2022年01月25日

冬の暮、冬深む、冬の鴨、冬の水 囲炉裏 (昔の生活の回顧ー囲炉裏の生活ー詩)


冬の暮、冬深む、冬の鴨、冬の水 囲炉裏

(昔の生活の回顧ー囲炉裏の生活ー詩)

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大原や街を離れて冬の暮

大倉と佐須の離れて冬深む

誰が座る石のテーブル冬深む

冬深む境の石や村と村

岩囲み底まで澄みぬ冬の水

石一つここを離れず冬深む

ともしきや昔の生活寒雀

ふるさとに昔を語り冬深む

蝋梅や鉄瓶に沸かす茶の味かな

燃ゆる火を囲み親密冬深む

人と人交わり深む囲炉裏かな

寡黙にも囲炉裏を囲み冬深む

鉄瓶に頑固親父や囲炉裏かな

冬の鴨夕日さし暮る橋の下


外は雪囲炉裏を囲み茶を沸かす静かなる時味わうべしかな

冬の鴨寄り合朝や橋の下朝の光の川面に反射す


囲炉裏の生活

囲炉裏に火゜静かに燃える
薪をくべ炭をくべ燃える
ぽかぽかと徐々にあたたまる
主の座はそこにあり寄り合う家族
主は寡黙であり威厳がある
古い家は代を重ね重厚である
今は何事騒がしく忙しい
何か常に追われている
金に追われて休むことがない
人はみんな疲弊している
そして本来の生物の力は損なわれる
自然のリズムを離れて人もない
冬は静かに籠もるが良し
山の眠るがごとくに休息する
そしてエネルギーを自ずと貯える
冬と増ゆなり増やすことなり
冬にこそ大地の力で作物は育つ
その深い大地の静けさに育まれて
囲炉裏に沸かす鉄瓶に飲む一杯の茶
その味わいは滋味は深い
そういう時間こそ貴重なり
心身を安らかにして命を保つ
積もる落葉を静かに踏み歩み
深々と積もる雪を踏み歩み
人は山と一体化してなごむ
山の沈黙に同化して安らぐ
自然と一体化して原始の力の充つ
現代人は日々力を消耗している
自然から離れて病んでいる
冬は休息の時にして活動の時にあらじ
本来のエネルギーを貯える時なり



今日は昨日よりは寒い、この辺は寒いとしても雪はほとんど降らない、だから気候だけはいいからおすすめなのである
老人は寒さは答える、雪国に住んだら雪下ろしとか毎日雪の生活がどなんものかわからない、買い物するだけでも自転車とかなると行けるのかとなる
雪に閉ざされてこもる生活になる
だから会津とか雪国の生活は具体的にわからないのである
その風土から作られるものがわからないのである、人間は地理とか風土を共有してアイディンティティが作られる、それで地域ごとに違った人間となり文化も違ったものになる
だから飯館村の大倉村と佐須村は隣り合っても3,4キロなのか離れている
それで民情が違うから明治以降合併に反対したのである
民情というのはわからないが何か隣村でも違ったものになり交わらないということがあったのだ
実際に大倉村から佐須村まで歩いたら遠い、自転車でも遠く感じたからだ
車がない時近くでも遠いしそんなに頻繁に行ける場所ではないのである

囲炉裏というとき街中に住んでいた私の家でも囲炉裏があったのである
炭を燃料とした囲炉裏だった、それをふりかえると信じられないとなる
戦後十年は本当に原始的な生活でもあった
第一裏の小川で洗濯していたというときそうだった
水道もないし電気は裸電球一つだった、道は舗装されていないから埃りがたっていた
トイレは外にあり不便だった、屋根はトタ屋根で隙間風が入って寒かったのである
そういう生活は江戸時代と変わりなかったのである
だからその生活をふりかえると不思議になる
そもそも日本人は戦前と貧乏でありそういう生活が基本にあった
日本の歴史でも日本人の生活は基本的に変わりない、貧乏だったのである
つくづく高度成長時代は日本の歴史で例外的に豊かさを経験した時代だったのである
庶民まで豊さを経験した時代だったのである

ただそういう生活でも何か精神的に充実していたことはあった
ただそういうことが忘れられてきたしわからなくなったのである
人間は一時代が過ぎるとその時代がわからなくなる
だから不思議なのは北海道で酪農とかキリスト教を教えたクラークの時代はアメリカでも人間は違っていたとしている
ホイットマンのようにあるゆる人が讃美される素朴な人が多い時代だった
その後に十年が二十年過ぎてアメリカ人は別な人間となっていたとしている
人間はこうして時代が変わり環境が変わると人間まで変わるのである
そしてその時代のことが不明になりただ想像しているだけなのである
そのために過去を歴史を見る時必ず誤解しているのである
まず団塊の世代は戦後の焼け野原からのことを経験している
でも十年過ぎて生れた人はその時代かわからなくなっていたのである
高度成長時代に入ったからすでに豊かな暮らしになっていたからである

囲炉裏がある生活とか昔の生活を回想するときそれは充実した自然と融合した人間的生活だったともみる
つまりそうして確かに貧乏だったのだがそこにあった培われた人間的なものが失われる
わからなくなる、人間は一時代を過ぎるとそこに生きていた人の感覚がわからなくなる
戦前と戦後ではまるで違った社会になった、明治と江戸時代と同じである
そういうふうに時代が変わると前の時代のことがわからなくなるのである
囲炉裏と鉄瓶は合っている、でも南部鉄瓶を買ったがこれが使いにくい、思いし湯がもれやすいとかある、自分の家にはもっと重い鉄瓶があった
それは持つだけで相当な重さなのである、何かこれが融通がきかない、それで頑固親父とも見た、昔の親父はそうだった、威厳があり家の中心に座っていたのである

冬の暮の季語は12月でもある、冬になったら冬の暮となる、でも冬の期間の後半も冬の暮ともなる、それがまぎらわしい、冬深むとなると一月になってからである大寒の今頃がそうなる、季語の使い方もむずかしい
日本語にも何か自然を観察して作られていた、冬とは増ゆなのである、冬にかえって作物は育つとしている、増えるとしている、それは実地に畑で作物を育てた人が言っていたのである
その人は農家の出であり農業のことを知っている、体で知っているとなる
そもそも農業でもただ知識としては学べない、実地に体で覚えないとできない
学問だって机上の学問となったとき実体から離れてしまうのである
ただ両方をすることはむずかしい、私は家事をしてあらゆることを一人でしている
そうするとなかなか他のことができないのである

人間のやれることは限られているのである
自分のしていることは他の人でも技術が進歩して一人でもすることになる
第一前は何かを書いたものを発表するにしても簡単にできない
それを出版するとなると本にする段階から手間なのである
金もかかるのである、今なら本の製作から編集か販売まで全部一人でしているのである
それが一か月後のように雑誌を出すのではなく毎日出しているのが違っている
またカラーの写真でもいくらでも出せるのが違っている
こうして家事をしてさらにこれだけのことを一人でしている時代だとなる
こうして手間がかかっても出すのは無料だし読む人も無料で読めるのが現代だとなる

だから本当に一人で雑誌を作っていると同じなのである
それだけのことをインタ−ネットでITの発達でパソコンでできるのである
これも大きく変わったことである、写真と写生俳句は相性がいい
なぜなら見たままを俳句にするのだからいくらでもデジタルカメラでれスマホでできる
ただスマホは買ったばかりで使いこなせないないがいづれはまた使いこなせたら表現がさらに拡大されるのである

冬が深まってきたが冬も好きである、日本は四季があることがいいのである
だから暑い国は楽だとしても住みたくない、変化がともしくなる
ただ寒いことは老人には悪いとはなるが家に籠って暮らすのもいいのである
何か暮らしフルネスというプログは読みごたえがある
これは昔の生活を見直して日本の伝統的生活の回帰を説いている
そこは神道もあり仏教もありとなる、それにしも日本的伝統的文化をわかりやく自らの生活実践で説いているのである、これはめずらしいと読んでいいる

そもそも生活そのものが文化であり文化とは絵画とか俳句とか何か特定のものではない
俳句はそもそも農民から生まれたのであり誰か一人の芸術家から生まれたものではない体
それで農家に育った人はやはり農業に詳しい、それは全く学校で習ったとか本を読んだ事とかではないのである、体で知っているということなのである
アメリカでもホイットマンは学者とかを疎んじていた、実地に働く職人とか農民とか大工とか様々な職業の人を讃美していたのである
そういう時代がむしろアメリカの黄金時代だったかもしれない、今はそういう人は軽んじれてアメリカ人は金だけを追求する堕落した人間になったと見る
それは日本でも言えたことなのである
何か人間の基本的なモラルが作れない時代なのである
それは環境の相違からきている、鉄瓶でも実際今使うと重いし持ち運びに不便である
お湯をそそいだらこぼれたりするし使えないと思った
電気湯沸かしボットの方がいいとなる、一人でいろいろなことをするのがめんどうになるからだ

要するにこうして時代が違うと物や道具でも使い方が違ってくる
だから茶の湯とか相当に時間がゆっくりと過ぎていたときに合っていたのである
茶の湯となるとゆっくり腰を据えて茶を飲む時間が必要になる
それが現代人にはない、時間の余裕がない、常に時間に追われているからである
すると何かコーヒーの方があっているとなる
何か独自の文化とか伝統が守れないのはどうしても環境が変わり時代が変わり適合できなくなるからである
そうして失われたものがある、旅が消失したのもそうである、車で遠くの目的に最速で行き途中は省かれる、そしてホテルで旅館をで料理を食べることが目的になったりする
歩く旅ならそうはならない、体で土地を感じるのである
するとかえって旅の体験は移動することだけで記憶にも残らないのである
そういうふうに必ず技術の進歩によっても失われるものがある
それを暮らしフルネス(かんながらの道)で取り戻そうとしていることでもわかる

かんながらの道
https://www.caguya.com/kannagara/