2022年01月04日

公明党の闇、遠山議員の逮捕のyoutubeの解説 (新聞、テレビは権力と結託して利益を得るもので衰退)


公明党の闇、遠山議員の逮捕のyoutubeの解説

(新聞、テレビは権力と結託して利益を得るもので衰退)

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遠山議員一個人でしたのもはなく公明党組織がかかわりしたことだと説明している
ということは創価でも組織的にかかわったことにもなる
なぜなら創価と公明は一体だからである
だからこそ外部から今度は罰当たる地獄に落ちろとか言われるのである
日頃常にそういうことを言っているからである



このyoutubeはわかりやすかった、要点は突いている
元ジャーナリストのプロだからだろう、公明党議員が遠山が逮捕されたことを説明していたがなるほどなと納得した
公明党が長い間自民党と一緒に活動している内に自民党と同じくなったという
私はそう見てない、そのことは前から言ってた
そもそもここで説明では公明党が組織的にしていたのでありそれは創価学会も組織的に加担していたと同じなのである
公明党は創価学会とは別だというけどそのことは前に書いてきたけど創価というのは選挙が信仰の戦いであり選挙に勝つことが仏法の勝利と位置付けている
だからあらゆるか活動が結局は選挙に勝つことであり堂々と幹部は権力を奪取すると公言しているのである
それが理論的にも王仏冥合として正当化されているのである
だから権力をとることは教理に反しないのである

そして不満分子を集めて御利益、御利益、権力、権力とか地位を奪いとか金になるとか
御利益御利益しかないのである
こういう団体が当然遠山議員のようになるのは必然である
365日そうして活動しているのだからその延長として当然賄賂でもなんでも御利益になることを容認することになる
ここでは実際一個人ではなく公明党ぐるみで行っていたことなのである
それを説明していたからわかりやすかった

そういう地位にあるといろいろ相談に来る人がいる、するとその人に利益を与えるのには権力をもっていないと地位を持っていなとできない、それが自民党は元々できていた
だから自民党と一体化して権力をもち分けてもらいその権力で御利益を配分する
そもそもそういうために組織化して団体化したのである
それが宗教団体になっているから偽善になりおかしくなっているのである
何か御利益があるんだとみんな入ってくれるからそうして利益を配分することでも強いられる、何か信心など関係ないのである

ただ関係あるのは罰当たると地獄に落ちるとか絶えず言っている
そうした悪党でもそういうことを常に言うし集団でも脅すから悪質なのである
つまり創価とは悪僧集団なのである
ただもし自民党のようにあからさまに権力を利用して政権を維持するというのであれば
その悪はわかりやすいのである、創価とかカルト教団のわかりにくさは宗教を看板にしていることである、もしここは暴力団ですよという看板を出していればわかりやすいが宗教を看板にしているからわかりにくくなる
またそこに入ると人も御利益を権力を得たいという人達が入ってくる、動機は信仰など求めていないのである、ただカルトだからいろいろな人がいる

人間の社会がわかりにくいのはこうした偽善とうのがあり何がなんだかわからなくなる
そうして結局陰謀論になって終わるのである、悪は見えないからそうなるのである
悪でも美名の下に隠されているからだ
それでこの世を支配するのは闇の主ーサタンだと言われるのである
日本の戦争でもどうして戦争になったのか、それも明確にわからなくなっている
いろいろ追求してもそれも闇の中にあり闇に葬られるとなる
戦争でも宗教になると聖戦とか日本は神の国であり勝つとかなる
でもどんな戦争でも戦争自体は人を殺すのだから否定される、ただ旧約聖書の時代は神が関与したものとして別だったのである
でもモーゼの十戒でも殺すなとしたが他民族はこの法は適応されなかったのである

人間の複雑とか問題はこうした偽善が多すぎることなのである
何か善を装うからわからなくなる、だから親鸞のように俺は大悪人だというときそういう人は宗教家だったとなる、でもみんな善人になっているからわからなくなるのだ
人間は本当にジキルとハイドである、特にカルト教団と宗教に関係している人はそうなりやすいのである
信仰を説いても裏ではただ権力をとることであり自分の欲望を実現したいだけだとなる
そこに自己矛盾になっているのである、表は善人ぶり実は悪人だとなる
だから私は大悪人だというときそういう人は本当は大善人だともなる

いづれにしろここのサイトも急所をついている、山口県の自民党の争そいでもわかりやすかったし大阪で読売新聞が大阪府と役所と結託して収入を得ようとしている
それもわかりやすかった、新聞はもうネットとかに宣伝費をとられて経営できなくなっている、それで役所と結託して収入を得よとしている
それは福島民報がそうである、県で出資が半分していて後は創価の聖教新聞を刷っているこんな新聞社が何か県民の命にかかわるようなことを報道などしない
だから原発でも何らその危険性など報道しない、むしろ県がすすめているのだからそれに従うだけだとなる、大阪でも読売新聞が福島民報と似たようになっているからだ

原発の父」と呼ばれる正力松太郎は、独占的な通信網欲しさから原発を日本に持ち込み、田中角栄は利権目的で原発を利用した。こうして日本の原発は、その本来の目的とは乖離した、いわば不純な動機によって増殖を続け、そしていつしかそれは誰も止めることができないものとなっていた。
www.videonews.com/marugeki-talk/532

このyoutubeでも意外と急所を突いているし報道している、こういう報道が意外と今までのメデアはマスコミはしていないのである、だから報道はこんな二人くらいでもできるものだということだったのである
私でもプログでも一応報道できているのだ、すると自分が何かメデアもって力を持てたともなり何か報道しているうち使命感のようなものが生れてくる
何か社会にとって小さいにしても役割があると思えてきたのである
今までのネットだとそういうことはあまりなかったと思うがyoutubeとかで相当に普及したのである
誰でも報道できる報道局になれるということこれが報道で大きく変わった
今までだと報道は六局とNHKしかできなかったからだ
この変化は大きいと思った、公明党の内部ことなどあまり報道しないだろう

常にマスコミには権力団体から圧力がかかるからできなかったのである
このyoutubeでは読売新聞であれ仲間となると批判はしにくい批判できないとしている
仲間とな利権を得るから批判できなくなる
つまり原発でも東電とか政府とか電事組合とか専門家とか一体化した権力であるからこうして強力な原子力村が形成されたから誰も批判などできないようになっていた
内部告発もできない、だからこそ「安全神話」が生れた
また戦争では天皇を神として勝つとして三百万人が死んだのである
こういうふに批判を許されない強力な権力ができあがるとそれが国民に恐ろし災いをもたらすことを本当は国民が自覚すべきなのだがそれに対して無関心だった
そしてナチスなどが席巻して信じられない犠牲者が死者が出たのである
つまり権力を監視して権力の肥大化するのを止めることが必要なのである
でもマスコミもメデアもその権力と一体になり加担していたからもう批判はできない
批判したものは特高が来て刑務所に入れられたとなる

でもどうしても権力側につくと得だから権力を操作する者になりたいとなる
だからこそ創価は常に権力奪取とか公然と叫んでいたのである、だから遠山議員のような人が出てくるのは必然だったのである、革命で権力をとったら重要な地位につきいい暮らしができるとして活動しているからである
それは共産党でも同じである、それは中国を見ればわかる、結局人間は権力にこの世の栄華が欲しいから権力に魅せられるのである
それを公然と宗教の仮面をかぶって求めて日々運動しているのが創価なのである
創価と公明党が別のようにみるが全然違う、全く一体なのである
そもそも政治と権力は切り離せない、政治家が権力を握るものとなるからだ
そして権力腐敗する絶対的に腐敗するとなる

たがら報道する職業は権力と癒着しなことが求められる、でも実際は新聞でもテレビで
莫大な金がかかるからできなかった、それがyoutubeだと個人でも報道局になれる
プログだって新聞にもなる、だから自分自身こうしてプログで書いているうちにジャーナリスト精神が生まれてきたともなる
ジャーナリストでも今までは新聞社とかテレビ局とかに属していない限りなれなかったからだ、それが二三人でもまた一人でもテレビ局になり新聞社にもなることが変わったのである
ただ取材とかなると相当に手間であり権力がないとできないともなる
だからこそ権力と癒着して権力者と仲間となった真実が報道されなかったのである

つまりマスコミとかマスメデアは権力側につくものであり癒着していてただ利益を得るということだったから真実は報道されない、するとそのことで県民でも国民でも原発事故で大損害を受けることになったのである
だから奇妙なのは報道に向いているジャーナリストは隠者がいいというのも不思議だったでも隠者だったら情報を得ることがむずかしい、必ず人と接しなければ得られないからである、ただ利益と関係ないということで中立になり公平になることはありうる
また人間の習性として仲間をもてば仲間が優先となり忖度して仲間の利益を計ることになる
すべての団体でも組織でも会社でも公的なものでもそうである、どうしても仲間意識身内意識をもちその利益が利権が優先される
それはそもそも家族というのもそうである、家族も一つの強固な仲間であり団体であり組織でもあるからだ
だから意外と家族でも公平になりえないから家族だと犯罪でも証人になりえない、家族に忖度するからなれないのである
だから公平であることはほとんど不可能にもなる、だから神しか公平になれないとなるのである
つまり仲間を持たない組織団体に所属しない隠者が公平になりうるというのも逆説である


posted by 老鶯 at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

人生のコースが親に選ばれてしまう恐怖 (親ガチャでなくても親の言う通りにされた人生‐カルト教団の二世の問題)


人生のコースが親に選ばれてしまう恐怖

(親ガチャでなくても親の言う通りにされた人生‐カルト教団の二世の問題


人生の怖さというのはいろいろある、ただ何が怖いのかもわからないのだ

人生をどう生きるか?

これは本当は各自違っている、人生とは実際は時代によっても相当に違ってくる
だから親と話が合わなくなったり対立が世代間で生まれのは当然なのである
もし対立がない方がおかしいしそのまま親の言う通りの人生を歩むことは自分の人生を失うことにもなる
これは別に親と子の問題だけではない、社会でも世代間の対立がある
だから学生運動などがあったがそういうことが起きるのが普通なのである
若者が社会の不正とか何か不満があって抗議しないこと自体おかしいのである
親と子でも宿命的に対立するから反抗期がある、反抗期がないと人間はまともに育たないのである

私は父親が明治生まれであり酒屋の丁稚奉公だったのである、でも中学の時死んだ
そして自分の人生は親とはまるで違った人生を歩んだのである
それは母親でも働き詰めの人生であり遊びも何もない、花にも興味がない、金を使いたくないという人生を送った、だから人間味もなかったとなる
そして貧乏だから金があるようになっても使わないのである、貧乏に育った人は何かケチになる、金を使わないのだ、金があっても使わない、ただためるだけなのである

それで60歳で国から年金三万をもらった、別に年金を払わなくてももらっていたのである、5年待っているともっともらったとして悔やんでいた
それで百才まで生きたが金を使わないので一千万以上ためた、でもその金の大方が盗まれたのである、これも因果だったなと思う、何も使わないうちに盗まれて終わったとなる
金は使える時使わないと使うこともできなくなるのだ
つまり人生とは百才生きても限られているからである
使う時間がなくなるのである、金をためるのはいいとしてところがその金を使う時間がなくなるのである、いかに時間が貴重なものか老人になると意識するようになる
あと何年生きるのだとなることを考えてみればわかる
一日一日が貴重になる、もういつ死ぬかわからないからだ

人間は親の影響が非常に大きい、親によって人生のコースが決められる
もう親に決められてそれ以外ないとも一方的に決められる、医者の家に生まれたら医者になることしかないと強制もされる、それは開業医であれば医院があれば継いでもらいたいとなるからだ
でも医者に向かない人もいる、でも親の都合で強制されるのである
江戸時代辺りだと侍は侍の子として親の跡を継いでいた、そうしない禄をもらえないからだ、それで人生のコースに悩まないということにもなる
すでに決まっているからだ、その決まった通りに生きるほかないからである
でも明治以降職業選択が自由になったとき自分がどういう職業に就くか悩むようになったのである、それもまた苦しいとはなる
自由というのは意外と苦しいことになる、自分の適性にあった職業を選べるとしても簡単にそんな職業がないからである

例えば怖いのはカルト教団の家などは確実にそのコースが決められる、それは人によるが子供の時から家族ごと信仰していると完全に洗脳されてその他のことは見えなくなるのである、そしてもうカルト教団のロボットのようになり何も他のことを考えないのである
これは何かおかしいと疑問ももたないのである
それは親が家族全体がそうなのだからその方向は決まってしまうのである
そこに宗教というか家族全体がはまりこんでいるから逃れることもできないのである
特に素直な真面目な人だと余計にそうなるのである
だからそういうカルト教団の二世とかはそこから脱することが難しくなる

おそらくすべてではないにしろ医者の家に生まれていい医者になりそれが合った人も多いことは確かである、それはそれでいいとなる
でも合わない人がいるのだ、すると合わないことを一生することになる
それは患者にとっても迷惑だとなる、そういう人は優れた医者になりにくいからである
何でも好きこそものの上手なれとなるからである
医者は何か理論だけではない、手術するのに手が器用でないとうまくならないとかあり天性ものがあるらだか、何でも天性のものがありそれと合わないものをいくらやっても上手になれないということがある

自分の場合はまず父親とはまるで違った人生を生きたことになる
酒屋の丁稚奉公で貧乏だったと親が考えられない人生を生きたことになる
それはもし親が生きていたらとても許されないものだったのである
ただ早い時期に死んだから対立しないだけだったのである
引きこもりとなったり今は相当数いる、そして旅ばかりして就職もしなかった
だからこんな人生もありえたということが時代が変わったことなのである
それは親にとって想像もできない人生を送ったことになっていたのだ

親の言う通りになる人生は自分の人生を失う

つまり時代が変わるから親の言う通りになる人生は自分の人生を失うことになる
カルト教団などでもそこに親の言う通りになっていたら人生そのものを失うことになる
ただ親に逆らわないと結構楽だからそのままその道を行くことになる
なぜなら親と対立することは相当なエネルギーが必要になる
医者になれと言われても自分になれないとかあり別な道を行きたいとしても親に強制されるからだ
でも親に従っていると楽なことがある、親にいい子とされるからである
親と対立すると経済的に援助もしない自分で稼でとかなるからだ
あなたの人生は自由に生きなさいとうい親はほとんどいないかもしれない
自分の場合いは特殊な環境でそうなっていたのである
大学出ても職にもつかず放浪していたりして引きこもりであり後は旅ばかりしていたとなる、でも親にとがめられることもなかったのである
今は引きこもりが普通にいるからこれも時代が違ってきたからそういう人が普通にいるのである、もし時代が違っていたら何であれ働かざるを得ないかである

とにかく人生とは一回しかないのである

こんな人生失敗だった、別な人生がありえたとしてももう二回生きることはできないのである、そこで痛切に親の言う通りに生きて失敗したと後悔する
でももう人生は一回しかないからどうにもならないのである
その方向が決まるのは30までなのである、だから青春時代は人生の方向が決まってしまうから大事だとなる
例えば青春時代に享楽にふけり放蕩などしていると後でもう真善美とか追求できなくなるそこで向上する精神とかが奪われているからである
カルト教団に入った人は一生奴隷として終る、精神的奴隷として終わる
ただ親にしてみればそういう子はいい子だったとなるのである

親ガチャとか親のために駄目にされたとか言うけど別に医者とか恵まれた親でも親によって自分自身の人生が奪われることがあるのだ
親と全く違った人生を生きることが実はその人の人生を生きたともなる
なぜなら次代か変わると全く違った世界とか価値観に生きることがありうるからだ
親が生きた時代とはまるで違った世界に生きる
それが明治生まれの親をもった自分の人生だったのである

一見親の言う通り生きた人は親にとってはいい子なのである
それは逆に親によって子供の人生が犠牲にされたともなるのだ
また親ガチャというとき親が貧乏とかで何もできなかったとかなる
でも親が裕福でも医者の子供でも親ガチャはあるのだ
親とは全然違った社会になっていることがあり価値観も変わるからである
明治時代になったとき侍はなくなった、すると親の言う通り生きることできない
みずから自分の職業を探して自立するほかなくなったからである
また戦後でもみんな戦争のために国家のために生きていたがそれが敗戦でまるで変ってしまった、国家より自分の個性を生きろとかなったからである
明治になり戦後で社会が極端に変わったのである

それで70年周期で社会は極端に変わる、その時期が今なのである
その変わり目だから信じられないことが起きる
今までの価値観が通用しなくなる、そうした激変の時代になっているのだ
会社のために生きていてももう会社がなくなるとか終身雇用もなくなる
だから個々人で自立して生きろとかいうのもそうである
これまでの価値観が通用しなくなるのである
ただ若い人はそこから今までにない世界が開けて新しい人生を生きるともなる
70年ごとに大きな変化がくる、それが今なのである

だから今は明治時代でありまた戦後の焼け野原から立ち直った時代とも似ている
そういう大きな変わり目でありそこで大きな事件とか自然災害も起きるのである
津浪で村ごと流されて消失したというのもそうである
この辺では原発事故にもなり信じられない変わり方をしたからである
そういう激変が起きる、コロナウィルスでもそうである、何か世界的にも大きな変化が起きる、そこに相当な痛みも戦後の焼け野原のような状態にもなる
その後に新しい時代を社会を世界を見るとなる
でも戦後の焼け野原のように絶望的な状態になるかこともありうる、それは日本の貧困化ですでに現象化している
つまりどん底の貧困になり日本が飢餓状態になるということもありうる
戦後の焼け野原で食糧すら得られないということもありうる、そういう激変の時代が来ているのである