2022年01月14日

人間の情が喪失した社会の問題―情を育む村落共同体の喪失 (機械化社会車社会は情を喪失させた)


人間の情が喪失した社会の問題―情を育む村落共同体の喪失

(機械化社会車社会は情を喪失させた)

●情を交わす場の喪失

人間は幸不幸を感じるのは比較するときである、いい家に住んでいるとかいい車をもっているとか比較して幸不幸を感じる、あいつは頭がいいとか才能でもそうである
そこで不満が生れ幸不幸を感じる、一人っ子は親になんでも与えられるからいいと見るものもいる、でも一人っ子は遊ぶ兄弟もいないから親は不憫に思うとかなる
あらゆることが人間は比較して幸不幸を感じる

それは今だけではない、不思議に私は江戸時代が好きである、江戸時代をふりかえると
何か人間的でいい、景観もいいし旅するにも歩いて旅していたとかありなつかしくなる
今より人間的であり旅は道連れ世は情けとかなる、旅は歩いていると必ず道連れになり
そこで一時であっても人間的情を交わすことになる
車社会になるとそういうことは全くない、馬鹿野郎とか自転車で道を横切ったりする怒鳴られる、そしてその車の人はどこかへ情も交わさず去ってゆく

また鉄道だと駅の待合室が人間的な場所になる、そこで人は一時ちょっと見知らぬ人でも話ししたり合ったり別れたりする時間を待つ、また待つことが人間的時間を作りだしている、車だと道の駅があっても何かそこで待つ時間もないし話すことも情を交わすこともないのである、ただ次の目的地に早く着くとういことしかない、その土地とのかかわりもないのである
なぜなら鉄道の駅と道の駅とか特に高速道路のSAとなるとその土地とは全くかかわらないのである、鉄道だったら駅前通りができたりその土地と深くかかわって街が作られていた今は車社会になるとそうした商店街が郊外にイオンとかできてシャッター通りになった
それは車社会が作りだしたものなのである

だから必ずしも車社会が人間にとってすべていいとはならないのである
とにかく現代は情がない社会だというとき旅でもそうだが情を交わすことがなくなっているからである
例えば牛馬を農家で飼っていたりすると動物とふれる、すると動物と情を交わすようになる、それで娘が馬と結婚したという伝説も生れる
動物とふれることは情が通じるからである、だから今ペットブームになっているのは
犬猫と情を交わすことができるからである
人間より犬猫の方がいいとなるのも人間社会が非情化したからである
そうして私は特に車を嫌悪するのである、なぜなら車が情を奪うものとしてあったからである、もちろん車の恩恵は計り知れないことも確かである
ただ車が社会を変えて便利でも情無き世界としたことも確かなのである
するとどうしても車なき戦前とか特に江戸時代がなつかしくなるのである
だから浮世絵とかみると心がなごむのである
ここには人間がいたなとなる、今は車しかいないとまでなる

●旅は道連れ世は情け

ともかく人間は比較することで常に見ている、それは今という時代だけではない、時代の比較でみる、日本では江戸時代があることが現代を比較する見直すということで役にたつまた戦争の時代がありその時代をふりかえるときそんな時代に生れなくて幸福だともなるただ戦争の時でもそれが終わるとみんな協力していたとかなつかしがる人もいる
人間は一時代が終わるとそれをなつかしく思うのである
ビートルズの音楽を聴いて老人が泣いているというのもそうである
その時青春がありもう二度と青春は帰らないものとなったからである
老人は回想に生きる、だから過去が苦しかったとしてもなつかしくなるのである
これは理屈ではない、そういう時が貴重だったなとかふりかえるのは二度とそういう時が帰らないからである、そしてあとはさよならだけが人生だとなってしまうのである

やはり現代でみんな感じていることは人間に情がなくなった、情を交わすことが少なくなった、それは共通しているだろう、旅で情を交わすということもない
なぜならバイクにしても早いからである、逢ったとしてもあっというまに遠くへ行ってしまうということである、バイクはエンジンをふかして音を出すことに快感を感じている
だから電動バイクはつまらないとしている、それは自分も電動自転車で感じた
大きな音はでないがブーンとなるとき快感を覚えたからである、ただその音は低いし迷惑にはならないのである、ただそこに機械と人間の関係であり人間と人間の関係は生まれないのである
歩く旅だったらどうしても道連れになり情を交わすとなり
別れを惜しむから分去(わかれさり)という場所が地名化した
一時でも出合った人の後ろ姿をずっと見ていたとなる
そして歩く時代は逢うことが簡単にできない、一度の出合いで永遠に別れてしまうともなる、だからこそ別れを惜しんだとなる

二本の松の立ちにし街道をまた逢わんかな秋の日暮れぬ

松があるとしたらその松とも情を交わすことになるのが街道を歩いていたときなのである
いづれにしろ人間から情は喪失した、車が騒音をまきちらしバイクが爆音たてて過ぎ去り自転車が横切ると怒鳴り散らして去ってゆく、あとに残るのはそうしだ怒鳴り声は車とかバイクの爆音なのである
結局現代の文明は情を喪失させた、機械とか道具とかは極限まで改良されても何か情を喪失した社会であり殺伐としている、もうそこに人間はいない、終にはロボットがいるだけだとなる,ロボットと今は会話しているのかもしれない、インタ−ネットの会話などでも
相手が人間なのかロボットなのか見分けがつかないこともある
それは有益なこともあるが情を交わせないことが問題なのである

●義理人情もなければ宗教の愛と慈悲はありえない

そもそも宗教とは人間の情のことである、愛とか慈悲とかでも情のことである
そしたら情がない社会で宗教がありうるのかとなる
現代社会で肝心な人間の情が欠落しているのである
例えば病院に行っても設備として高価な機械があっても何か人間の情がないのである
患者を一人の人間ともみない、それで議員でも番号で呼ばれたことに怒ったのである
つまり現代人間は番号であた数字化されているのだ
医者でも看護師でも情に欠けているのだ、医は仁術から医は算術になったのもそうであるそれはカルト教団でもどこでも同じである、数を集めることが第一である、要するに番号として数として処理されるだけだとなる、それでナチスが埋まれたと分析する学者もいる

そして家族遺棄社会のように親子の情すらなくなる、それはもう人間の基本的なものが失われている恐ろしい社会だともなる
そして現代社会は深く病んでいる、精神的ストレスに苦しめられている
それはどこでも情を感じられないからである、そんなこと言っていたら生きられないということもある、情を重んじれば利益にならないということもある
ただ利益ぬきの情が人間社会に必要である、それが潤滑油になる
ただ現代社会は機械化社会であり情を育む環境がなくなったことである
それで江戸時代は貧乏でも情が交わされた社会に生きていたとなつかしむのである
それも人間はその時代に生きていなければただイメージするだけだから美化されるのである、死者が美化されると同じなのである
実際は江戸時代に生きたら地獄だったとなるのである

グロ−バル化経済社会でも物は自由に流通しても必ずしも人間と人間の情は交わすことはないし育まれない、ただ物が入ってくるだけだからである
ただ人間が直接来るとどうしても情が必要になる、相手が生身の人間だからである
そこで外国人労働者でも相手が人間だから機械や道具のように扱うと恨まれるともなる
なんらか日本人を恨んて母国に帰るとなるとあとあと問題になる
グロ−バル化したからといって国同士が親密になって友好的にもならない
それは個々人でも情が交わされていない、経済原理だけでもうかるというだけでは情は交わされない、ただ利益としてしか金になるとしか見ない、そして金の切れ目は縁の切れ目となり中国でもあれだけ友好を言っていたのに領土問題で敵対する
人間は物を入ってきてもそこに情が交わされないと友好は保てないとなる

人間の生活の意義は人倫の道を実現することにある、利潤が自己目的となれば人間の生活は利潤のための手段となり
その意義を消失するだろう
だから経済組織はあくまでも人倫の道合うようにに革新せねばならい(和辻哲郎ー倫理学)

グロ−バル化した経済では情とかではない道理を重んじるものとなった
情を重んじればグロ−バル化はありえない、情とは家族とか狭い範囲で成立つものだからである、でも宗教となると情を中心にしている、愛と慈悲は情なのである
道理を優先する社会は情が希薄化する、グロ−バル化とは情無き社会なのである
すると世界は人倫を無視したものとなる、そして国でもただ利潤を目的としているだけであり世界的人倫組織などありえないのである
だから中国と日本が五十年前に日中友好があれほどあっても今やない、中国が経済で巨大化すれば小国となった日本の領土でもとりにくる、支配しようとなる
世界化に拡大すれば人倫の道はなくなる、日中友好のときは互いにあれほど結ばれていたのにただ今や中国は日本の脅威となり日本の領土を奪われ支配される関係になる
情というのは世界関係になると成り立たないとはなる

●師弟関係の情もない、知の教育となり情は育まれれない

師弟関係でも今やない、ただ一時的な知識の教授しかない、だから先生のことを慕い何か情的に結ばれることもない、ただ受験とかで競争に勝つことしか教えられない
そのために先生がいて知識がある、そして一緒に学ぶにしても友でも受験戦争になると追い落とすことに力をそそぐ、もう友情でも育まれない、情が育まれない
知識も膨大だからそれに追われて情は育まれない、そもそも情というのは金にもならないし利益にもならないから実利がないから無視される
資本主義社会とは実利の追求であり情は余計なものになっているからだた

ただ戦前の教育では修身とか礼とか体錬が重んじられて知識優先ではなかった
だから戦前までは何か情がまだあり義理人情も活きていた、今はそれもない、同情するなら金をくれとなってしまう
ただ問題はそうして極端な知識偏重とか科学技術偏重とかから現代の殺伐な社会が生まれたのである
すると情をどうして育むのかが問題になる、でもそれが時代的にできないのである
ただこういうことを問題にして情操教育どうするのかとなるがその基盤がもともと村落共同体ならあったがそういうものも喪失した
だから情を育む基盤もないのだからどうにもならないとなる
結局いいと思っていたグローバル化と科学技術社会と車社会とか資本主義のマイナス面が大きくなったのである
だからこれらを全部否定するのではなく見直す改善する抑制するとかが必要になったのである

ただ時代の変化が余りにも大きすぎたのである
江戸時代はそんなに技術でも変わらない、変化の少ない時代だから社会だったのである
現代では継続されない、技術でも変わりすぎるし継続する価値を追求できないのである

導きしことさへ うすき老いの身に 三世の契りを残す石ぶみ

群馬県原の郷村に明治三十四年に建てたられた筆子塚

師弟の関係が三世の契りとなまでなっている、おそらくそれは情で結ばれた師弟関係だったからこうなったのかもしれない、今は学校というといい思い出が自分にはない、ただ強いられた苦行であり先生でも情でつながらないのである
近くの人も八十五くらいだけどまたすぐ近くの人が先生だった
その先生をひどく恨んでいたのである、なぐられたことを根に持っていたのである
だから現代では師弟関係でも昔のようにはないのである
それは時代と関係してそうなったともなる
私も殴られたのではないが先生に対して恨むのではないにしろ根をもつことがある
これも学校とういのは昔の寺子屋とかとはまるで違ったものになっていたからである
カルト教団の師弟関係は弟子とは奴隷であり数が多いからナチスのヒットラーへの忠誠と同じである、それは大衆化した社会で起きたことである

●情を育む村落共同体の喪失

学校とは一つの工場のようなものでありその監督が先生にもなっていたのである
それは時代の要求でそうなっていた、大量規格製品を作ると同じように生徒を工場で働く規格品を作ることが教育になっていたからである
そして教えるものが多すぎることなのである、江戸時代なら本当に読み書きソロバンであり知識量が少ないからかえって礼とかしつけとかが重んじられた、情も重んじられた
知識を教えるのではなく狭い村落共同体で生きるための知恵を授けられていたのである
そのために情で結ばれることが基本にあった、だから村落共同体は一つの大きな家族となっていたのである

取上げ親(産婆)とはべつに、出産時にへその緒を切る人)
抱き親(出産直後に赤ちゃんを抱く人)
行き会い親(赤ちゃんを抱いて家の外に出て最初に出会う人)
乳親(生後数日間、乳を与えた女性)
拾い親(丈夫な子どものいる家の前に形式的に捨てた赤ちゃんを、一時的に拾って預かった人)
名 付 け 親(名前をつけた人。たいていは自分の名前から一字あるいは複数の字を与えた)
守親(幼児になるまで子守をした人)
烏帽子親(武家の元服に立ち会う)

これだけの人が生れたときとか幼児の時かかわっていたのである
そこに自ずと情が生まれる、他人がかかわりその子に情が生まれる家族のようにもなる
子供の時から親密にふれあって情を育んでいたのが村だったのである
ただそのマイナス点は広い社会と交わる公共的なものがなかったことである

武家では乳母(うば、めのと)がいた、乳がでないと乳母を頼む
するとその乳母と我が子のようにも思える、情が生れるのである
武家社会がなぜ強い絆で結ばれていたか、戦があれば主君のために一緒に戦い死ぬとういこともあり生死を共にする、だから家族ごと一体となり御家のために尽くしたのである
だから家来でも一つの大家族のようになっていたのである
つまり情で強く結ばれた共同体だったのである
だから東国の武士が平家に勝ったのは武家では代々情で結ばれた関係がありそれで勝ったとしている
人間の強固な情の結びつきあり勝ったとしている、武器だけでは戦争に勝てないということもあるからだ
太平洋戦争では日本兵は上官と下士官が強く結ばれていなかった、上官に下士官は常に不満だった
アメリカはかえって上官と下士官の結びつきが強かった、それも負けた敗因と分析する人もいる
歴史をさかのぼると人間は情で結ばれていた、でもだんだん明治以降からさらに昭和となり戦後になると情で結ばれる関係は消失してゆく、最後は核家族となり会社の部品のようになる、その人間の結びつきは高度成長時代の終身雇用の時はあった
でもかつての武家の殿とか家臣の結びつきのようにはならない、そういうこで人間の歴史を見ると人間の歴史がどうしてこれほど変わってしまったか見えて来る

震災でも盛んに絆が言われたが現実は絆がなかったから余計に言われたのである
でも結果的には地元でも絆はなかった、かつての村落共同体のようなものは喪失していたからである
そして補償金をもらうことが復興となり分断されたのである
だから十津川部落ではみんな一致団結して災害にあっても北海道に移住して団結していたのとは大違いだったのである
例えは浪江町の電気関係の仕事をしていた人はまわりの田畑が草ぼうぼうになっていても何も感じないのである
かえって老後の資金を補償金でもらって良かったとしている
つまりもう村落共同体などは遠い昔のものになっていたのである

現代文明とはそもそもそうして人間性とかを無視するものだった
それでケージに入れられて卵を産む機械に鶏がされている
それも現代文明の効率化工場化なのである、近くの放し飼いの鶏(にわとり)が文字通り庭を歩いているときほっとした、牛も牧場にいてなごんだのである
とにかく様々な文明のマイナス面が顕著になった時代なのである
いくら科学技術が発達したからと人間を幸福にはしないことに普通の人でも気づいたのである
つまり幸不幸とは常に比較して幸不幸がある、比較して自覚される、江戸時代と現代を比較して幸不幸がありそれで何が不幸にしたかとなると情がなくなったことだとなる
でも江戸時代からみれば科学技術でも近代化した社会と比較した時、その相違に気づく
ただ人間はみんな時代の子であり江戸時代に還ることはできないし未来を生きることはできないのである



posted by 老鶯 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など