2022年02月16日

冬深し、枯木、冬樹、老木、残る雪、春夕日(冬から春へ近辺回る)


冬深し、枯木、冬樹、老木、残る雪、春夕日(冬から春へ近辺回る)

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橲原村の立目石
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大原の柿の木の老木ーいかにも老木らしい
畑に雪も残っている

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この木は古いものではない、ただ10ねんくつらいは過ぎた


玄関に老骨のごと枯木の影

影の濃く冬樹数本一人行く

この道の親しく行くや冬深む

冬の水底まで澄みぬ巌かな

大原に老木一本冬深む

枯草や温泉街の夢の跡

春夕日山の端に没り一番星


春日さし橲原(じさばら)への道我が行きぬ立目石あり残る雪かな

静謐の宮居にあれや花咲きぬたずぬる人もひそけかるべし


今年は寒かった、二月でもまだ冬深むとしいう感覚である、東北だと立春が二月というより三月になるだろう、でも隣の空家のボケの花は咲いていた
二月に春の兆しはある

橲原(じさばら)から大原を回ってきた、今年はやはり雪が残っていた
この辺でぱ雪はほとんど残らない、実際二日ほど春めいたから雪はほとんど溶けたのである
橲原に立目石がありそれが目印となる、でも田畑は荒れてしまった
山村があり漁村がありという風景はそもそもそこに暮らしがあって作られて来た
それが原発事故で荒れ果てた、でも不思議なのはそういう場所でも山村でも生活していたのである、私の家は橲原の木材を利用して建てたと姉が自慢していた
戦後まもなくは木材とかは地元のものを利用していたのである
なぜなら戦後十年くらいは炭だったから燃料になる木材が必要だったからである

何か原発事故以降山村は荒れ果てた、それが淋しい、ここだけではい限界集落が全国各地にあり消滅する危機にある、喜多方の奥の方にもそういう集落がありyoutubeで見た
会津の方でもかなりそうした限界集落がある
そして東山温泉とか他でも温泉街が廃墟化しているのは驚いた
それは高度成長時代の夢の跡だともなる、その頃景気がいい会社とかで団体旅行が盛んだったからである、それが今は減少してコロナウィルス騒ぎでさらに打撃を受けた
ただ私は温泉宿に泊まったことがない、高いから泊まったことがない
何か北海道辺りでひなびた温泉に途中よって泊まったことがある
ただそれがどこかかは忘れたのであく

今は旅ししているのではない、保養でありそれで常に食事が問題になるのである
うまいものを食べて飲めや歌いやになっていた
それが廃墟化しているから一時の夢の跡になってしまったのである
私は温泉街などは好きではない、ひなびた宿とか何か温泉でも秘湯とかがいいとなる
実際に車だと本当に秘湯めぐりをしている人がいる
でも車がないとできない、温泉は交通の便が悪いからである

橲原から大原へ行った、そこに老木がある、柿の木である、いかにも老木らしい
大原でもそこも田畑が荒れ果てた、そこの前田とかに住んでいる人と南相馬市立病院に一か月入院していた、でもその人がいつも心配していたのは猫だったのである
息子はいても農業の跡を継がないからだ、そして今は空家になった
息子は市内に家を建てているから住まない、近くにまだ幽霊屋敷の廃屋が残っているのも不思議である、本当にあそこは幽霊屋敷である
幽霊が未だ住みついているのかとなる、そのために壊さないのかとなる

日本でも山村とか辺鄙な場所が限界集落となり消滅してゆくのは淋しい
というのは街とか都会ばかりだと何かものたりない、自然の中に人間も生きていてこそ自然も活きるとなる、そういう場所がなくなることは何か変化もなくつまらなくなる
いろいろな場所に生きていてこそ変化があるからだ
町とか都会ばかりだったら人間の暮らしに変化がなくつまらなくなる
ただそこに暮らす人にとっては厳しい、だから消滅してゆく

ただまだこの辺では街に近いから消滅するまではならない、でも原発避難区域になった場所は維持できないだろう、一万の町でも6000人の村でも限界集落化して消滅に向かっているとみる、日本はとにかく人口も減り経済力も減退して縮小ししてゆくからである
ただ村は古代からもずっと続いてきたのである、それがなくなることは歴史も失われるそれで飯館村の神社を見たら誰もお参りする人がなくなり神様も淋しいとなる
神様も捨てられたゆくのである

枯木の影が玄関の曇り硝子に映っている、それがまるで百才生きた母のようにも見える
木でも石でも家と一体化する、だから人が住まなくなった空家は一段と淋しくなるのである、つまり庭の石でも木でも人間化していたのである
そのために人が住まないと一段と淋しく感じるのである
田舎はやはり静謐であり冬深むという季語を感じる、これが都会だったら感じない
それで私は瞑想して何も聞こえないとき至福を感じるのである
そういう引きこもりの生活を30年くらいしていたから異常だったとなる
性格が陰でありそうなったとなる、ともかく誰もいない人がいない世界に安らぐのであるそして自然と同一化アイディンティティしてきたのが自分だったのである
それもは家族に恵まれたからできたので家族には感謝しているのである

6号線を川子から金沢の方に喫茶店というか農家の民宿のようなのがある、あそこは休むにいいのだがどうしても食事が限られている、原町には外食に行くのでただ珈琲だけを飲むためには寄りにくい
一人暮らしは食事に料理に苦労しているからである
新田川のユッサとかで食事できるにしても遠いのである、やはり原町の道の駅辺りが自転車で行くのには便利なのである