2022年07月09日

阿部前首相を殺害した犯人の動機はカルト教団への恨み? (政教分離を全く無視してカルト教団は野放しになっているー自民と創価は一体)


阿部前首相を殺害した犯人の動機はカルト教団への恨み?

(政教分離を全く無視してカルト教団は野放しになっているー自民と創価は一体)


・母親が統一教会に入信し、多額の寄付をさせられて破産。家庭が崩壊したことで統一教会に恨みを抱く。
・銃を崇拝する統一教会の分派サンクチュアリ教会に所属していたことから、銃の構造に詳しかった。
・統一教会幹部の襲撃を狙って銃を自作していたが、幹部の居場所を突き止めるのが難しかったことから標的を変更した。
・安倍晋三氏は統一教会の集会に参加したり、広報誌の表紙を飾ったりしており、統一教会が日本で広まった原因は同氏にあると考えたため、標的に選んだ。
・政治的には自身も保守派であり、安倍氏の政治姿勢に対して特に不満はなかった。選挙期間に実行したのは警備が手薄で狙いやすかったから。

これ、テロでも暗殺でも民主主義への挑戦でもなんでもなく、たまたま標的が大物政治家だっただけのただの宗教トラブルによる逆恨み殺人じゃねーか・・・

この国はカルトが幅効かせすぎなんだよ
金もらってるのか知らんけど日本はカルトに甘いから起こるべくして起こった

宗教にはまって一家離散は創価でも珍しくないから
この問題はあまり大きくさせない気がする

政教分離の意味を知らない馬鹿って本当にいなくならないよなぁ。
宗教権力と政治権力の分離って意味であって
政治家が何かの宗教の信者だったり信仰を持ってるのを禁止するものではないぞ。


これが本当だとするととばっちりだったのか?私が常日頃政教分離を主張して訴えてきたでもこのことに関心がない、でもこれは民主主義にとって大きな問題だったのである
だからこそ阿部前首相がそのために殺害された、自民党は余りにも政教分離などに関心がない、票をとるならどこでもいいとしている、それで創価と一体となる

政教分離の意味を知らない馬鹿って本当にいなくならないよなぁ。
宗教権力と政治権力の分離って意味であって
政治家が何かの宗教の信者だったり信仰を持ってるのを禁止するものではないぞ。


こういう人が常にいる、これも詭弁なのである、創価でぱ選挙は仏法の戦いであり聖戦なのである、仏が味方して選挙に勝つとしている、だから常に選挙は常勝でなければならない、そして必ず当選している、選挙となると拠点に集まり題目をあげて祈り票をとりにゆく、フレンド票でもとりにゆく、会員でも百万単位で幽霊会員がいるからである
それは名ばかりであり何もしていないか一応名簿では会員になっている
その数が膨大なのである、その幽霊会員を回り一票に結びつけるのが幹部の仕事なのである
一票になれば幽霊ではないとなるからだ

いづれにしろ戦後雨後の竹の子のように新興宗教が生まれた、それは戦後戦争に負けて精神的支柱が失われからである、、精神的空白ができて新興宗教が生まれて繁盛したとなるその最たるものが創価だった、それは最初団地の宗教であり地方から出てきた人達が仲間となってコミニュティを作ったのである
それは地方から出てきて精神的不安があり仲間造りをしたということである
それは本来の宗教とは違う、むしろ宗教は衆人と離れシャカのように岩窟で悟りを開くとなっていたからである、東京のような大都会で生まれようがないものである

とにかく創価の現実を知れば確かに信仰は自由である、でもそれが組織化集団化して政治団体となり権力化して権力奪取を目指すとなると全く政教分離に反するものとなる
それは歴史的にも寺が実際は城であり権力を握っていて武士と対抗できたから信長が攻めたのである
余りにも政教分離が法律としてあるのに大目に見過ぎたのである
自民党でも政教分離など関係なく創価でも他のカルト教団でも政治化するのを見過ごしていた
そのことが今度の事件になった、そんなことで殺されることは悔しいともなるがこれも
自民党自体が創価とかカルト教団と一体となり票を得ようとしていたからだとなる
その報いだったとのとまでなる、この事件の根源はカルト教団から票をもらいたくて
阿部前首相がこびたことである、票をえられればいいとして余りにも不用意だったのである

統一教会でも韓国がかかわりそれは国の大問題だったがそれも寛容だった
票にがもらえればいいとしかなかったのである
宗教団体は票田だからそうなる、内村鑑三は外国の宣教師を嫌った、日本は日本独自のキリスト教を作るべきだとしていたからである
つまりエホバとかもそうでありそれはアメリカの意向を受けて日本を支配しようとすることがある、そのことは秀吉の時代にもありキリスト教でも外国となると支配の道具として使われるということで警戒したのである
日本のキリスト教会は今でも実際はアメリカから支援受けているかもしれない
それは政治的にも支配されることになる
宗教は別に教団とか教会に行く必要もない、行ったとしても参考くらいにしておけばいいのである、教会員になる必要はないのである

ではなぜ会員を増やそうとしているのか?

それはやはり権力化して日本に影響力をもつ背後の力があるとなる
ソビエト連邦の時代は共産主義が宗教の代わりをしていた、今は中国がそうである
共産主義で国を治めているから日本でも共産化されるとなり自由がなくなる
信仰の自由もなくなる、思想の自由もなくなる
カルト教団は本当は法律でとりしまるべきものである、そうなると信仰の自由に反するとなるが現実に信仰というより明らかに政教一致であり政権にかかわり権力を操作しようとする、別に預言者なら個人ならいい、その人は集団組織の人ではない、個々人で諫言することはいいのである、それは日蓮でもそうでありもともと個人が政治を批判したのであり集団組織ではなかったからだ、そこには何の権力もなかったのである
数もないし何もない、空手で一人て権力者に諫言したからである

それが大集団で組織化して権力を得るためにのものとなったのがカルト教団である
だからカルト教団は取り締まるべきなのである、政教分離の法律にも違反している
でも自民党は票が得られるとして何も言わないのである
その結果として阿部前首相が殺されたとしたら自業自得なのか?
やはりなんらかカルマが個々人でも集団でも現れて来る、余りにもカルト教団など宗教でも何てもないに票になるからと容認してきたつけだったのかともなる

ただ政治家とは危険な職業である、なんかわからない理由でも一人の狂気の人間が出てきて殺されることは普通にある、だから一体何が原因だったのかなかなか明確にできない
もし宗教が関係していたとなると阿部前首相にしても意外だったとなる
そんなことになりうるとは思っていなかったろう、別に票をとればいいとしか考えない
そのために殺されるとはまでは考えない、でも前々から統一教会は問題視されていたのである、そういう団体を安易に応援することは危険だったのである
でも民主主義は数で決まるからどうしても票がまとまってとれる所ならどこでも行くとなる、つまり民主主義自体が問題なのである、すべてが数で決まる、その中身など問わないのである、そして大衆民主主義になり全体主義になりファシズムになる
それはナチスで経験しているのである、でも政教分離は全く守られていないのである
この犯人がカルト教団への家庭生活がめちゃくちゃにされたとういことで恨みを持っていたとなるとまたそこにその団体の幹部がいてねらっていたとなるとそのとばっちりを受けたとなる、でも阿部前首相もかかわっていたから同類となり殺されたともなる
カルト宗教団体は下火になったとしても現代の病的現象として起きる
だからこれを放置しているとまた危険なことになる、余りにも安易に見ているからである

特定の宗教団体に政治が加担

カルト教団に苦しんだ人の恨みをかう

銃弾でで殺害される

こんな因果になるのだろうか?
政治家は票がもらえるとしてカルト教団を組みしてはいけない
それは政教分離に反する
カルト教団で家庭がめちゃくちゃされたり苦しん人がいる
だから取り締まるべきだ
まず自民党が創価からの票を得ることはやめるべきだ
そうしたら政治も左右される、全然それが成されていないのである
むしろ票をもらいたくて積極的に協力関係になり政権を維持している
これを被害者になった人は恨むとなる
もちろんそれは自己責任にもなるが全くそうした害になるものが野放しにされている
ことにも問題がある
そしていつか宗教とは関係ない政治家でも復讐される
つまりとばっちりを受けるとなる

ただここまで因果めぐるとなると想像もできなかったとなる
でも因果めぐりめぐってくる、カルマはめぐりめぐってくるの例だともなる
どこかで関係ないようでも現象となって苦しみとなって現れるとなる
つまりその根をたたないとまた同じことが起きる
でもそうした根をたつとなるとこの世では不可能だともなる
様々な悪や罪は消えることはない、宗教詐欺でも犯罪にもなるが罰せられることもこの世ではない、むしろ悪人が善人になっているのも現実である
誰が悪人なのか善人なのかもわからないのである
ただこの事件もなんらか教訓を残した、それはカルト教団とかは危険なものであり政治と分離しないと宗教のことで政治家も被害を受けることなのである
でも政治家とはいろいろなものとかかわりそこで反対があり殺されるということがあったそういう職業でありカルマになる

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つくづくどこでカルマがめぐってくるかわからない、思わぬことからめぐってきて苦しめられる、今回は阿部前首相が統一教会とか宗教団体にかかわったことでカルマがめぐって来た、犯罪に合う時もどこからカルマがめぐってくるかわからないのである
それで都会は意外と危険かもしれない、人が多いからカルマを受けやすくなる
そしてカルマは断ちきれない、延々と人間につづいてゆくのである
カルマは解消できない、それは罪ともなるが解消しないのであ
今回の事件ももし宗教が関係していたなら阿部前首相にとっては思わぬことになるのである、ただそれは政治家でも票が欲しいからと見境なく運動するからそうなる
危険な所にも票になるならと行く、そこに大きな落とし穴があったみる
posted by 老鶯 at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

宗教団体の恨みで阿部前首相を襲う? (カルト教団の被害者も多い)


宗教団体の恨みで阿部前首相を襲う?

(カルト教団の被害者も多い)

●カルト教団の被害者の犯行なのか?

「特定の団体に恨みがあり、元総理がこの団体と近しい関係にあると思い狙った」という趣旨の供述をしているということです。

また、捜査関係者によりますと、この団体について「母親が団体にのめり込み、多額の寄付をするなどして家庭生活がめちゃくちゃになった」という趣旨の話をしているということです。

山上容疑者がその宗教団体について、「家を破産させられた」「もともとトップを殺そうとした」と話していることが新たに分かりました。

この宗教団体が何なのかわからない、統一教会というのが当たっているのか?
創価も自民党と一体と言う時そうなのか、カルト教団にのめりこむことでと家族が巻き込まれそれで家族崩壊にもなる
また熱心だと必ずそこが選挙の拠点として利用される、創価の場合はそうである
選挙本部のようにされる、そこに人を集めて票に結びつけるのが日々の闘争だとなる
仏教の戦いであり選挙に勝つと仏法の勝利だとなっているからだ
完全に政教一致なのだけどとがめられるさともないし無税で政治活動でも経済活動でも行えるので税金を払いとなったのである
創価でものめりこんだら家庭生活がめちゃくちゃになったとかあるだろう
他のカルト宗教団体でも同じである

何か真光とかに入っていた人が裁判を起こした、その女性も家庭が破壊されたから恨みでそうなった、でもそういうことを訴えても結局そんなカルト教団に入るのは自己責任になってしまい、その罪は問いない、でもそれは明らかに宗教を利用した詐欺だともなる
でもこの世では罰せられない罪などいくらでもある
権力を持つと罰することができなくなる、検察でも大きな権力を持つ団体だとその圧力があり裁くこともできないとなる
要するに社会的法律的に防ぎようがないのである、いくら政教分離していない法律違反だとしても権力を持つと罰することはできない、自民党と創価は一体化して権力を形成して既得権者となり得することになるからだ
その利権を失いたくないとなり互いに不満はあっても結合する
それはあくまでも利権を維持するたにそうなっているだけである
だから利権が得られないと何らか利益にならないとかなり分断にも将来的にはなる
要するに権力を得る為に結合しているのだか得られないとなると分断する
自民党も票にならないとしたら簡単に創価でも捨てる、利をもって結ぶものは利をもって離れるともなる、金の切れ目が縁の切れ目ともなる

わからないにしろこの犯人はカルト教団にのめりこみ家庭生活がめちゃくちゃにされたということで恨んでいた、カルト教団にのめりこむと家庭生活や仕事より信心とかが優先だとされて活動する、運動員にさせられる、そして会員獲得のために日々活動させられる
そうして家庭生活よりその運動が第一とされ家庭生活がめちゃくちゃにされたとなる
それで幸福の科学の教祖の息子がyoutubeで親を批判している
何かここでもやはり家庭生活がおかしくなっていた、妻とも離婚して訴訟にもなっているからだ
もしこのことが阿部前首相の襲撃の動機だったとすると考えさせられる
なぜならあまりカルト宗教団体のことを批判できないからである

●カルト教団は宗教詐欺罪にもなるが罰せられない

すでに大きな権力を数でも政治でも持っているからである
そして宗教を標榜していることでもしにくい、つまり何か批判すると地獄に落ちるとか罰が当たるとかなる、それは政治や経済活動でもそうである
なぜなら選挙とは創価にとっては仏法の戦いであり聖戦ともなる
選挙に勝てば仏法の勝利である、だから常勝しなければならない、仏に従うことは必ず勝つことだからである
完全な政教一致なのである、それは天皇を神として戦った日本の戦争ともにている
そのために天皇を批判した牧口常三郎は獄死した、でも今は反対するものはすべて仏法に逆らうものとして地獄に落ちるとか罰が当たるとか何百万人の会員が脅迫するのだから
これはナチスと同じなのである、警察でも逆らえないとなったらそうである

カルト教団は宗教詐欺罪でもあり本当は取り締まるべきものである
その最悪の例がオウムだったのである、それを放置していたから被害になった
何もしないで放置するとナチスのようになり恐ろしい結果になる、仏教ファシズフムになり一向宗のように題目を唱えて戦地でもどこでも突っ込んでゆくとなる
イスラム教にもキリスト教でもそういうことがあった、カルト化して戦争になり聖戦となり殺してもいいとなったからである
宗教戦争ともなり悲惨な結果になった、不思議に宗教がかかわり人を殺すことになって
罪悪感もない、オウムだとボアしろとなり平気で殺された人達がいたのである
宗教による災いも大きなものだった
宗教が戦争にかかわると人殺しも正当化される、仏教ではそういうことはあまりなかったでもオウムではあった、宗教そのものは悪いものでない、悪いのは悪い人間が宗教にふれてかえってその悪が大きなものとなる
触らぬ神にたたりなしであり安易な気持で利益が得たいからなどと宗教に接するとむしろ祟りがあるとなる、現実にカルト教団は全体が祟(たた)られるものなのである

宗教というとき何か徒党組み集団化して組織化していること自体それは権力集団になる
現実に比叡山でも一向宗でも

「難しいことはわからないけどとにかく念仏で病気が治る」とか、そんな民衆の生活によりなじみ深い欲求・需要から一向宗への期待が高まり、裾野を広げていったのでしょう。

そして、この民衆の求心力を恐れたのが戦国大名のような支配層でした。素朴で土俗的な、いかがわしい呪力を使って一向宗は各地で民衆を組織している。戦国大名たちから見た本願寺勢力(一向宗)とは、敵になりうる軍勢を抱えた一大組織であり、だからこそ警戒したのです。

宗教が力を持ったのは病気平癒を願ったからである、会津で仏教が盛んになったのもそうだった、人間の最大の弱みは病気だからである、病気はその頃直しようがないからだ
すると祈るほかないとなり医者代わりに僧がなっていたのである
それで力をもつようになった、そうして寺は比叡山でも山城であり僧兵がいて不可侵の領域であり琵琶湖の交通で税をとっていたりした
すると信長とかからみれば宗教というより敵対する一大勢力と見たのである
僧兵もいるし税金も独占するしとなれば政治化した武装集団と見たのである
それは創価を見ればわかるこれも時代が変わり同じようなものが出てきた
時代は違うにしろ歴史は繰り返すとなる、そしてこうした寺の僧が武士になったというのも理解できる、僧兵が守り武装集団なのだから当然そうなる

●宗教団体は武装化もするし共産党でも同じ

オウムでも武装化して権力を奪取しようとした、オウム王国を作ろうとした
でもその前に選挙にもでて議員になり平和的に政権を奪取しようとした
それが失敗した、幸福の科学でも政治化して選挙に出ているが当選できない
創価はもともと選挙のために組織化した団体だから議員になり政治で力を持ち自民党と一体化したのである
共産党でもそうだが武装化して政権奪取をもくろんでもいたのだが民主主義だから選挙で政権をとることに変わった、平和団体を装うようになったのである
またキリスト教でも島原の乱があったがあれも浪人が集まり徳川幕府を倒すために戦った純粋な宗教により抵抗ではなくそうした浪人が野心家が集まってきたのである
つまり宗教でもこうして生臭いものがあり権力を得るために宗教組織にでも入ってくる
また利用もする、そういう浪人は信仰とは何の関係もなかったのである
ただそこが徳川幕府と戦う集団でありそこで一旗あげようとした

そういうことは創価にも言えるし他の団体にも言える
とにかくあらゆるものを吸収する、それは創価の場合は一票になればいいからである
その人の罪だとか人格だと心の問題は一切関係しない、一票を得ることしか関心がないのである
そして現代の権力とは数なのである、なぜ数が権力になるかとなれば経済的にも数が集まれば勢力になる、店でも十人が買えば利益になるとして歓迎される
一人が買っても商売にはならないのである、だから現代では数が権力になるのである
大衆民主主義であり大衆を操作することで数を集めることで権力化して社会を支配できるのが民主主義だともなる

赤信号みんなで渡れば怖くない

ナチスでも民主主義の選挙で選ばれて力をもって全体主義、ファシズムになり全国民をまきこみ多大の人間が戦死したのである
民主主義からファシズムになりやすいのである、それは数を第一とするからそうなるのも当然だとなる、数の前に今はひれふす、そしてマスコミは主にテレビはこの大衆を操作する、そこでむずかしいことは言わないことである
ハイルヒットラーでもいい、題目を唱えることでもいい、それはわかりやすいから洗脳されるのである、だからこうしたカルト教団とかマスコミを支配しようとする
創価だと福島民報で聖教新聞を刷らせるとか毎日新聞でもそうである
何かそこで経済的に援助してマスコミを支配して批判させないようにするのである
それは原発事故でもそうだった、それは追求してきた
だからNHK党がNHKを批判するようになった、インタ−ネットで新しい勢力が出てきたのである、マスコミは規制の勢力の権力の機関のようになっていたからである

現代文明社会は民主主義とかマスコミとか一見自由社会のように見えてもそれが巨大化すると大衆民主主義であり背後の巨大な利権を持つ組織集団に支配されやすいのである
原発でも電事連から800億円の宣伝費が出ていたのである
そして政経東北でも相双リテックから宣伝費が入り裏表紙全面で宣伝していた
相双リテックは除染でたいした技術もないのに大儲けして幹部で何十億という金を山分けしていたのである、それはNHKでもちょっとだけ批判していた
こうして報道機関も簡単に買収できるのである
結局それも新聞でもテレビでも金がかかりすぎたことなのである
新聞でも一軒一軒回って配達すること自体手間であり金がかかりすぎる
本を出版するにも金がかかりすぎる、だから報道の自由もなかったのである
インタ−ネットなら金がかからないのである、プログなど無料でてきるのである
手間がかかっても無料である、youtubeでも金がかからないのである
するとここに言論の自由があるとなったのである

●民主主義ではまともな人間が選ばれない

なぜ民主主義が行き詰まっている、無力感があり選挙に若い世代が行かないのかとなると選挙する前から結果は決まっている、様々な利権団体の票で趨勢は決まる
だから早めに当選確実になる、一パーセント開票でも当選確実になるのである
それはすでに票が決められていて計算できるからだとなる
公明党ならか確実に計算できる、会員が必ず投票するからである
こうして民主主義の本場でももう選挙は不正だとして暴力にもなった
すべてが数だというときそれが正しいとはならない、かえって今求められているのはそうした選挙で指導者を選ぶことではないのかもしれない
選挙で選ばれる人間は禄な人間がいないというときでもそうである
第一議員自体がそうした一票を入れる人を馬鹿にしている、選挙の時だけ頭を下げるからいいことは言うが当選して権力を持てばそんなことは忘れる
一時的に御愛想をして票を得るがあとは自分が権力をもって得することしか考えていないのである

民主主義では選挙ではもうまともな人間など選ばれない、まともな人間は選挙になど出ないともなっているのである
そもそも権力を得て自分の欲望を充たしたいとしかない、それは共産党であれカルト教団であれ何であれ同じである、共産党でもソビエト連邦でも中国でも同じだった
権力を得る為に革命をしたのであり結果的にその内部の権力争いで粛清されて何千万人が死んだとされるのである、外部に対しても権力闘争であり内部でも権力闘争である
それは欲の闘争だともなる、内部の組織でも地位につけば権力を得て欲望がかなえられるそのために組織団体を利用するとなる
人間はどうしても平等をめざしても不平等になるのは結局個々人の欲を抑えることができないからである、自分の欲を充たしたい、他の人はそのために利用するというだけになるその組織団体の内部でも欲をめぐって争いがあり外部に対しても欲を充たそうとするのである

ただ下層階級をみるとそれほど贅沢しようとしていない、今日食べれればいい、今日暮す金があればいいとかなる、でも電気水道ガス代が払えないことで一番苦しんでいるのである、何か議員になって金と女とか地位と富が入ればいいとかではない
そういうふうに苦しい人達はやはり一応同情するとはなる
でもそういう下層階級でありたくないとして団体組織で運動していい暮らしをしたいとなる、
それがおかしいのは矛盾しているのは共産党でもイデオロギーがあり平等の思想があり
カルト宗教団体でももともと宗教は欲を抑えることが基としてあった
だからシャカでも無一物となり修行した、何も持たない乞食のようになって修行したのである,キリストも寝る場所すらなかった、教祖がそうなのだから見習えばいいのだが誰一人としてそんなこと見習う人はいないのである
結局人間の欲を消すことはできない、だからこそいくら宗教の看板をかかげてもそこは俗化してかえって欲望を満たすものとしてある

人間はそもそも共産主義であれなんであれ人間の欲を消すことはできない
そこに最大の問題があったのである、そこでその矛盾に悩む人もいない
なぜなら欲望など否定しないしむしろ欲望を肯定してもっと欲望をもつことがエネルギーがあることだとして一心に祈る、地位が欲しい、富が欲しい、女が欲しい、・・・
あらゆる欲望をかなえるために祈ることになる
これが人間の現実なのである、ただ病気を直したいというときこれは人間の最大の弱みだからそのために祈るというときは悪いとはならない、でもそれが権力を得るために利用されるから宗教は危険にもなる





posted by 老鶯 at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層