2022年08月23日

なくしたスマホが警察に届けられて思ったこと (警察は市民の味方なのか、警察は権力側につく-財布でも届けると犯罪者に見られる)


なくしたスマホが警察に届けられて思ったこと

(警察は市民の味方なのか、財布でも届けると犯罪者に見られる)

スマホを置き忘れた場所を一日寝たら朝に思い出した、そこは真野ダムの岸の階段だったそこでおにぎりなどを食べた、しかしそれは確実に近いし思い出せる場だった
飯館の道の駅で本当はスマホがなくなっていることを気付くべきだった
そうしたらすぐに引き返していて見つけることができた
その時家に忘れたのかと思ったのが失敗だった
ただなぜそこに忘れたのをその時思い出せなかったのか?
道の駅でスポーツカーのイベントなどがあり気がまぎれたからだったのか、普通だっらすぐに思い出すことである

とにかく人間は忘れ安いのである、でもそこで良くたどってきた道を思い返さないことでし失敗した、真野ダムによってということをそこで食事したことを思い出せばわかったことである、それを意図的にでも思い返すことをしていればこうはならなかった
でも朝目覚めたらどういうわけか即座に気づいた
そして真野ダムまで朝6時に自転車でまた行った、これは私の自転車が電動自転車で優れたものだから行けた、エンジンが優れていて楽に走れるからだ

そして真野ダムについて座った階段の場所を見たらなかった、これはもう探せないとあきらめた、でも掃除する若い人がいた、その人に聞いてみたらそれなら見つけた人がいて
相馬の警察署に持って行きましたと聞いた、それならあると安心した
その人は真野ダムでボートを貸している人だった、そんな人がいるのかと知った
でもその人がいて助かったとなる、ということは今真野ダムで魚釣りなどする人がいても管理する人がいなくなっている、つまりなんらかそうした観光の場所では管理する人が必要なのかとも思った、ただそこで商売すになるかどうかはわからない
でも飯館村は外から来た人が多い、第一飯館村のあいのさわの管理棟でも外か来た人がしていた、地元に詳しくないのにしていた、結局人材がいなくなりそうなった
郵便を配達している人も外から来た年配の人だったからである
あそこには店が一軒があったがそれもなくなった、自動販売機もないのが問題である

それから相馬署にスマホのことを聞いたらめんどうだった、それは本当にあなたのものですかといろいろ聞いてくるのである、すぐに渡せないとかなっている
スマホが買ったのは半年前くらいで安全管理もわからなかった
でもまずどこで落としたのかわかりそこでボートを貸している人に聞いて相馬署にあづけられとわかれば疑いようがないだろう、でもまず警察というのは疑う、疑うのが商売であり簡単には忘れものを届けてもめんどうになる
財布などとどけたら本当にめんどうになる、中の金をぬきとったことを疑われるからである、それで捕まった人も現実にいる、するとみんな財布などは警察に届けるなと言っている、根掘り葉掘りきかれて犯罪者扱いにされるからである

そして警察が市民の味方かというとそうでもない、確かにいい面と悪い面がなんでもあるが警察の商売がそもそもその性格を作っているのだ、それは常に犯罪者を相手にしているから疑い深くなり相手を信用しない、また相手を許すことがなく刑罰を与える仕事だからである、その仕事が業となっている、職業とは何かこうして何らか業を持っているのだ
それは警察に一番現れているのである
だからそもそも警察を市民が嫌うのは当然なのである、そして本当に市民の味方かというとそうはならない、市民生活でも破壊することがあるのだ
私が駅でボランティアのまねごとをしていたら誰かが怪しいと警察に連絡したらみんなの前で職務質問されてできなくなった
つまり善意でしていたことだが怪しいとなり犯罪者扱いになったのである
警察はこうしてまともな市民生活を破壊することがあるのだ

そして警察に対する不満として何か頼んでもしてくれないとか多いのである
警察は困りごとがあってそれほどかかわらない、まずめんどうなのは明確な証拠がなければ受け付けもはしないのである、だから多額の金を盗まれても証拠がないからはと受け付けないのである、殺人とかなれば別だがいろいろ困りごとがあってもかかわらないのである
だから本当に警察は庶民の味方なのか、あからさまに警察を批判する人たちが結構いるし警察に対抗する市民をもいる、警官が好きな人はいないだろう
それは警官の最大の問題は権力をもっているからである、具体的に警察は暴力装置であり権力を代表するものだからそうなる、権力で暴力でおそれさすものだからである
だから警察と誰もかかわりたくない、一種の暴力団にもなりうる
常に権力という暴力装置であり監視しているからである
現実にパチンコ業者と結託して金をもらっているのが警察なのである

警察とパチンコ業界の癒着について

ここでは警察とパチンコ業界は天下り先はわずかだとなっている、金融業が多いとなっている

 竹垣氏は、暴力団とつながっている警察官が罪の見逃しをするケースについて「その課のトップにおったらできますよ。逮捕状請求すなとかね。色んな面で融通きかせてくれますよ。平成になってからの話です。ようけあったよ」と、仰天の打ち明け話。

 警察は権力があるからその権力にこびる利用する人達もでてくる、すると権力を持っている警察は金をもらえば許すとなるのも怖いがそれは人間として起り安いことである
何か前は警察関係は退職すると天下り先がなくなるとかでいかがわしい会社に再就職していたとかある、でも今は警備関係とかいろいろ再就職先があるからないとしている
東電にも検事関係などが天下りしていたのである

愛知県警の創価汚染

愛知県警が全域・全部門に渡って創価学会に汚染されており
創価学会が一声かけたら、警察OBを経由して、

部長や参事官、県警本部で課長以上の地位にある警察幹部
こういった上層部と形容してもよい大幹部の連中が、創価学会の意向に沿った行動を取り
創価学会の意のままに動く状況が、愛知県警内部では確立されている、と考えられる

これも怖い話である、創価と統一教会は似ているのである、どうしたら権力を操作できるかしか関心がないからである、そのために警察の予算をにぎる東京都で議員が力をもって警察を操作しようとているといわれる
阿部前首相は最大の権力者だからいろいろ犯罪にかかわっても捕まえることはできないとなる
でも権力が変わる時、韓国のように裁判になる、つまり民主主義というのは政権交代がないと権力との癒着が生れから機能しなくなるのである
民主主義とは三権分立であり権力の独占とかを禁止して権力を監視する体制のことであるそれは報道でもそうである、報道も大事なことは権力を監視することなのである
でもそれも金をもらえば忖度して真実は報道されないのである
だから権力者が変われば隠された犯罪が闇が暴かれるのである
つまり司法警察の上に政治家がいてそれで左右される
だからこそ創価は政治家を使い支配しようとするのである

警察は市民の味方ではない、権力者の味方だ!

こうなっているともなる、そもそも警察自体が市民が監視しなければ暴力団のようにもなる危険が常にあったのだ、暴力装置なのだから当然だとなる
軍隊でもそうである、軍隊も暴力装置なのだから当然そうなる、

自衛隊の情報保全隊が全国で市民運動を監視し、いつ、どの集会やデモ・パレードで誰が何を言ったか、何人が参加し、ビラや署名運動はどうだったかなどを詳しく調べ、それを報告書として全国の自衛隊情報部門に配布していたことが明らかになりました。私たちWORLD PEACE NOW 実行委員会は、自衛隊による市民運動の監視・調査に厳重に抗議し、監視・調査を直ちにやめ、実態を公表して、責任者を処分することを求めます

自衛隊と警察は同類である、暴力装置だからである、だからこういうことがあるのは警察と同じである、だから市民運動でも監視している、ただ警察も絶対かとなるとそうではない、時の権力を持つものに従うとういことである
だから基本的に権力をいかに監視するかが民主主義の基本となる
統一教会でもなぜ今頃騒がれるようになったのか、霊感商法のことでは警察もかかわっていたろう、それが全くなくなったのはやはり自民党が深くかかわりそうなったのかとみるいくら警察でも自衛隊でもあくまでも国民の意向を無視して成り立たないからである
国民でも騒げば成り立たなくなる、そして今警察自体の犯罪が増えるとまた信用できなくなる、その犯罪も取り締まる方になると隠せるからやっかいなのである

警察がみんな嫌うのは何かしら脛に傷持つ人が多いからである、それは人間として仕方がない、罪を犯さない人などいないからである、正直自分自身がそうである
でも警官自体が結構犯罪を犯していることでもわかる、警察を罪をゆるす場ではない
犯罪者にすることだからである、でも警察自体がその機構が犯罪に加担することが大問題になる、でも時の権力側につくのだから検察司法でも限界がある
三権分立としてもやはり選挙で勝った方が権力を持つ、そして検察司法でもその配下の警察でも従うことになる、全部ではないにしろそうらざるをえないのである
でも問題は警察でも自衛隊でも暴力装置であり強制できることなのである
戦争でも赤紙一枚で戦場に連れていかれて地獄の苦しみを受けたり死んだ人が国民にあった、でも国家は軍隊を持ち強制できたのである、そこに国家権力の怖さがある
だから民主主義は権力の交代が必須として選挙があるのだからそれが機能していない
自民党一党独裁になりそれで絶対的権力は絶対的に腐敗するとなっているのである



他人の共感力がなくなるのはなぜ

お金持ちや権力者になると他人の気持ちを読み取ることが苦手になるデメリットが出るということがわかっています。

本当に金持ちとかは貧乏人に共感できなくなる、金で苦労しなくなるからそうなる
何か人に共感することはその人が経験していないとできない
その人は十円でも二十円でも安く買うことに苦労している、安い店をまわる、昨今の物価高で余計にそうなった
でも自分自身はそこまでしていない、つまりそういう貧困にならないと貧乏に共感できないのである
権力者とか金持ちとかはそうして自分が苦しまないから共感できないのである

仕事でも実際にその仕事に経験して共感するのである
だから苦しい仕事があったとしてもそれをしない人は共感できないのである
そこに人間が理解しえないものとなる

警官が常に上らか目線なのは権力を持っているからである、庶民の気持ちなど考慮しない警察は人はみんな犯罪者だとみる、犯罪者にしたてることでもある
つまり正常に他人に共感できなくなる、悪い奴ばかりと接していると人間はみんなこんなものだとなる、でもその警官でも犯罪を犯しているのである
つまり人間は犯罪を犯しやすいのである、でもみんな犯罪者と見るのは危険なのである
ただ警察は許すとういことはない必ず刑罰を与えるものだから警察は嫌われるのである

ともかく人間が権力を持つことはこうして人間性を歪めたり危険があるから監視する体制がないと社会自体が腐敗して危険になるのであり市民でも国民でも被害を受けるのである

posted by 老鶯 at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層