2022年02月05日

雪の朝、蝋梅、ボケの花(空家の庭の岩−囲炉裏と主)


雪の朝、蝋梅、ボケの花(空家の庭の岩−囲炉裏と主)

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これは写真で見た感じと違う
秀でた岩がそう見えない、だからやはり人間の眼と写真は違っている
実感と違ったものになる

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これは本が映っていたことが意外だったのである
でもそれが良かったのである、カメラはやはり意外ものを映すことがある、
人間の眼とは違う、でもまた実感と違ったものとして映ることがある
この下に石が二つあるからその全体を映っていないのである



秀いでて岩に雪かな朝の庭

庭の石組まれて堅く冬の朝

冬の日や人去り残る庭の石

ボケの花隣に咲くも空家かな

冬深む庭に動かず石二つ

冬籠もるその土地土地に生きるかな

蝋梅に雪や籠りぬ石二つ


ヒヨドリの蝋梅の花啄みぬ餌のともしやここに生きなむ

冬の日に干し物ありやこの家に住む人なしも石の残りぬ

雪の朝何の鳥なれさえずりのひびきて清し足跡残る

我が父と姉と母との残した家に住みつつ冬深まりぬ


今日の朝は雪景色だった、この辺ではそれなりに積もっている、薄くでも積もっている
それで朝は自転車で外にでる、朝は必ず出て外の景色を見る
そして寄ったのが庭が立派な空家である
この庭は相当に価値があるし一千万とかかかったような庭である
かなり高度に設計されて作られているからだ
目立ったの高い所の秀でる岩である、そこに雪が積もっていた

隣の家も空家でありそこに石が残っている、でもそこに洗濯物を干していたりするとき暮らしがあり石も活きていたのである、でも人がいなくなると全体が死んだようになる
そういう空家が近くにもまた一つ見つけた、玄関も閉ざされているか人がいない
すると庭の枯木も一段と淋しいものになっている
そこは確かに家族の人と知り合いの人の家だった

庭にヒヨドリが来て蝋梅の花を啄んでいた、こんなものが食べられて栄養があるのかとなる、でも何かしら食べ物がありそれで生きている不思議がある
二月でも今年は寒い、浜通りは別に雪とかも降らないし気候的には楽である
それで会津とか日本海の方の冬国のことが実感としてわからないのである
毎日が雪の世界がどういうものなのかわからない
でも今は冬ごもりの季節である

何か囲炉裏があり薪をくべてあたたまる、そして土地の人とあたたま、そこで親交が深まる、それが田舎だった、農民社会の田舎だったのである
今はそういうことがない、農家の存在は希薄なのである、田舎でも実際の農家は一割くらいなのである、だから農民社会ではないのである
だから意外と農家のことが農業のことが田舎でもわからないのである

そのために浪江で原発事故でゴーストタウンのようになり回りの田畑が草ぼうぼうになっていても街中に住んでいた電気関係の仕事をしていた人は補償金もらって良かったと何も感じないのである、人間はその職業で感じ方が全然違うのである
電気関係の仕事をしていれば農業は関係ないのである
そしてこの辺でぱそうして原発とかで電気関係で働いている人が多かったから農業に関心がなかったのである、だからまわりのたはたがくさぼうぼうになっていても何か感じていなかったのである
これは農民が6割とか戦前でもそうだったがそうなっていればそうは感じなかったのである

ともかくこの辺でぱ雪国ではないから雪の感覚がわからない、でも深く雪にうもれた生活がどういうものか知る、でも私は風流として見ているだけなのである
実際の生活を知らないのである、それで生活実感を重んじた人から批判されるのもわかる例えば曲家(曲がり家)がある、するとそこにどっしりと根付いた生活がある
馬と一緒に暮らした生活の重みがある、そこが深い雪に埋もれ閉ざされる
そこに自ずと生活の重みが生まれる、田舎にはもともとそうして生活の重みがあった
大地に根付いたような重みがあった、存在感があった
それが工業化社会になったことき希薄化したのである

そういう生活に憧れて実践したのが山尾三省だったのである
ただ正直パンも贅沢などという生活を田舎でも誰も望んでいないのである
田舎でも都会の生活であり車一人一台もっているとかありぜいたくなのである
原発補償金が入ったら高級な車を買ったりさらに贅沢したことでもわかる
もう田舎でも金第一であり金を求めているだけである
昔の様な人間のつながりなどないのである、だからこそ簡単に街でも村でも原発事故で崩壊したのかともみる、昔の田舎と今の田舎は全く違ったモノなのである
でも日本が貧困化してくるとそういう生活を維持できなくなる
電気水道ガス代でもまともに払えない人が二割くらいいるとしたは多い
そうして困窮してくる社会で生活自体を見直さざるをえないのである
ただ電気水道ガスもない世界に戻ることはできない
でも困窮して来たら日本はどうするのかとなる


囲炉裏と主

囲炉裏に主の座が動かずあり
どっしりとして威厳を保つ
赤々と火は燃えてその顔を照らす
茅葺の家で長い冬を過ごす
巌のように主の座がある
外は雪が積もり足跡を残す
前の畑の冬菜が雪の中に育つ
囲炉裏に燃える火は体を温める
主は黙して威厳を保つ
しんしんとなお雪は降り積もる
雪国の冬は長く春は遠い・・・



こんなふうになるのであるそこに都会にはない、現代にはない人間の重みとか威厳があったともなる、ただ現実は生活は厳しいからあくまでもイメージしたものである
自分の場合はただイメージしているだけなのである