2022年02月13日

これからの社会は暗記脳ではやっていけない-仕事がなくなる時代 (教育でも、思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳を鍛える)


これからの社会は暗記脳ではやっていけない-仕事がなくなる時代

(教育でも、思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳を鍛える)

時代が変われば教育も変わらざるをえない、これまでは読み書きソロバンが基本だった
それは戦前でも同じであり戦後の焼け野原でも同じだった
私の父親は明治生まれで酒屋の丁稚だったからソロバンを習わせた
それでできたので自慢にくなった、でもそんなものは今になると役にたたないしすでに社会に出た時でも役にたなくなっていた
ただ古いテレビドラマでソロバンを使っているとか見た、40年前頃ならまだ使っていたのかもしれない、今になると全くソロバンを使わない

するとどうなるのか?無駄な時間を使って大損だったとなる
貴重な金と労力の無駄になっただけであった
ただワープロを使ったのはコンピュター時代になっても役だっている
コンピュターでも文章を書くのは基本的にワープロと同じだからである
ここはまだ進歩していないのである
例えばタイプライターを外国人はずっと前から使っていたからワープロでもなじみやすいことがあった、それができたのは英語でアルファベットだったからである
日本語は漢字ありかなありカタカナありでできなかったのである

その後の教育でも受験勉強であり暗記することだった、高校まで自ら考えて勉強したことがなかった、思考脳が全くなかったのだ
例えば思考脳は小学校からでも鍛えられる
数学だと何か問題の解答を解くのに十通りとかあるとすれば一つのものを暗記することではないのである

10+20+30=60
10+10+10+10+10+10=60
10×6=60
10+10+10+30=60
10×3+30=60
30×2=60

この問題ではどうして解くかが問題になる、ただ暗記していたらソロバンと同じになる
こういうことは算数でも数式でも必ずあり数学が考えるものとして学ぶことである
算数数学が苦手でも考える教材として学ぶことである
教える方でも考えさせるものとして学ばせるのである、それが暗記だけだとできないのである
つまり今までの教育は暗記脳であり思考脳を鍛える訓練する能力を伸ばしていないのである、それは小学校から暗記脳でありソロバンと同じである
こうしたことも教育で訓練されていないのである

だから私が一番勉強したのは大学出てからである、大学出てからは独学しかないから
自ら興味をあるものを勉強したとなる、ただ田舎だから本が売ってないない、それで仙台市まで本を買うために一週間に一回とか行かざるをえなかった
だからまだ独学する環境が田舎ではなかったのである
今は独学する環境ができている、本でも古本でもあらゆる本がボタン一つ押すだけで届けられるからである、それで思考脳は鍛えられる、でも学校では鍛えられない
学校は集団教育ではあり個々人にあった教育ができないから最大公約数のような教育になる、でも個々人に対応するにはネットなどで学べる時代になったのである
youtubeなどであらゆるものが学べる時代にもなっている

なぜ今までの教育が暗記教育が役にたたなくなってくるのか、それはソロバンが役にたたなくなったことでわかる、そこにいくら金と労力を費やしても徒労であり無駄な貴重な時艱を失っただけだとなっていたからである
なぜなら子供時代の時間は貴重だったからである、そこが出発点になっていたからである
思考脳というとき別に数学とか理系だけではない、社会に出るのに不可欠なのである
それがないと人にだまされたりいろいろある、なぜなのかということを考えないからである、それでカルト教団とかにはまったりする、そこではナチスと似ていて人を考えさせないからである、そうして人生を無駄に消費して終わる
ただ題目を唱えていればいいとかなるとまた一人の師を神のように偶像化することで思考停止になってしまうからである
それより社会全体がもう無思考になって千万単位とか戦争で死んだとかなるから怖いのである、それは結局無思考人間、暗記脳人間の大量生産の結果なのである
それはすでに学校という集団教育の中で作られてきたのである
なぜなら学校というのは世界的なものとして作られて来た、その前は貴族だと個々人に家庭教師をつけて教えていたからである、学校は存在しなかったのである

いづれにしろ教育でも将来を見て対処しないと私がソロバンをしたのに二級くらいとっていたのに何の役にもたたなかった、労力と金の無駄になっただけである
こうならないために未来を見て教育する学ぶ必要がある
ただこの未来は簡単に見れない、だからこそ株でも簡単にもうけられないのである
10代の時すでに十年先見るのもむずかしいからだ
パソコンにしてもコンピュターにしてもこんなに普及してIT時代になると思わなかったからである、それで日本がではその未来を見ないためにデジタル化に遅れ韓国や中国より遅れた国になっていたのである

そうして時代に合わないと会社でも無益化されて仕事しないおじさんとか生まれる
会社でももう今までのように安泰ではない、変化が激しいから技術的にも追いついていけずもう会社にいても何もできない、邪魔になるものとなってやめさせられるとなる
グロ−バル化したことでも競争に負けると会社自体が成り立たなくなったからである
絶えず新陳代謝しないと競争に負ける、すると絶えずイノベーションしなければならないとなる、それは暗記脳とかでは対処できないのである

だから機械化IT化自動化がどんどんすすんで失業者が増える、仕事がなくなる
こうした未来はすでに現実化している、するとそれに対処する教育も必要になる
暗記脳ではもう成り立たない、仕事がなくなっているからだ
そして金のために働くという時代でなくなるかもしれない、ベーシックインカムとかなり働かなくてもいい時代くる、それは兆候として実際に働かない人がニートとか引きこもりとか退職した老人が何千万といる時代なのである
こういう世界も今までになかったのである、そういう時代に対処するにはただ戦前の人のように働き詰めの一生のうよなものにならない
まるで違った世界になる、女中にしてもいらないしでも必要な奇妙だが掃除洗濯ではない料理は難しいから必要になるがそれよりも生け花ができて鑑賞できるとかの能力になる
ただ農業をできる人はやはり花を栽培するとかで重宝される、また話がうまいとかの能力でも評価される、しかし掃除したり皿を洗ったりとか家事でも多くは自動化するから必要なくなるのである、そこで仕事を失うのである

だから本当にみんなアーティスになれというのが不思議なのである
それだけ価値観が変わったのである、ただもう金だけが価値とはならない、金は支給される、てもその人の価値は金で計れない時代になるかもしれない
ホテルでも旅館でもどういう人を歓迎するかと言ったら金がある人が待遇が良くなる
金で人の価値は計られる、でも私は貧乏旅行者だから歓迎されない、それで野宿だったとなる、高価なホテルとか旅館とか温泉とかに泊まったことがないからである
でもそれも変わるかもしれない、その人がどういう人かを見るようになるかもしれない
画家だったら絵にしてくれるから歓迎されるとかまた詩人なら詩にしてくれるとかその人を見て価値が計られるかもしれない、それは金だけをもっていてもそれで価値ある人とは見られなくなるともなる
ベーシックインカムとかなるとその人の価値を何で見るのかが問題になるからだ
金だけでその人の価値を見なくなる、収入はホテルや旅館に与えられるとなるかもしれないからだ、そうすると金だけ人の価値をみなくなるとなる
そういう社会もありうるようになるからだ、それが未来なのである

そうなればただ収入が給料がいいからとして会社に入ることが目的とはならない
何かその人自身の個性的な価値を作りださないと認められないとなる
そういう社会になると価値観ががらりと変わるのである
だから団塊の世代は高度成長時代を生きたのだから金の価値が大きかった
金をもうける人間が価値あるとされてきたのである、でもそれもなくなりその人の自身の価値が計られる時代になる、花にもいろいろあるようにその人の個性を出すことが求められる時代になる、それがインタ−ネットとかyoutubeの時代になる
一人でも個人でもテレビ放送局になる、するとその放送する内容がコンテンツが大事になる、今までのテレビ局は六局しか放送できないことで特権階級になっていたのである
それも終わりとなっていてコンテンツがくだらないから見なくなっている

そして大衆化の時代が終わり個々の人間を相手にした放送ともなる
視聴率優先ではない、何かその地域地域の個性とか変わったことでも注目をひくとなる
だから同じようなことを言っていても表現しても価値がないとなる
youtubeでも同じことを言っている人がいた、これはインタ−ネットの検索でわかった
何かインタ−ネットだと同じようなことを言っていることが出てくるのだ
するとこれはそのパクリなのかとも見てしまうのである、そういうことが多くなっているのだ、これはその人独自のものではないなり価値がなくなる

こういう時代ではもう暗記脳とか受験脳とかは役にたたなくなる
だからそれに備えないと人生を無駄にする、貴重な時間を無駄にすることになる
ただ未来に備えることは至難である、どうなるかわからないからである
ただソロバンが使わなくなったようにそういうことが常に過去にも起きてきた
そのために未来を見る目を持たないとそのために備えないと大損になり人生そのものを失うとまでなる、そうして現実に今の老人を見ればいくらでもそういう人がいる
未来を見る目がなくて今になると何の用もない老人に人間になっていたともなるから怖いのである






posted by 老鶯 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育心理学など

機械とAIが仕事を奪うとどうなるのか? (思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になる)


機械とAIが仕事を奪うとどうなるのか?

(思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になる)

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戦前とかなると大正生れの母は働き詰めの一生だった、原町紡績で糸取りをして10年間働いた後東京に出て女中をしていた
働いた金は親にやっていた、それはネパールとかベトナムでも親に仕送りするから似ている、子供は今と違って労働力だったのである、農業でも何でも労働力として大事にされたのである、だから農家だと女の子より男の子が労働力になるから大事にされたとなる
何か私は戦後小さな店を出していて配達とか卵買いとか働かされたのである
私の父親は酒屋の丁稚であり明治生まれだから子供はそうして働くことが普通だったのである、今だったら子供は勉強しろとなるだけである

また私の母親は家が事業に失敗して貧乏になり何か女性としてのたしなみもこせてもらえず働きづめの一生だった、それが貧乏な時代はみんなそうだったのである
その後東京に女中になり働いた、その頃東京で中産階級でも二人も女中を雇ったいたとかなる、それだけ電化されてないなのだから家事が大きな負担となっていたのである
子供の時竈とかまだ使っていたから何か原始的生活だったのである
そのため家事労働が大きな労働となっていたのである

そうして働くことしか知らない、そこで花にも興味をもたない、花嫁修業もない、ただ親のために働かされるだけだった、それが不幸なことだった
だから母親も異常化していたのである、花などいらないとして全く働き金になることしか興味がなかった、戦後は食べ物すらないのだからやはり働き詰めだった
そこで庭の花を植えるとより豆を植えていたのである、食料の方が大事だったのである
戦後は食料で苦労していたからである

そうして時代により人間の価値観でも変わる、女中はもう必要ないのである
電器製品で何でも米でも簡単に炊ける、そうすると結婚しなくても別に独身でも生活できる、もし電気製品がなかったら独身で生活するのは苦労だった
家事に追われて仕事もできなくなる、今でもやはり私は家事を全部しているから追われるのである
その当時は女中が不可欠な女性の仕事となっていた、それだけ家事が手間だからである

今自分の仕事をしているのはインタ−ネットでプログとか毎日書いていることである
でもこれだってもし紙に印刷して書店に置くとかなるとできない
なぜなら書店だって金にならないものは起きたくないからである
また出版となると金がかかる、なぜ新聞とか雑誌でも衰退してゆくのかというと金がかりすぎるからである、本でもめんどうになる、でも出版社とか通さなくても書店に置けなくても別にネットだと同じようなことができる
金にならないにしろいくらでも自分を表現できる、それを即座に放送できるとなる
だから本を作るのに活字を拾う仕事があったがそれもなくなった
みんなコンピュター化したからである、新聞だと紙代だけでも金がかかるし印刷するのにも金がかかる、そして一軒一軒回って配るのにも金がかかる

するとどうなるかとなると莫大な金がかかる、それをどうしてまかなうかとなる
それが宣伝費だとなる、すると宣伝費を出す会社に忖度するとなる
だからこの辺では原発が危険だということを報道もしない
なぜなら東電から電事連から800億円の宣伝費が出ていたからである
つまり旧来のメデアは金がかかりすぎて自立した報道はできないのである
テレビだってその装置からして莫大な金がかかっているから六局が独占していたのであるそれがyoutubeになると個人が放送局になる時代になったのである
つくづくプログなど簡単にできる、ただそのコンテンツは簡単に作れない
だから今まではメデアは放送する装置を持っていて莫大な金をかけてしていたがそんな金は必要ないから誰にでもできるからその放送する内容がコンテンツが勝負だとなった
テレビが面白くないのは今までは放送するだけで価値があったが今はない
ただ芸能人の馬鹿騒ぎでありそんなものはちょっとでも知的なものを追求している人は見なくなったのである
だからどれだけ個人レベルで大きなことをしているのかわかる

ただ問題は誰でも放送できるとなればその内容が問題になり簡単に見られないことである
機械化、コンピュター化、AI化で仕事がなくなるという時、時代が変われば仕事が変わる鉄道ができたとき旧来の馬を使って運んでいたものがなくなる、静岡の大井川の渡しの仕事をもくなる、そこで茶を作ることを仕事にしたとかある
そこに新しい仕事を生れそうしなければ食べていけないからだ
だから今仕事がなくなるという時,ベーシックインカムが言われるのはそのためである
仕事がなくてって別な仕事につける人はいいのである
ところがプログラマーとか機械化でもそれに従事できる人はわずかなのである
すると大勢が機械でもコンピュターに仕事が奪われる、代わりの仕事があってもないとするとどうするのかとなる、それでベーシックインカムが言われるようになった

例えばどういうことになるのかというと、手伝いの女性がいる、でもその女性のすることがないのである、みんな家でも家事は機械化されている、自動化されている
するとこの家に来てもなにもすることがないなとなる
でも主人は花が好きで生け花をしている、するとその女性は花に興味がある
だからその花を鑑賞する目がある、そしてその家に来てすることは花を鑑賞するだけだとなる、他はなにもしないのである、でもその需人は一人暮らしだから話し合い相手が必要である、その女性は話しがうまいのでそれで雇っているともなる
つまり価値観が変わってそうなったのである、これまでは働くことが価値があり働かざるものは価値がないとされてきた
でもその労働が機械がしてコンピュターがするとなると価値観が変わる

一体人間は何をしていればいいのか?

こうなるのである、そこで何が必要かとなると思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になるのである、それはコンピュターではできないものだからである
感性脳というとき自然の美を鑑賞できることである、食べ物を作るだけではない花でもその美を鑑賞できる感性である、でも意外と女性でも花に全く興味ない人がいる
その人は農家に嫁いでもサラリーマン家庭になっていたから農業のことが全くわからないのである、だから話しても農家のことなど何もわからない、ただ古い家であり紙漉きをしていたとういことで興味をもった
でも庭があるとしてそこに花を植えたとか話を聞かないのである
だから生け花を見ても関心をもたないのである
そうなると現代ではかえって大きく欠けたものがになる

要するに感性脳がないことになる、人間の本来の仕事は実際は感性脳とかが重要である
神の業を讃嘆することが地球とか宇宙を作った神の目的でもあったからだ
その目的に沿うことが本来の目的だとしたらそうなってきたともいえる
つまりベーシックインカムになったら依然として思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳は必要だからである、これは機械化できないしコンピュター化できないからである
そこにに人間に人間たる所以がありそれは悪いことではないとはなる
ただ何であれ理想はこの世では実現しないのである
この世は神の国にはならないからである