2022年06月03日

ウクライナ戦争は武器のショーともなっていた (トルコのエルドワン大統領がドローンを売りつけるーそういう人が仲裁できるのか?)


ウクライナ戦争は武器のショーともなっていた

(トルコのエルドワン大統領がドローンを売りつけるーそういう人が仲裁できるのか?)

ヨーロッパ諸国が現実逃避ともいえるほど機関銃を忌避したのには理由がある。
南北戦争や日露戦争の結果は当然知っていた、機関銃によりたくさんの人たちが感慨もなく死んだと。
つまり敵軍を崩し大勢の人間を殺すのに必要だったことは、
勇気あるリーダーが率いる決死の騎兵突撃かけるでも、
傑出した英雄が敵兵を何人も斬り伏せるでもなく、
ただの一般歩兵がクランクを回すだけの作業であった。

それは人間と人間がぶつかり合う戦争は終焉し、機械が戦う戦争へと変遷しつつあることを意味し・・・


戦争は常にあったが20世紀になると戦争は機械と機械の戦争になりそこに人間が欠落する人が面と向かって戦う時例え殺し合いでも人間の情が働く、それで平家物語でも一つの
人間の物語として記された、そこには例え殺すにしても人間の情が働き、相手が少年のような人がいてかわいそうがとかなる、また戦争は殺し合いとしても一対一で戦うと自ずとそこに人間的なものが働く、ただ相手を殺戮するだけの者ではない
何か卑怯なことはしないとか勝ち負けがあっても人間的なものが働きそこから武士道が生まれた、そこには刀が武器としてあっても人間対人間の戦いであり現代の大量殺戮戦争ではないからだ、つまり何でもそうだが人間が作りだす道具は平和時にいいものとして働くでも戦争となるとその道具が武器になる、斧だったら木を切るものとしてあっても戦争になれば無慈悲に人を殺す道具と化すのである
それは原発でもそうだった、核兵器ともなり日本はその被害を受けた、一方で平和利用として原発があったがこれも事故でこの辺は悲惨な結果となった

何か今回のウクライナ戦争は武器のショーのようになった、それが現実の戦争でどれだけ力を発揮できるかとなりリアルであり世界中の国が注目したのである
それで先日のテレビで武器について解説していたのが興味深かった
武器産業が活気づいたのである、そして武器を一番売っているのはアメリカなのである
アメリカの武器が技術的に優れていることが判明した
ロシア制は旧式であり今になると使えないことが明らかに見えた、するとロシアでは武器輸出していてももう買わないとなる、それが実践の場で実証されたからである

それで意外とトルコのドローンが効果を発揮して注目された、それで注文が増えた
そしてトルコのエルドワン大統領がロシアのプーチン大統領と直接合い停戦に向けた交渉をしようとなった
でもわからないのはエルドワンがトルコのリラ暴落とかで経済的に苦しい時、このドローンが売れて立ち直るとかなり喜んでいるのも納得がいかない
また今度はそのドローンの効果を見たロシアが買いたいとなり売るともしている
つまりトルコではただ経済的利益をみて仲裁しようとしている
それも納得がいかない、戦争ももうける商売として見ている、それはアメリカでも同じである、アメリカの主要産業として軍産複合体があり武器を輸出することで成立っている
その武器が売れるのは戦争の時だとなるからだ
だから戦争がないことは経済的に追い詰められる、そこで戦争を自らおこすのがアメリカだとも言われる、そこに職業の業(カルマ)が働く、金になるためには戦争でも必要だとなるからだ
トルコにしてもエルドワン大統領にしてもそもそも自らの国の金儲けのために仲裁するということができるのだろうか?そんな不純な動機で平和をもたらされるのか?

真に平和を願うならいいが戦争があってこそ自国の武器が売れる、そうなるともっと戦争してくれともなる、そういうことがアメリカでもあるのだ
だから仲裁するということが矛盾してくる、なぜなら戦争があってこそ自国の武器が売れるからである、そんな人が仲裁できるのか?
つまりウクライナにもロシアにも同じドローンを売ろうとしているのである
仲裁ではなく商売として戦争を見ていてもうけようとしている人が平和をもたらされるのか?それが納得できないのである

だからそもそも武器を作り武器で儲けることは倫理的に問題なのである
アメリカは人権とか盛んに言うけど一番の武器輸出国でありそれでもうけている国であるそしたらそんな国が人権とかなんとか言うことができるのか?
アメリカもだから常に表向きは善人ぶるが実際は悪人だとなってしまうのである
何か人間はジキルとハイドなのである
カルト宗教団体などでもそうである、表向きは宗教を看板にしていても実際は政治と深くかかわり勢力を拡大して権力争奪を計る、善人の顔して実は利権を得る金を得るための
手段として宗教があるとまでなる

だから人間は本当に信じられないとなる、アメリカはやたら正義をふりかざすけど実際は戦争国家でもありそれで武器を売る、これを見ればわかる、実際言うことと現実にしていることは違っているからである
人間はこうして常に二面性があり特にアングロサクソン系はその傾向が強いとしている
平気で人をだます、インディアンは素朴な人達だったか平気でだまして土地をとりあげたとか言われるのもそのためである
どうしても国単位になると善悪など関係ない、国の利益が優先される
だから善人ぶるのは偽善なのである、国単位では善悪はない、ただ国優先の利益があるだけだとなる、だからウクライナでもトルコのエルドワン大統領でも武器を売ってもうければいいとなる、そんな人が国が仲裁できるのだろうか?

ともかく武器から戦争を見るとわかりやすい、戦争の勝敗は武器によって決まる
中国の野郎自大国が漢に敗れたのは武器の相違であった、野郎自大国と銅の刀であり
漢は鉄の刀でありそれで敗れたからである
信長は鉄砲で武田の騎馬軍団を破ったとかあるからだ
そして武器でも古い武器が在庫一掃されるとか武器生産する国ではアメリカでも喜んでいる、アメリカの南北戦争でも古い旧式の型落ちの銃が日本に輸出されて明治維新で使われたのである
今回も型落ちの武器が使われる、そしてロシアの武器は旧式であり効果がないとして売れないとなる
この型落ちの旧式のものは実は原発でもあったのだ
アメリカの古いもの、マーク1が日本に輸出されていたのである、それは危険なものだったのである、でもアメリカではもうけるために日本にうりつけたのである

戦争をなくしたいとしてもなかなかできない、その問題の一つとして武器がありその武器が核にまでなった、それで核戦争で人類が滅びるという恐怖がウクライナ戦争でロシアによって引き起こされる恐怖だったのである
それだけ武器というものが戦争に果たす役割が極限まで達したからである
それを抑えることもできない、平和を実現するにはまず武器をなくすことだからである
でもアメリカは銃社会であり銃をなくすことができない、そのために小学生が乱射事件で数十人とか死んだ、アメリカ自体が武器をなくすことができない、それがアメリカの業(カルマ)だとなる
他国にも武器を売るが自国でも武器で銃で苦しんでいるからだ


いづれにしろ戦争をなくすことができないというときその大きな問題として武器をなくすことができないことである、武器でもうけること自体悪なのである
でもアメリカは軍産複合体が大きな産業となっているように戦争がないと商売が成り立たない、そこに矛盾がある、だからアメリカが人権を言うのも理解できない
戦争こそ最も人権を無視したものとなるからだ、それはロシアでも残虐なことが行われるそれは普通なら死刑にもなる大犯罪である、でも戦争ではそういう大犯罪を無視される
人を殺すことが是認されるのだから後は何でもありとなる
だから戦争では人間の悪が欲望が野放しになる、ロシアがウクライナからいろいろなものを強奪したりレイプしたり悪が何でもあるとなる
だから戦争こそが最も悪が是認されてむきだしになりそれでもとがめられない最悪なものとなる、だから戦争だけは止めねばならないものだがそれができない
その理由の一つに武器があるためだとなる、アメリカでも銃規制ができないことが自ら証明しているのでありそれで苦しんでいるのはアメリカのとカルマだとなる

戦争のことが話題になり軍人がでしゃばる時いいことはない、結局自衛隊が何のためにあるのかというとき不祥の器としてるとき別にそれで良かったのである
自衛隊が軍隊が全面に出てくる時は日本の戦争したようにいいことはない
軍人が一番威張っていたの戦争の時であり反発されていたのである
そして近代の戦争は機械の戦争であり国同士の熾烈な全員戦争でありそれで一千万人とか死んだとかなる、そこに歯止がきかくなっている
そして最後は核戦争で滅びるとまでなる、その恐怖を現実化しようとしたのがウクライナ戦争でもあった、それで一地域の紛争とは違ったものとして注目されたのである

posted by 老鶯 at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層