2022年03月05日

葉牡丹、蝋梅、こぶし(俳句と短歌の表現ー牡丹、蝋梅、こぶし(俳句と短歌の表現ーペンネームを天華にした)にした)


葉牡丹、蝋梅、こぶし(俳句と短歌の表現ーペンネームを天華にした)

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小林天華

玄関に春の日してやわらぎぬ

村の道蝋梅二本なごむかな

春の星並びて三つきらめきぬ


我が家に手伝う女や紫の葉牡丹静か色を深かめぬ

紫の葉牡丹静か色深め我が元にそ一冬咲きぬ

我が家の広き間にしも赤き百合匂い放ちてその香の充ちぬ

今日も見る壺に挿す花その色の心に深く映しけるかな



森の奥人目に触れずこぶし咲く石は黙してその花宿す

森の奥誰かひそけく去りにしを人目にふれずこぶし咲き暮る



俳句と短歌を並行して出してきたがどうしても俳句は表現に限界を感じる
短すぎるのである、でも短歌はそれなりに深いものができる
それはやはりただ長いということにある、その長さで表現の幅ができている

俳句は写生で作って来たが蝋梅が二本咲いているとか星が三つとか何々が十輪だとか
数を表現する、だから鶏頭の十四五本のありぬべし・・という子規の俳句が問題になったのである、数によって感じ方が違ってくるからである
蝋梅が二本咲いているのと一本では違っている、二本咲いていたのはめずらしいとなる

葉牡丹は冬にふさわしい、家に来る女性は葉牡丹だともなる、何か見映えがしない
苦労して他の女性よりふけてしまったのである、ただ手伝いさんとかではない
実際はほとんどなにもしないからである、一人でいるのもまずいからつきあっているともなる

花でわかったのは花を心に映すには時間がかかる、フラワーアレンジメントでも一週間以上毎日見ていると心に映ってくる、色を深めるという感覚になる
葉牡丹の紫は何かほのぼのとしてにじみでるものがある
人間は空間軸と時間軸で常に構成される、何かを見るにも必ず時間が必要なのである
花でも家の中で長く見ていれば心に深く映じてくるのである

こぶしの花は丸森の森の奥の方に咲いていた、ここは人がほとんど通らない森の道である丸森は森が深いのである、飯館村もそうだが丸森は江戸時代から木材が豊富で相馬藩と伊達藩と米沢藩で争っていた、それだけ森が深いから木材があった
でも最近は山全体がソーラーパネルになったりしているので森が映えないということはある、とにかく科学技術はどうしても自然と相いれないものがあり景観を壊すのである



自分のペンネームを俳号を天華にした、花をテーマにすることが多いからこれがいいと思った、老鶯はやめた、私は天の国に行き花園にいる、花を見て過ごすのである

地政学の逆襲ーロバート・D・カプランを読む (地理の宿命から逃れらない、ウクライナの地理ーロシアには欠かせない土地)


地政学の逆襲ーロバート・D・カプランを読む

(地理の宿命から逃れらない、ウクライナの地理ーロシアには欠かせない土地)

ランドパアーの継承であるドイツとロシアは、シーパアーの継承者たるイギリスとアメリカに比べて何世紀に渡ってより地理的な観点からものごとをとらえてきた
モンゴルの黄金軍団がもたらした荒廃を決して忘れることがなかったロシアにとって
「拡大なくしては侵略されるのみ」を意味する言葉だった

領土はいくらあってもたりなかった、ロシアが冷戦中に東ヨ−ロッパからなる衛星国を必要と下、また旧ソ連邦を再構成しようとして軍事力を使用して破壊工作を行い、エネルギーパイプラインを張り巡らせたのはすべて深い不安の表れだった

地理の非情さとその結果として起る空間をめぐる闘争から逃れることができない
「国際社会は・・・法と秩序を守る中央権力のない社会である

力の追求は道徳的価値を実現するために行われるのではない、力の獲得を容易にするために道徳的価値が用いられるのだ(スパイクマン)

地政学の逆襲ーロバート・D・カプラン

地理から地政学から世界をみるので興味をもった、人間は地理にその住んでいる場所に一番影響する、その住んでいる場所がどうしても世界の中心になる
そこで他の人も多様な世界に住んでいるのだから誤解が生まれる、日本のような島国に住んでいる人達と全くどこまでも平原とか草原とか森林とかがつづく世界ではまるで違ったものになるからだ
日本ではそうした大陸的な地理を根本的に理解できないのである
第一そういう景観などないから理解できない、長大な河でも草原でも砂漠で森林でも理解できない、森林は日本には多いではないかというがロシアとかウクライナでもその森林のスケールが違っている、平地に延々と森林がつづいているのだ
その森林がゲルマンの森となり樅の木の森となり原風景を作っている
その森が中世では覆っていて境界となる、つまり自然が境界となるのである

ウクライナのキエフから80キロくらいにチェノブエリ原発があった
すると意外と近いなと見た、そこは森林におおわれた地域として映されていた
そして原発は放置されて住民は去り元の原始の森林に覆われた
そこにヘラシカとか狼とかが棲むようになった、それはこの辺の原発事故でもイノシシとか猿が森から山からでてきて人のいない家を荒らしたりして荒廃したのとにている
でもヘラシカとか狼がいるということはその辺はまだ原始的環境が残っているのかとなるそれも余りにも広いからイメージもできないのである

この本は地理として世界をみる、人間は地理から逃れられない、宿命としてある
その地理によって国々が自ずと作られるし文明を作られるというのもわかる
世界四大文明が地理でも作られたという時、そこはエジプト文明なら砂漠が防壁となり
多民族の侵入を拒んだ、インダス文明でもインドもヒンドスタン山脈が境界となり異民族の侵入を拒んだ、中国も遊牧民地帯の熾烈な民族の混交する争いの力離れて平和であり
それで文明が生れたとしている、そこには平和があり平和の営みが続けられた結果として文明が成熟する要件を備えていたとしている
遊牧民地帯は消長が激しいのである、国が拡大してもまた別な国が拡大して支配される
そういう地理的興亡の世界である、常に他国が攻められるという地続きの恐怖の中に生きているとなる、だから中国の万里長城が作られたのである
文明とは遊牧民のような移動する民ではない、農業として定着する人達が文明を作ったのである

この世界史から今のウクライナを見る時、ロシアがなぜあのような無謀とも思える行動に出たのか?

それはそういう地理的宿命としてカルマとしてウクライナがあったことなのである
黒海のクリミア半島は海へ出る唯一の土地だからしこを死守して奪ったのである
そしてウクライナをロシアに併合することはロシア帝国再現に不可欠だったのである
そして安全のために不可欠な土地だからあそこまで強行して西側に奪われることを嫌がりあのような無謀をとも思える侵略に踏み切った
それは実際に歴史をみればナポレオンであれナチスドイツであれロシアに攻めて来たからである、そこで一千万単位で死んでいる、それがトラウマとなって恐怖するのもわかる
つまりウクライナはロシアにとって地理的死守するものとしてあったのだ
これは地理の宿命としてあった、地理はこうして人間が地球に住み始めてから影響している、そして地理は変わらないのである、地史的には何十億単位では変わるにしても人間の歴史がはじまってからは基本的に地理は変わらないのである
だから繰り返しそれが業(カルマ)となり争いが地理を巡って終わらないとなる

力の追求は道徳的価値を実現するために行われるのではない、力の獲得を容易にするために道徳的価値が用いられるのだ
(スパイクマン)

道徳的価値をアメリカなどは民主と自由を絶対的善のように言うが実際はそれを口実にアラブの春でもオレンジ革命でもシリアでも扇動してアメリカの覇権を拡大することになる人道的なことを言ってもそうである、もし人道を言うならなぜ日本に原爆を落とせるのかとなるからだ、これこそ人道的道徳的価値の全否定だったからである
ただアメリカの覇権拡大のための戦争だったのである
ロシア側からみれば西側がヨ−ロッパ側がNATOが拡大されることは恐怖なのである
それは歴史的にもそうだったから恐怖になっているのだ
日本だって今や中国が攻めてくる恐怖になっている、ロシアはだからウクライナを併合して西側にNATOに対抗しようとした、アメリカにしても西側にしてもウクライナで工作していた、つまり道徳的価値とか民主とか自由を自分たちの覇権を拡大することのために利用されることがある、もし本当に道徳的価値を人道を言うなら自分たちの国でそれを実行するのかとなるとしないのである

だから最終的人間は人道的な外交とかない、弱肉強食であり中国でもロシアでも日本は何も言うなと脅迫している、小国は何も言うなとなる、でも小国でも道徳的価値とか人道的なことを主張できるのである、でも小国は大国に従いとなる、それがいかに理不尽でもそうなっているのである、だからロシアの強行はひどいとなるがアメリカでもベトナムとかイラクで人道を無視して戦争していたのである
だからロシアばかりを責められないが何かアメリカは道徳的価値を民主とか自由で主張しているから従いとなる
ただ正直ロシアは太平洋戦争でシベリア抑留とか北方四島がとられたかありいい国に見えないのである、自分自身もロシアに好感は持てないのである
ただ冷静にみればアメリカだって道徳的人道的な価値を追求しているわけではない、ただ口実として覇権の拡大を目指しているだけなのである

ただ現代であれだけ無謀なことが暴力が全面に出たことに驚いたのである
核までもちだしたことは許せないとなるしこれは世界世論として責められるべきである
今回は本当に核の脅威を現実のものとして感じた
原発は平和利用だけではない、テロ組織の脅しとして使われるという時本当にロシアのような大国でもあからさまに宣言したら恐怖だったのである
だいづれは核があるかぎり核は利用される、そして世界最終戦争になりハルマゲドンになり人類は滅びる、それで聖書のエゼキル書のゴグがロシアなのかとなった
聖書は預言の書であり予定の書である、だから二千年後でも予言するということがあったそれが現実化して核の原発でも攻撃する世界最終戦争の恐怖にもなったのである

いづれにしろ確かに現代でも地理の制限は活きている、でもミサイルとか飛行機とか宇宙からでも情報戦が行われる時代である
その情報戦からするとテレビにインタ−ネットでも映される映像の衝撃が大きいのであるするとなんでこんなひどいことをするんだと感情的になりロシアへの怒りになる
いろいろ複雑な背景があってもその映像を見たらロシアは許せないとなるのである
だから情報化時代の映像はやはり道徳的なこと人道的なことに反することは簡単にできないとみた、原発まで攻撃することには驚いたからである
いろいろ理由があっても結果的にはロシアは世界の世論からみると不利である
その理由が正当であってもあれだけの暴挙と人道を無視した行為は受け入れられない
それが情報化した世界であり一方的な力の論理が通用しなくなる

そしてどうしても地政学が変わらずあるとしてもそれを乗り越えてきたのが現代の科学技術文明である、通信とかが発達して同時間で世界に知れ渡る
隠して隠しきれないのである、そのことでプーチンは相当に不利になる
いくら正当性を主張しても受け入れられないのである
無差別にでも国民を攻撃してくる映像を見たらいくら人道とは関係なのが国家間の紛争だとしても世界に影響するのが情報化社会である
明らかなことは地理的障壁に制約された時代は依然としてあるとしてもその障壁も通用しなくなる
ただ日本の場合だと中国は隣でありロシアも隣国であり近接しているから地理の影響を受ける、アメリカはもともと地理的障壁が海であり他国が直接攻める脅威はないのである
だから緊迫感に欠けるのである、別に自国を守ればいいとなる、他国は侵入してこないからである、日本はそうはいかない、相当な緊迫感をもたざるをえない国なのである

海に閉ざされる
山々に閉ざされる
森に閉ざされる
砂漠に閉ざされる
河は国を分けるライバル
草原は閉ざすものがない
遊牧民は自由に往き来する
中国とヨ−ロッパは遊牧民地帯の辺境
その押し寄せる凶暴な民族
モンゴルはヨ−ロッパまで進撃する
中国は万里長城を造り
その対抗で中国もヨ−ロッパも作られた
中央アジアは常に動乱の地
ウクライナは西と東のせめぎ合う広大な土地
歴史は地歴でありカルマとなる
この闘争の前に人道は無視される
人類のカルマは繰り返す
力の論理が貫徹される非情の世界
それがウクライナで再現された


posted by 老鶯 at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層