2022年03月16日

ウクライナとロシアの戦争が問うもの (人間は生死がかかれば真剣になるー国を守ることでも)


ウクライナとロシアの戦争が問うもの

(人間は生死がかかれば真剣になるー国を守ることでも)

戦争という時、ウクライナでもロシアでも必ず兵士が死んでいる、それも若い人が死ぬ
それで日本がの戦争でも特攻隊かあり悲惨だった
何のために死んでゆくのかと自問する、それも急激に起こるから良く考えることもできず戦地に行かされて死ぬ
だからロシア兵でも何で死ぬんだと言って戦争自体に乗り気にならない、

 この暗い時代で良かったことは、ウクライナの指導者達が世界に人々のために戦う手本を見せたことだ

 世界はウクライナの立派な行動を見ている。ウクライナに栄光あれ!

戦争はそもそも戦う国の人々が必ずどっちも死ぬ、するとどっちにしろなぜ死ぬのかと
その戦いの意味、死ぬ意味を問うことになる、それが生死がかかわるから深刻なものになる、それは太平洋戦争で日本でも起きたのだ

七たびも生まれかはりて守らばやわが美しき大和島根を  山本卓美(21)

いろいろな辞世の歌が残された、それがつたないとしても20代で死ぬのだから切々としたものとなる、その年では誰も死にたくないからである
今回の戦争でもウクライナでもロシアでも何で死ぬのかとなる
それを比べるとウクライナの人達は国土を守るということで必死になる意志があり士気がある
ロシア兵は何も知らないで訓練のために連れてこられたとかなりウクライナ人に歓迎されると思って来たのが全く違っていて何のためなのかと自問するようになった

だからこんな戦争は無駄だ、無駄死にとなるから双方でやめろとなる
その問いが深刻になるのは若い兵士でも死ぬからである、そしてウクライナ人とロシア人は親戚同だとかもともと一つの国の人達だとなり余計になぜ殺し合うのかわからないとなる

そもそも戦争とはなぜするのか?

これ自体がわからないともなる、でも戦争は人が大量に死ぬのだから何か重い意味があってこそ死ねるとなる、でも戦争にそんなに重い意味があるのかどうかわからない
ただウクライナは自分の国土を守るとなるから重い意味があり国のために死ぬことは本望だという人が多いとなる
それで士気が高いのウクライナでありロシアはそうでもない、だから士気ではウクライナが優っているから簡単に占領できなかったとなる

この戦争のもう一つの見方はウクライナが世界にロシアの理不尽な侵攻を許してはならないと訴えていることである
自国の領土として世界的にも認められたものを侵略することは国際的法的にも許されないとししてロシアの力で治めようとすることに反発する
すると戦争でも何らかの正当性があってできる、その正当性に反した戦争は許されないとなる、そこでロシアの横暴は世界から西側を中心として批判されることになった
もう一つは人道的ではないとして批判された
何か人道に反するという時戦争自体が残虐だから人道に反している、戦争をしないことこそ人道を守ることである
だから思うに戦争自体が否定されるべきであり何か理があり正義があったとしても人を殺してはならないともなる

でも国同士で右の頬を打たれたら左の頬をだしなさいとうことは簡単に実行できない
それより倍返しで相手をうちのめすというのが人間である
それは国同士でもそうなのである、アメリカなどは別に正義でもなんでもない
右の頬を打ったら百倍で左の頬を打つ国なのである
真珠湾攻撃とか3.11のビル爆破のイスラムのテロでもそうだった
日本の真珠湾攻撃は原爆を落とすことで終わったからである
その後もアメリカはベトナム戦争とかイラク戦争とかアフガニスタンでも戦争をつづけてきた、それもイラクでは化学兵器があるとかいいがかりをつけて戦争してきた
だからアメリカが東京裁判で日本を裁くことなどできないのである
アメリカ自体も裁かれるものであったからだ
第一アジアのことになぜアメリカが口を出すのかともなる、またなぜヨ−ロッパ列強がアジアとか南米でも植民地化したのかとなるからだ
そもそもそんな権利があるのかとなるのである、別にそこに何の正義などないのである

何かアメリカの論理は民主と自由を旗印にする、民主と自由の国と独裁国家と専制国家の争そいだとしている、その民主でも自由でもアメリカにとって都合のいいものだからそれを理屈にしている
だから忘れていたがシリア紛争で一人の女性が何も仕事もないとかで売春するほかないと泣いていたことが印象に残ったのである
その女性は民主と自由とかアメリカにのせられてシリアせ悲惨な結果になったと泣いていたのである
つまり戦争とは人を殺すことであり人が死ぬことでありそれに正当性を見出すこと自体
むずかしいのである、だから人を殺すなというのが宗教の戒律にもなる
確かにそれなりの理由がつけられる、でも人を殺すことはやはり罪だとなる
ただ正当防衛はありそれは許される、しかし平時の争いでは今度は正当防衛が過剰防衛になることもある、そして相手を逆に殺すともなる

今回はウクライナが侵略者から守る正当防衛ということで義があるとして戦っている
それに同調しろとなるがその争いが双方の不可分の歴史があり簡単に肩入れできないということもある
まずロシアが大量に民間人でも殺しているから許せないとはなる
ロシアはもともとそういう悪辣な国だったということが日本の戦争でもトラウマとなっているからだ、北方領土はそもそも日本の物なのに戦争のどさくさで奪ってしまったからだそういうことでロシアにはいい印象をもっていないのである
でも民主と自由を旗印として戦争をすることに義があるかとなるとわからない
それはアメリカの西側の都合のいい解釈だともなる、なぜならシリアでは民主自由とかで分断されて悲惨な結果になったからである
そもそせ民主自由だからとそれに従わない者は殺していいとはならないからだ

世界はウクライナの立派な行動を見ている。ウクライナに栄光あれ!

こういうふうに単純にウクライナに同調して日本も戦いとはなりにくい、もちろんロシアが侵略したのだから悪いとはなる、でもだからそれが世界共通のものとして

ウクライナとともに世界がロシアと戦い!

こうなりうるのか?それは簡単にはいかない、そうしてもしウクライナで参戦して死ぬとかなるとどうなるのか?それだけの意義があるのかとなるからだ
ロシアはプーチンの独裁でありそれが嫌ならロシア国民が立ち上がり倒すべきだとなる
そして他国までロシアに従いとは言えない、それを軍事力で従わせることはできない
ウクライナはウクライナ人が選ぶべきことだとなる
だからこの紛争は世界的な問題となった、世界第三次戦争にもなる恐怖せを覚えた
プーチンが核で脅したことが怖かった、それは世界で戒めるべきものでありあってはならないことをタブーを破ったからである

結局国は誰のものなか?一人のプーチンの独裁者のものなのか?

または特権階級の既得権者のものなのか?

それでエリート層はロシアを脱出している、もうロシアを国を見捨てるとなる
そういう国はもういくら独裁者が強制しても維持できなくなる
国自体は独裁者や特権階級で維持できるものではないからだ
だからどうしてもロシアという国自体が崩壊してゆくように見える、また小国化してやがて中国の属国のようになるかもしれない、結局人間は力だけでは軍事力だけでは国を保てない、軍事力で拡大してもできない、それでロシアは大きな北朝鮮になるというのもわかる、北朝鮮はミサイルを自慢するだけでありその国ではまともに食べることもできない
ロシアも誇るものは核だけだからそうなる、あとはエネルギーだけである

とにかくこのウクライナとロシアの戦争はいろいろと考えさせられた
国とは何かとかいろいろ考えさせられた、それも人が大量に死ぬのだから深刻な問いとなったのである
人間は生きるか死ぬかになれば真剣になるがそうでなければただ空理空論になる
外野から面白がっているだけだとなる



posted by 老鶯 at 18:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層