2022年03月07日

人間は経験実感が大事 (ウクライナや外国や地理でも同じ・・一次情報は得られない)


人間は経験実感が大事

(ウクライナや外国や地理でも同じ・・一次情報は得られない)


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長谷川幸洋と高橋洋一のNEWSチャンネル
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93023?page=6

外国という時どうして実感するかが大事である、その基本にあるのが風土である地理であり地形とかなのである、これを実感することが本当にむずかしい
今日テレビで若い女性が北欧は寒い、日本では体験できない寒さだった
そう言ったのは実感だった、経験だった、そのことから暖房が大事でありロシアの天然
ガスとか石油が重要なものとなる、その寒さに耐えるには暖房が欠かせないのである
韓国も大陸のつづきてあり寒い地域である、だからオンドルが作られた
それは古代に渡来した人がオンドルを作っていたが日本では定着しなかった
西日本だとあたたかいから必要ないともなった

こうして何か学問とかむずかしいことではなく普通の人でもちょっと体験したことから
実感したことから何かを知る、まず地理とか風土とかは体験しない限りわからないのである
その国の文化でも俳句を知るには日本に一年間住んでみないと理解できないのである
だからアメリカとか中国とかロシアとなるとその地理が基本的に実感として理解できないのである、それはちょっと旅したくらいではわからないのである
映像でもテレビを見てもわからない、その空間を実感することはできないからだ
山でも実際は上ってみないとその山を実感できない、山の厳しさとか美は上ってみないとわからない、写真とか動画とか映像でもわからない、北欧は寒いというときそこで風とか温度とか天候を感じないからである

例えば身近でも実感しないとわからない、私は飯館村にどれだけ自転車で行ったかわからない、そこに行くには八木沢峠とか大倉の方から入るにしても七曲の坂がありその坂を上るのが苦労なのである、でもその坂を峠を越えて飯館村についたとき上りきったとき達成感がある、飯館村は標高が600メートルくらいあり夏は涼しく冬は寒いのである
こうして近くでも実感することがむずかしいのである
地理とか風土からしてその基本的なことが実感しにくいのである
だから本を読んでも外国はわからない、百聞は一見にしかずとなる
北欧に行って寒さを感じたらロシアの天然ガスは必要でありそれを断たれることは辛いとなる、そこから外国の理解が深まるのである
それで外国に留学したりビジネスしりして直接外国人と接している人は本を読んでいる学者より外国を知っているのである

ウクライナとかロシアの紛争にしてもまず理解することがむずかしい
地理的風土的なことが実感できない、どうしてチェルノブエリ原発がキエフから百キロの地点にあった、それは福島原発だったら仙台市あたりの距離だったのである
ただそこは森が広がり事故の後は住民は去り元の原始の森とか原野に還ったのである
この辺とは違った風景なのである、そして森に埋もれて原野にはヘラジカとか狼が還ってきたのである、つまりそうした原野のようなものが残っている地帯だったとなる
だから住民は一時的に原発があり団地を造り働いていた、ただ農業する人もいたが放置して森に埋もれてしまったとなる
福島原発ではもともとそこには町があり村があった地域であり古代からでも人が住んでいたのである、だからそこを捨てて別な地域に移住することが簡単にできない
移住する広い土地もないからできない、明治以降に侍は職を失ったが北海道に移住して
農業をした、そこを開墾するには相当な苦労があった、機械もないからである
それを北海道の人に聞いたのである程度実感する

人間にとって大事なのは経験と実感である、外国に行かないで本ばかり読んでいても実感がないから一回でも外国に行った人の方が実は外国を知っているとなる
私は50歳で外国に行ったから遅かったとなる
イスタンブールまで行ったけど黒海まで行かなかったのが失敗した
ただウクライナに友達がいるとして行った人がいた
ウクライナでも今日高橋洋一チャンネルで言っていた、ロシアの専門家も今回のウクライナ侵攻は予測できなかった、学者でも実は一次情報に接していないという
一次情報とはロシアの人達から直接聞くことだとしている
それができないと実感として理解できない、たいがい二次情報なのである
アメリカの機関でありそこから情報を分析して伝えているとかが多い、直接接して聞いたりした人ではない、すると実感したものではないからわからないとしている
それで感が大事だとしている

一次情報が知り得ない

感が大事である

でもプーチンに直接接した人はいないのだから誰も本当のことは理解できないとしているウクライナの本当のことは放送でもわからない、あくまでもその本人が聞けないし二次情報になるからである、それはマスコミでも二次情報なのである
一次情報となるともしその地元の人から聞くとしたら語学が地元の人と同じくらい話せないと得られない、実感できないのである
そこで私はイスタンブールで名古屋の人がシリアの人は素朴でいいと何度も言っていたのでその人の実感で言ったいたので感じるものがあった
ロシアの社会主義国家でも別に紛争がないときには人々は平和に暮らしていて素朴な人達だったのである、だからそういう場所で外国勢力が入り分断されたことが不幸にしたのである、西側の民主とか自由の運動は実際はアメリカ側の工作でありシリア人が自ら求めたものでもない、第一アメリカ側の工作員が入っていたともなるからだ
デモを扇動していたのは西側でありアメリカ人だったともなる

このように外国を理解するのは実感が得られないから誤解することになる
またプーチンが悪いとただ一方的になるのである、ロシアとかの情報は入らない
報道でも西側からしか入らない、専門の学者ですらわからないものが素人がわるはずがないとなる
とにかく人間はグロ−バル化して外国の理解が不可欠になった
でもそれが最高にむずかしいのである、その基本として地理とか風土がわかないからだ
感が大事というときやはり直感というものがありそういうものに頼る方が意外とあたるとなる
地震でも震度何度とか良く放送するけど数字だけでは表せないものがある
実際は震度いくらといってもそれより大きく実感として感じることがあるからだ
そこで直感を感じてすぐに避難した人は助かった、動物はこうしした本能的に感が鋭いから安全を計る
機械とかばかり頼っていると失敗する、人間の間の方が大事だともなる

特にロシアは自由に旅行もできないから一般のレベルでも未知の世界になっている
私はロシアに一回行ったがそれも良くわからなかった、ただアムール川を見たときは大きい河だと印象に残った、それは日本で見かけない大きな河である
その河と運河のような河ではなく激しく流れている河だったのである
これも実感したからわかったことなのである

中国でも広すぎて三回行ってもわからない国である

万輪の木槿や中国の鉄路かな

どこまでも木槿が延々と咲いていたことを思い出す、途切れることなく咲いていた、そういう風景は大陸的であり中国的だとなる
俳句でも子規の写生論だと実際にそのまま見たことを俳句にすることである、それは実感を基にしているからだ

とにかく実感するというとき宇宙旅行でもそうである、地球を宇宙から見たときどう思うかとなる、それで科学者より詩人とか画家とか芸術家を乗せてみるべきだというのもわかる、つまり芸術家の感性でどう感じるかということである
そこで世界観も変わる、でもこの実感をえることは経験しない限り得られないのである
ということは人間が経験したり実感できる範囲は非常に狭いということである
例えば福島県でも浜通りと中通りと会津では気候も風土も地理も違ってる
浜通りだといつも阿武隈山脈高原にさえぎられて中通りの方が見えない、会津はかけ離れた感じになり地理的一体感がもてないのである
会津だと二千メートル級の山がひしめいている、この辺で高くても400メートルだからものたりないのである、ただ蔵王は見えるのである

いづれにしろ人間は一次情報が直接聞いたりして感じることが大事になる
人間は接しいるのはたいがいテレビでも何でも二次情報なのである
そこで誤解が生れるのである、直接生の情報に接することができないからだ
それは専門の学者でもアメリカが調べたとか二次情報を分析しているだけだというときもそうである、だから誰も専門の学者でも今回のロシアのウクライナ侵攻は予想しなかったと言っているのである

posted by 老鶯 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層