2022年10月07日

日本は森の国でありヨ−ロッパも中世は森で覆われていた (グロ−バル化の弊害と生態系の破壊の問題)


日本は森の国でありヨ−ロッパも中世は森で覆われていた

(グロ−バル化の弊害と生態系の破壊の問題)

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日本がの地形の特徴として入野がある、この野が問題なのである
これは極めて日本の地形から生まれていたからである

我が恋は まさかも悲し 草枕 多胡の入野の おくもかなしも (万葉集)

ここの入野は有名である、入野という地名は各地にある、入野とは山に挟まれた野とかなる、また山の斜面が野でもありその野の奥に入ってゆく地である
こういう地形は日本の典型としてある、だから野とは極めて日本の地形から生まれた言葉なのである
大陸だったら原になる、広々と開けた原になる、それは日本の野とは違っている
日本で平というとき地名にもあるし平氏とかもある、その平な場所とは平原のような場所ではない、山の斜面でありまたその一部分が平らな土地だったのである
日本は山国であり平らな土地が貴重だったのである
そこで山であっても田畑を作れるとなるからだ

日本がではそもそも山というとき谷間と字を当てている、また矢間とかもあてている
山とはやはり山と山の間とか谷間とかの間を利用して生活していたからそうなった
おそらく高い人間の生活できない場所は嶽となっていた、山岳である
人間はまずその生活感覚から地名でもなづける
浜というのもハ・マーはまであり間なのである、海と平地の間がハマなのである

元は野(ノ)といふのは山の裾野、緩傾斜の地帯を意味する日本語であった。火山行動の最も敏活な、降水量の最も豊富なる島國で無いと、見ることの出来ない奇抜な地形であり、之を制御して村を興し家を立てたのも亦一つの我Lギター(エレキ)フ特長であった。野口、入野といふ類の大小の地名が、山深い高地に在るのも其為で、是を現在の野の意味で解こうとすると不可解になるのである」(同上)。〈柳田国男ー地名の研究)

野原というとき野ー原が合体して生まれた言葉である、でも野の一字だと山野斜面とかになる、だから野原とは山の斜面からさらに平らな原の地域だとなる
原は日本語ではないのである

日本語と外国語の感覚は違っている、森というとき日本の森とヨ−ロッパとか中国とか大陸の森は違っている、日本の森は盛るーもるとかなり盛り上がったとかなる
何か余り森を意識した言葉ではない、林(はやす)だと生活する範囲にあり親しみやすいはやしはハヤスからきていて里をハヤス、栄えさせるという意味にもなる
森は林から離れた別の世界である

ともかくかつて深い森に覆われた世界が日本がにもありヨ−ロッパにもあった
その森で交通も閉ざされていた、森を抜ける道はあまりなかった、すると森が境界となり閉ざされた世界を形成していたとなる
相馬藩でも夜の森があるがそれは余の森であり相馬藩主が領有権を主張したのである
森は境界にもなった、川がヨ−ロッパでは境界になったが森も大陸だと森におおわれていたらそこはなかなか入ったら抜けられないような森林地帯となる
そこでその森の中で伝説が生まれたとなる
相馬藩内の双葉町の夜の森は余の森である、藩主の森とういことで領有を主張したのである
飯館村や丸森は森に囲まれた世界である、そこが地理的に一つの国となっている

五月雨や森におおわる木曽路かな(自作)

木曽路でも森の中に道があった、その時五月雨に森が煙っていた、そして奥へは行けなかった、あんな森の道があった、相当に暗い道だから昼でも暗いからそこを行くことは不気味だともなる、つまりそういう道しかない時代である
何らかでそういう森が覆っていて暗い森の道を行かざるをえない時代だった
なかなか森を抜けるさとはできない森があった、ただ日本の森は山と一体化した森であるヨ−ロッパとかの平原にどこまでもつづく森とは違うのである
縄文人は森で暮らしていた、すると相当に暗い場所で暮らしていたことになる
それは鎮守の森となったように日本人の歴史と文化で継続していたのである
森の中に神社があり街ができても森(杜)で覆われていたのである

日本では森は失われることがなかった、森の木でも全部切ったりしないからである
また羊とか山羊とかでも放牧しない、だから森は残った、ヨ−ロッパではギリシャとかでも森が喪失して岩山になっている、でも羊を追う人を山の斜面で見かけた
羊を飼うと森は喪失する、草を食料とするから樹は切られ森が喪失する
ヨ−ロッパでは羊を飼う放牧する人がみかける、そのために森が喪失したともなる
また文明を発達した地域では燃料でも森の木を使うから森を喪失しやすいのである
だからかつて森におおわれた所が都会になったりする
レバノン杉が有名だけでほんのわずかしか残っていないからである
エジプトにも森がありもともと神殿の柱は木だったとしているから森があった
文明は森を破壊して消失される、インドネシアでも原生林が破壊されてオランウータンの棲む場所がなくなったと保護される
文明は様々な資源を食い尽くすのである、それが機械化して大規模になったのである

人間はもともと自然が障壁となっていたから山で川で森でさえぎられていた
自然の障壁が国境となっていた、ライン河はローマ帝国が越せない境となっていた
ゲルマン人が住んでいてその民族は強固な紐帯を持った民族だった
イタリアが南方民族だとするとゲルマン人は北方民族の方になる
そしてゴシック建築の石の大聖堂を造った、それはドイツの樅の森を模したものだというとき独自な文化が実は自然の風土からcultivateされたものでありcultureになったのである
日本だと島国であり海に囲まれているから海に遮られていることによって独自の歴史と文化が育まれたのである

だからこの国境というのは自然国境になっている、自然に生成した国になる
日本で小国が多いのは山に囲まれてそこで自給自足していた、一つの国だったからであるその土地土地で自給自足していたのである
そして逆にコロナウィルスとかでは国境が見直されたのである、ウィルスが入ってくるのを止めるのは国境だからである
ともかくグロ−バル化は国境とか国籍とかをかえって無視する必要ないものとした
でも結果的にそこで様々な問題が生まれたのである
多国籍企業などが国家を越えて他国の森林を大型機械で伐採して破壊してオランウータンなどを住めなくさせたとか自然破壊が行われた
それは日本だって自国の森林は利用せず荒廃させて外国の森林の木材を利用したから同じである

ともかく人間はどうしても生態系を無視して生きていけない、でもこの生態系がグロ−バル化でも工業化でも破壊されつづけたのである
それはこの辺の原発事故でもそうである、空気から水から森林でも田畑でもあらゆる生態系の中で生きていたものが放射性物質に汚染されたのである
奇妙なのは川は狭いから汚染されつづけている、鮎が上ってきても苔などを食べると
放射性物質に汚染される、そして川の放射性物質は海のように希釈されないから困る
そして真野ダムとかあるがそこの下の泥には放射性物質がたまっている
そこは広いから除染されない、またしたとしても回りの森から放射性物質が流れてきて
たまるのである

確かに遠洋漁業が盛んになったけれども沿岸漁業になると森でも山でも川を通じてつながりがある、そこで生態系に準じた生活になる、遠洋漁業になると国土とのつながりは消える、また魚を大量にとるので中国でもとるようになったから日本の沿岸でサンマなどでもとれなくなったとかある、グロ−バル化というときこうしてあらゆることに影響したのである、食のグロ−バル化もあり競争があり日本がもともと海の幸に山の幸であり森の恵みがあったがそういうものも無視されて外国の木材が使いやすいとして日本の森の木材を使われずに荒廃したともなる、また養殖の魚にしても自然の者ではないから問題がある
つまりグロ−バル化は生態系を無視するからそうなる、ウィルスでも風土病だったようにその国にとどまって伝染が広がらなければ良かった
現代だとたちまち同時間でウィルスが世界中に拡散されるのである
そのグロ−バル化も頂点に達したの今である、グローバル化の負の面が大きくなったのである
日本では食料を外国に依存したことでも失敗だった、米すら不足するというとき国内で自給することを怠ったからである、それをすぐには回復できないことが問題なのである
これまでしてきたことを簡単に修復できないからである

いづれにしろもうグロ−バル化は縮小せざるをえない、それには何か無理があったのである、食糧までグロ−バル化することは危険でもあった、ウクライナの戦争でもわかった
食糧が何か争いがあると入ってこなくなる、だから外国に頼ることは危険だったのであるそういうことはうすうす感じていたが現実化したのである
人口減少が騒がれるが地球規模でも人口は増えすぎたのである、地球で養う限界になっている、グロ−バル化して食料を燃料でも資源でも費やすことはできなくなる
SDGsとは「Sustainable Development Goals」を「持続可能な開発目標」が世界的標語になったようにそれぞれの土地土地で生態系に準じた生活に戻ることでもある
そこでリストアーするのが世界的に目指す社会になったのである
接続可能というとき森でも大地でも海でも山でもそうである、生態系に準じて生活することなのである、それがすべてでない技術や開発をすべて否定するのではない、過度になり行きすぎたものになったからそうなるのである
丸森の山ごとソーラーパネルにしたら保水能力がなくなり宇多川でもまた氾濫するかもしれない、あれは本当に行き過ぎた開発なのである