2022年09月09日

福島県の歴史と地理 (福島県の境界の歴史-境界から見る歴史) (戦国時代から白河の関は境界だった―地理は境界から見る)


福島県の歴史と地理

(福島県の境界の歴史-境界から見る歴史)

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歴史人から地図を抜粋したが著作権の問題があるのか
引用として許可されるのか、こういうことはネットが普及して普通の人でも利用することがある
それはインタ−ネットは誰でも参加できるメデアだからである
それは共同作業にもっながるのである


戦国時代を見ても明らかに白河の関が変わらず境界になっていた、伊達政宗が会津を支配していても次に秀吉の仕置きで伊達正宗の会津が蒲生氏郷の所領になってもその境界は変わっていない、そして相馬藩とか岩城藩は変わっていない
その原因は阿武隈山脈がありさえぎられていたことである、地理的障害になっていた
それで玉野村には伊達と会津の境の桜がある

伊達と相馬の境の桜 花は相馬に 実は伊達に

こういう言い伝えがある、そして玉野村では丸森の木材をめぐって熾烈な資源争いがあった、伊達藩と米沢藩と相馬藩で木材資源の奪い合いがあった
それが藩の支配地図を見るとわかりやすい、米沢藩は新潟であり一時は勢力が拡大した
でも不思議なのは伊達との境が新地にあり新地は伊達藩の領地だった
だからその墓地を見ると相馬藩にはない姓がある、伊達藩は相馬藩と隣り合わせであり
そこで争いもあったが戦国時代が終わると協力もしたのである
でもなぜ新地となると平坦な地であり強力な伊達藩が一気に攻めて支配しなかったかである
それはやはり相馬藩が野馬追いがあるように相馬氏騎馬軍団が強力であり攻め入れることができなかったのかとなる

勢力争いとしては会津を支配した蒲生氏郷が意外と相馬藩と境を接していたのである
白河の小峰城の石垣に十字架が彫られていると地元の人に聞いた
氏郷は洗礼を受けてキリスト教徒になっていたからである
そして白河から三春から相馬の境まで一時領地があった、それは伊達政宗が欧州仕置きで秀吉によって叱責されて奪われた、蒲生氏郷に会津は与えられたからである

ここで境界を見る時、みちのくというき白河の関が古代からありそこが変わらず境界になっていた、ここの境界は福島県の今の境界としてつづいている
ここからみちのくに入る場所として継続していたのである
それはどうしてそうだったのか、地理的境界だったからか?確かに茨城県となると平坦な土地になっている、それで白河に入ると山がさえぎっていたとなる

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山頂は福島県東白川郡棚倉町と茨城県久慈郡大子町との境にあり、栃木県との境界から東へ1km未満の距離にある。八溝山地の主峰で北麓には久慈川の源流がある

八溝山は一部一キロくらい福島県に入っている、この山は結構深い、なぜかここを通って
白河の関跡に出た、その地理がわかりにくかった
もともとは久慈川の源流が八溝山になって久慈川をさかのぼって棚倉がありここの方が古い場所である、ヤマトタケルの伝説が残っていて水戸街道にも通じている
ここで蝦夷と戦った記録があるからだ、その時なぜか津軽の蝦夷まで応援して大和軍と戦っている、地理から見れば那須の原がありそこから白河の関所に入る、その平野は茨城県になるのである、那須の原だからである、ただ上野の領域にもなる

とにかくこの地理を知るのが意外とむずかしい、地図を見ただけでもわからない、私は
八溝山を自転車でぬけて白河の関跡に出てきたのである、そういう場所は古代なら通れない、久慈川の川をさかのぼる、川は道にもなっていたからである
森が覆っていたら道がないのだから古代では通れない、でも不思議なのは八溝山は奥深い森におおわれていて暗かった、だから閉ざされた感覚になった
そこから抜け出したいともなった、その山をぬけて白河の関跡に出てきたのである
でも大田原とから行けば平坦な地を行くことになる、芭蕉は日光からこの道をたどり白河の関所跡に出たのである

でも旅する時何かこうして山を越え森を抜け川をたどりとかしてゆくと本当に旅したことになる、その行程が何とも言えぬ不思議な感覚になる
もし古代とかだったら余計にそうである、深い森をぬけると開けた地があるとか未知との遭遇がある、そもそも古代となると旅することは命がけの冒険にもなっていたのである
山を越えて深い森をぬけて川をたどりその向こうに何があるかわからない世界がある
今のように何かすべてわかったような世界ではないのである
現代はもう旅する前かは行く先でも何でも情報があふれてわかっている、未知な世界がなくなったのである、道は未知だったのである
地理を知るということは鉄道の旅でもわからない、一番わかるのは歩く旅になる
なぜなら戦前でも江戸時代でも歩いて旅していたからである、するとその当時の人の心を知るには歩く旅をしなければわからないのである、私は自転車で旅したから歩く旅には通じていても歩く旅はしていないのである

深々と小暗き森を抜け出でて白河の関や秋になるかな

草の花道の辺に咲きあわれかな関所の跡やみちのくに入る

いづれにしろ伊達政宗であれ蒲生氏郷であれその物語に人間を見る
蒲生氏郷も伊達政宗も歌がうまかったのである、詩人でもあった
何か昔の武将は武だけではない、文にもたけていた、今の政治家にそういう人はいない
とういうことは現代人はかえって人間的にも劣化したのかともなる
侍というのはそれを育てる環境がありエリートととして育てる環境があり優れた人が育ったとなる、明治維新でも依然として侍がエリートとして指導者となり国造りしていたのである、それが明治の後半とか大正時代から戦争になるころは侍は存在しなくなった
国民は存在しても指導者になる侍はいなくなった、それは全世界的に言える
国民国家であり大衆社会となったのである、そこで人間を教育する環境は喪失した
ただ学校などで一様化規格化された人間を生み出すだけである
知識には優れていても人格的教育などないのである

侍とは武だけではない全人間として人格的に優れていたと人達だともなる
だから江戸時代までは侍を模範にしていたのである
現代は教育するというとき膨大な知識を教えられる、その知識の量が多すぎるのである
江戸時代なら限られているからその分人格教育とかが主になる
現代ではかえって教育となるともうAIとかが教えるとなる、知識の量が多すぎるからそうなった、ただそこではモラルとか人格教育はない、そしてなぜカルト宗教がこれほど増えたのか、それはもう教育する場がない、侍のようなエリート育む場もない
大学などでもそうである、大衆化して教育自体がなくなっていたのである
だから学生運動とかカルトにはまる人もでてくる、そこには教育する場所でもないのである、かえって藩校などが全人格的な教育をしていたとなる

氏郷の会津転封は、伊達政宗を牽制する意味と、秀吉が氏郷を都から遠ざけようとしたためだと思われます。氏郷の夢と激しい野心は、秀吉の側から見れば、ひどく危険だったのです。
 会津黒川城を居城としてからわずか五年後、氏郷は京都にて病死します。

 文禄の役の時、氏郷も兵を率いて、会津を出発、京都を経て、秀吉が朝鮮出兵の本営を置いた肥前名護屋(佐賀県鎮西町)に参じました。その道中の歌があります。

世の中にわれは何をか那須の原なすわざもなく年やへぬべき
 (我は何をなすためにこの世に生まれたのか。那須を通過しつつふと思われる。不本意なままに時間だけが過ぎて行っていいものか)

思ひきや人のゆくへぞ定めなき我がふるさとをよそに見むとは
(思いもよらなかった。人間の運命は不可解なものだ。生まれ故郷を旅しながら、無縁な場所のようにただ通り過ぎてゆくだけとは)

蒲生氏郷は朝鮮出兵のために九州の名古屋城に行ったがそこで病気になり京都で死んだ
40才だった、でも優れた人だったのである

かぎりあれば 吹ねど花は 散るものを 心みじかの 春の山風

ただ会津を治めたとしてもその期間は短かった、40才で死んだとなればそうなる
その息子も20代で次々に死んで受け継ぐことができなかった
一代で終わった不運の人だともなる、病気で早死にすることはその当時相当にあった
それにしてもこうして福島県の会津を治めたのでありその領地が実は相馬藩の境まであったというのも相馬とは無縁でもない、どうしても会津というと地理的に一体感を感じないのである、でも福島県としてすでに古代からその境界はみちのくに入る境界であり歴史的境界ともなっていて福島県というのが必ずしも歴史で作られた地理を無視しているわけではない、地歴を無視して福島県になったのではない、古代の歴史からさかのぼることができる、また伊達藩とか最上藩とか米沢藩との境もありそれもわかりにくい、境というとき実際にその場に立って実感することが必要なのである
それで宮城県と山形県の境はわかりやい、面白山でさえぎられトンネルを抜けると山寺になり山形県になるからである、トンネルをぬけると雪国だったともなる
山形県は春でも山が残雪で雪におおわれていたからである
そこが気候の境目にもなっていたからである

ともかく歴史を知るには地理を知らねばならない、時間軸になると歴だが空間となると地理になる、その両方をしらなければ歴史もわかほらない、でも地理となるとこれは福島県ずら広いからわかりにくいのである
どうしても会津は山国であり氏郷が治めていた時でも42万だったから広いのである
そこを自転車で旅しても本当に地理がわからなかったのである
福島県の地理はハマ、ナカ、アイヅがあり気候も違っている
だから二本松城に立ったときそこが福島県の中心をにも思えた
なぜなら二本松県となる構想もあったし磐城県となることも会津県ともなることがあったからだ
ただやはり地理があり歴史があり福島県になったのである、それは地理と歴史を基してそうなった
そこに多少無理してもやはり福島県は地歴として古代から形成されていたともなる
まず浜通りは中通りでも高い山があり会津ださらに山国であり広いのである
会津が一番歴史が古く唯一三角縁神獣鏡が東北で発見されている
会津が福島県では一番古い地域であり国があったとなる

会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲ひにせもと紐結ばさね

この歌のようにすでに最初に国として意識されていた地域なのである
もう一つ南相馬市の鹿島区の万葉の歌も境界を示した歌だった

陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

笠女郎(かさのいらつめ)

この歌も境界の歌だった、それは地理的歴史的境界として真野の草原があった
浜通りから海沿いを大和の勢力が進出するには地理的に良かった
そして真野の草原の地点はこれまで考察したように気候的にも地層的にもシャリンバイが南限の地として鹿島区の海老が自生する地域であり温暖だからそこまで奄美大島から種が流れ着いて自生したともなる、しだ神社もありそれは南国産の樹なのである
みちのくの境界として白河の関があるとしてむしろ真野の草原が最初の境界ともなっていたのである、境界として意識されていたのである、つまり境界とは自然の境界があり歴史としての境界がある、新地などはさえぎる山などないのだから歴史的境界なのである
でも古くなればなるほど地理的境界が自然的境界にもなっていた
外国は川が長大で大きいからライン河がローマ帝国が侵入できない境界となっていた
ゲルマン人がそこに住んでいたのである
そしてウクライナの戦争でも川が依然として戦争で防衛線になっていたのである
だから橋を壊して渡れないようにするとなかなか川を渡れずに攻め入ることができないとなっていた、現代の戦争でも地理が依然として影響していたのである
現代でも戦争でもやはり地理が地勢が影響していた、これはなかなか克服できないものだったのである




政教一致の危険 (安倍前首相暗殺も宗教と安易にかかわっため起きた事件)


政教一致の危険

(安倍前首相暗殺も宗教と安易にかかわっため起きた事件)

山上の安倍首相の暗殺は私憤と公憤の問題になる、一面から見ると身の不遇を嘆く私憤に見える、でもまたそれが統一教会のカルトの被害者でありそれと政府が結託していたということで公憤に見える、私憤が公憤となったと見るのが妥当だろう
私情からの犯罪はある、特に男女間では常にある、でもそれは公憤にはならない5.15事件とかは政治テロであり公憤であった、もちろん底辺で苦しむからそ政治への不満となりテロとなった、私憤があり公憤にもなった
そして複雑なのは宗教がからんでいてそれが政治ともかかわっていたことである

だから政教分離ともかかわっていた、政治は宗教とかかわると危険になることを政治家は意識していなかった、なぜ政治と宗教がかかわると危険なのか?
カルト教団では世俗的なことに宗教をもちだすからである
何かというと罰当たるとか地獄に落ちるとか脅しそれでやめさせないようにする
でも逆に今度は世俗にそれを持ちだして言うとかえって創価の場合など地獄に落ちろとか罰当たるとか攻撃される、そこで統一教会に安倍首相が率先してかかわり政治的に票を得るために利用した、また統一教会でも利用したとなる

ここで問題なのは何なのか?

政治と宗教の一体化による危険である

宗教となると政治と違って絶対的になる、反論は許されない、でも政治となるといろいろな問題があり議論して決めたりする、宗教となると議論はできない、もし反対したりすると罰当たる地獄に落ちるとかなり反対が許されなくなる
だから戦争でも宗教がかかわると聖戦となり神が天皇が味方するのだから必ず勝つとなるそれでもう日本だったら一億総玉砕にもなるところだったのである
宗教には妥協がないからそうなる、政治とは賛成反対があり双方の言い分を一応聞いて判断する、そこで妥協するとなる、でも宗教だと絶対だから反対は仏敵となり許されないのである、だからこそ政教分離が生まれた
なぜならカトリックが政治と一体化して政治的に支配されたからである
その反発がありプロテスタントが生まれた、政教分離も生れたからである

そして政治と一体化した宗教は実はサタンが支配することになる、それはカトリックの歴史で証明している、政治と一体化して世と姦淫したサタンが支配するのである
聖俗が分離せずに一体化する、そして獣の印を押される、つまりそれがカルト教団なのである、宗教と政治が一体化するからである、それが統一教会であり創価でも他の団体でも同じなのである、つまり宗教が世俗化して政治化することは現実の社会を政治権力でも乗っ取りこの世の王となることである
そこでカトリックのように宗教が政治を支配するのである

日蓮の国立戒壇などでもそうである、それが政治的に実行されれば社会は宗教によって完全に支配される、何か逆らうものがあれば仏敵となり地獄に落ちる罰当たるとなり支配する、つまりそれはサタンに支配されることなのである
要するにカルト教団は異常にこの世の欲に執着している、この世の王になることに執着している、この世に天国を作るとしているがそれは実は自分たちが支配者になりこの世の王となり支配することであり地獄を作ることにもなる
心が清い者は神を見るだろうなど関係ない、この世で実質的に御利益を得て権力を得て
この世の王となり人民を支配することなのである、だからサタンなのである

ともかく私憤と公憤というとき今回の山上の安倍前首相の暗殺は宗教と政治がからんで複雑になった、それは宗教が政治にからむとそうなるのである
だから政治家は票になるからは政治にかかわることはつつしむべきであり危険なので悪
その火の粉が飛んできたのが今回の事件だったのである
一見統一教会に援助されるのは票になるからいいことである、そうしか見ないが宗教とかかわると危険だということを警告したのである
だからこそ政教分離が必要でありそれが軽視されていたのである

だから創価などは非常に危険な団体である、完全に政教一致だからである、そういう団体と自民党が一体化することはまた同じようなことが起きる、宗教の問題が政治に反映してまた逆に世俗的な政治の問題が宗教に反映して複雑になり事件が起きる
聖俗があり聖俗分離が必要にもなる、カルト教団になると聖俗もない、完全に聖なるものが俗化したものである、だから世俗的なものに支配される、すべて御利益であり金でありこの世の権力を得ることが第一になり目的化したのである
創価となればそれしかない、毎日選挙運動であり権力をとるために祈っているだけであるカルト教団はオウムでもそうだし幸福の科学でもそうだし統一教会でもこの世の権力を得て人民を支配することなのである、そのために宗教がある
宗教とは世俗を支配する道具にもなるからサタンなのである

でもなぜそれがなくならないのか?

それはいかにサタンが強力なものかということでもある

そのサタンと戦えるものはなにか?それはまたキリスト教でも仏教でもサタンに乗っ取られたことでもわかる、それはどうしてなのかとなると余りにも人間の欲望がこの世に執着して切り離すことができないからである、そこにサタンがつけいり支配するのである
老人になっても性の欲望が消えないとか人によるが欲に支配されるのである
だからこの世は欲で滅びるとされたのである
つまり獣の印をサタンに押されるのである、その人達は地獄に行くのである
それによって聖別される、カルト教団員は獣の印を押された人達なのである
要するに人間の欲が消失すれば自ずとこの世でも天国になるのである
子供ならそこに天国的なものを見ることができるのと似ている、でも大人になれば欲にふりまわされ欲にまみれ堕落してゆくのが普通だからである
そして兄弟でも遺産争いになり殺し合いまでなっているのも普通である

それは欲があってそうなる、なぜ創価であれカルト教団であれ根強くあり数を増やすのかといえば欲を否定しないからである、かえって教祖自体が欲望が強くこの世を支配したいとなっている、王とされたいとしている、だからカルト教団の教祖はサタンでもあるのだサタンを崇拝するということは人間で現世の欲をかなえてやるとしているからついてゆくのである、そこにだまされる人がいたとしても幹部などはみんなそうである
自分の欲望を実現するために運動するのである、他者を助ける気持などない
普通だったら金にそんなに執着しないからである、信者から金をとることなどないのである

だから何か宗教家というのは胡散臭い、社会にとって害になり無用なものに見える
かえって下々と汗して働いている人の方がまともであり上に見えるのである
宗教だけで糊口を得ている人は胡散臭いとなる
それで四国遍路でホームレスになった人がにわか僧侶となって御経を上げて金をもらうとなったのもそうである、もう追い詰められてそうなったのである
すると乞食でもない、俺は偉い僧なのだとなる、それと宗教にかかわるものは似ているのである、金を得る欲望を達成するための方便として宗教を利用するのである
宗教にかかわる者はカルトだけではないみんな何かいかかわしいは見れる
何かお経でも唱えていれば生活できるとなれば楽だともなるからだ
一方で働く人は汗して危険でも仕事しているからである、その方が立派だともなる

いづれにしろ政治と宗教の問題はそれが一体化すると危険だということである
そのために今回の事件が起きた、だから政治家もいくら票を得たいとしても深入りすることは危険である、自制が必要であり創価公明と連立政権を自民党を組むことは危険である何かしら今回のような事件が起きるかもしれない、でも票が喉から手をでるほど欲しいとなりそうなっているのである、だから民主主義とういのもそうしたカルト教団に支配されたりナチスのファシズムになりやいから問題なのである
数さええれば権力を得ることが危険なのである、結局それがナチスとなりファシズムとなったからである



posted by 老鶯 at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層