2022年09月18日

昭和33年の新聞を読む (字が小さい、記憶をたどるのには有効で貴重)


昭和33年の新聞を読む

(字が小さい、記憶をたどるのには有効で貴重)

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昭和33年11月4日 福島毎日−写真を出すと著作違反になるーそれで暗くした
ここで囲炉裏を囲んで話し合っている
字は拡大してもこのくらい小さい、眼が悪くなるくらい小さいのである


昭和7年の新聞が出てきてびっくり。
87年前の新聞です。

内容は兎に角もフォントに注目。
現在の新聞のフォントよりも小さなフォントにも「仮名」が打ってあったり。
重要度によってフォントサイズを変更したり、当時は多分、鉛の活字だったと思われますがよくぞ紙面を構成しているなあ、と感嘆します。
https://blog.goo.ne.jp/n-ksgw/e/20c869c0d384975fe5dbef488cb9a290


古い新聞をもらった、昭和33年だから戦後13年後である
まず目についたのが余りにも字が小さくて読めないことである
こんなに小さいのかと驚いた、虫眼鏡がないと読めないくらいである
最近は老人が新聞を読むとかなり若い人は読まない、それで字を大きくしたのである
なぜこんなに小さく字なのか?おそらく紙面を充たすには字を小さくする必要があった
それと新聞を読む人は若い人が多いから小さくても読めたともみる
今ならこんな小さな字だったら読む気もなくなる
老人は今でも携帯を持っているが字を大きくできる携帯に代えたとかある
この字の大小は思った以上人間の脳に影響する
私がスマホとかしなかったのは小さい画面で字を読むと疲れるからである
パソコンは画面が大きいから俯瞰できる、スマホは画面が小さいからそれを見るのも疲れるのである、この差が意外と大きい、でも若い人は新しいものになれやすい
老人はなれにくい、それで老人は技術的に遅れのである

この記事で農家のことを書いている、「ふき変えに資金がかさむうえ火災で燃えやすい、かやぶきをトタンかカワラに直すこと
一袋生二百円もする化成肥料を使わないで単肥を自分で配合して土地にあった肥料をやることなど工夫する

農会の集まりで酒を一切ぬきにしてありあわせの菜のつけもので渋茶をすすりながらよもやま話しをする

そんなことを書いている、このころテレビが出始めた頃である、私の家でも囲炉裏であり炭を使っていた、この写真でも囲炉裏を囲んで話し合っている
戦後の経済は農家が六割でありまだ農民中心だった、ここで興味深いのは茅葺の家がまだありそれをトタンとか瓦にしようとして貯金していた
カヤ葺きの燃えやすいということも書いてある

私の家はトタンの家であった、それでいつもそのトタンから雨漏りして洗面器を置いたことを覚えている、その時トタンの家も多かった、家自体が粗末なものだったのである
むしろ農家の茅葺の家の方がどっしりとして貫禄があったともなる
何度も言っているが戦後13年くらいは戦前とか江戸時代のつづきの暮らしだったのである、それが急速にテレビが出たとか辺りからかなり変化したのである
でも不思議なのは原町の高校に通った時蒸気機関車であったことが信じられないとなる
なぜならその高校の時東京オリッピックが行われたからである
つまりその時まだ蒸気機関車の時代だったということである
だからこそその時はインフラを整えるとかオリッピックは必要だったから熱狂したのである

私の家で店をしたとき野菜とかは近くの農家から買って売っていた、今のように全国から入ることはなかった
狭い範囲の生活だったのである、それは車がなかったから歩く範囲で日常の生活をしていたからである
それはでただ自分の家は角にあったので繁盛したのである、今になると車もない老人とかは自転車で買い物するので近くに店がないということを常に訴えている、本当に近くの店は消失した、シャッター通りにもなったからである
それを市でも一応問題としてみている、街の活性化をどうするかでそれを問題とはしている
ともかく戦後十数年は農業中心の世界でありそれが急速に高度成長時代になり変化したのである
第一遠くから物などあまり来ない、近くでまかなうほかなかったからである

ともかく人間は忘れ安い、50年前とか60年前になるとその時何があったかわからなくなる、するとその過去をどうして思い出すのかとなる
その方法はいろいろあるが映像として残っているのは少ない、やはり文章として残っているのが多い、すると新聞が思い出すにはいいのかともみた
古い新聞の記事を検索できるが金がかかる
また引用でもめんどうになる、だからここで提供できない、著作権違反になる
それは新聞社でも警告している

ともたく人間の記憶はあいまいになる、するとやはりその時々に何があったのかを知るには記録をみる、新聞はやはり今になると有効である
もしかしたら新聞は今は読まないけどこうして記録したものが活用されるとなる
そこに新聞の価値があるのかとなる、また雑誌でも記録したものとして貴重になる
ただ問題は簡単に調べることができない、有料になると意外と高いのである
新聞は意外とこうして記録したことで価値がある、今の新聞は読まれなくなっても過去の新聞は歴史の記録として価値があるとなる

今はプログでも庶民が名もない人がプログとか書くと記録としてあとあと貴重になるかもしれない、ただインタ−ネットとかは消えやすいから問題なのである
でも印刷したものでも50年くらいするとぼろぼろになることがある
紙にしても保存には限界がある、でも電子化すると劣化しないのである
ただ電子空間でどうして保存するかとなるとむずかしい面があるのだ
ただインタ−ネットは庶民でもメデアをもったことであり何か記録として残すことができる、大きなメデアでなくても残すことができる、それで過去をふりかえることもできる
現実に老人でもプログだと簡単である、すると過去にあったことを書くとそういうことを経験していたなと共感する人がでてくる
また若い人にとってもそういう時代があったのかとなる

つまり過去というのは本当に記憶から消えてゆく、50年も過ぎてみるともうたとえ親しくあった人ても本当にその人と逢ったのかとまでなる、それくらい忘れるのである
一つ屋根の下に子供の時5年間暮らしていた人がそんな人いなかったと言っていたのには驚いた、その人は普通の人ではないからまた別だがそんなふうになってしまう、人間は忘れやすいのである
だからどうして記憶をたどるのかとなると自分だけの記憶だけではなく新聞とか何かに記録されたものを手掛かりにすることである
それは何千年前のものを発掘するのと似ている、そこで発掘されたものから何とか過去を呼び起こすのである、そういう作業が必要になる
一体その時何があったのかあいまいとなってしまうからである
そして個々人で経験したことも違っているからである、まず囲炉裏があったとか蒸気機関車だったとか今になると信じられない、それが生々しく浮かんでこないのである

また家族がみんな死んだ結果、その家族のことも死んだ時点で忘れてゆく
60年間とか一緒にいても忘れる、あいまいなものとなってゆく、でも死者は残されたもののなかに記憶として生きつづける、必ずしも何もなくなるということはない
その親にもよるが何か死んでもその人の記憶を反芻している感じになる
つまり過去を思い出すことが老人の役割でもある
だから認知症になると過去のことはありありと覚えている、特に若い時のことは覚えている、それで戦争のことを千回を聞かされたのでうんざりはしたのである

でもそれはやはり後世に伝える記憶であり記録であり貴重なものだったとなる
人間最後は記憶だけになる、記憶を生きることになるからだ
でもその記憶も忘れるので何から思い出す方法が必要だとなる
あの時代はこんなことがあってこんな状態だったのかと思い出すのである
そういう作業が郷土史とかでも必要になる
老人は過去に経験したこさと記憶したことを生きることになるからである