2022年04月15日

人間はなぜ戦争になるのか?(2) (民族の抗争は延々と大陸では継続されてきたー日本と違う大陸国家の 歴史)


人間はなぜ戦争になるのか?(2)

(民族の抗争は延々と大陸では継続されてきたー日本と違う大陸国家の 歴史)



東ローマ帝国やオスマン帝国の支配を受け、その影響(特にビザンティン文化)を受けている。また、東ローマ帝国やオスマン帝国と、神聖ローマ帝国、オーストリア帝国など西方の勢力との衝突点であり、宗教でも正教会、イスラム教とカトリックが混在している。19世紀から20世紀にかけて、多民族を包含する巨大な帝国が失われた後、民族混住の地であったこの地域はヨーロッパの火薬庫と呼ばれ、両世紀を通してバルカン戦争や両世界大戦、一連のユーゴスラビア紛争などの多くの争いを経験した。
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人間が集団的に対立するのはなぜなのか?
日本だったら人種間での対立はない、日本に住んでいればみんな日本人だからである
でも大陸になると民族でも人種でも多様であり対立が生まれる
それは人間の歴史が始まって以来あった
日本がでは民族とか人種とかあまり意識しない、日本に住んでいればみんな日本人だからである、でも一旦外国に出ると常に日本人だということを意識せざるをえないのである
そして民族とは何かとなるとその定義はむずかしいのである

日本人の基本的アイディンティティは村という狭い地域で作られていた、その歴史も長いのである、その村の範囲も狭いし500人くらいの規模だろう、そこで閉鎖的に暮らしていたのである、日本人にとって外の人は異人であり警戒されていた
第一なかなか村の中に入り込めない、江戸時代ならみんな村に入ってきたよそ者はすぐにわかり警戒して監視する、だから日本人の国意識は村が基本になっている
国(くに)と国家は違っている、

国(くに)とは地理的にも一つの世界観が形成される範囲である
例えば会津だと古代から一つの国(くに)として意識されていた

会津嶺の 国をさ遠み 逢はなはば 偲ひにせもと 紐結ばさね

その国の範囲がどれくらいの範囲になるのかわからないが確かにそこは国として意識されていた、それで最初の国は大和朝廷から奈良の都から国造(くにのみやっこ)が官人が覇権されたの国として意識された、その範囲が国だった、それは狭い範囲である
だから会津でも実際は狭い範囲でありそれがやがて拡大されて会津全体の広い領域となった、ここだと浮田国造が置かれた地域が大和朝廷から認定された国だったとなる

国というときもともとこのように狭い範囲で意識していたものである
すると国というのは無数にあることになる、その数が多い、日本国家として意識することでも日本は江戸時代までしていない、藩が国であり藩の外は外国にもなる
現実に藩内でしか通用しない貨幣があり藩の外にでるときは 両替する必要があった日本はそもそも狭い範囲で村で自給自足していて村の外とは交わらなかった
だからこの辺の伝説で麦踏みの仕事を手伝った人が隣の村の人でも蛇だったとかなる
つまり今なら外人をそうみるのとにている、でも不思議なのは言葉は通じていた
第一隣村でも人が交わらないというのは相当に閉鎖されて暮らしていたとなる

それで飯館村の大倉村と佐須村は明治以降も民情が違うので合併しないとかなっていた
この民情とかがわからないが意外と今でも日本人は村意識が根強く残っている
よそ者を警戒して受け入れないということがある
第一大倉村と佐須村は5、6キロくらいしか離れていないのである
自転車で行くとそれなりに遠さは感じるがそれにしても村と村は交流せず暮らしていたとなる、またそうして孤立していても暮らせていたともなる
今なら外国から物が入らないと大騒ぎになっているのにそうして村だけで自立して自給自足して暮らしていたのが不思議だとなる、もう今の生活から比べればいろいろなものが足りないのである、医者もいないし何かもない、この辺ではむずかしい病気になると仙台の方の医者に行く、仙台市にはいい病院があり医者がいるからである
江戸時代はもう簡単にいい医者にかかれない、とにかく江戸時代は眼の病気が多かった
それで座頭とかも多かった、それは栄養不足から来ていたらしい、それで眼の病気を直したいとして村の外にでて関所を出て看てもらうとした人が記録に残っている

ともかく日本でいう国というのはこのうよに村が基本となって狭いのである
そして小国という地名が多いのは狭い範囲でも自給自足していてそこを国とか感じていたから地名化したのである
そして日本人のアイディンティティはどの村に所属しているからがアイディンティティになる、人種とか関係ない、民族とか関係ないのである、どこどこの村に住んでいるということが今の国籍になる、そしてお国訛りがありそれで分けることになる
それで日本人の姓はたいがいどこかの村の名前が姓になっている
必ず姓をたどると村の名前があり地名がありそこから出て来たのが姓である
でも外国だと大陸だと姓は土地とは関係ない、血縁である、先祖が誰であるかでありそれで一族がある、一族意識は血族であり先祖を同じくするものである
だから外国人の大陸では誰の先祖なのかということが大事になる
それは中国でも同じである、中国で重んじるのは姓を同じくする一族なのである
韓国でもそうである、姓を同じくするの人たちは同族となり連帯を持つのである

日本でも村だけではない、源氏平家という大きな氏族が生まれると大きな氏族に属して
姓を同じくして一族意識をもつ、でも日本は基本的に村で生活を共に々するもののつながりは強いのである、小さい村だと家族のようにもなっていたのである
それで一家族の子供でも村の子供となり名付け親とかいろいろ実質的にも村の子供となると家族のように扱ったとなる
でも日本がでは姓よりどの村に所属しているかが大事である
そこが大陸とは相当に違っているから大陸の歴史を理解しにくいのである

そもそもウクライナ人とロシア人を区別するものはなになのか、顔を見ても区別できないだろう、なぜウクライナという国が成立したのか?それもわかりにくいのである
そして日本だったら島国だからいつも領土は海に囲まれて変化しないのである
でもヨ−ロッパとか東欧とかイスラム国でも常に領土は拡張したり縮小したり一定ではないのである、そしてなぜ東欧諸国にいろいろな国があるのか理解できないのである
なぜあのように小国がロシアとの間にあるのか理解できない
ドイツだと強力なゲルマン人がいて一つの民族国家を形成していることはわかる
フランスでもそうだしイギリスでもそうである、アングロサクソンとかの人種である
その人たちは体も大きくモンゴル人のようなアジア系とは違う、そしてスラブ人となるとこれはアジア系とヨ−ロッパ系の混血なのかとなる

ともかく大陸国家は様々な民族が人種がか混交している、だから聖書でもこの世にいることは異邦人だということになる、常に異民族が混交して同一民族となりえないからであるそして大陸は遊牧民族であり移動する、今回のウクライナ戦争でも何百万人が移動した
そういうことが大陸では陸続きだから常に起きてきたのである
それが動乱となり戦争ともなる、だから国家の消長が常にありウクライナがボーランドであったときもある、今の領土が日本がのように島国で古代から同じということがなかったのである、そこに勢力が変わり領土も拡張したり縮小したりしてきたの歴史である
こういう歴史が日本がとは相当に違うから理解しにくいのである
日本人は一民族でありみんな日本人だとなる、でも大陸では様々な人種が民族がいて争っていたのである
そして民族を抹殺するジェノサイドでも起きていた、それは旧約聖書でも神の民であるユダヤ民族に逆らう者に対してジェノサイドがあった
また中国人でも民族が混交している、胡人というのはイスラム系であり胡国という国が生まれた、また中国では戦争になったら敵国の者は墓からも暴きだしても罰している
でも日本では敵国の人でも争っても敵味方塚として丁重に葬っているのである
墓が残されているのである、それは薩長軍が東北に攻めてきて争ったが九州の侍でも敵味方塚に葬られている、こういうことは中国にないから驚いているのである

漢字文化圏には古来より「胡」という姓が存在し、霊太后の父胡国珍、北宋の儒者胡安国中国共産党総書記の胡錦濤、ベトナムの国父ホー・チ・ミン(胡志明)などがいる。

その起源は、華人に同化した異民族出身の者が漢風の姓を付けたのが始まりとも言われるが、通志の氏族略が伝えるところによると、春秋時代の陳の初代君主胡公に由来し、陳の滅亡後に陳の遺民が名乗ったのが始まりと書かれている。

百家姓において、「胡」の姓は十三大姓の一つに数えられている。

ベトナムの国父ホー・チ・ミン(胡志明)がそうなのか、ベトナムでは漢字を使ったいた時代があるから中華文明圏内にあったともなる
胡人とは今のウィグルとかのイスラム系でもある、その人達が胡人であり胡の国となった、、姓はその胡の国に由来している
姓が同一民族となるから大陸国家では多様な民族がいて姓が同じだと一族意識が生まれるのである

いづれにしろウクライナ戦争のことを理解することは本当にむずかしい
そもそもこの戦争の発端はウクライナの東部地域のロシア人とウクライナ人の争そいにあった、でもそもそもロシア人とウクライナ人の相違は何なのかというと理解できないのである、ロシア人とウクライナ人を区別できるのかとなるからだ
日本人と韓国人と中国人を区別できるのかとも似ている、だから必ずしも民族だけがアイディンティティにはならないのである
そもそも国家というのは何かというとき大陸国家だと一民族が国家とはならない
アメリカでも見ればわかる、人種が混交しているから民族国家ではない、それでその国家をまとめる原理は何なのかとなると日本がのように一民族国家としてまとめられない
それで人種差別がありそれをまとめるのに苦労するのである

東欧となるとまた宗教でもわかりにくい、カトリックからプロテスタントからギリシャ正教からロシア正教とか別れてきたからわかりにくい、イスラムでも「スンニ (スンナ)派」と「シーア派」とかなぜ争うのかもわかりにくい、宗教も根深い対立の原因となる
ロシア人とウクライナ人が兄弟のようなものだとかルーツを同じするものだとか言うのになぜこんなに激しい戦争をするのかもわかりにくい、同族でこんな残酷な戦争するのかとなるからだ、ただ大陸国家では民族の抗争が延々とつづいてきた、その延長としてウクライナとロシアの争いがあるとなる
この争いの発端は東部地域のドンパスとかにありそこで実際に抗争が小規模の争いがあり殺し合いもしてきた、それが大きく発展したのが今の戦争なのである
その火種となるのものが拡大し拡散したのである、だから何か事件があるとき時系列で見ないとわからない、何事も突発的に起こらない、積み重ねられた時系列の歴史を見ないと理解できないのである
それでプーチンにもロシアにも言い分があったということは理解できる

そもそもなぜあんなに東欧に小国家があるのか?

それ自体が歴史的にもわかりにくい、ルーマニアがローマニアでありローマの延長としてあり東西にローマ帝国が分離して生まれ国だとなる
ヨ−ロッパとは何かとなればローマ帝国を形成した地域が基本として作られたものだとなる、その前はフランスでもドイツでも蛮族とされていたからである
そしてキリスト教が東方に広がってもロシア正教とかまた別なものである
そこにはモンゴルの血も交じっている、プーチンの顔がモンゴル人の顔にも似ている
そしてウクライナ戦争でも歴史が繰り返すということで歴史を実感する
タタールの軛(くびき)のことをロシアが中国の属国になるとか言う時なるほどと思った歴史は繰り返すである、ロシアはウクライナ戦争以後小国化して中国の配下になると言う時、確かにタタールの軛の再来だともなるからだ
常に大陸国家には消長がある、領土でも固定してみれないのである、日本のように島国として古代から変わらない領土を維持するのは世界でも珍しいのである
歴史とは何か?それはこのように長大なものでありその継続なのである
だからウクライナ戦争もこの長大な人類の歴史の中で繰り返されてきたれのとして起こったのであるつまり歴史とはエンドレスの物語なのである、だからこそ歴史は繰り返すとなるのである、人間個々人でもカルマは繰り返すとなるのである
そして人間はこうして誰しも長大な歴史の一コマを生きているとなるのである
posted by 老鶯 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層