2022年02月22日

これから社会的にも引きこもりの時代になるのか (家族環境の影響が大きすぎるーそして人生を後悔する)


これから社会的にも引きこもりの時代になるのか

(家族環境の影響が大きすぎるーそして人生を後悔する)


一橋大学を卒業後、40年ほど「引きこもり」…当事者が激白 “毒母”が生み出す「高齢引きこもり問題」
自分の主体が完全に剥奪された」と振り返る。母が推奨するエリートサラリーマン以外の人生を、自分で選択することができなかった

「僕が罪悪感を持つように、蔑むように言ってくる。僕は一度として受け止められたことも、肯定されたこともない。僕のすることすべてを母は否定した。常に母親から睨まれていて、僕には安心という経験がなかった。僕は間違ってはいけなかった

その後妻は連れ子に、優しい言葉一つかけたことがなかったという。継母から全てを否定されて育ったのが、杉本さんの母親だった
そしてそこが歪んでいるとは知らぬまま、もがき苦しんでいる「息子」たち。その数は一体、どれほどまでにのぼるのだろうか。

一橋大学を卒業後、40年ほど「引きこもり」…当事者が激白 “毒母”が生み出す「高齢引きこもり問題」





人間は家庭環境の影響が大きい、どういう家に生まれたかでその人の一生が決まってしまう、意外と他人の家のことがわからないのだ
だから自分の家が正常ではない、異常なのだということが認識できないのである
人間は自分個人のことでも家族でも団体組織でもその異常性を自覚できない
なぜならその中にいればそれが正常だとなるからだ
例えば日本でもみんな戦争しているとき戦争に反対することはもうできない
そうしたら警察がきて捕まえられる、ナチスでもあれだけ今になると異常でも社会自体が異常に染まると正常になるのである
それが家族にもあてはまる、そして家族でも他者の家族のことがわからないのである
何か家族とは一つの閉鎖された空間でありそこが生活の基本になるから客観的に見れないのである

客観的に家族を個人でも見るには対照的に見れるものがあると理解できる
赤だけ見ていたらそこは赤の世界しかないと見る、そこに黄色とか青とか茶色とかいろいろな色があれば対象的に見れる
そこで日本という国を理解するには外国で暮らしてみるとわかる
ここが違うと実感として理解できる、だから何か評論している人は外国で暮らし人なのである
人間は何か対象的に見るとわかりやすくなる、それは歴史でもそうである
昔はこうだった、こういうふうに暮らしていたとか人間関係でも違っているからそれを知ると現代が見えて来る、そこで歴史を勉強することが大事だとなる

要するにこの話しでも異常な親子関係でも家族関係でもそういう場にいたらそこから逃れられない、そして別な家族もあるということもわかりにくい
だから家族の異常性があっても理解できないのである
家族とはこんなものだと思って他にも別な親子でも家族でもあることがわからないのである
要するに家族とは閉鎖的空間であり他者が入りにくい空間でありそこで異常性が育まれるそういう自分自身がそうした家族で引きこもりなり60まで暮らしていたからわかる
でも自分の場合は何ら叱責されることもなかった
親は二人いたようなもので実際の母親は力がないから影響を受けなかったのであく
ただそれが特殊な家族でありこれから平均的な家族と親を考えることはできない
「あなたはあなたのやりたいこをやりなさい」と言われてそうなったのである
旅ばかりしていたとか自分の好きなことをしていたのである
これは特殊だから普遍化はできない、ただ家族にはそれぞれ違ったものであり他者の家族を理解できないのである
それは親子関係でもそうである、親子関係でもいろいろあるから理解できない
それそれ人間は他者を理解することが簡単にできないのである

親ガチャとか言われるが別にそれは普通にどこにでもある、親が子供のことを思う時
それが親の一方的なものとして子供に押し付ける、子供はそうして洗脳されやすいし
逆らうことができない、それで歪んでしまうとなる
そしてyoutubeで心理相談している人が外発的動機と内発的動機で仕事することを言っていた、外発的動機で仕事していると35以上辺りになるとつづかないと言っていた
つまりそれは外から押し付けられたものでありその人の中から自ずとでてきたものではない、外発的なものとして仕事をしているといづれは押し付けられたものだからつづかないとなりまたこれが自分なのだろうかと悩むとなる

ただ正直内発的動機だけでこの世をわたるとか仕事ができるのかとなるとできない
私はこんな仕事をしたいとか思っても誰も与えてくれないのである
私は芸術家に成りたいとか言っても誰も容認してくれないだろう
第一自分にあった仕事など与えられないのが普通なのである
そこで無理やり仕事についてもやめて引きこもりになるのである
だからこの世で仕事している大半は自発的動機でしている人はまれだろう
強制的にその仕事をさせられているというのが多いだろう
そこで引きこもりが増えたのである、それができたのは経済的に余裕ができたからであるもう貧乏な時代だったら何らか苦しくても仕事が合わなくても食べるために仕事をしなければならない、自分に合わなくてもしなければならないからだ

そうして引きこもりになるのは陰の性格が多いかもしれない、陰の性格の人はどうしても内面に向く、外面的にはぱっとしないから目立たない、でも社会だと陽の性格の人が好まれるし成功しやすいのである
ただ陰の性格に向いたものを求めてそれを追求すればそれなりのものになる
それが解かりやすい礼だと芸術家とか学問とか何か内面的な仕事である
ただこういうものは金にならないとか外発的動機が優先される社会だから内発的動機ではなかなか社会ではできない、もしかしたら昔だったらそういう陰の性格の人は寺に入り修行するのに向いていたともなる

私自身がひきこもりでありそうして内面を追求してきたからである
ただそれは社会に適合できないものとなり異常化する
だから自分自身も大きなものが欠けていて社会性がなく失敗したとなる
社会的常識とか社会性がないことも大きな問題だからである
ただ私の場合は異常な家族環境でもそれが自分の性格にあったことができる環境だったのである、だから芸術とか学問とか内面的なことを一人追求してきたのである
そこに人間はいない世界だった、自然が山とか木とか石とかとアイディンティティ化する同一化する世界を追求してきたのである
相手が人間ではなく自然だったとなる

とにかく子供は親の言うようにいい子になりたいと自然となる
でもそれがいいかとなるとならない、なぜなら人生は親のものではない、親と同じ人生を送るわけでもない、時代が変わると全く違った人生を生きることになるからだ
引きこもりというのも貧乏な時代にはありえないことだった
でも豊かになるとそういう人生も可能になったともみれる
つまり引きこもり人生でもありうる社会になったとなる
時代的にそういう人生すら容認されるともなる、だからなぜ今頃になってみんなアーティストになれというのもそうである
そんなことしていて食べていけるのかとなっていたし団塊の世代だとみんな企業戦士になって働いていた、その頃は高度成長時代でありそれに団塊の世代が適合したのである

でも時代が変わった、時代の雰囲気も相当に変わった、30年間日本がではと全く成長していないし賃金もあがっていない、貧困化している、そうなると時代の雰囲気も変わる
一方で引きこもりなど貧乏でできないとかともなる
また一方ではやはりそういう人達がいて何かその人なりのものもを追求できる時代にもなる
コロナウィルス以降は陽の時代から陰の時代の変化なのかもしれない
何かみんな巣籠り生活とか引きこもりにもなったからである
社会がグロ−バル化したことは世界と広く交わることだがその弊害も顕著になった
グロ−バル化はいいことばかりもたらさなかったのである
別に旅行などはしてもいいがあまりにもグロ−バル経済になったことの弊害が目立つようになっていたのである
聖書でもユダヤ人でも人種的にも広く交わらない民族で独自性を維持できたとしている
広く交わった時はかえって堕落した時代だったとしている
確かに日本でも江戸時代は広く交わらない社会であり鎖国だとなっていた

でもその江戸時代三百年で日本人の独自なものが培われたこともある
そのために明治になって和魂洋才となり日本のいい面とヨ−ロッパの文明が結合していい結果になったともみる、内村鑑三の武士道キリスト教とかもそうである
戦後はそういう日本人的なものがアメリカの戦争に負けて失われた
すると日本人はなんなのだろうとなる、日本人的なものがなくなり欧米的なものに支配される、すると欧米の悪い所にも染まって日本人の良さが喪失したのである
だからアメリカが金の支配する国であり何でも金だというとき日本でもそうなったのである,アメリカの悪い所にも染まった社会になった
極端な貧富の差のある社会でもそうである、つまりなんでもアメリカと似てくるのである当然アメリカに習ったのだからそうなるのである

いづれにしろこのコロナウィルスを契機として何か国自体が引きこもり的なものになってゆくかもしれない、グロ−バル化からまた江戸時代のような内にこもる閉鎖的なものとなりそこでまた日本独自の文化をはぐくむ時代となるかもしれない
すると外に開いた陽の時代から内にこもる陰の時代の変化になる
国風文化の再興ともなる、そうなる陰の性格の人にはいい時代になるかもしれない
内面的な追求とか中世時代に還るとかいわれたのもそうである
時代の雰囲気が変わるのである、何か時代の雰囲気というとき十年違っても変わっている子供の時代街中でも囲炉裏があり炭を使っていたとか洗濯を小川でしていたとかあった
それが電化されて電気製品を使い家事が楽になった、十年くらいでそうなったのである
その変化も大きかったのである

アメリカでも時代が影響していた

アメリカでもホイットマン1819年の文政生れである
1876年(明治9年)7月に札幌農学校教頭に赴任する

この時代は西部開拓の時代とかなり時代の雰囲気が今のアメリカとは全然違っていた
そういう時代は知識人とかは尊敬されていない、歌われたのは普通の平民であり現場で働く肉体労働者が多かった、だから体力が重んじられたともなる
それでロシアではやはり肉体が強くないと尊敬されないとしている
そこでプーチン大統領が肉体を見せびらかしている、肉体の強さを強調しているのかとみる、だからロシアは知識人は重んじられないというのも意外だったのである
常にこうして国々でも時代でも時代の雰囲気を作っている
だから一時代が過ぎるとその時代のことがわかりにくくなるのである
引きこもりというのもやはり時代が作った現象だったのである

ともかくなんであれ人間は親が悪い、社会が悪いとか時代が悪いといっても
必ず責任をとらされる、親のためにこうなったといってもあなたの責任でそうなったのですよと最後はなる、つまり何でも人間は責任をとらされるのである
それで子供が泣いて生まれてくるのはその責任のためだという人もいる
責任からなんでも逃れられないのである
その責任も自覚できないのである、結局いくら親が悪い、社会が悪い、時代が悪いとなっても最後は自分の責任にされるのである
いくら悪い環境でも育ってもそうである、そういう人は余程自分の境遇を自覚して生きないと悲惨な結果にもなる
結局人生最後はみんな後悔に終わる、あの時こうれば良かったとかあの時失敗したとかなる、それを最期に悔やんでもどうにもならないのである




白鳥の詩、石の庭、寒椿 (真野川の白鳥の写真)


白鳥の詩、石の庭、寒椿

(真野川の白鳥の写真)

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石組みの庭の堅固に寒椿

石の庭堅固に組まれ朝に雪

石の庭組まれて堅固冬の暮


白鳥の群れて飛び立つ昨日の雪山脈に残り朝に映えにき




蔵王と白鳥

蔵王は雪に真白く閉ざされて
かなたにその威容や重しも
飄々と風唸り雪に埋もれぬ
その姿の厳しく汚れを拒絶する
白鳥の群れ喜々として朝に飛び立つ
その清しさよ心打つかな
その鳴き声は寒空にひびきわたり
二月になお寒しもなおしばしあり
やがてまもなくシベリアの地へ去る
白鳥は大空を翔け去りぬれ
寒さの中にこそ白鳥の純白は映えぬ
神の創りしものの純美こそ誉でよ
その技の巧みにして奇跡なりしも
去りにしあとにただその美麗な姿を見る
ただ神の成さむとせしイデアを見るなり




朝に毎日外に出て白鳥をみる、朝と夕べに白鳥は飛びやすい、今日は晴れて白鳥の群れが山脈の方に富んだ、山脈は雪が残り映える、背景が良くないと映えない
近くには火力発電所の煙突の煙が見えるのと今工事しているから写真たとまずい
でも白鳥でも飛ぶもの動くものは定点観測しないといいものがとれない

それで八沢浦からは蔵王が大きく見えるので写真をとるにはいい、でもなかなか白鳥を飛んでいるのを撮るのはむずかしい、写真は動くものを撮るのがむずかしい
今日は意外ときれいにとれていた、白鳥はやはり寒い時が一段と美しいのである
そして回りの環境が景色に映えるとさらに美しいとなる
ただ写真でもどうしても定点観測しなといいものがとれない
別に白鳥はどこでもみれる、だから北海道辺りだとさらに映える

蔵王は実際冬にも行ったしそこはいつも雪が降っている、雪に埋もれている感じになる
蔵王に映えて白鳥が映えて群れて飛ぶときさらに美しくなる
ここでは高い山がないから蔵王が見えることは貴重である
ただ蔵王は原町区からは見えないのである

そして神が示そうとしたのは何か?それは神が創造したイデアなのである
白鳥をイメージして作ったイデアなのである、だから白鳥が去ってもそのイデアは残る
イメージとしてイデアが浮かんでくるのである

近くの空家の石組の庭はいい、空家が多いが家自体には今はあまり価値がない
ただ家と言う時、そこに長年住んだ人は愛着がある、何か家族がみんな死んだけど
依然として家族がいる感じになる、いつも待っている感じになるから不思議なのである
私は石に興味がありだから庭に興味がある、庭だと余計に毎日身近だから一体化しやすいのである
それであそこの空家の庭は立派である、だからあの庭には価値がある
家には価値がないのである、あの庭だけを記念に残すといいとかなる
つまり空家が増えすぎたけど何か活かす方法があるともなる