかしたら老人は故郷に愛着があるからそこで骨をその土地に埋めるというのもいい
でも奇妙だがその跡継ぎが供養する人もいないとなるとその土地に死んでも浮かばれないともなる、なぜなら死者でもやはり生者とつながって生き続けるからである
死者だけになるとそこは幽霊がさまようまさにゴーストタウンになるのである
お参りされない神社とか供養もされない墓かとが捨てられてそれも一段と寂しいものとなる、やがて幽鬼ともなり彷徨う死の町や村になる

一旦人が住むとそこは自然にもどるわけではないのである、死んだ人の霊というか行き場がなく彷徨うともなるのである
私の家族は全部死んだけど依然として家で花を活けたり供え物したり語りかけたりしている、返事はないにしろやはり死者そこで笑っているように見えたのである
それがなくなると死者も笑わないし幽鬼と化してゆく、浮かばれない幽鬼となり彷徨うとなる、それが町とか村全体で起きたのがこの辺なのである

だからまるで現実とは思えない、映画のようにも思えたがこれが現実だったのである
震災から十一年過ぎてもやはり同じなのである、原発避難区域は復興してないのである
グラフでも農業自体に従事する人も60才以上であり若い人は極端に少ないから維持できるのかとなる、農業は労力がかかる、機械化してもかかる、その割には収入が少ないからこれまでもやめる人が多かったのである
だから原発事故の周辺地域は元の相馬藩内となるが復興していないのである
それをこれからどうするのか、市長選挙で問われるてもそれに答えられるのか?
それは市民全体の問題として継続されているのがこの辺なのである




posted by 老鶯 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2022年01月17日

枯野の海老村(津波の跡に冬の満月光る)


枯野の海老村(津波の跡に冬の満月光る)

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大きな満月が出ている

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まだ津波で残った死んだ木がある
この墓地は高いので残った

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貨物船が三艘見えた

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三本松が残った、この辺で古墳が発見された

はっきり見るにはクリック拡大

グーグルクロムでは見えない





人去りて玄関照らす冬の月

冬の月玄関閉ざしこもるのかな

屋根に雪月の照らして田舎町

庭広く石の配置や冬満月

石重く口を閉ざして冬の月

(海老村の跡)

海老村の跡は枯野や海に月

月光る枯野に海や海老の浜

月光る海老とは蝦夷や冬の海

月光る海老村の跡冬芒

枯木一本墓地に残りて海老の村

三本の松の残るや冬の月

(冬の海)

貨物船三艘行くや冬の月

浩々と満月昇る冬の海

浜通り枯野に月や沖に船


玄関の曇り硝子に映りたるや枯木にとまる一羽の雀

陽は没りて影の伸びにし枯野かな満月いでて歳は明けにき





夕方から海老浜の方に行った、そしたら夕陽は山際に没り満月がでてきた
新年の満月である、何か満月は縁起がいいというか平和を感じる
今年は波乱の年になりそうたが満月見たらそうでもないのかともみる
何か自然とか地球にもリズムがある、月もそうであり月に影響されて人間もあり地球もある

おそらく海老はエヒであり蝦夷(えぞ)なのである、海老というのはエビのことではない山の中にも海老という地名があるからだ、蝦夷が住んでいた場所だろう
海老村の断崖のある所から古墳が発見された
他にもいくちつか古墳が発見されているしそもそも海老村は相当に古い、その跡が発見されている、縄文時代から住んでいて集落があったのだ
その時右田村などは何もなかったのである、江戸時代から住んだ場所であり海老村は古墳が発見されたのだから古い場所なのである
それで慶長津浪とか貞観津波の言い伝えとか残っていなかったのかと調べようとしたがわからない、海老千軒とか言う人もいたから鎌倉時代なのか集落の跡とか発見されている
それだけ海老村はこの辺では古い場所なのである

津浪でその海老村は消失した、三四軒家は残ったが集落は消失した
その消失した跡は枯野になった、でもどういうわけか高台にあった墓地は残っている
この墓地の不思議は新地とかでも烏崎でも高台にあり津浪で流されなかったのである
それで意外と墓地は元のまま残っている
でも現実に村に生きていた人達は住んでいないのである、墓地が流されて家が流されなければ良かったとなるが墓地が残されて何になるのだろうと見た
そこに一本の死んだ枯木が残っていた、まるで津波の形見のように残っていた

もう十一年も過ぎるとだんだん記憶も薄れてゆく、でもあれだけの被害となるととても忘れるには相当時間がかかる
みちのくの海というとき客船は大平洋フェリーが行くが他は見えない、後は貨物が何艘か行くだけである、それで兵庫から来た人がここは船を行くのはまれですというとそれもいいと言っていた、瀬戸内海辺りの海とは全く違った海である
明石辺りだと頻繁に船が行き来しているからだ

浜通りは海から月が昇る、でも会津とか中通りでも山から月が昇る、太陽でも昇る
その感覚がわからないのである、つまりこれは住んでみないとわからないのである
毎日海から昇る太陽や月を見ているのとは相当に違った感覚になる







不確かな人間の認識 (情報のカオスで混乱、操作される社会)


 不確かな人間の認識

 (情報のカオスで混乱、操作される社会)

 ●近くの人でも錯覚して間違った情報を信じていた

 近くの人で誰が言ったのか、自衛隊で働いているという、福島市の方で働いているという、その人は確かにそこをいつも通るからそうなのかと見ていた
いないときも多くその時は福島市の自衛隊の駐屯地に行っているのかと見ていた
そこで直接聞いた、そしたら自衛隊ではないという、これも奇妙なのである
てっきり自衛隊だと自分は思い込んでいたからである
でもずっと自分で直接聞いて確かめていなかったのである

また昨日桜井古墳の前の方墳を見た、それが意外大きなものだったのである
前も見たがそこはあまり見ていなかったから驚いたのである
こんなに大きいものだったのかと驚いた
つまり自分の認識で錯覚していた、桜井古墳はいつも見ていたがそこは隠されたような場所にあり何度も見ていなかったからだ
こうして近くでも錯覚していることが結構あるのだ

これでわかるようにいかに人間の認識があいまいだか不確かだかわかる
それは近くでもそうなのである、何か今田舎でも近くでもその人が何で働いているのかわからないことがある、その家の主人は通りかかって何回か見た、妻もみた
でもたいがい家にいないのである、だからどこで働いているのか不思議になる
これが都会だったら当たり前になるのが田舎でも今はそうなのである
何をしているかわからない人が多いのである、戦後の焼け野原の十年くらいはそういうことはなかった、農家の人が多く近くで働いている人はわかっていた
篭屋であれば竹で篭を作っていたとか漆屋となれば漆塗りしていたのである
それを私は隣だから見ていたのである
また石屋がありいつも石をノミで削っていたとか見ていたのである
たいがい近くの職業がわかりそれで何をしているかわかる社会だったのである
すると子供でも近くの人が何をしているか理解していたのである

今は近くでも何をしているかわからない人が田舎でも多いのである
それだけ広範囲な多様な職業が生れそれでわからなくなった
その人はおそらく地元では働いていいない、今は車で遠くまで通う人が多いからである
でもその人が見たのは近くに何十年といて何回かというのも不思議である
何か職業は謎が多かった、それで山の中で木地師がいて椀と木の器を作っていてそれが
椀貸し伝説とかなって残った、その職業が地元の農民からすると神秘的だったからである鉄を作る人でもそうだった、それらは農民にとって理解できないものがあったからだ

●現代は情報の洪水で真実がわからない

現代は情報社会だという時、情報が膨大でその真実を知ることは不可能にもなる
江戸時代だったら村のことを知っていればよかった、村自体が一つの家族のようになっていて知らない人などいなかったのである、みんな何をしているか知っているしその家の竈の中でまで知っていたとなる、だから何かあってもすぐにわかる
今は隣は何をする人ぞとなる、すると他者を理解することはむずかしくなる
村人だったらみんな農民だからわかりあえるが一万くらいの田舎でも知らない人がいる
何をしているのかもわからないとなると互いに理解することもむずかしくなる
ただ反面ある人は四六時中監視されていると嘆いているということもある
それで田舎は嫌だという人がいてなじめないともなる

ともかく情報社会でフェクニューフェースにだまされやすいというとき日本でもさらにグロ−バル化すると必然的にそうなる
イラク戦争でも油まみれの海鳥が映されてイラクはひどいと世界中の人が思った
その一枚の写真がいかに世界に影響したかみればグロ−バル化して世界中がだまされたということである、それはアメリカによる情報操作だったのである
つまり現代は自分で情報を確かめることもできないから簡単に情報操作されやすいのである

何か人間は意外と身近でも誤った認識を持つ、推理ドラマでも実際に見たという人の証言が間違っていることが結構あるのだ、人間はその人を良く見ていないからである
だからその証言をどこまで信じていいかわからないのである
見間違うということが普通にあるからだ、すると人間はフェクニューススでも簡単に信じる、それは自分自身でじかに確かめようがないからだ
だから相当に情報社会でも誤って情報信じている、何が真実かもほからないで一方的に情報を信じているのである
そうしてその情報を伝えるマスコミが絶大な力をもったのである
それでナチスを産んだのが宣伝でありゲッベルスが担当したのである
つまり大衆を情報操作してファシズムとなったのである
大衆を扇動する、情報でもって扇動することで戦争となり悲惨な結果となったのである

●情報はもう情報公害になっている

もう現代の情報は過剰でありとても人間で処理できない、江戸時代の何万倍なのか膨大な情報が流される、するとその真偽など関係ない、いちいち調べようもないからだ
情報洪水の中で何が真実かわからなくなるからフェクニュースにだまされるとなる
情報がスモッグのようになっている、あまりに情報が多くカオスになっている
そして情報の真実を確かめることもできないのである
だから結局真実がわからないから陰謀論になって終わる
株がどうして上がるのか下がるのかなどもわからない、それが市場の原理でもないし公正でもない、ただアメリカが結局はもうける仕組みになっているともなる
いづれにしろグロ−バル化した経済を理会することは不可能なのである

さらにインタ−ネット時代になると個々人も自由に発言するからそれもいい面と悪い面がでる、さらに情報が何百倍にも増大したからである
ただNHKがまるで裁判官のようになって情報を独占するよりはいいとなる
テレビでも六局に支配されていた時よりは真実を見極められる時代になった
これまではマスコミによって情報はそうされていた、マスコミに取り上げられればその人物はつまらない人間でも大きく影響力が持てたのである
今はテレズに呼ばれる専門家もyoutubeで直接話ししているからわかりやすいとなる
高橋洋一氏とか科学の専門家の武田邦彦氏などがそうである
そういう人から直接聞いた方がいいとなる
それでメデアとは仲介するものでありその仲介するメデアがマスコミが衰退してゆく

結局メデアというとき人間が直接話を聞けるのは極わずかである
必ず人間は誰かから聞いて判断している、誰かが人がメデアになり媒体になっていた
でもまた直接本人に聞けることはほとんどない、人から人へと噂で広がる
だからフェクニュースは新聞でもテレビもない時代からあったのである
誰かからの又聞きで噂が広がったからである、ではその噂の発信源は誰かとなるとわからなくなっていたのである
昔にあったことが機械のメデアの発達で大規模になったともなる

人間はやはりじかに合って話さないとわからないことがある
推理ドラマではじかに話しして聞いてその人の態度で微妙な反応を見て判断する
だからじかに合ってみるとか現場に何回も行けとかなる
そこに何か犯人の残したものがあるとかなるからだ
つまり事件が起きるとかはtake place てあり場所が深く関係しているからである
だから桜井古墳の前の方墳に何回も行っていればあれだけ大きいものだと実感したのである、そこには一回なのか二回なのか行っていなかったからである
地元で有利なのは何回もその場に行けることなので認識が深まるのである

現代は情報社会である、これがいかに大きな影響があるかを知らないと危険にもなる
マクルハーンが世界で起きたことが隣村で起きたことのように影響すると言ったのもわかる、世界で起きることが本当に隣村で起きたように影響する
だから凶悪犯罪でも実際はまれでも隣村で起きたように思うのである
だから今やすべてが犯罪人に見えるのである、誰も隣村で起きたように見るから戦々恐々として誰も信じられなくなり子供にすら声をかけることができなくなった
性犯罪の報道も多いからである、でもその犯罪でも実際は教室で先生が起こすことの方が多いのである、なぜならその先生はいつも子供と接しているからである
だから見知らぬ人でも必ずしも子供に害を及ぼすとはならないのである
ただ情報社会だからそうなってしまったのである
ともかく情報社会がどういうものか理解していないと現代を知ることはできない
常に何でも情報に左右される社会だからである
そして誤った情報に左右されて戦争になったり何百万人も死んだりするから怖いのである


2022年01月16日

 冬の暮、枯木の影、冬椿 冬たんぽぽ(原町へー桜井古墳と方墳ー家族の肖像)


 冬の暮、枯木の影、冬椿 冬たんぽぽ(原町へー桜井古墳と方墳ー家族の肖像)

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小林カツートミ子
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桜井古墳の前の方墳



原町の郊外に咲く冬たんぽぽ

 一回り桜井古墳や冬椿

 木の根っこ方墳大や冬の暮 
  
 木の影の交わり濃きや冬深む

 点々と灯ともり耐えて雪埋る

  
 葉牡丹の目ただすあれど我が家に咲て一つなるかな

 大輪の黄菊に姉の遺影映ゆ我が家にありてなおもほほえむ


今日はあたたかったから原町へ行った、寒いと外に出れない、依然として今までの創作品の整理に追われている、スマホが意外とめんどうである
写真をパソコンに送るにも送れないのが問題である
枯木の写真を撮ったが送れない、これはスマホの写真をデジタルカメラでとって出している

冬たんぽぽが咲くのはこの辺では海が近いからである、桜井古墳でも海が見えるし近い
ここと比べると会津の方になると雪に埋もれているからその風土の相違は大きい
会津とか雪国に住んだら自転車にも乗れず雪に埋もれて籠もっているほかない
だから雪国の生活というのはそこに住んでみない限り実感できないのである
何か毎日雪だったら暗くなってしまうだろう

桜井古墳の前の方墳も大きいものだった、そこに木の根っこがありふさわしいとなる
古墳というのはやはり歴史として残されたからここにあればやはり昔を歴史を偲ぶとなる何もなかったら偲べないのである、文書だけでは何か歴史を偲べない
外国だと石の建造物だからピラミッドでも何千年と残るし他でも残っている
どうしても日本人は歴史を身近に感じないのは過去が残されないからである
木だとせいぜい百年とか江戸時代のものが残っているのもめずらしいとなるからだ
だから昔を偲ぶというとき墓でも残れば物として残っているからは墓参りしても故人を偲び昔を偲ぶとなるのである
文書だけから人は情を通わせることができない、つまり物に対しては墓でも情を通わすことができるとなる

姉は大らかな性格であり社交的だった、母は地味だった、だから母だけだと自分にとっていいものではなかった、なぜなら細かいことにこだわるから嫌なのである
人間は必ずしも生まれた性質とか遺伝子とかがすべてはない、その後家族環境とか回りの影響でその人を作ることになる
姉はいつも笑っていたからそれで自分も何か大らかで安らぐとなっていたのである
何かけち臭いとそれも家風になる、母はけち臭いし他の人でも貧乏がひどったのでけち臭い女性となった、それもしかたがないとなるがそれが家風となってしまうことが問題なのである、家風は遺伝子だけではないその後の生活で作られる
あまりにもけち臭いと事業などしても失敗したのかとなる
一円でも無駄にしないと与えるのが嫌だとかなっている家もあったからである
ただ人間の性格もプラスマイナスがある姉は何か他人には冷たいと有為ことがあったからた、とにかく人間の性格とでもかたよりそれが異常になるのである

フラワーアレンジメントは家の中に長く飾っていると心にしみてくる、やはり何かを鑑賞するには時間が必要なのである
時間と場が必要である、このフラワーアレンジメントでも家族の遺影の前に飾ったら活きていた
つまり遺影と一体となって花が映えたのである、これがただ他の場所で花だけ鑑賞するのとは違っていたのである
だから何か死んだ人でも遺影となって生き続ける感じになっていたのである
姉は若い時戦前に花嫁修業として生け花を習っていた
でも嫁がずに家に一緒にいた、だから失敗したのは認知症になったとき花を一杯買って生け花をさせれば良かったとなる
認知症でも何もわからないわけではないからである
ただ混乱してなにがなんだかわからなくなりできなかったのである
それで自分がフラワーアレンジメントして見てくれとなったのである

自分にとっては家族はいいものだった、争っていてもいいものだった
自分には尽くしてくれたからである、今は誰も心配する者もいないし非情の世にいるだけとなった、他人は何かを与えてくれるものとしてしか来ない、まず金をくれとなり何か
その他はなにもないのである、これもカルマだったとなる
その結果として介護になり助けもなく病気にもなり一人過酷な苦しみになった
ただ自分は二人のことは忘れられないのである
母は葉牡丹で地味でありめだたない、姉はおおらかであり陽気であり目立つとなる
でもそれで一つの家族として調和していたともなる
だから人間とは家族でもそれぞれ複雑なのである、他人に理解しえないものがあるのだ

とにかく家族でも忘れられる、親でも他人にもなる、記憶が薄れてゆくからである
十年とかすぎればそうである、いつまでも偲んでいる人はやはりそこに愛が通っていて忘れられないとかある
ただ家族かすべてではない、最近思うことは一人人間がいるとしてその背後にはその土地とか様々な人々がかかわって一人の人間がいる
だから家族の愛といっても人間は家族だけで成立っているのではない
それで江戸時代の村落社会が一つの家族のようになっていたことがわかるのである
ある家が繁栄したとしてもそれは何かしら他人の力が加わってそうなっていたからであるその富はその家族だけで作れないからである、家族だけで個人だけで富は独占できないのである
金は天下の回りものというときそういうことなのである


2022年01月15日

高齢者の貧困の深刻化―物騒な時代に (生活保護もまともにもらえない、息子娘も援助できない・・・老人は捨てられる)


高齢者の貧困の深刻化―物騒な時代に

(生活保護もまともにもらえない、息子娘も援助できない・・・老人は捨てられる)

 今は、生活保護は高齢世帯の代名詞だ。生活保護受給世帯の半数以上(21年10月時点で55.5%)は、65歳以上の高齢者世帯となっている。

 高齢者の貧困については、21年5月19日の『「70歳定年」のウラで、じつは日本中で「貧しい高齢者」がめちゃ増えていた…! でも取り上げた。

 当たり前のことだが、2人の高齢者世帯はやがて単身世帯になる。高齢者受給世帯のうち51.2%(21年10月)は単身世帯となっており、これが受給人数の減少にも関わらず、受給世帯数が増加している主な要因だ。
 
貧乏というのはその人に直接接しないと実感しない、そして現代では貧困が見えない
汚いボロを来ているわけでもない、明治時代頃に残った写真を見ているとにかく来ているものが貧弱なのである、ボロのようにも見える
だから着るもので今と比べると貧乏が一目でわかる、また戦前とか戦後まもなくはまだ
乞食もいたからわかりやすい、でも今の貧困は一目見てもわからない

ただはっきりわかることは

必ず電気、ガス、水道代が払えず止められる、それを訴えることでこの人は貧乏だと知るそれを止められるともう生活できないし飢え死ににもなりかねないからである
現実に凍死したり暑い時はエアコンない死んだりするからだ

そして今は息子にも娘にも頼れない、生活が苦しいから援助できないのである
それより息子娘でも親を捨てる時代である、食べ物を買う金がないからくれろと言ってももらえないとかなっている、でもその息子はいい暮らしていてもそうなのである
だから事情があるにしろ親子関係でも冷たいものとなっているのだ
だから親は飢え死にしてもかまわないとまでなる

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こういうことにもなる

大坂放火殺人事件の犯人は生活保護を断られていた

大阪市北区の雑居ビル内のクリニックで25人が犠牲になった放火殺人事件で、谷本盛雄容疑者(61)=事件後に死亡=が昨年春、生活保護の申請について区役所に相談していたが、受給は実現しなかったことが捜査関係者らへの取材でわかった。
谷本容疑者の金融機関の口座の残高はわずかだったことも判明。大阪府警は事件前の容疑者の生活について調べている。

底辺放置すると社会が不安定になるっていい例だわな

時々役所がナマポ申請ことわってる事件が記事になってるがもう今の国民は昔ほど大人しくないって気づいた方がいいよな。
死ぬくらいなら巻き込んでやる!って連中で溢れてる。役所で働く人達は今後いつ放火されるか緊張と命の危機と隣り合わせだって状況にきてる。高度経済成長の時代は失業者がそう多くなかった
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1642090650/

ここで役所が生活保護を断った、それが問題にされる、この人は追い詰められていたのだ金もなくなり追い詰められていた

追い詰められている人間ほど怖い者はない⇒犯罪を怖がらない

もうやけになっているからどうでもいいとなる、その後のことは考えないのだ
その追い詰められた人間を役所で断った結果大惨事になった
ただもう生活保護は受けられなくなる、もらったとしても10万なんかもらえない
国民年金四万もらってもあとは5000円とかもらえないとかまた医療費でも無料ではない、必ず二三割はとられるのである
もう生活保護は最後のセーフティネットではない、するとどうなるのか?

凶悪犯罪者が野に放たれる!

これが大阪放火事件となった、最後だけ目立ちたいとか道連れにしてやるとかなる
これは別に都会だから起きているのではない、自分自身にも起きたからである
もう金がないとして自分が介護で病気で苦しんでいる時、家探しされたとかある
また外部からも泥棒が入ってきて金庫を開けられた、金庫は別にダイヤル式でもプロは空けられるから注意である、ただ中に金は入っていなかった、現金は置かないようにしたからだ

日本の貧困化は深刻である、そのことでいろいろ予想する人がいる
もう戦後の焼け野原から立ち直った時のような貧乏になる、その時は電気でも水道でもガスもない、電気があったとしても裸電球一つだからないとも同じである
電機製品は高度成長時代になってから普及したからである

でもなぜ今の時代がその焼野原になった後より暗い感じがするのか?

それは人間は金持ちであるとか贅沢な暮らしをしているとそれが貧乏になることが最も辛いことになるからである、もともと貧乏よりその方が苦しいのでありみじめなのである
一旦裕福な暮らしをしている人が没落することが最も辛いのである
戦後の焼け野原ではみんな平等に貧乏だった、でも不思議と子供が多く上昇気運があった要するに最悪になるとその最悪からは良くなることしかないからである
どん底を経験している人は強い、また危機を脱して生きる人も強い

戦後は戦争に負けても戦争に参加して地獄を経験した人が多かった
でもそういう人は命が助かったということで生きているだけで得だったと思う
あの時どうせ死んでいた、戦友も死んでいた、自分は生き残ったから生きているだけで得だと考えるのである、それは人間の心理なのである
別に戦争に行かなくても必ずあの時死んでいたのではないかという経験を人間はしているするとこれまで生きたのは運が良かったもうけものだったとなる、生きているだけで得したとかなる、そういう考えになると楽なのである

そして不思議なのは老人になると今なら70以上とかなるとまた考え方が若い時は相当に変わってくる、あき何年か生きるだけだということが実感する
これだけは若い時は感じない、どうせこの世に生きるのもわずかだとなるときこの世のことにあまり執着しなくなることがある
いろいろあったがしたいこともあったが何か起きるにしろこの世から去るだけだ死ぬだけだとなってしまうからである、この世のことなどどうなっていいとにもなる
どうせ死ぬんだからこの世とはおさらばするのだから関係ないともなってしまうのであるそれで若者は深刻な顔しているが老人はにこやかになり悟ったようになりあきらめがあり楽だともなる、生きることより死ぬことが常に頭にある

ただ老人でも日々の生活に事欠くとなると苦しい、やはり最低限でも電気ガス水道がないと暮らしていけない、それが止められるとなると生きていけないとなり絶望する
ただ老人は最低限の生活でもがまんできることはある
ところが日本が今貧困化が深刻だからその最低限が得られるなのである
すると老人でも絶望して犯罪になることがある

この辺は原発事故周辺は補償金をもらいそれで暮らしている人が多い
補償金で暮らして働かない人も多い、それより老人が多いから働けないという人も多い
だから後は生活保護だという人もいる、それで東電に年金を十万払いと小高では交渉したのである
だから補償金が尽きるとどうしても生活保護を申請する人が増える
それも被害者特権で受け入れやすいかもしれない、でも市の財政も苦しくなっているからわからない、国からの援助も打ち切らたからである
そして市の人口構成を見るとこの図のようになるから異常だと思う
将来は人口は半分になり公務員の給料も払えなくなってゴミ投げるにも金を払うとなるしその負担が増えるのである、だから生活保護でも極力抑えるようになる
もう震災から十一年も過ぎているからだ

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南相馬市の将来の人口


人口の半分が65才以上になる
こういう自治体が維持できるのか?
こうなると福祉と医療費がかかるしそういうサービスも受けられなくなる

とにかく新年早々物騒でもある、現実に物騒な時代になっているのだ
東京とかでは将来一部の富裕層とエッセンシャルワーカだけになりスラム街が生れと予想する人もいる、それもありだなと思う、要するに一部の富裕層と最底辺の人たちに分化する、それはアメリカと同じともなる、ただアメリカの生活保護者は車ももっていて大きな家に住んでいるというから違っている
日本は中間層がいなくなりそうするとどうなるのか?
凶悪犯罪であり犯罪都市になると予言している人がいる、アメリカと同じようになる
アメリカに戦後習った日本は当然アメリカのようになるのだ
そういう犯罪都市になるとうかうかと街ものんびり行くこともてきなくなる
その辺を犯罪者がうろうろしているからだ、田舎でもそうなっているのだから都会だったら空恐ろしいものともなる

つまりもう日本は末世なのである、生活困窮者であふれ犯罪者でけあふれ物騒になる
日本が安全だというのは昔のことになる、背に腹は変えられないとなるからだ
何か日蓮の時代のように今なっている、その時は路上で人がばたばた死んでその屍で道ができていたとかなっていた、地獄たったのである

新年からなんだが今年は虎年は物騒な歳でありそれがもっとひどくなる
この窮地を打開するものは何なのか?それが見えるようになるのは時間がかかる
もしかしたらここ十年はこんな状態がつづくのか、その頃死んでいればいいとなる
どうせいくら長寿社会でも85くらいまで生きれば十分だからである
こういう暗い時代には長生きしたくないともなるからだ
せいぜい十年ものびのびと生きて終わりたいとなる





2022年01月14日

人間の情が喪失した社会の問題―情を育む村落共同体の喪失 (機械化社会車社会は情を喪失させた)


人間の情が喪失した社会の問題―情を育む村落共同体の喪失

(機械化社会車社会は情を喪失させた)

●情を交わす場の喪失

人間は幸不幸を感じるのは比較するときである、いい家に住んでいるとかいい車をもっているとか比較して幸不幸を感じる、あいつは頭がいいとか才能でもそうである
そこで不満が生れ幸不幸を感じる、一人っ子は親になんでも与えられるからいいと見るものもいる、でも一人っ子は遊ぶ兄弟もいないから親は不憫に思うとかなる
あらゆることが人間は比較して幸不幸を感じる

それは今だけではない、不思議に私は江戸時代が好きである、江戸時代をふりかえると
何か人間的でいい、景観もいいし旅するにも歩いて旅していたとかありなつかしくなる
今より人間的であり旅は道連れ世は情けとかなる、旅は歩いていると必ず道連れになり
そこで一時であっても人間的情を交わすことになる
車社会になるとそういうことは全くない、馬鹿野郎とか自転車で道を横切ったりする怒鳴られる、そしてその車の人はどこかへ情も交わさず去ってゆく

また鉄道だと駅の待合室が人間的な場所になる、そこで人は一時ちょっと見知らぬ人でも話ししたり合ったり別れたりする時間を待つ、また待つことが人間的時間を作りだしている、車だと道の駅があっても何かそこで待つ時間もないし話すことも情を交わすこともないのである、ただ次の目的地に早く着くとういことしかない、その土地とのかかわりもないのである
なぜなら鉄道の駅と道の駅とか特に高速道路のSAとなるとその土地とは全くかかわらないのである、鉄道だったら駅前通りができたりその土地と深くかかわって街が作られていた今は車社会になるとそうした商店街が郊外にイオンとかできてシャッター通りになった
それは車社会が作りだしたものなのである

だから必ずしも車社会が人間にとってすべていいとはならないのである
とにかく現代は情がない社会だというとき旅でもそうだが情を交わすことがなくなっているからである
例えば牛馬を農家で飼っていたりすると動物とふれる、すると動物と情を交わすようになる、それで娘が馬と結婚したという伝説も生れる
動物とふれることは情が通じるからである、だから今ペットブームになっているのは
犬猫と情を交わすことができるからである
人間より犬猫の方がいいとなるのも人間社会が非情化したからである
そうして私は特に車を嫌悪するのである、なぜなら車が情を奪うものとしてあったからである、もちろん車の恩恵は計り知れないことも確かである
ただ車が社会を変えて便利でも情無き世界としたことも確かなのである
するとどうしても車なき戦前とか特に江戸時代がなつかしくなるのである
だから浮世絵とかみると心がなごむのである
ここには人間がいたなとなる、今は車しかいないとまでなる

●旅は道連れ世は情け

ともかく人間は比較することで常に見ている、それは今という時代だけではない、時代の比較でみる、日本では江戸時代があることが現代を比較する見直すということで役にたつまた戦争の時代がありその時代をふりかえるときそんな時代に生れなくて幸福だともなるただ戦争の時でもそれが終わるとみんな協力していたとかなつかしがる人もいる
人間は一時代が終わるとそれをなつかしく思うのである
ビートルズの音楽を聴いて老人が泣いているというのもそうである
その時青春がありもう二度と青春は帰らないものとなったからである
老人は回想に生きる、だから過去が苦しかったとしてもなつかしくなるのである
これは理屈ではない、そういう時が貴重だったなとかふりかえるのは二度とそういう時が帰らないからである、そしてあとはさよならだけが人生だとなってしまうのである

やはり現代でみんな感じていることは人間に情がなくなった、情を交わすことが少なくなった、それは共通しているだろう、旅で情を交わすということもない
なぜならバイクにしても早いからである、逢ったとしてもあっというまに遠くへ行ってしまうということである、バイクはエンジンをふかして音を出すことに快感を感じている
だから電動バイクはつまらないとしている、それは自分も電動自転車で感じた
大きな音はでないがブーンとなるとき快感を覚えたからである、ただその音は低いし迷惑にはならないのである、ただそこに機械と人間の関係であり人間と人間の関係は生まれないのである
歩く旅だったらどうしても道連れになり情を交わすとなり
別れを惜しむから分去(わかれさり)という場所が地名化した
一時でも出合った人の後ろ姿をずっと見ていたとなる
そして歩く時代は逢うことが簡単にできない、一度の出合いで永遠に別れてしまうともなる、だからこそ別れを惜しんだとなる

二本の松の立ちにし街道をまた逢わんかな秋の日暮れぬ

松があるとしたらその松とも情を交わすことになるのが街道を歩いていたときなのである
いづれにしろ人間から情は喪失した、車が騒音をまきちらしバイクが爆音たてて過ぎ去り自転車が横切ると怒鳴り散らして去ってゆく、あとに残るのはそうしだ怒鳴り声は車とかバイクの爆音なのである
結局現代の文明は情を喪失させた、機械とか道具とかは極限まで改良されても何か情を喪失した社会であり殺伐としている、もうそこに人間はいない、終にはロボットがいるだけだとなる,ロボットと今は会話しているのかもしれない、インタ−ネットの会話などでも
相手が人間なのかロボットなのか見分けがつかないこともある
それは有益なこともあるが情を交わせないことが問題なのである

●義理人情もなければ宗教の愛と慈悲はありえない

そもそも宗教とは人間の情のことである、愛とか慈悲とかでも情のことである
そしたら情がない社会で宗教がありうるのかとなる
現代社会で肝心な人間の情が欠落しているのである
例えば病院に行っても設備として高価な機械があっても何か人間の情がないのである
患者を一人の人間ともみない、それで議員でも番号で呼ばれたことに怒ったのである
つまり現代人間は番号であた数字化されているのだ
医者でも看護師でも情に欠けているのだ、医は仁術から医は算術になったのもそうであるそれはカルト教団でもどこでも同じである、数を集めることが第一である、要するに番号として数として処理されるだけだとなる、それでナチスが埋まれたと分析する学者もいる

そして家族遺棄社会のように親子の情すらなくなる、それはもう人間の基本的なものが失われている恐ろしい社会だともなる
そして現代社会は深く病んでいる、精神的ストレスに苦しめられている
それはどこでも情を感じられないからである、そんなこと言っていたら生きられないということもある、情を重んじれば利益にならないということもある
ただ利益ぬきの情が人間社会に必要である、それが潤滑油になる
ただ現代社会は機械化社会であり情を育む環境がなくなったことである
それで江戸時代は貧乏でも情が交わされた社会に生きていたとなつかしむのである
それも人間はその時代に生きていなければただイメージするだけだから美化されるのである、死者が美化されると同じなのである
実際は江戸時代に生きたら地獄だったとなるのである

グロ−バル化経済社会でも物は自由に流通しても必ずしも人間と人間の情は交わすことはないし育まれない、ただ物が入ってくるだけだからである
ただ人間が直接来るとどうしても情が必要になる、相手が生身の人間だからである
そこで外国人労働者でも相手が人間だから機械や道具のように扱うと恨まれるともなる
なんらか日本人を恨んて母国に帰るとなるとあとあと問題になる
グロ−バル化したからといって国同士が親密になって友好的にもならない
それは個々人でも情が交わされていない、経済原理だけでもうかるというだけでは情は交わされない、ただ利益としてしか金になるとしか見ない、そして金の切れ目は縁の切れ目となり中国でもあれだけ友好を言っていたのに領土問題で敵対する
人間は物を入ってきてもそこに情が交わされないと友好は保てないとなる

人間の生活の意義は人倫の道を実現することにある、利潤が自己目的となれば人間の生活は利潤のための手段となり
その意義を消失するだろう
だから経済組織はあくまでも人倫の道合うようにに革新せねばならい(和辻哲郎ー倫理学)

グロ−バル化した経済では情とかではない道理を重んじるものとなった
情を重んじればグロ−バル化はありえない、情とは家族とか狭い範囲で成立つものだからである、でも宗教となると情を中心にしている、愛と慈悲は情なのである
道理を優先する社会は情が希薄化する、グロ−バル化とは情無き社会なのである
すると世界は人倫を無視したものとなる、そして国でもただ利潤を目的としているだけであり世界的人倫組織などありえないのである
だから中国と日本が五十年前に日中友好があれほどあっても今やない、中国が経済で巨大化すれば小国となった日本の領土でもとりにくる、支配しようとなる
世界化に拡大すれば人倫の道はなくなる、日中友好のときは互いにあれほど結ばれていたのにただ今や中国は日本の脅威となり日本の領土を奪われ支配される関係になる
情というのは世界関係になると成り立たないとはなる

●師弟関係の情もない、知の教育となり情は育まれれない

師弟関係でも今やない、ただ一時的な知識の教授しかない、だから先生のことを慕い何か情的に結ばれることもない、ただ受験とかで競争に勝つことしか教えられない
そのために先生がいて知識がある、そして一緒に学ぶにしても友でも受験戦争になると追い落とすことに力をそそぐ、もう友情でも育まれない、情が育まれない
知識も膨大だからそれに追われて情は育まれない、そもそも情というのは金にもならないし利益にもならないから実利がないから無視される
資本主義社会とは実利の追求であり情は余計なものになっているからだた

ただ戦前の教育では修身とか礼とか体錬が重んじられて知識優先ではなかった
だから戦前までは何か情がまだあり義理人情も活きていた、今はそれもない、同情するなら金をくれとなってしまう
ただ問題はそうして極端な知識偏重とか科学技術偏重とかから現代の殺伐な社会が生まれたのである
すると情をどうして育むのかが問題になる、でもそれが時代的にできないのである
ただこういうことを問題にして情操教育どうするのかとなるがその基盤がもともと村落共同体ならあったがそういうものも喪失した
だから情を育む基盤もないのだからどうにもならないとなる
結局いいと思っていたグローバル化と科学技術社会と車社会とか資本主義のマイナス面が大きくなったのである
だからこれらを全部否定するのではなく見直す改善する抑制するとかが必要になったのである

ただ時代の変化が余りにも大きすぎたのである
江戸時代はそんなに技術でも変わらない、変化の少ない時代だから社会だったのである
現代では継続されない、技術でも変わりすぎるし継続する価値を追求できないのである

導きしことさへ うすき老いの身に 三世の契りを残す石ぶみ

群馬県原の郷村に明治三十四年に建てたられた筆子塚

師弟の関係が三世の契りとなまでなっている、おそらくそれは情で結ばれた師弟関係だったからこうなったのかもしれない、今は学校というといい思い出が自分にはない、ただ強いられた苦行であり先生でも情でつながらないのである
近くの人も八十五くらいだけどまたすぐ近くの人が先生だった
その先生をひどく恨んでいたのである、なぐられたことを根に持っていたのである
だから現代では師弟関係でも昔のようにはないのである
それは時代と関係してそうなったともなる
私も殴られたのではないが先生に対して恨むのではないにしろ根をもつことがある
これも学校とういのは昔の寺子屋とかとはまるで違ったものになっていたからである
カルト教団の師弟関係は弟子とは奴隷であり数が多いからナチスのヒットラーへの忠誠と同じである、それは大衆化した社会で起きたことである

●情を育む村落共同体の喪失

学校とは一つの工場のようなものでありその監督が先生にもなっていたのである
それは時代の要求でそうなっていた、大量規格製品を作ると同じように生徒を工場で働く規格品を作ることが教育になっていたからである
そして教えるものが多すぎることなのである、江戸時代なら本当に読み書きソロバンであり知識量が少ないからかえって礼とかしつけとかが重んじられた、情も重んじられた
知識を教えるのではなく狭い村落共同体で生きるための知恵を授けられていたのである
そのために情で結ばれることが基本にあった、だから村落共同体は一つの大きな家族となっていたのである

取上げ親(産婆)とはべつに、出産時にへその緒を切る人)
抱き親(出産直後に赤ちゃんを抱く人)
行き会い親(赤ちゃんを抱いて家の外に出て最初に出会う人)
乳親(生後数日間、乳を与えた女性)
拾い親(丈夫な子どものいる家の前に形式的に捨てた赤ちゃんを、一時的に拾って預かった人)
名 付 け 親(名前をつけた人。たいていは自分の名前から一字あるいは複数の字を与えた)
守親(幼児になるまで子守をした人)
烏帽子親(武家の元服に立ち会う)

これだけの人が生れたときとか幼児の時かかわっていたのである
そこに自ずと情が生まれる、他人がかかわりその子に情が生まれる家族のようにもなる
子供の時から親密にふれあって情を育んでいたのが村だったのである
ただそのマイナス点は広い社会と交わる公共的なものがなかったことである

武家では乳母(うば、めのと)がいた、乳がでないと乳母を頼む
するとその乳母と我が子のようにも思える、情が生れるのである
武家社会がなぜ強い絆で結ばれていたか、戦があれば主君のために一緒に戦い死ぬとういこともあり生死を共にする、だから家族ごと一体となり御家のために尽くしたのである
だから家来でも一つの大家族のようになっていたのである
つまり情で強く結ばれた共同体だったのである
だから東国の武士が平家に勝ったのは武家では代々情で結ばれた関係がありそれで勝ったとしている
人間の強固な情の結びつきあり勝ったとしている、武器だけでは戦争に勝てないということもあるからだ
太平洋戦争では日本兵は上官と下士官が強く結ばれていなかった、上官に下士官は常に不満だった
アメリカはかえって上官と下士官の結びつきが強かった、それも負けた敗因と分析する人もいる
歴史をさかのぼると人間は情で結ばれていた、でもだんだん明治以降からさらに昭和となり戦後になると情で結ばれる関係は消失してゆく、最後は核家族となり会社の部品のようになる、その人間の結びつきは高度成長時代の終身雇用の時はあった
でもかつての武家の殿とか家臣の結びつきのようにはならない、そういうこで人間の歴史を見ると人間の歴史がどうしてこれほど変わってしまったか見えて来る

震災でも盛んに絆が言われたが現実は絆がなかったから余計に言われたのである
でも結果的には地元でも絆はなかった、かつての村落共同体のようなものは喪失していたからである
そして補償金をもらうことが復興となり分断されたのである
だから十津川部落ではみんな一致団結して災害にあっても北海道に移住して団結していたのとは大違いだったのである
例えは浪江町の電気関係の仕事をしていた人はまわりの田畑が草ぼうぼうになっていても何も感じないのである
かえって老後の資金を補償金でもらって良かったとしている
つまりもう村落共同体などは遠い昔のものになっていたのである

現代文明とはそもそもそうして人間性とかを無視するものだった
それでケージに入れられて卵を産む機械に鶏がされている
それも現代文明の効率化工場化なのである、近くの放し飼いの鶏(にわとり)が文字通り庭を歩いているときほっとした、牛も牧場にいてなごんだのである
とにかく様々な文明のマイナス面が顕著になった時代なのである
いくら科学技術が発達したからと人間を幸福にはしないことに普通の人でも気づいたのである
つまり幸不幸とは常に比較して幸不幸がある、比較して自覚される、江戸時代と現代を比較して幸不幸がありそれで何が不幸にしたかとなると情がなくなったことだとなる
でも江戸時代からみれば科学技術でも近代化した社会と比較した時、その相違に気づく
ただ人間はみんな時代の子であり江戸時代に還ることはできないし未来を生きることはできないのである



posted by 老鶯 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2022年01月13日

一人っ子は社会に適応しにくい、結婚をしにくい (一人っ子の男性の34パーセントは独身で死んでゆく)


一人っ子は社会に適応しにくい、結婚をしにくい

(一人っ子の男性の34パーセントは独身で死んでゆく)


ひろゆき氏は、「日本人の一人っ子男性の34%は、独身で死んできます。10万年の人類の歴史で代々橋渡しされてきた遺伝子を引モテ独身の人が断絶させるわけです」と記した。

 さらに、「年収300万円以下の家庭の7割は一人っ子。

これは予想できる、一人っ子なぜこうなるのか?
結婚でもしにくいのか?それは両親がかわいがる、両親が尽くしてくれる、また兄弟でも姉妹でもいるとコミニュケーション能力がある、また一人っ子は両親がなんでもしてくれる、与えてくれる、すると何でも与えられるものとなってしまう
自分でとりにゆくという感覚がなくなる、要するに殿様のようになり何でも与えてくれるとなる、そうなると社会は厳しいから落後者になりやすい、出世競争とか様々な競争に弱いのである、かえって相手に対して命令するとかが苦手でありゆずるとなる
兄弟がいるとおやつとか食事でもとりあいになるがそういうこともない
ただ何もしないでのんびりしていれば両親が与えてくれるのである

そういうふうに育てば競争力もなくなる、結婚できないというとき女性のことが両親しかわからない、女性とは何かわからない、だからコミニュケーションもできないのである
だから結婚もしにくいのである
結局自分自身が複雑な家族環境で一人っ子になり母親が二人いるような状態になりその通りになった

ただ人間というのは必ずプラスとマイナスに何でも働くのである
一人っ子がすべて悪く作用するともならない、社会とうまくおりあいがつかないで引きこもりになりやすいのは一人っ子ともなるが別に兄弟がいても姉妹がいてもなる人はなる
平均的に見ればそうなる、ただ一人っ子は相当に社会で不利になる、不適応になりやすいのである、だからこういうい結果が出たともなる
ただこれは中国でもそうだがそもそも兄弟姉妹のいない少子化になってこうなったこともある、それで中国は一人っ子が多いから戦争になったらそれに耐えられるのかというのが疑問なのである、また日本でも何か一人っ子が多くなればとてもそういう厳しい世界で戦うことができるのかとなる、戦争になったら最高に過酷だからである

でも一人っ子だからとすべては決められない、一人っ子でも性格が外交的な人もいて陽気な人もいるからだ、自分の場合は内向的だからそれで引きこもりにもなった
一人っ子だからどうだというように人間社会は数学の公式のようにはならない
ただ統計はやはり社会をわかりやすくなるのである、だからこれは真実を語っているとなる
ただこうして一人っ子とか引きこもりでもプラスに働く面があるのだ
これは人間が簡単に一人っ子だからどうなるとか決められないものを持っている
内向的だからだめだということでもない、でも内向的人間はそもそも社会では良く見られないのである
でも内向的な人は何か内面的なもの宗教でも哲学でも芸術でも追及するのが向いている

私はそういうことで自由に内面的なものでも自分のしたいことを追求してきたのである
そういう環境が与えられていたのである、ただ自分のように特殊な環境に60歳まである人はまれである、だから私は親に特別感謝しているのである
親がいなかったら自分は社会の脱落者、落後者で終わっていたからである
今でも遺産を残してくれたら大きな家で一人悠々と暮らしているからである
ただ介護の時一人になり親二人だったから兄弟もいないから自分も病気になり最悪だった
だから何でもいい面と悪い面がでてくるのである
楽した分、こうして最悪の苦しみになったのである

それでも一人っ子は一旦親から切り離されて生活することが不可欠である
それが東京の大学に入りできたのである、そこで過ちがあったにしろできたのである
また故郷を離れるということも良かったのである
別に勉強がてきなくても三流大学でも家族を離れ故郷を離れた経験が大きかったのであるその後も20代は放浪して仕事するにしろ建築現場とか悪条件の肉体労働だった
それで四階のビルの建築現場の足場から落ちる危険があった
あの時は危機一髪だった、命拾いしたとなる
ただそういうことは人生でみんな経験している、交通事故だってそうだからである
海外旅行でも50代でしたから危険だった、だから何らか危険が人生にはみんなある

おそらく一人っ子は実業界とか政治とか組織的に集団の中でリーダーになるのはむずかしい、ただ性格的なものもある、何か自分は誰かの命令に従い仕えるのが向いている
上に立って命令するのはできないのである
キリストの言う下僕になりなさいというのが向いているのである
それで手伝いの人がいても実際は自分の方が仕えているともなっているのだ
実際に手伝いと言っても何もしないからである
だから人間にはいろいろ向き不向きがあり不向きなことをすることは苦痛となる
社畜とか自ら言っている人は相当に不満がたまるから健康的にも良くないとなる
仕えるというときでも強制的ではなく自ら仕えることに喜びを見出す人もいる
それは女性に多いとなる、夫に仕えるということで喜びを見出すからである

ともかく一人っ子とは異常な環境にある、だから加治将一氏のyoutubeを見ていると兄弟八人いて父親に何かというとぶんなぐられていたというのに驚くのである
そういう家父長制が長く続いていた、だから地震、雷、火事、親父になっていたのである子供にとって親父は近づきがたいものだったのである
だから何か言えばぶんなぐられたとなる、黙って言うことを聞けしかなかったのである
特に戦後の焼け野原からの団塊の世代などは子供が多い、兄弟が多いから一人っ子のように手をかけられないからそうなった
自分の父親も明治生まれだったからそうだった、でも中学生の時死んだからそういうことを経験していないのである

人間はどんな家族環境で育つか相当に影響する、カルト教団に育った人はかえって素直だと全く疑うこともなく染まってしまい一生を終えるから怖いとなる
なぜなら家族のために尽くすとかカルト教団に尽くすことにもなるからだ
村落共同体では家族より村落共同体で協同労働で村落を維持することが第一であり家族ではなかったとしている
その後村落という共同体が外延化したのが国家とかになっていった
国家のためにすべて捧げるとまでなり3百万人が死んだのである

戦後は家族が核家族化して外延的なものとして社会は会社に帰属することだったのであるだから今でも社畜と自ら言うのである
つまり村落共同体がなくなったとき会社とかカルト教団でも共同体となったのである
それで創価は団地の宗教とかなり勢力を拡大したのである
それは本来の宗教とは関係ないのである
人間は家族だけではない、村落共同体にしろ何らか共同体なくしてありえないのである
それがあって正常に機能するということがあるからだ

そして現代で家族自体が崩壊している、外延的な社会の会社でも終身雇用が守れないとかなり不安定になり帰属するべき所がなくなる、個になり拠り所となる家族すら崩壊して
孤独死になってゆく、それは一人っ子だけではないのである
その女性は息子がいたとしても一人はいい暮らししても食べるものがないとして援助してくれといっても全くの他人と化している、事情があるにしろ家族って何なのだろうとみる本当に今起きていることは「家族遺棄社会」である

親は子に捨てられる時代なのだ、そういうことは回りで普通に起きているのだ
その理由が経済的に息子でも娘でも苦しいからである、親のめんどうをみれないとなっているからだ、また介護となると今は医療でも手厚いし介護も長くつづくから負担になるからである、自分自身も介護で十年して疲弊した、私は特別良くされたから自ずと強制されるまでもなく介護に懸命になっていたのである
そういうのはあまりない、兄弟八人で親に逆らうとぶん殴られるだけだったとなればとても親の介護もする気になれないだろう
だから現代では親を介護できる人は特別な人だとなってしまうのである

いづれにしろ家族も時代によって変わってくる、後進国では親に仕送りするために働く
私の母親もそうだった、親のために働いていたのである、それが普通だったから今になると子供のために働くとか犠牲になるのは嫌だとなる
親のために働いたのだから子供も親のために働くべきだとなるのが古いとなるからだ
ただ一人っ子は特別良くされたから親思いになっているだろう
ただそのために社会に出て苦しむとなる
ただ自分にとっては親は本当にいいものだったのである、親があって自分があったとさえなる、親がいなかったら最悪であり職にもつけず食べることもできず最底辺で苦しんでいるだけだったともなる
どうしても一人っ子は社会に適応しにくいからである
こうして自分は自分のしたいことをして人生も終わりに近づいたとなるのである
それは親の影響が恩恵が大きかったからだとなる
でも他はみんなそうではない、だから家族遺棄社会にもなるのである







2022年01月12日

戦前の学校教育―旧制高校は超エリート (みんな尋常学校で読み書きソロバンの延長だったーこれからの教育)


戦前の学校教育―旧制高校は超エリート

(みんな尋常学校で読み書きソロバンの延長だったーこれからの教育)

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大学は増えたから実業化しろとなるとき戦前の実業学校にしろとなる
職人の養成とかである、大学は増えすぎてその中身が劣化したからである
実際大学として通用するのは国立大学と早慶になっているからだ
後は実業に即してものでいいとなる



●尋常小学校ー女学校時代

尋常小学校の6年間が義務教育となり、かつ尋常小学校の就学率が97%を超えたのが1907年(明治40年)のことです。ちなみにこの時点で、日本に大学は3つしかありませんでした。東京帝国大学(現・東京大学)、京都帝国大学(現・京都大学)、東北帝国大学(現・東北大学)で
https://note.com/asamorikdb/n/n6f38ed881883

人間は老人になれば60以上になれば必ず過去をふりかえる、自分は何をしてきたのだろうか、何のために働いたのか?そういうことは若い時はあまり考えない
生活のためだ金のためだとかなっている、それで収入が多い方がいいとなるだけである
何が志をもって働く人はまれだろう、そういうことは戦前のエリートの帝大生にはあっただからデカションとか哲学者をまなんでいたのである
その極一部のエリートは何か就職するのでもすでにかエリートとして有利な職が地位が与えられることが約束されていたのである
だから戦前のそうした旧制高等学校は一校二高・・・とかに入れる人はまれだったのである

例えば女学校というとき(高等女学校)というときそこに入れる人は地域で選りすぐれた女性であり金持ちの家が多かったとなる
だから女学校を出たというだけで一目置かれていたのである
それで飯館村の大倉のばあちゃんが俺は相馬女学校でたとか言っていた
それを自慢したかったのだろう、ではなぜそんな山の中で女学校に入る金があったのかとなると山林をもっていて山持ちが金持ちになっていた時代があったからだ
戦前は木材でも輸入することがなくみんな地元の木材を利用していたからである
木材は炭にもしたし燃料として欠かせないから飯館村では炭焼きで金持ちになった人がいたのでる
姉は看護婦になったが意外となれないものだった、なぜなら結構勉強することが多いからである、そして試験を受けるために東京の新宿の方まで行っていたからである
ただ頭が良かったのとしっかりしていたので女学校に入れないことを悔しがっていたのである

●相馬市の女学校に通った大倉の女性

私の子供の時でも囲炉裏があり炭を利用していたから今になると信じられないとまでなるその女性は鹿島の親戚の家から相馬女学校に通っていたのだ
とても大倉からでは通えないからである、第一通うだけで大変だった
なぜならその頃汽車(電車)があったとしてもその汽車賃が高いからである
私の母は大正生れて松川浦に親戚があったが汽車に乗って行ったことを語っていた
その時代は意外と汽車が通ってもいてもめったに乗っていないのである
なぜなら汽車賃が高いからである、今ならみんな電車で気軽に乗っているけどそうはならなかった、それだけ貧乏だったとなる

そして鉄道とはもともと荷物を運ぶために作られていた、主に石炭を東京に運ぶために作られていた、北海道はたいがい石炭を運ぶものしとて作られていた
旅する人を乗せていたわけではない、何かおそらく汽車で旅した人は文人とか特殊な人達だったかもしれない、汽車賃が高いから簡単に乗れないからである
それで鹿島区の横手から梨を売るために相馬市までリヤカーで行っていた女性がいた
これも遠いから大変だと思った、でも汽車はとても利用できないのである
その頃車がないからそうなっていたのである

この図でみれば大正生れの母は尋常小学校でありそこは一番多かったのである
それはせいぜい読み書きソロバンでありあとはたいして勉強する科目がなかった
習字とか作文とか算術が主だった、だから勉強するには楽だったとも見る
つまり高等教育を受けるのはほんの一部でありあとは日常生活できる程度の読み書きソロバンだったのである

●戦前の教育は修身と体練が主であった

効率的に知識を生徒の頭に詰め込むことができる。

初等科では国民科(修身・国語・国史・地理),理数科(算数・理科),体錬科
(体燥・武道・ただし,女児には武道を欠くことができる),芸能科(音楽・習字・図画・工作・女児には裁縫を加える),高等科では以上の諸教科のほか実業科(農業・工業・商業又は水産)を加え,女児にはさらに芸能科に家事及び裁縫を加えることになっていた

戦前は修身、体錬(体育)が重んじられていた、この中に武道があった、それで今でも相馬女子高校では長刀(なぎなた)を習っているのである、それは江戸時代の続きだったのである、相馬女学校は相馬氏の城があったからそういう歴史があってそうなったともなる侍の伝統を受け継ぐものとして依然としてあったともなる、裁縫も女性には不可欠だったから科目にあった
なぜなら原町高校の前進は原町商業学校だからである、相馬市には相馬女学校とか何か伝統的なものがあることがふさわしかったとなる
ともかく今のようにあまりに多岐にわたる科目がないし何か実生活での基本的なことを学ぶ場であった、今はあまりにも複雑なものとなりすぎたのである
もしかしたら基本的教育で必要なのは修身、体錬(体育)だったかもしれない、それが学校では膨大な知識中心の教育に変化したのである

戦後の教育は効率的に知識を生徒の頭に詰め込むことができる。

生徒を教室という『監獄』に押し込んで、授業で疑問や反論を一切認めない、画一的な教育を行うことによって、上からの理不尽な命令にも何の疑問も持たず、従順に従う、経営者にとって都合がよく、質の高い『企業戦士』という兵隊を大量生産することができる。
https://jp.quora.com/nippon-no-senzen-kyouiku-to-sengo-kyouiku-no-ooki-na-chigai-ha-nande-shou-ka

戦後の教育も明治からの継続であり暗記中心の教育でありそれが一応成功していたのである、戦後の焼け野原からの復興でもこうして画一的な人間の大量生産で良かったのであるなぜな高度成長とは同じものを大量に生産することであり人間も個性重視とかならない、個性を無視した同じような規格化された人間を作ることで良かったのである
そこに創造性は必要なかったのである
つまり日本の教育は時代にあって成功していたともなる
ただ規格化した大量生産と同じように人間もそうなったのである
そこで戦争になりその原因がまた戦前の画一的国家に忠誠を第一とするものとなっていたそれが国家神道となり皇国となり戦争の下敷きとなったのである
それは戦後も同じような規格化された人間の大量生産であった

『子曰 学而不思則罔 思而不学則殆』
(学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思ひて学ばざれば則ち殆し)

これは論語でもやはり学ぶことがどういうことか要点をついている
学ぶはまねるから来ている、暗記することであり暗唱することである
だから江戸時代でも暗唱しろと寺子屋があった跡に古い碑があった
暗唱が暗記が学ことの基本にあったのだ

でも学問とはまず学ぶーまねるーでも思わないと考えないとだめである、また考えてまた学ぶとなる、その過程で学問が身につくのである
だから論語というのは何か忘れられたが江戸時代でも論語を学びそれで人間を作っていたのである

●戦後教育も大量規格品を作り工場に配置するためであった

いづれにしや戦後の教育は高度成長時代を作るには良かったがその後は30年の停滞がありモラル的にも荒廃したのである
知識第一であり無思考であり創造性も追求していない、だからカルト教団が戦後増えたのである、これは現代文明に共通していたことでもある
ドイツにナチスが生まれたのはやはり日本的土壌と似たものがあったからかもしれない
ナショナリズムが強くあり民族意識が強いからそうなった面もあったからだ
何か軍隊的であり上意下達であり体育会系ともなる、ただ軍隊はそういうものであり
自主的に考えることを拒否する、それは警察とか自衛隊とかではそういう人が集まっている、考えることとか法律とかを嫌っているのである、それは体育系の上の命令に従うだけのロボットがいいのである、ただ体育とか体の鍛錬は必要なのである
だから戦前の教育がすべて悪いとはならない、いいとしている知識人もいたからである

いづれにしろこれからの教育をどうするのかとなるとやはり時代にあって抜本的に変えざるを得ない、高度成長時代は規格化した人間の大量生産でも良かった
でもなぜ30年も経済でも停滞しているのか?それは世界でも変化してそれに追いつけなかったからだとなる、ITでもそうだし何か製造業からソフトが中心になったとき変えられなかったともなる
創造性というときそれは一部の天才のものであり一般の大勢の庶民には関係ないと思っているがそうでもない、創造性とは創造してゆく態度なのである
創造性が大事だとなり何か常に工夫して考えて学ぶということである

『子曰 学而不思則罔 思而不学則殆』
(学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思ひて学ばざれば則ち殆し)

真似るだけではない、思うー考えることなのである、考えるとは工夫するということにも通じている、それが日本の教育に足りなかったのである
なぜヨ−ロッパが西欧文明が世界を導く者となったのか?
それはヨ−ロッパは貴族社会であり家庭で学べる環境がありそこで天才が多数生まれている、つまり学校教育ではない、家庭で学べる創造性を発揮することができた
また家庭教師がついてその人にあった教育ができたということも天才が生まれた所以だとなる

ともかく日本は今戦後70年であらゆるものが疲弊して停滞して衰退している
教育でもそうである、もう時代に合わない教育をつづけている
そうして改革しないとじり貧になってゆく、すでになっている
それは教育だけではない、あらゆる面でそうなっているのである
だから抜本的な改革をしない限りさらにジリ貧になるみんな不幸になってしまうのである

●明治維新の西欧化で失敗をしたことから学ぶ

ただ人間が住みやすいとか幸福とは何かとなると別に最先端の科学技術志向がそうするともならない、それが原発事故でわかったのである
いくら豊かになるとしても故郷にも住めなくなるということは最悪だったからである
別に原発が無くても住むことはできていたからである

日本は日本なりの教育があり経済があり文化がある、そういう日本の伝統を見直す作業が必要になるというのもわかる
何か戦後の20数年はかえって日本はいい社会だったとしている
それは戦後十年は貧乏の時代である、どこの家でも飯台一つしかない貧乏だった
でも何かその時日本人はかえって一家団欒とかあり貧しくてもめれほど欲望に衝かれたうになっていない平和な時代だったと回想する人もいる
何か隣近所とのつながりもあり金第一とか欲望がむきだしの競争社会でもなかった
そう回想するのも昔は良かったという年よりの常套句にもなるがでもそういう面はあったのだろう

そしてバブルの崩壊で日本の物欲金第一主義が崩壊した
それから30年も経済は低迷している、
すると過去に回帰するのが日本がである、過去に回帰する歴史があるのが日本なのであるアメリカとかにはないからである、日本に江戸時代があったということが大きな遺産なのである、だから江戸時代を知ると心がなごむのである、それは東京でも江戸は全然違った風景なのである、今になると東京には行きたくない、何か魅力あるものがない
景観でも高層ビルと車の洪水と騒音の中で人間的なものもないのである
だから今東京から人が離れて地方に移住する、東京の人口は減ってゆく
明治以来の東京中心の社会は終わる
だから教育にしても地域に根ざした江戸時代の藩校のようなものが復興するかもしれない私の試みて来たのはそういうことだからである
地域に自然に根差した本来の人間の復興である、ただそれも東電の東京中心の経済体制で原発事故で崩壊したのである

確かなことはこれからは脱西欧化アメリカ化が志向される、和魂洋才の和魂が見直されるそれはアジア的なものが見直される時代になる
ただカルト教団の仏教などは全く文化的な精神的なものとは何にも関係ない
そこには数と権力志向があるだけである、その現世利益追求は確かに高度成長時代の物欲中心の世界にマッチして会員が増えたのである
でも高度成長時代が終わりマッチしなくなった、物欲が充たされなくなったからである
そして物欲ではなく精神的和魂の充実が求められているのである
だから万葉集などが見直されるのである、ただ依然して和魂洋才は形を変えてありつづける、実際に西洋文明といっても日本では日本的に消化されなかったからである
それをアジアでは中国に先行して日本が担っていたのである
それで西欧文明の言葉を漢字を通して訳したのが日本だった、それを中国人が使っているのである、つまり日本が西欧文明とアジアの橋渡しを担っていたのである
今でも外交的にはアメリカとヨ−ロッパと中国の橋渡し役があり一方に偏ることは良くないのである、日本は両国の仲介役の立場にあるからである

西欧文明というとき内村鑑三によるとキリスト教文明でありそれを受け入れないので日本は西欧文明の受容に失敗したとなる、西欧文明を日本は機械とか道具とか工業力だと見たからである、それがキリスト教文明と見なかったのである
それで内村鑑三は武士道とキリスト教を接ぎ木したのである、手島郁郎はキリスト教と神道を接ぎ木したのである、神仏習合とも似ていたのである
キリスト教にはそういうことはなかった、習合しなかったのである
つまり機械であり道具であり実用的な技術的なものとしてしか見なかったし受け入れなかったのである、だから国家神道となりそれが戦争にも突入する要因ともなっていた
だから教育もすべて実用としての教育でありそこにモラルとしての教育は戦後は余計に修身もないのだからただ利益の追求だけになったのである
カルト宗教でも御利益の追求しかなくなった
アメリカ軍にGHQに支配されて日本の精神は骨抜きにされて今日至っている
明治維新で日本精神文化は失われ次に敗戦でアメリカ軍の支配で日本はモラルなき国となったのである
教育だけで日本を変えることは不可能である、日本国家自体の変革が要求されている
そういう大きな時代の変わり目なのである、戦後70年であらゆるものを変えないと日本は没落するだけでとなる
posted by 老鶯 at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

2022年01月11日

新春大江戸俳句30句―浮世絵を見て


新春大江戸俳句30句―浮世絵を見て

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魚河岸

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まぐろがとれても余していた、まぐろは食べるところがなかったというのも
不思議である

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渡しがあった

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燕がとんでいるから春なのか

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凧あげは正月である



(東京の春)

大江戸線地下を出でて桜かな

春日さし百羽の鴎隅田川

春の日や両国橋を渡るかな

東京の店見て歩く春の暮


(大江戸の春)

大江戸の春の賑わい日本橋

江戸城の天主に遠く春の富士

百藩の大名集う江戸の春

連ねたる大名屋敷や春の月

塀長く大名屋敷や春日影

新たにそ大名行列江戸の春

大江戸や商家並びて春の来ぬ

春の江戸行き交う人や国いづこ

蔵百に舟百艘や江戸の春

侍も庶民も交じり花見かな

船宿や三味線の音柳かな

水路行く舟のまた来て春の水

貧乏や長屋住まいも江戸の春

合い別れ江戸の賑わい春の夢

三百年江戸の栄や春錦

(魚河岸)

江戸っ子の魚売り行く春の朝

競りの声ひびく魚河岸春の市

鯛担ぎ売る男や春の市

まぐろ一匹余す江戸の春



絵草子屋土産に買うや春の江戸

江戸の春大道芸の踊りかな

隅田川湿地広がり春の草

江戸の春乗合す人や渡しかな

つばめ来る蔵百並び隅田川

凧高く登れや正月城の見ゆ

霞が関歩いて春や船を見る



春の日や昔を想い涙かな

春の日や老いの涙を知りぬべし


悲しさや束の間の出合い春なれど人は去りゆく帰らざるかな





東京というというとき何か絵と詩になりにくくなっている、でも江戸になるとそれは絵なのである、江戸は今の東京とはまるで違っていた、全然別世界なのである
高層ビルでも車の洪水もない、だから江戸三百年の栄がありそれが不思議なのである
その江戸の中に想像で入ってゆくと不思議になる

そこに生きていた人たちがいた、その人たちの中に入ったら本当に不思議である
それができないからイメージで入ってゆくほかない、それで浮世絵が役にたつ
でも浮世絵は華やかだけど日本橋を撮った写真を見たけど明治になったら寂れていてとても江戸時代の橋とは違っていた、そこに当時の活気を全然感じなかったのである
浮世絵は画家が当時の活気ある江戸にふれた実感から描いた
だからその雰囲気はもうなくなっていたのである

その雰囲気を経験することはもうできないのである、一時代が去るとその時代の雰囲気がわからなくなる、それは戦前がわからなくなったのと同じである
でも私の団塊の世代は日本が焼野原になった時生まれた、その時は燃料は炭であり竈でご飯を炊いたりしていたのである、それはまるで江戸時代のつづきなのである
水道もなく水は近くの家からもらっていたのである
そういうことが今の人はイメージすらできなくなっている

ただ隅田川辺りは一応河が江戸時代と同じようにあるから偲ぶことができても余りにも変わりすぎたのである
隅田川とは中島がありそこに田があって隅田川となっていた、つまりそこに田がありその田で米がとれたことで隅田川になったのである、何か生活の匂いある地名だったのである
両国橋は、

左岸の本所(ほんじょ)がかつて下総(しもうさ)国に含まれたため、武蔵(むさし)・下総両国を結んだことが橋名となり、地名はこの橋に由来する

何かこういうことでも江戸でも別な国があり境ともなっていたのである

ともかく隅田川はにぎわった場所である、仙台掘りとかもあり仙台の石巻からは米が運ばれていた各地から米が江戸に運ばれていた、そこで蔵が立ち並んでいたのである
阿武隈川からも船で太平洋に出て伊達の米が運ばれていたとなる
旅したいとなる時今の東京には行きたくない、何かあまりにも変わりすぎたのである
何か見るべきものもないのだ、ただ高層ビルを仰いで騒音の中をさまよい帰るだけだとなる

それにしても江戸でもそうだが自分自身が東京の大学にいた、ただ自分の大学は東京から離れた川崎の田舎の方だったのである、でも東京には出ていた
でも東京のことは知らないのである、その後も東京に行ったが何か心に残ることがないのである、でも東京では今でもいろんな人が交わる日本の中心ではある
だからとにかくこの年になるとそういう場所に生きていたこと時代不思議になる
江戸時代でも江戸では地方の人々が参勤交代でも集まってにぎわっていた
一方で貧乏長屋で暮らしていた庶民がいた
何か時代劇を見ていると悪人ばかりのように錯覚する、それはみんなに見せるためにそうしている、実際は普通の人は悪人ではないし普通は善人として生活していた
かえって情に篤い人達が暮らしていた、ただドラマを見ていると何かみんな悪人ばかり住んでいたように見えるのである、未だって犯罪があるがそれは一部である
でも犯罪者ばかりのように錯覚するのてある、それが現代の情報社会なのである


ともかく老人になると本当に東京にも一応住んでいたことが不思議になる
それは一つの経験でありいい思い出があったとは言えない、でもそこに住んでいたことが不思議だとなる、江戸時代の江戸でもそうである
そこに参勤交代とか地方の人々が集まって住んでいた、でももうそのことは遠い昔でありそこに住んでいたことをもし江戸に生きて年老いたとしたらまた地方に帰って思い出す時なつかしくなる
結局人間は一場の一時の夢を見ているだけである、誰であれ生きていることが謎になってしまう、そんな所に自分がいたというのも不思議になる
それは江戸時代でもそうだし今でもそうである、ただ江戸時代の方が何か人間的であり人間が生きていたという感覚になる、だから江戸時代とかが好きなのである
人間が生きて活況があった、そして裸で市場で魚売っている男がいたのも驚きである
何か威勢がいい江戸っ子がいたとなる
ただそれはあくまでも昔だからそうイメージするのである
実際そこで生活していたら地獄だともなってしまうのである、ただそういう時代があったということは人間を豊かにする、そこに都会の都のにぎわいがありそれか貴重なものとなったのである

春の日や昔を想い涙かな

こうなってしまうのが人間だった、人間はただ一時一場の夢である、この世はそういう場所である、人間はだから年老いると何でもなつかしくなるのである
苦労とか嫌なことがあってもなつかしくなる、なぜなら間もなくこの世から消えでゆくからである
老いることはなかなか老人になってみないとわからない、でも老いるとわかる
人間は悲しいものだということがわかる、それは老人は人生をふりかえりみんなそう思うからである、それがなかなか若い人とかにはわからないのである
誰でも老いる、それでビートルズの歌を聴いて涙流していた人の気持ちがわかる
青春がありそれもあっというまに過ぎ去って二度と還ってこないのである
そして何か人生を悔いる人は多いだろう、罪を悔いる人もいるだろう
老人になれば誰しも人生とか人間はこういうものだったのかと悟るのである

幸福の科学の大川隆法の息子が親を批判 (徐霊とか霊を語ることの危険ー宗教家は詐欺師?)


幸福の科学の大川隆法の息子が親を批判

(徐霊とか霊を語ることの危険ー宗教家は詐欺師?)

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https://onl.la/uZ1gL1U

●幸福の科学の大川隆法を息子が痛烈に批判(youtube)

このyoutubeには驚いた、あからさまに親なのにこきおろして詐欺師だとまで言っている良くそんな一家に育って洗脳されなかったのか不思議である
第一子供の時から一緒に育っていたからである
だからこの人は相当に自主性があり考える人だったともみる

なぜなら私は創価の家に育ってまるで創価から生まれて成長した人を知っていたからである、その人は何の疑いもなく信奉していた
だからなぜ座談会で票を集めることが日々の信仰なのか政治と宗教が一体化したことに何の疑問も感じないのである
その人はただ何かかえって子供の時から素直であった、別に心が悪い人間ではなかった
だからこそ完全に洗脳されてそれ意外のものを見ることもなかった
ただ全身全霊染まってしまったのである
そして親が幹部であり議員になっていてそれで恩恵を受けていたから御利益受けていたからなおさらであった、つまり自分の利益と家族の利益とが一体化していたのである
自分が信仰して運動することが家族にとっても自分にとっても利益になるからいいことだったのである

宗教で御利益を受ける、金が集まる 世俗的恩恵を受けることの危険

だからこの幸福の科学の息子が全く逆で反発して親をこきおろしていることには驚いたのである、もともとそういう家で育ったていたのに親をこきおろしている
それで裁判沙汰にもなっている、普通はこういうことはなかなかできない
幸福の科学とは何なのか良くわからない、創価と違うのは高学歴の富裕層とか経営者が多いというときそれも創価と違っている
創価は下層階級が多いからである、それは共産党と同じである
そこである市営住宅地では創価と共産党が二つに分かれている、どっちかに所属しているどっちかに所属しないと住んでいられなくなっていると見た

●創価と幸福の科学とかオウムの相違

そしてなぜ創価がオウムのようにならなかったか?

それは会員の相違である、幸福の科学とかオウムは高学歴でありオウムの場合は理系であり頭のいい人達であり庶民ではない、そこから異常化したのである
庶民を馬鹿にしていたのである、ところが庶民というのは馬鹿ではない、底辺で生活していても社会的常識をもっている、だからかえってオウムのような馬鹿なことはしないし
そんな損になることはしない、損得から考える、むずかしい理論とか何かそういうことから考えない、生活に根ざして得すればいいと考える
だからサリンをまいて殺人者になることないのである、そんなことして何になるのだとなる常識が働くからである、その点は評価できるのである
ただ創価というのはやはりファシズムにもなり自ら考える人はいない
創価の家庭に育った人は全く百パーセント何の疑問もいだくことがなかったのである
だから幸福の科学が親を詐欺師だというのには驚いた、そういう家族に育って洗脳されないことに驚いたのである

宗教は危険なのは実際は詐欺師だということである、そうなりやすいのである
宗教ビジネスにもなりそれで幹部が金を集め御利益を得ることになる
この息子も言っている金目当てであり地位と権力目当てだとしている
これは創価と同じである、目的はそこにあり本来の宗教とは違うのである
だから宗教がなんとかかんとか言うのは騙しであり詐欺だとなる

宗教で御利益を受ける、金が集まる 世俗的恩恵を受けることの危険

宗教の問題が心の問題とするとき宗教によって世俗的な利益を得ることは危険である
結局世俗以上に権力や地位や金を得るためのものになる
そしてそれが宗教だとなり一層励むことになる、議員になって地位と金を得たとかなると御利益が得たとしてさらに励むことになり他者にも奨める
でもみんなそうはならないのである、ではならなかったらあなたは信仰がないからだとなる、もっとも拝めとかなるだけである
結局権力地位金を求める宗教となり全く宗教とは関係ないものとなる
そこで宗教を手段にするからその人格まで歪んでくる、二重人格になりジキルとハイドになるのである、何も別に世俗だったら権力、地位、金を求めるということが普通だから
いいとは言わないにしろ矛盾はしないのである
だから自民党だと常に賄賂をもらうとか日常的にもなる、それが政治の世界だとなるからだ、それが宗教だとなると清潔を求めるから矛盾するのである
だから政治にかかわらないのがいいのだがカトリックでも政治化してルターの宗教改革が起きてプロテスタントが生まれたのである

●除霊とか霊を語ることの危険ー奴隷の霊が与えられる

霊言とか徐霊とかもこれは本当に危険である、神が与えることしかそれはできない
永遠の命の霊は神しか与えることができない、人間にはできないからだ
その神のような役割をするということは冒涜であり偶像化である
宗教にとってこの偶像化は一番危険である
なぜなら宗教の発生は偶像否定からはじまったからである

神とは妬む神として現れた

これも不思議なのだけどあまりに偽りの神を多くのものが動物でも植物でも石でも神とてし崇められたことで神は妬んだのである
またその最たるものとして人間も神化するのである、大川隆法が神となり偶像となっていることでもわかる、つまり宗教詐欺師なのである、池田大作もそうである
ただ違っているのは池田大作は庶民的であり庶民の王と言ったように庶民を相手にしていたから違っていたのである、そして自分自身も仏だとか言うようになったからやはり偶像化したのである

人間自身が神となり偶像化することが多いのである
歴史を見て見ればわかる、エジプトでも巨大な神像だらけでありギリシャでもゼウスでも巨像になる、なぜ巨像になるかというと人間個人が神に見えないからである
人間の様な小さなものが神でありえないとなるからだ
だから人間を神とみることより巨大な神像が神となるのである
それは大仏でも巨大になれば神となり偶像ともなる
だからどうしても人間のように小さいものが神になりえない神とみないのである
だからイエスキリストが神の子ととして現れたとき誰も認めなかったのである
どうして人間が神であるのかとなるからだ

では神とは一体何なのか?

それは永遠の命を与えるものであり持つものだとなる、それは目に見えないものなのである、それを与えられるのは神しかいない、いろいろ神があってもそれが唯一の神である
大川隆法は神ではないし永遠の命など与えることができないしそれで大詐欺師だとなる
偽りを語るものでありそれは相当に危険でありサタンだともなる
その罪は相当に重くなる、偽預言者の罪は大きいのである、要するに神を語りこの世を支配するのがサタンだったのである、カトリックなどでもサタンに乗っ取られたものだというのもそうである

つまり奴隷の霊がさずけられる

聖書箇所 ローマ8:14〜25                

神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

幸福の科学でも創価でもカルト宗教団体は必ず奴隷の霊を与える、そして人間を呪縛して支配するのである、それは会員だけではない、幹部でも呪縛されているのである
だからサタンに乗っ取られている団体なのである

●なぜこれだけ宗教の信者がいて世の中は変わらないのか?

宗教の最も不思議なのは奇妙なのは宗祖がいたとして今現実にカトリック教会であれ信徒団体であれ本物のイエスキリストが再臨したら絶対に大聖堂があっても入れないのであるそれは他の宗教でも同じなのである、日蓮が再出現したら信徒に会員になぶりころされている、これは本当である
日蓮大聖人とか崇めていても本物が出現したらお前だけはこの世にあってはならないとなる、それはイエスキリストと同じである、この世に枕するところなしであり寝る場所もないのである
つまり確かにいろいろこの世は変わっても人間自体が変わらないからそうなっているのだもしそうした宗祖が思い描いたものが実現していればそんなことはありえないのである
依然として人間は欲が消えないし欲望をの実現のために宗教でも利用しているだけなのである、その欲望を否定する宗祖は許されないのである、排除されるからこの世は変わらないのである

キリスト教信者であれ仏教信者であれイスラム信者であれこの世にこれほど実際にいたらこの世が天国になっているはずなのである、実際は全くなっていない、人と人は国と国でも争い続けているからだ、かえってその争いは苛烈になっている
またもう日本だったら義理も人情もないとか殺伐になっている
義理人情すらないのだから愛とか慈悲などありえないのである、もう人間は堕落して獣のようになっている、科学技術がこれだけ進歩しても人間はかえって心の面で退化しているのだ

人間はもう争いが極点に達して滅亡する日も近いと感じる、仏教なら末世なのである
日蓮は日本から聖賢君子が去って乱れて滅びると予言したけど今がそうなのである
義理人情すらなく偽りの詐欺師の宗教がビジネスとして金をもうけに精を出す、まさに聖なるものもサタンに乗っ取られたのである
つまりこの世を支配するのは依然としてサタンなのである、そのサタンを支配するという時人間の欲望が消えないからである、そしてこの世を左右するのは権力である
その権力も変わる、数が権力ともなりまた科学技術も大きな権力となる、だからオウムとか幸福の科学でも科学となっているのである、でもそれで理想の国など来ない、災いも生れるのである、それが原発事故だったのである

●規制のものが崩壊する年の恐怖

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何か規制の物が崩壊してゆく序章となるのが今年かもしれない、大変化になる年になる
現実にこれは津浪とか原発事故で経験した
自治体が崩壊してゴーストタウンになったとか自分自身の家族も崩壊したとか家族が今崩壊している、親は子を捨てている、めんどうみれなくなっている
銀行が崩壊するとか資本主義自体が崩壊するとかにもなる、日本の貧困化が深刻なのである、資本主義自体が崩壊してゆくともなる
また米中冷戦で台湾有事で日本は分断されるかもしれない、中国派とアメリカ派で分断して二分される危機になる
戦後70年で大きな変化がくる、その痛みも大きい、虎年はやはりそういう激烈な変化の年にもなる、その序章ともなる

posted by 老鶯 at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年01月10日

冬の暮、冬薔薇、冬の鳥 (空家が増える日本衰退の恐怖)


冬の暮、冬薔薇、冬の鳥

(空家が増える日本衰退の恐怖)

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隣の空家の庭に咲いたボケの花



今日も来て老女やあわれ冬薔薇

ボケの花隣の空家に開くかな

空家の庭啄むものあり冬の鳥

空家の庭石のテーブル冬の暮

また一軒空家のありや冬の暮


自転車で回ると空家が気になる、ここも空家なのかなと気になる
それでその庭に入ってみたりする、それより隣が空家になって広い庭がある
隣だといつも見ているし庭に入っても誰もとがめない
それは街の無人駅でもそうだった、駅員がなくて何か変なのだけど自分が駅員になっていたのだ、聞かれることがありそれに答えていたら駅員になっていた
でも駅長とかにとがめられて禁止されてやめさせられた
その後に高校生の見守り役の人が常駐するようになったからだ
ただ無人駅になると日立木では駅がいたずらされていたのである

結局誰もいないとそうなる、でも今は誰もいないと思っても駅でに監視カメラがついていて見ていたのである、それで構内に入ってゴミ箱がどうなっているから見たら監視カメラで構内に入ったことで入ることが禁止された
だから駅は無人駅ではない、監視カメラがあり監視している
他でもそうである、誰もいないと思っても監視カメラが見ている、それで推理ドラマでは必ず監視カメラを点検して犯人を捜す、つまり誰も見ていないようで見ているのだ
それで不思議なのは田舎では誰も見ていないようで必ず見ているから注意しろとなる

無人駅でもJRの管轄であり勝手には何もできない、許可がないとできない
ということは無人駅は何か空家とは違う、空家は全く誰も見ないないし管理していないのである、となると勝手に入っても誰も無人駅のようにそれでとがめる人はいないのであるだからそこで寝たりしても誰もとがめいなということがある
ただ回りで知られたら怪しいとなるかもしれない、変な話だがそういう場所にホームレスとか泊まってとがめるものがいないとなる
ただ原発避難区域は空家だらけだけど見回り役が車で回っている
何か犯罪者が入るのでそうなっている、でも今になると金目のものはもうない
ただ空家だけになっているのだ、だから何か金目のものもないのだから盗みに入る人はもういないのである

ともかく空家問題はこれから相当に深刻になる、日本自体が空家化する恐怖である
2000万軒が空家になるというのだから空家だらけである、この辺ではそうしてゴーストタウンになったからだ
空家をどう活かすかが意外と重要な課題となっているのである
だから空家を自由に使ってくださいともなる、でも住む人はなかなかいないだろう
この辺では新しく移住した人達が新しい家を建てて新しい街を作ったとなるからだ
古い家を活かして住むとはなかなかならない、一部では住んでいる人もいる

北海道でも室蘭市で18万の人口が8万切ったとういのは驚いた
鉄鋼工場が廃止されてそうなったからこの辺の原発事故とも似ている
そこが雇用の場だったからである、でもその減り方が大きすぎるのである
また炭鉱だったところも夕張のようにゴーストタウンにもなる
温泉街も空家化してゴーストタウンになっている、日本がいかに衰退しているからそこでまざまざと可視化されているのだ,シャッター通りでもそうである

とにかく隣の空家でボケの蕾が開いていた、寒いのによく開いたなと感心した
やはりすでに春は来ているのだ、ただ空家の庭で春を感じるのは奇妙である
そして空家でもヒヨドリなどが来て餌を啄んでいる、何か食べ物があるらしい、空家でも鳥にとっては空家でも食べ物があれば活きているともなる
ただ隣の空家は新しく家を建てて移ったから事情が違っている、同じ町内に住んでいるからだ

家に来たの老女が一人である、別にこの女性が手伝いさんでもない、そもそも普通の人より老いたから来る度に腰いたいとか体の不調で何もできないのである
ただ一人でいるのもまずいと思ってその人から身近な情報を入手しているだけである
そのために金を払っているとなる

とにかく今年はどういう年になるのか?波乱の年なのか?寅年でやはり激変になるのか?その公算が大きい、もしかしたら最悪の年になるかもしれない
ただこの最悪の期間をしのぎぬけると何かいいことが起きて来る
戦後の焼け野原から立ち直ったようにである、その苦難の時が戦後70年で来ているともなる、だから何か様々な苦難が襲ってくるのである

悲観論が多いが自分の調子はいいのである、介護十年してその後も何か回復しなかったが回復してきたからである

では良いお年を・・


2022年01月09日

2022 Happy New YEAR-abstract painting-abstract rivers


2022 Happy New YEAR-abstract painting-abstract rivers


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他のブラウザではクリックして大きなサイズで見れます

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なぜ抽象画をこうして私は作りつづけているのか?また続けられるのか?
これが自分でも不思議なのである
これは全く自分の才能ではない、他者の絵とか写真を利用して変化させているだけである何か創作的なものがないのである、機械的にコンピュターのソフトで作りだしているのである、要するにAIで作りだしたものを選んでいるというだけである
ただAIにはそれを評価することはできいない、評価するのはやはり人間なのである
川でも多様な川がある、実際に激流の川があるがそれは私はロシアのアムール川で見たのである、実際に見たことでイメージできるとなるからだ

ただこの私のしていることがどうしても著作権に触れる場合がある
何か変化してオリジナルなものとまるで違ったものになればわからない
ただ似ていて見抜かれることがあれば盗作となり著作権にふれる
でも変化することで別な趣のものとなっている

そうするとやはり創作になるのかともなる、音楽だったら編曲なのである
このコンピュターのソフトによる抽象画は大量生産できるのは全くソフトで機械的に作り出しているからできる
その材料がインタ−ネット上に無数にあるからだ、それで種が尽きることがないのであるただこうして新しい芸術はなかなか評価しにくいだろう
そもそも自分でも評価できないところがある、全く絵の才能がない人が絵を認められるのかとなるからだ


今年も抽象画を作り続けますので鑑賞してください


Why do I continue to make abstract paintings like this? And how can I continue?
This is a mystery to me.
This is not my own talent at all, I just use other people's pictures or photos and change them, there is nothing creative about them, they are created mechanically by computer software, in short, I just choose what AI creates. It's just that the AI can evaluate it.
However, AI is not capable of evaluating them, and it is humans who evaluate them.
There are various kinds of rivers, and there are actually rapids, which I saw in the Amur River in Russia, because I can imagine them by actually seeing them.

The only problem is that what I'm doing may violate copyright.
I don't know if it will change in any way and become something different from the original.
But if it's so similar that people can recognize it, then it's plagiarism and copyright infringement.
But if you change it and it becomes something different.

But if you change it, it becomes something else... If it's music, it's an arrangement.
The reason why this abstract painting using computer software can be mass-produced is because it is created mechanically by software.
This is because there are countless materials available on the Internet, and the seeds never run out.
In the first place, it is difficult for me to evaluate it, because I wonder if someone who has no talent in painting can appreciate it.


I will continue to make abstract paintings this year, so please enjoy them.



2022年01月08日

室蘭市の人口が18万から8万人以下に (原発事故と同じように自治体が維持できなくなる恐怖)


室蘭市の人口が18万から8万人以下に

(原発事故と同じように自治体が維持できなくなる恐怖)

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2040年になるともう北海道が維持できるのか?減り方が大きい
2040年は遠い先ではない



室蘭市は4日、住民基本台帳に基づく人口が昨年12月末で7万9986人となり、1937年以来84年ぶりに8万人を割ったと明らかにした。2021年の人口減は1593人だった。




過疎化が進むと地方税が上がるから産業が逃げ出す
産業が逃げ出すと働く場所がないから人も逃げ出す
逃げ出すと地方税が更にあがり、過疎が加速する

ちなみにな、青森と東京だと水道料金が既に2倍も違うんやで
2倍も違ったら企業の競争力なくなる
結果、産業が逃げ出して過疎化する

自民党が少子化放置したおかげで2027年位から東京、大阪、横浜、ギリ名古屋位しか現在と同じレベルの地方税で同じ程度の公共サービスが受けられない
他の地方都市は地方税上げるか公共サービスをガッツリ削るかしないとならないくらい困窮するだよ
これから特に顕著化するのが、舗装道路の維持と水道な
地方の水道は人口減でこれからドンドン値上がりする
舗装道路は維持費が捻出できなくなって幹線道路以外ボロボロになっていく

過疎化が進むと地方税が上がるから産業が逃げ出す
産業が逃げ出すと働く場所がないから人も逃げ出す
逃げ出すと地方税が更にあがり、過疎が加速する

ちなみにな、青森と東京だと水道料金が既に2倍も違うんやで
2倍も違ったら企業の競争力なくなる
結果、産業が逃げ出して過疎化する

地方はみんなそんなもんだろ東北の室蘭市と
同規模の町住みだがお金のある人は仙台の
マンション買って移住したし俺の同級生も
余裕ある人は仕事辞めたり経営する店閉めたら
県庁所在地の街のマンション買ってる
周りには言わんけど着々と準備してる
もうど田舎の小さな町には移住出来ない貧困層と
公務員とスーパーの店員しか残らんと思うわ

北海道の場合、町と町の間は原野になってるのがデフォだが
伊達ー室蘭ー登別ー白老ー苫小枚と町が一応つながってるからね

本州人は意地でも引っ越ししないけど北海道人は故郷じゃないないのですぐに移住する
本州の田舎なんて北海道の3倍くらいの密度で人が住んでるのに仕事は町役場しかないのに引っ越ししない

日本に必要なのは地方創生ではなく
地方清算。市町村が1718とか多すぎるし
合併して700に再編しろ。

天然の良港は山が迫っていて土地が狭いから港が衰退すると坂道を転げ落ちる様に町も衰退する
今の技術だと平地でも良港作れるからそっちの方が栄える
【北海道】2045年に5万人割れか 室蘭市人口推計 現在から4割減 [七波羅探題★] (5ch.net)


北海道だと太平洋フェリーで苫小牧に船で行く、それで十回くらい行ったので第二の故郷ともなっていた
それで室蘭市の人口が18万から8万以下になったというのには驚いた
ここにも寄ったが山がちであり平坦な所は確かになかった、だからここでなぜこんな人口が養えたのが不思議だったが鉄鋼生産があり人口を養えたとなる
高度成長期なら鉄鋼の需要があり日本が主に輸出していたからである
それで鉄鋼生産がなくなると働く場所がなくなり一挙に人口が激減した
その減り方にも驚く、こうなると自治体が維持するのが困難になる
それで青森で水道料金が二倍になっているというのも税としての収入がなくなるからそうなる、やはり地理とか地形とも関係して室蘭は発展しにくくかった
ただ鉄鋼によって支えられていたがそれもなくなると一挙に人口が激減した
苫小牧は平地があり工場地帯でもありそれでこうはならなかった

北海道はとにかく人口が減り過疎化するいうけど広いから原野のような所が多いから
本州の過疎化とは違う、都市と都市の間でも原野のような場所が広がっている
家と家の間も相当な距離がある、日本ではめずらしく人口密度が少ない広大な地域であるだから旅するのにはいいのである、それで苫小牧から室蘭から伊達市、登別とか旅したのである
そこに洞爺湖とか倶多楽湖 (くったらこ)があり樽前山が煙を出している
室蘭市は伊達藩の人がかかわって市になったというとき伊達市が近くだからそうなった
あの辺はまだ都市がありそれなりに人口がある場所とは思っていた
でも北海道は人口の減り方が大きい、この図を見て驚いた
こんなに減るのか?これはショックである、北海道が維持できなくなる!
それでもう中国人にでも土地が買い占められるているとなる
何か日本自体がこうして衰退してゆくと外国人が自ずと入ってきて土地でも買い占めるしまた経済的にも中国人が入ってきていつのまにか戦争するまえに占領されていたとなる
でもそこに住む人にとっては経済的に立ち行かなくなれば土地でも売って金にしたいとなる、人間は国のただとしても自分が食べてゆかねばならないから背に腹は変えられないとなるからだ、右翼でも土地を売るなとしても保証してくれることはないからである

ともかく鉄道でも歯がぬけたように半分以上なくなっている、もともと炭鉱の石炭を運ぶために鉄道が小樽とかでもできたのである、その炭鉱がなくなり次に室蘭だと鉄鋼工場がなくなる、では農業がどうかというとこれも常に金にならないとかで放棄する人が多いとなる
でも羊を飼うためにモンゴルで一年暮らし人が船で帰る時一緒だった
その人はテレビにもでていた、冬は寒く一回りやせた言っていた、畜産の大学に学んでいた人だった、その羊を飼うにしても結構経営としては厳しいものとなっていたろう
ただ旅行するならいいが現実北海道で農業をして暮らすとなると厳しいとなる
美瑛の農家のライダー宿では農業は金にならない嫌だとして中国の方がいいと言っていたのもそうである、それだけ農業は楽ではないのである

今は北海道の人口は偏っている札幌に四割とか住んでいるとなっている
その回りは広大な原野のようなものが広がっているのだ
それが何かこの辺とだぶって見えるのだ、原発事故で避難区域は大熊、双葉、浪江、小高区などが未だに田畑は回復しないし原野化しているからだ
津浪と原発事故で一時この辺は海岸沿いが湿地帯化した釧路湿原のようにもなったことに驚嘆した、それでそれが美しとプログに写真をのせたら批判されたがその光景が信じられないものであり奇跡のようにも見えたからである
そこに新たな美が創生されたからである、もともとは日本はどこも釧路湿原のような湿地帯でそこは息をのむような美しさがあったのだ

室蘭市なら鉄鋼工場がなくなり極端に人口が減った、この辺は原発事故で原野化して人がすまなくなり町や村がゴーストタウンになった、そこが似ていた
別に原発事故がなければこの辺は豊かだったとなる、それが一転して寂れて人が住まなくなったとなる、ただこの辺と室蘭市とかの相違は意外と交通的に東京に近いから原発でも東京へ電気を送るために作られた、東京の影響は常磐炭田ができたときも受けていた
石炭とか石材を東京に運ぶために鉄道ができたともなるからだ
それが近いから北海道より東京の影響を良くも悪くも受ける地域だったのである
北海道は東京から離れすぎている、また青森にしてもそうだし秋田とかでもそうである
不思議なのは秋田にコロナウィルスの感染者は非常に少ない、オミクロンでもゼロなのである、でも福島県では10以上とか青森でも数人すでに感染している
秋田では感染していないのである、新潟県でも70人と意外と多い、これは何なのか、やはり交通とか関係している、新潟県でも新幹線が通っているし青森でも通っている、すると人の往来が正月とかにあって感染したとなるからだ
つまりウィルスは確実に交通と関係して人から人へ広がるのである

とにかく日本が縮小してゆき衝撃はすでに始まてっいる、ここで原発事故が契機となったが他でも同じようにあったのだ、それは全国的なものである
南相馬市とかでは室蘭市のように減っていない、18万から8万以下になるのは衝撃である、さらに減ってゆくのである
北海道の人口の減り方は尋常ではない、このグラフを見て驚く、もう北海道は維持できるのかというレベルである、そこで中国人に土地を買い占められるというこも納得した
原野として土地でも山でも持っていても何もならないから売られるということである
だから税金でも投入して買わないともう維持できない、すると防衛の問題が生じる
北海道の土地が中国人に買い占められロシアでも空洞化した北海道に侵略するとなる
一時太平洋戦争が終ってもロシアが稚内とかに攻めてきて戦ったから北海道が日本の領土として維持できたことでもそうである,ロシアが侵略してくるのである

ソ連軍は北方領土を次々と侵食して行ったが、北海道本島にはすでにアメリカ軍が進駐しており、ソ連による北海道割譲の野望は砕かれた。当初の計画通り、占守島が1日で占領されていたら、北海道もソ連の手に落ちていたことは間違いない。

島を死守し、民間人を保護し、祖国を守って戦い抜いた男達は、戦闘終了後も帰国できるはずが連行され、極寒のシベリアで奴隷労働に従事し、多くが命を落とした。(ちなみにこの明らかな国際法違反の拉致虐待犯罪による被害者は200万、死者40万とされている。)
http://www.suzaku-s.net/2007/07/shumushu.html

こういう歴史があったのだ、北海道は日本を守るためにも重要なのである
境界になる所はそうである、与那国島などは2000人もいない島でも日本国土の防衛としては重要な島になる
日本はこうして内外の危機二さらされている、そこで今年はこうした危機が表面化するかもしれない、台湾有事ともなる、津軽海峡をロシアと中国の艦隊が通り過ぎたというのもそうである、何かきな臭くなってきたのである
自衛隊が石垣島とかに軍の基地を作ったりミサイル基地を作ったり中国の侵略に備えているとかも見て戦争の準備しているかとも見たからである

いづれにしろ北海道は詩とか絵でも本土にない大陸的な光景が広がる、それで貴重なのである、日本では南国があり北国があることで島国でも自然は変化に富んでいるのである
それで旅しても飽きない国なのである、中国は広いにしてもどこまでも平野がつづいていて飽きてしまうのである、満州でもどこまでもトウモロコシ畑で飽きてしまったからである、単調な風景が延々とつづくだけだったからである






posted by 老鶯 at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2022年01月07日

青年に告ぐー自分を小さく見積もるな―大望を抱け (できることでもできないと思う先入観)


青年に告ぐー自分を小さく見積もるな―大望を抱け

(できることでもできないと思う先入観)

人間はどうしても先入観がありそれで左右されてしまう
私は最初から自転車旅行はできないと思っていた、あれは特別な体力がある若い人がやるものだと見ていたのである、これを20代に体力あるときにそう思っていたのである
そういう先入観があってそうなっていた、実際は自転車旅行は登山より楽だということがしてみてわかったのである
なぜなら疲れたら休めるし食事でも飲み物でもとれるからである
それで北海道旅行でも一か月したとしても一日休んでまた行ったのである
だから体力なくてもできなるとわかったのである
それは40代だったし別に50代でも行けるし60代だってできる
登山は体力ないとできないし危険になる、疲れ方が異常なのである
そして飲み物でもとれないし食事することも山小屋とかでしかできないとかなる
その山小屋すらなこともあるからだ、だから遭難ということがありそのため登山をやめたのである

それから海外旅行で失敗したのはこれもできないと思っていたのである
言葉も通じないしそんなところでどうして海外旅行できるのかと思っていた
それも一人旅ができるのかと思っていた
それも田舎にいて何かそういう情報にうとくなっていた
なぜなら円が80円のときがありその時はみんな海外旅行に金がなくても行っていた
中国に三回行ったけど物価が十分の一くらいの時があったのだ
だから今になると信じられない、都市部ではもう日本と変わりないとか高くさえなっているのである
海外旅行は本当に言葉が通じなくてもできる、なぜなら世界中が観光化しているからである、英語は中学英語くらいわかればいいともなる、もちろんそれ以上できれば楽である
ところが英語など全く通じない場所が世界でも多いのである
それでも海外旅行ができる、全然言葉が通じなくてもできる、若い人は感が働くから若い時は有利である、適応性があるからだ、私は50歳なって行ったからひどい目にあったのだ、でもその時初めて英語で外国人と話した経験をしたのである


人間はこうして先入観がありできないと思いこむ人が多いのである
それはおそらくあらゆることにそうなのかもしれない、私にはできない、他人はできるが私はできないと思い込んでしまっているのだ
それは環境とか時代も影響している、家族でも海外経験ある人がいればその人から直接聞けるからだ、そうでないと狭い田舎とかではできないと思いこんでしまうのである
だから家族環境とかがその人の一生に相当に左右するとなる
どんな家族に生まれるかで普通の人は一生が決まるとまでなる
どうしても人間的刺激は都会だと受けやすい、田舎では受けにくいのである
東京だといろいろな働く場所があるのも違っている、田舎だと知的な仕事など限られている、だから建築関係とかが多い、それで仕事がないから双葉とか大熊とかでは出稼ぎであり地元で働きたいと原発を誘致したのが失敗になったのである


そして家族でも実際は様々な家族がいる、その家族のことも異常な家族でも異常だと気づかないのである、自分の家族は普通の家族ではない、でも異常だと気づかないのである
家族とはそんなものだと思うのである、家族だけではない日本人として育てば日本人的な思考とかになる、だから日本を語れる人は外国生活を経験した人なのである
それは比較して日本が見えるようになるからである
日本を知るには相対的に見ないとわからないのである、日本で当たり前のことが外国では違ってくるしその逆でもそうである、だから留学経験は相当に価値あるものとなる
ただ語学を学ぶというだけではない外国を知り日本を知ることで価値がある
旅したくらいでぱわからないからである
本でもテレビなどを見ても実際はわからないのである、百聞は一見にしかずになるからだ
そして人間というのは自分を低くみつもる、俺はたいしたことがない人間だ、才能もないとか思いこんでいるのである、もちろん自分自身がそうだった


何にもいい所がなかったからだ、だからこの人は何にもならないと見られて当然だったのである、学校ではこの人は何にもできないと見られていたしそれも本当だったのである
体力もないし内向的だしぱっとしないそれより馬鹿のようにしか見えなかったのである
現実そういう所があった、私はどうしても集団生活になじめないのである
ただ別に天才のように優秀だからではない社交性とかなかったからだった
それが家族のもとを脱出して大学に行ってから変えることができた
一時体育会とか入りそんな大学の体育会でやれると思わなかった、それも体育会がどんな所か知らないので入ったのである、そもそも大学とはどんな所かも知らなかったのであるその頃大学というものを何か理解できなかったのである
もし体育会がどんな所か知っていれば入らなかったとなる
つまり知らないからそんな危険な場所に入ったのである、私はなんとか虚弱体質だから
強くなりたくて入ったのである

つまり人間とはこうして常に先入観を持っている、そんなことできないよとかなっているのだ、そういう人も多いのである、ところが人間の可能性は実はその本人もわからない
未知なのである、また生まれつきでも決まらない、天才は別にしても普通の人はそうなのである
例えば自分を見た師はこの人は何にもなれないと見ていたのである
それも当然だとなる、何か優れたものもなかったからである、多少文学的才能があったとしてもそれもあまりにも目立たないものだったからである
そして師とかは必要でもその危険はそうして自分の様な者は確かに低く見積もられても当然であった
でも将来はまだ30年とかあるとすればそのうちに人間が変わってゆく
どうなってゆくかわからないのである、何か不思議なのは60越えて70になってからとか理解力が深くなったのも不思議である、やはり死が目前に迫ると人間は目覚めるとかなる

そして師は必ず弟子を低く見積もる

これが師の問題なのである、お前はそんなものだよとかなる、とても大物にはなれないとかなる、確かに若い時見てればそうしか見えないのである
一般的に師は弟子を低く見る、そして弟子を奴隷のようにすることもある
ただ師を讃美するだけの弟子にしたいのである
だから俳句とか短歌の結社とか師でも多くいるがそんなものに従っていたら大物にはなれない、そんなところで師とかしているのは自分が偉いと見させたいためである
それらはみんな小物でありそんなものに従っていたらその人独自のものは発揮できない
そういう所はデレタンとが多いのである

例えばお前はネズミだからお前はネズミとして生きるほかないとかなる
でも人間は何ものかわからないのだ、将来はライオンとなりまた龍ともなるかもしれないただ師は必ず弟子でも低く見積もる、なぜなら自分より大きく偉くなるとかしたくないからである、だから小物でも師として威張っていたいのである
最も恐ろしいのは師が偶像化して師のロボットにされることである
カルト教団の教祖とかは最も危険である、一切のその人の個性は無視され教祖のロボットとされるからである、その人自身を生きることがなくなるのである
その人生は師のコピーとしてロボットとして生きることしかなかったとなる

そもそも人間は自分を自ら低く見積もっているのだ、俺はこんなものだとか見ている
でも人間の可能性はわからない、自分自身にとっても未知なのである
そして人生でもどう展開してゆくかもわからないのである
そうして思わず時代の英雄とかになった人がいる、それは時代がそうさせたのである
明治維新とかではそうである、だから三島由紀夫とかでもいくら英雄になろうとしてもなれない、英雄でも時代が作るからである、平和な時代にはなれないのである

ともかく俺はこんなものだよ自分と低く見積もるなとなる、さらに人生百年時代になるともう60才でも序の口だともなってしまうからである
今youtubeでも70代の人が語っている、若い人になるとどうしても人生を語りにくいが70代とかなる語れるとなるからだ
それだけ人生が長くなるとやはり人間は成長してゆく、とにかく理解力が深まるのである理解できないことが理解できるようになる、私は何か本を家を傾くほど買って読んでいたが理解するものはわずかだった、でも今になると自分なりに理解できるのである
だから評論に向いていると思うようになったのである

人間は成長しつづけるものである、そして世界は未知に満ちている、わからないことがいくらでもある、だから探求は死ぬまでつづくとなる
神はあなたを大きくしようとしている、そのためには自分は低く見積もらないことであるまた若い時から結果を出そうとしてあせらないことである
無駄飯を喰らってでも生きているとかの図々しさも必要になる
意外と引きこもりは社会から離脱して大自然と融合してゆくから何か大きなものと一体化する、でも社会だと現代文明はどんな仕事であれ部品になるから小さくされるのである
大鵬のようになったりしないのである、ただ正直そこにも大きな問題があった
自分自身は別に天才でもなんでもない、普通の人間でありむしろ普通の人間より劣っていた、才能があったとしてもそれはわずかなものだった

私は何か優秀だから天才だから引きこもりとかになったのではない、ただ社会に適合できない性格でありまた何か体もそうだったのである、集団の中にいると異常に緊張していられないからである
ただそこで社会常識すらなくなっていたのである、これも大きな問題だった
社会に生きる限り社会常識は必要なのである、それがないとニーチェとか狂気になって終わる、それはそれで認められるが引きこもりとアウトサイダーは何か社会から逸脱しまたそうなりやすいのである
俺は社畜だとかただこきつかわれるだけだとかしている人間も問題だがアウトサイダーも何かおかしな方向に行ってしまうのである、それで「小人閑居して不善成す」となる
それを自分自身が経験しているからである
閑居できる人間は実際は相当な社会常識もあってまたそれを逸脱できる人間でもあるとなるからまれなのである
つまり普通の人はできないのである、だから引きこもりとはそうして必ず不善な成すから危険にもなる、そういう人が60万人もいるということはやはり問題なのである
そんな優秀な人などもともといないからである、だから不善を成すとなり危険になる

汝は大望を抱け、まだ見ざる驚異の世界のあり
この世は未だ未知に満ちている
万年雪のヒマラヤの高峰を仰ぎ、グランドキャニオンを見
モンゴルの平原を望み中華大陸からシルクロードへ
汝は大鵬となりかなたへ飛ぶ
そを大いなるものを知られざるかな
雌伏百年汝は巨大化して大木となる
汝は百年黙想して大自然と同化せよ
一切の雑音を拒否して岩ともなりて
その場を動かざれ
汝は汝を低く見積もるな
汝は汝は知らじネズミとして自分を見る
他者も汝をネズミとしてしか見ない
ネズミとして同類と見るのだ
しかし汝は龍ともならん
大いなる自然に変化する
汝は思わざる所に行き神の業を見る
この世はすべてではない
汝は新しき天と地を見る
神の国は汝に与えられる
永遠の命が与えられて神の国に住む
そこにこそ真の実りがある
偽らざる実りがあり神とともに歓喜に生きる
そこには絶え間ない喜びがあり神の祝福がある
大調和の音楽が地の果てまで宇宙の果てまで
統一されてひびきわたる
一なる神が指揮をとり乱れることはない
さらなる全能なる神の業が成り統べる

詩を作ることは自然と一体化するアイディンティティ化することである
すると石や木や山でも沈黙している、すると同じように沈黙しないとアイディンティティ化できないのである、それを自分は一人で田舎でしてきた
私は引きこもりでも家族に責められたことがないのである、旅するにしてもどこにでも行ってみなさい、外国でも行ってみなさいと奨励されていたのである
だから家族の影響は大きいのである、自分を作ったのは姉と母だったとなるのである
ここで争っていたにしてもそうだった、そうして沈黙の行者のようになり大自然と同化することをしてきたのである、そして詩を作っていたのである

ともかく今が一番人生で充実している、ただ介護十年間は本当に心身ともに消耗した
それがだんだん回復して今が一番充実している
もともと自分は長生きできないと思っていた、体力的に思っていた
でも私の母は華奢であり重いものも持てないような細身の体だった
自分も似ているのである、でも百才まで生きたのである
だから意外と体力があるとないとか関係なく長生きする人はする
そして人生とはマラソンなのである、最初トップを走ってもつづかない、ところが徐々に後ろから上に上がってくる人がいるのだ、後半の10キロそして最後の5キロが勝負なのである、だから今私はゴール前の死の前の5キロに来ている
つまり勝利のテープ切ることが見えて来たともなるのだ
最後の力をふりしぼって栄冠を得る時に来ている
何でも今になって深く理解できるし気力も充実しているのである