2022年07月07日

NHK党と参政党の過激な主張に賛同 (創価の支持は大衆社会から生まれたー宗教とは何の関係もない)


NHK党と参政党の過激な主張に賛同

(創価の支持は大衆社会から生まれたー宗教とは何の関係もない)

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(3) 信濃町、創価学会本部前、街宣。三木谷のおじいちゃんは創価学会の幹部。創価学会は税金を払え、池田大作氏の個人資産1兆円超え? - YouTube
●信濃町であからさまに創価を批判する黒川NHK党

信濃町の創価本部の前で黒川氏が訴えていることに驚く、またNHK党の がNHKの選挙番組でもあからさまに創価とかを批判した
こういうことは今までなかった、それができたとういことの驚きである
創価のことについては書いてきた、創価は団地の宗教だとするとき別に小さなグループで相互扶助団体だったら問題なかった
それがなぜ権力奪取を目指し政権をとることを目的と化した団体になったのか?
王仏冥合などという政教一致の中世的なものを現代に実地に応用していること自体
ありえないことである、
ヨ−ロッパで政治と宗教が一体化したことで腐敗した、人間の正体は変わらない
人間の真実は変わらない、人間の欲が消えてないことは変わらない
そこから問題が起きてくる

人間は権力を持ちたい

でも人間が権力を持つことが一番怖い

なぜ人間が権力を持ちたいし権力を持つと怖いことになるのか?
それは人間の欲があってそうなる、ダビデでも部下の軍人の妻の裸を見て魅せられて
その部下を危険な場所に派遣して死なせたのである
つまりこれも人間の欲からそうなったのである、そして王であり権力をもっているから
命令できたことに問題があってのである
誰も止めることもできなかったからである、王に逆らうことはできなかったからである

●権力とは何なのか?

これは別に政治権力ということでもない、人間が力を持つものである、権力といっても
いろいろある、その最たるものが暴力になる、相手を理屈などではない、正義もなにもない暴力で従わせる、だから第一の権力は暴力であり軍事力になっていたのが世界の歴史である、何かを決めるにしても話し合って決めることができなくなる
すると最後の手段は暴力であり軍事力になる
それはロシアのウクライナ侵略でもそうである、ロシア人が迫害されているというのは真実だったようだ、それが止められないからロシアが軍事力で止めようとして侵略してきたとも言う、現実に迫害されて一万人とか死んでいるのも事実だとなる
その援護のために侵略してきた
どちらに肩を持つというのではなく、ロシアにも言い分がありもう力で抑えねばならない戸なった、もちろんウクライナにも言い分があった
双方の言い分があったとしても最後は実力行使であり暴力で軍事力で決めるとなる

権力というとき軍事力であり金であり民主主義では数である、この三つを抑えると権力を持ち人を支配できる、そして民主主義でも自由社会でも実際は金の力が大きい
つくづく人間は金に支配されるものだと実感した、毎月電気水道ガスが止められる人は
切実に金を求めている、生活保護でもそれを払うほどの金を支給していないからだ
するとその金を与えればその人は従う支配できるとなる
その人は病気であり金がかかる、でも生活保護でも全額を支払えない、三割くらい払うのである、その金がないのである、そうして今日本が貧困化するとその金が払えず医者にかかれない病院にも入れないとかなっている
だから金がないことは命にかかわっているのである
すると金を与えることで確実にその人は金を与える人に従うことになる

その金融を支配しているのがロックフェラーだとかロスチャイルドとかユダヤ人とかなるそれは常に陰謀論になる、それはわからないにしろ金によって人間は支配できることである、人は金がある所に集まる、明日食べるものがないというとき死につながる
でも金があれば食料は買えるのである、そのために金によって人間は支配できる
金が絶大な権力になる、また数も権力になる、例えばボランティアでも実は一人ではほとんどできない、20人くらい集まらないとできない
それも数は力だからである、数が力だという時、何か物を買うにしても一人が買うのと
十人が買うのでは相当に違う、売る方でも10人を重んじる

●数が権力である

一人が買っても商売にならないからである、数が力となる権力となるのは民主主義では選挙がありそこで権力を得るから数を集めることが第一となる
その数もまとまってないと権力になはならい、それでまとまった票を常に確保している創価であれ他のカルト宗教団体に自民党であれ野党であれ頼るのである
そうして自民党は創価なしでは選挙に勝てないとなり権力を持つことになったのである
そもそも創価とは24時間、365日、毎年、頭の中が選挙しかないのである
そこに座談会にも参加しない幽霊会員百万単位でいる

その会員を座談会に参加させて一票に結びつけるのが幹部の日々の活動なのである
宗教というがそれはこの世のあらゆる欲が肯定される、むしろもっと欲をだせ、題目あげてエネルギーを出せ、何でも欲を実現させるのが信仰なのである
これほど本末転倒したものがないが現代文明社会ではナチスが生まれたようにそんなことが関係ないのである、大衆社会でありむずかしいことは言わない、ハイルヒットラーでありハイル池田大作になるのである、大衆にはむずかしいことは言わないことである
簡単に率直に誰でもわかる命令がいいとなる
そこららのおばさんとかにむずかいしことを言ってもわからないからである
政教分離がどうのこうのも関係ない、ただ御利益と福運がすべてでる
それは賽銭を投げて幸運を祈る神道も同じである、宗教はそもそもそういう人間の欲から脱するために生まれたものである

でも一旦そういうコミニュティに入るとそこが生きる場となるからなかなかぬけられないとなる、それは教会でも同じらしい、仲間でできるからその仲間と離れるのが嫌だとなる一応助け合うこともその党派内ではある、でもその党派に入らないものは敵であり地獄に落ちるとか罰当たるとかしか言わない、それは仲間の権益を権力を維持するためにそうなる、イスラムでもキリスト教でも党派化して熾烈な争いになる、一見宗教の争そいの用に見えて権益、利権、権力の争そいになる、そもそも宗教をめぐって争いになるのか?
それがわからないのである、人間が一番気にしているのは自分の利益でありその御利益を得ることだと教えるのがみんな納得する、すぐに理解する、そして何か御利益があるとして入ってくる、いい女がいるとかでもそれも座談会とかに来るきっかけとなる
実際はそれで一票を得るものとして誘い込むものとしてある
そもそも宗教は女人禁制だった、だから修行する山でも女性は登山が禁止されていたのである、それが時代遅れともなるが今やそういうことは一切ない
いい女がいるぞとなって入る人もいる、要するに一切の動機は問わない、頭数を集めて一票をえて選挙に勝つことしかない、それが創価の目的であり外でも似たようなものである

●宗教団体が無税なのは納得できない

だからなぜ宗教でないものが宗教活動として無税なのか?

これは全くわからない、政教分離もない、それは宗教を金儲けの手段としてこの世の俗世の欲を実現させるも道具でもある、
でもそんなことしていたら何かおかしなことになる、自己矛盾にもなる
だから宗教を看板にしないことである、別に宗教でなければ御利益を求めて矛盾しないのである、自民党は常に不正があったとしても宗教とは関係していないから人間のやることだからとして大目に見られているのである
でも宗教だと信仰しているのになぜそんなことをしているのかと見られるのである
公明党の議員が逮捕されたけどあれこそまさに御利益を得た創価の見本である
あのようになりたくてみんな祈っているのである
地位であり金であり女であり・・・・それは世俗の人間と何ら変わりないのである
これが自民党だと常にあり人間はそんなものだと見られて一過性で終わりそういう人は絶えることなくでてくるのである

そもそも創価でもカルト宗教団体は理論的に崩壊している、何かジキルとハイドであり
そこで真面目に考える人がいたら精神分裂病にもなる、そういう団体が正常でいられるのは創価でもカルト教団の人達はまず考えない、無思考人間であり頭にあるのは欲だけである、得することはするがあとは関心がないのである
例えば肝心の政教分離など言ってもわからない、何が悪いのともなる
そうした歴史的経緯など言ってもわからないのである、それをごまかすことも幹部等がしている、何かどんなことでも正論になる、理屈はどうにでもなるからだ
大衆には理屈を言っても理論を言っても無駄である
大衆は感情であおり御利益を言い、むずかしいことは言わないことである
そもそも理解する能力がないからである、そうしてナチスが生まれたのである
つまり創価でもカルト教団とは現代文明の大衆社会から必然的に生まれたものである
だから大衆とはどういうものかを知るべきだとなる
大衆的宗教とは何かを知るべきだとなる、それはナチスになるのである

●民主主義から全体主義になる

権力団体であり政治でも経済でも世俗と一体化してこの世を支配することが目的である
そして宗教は脅しとかに使うものである
逆らうとやめると地獄に落ちるとか罰当たるとか集団で脅迫する
そこに権力をもつと暴力になる、警察とか自衛隊でもかかわる、内部にも創価の会員がいるからである
そもそも罰当たるとか地獄に落ちるとか言っている人間はどういう人間なのか?
極めて俗的な欲にまみれた醜悪な人間だということである
池田大作自体は醜悪な人間である、そんな人達が言っているのである
でも何百万人が会員がいるから権力の圧力となり脅迫する、ナチス党員が創価会員にもなっているのだ、その支持者は大衆という極めて現代的な背景がある
触らぬ神に祟りなしとは良く言ったものである、カルト宗教団体に入って与えられるのは地獄と罰の恐怖である
第一そんなものをもてあそぶようにしている、宗教にかかわるとは実際危険だからその言葉が生まれた
安易に近づくものではないからそうなった

それは結局大衆化した数と化した文明から生まれたものでありそういうものはなくならないともなる、大衆に席巻されたのが20世紀でもあったからだ
それまで戦争していたのは貴族であり日本だったら侍だったが国民戦争となり全員が戦争に参加する時代になった、そして現代で一番勢力をもっているのは大衆だからそうなったのである、その大衆の扇動者がマスコミでありテレビなのである
だから大衆とはどういうものか知るべきだとなる、テレビは大衆は一体でもあった
テレビというメデアは大衆と相性が良く一体化したのである
毎日必ずテレビは見るからである、ただインタ−ネットで政治にも変化が現れた
NHK党とか参政党はインタ−ネットのyoutubeとかから拡散したからである
それであからさまに日曜討論でも創価は収支決算を明確にして税を払いとなったのであるそれが堂々と言えたことに驚いた、そこに民主主義の自由な言論はあったとなる

ただ民主主義とはまた全体主義になりやすい、数がすべてでありシルバー民主主義というとき60以上の人達が三分の一とかなれば当然偏り全体主義になるのが民主主義であり
もう選挙も機能しないのである、アメリカでもそうである、そこで暴力が今度は前面に出てきてアメリカが内乱になるとも言われるのもわかる
民主主義であれ資本主義であれこれまでのシステム価値観が大きく変化する時代になったのである

●NHK党と参政党に期待

私自身はNHK党と参政党に入れる、でも何の効果もないだろう、結局選挙は団体組織の票であらかじめ決まっているのである、だから早めに当選確実とか出る
その組織団体票が事前にわかるからである、創価の票は事前にわかる、するとその票を加算するから当落が決まっている
そもそも民主主義でも選挙でもそれが機能不全になっている、だからアメリカでは不正選挙があったとかもう暴力による内乱が近いうちに起きるとしているので
ある
民主主義の本場でもそうなっていることは民主主義も崩壊しつつある
それは結局大衆民主主義でありあくまでも大衆というものに依拠しているからそうなる
数が正義となるからそうなる、民主主義も資本主義も限界に来て次に来るのは何なのか
それはもしかしたら地域主義なのかもしれない、これも後退するようにもなるか人間の存在基盤がバックボーンはその人々の生きる地域にありそこにアイディンティティを見出すそういう土着的なものとして本来人間もあり政治でもそうなのである
創価が団地の宗教として生まれたというとき地方から東京に出てきた人達が作ったコミニュティでありそれは地域のアイディンティティを失ったからそうなった
東京という場には何かをアイディンティティとするものがないからである

いづれにしろ宗教は強制できない、強制しようとしたがのがカトリックとかでありイスラムでもそうだが宗教は権力でもって強制できない、でも実際は暴力であり軍事であれ金であれ数であれ宗教を強制するのがカルト教団である、それはそもそも宗教を求めるより権力を求めているのだからそうなる、政教一致祭政一致になっているからそうなる
政教分離などない、天皇現人神(あらひとかみ)でもそうであった、そこで創価の創始者の牧口常三郎が獄死したからである、その創始者が政教一致で殺されたともなる

でも現実は創価自体が政教一致であり迫害する方に回っているのである
だから人間の問題は権力を持つことが危険になる
それで老子でも政治を否定して聖書でもみどり子に治めさせよとかなった
人間にとって常にあくことなく権力をこの世の欲を追求しているのだからそうなった
当然創価でもその欲のために犯罪が起こしている、人間は権力をもったとき危険になる
権力を行使できるからである、それによって逆に権力化すると迫害するのである
でも公然と信濃町の創価の本部前でNHK党が演説したのには驚いたのである
posted by 老鶯 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層