2022年09月05日

冬の松島十句(冬の日、冬鴎、冬深む、冬の暮)


冬の松島十句(冬の日、冬鴎、冬深む、冬の暮)

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尾形光琳の松島だけどイメージだけで描いた
こんなに松島が波が荒れることはないだろう
外海だとあるとしてもこういう光景は見れない、でも島が抽象画のようになっている
それで抽象画をパソコンで作っているから鑑賞できたとなる

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冬の海障壁画古り古木かな

冬の日や古木根を張る観瀾亭

観瀾亭古木根を張り冬深む

金箔の障壁画古り冬の海

桃山を偲ぶや松島冬鴎

冬の日や観瀾亭に抹茶飲む

松島や波に浮きゆれ鴨百羽

五大堂松島に古り冬の海

松島や曲げ松により冬の暮

冬の日に松島たずね蜑(あま)の船

松島に碑の古りうもれ冬の暮

冬日さし仏苔生す瑞巌寺

冬の海鐘鳴り暮れぬ瑞巌寺

雄島にそ洞に仏や冬深む

忍辱の衣の仏冬深む



中秋賞月於松島

今宵待月倚吟
滄海茫茫一氣濃
思見C光佳興荐
道人緩打五更鐘

訓読
中秋 月を松島に賞す

今宵 月を待ちて に倚れば
滄海 茫茫として一氣 濃やかなり
清光 佳興の荐を思ひ見て
道人 緩やかに打つ 五更の鐘


今宵、杖を手に月が出るのを待っているが
大海原はぼんやりとかすんで、一面に広がる霧が濃くたちこめている
清らかな月光のもとでの趣深い宴を思ってくれてのことか
寺の僧は夜明けの鐘をいつもよりゆっくりと打ってくれている

鐘の音が重々しくひびきわたる、この鐘の音がいいのである、鐘の音は大地にでも海にも山にひびきわたる、何か重々しいのである、それがヨ−ロッパとかの鐘の音とは違う
騒がしくないし重々しいのである、君が代の歌でも他の国家とは違って重々しい
重厚な調べになっている、日本だけが独特なのである
中国が何千の歴史があっても国家となると共産主義国家であり現代的になり歴史を感じさせないのである、国家は近代になって生まれたから新しいのである
でももともとあった王国とかは歴史があり違っている、でもそういう国家は日本の他に感じないのである

観瀾亭は大坂の秀吉の茶室を移転したものであり当時の桃山時代の金箔の障壁画が残っている、これはみちのくで作ったものではないとなる
安土桃山時代は華やかな文化が開いた時代である、秀吉だと黄金の茶室が有名であり
黄金好みであった、だから障壁画も黄金なのである

「風流行脚の途次、松島で死の本懐をとげる人もある。そんなうらやましい人のことを心に思いながら、自分はぐうたらと火燵行脚の冬ごもりを極め込んでいる」とある

 松島で古人となる歟(か)年の暮

 松島で死ぬ人もあり冬籠(ふゆごもり)
 
 http://yahantei.blogspot.com/2006/06/blog-post_28.html
 
松島は霊地でもあった、だからそこで死にたいともなった修行の場でもあり確かそこで修行していたし霊場にもなっていたのである、古い碑もある
ただ現在は観光となっていてそういう感覚がなくなった
修行の場がどこでも観光化したのである、そのために汚されたともなるのである
人間はどういう場所で死にたいかとなるとやはり風光明媚な場所で死にたいとなる
大都会の騒音のゴミゴミした所では死にたくないとなる
それが人間として当然だとなる、でもごみごみした都会だとかえって汚れた人でもいいとなる、清浄な場所にいられないということもある
ネオン街のぎらぎらした欲望の世界がいいともなる

いづれにしろ観瀾亭に入る前に門があり古い松がある、古木がある
そして前に海を見る、その海は穏やかな海である、絵のような荒波の海ではないのである不思議なのは私が松島に行ってプログに書いたのは2011年1月になっていた
ということは3月に津波が来たのだから津波から二カ月前だったのである
でも松島は意外と被害が少なかった、なぜなら津波は島が防波堤のようになりさえぎり
海水でも徐々に高くなったという、だから家が壊れたとかなかったのである
恐ろしいの海岸沿いの港がある家であった
家が津波で持ち上げられて上に上がったとか聞いた、それは空恐ろしい光景だったのである
津浪は前に何かさえぎるものがあると波の勢いがそがれてあんな恐ろしいものとはならないのである、別に徐々に海水があがるとしたら被害があっても死ぬとういことはない
それで松島は被害がさほどなく回復したのである

ともかく松島でも修行の場であり京都の寺でも寺は修行の場であり観光の場ではなかった今はただ物見遊山でありするとそこにあったものが何なのかもわからなくなる
何かそこは学ぶ修行する場だったのである、それを知ることも必要だとなる
ただ昔は常に忘れられてそれがどういう場所であるかもわからなくなる
松島でも雄島というときそういう昔が残っている場だとなる

最近松島海岸駅が新たに生まれて観光の施設が作られた、写真でみるといい場所である
だからそこに行ってみたいとなった、でも昔の松島も忘れずに知る、歴史を知ることは大事である

ともかく秋らしくなった、今外を見たら月が夕べでていた、虫も鳴いている
やはり秋らしくなってきたのである、今年は暑かった、ぐったりして夏バテになった
でもようやく秋となる、頭も冴えてくるとはなる

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仲秋の我が居所や窓に月

今は仲秋なのか、この期間は長い、でも秋の草花でも咲いている、女郎花でもはぎても咲きはじめたからやはり仲秋になっているのだろう、初秋もあるが季節的には仲秋となる
でも暑かったから初秋の感覚にもなる、ただ初秋がなく仲秋となったともなる
我が居所というときこれがないと落ち着かない、家族はいなくなったにしろ家が残り我が居所になっている、my based place とかなる、基地が必要なのである
特に老人になったら家が大事になる、遠くに行くのがなかなかできなくなる
もう十年以上遠くへ旅に行っていない、近間を回っているだけである
でも松島くらいなら行けるとなる、ただ松島で朝日が昇るのとか月を見たことがない
やはり日帰りとなるとなかなか見れない、確かに月見にはいい、観瀾亭は月見の場として利用されたからである、それで正宗の中秋賞月於松島・・が作られたとなる


雪の松島-俳句短歌-政宗のこと
http://musubu.sblo.jp/article/35083956.html

松島-多賀城の春の俳句短歌と写真
http://musubu2.sblo.jp/article/54410159.html