2022年03月13日

ウクライナのロシアの侵攻で見えてきたこと (ロシアも中国もアジア的専制国家ープーチンも習近平も皇帝)


ウクライナのロシアの侵攻で見えてきたこと

(ロシアも中国もアジア的専制国家ープーチンも習近平も皇帝)

●戦争を現代に見ることの驚き

戦争とは何なのか?それが具体的にわからない、これまであったのは地域紛争のようなものだった、ただ背後には必ずアメリカとかロシアとかがいて冷戦がありその狭間で小国が代理戦争の場になっていた、今度も欧米とロシアの対立の場としてウクライナがあった
でもロシアが大軍を出して直接制圧にかかった
現代にこんな大規模な戦争が起きると思わなかった、それで戦争マニアとか武器マニアとかが騒ぐようになる、また軍事関係者社がコメンテーターとして呼ばれる
こういうことはいいことではない、戦争になるとそれにかかわるものが専門家でも話題になる、社会が戦争一色になり他のことがないがしろにされるのも困るのである
震災から11年とがこの辺で原発事故のことなど取り上げてもウクライナに注目される
それは映像が衝撃的だからでもある、人間は別に自分が被害に合わなければテレビで映画のように見る、これは本当に現実だからその衝撃も大きいし迫力が違っていた
戦争の生放送になる

確かに戦争という時ベトナム戦争がありイラク戦争は大規模なものであった
また別に日本の太平洋戦争でも70年前のことでありそんなに遠い昔ではない、ただ当時の戦争を経験した人はわずかになった、だから直接戦争の話を聞くことはできなくなりつつある
特攻隊の話を近くの人から聞いた、ゼロ戦で出撃しても片道飛行しか飛べないものだったという、なぜなら石油がなくなっていたからである、燃料がなくて片道しか飛べないから死ぬ覚悟で出撃したとなる、何か日本がアメリカに戦争に追い込まれたのは経済封鎖があり石油が入らないからだともされている、今回の戦争でもロシアが兵站がロジステックが大事であり燃料の石油とか食料でも入ってこないから進めないとか言っていた
大軍となると兵站がロジステックが大事になる、その補給能力が大事になる
日本の戦争でもそのロジステックが補給能力がなくアメリカの物量作戦に敗れたともしている

ただ戦争にしてもいろいろな場合がありみんな違っている、人間社会は同じことを繰り返している、カルマを繰り返している、でも同じようでもみんな違ったモノにもなっている
今回のウクライナ戦争でもそうである、この戦争がどうして起きたかとなるとそれも時間軸で歴史で見るとむずかしいとなる、空間軸ではロシアでは脅威になるから攻めたというのはわかる、でも時間軸で歴史的にウクライナとは何なのかわかりにくいのである
それなりの理由があってもわかりにくいのである
時間軸で見ることはむずかしいのである、何か起きる時、場所はわかるにしても時間軸で起きていることがわからない、だから個々人でも家族単位で事件が起きるが時間軸で見れないから簡単に理解できないのである、そこには複雑な家庭の事情があったりして理解できないのである、それで簡単にそれを責めたり批判もできないとなる

この戦争にしても実際はそうなのだがどうしても映像の影響が大きい、衝撃であり
なんでロシアはこんなことをするのだと世界でなったのである
だからロシアは世界を敵に回したともなる、今はメデアにしてもスマートホンをみんな持っている、するとたちまち拡散されるのである、隠せないのである
そうなると今までの戦争と違ってそれが人道に反するとか無差別攻撃とか映像で見ると世界から批判される、理由があっても不利だとも見た
ロシアはあんな野蛮な国でありこんな国とは付き合えないなとなる
日本でもこのために相当な警戒心を持つようになった、北方領土なとそもそもロシアは返すつもりはなく、ただ金をもらいたいためにそんなことを匂わせて金をもらうことが目的だったのである、阿部首相はそのために3000億円援助して今批判されている
つまり満々と騙されたのである

●ロシアという国の成立ち

ロシアという国は何なのか?

ヨーロッパが先進的、アジアが後進的であるという世界認識を根底に形成された社会構造で神格化された専制君主による絶対的支配を特徴とし、中国の歴代王朝を始め古代オリエントやインド、日本における律令制に至るまでアジア社会においては広く存在する社会構造であるとされている。もともとはアリストテレスが自著『政治学』において王制の一つの例として奴隷制を受容したアジアにおいて行われている法による支配を中心とした世襲制の王制を挙げた事に由来する物でギリシアに始まる古代民主制の対極的な概念として漠然と掲げられていただけであったが、18世紀になるとシャルル・ド・モンテスキューが『法の精神』において政体を民主制、君主制及び専制主義の三つに区分した際にこれについて言及し、専制主義下では国民は政治的にまったく無権利な状態であると指摘した上でこれを政治的奴隷制と呼んだ

中国はアジア的専制国家としてあった、それで一将成って万骨枯るーの社会である
皇帝がいてあとは下々のものは何も言えない奴隷だとなる、ただこれは別にヨ−ロッパでもそうであり民主制があったのはギリシャのポリスだがそれは一万くらいの人口しかなかったからありえた、その後の国家は巨大化したから皇帝が治める民主自由などない社会である、それが一般的であり王が絶対的権力を持つ社会である
アジアだけではないそういう政治体制が一般的だったのである

ただアジアとなるとそれが顕著であり苛烈だったとなる、何か中国でもそうだが王宮がありそれが巨大でありそこには政治の世界であり暗いもの陰鬱なものを感じる
中国ではあれだけ巨大な国家なのだからそれを治めるには強権国家でなければ治めることもできない、十億人をどうして治めるのだとなるからである
始皇帝陵にしてもそれは大きな自然の山かと思ったら墓だったとなる
スケールが違ったものになる、日本の古墳とかとは規模が違うのである
そして地下宮殿があり地下まで王が支配して生きることを望んでいたとなる

ロシアの皇帝がプーチンなのである、プーチンが作った宮殿があることでもわかる
ロシアの人民は貧乏でも王は贅の限り尽くしている、それは中国の皇帝と似ているのだ
そして皇帝だから反対するものは許さないのである、強制収容所行きとなる
強権政治なのである、そういう体制といのうは社会主義になっても変わらなかった
何か書記が死んだ時まるで神のようにして祀られて葬儀になった
神格化されたのもまるでエジプトなのかとも見た、社会主義国では政治のトップなどが
神格化されるのである、偶像化されるのである
何かあれを見て人間は変わらないものがあると見た、共産主義国家とは全体主義だから
反対を許さない、そして宗教だと反対は政治でも許されない、つまり政教一致国家なのである、マルクス主義が宗教でもありそうなったのである
そういうことは創価とかでもあり政治と宗教が一体化したときそこに神格化された偶像が生まれる、政教一致体制はイスラム国家では歴史的にそうなっているから違和感がないのである

●政教一致の全体主義国家の危険ー共産主義国家は中国でも同じ

つまり全体主義だとそうなりやすいのである、でも民主主義でも全体主義になりやすい
大衆民主主義となり数がすべてだとなり数が権力化するからである
政治の問題は権力をどう操作するかにある、それが最高に難しいから政治は混乱していつまでも人間を治めることはできないのである、それで神が治める神の国はこの世に形成されないとなる
日本の天皇制だって戦時中には政教一致でありそうなっていた、そのために政教分離が生まれた、でも創価は明らかに政教一致でも自民党と一体化している、そこに危険性がある現代は民主とか自由が叫ばれても何しろ数で決まるから一万くらいのポリスに適応された民主制などなりたたない、百万票を集めなければ選挙に勝てないのだから結局数の問題だとなり大衆ファシズムに成り安いのである

つまりロシアのプーチンを生んだものは何か?

それがロシアという歴史と伝統とかから生まれて来た、中国で共産主義が適合したのは
アジア的専制国家が歴史的にありそれが現代にも適応したとなる
また民主自由国家でもアメリカでももう投票でも不正があるとして成立しなくなっているそれは何しろ膨大な数で決まる政治だからである、民主主義とはギリシャのポリスの一万くらいで機能したものなのである、その後は国家が巨大化しているのだから成立しないとなる
プーチンがなぜあれほどの権力をもっているのか、それで怖かったのは核を使うと脅されたことである一人の暴君であれなんであれそこまでの権力を持つことの恐怖だった
そしてプーチンが死ぬと自動的に核が作動して発射されるとうことも恐怖である
まるで映画の世界が現実化したのである、ウクライナの戦争にしてもそうである

映画が現実化しているのである、ただ現実と映画は違う、多くの人の血が流され現実に死んでいる、その重みが違う、ロシアの若い兵士も死んでいる、するとなぜ死ななければならないのかとなる、プーチンの命令によって死ぬ、そこに何か自らの意志もなければ思想もないのである、これは日本の特攻隊とか学徒出陣とかでも起きた
何のための戦争だともなった、だから戦争自体が人間のカルマなのである
カルマは必ず苦しみとなって現れその時戦争とは何かなのかと苦しみで理解するのであるただ客観的に映画のように見ていると興奮する、これが現実なのかとみる
でもこれは日本も遠い世界のこととして終わらない、ロシアが本当に日本を核で攻撃する恐怖になったからである、そして国民が身構えることになっいたのである
それで核を持つかなどさえ真剣に議論されるまでなった、それだけの恐怖を感じたのである

でもプーチンの目論見がはずれたというときロシアの軍隊はウクライナの十倍あるにしても自発的意志に欠けている、ウクライナには国土を守るという自発的意志がある
土着的意志がある、それはベトナムでアメリカが兄弟でも征服できなかったということと似ている、ウクライナはもともとロシアだとしてもウクライナは民主と自由を経験している、そして何よりもやはり国家意識かあり土着的意志がある
ロシアにはそれがないのだ、プーチン皇帝にただ従うだけの奴隷である、自発的意志で戦うということはない、その兵隊も烏合の衆ともなるかもしれない、人間はそもそも強制はできない、自発的意志がないとつづかない、それで仕事でも30以上になると自発的意志で仕事でもしないとつづかないというのがそうである
勉強でも自発的意志がないとできない、試験のための勉強とかはつづかないのである
アジア的専制国家では自発的意志が欠けているともなる、民主主義とか資本主義とかはやはり自発性がありそれが共産主義とは違った精神があり発展したのかとなる
ただ大衆民主主義とか資本主義でももう現代は行き詰まっている限界になっているのである

いづれにしろ皇帝プーチンは前時代的産物でありロシアはこれ以後さらに衰退して小国化するように見える、北朝鮮の巨大化したものとして終わるとなる
ただ核兵器だけが自慢でありそれに頼る国だったことがこの戦争で露骨に現れた
でもエネルギー大国だということは北朝鮮とは違っていただけでㇽ
だからロシアをまともな国として相手にする国はなくなる
中国は相手にしても中国はロシアの小国化で属国化するのかもしれない、ロシアはもう世界から見放されたともなる、ただ何か最後のあがきだったのかもしれない
プーチンは69歳でありそれで最後の賭けに出た、こうして69ともなれば自分もわかるが
何か何か成すにも時間がないのである、時間的にも追い詰められている
もう後がない、一発大きいことをして死ぬかともなるのである
これが老人の心境なのである、何か大きなことを最後にして歴史に名を残すとかなる
そういう老人特有の心理からもウクライナ侵攻を決意したのかもしれない
ロシアはこの戦争とともにさらに衰退して小国化する、つまり大きな北朝鮮になるということである

posted by 老鶯 at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層