2022年10月21日

今年の冬が早い、近隣の無常迅速の短歌二十首 (柿の俳句に冬に入る故郷や家の短歌)


今年の冬が早い、近隣の無常迅速の短歌二十首

(柿の俳句に冬に入る故郷や家の短歌)

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伊達市石戸村

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石の庭我が家に安らぐ柿なりぬ

老人の我が家に安らぐ柿なりぬ

蔵古りて柿のたわわに石戸村

秋の夕一番星の冴え光る

枯山水流れひびきて冬の庭

組み合いぬ石と石かな冬深む


漁の船幾艘浮かぶ秋の朝海面光りて輝きまぶしも

何を見む何を語らむ命かなふるさとにあり冬に入るかな

誰か住むその跡に咲く菊の花我が手折りて室に挿すかな

金木犀一時匂ふ広間かな我が家の栄にあづかる人かな

近く住む医者を語れる人もなし何を残さむ忘れらるかな

苦しみつ生きてあわれも我が家に語りし女や病に倒る

病なれなほ生きなむ家にあれ齢幾ばく冬に入るかな

ふるさとに老いてなほ生くそれぞれに語るものあれ冬に入るかな

松一本家の跡にしありにしも今無きかも冬に入るかな

故郷の夕べさみしも幽かにも虫鳴く声に耳を傾けぬ

地震にそ壊れし家のそのままに空家のあわれ何を語らむ

昔なれ子供遊びし神社かな今は淋しも声も聞かじも

神社にそ天明の碑ありこの地にも歴史はありぬ我が家も古る


我が家に越中よりの移民なれ相馬の歴史語るもあわれ

小高より原町に住む女にあれ老いて変わりぬ無常なるかも

昨日(きぞ)ありし人は今無し無常迅速冬に入るかな

若き時逢いにし人はいづこにや行方も知れじ永遠に逢わざれ

誰が問うや墓のあわれも戦争に死す人なりし省みる人もなし

戦争に苦しみ果てしその命生きて語れる人も消えゆく

子に恨み残して死にぬ親ありぬこの世の縁の切れるも早し

我が母の遺影にそえてカーネーションの紫濃きをさして偲びぬ

言絶えて遺影微笑我を見む花を献げて守る家かな

清らかにきらめきあいぬ秋の星み空の澄みて濁りなきかも


昨日は北風が吹いた、今年はもう冬なのかもしれない、夏が来て秋が来ても短い
冬の感覚になっている、ただまだ紅葉にはならない、何かつくづく近隣を見ても死んだ人の家が空地になったりまた地震で壊れた家がそのままになっていたり今年の地震はまだ修復されていない、屋根が直されていない家がまだまだある
私の家の中もまだかたづけていないのである

本当にこの年になると無常迅速である、こんなに変わるものなのかとなったのは震災原発事故以降でありその後すぐに家族もみんな死んだ
何かめまぐるしく変わったのである、こんなに変わるものかとただ驚くばかりである
この世の中とは本当に変化である、常なき世界なのだ、無常の世界なのだ
それは昔からそうだったのである、だからこそ別に宗教を知らなくてもそのことは諺に残っている

若い時はどうしてもこうした無常だということがわからない、ただ人生は無限につづくものとみる、ところが30過ぎるともう青春とか若さは消えてゆく
そして40才になると白髪でてくる、つまり初老にもなる
だから実際は高齢化社会でも老いることは早いのである、青春はもう夢のように消えてゆく、それはあっという間だったとなる
その時あった人はどうなったのか、それももうわからないし逢うこともないとなる
人間が逢うということは縁があってそうなるのだがそれも束の間であり別れから一期一会となる出合いを大事にしろとなる

でも実際はいくら人と逢ってもそれはこの世の一時であり後は永遠に逢わないのである
もう50年前ともなれば本当にそんな人いたのかとまでなる
それで確かに子供の時五年間一つ屋の下で暮らした人のことを覚えていなかったという
女性がいた、その人は非情化した人間だからそうなった
でもその人とは本当にいたのかとも50年も過ぎるとなる

回りを見ると空家になったり空地になったり死んでしまったりしている
近くの医者はとにかく話題になる人だった、でもその医者のことを語る人もいないのが不思議である、あれほど語っていたのに語る人も死んだこともあるが他でも語ることがない家は残されているが地震で屋根をが壊れても直していない、一人息子も78歳で死んだと聞いて驚いた、その家にしても放置されているだけである


とにかくこの辺は原発事故の避難区域になった所は空家だらけであり老人が住んでいるだけでありやがて消滅するのかとなる、これも余りにも大きな変化だったのである
次々に人間関係でも変わってゆく、五六年家に来ていた女性も突然脳梗塞だ倒れた
これも大きな変化だった、その人の親しい人も糖尿病であり最近あったらめっきり老けていた、病院通いであり八五歳になるとやはり老ける、でもぼけではないない
どうしても病気になれば老人は一挙にさらにふける

その人は病院に半年くらい入院していた、でも病院にいてかえって悪くなりもう入院したくないと言っている、家に帰ってきてかえって回復したのである
そして良く庭を見たら柿がなっていたのである
その庭は大きな石を積み重ねた立派な石の庭がある、それはすでに若い時人一倍働いて家でも庭でも作ったのであり自慢なのである
だからそういう家にいることは病院と違って気持ち的に尊厳があるとなる
老人になれば体だけではない、やはり心が問題になるのである

だから総合診療が必要だとなる、家で死にたいというのは家がアイディンティティの場でありそこが生きた証の場所でもあるから家で死にたいとなるのである
そして死者は家でなお生き続けているのである
なぜなら残された人がいれば供養しつづけるからである、死者も家に生き続けるからである、また故郷でもそこは生き死にの場所であるから老人になると離れたくないとなる
ただ若い時なら他の場所でも慣れるから第二の故郷となるのである
だから老人は故郷を離れることが辛いとなる

柿は何か日本的な果物であり、KAKIで外国にも通じる、柿と石ともあっている
それは単に果物ではない、何か精神的価値がある、バナナとか外国の果物はただ食べるだけだが柿には精神的な意味を感じる
それは極めて日本的なものになっているからだろう
私の母親は柿が好物であり干し柿を食べていた、大正生れだから果物でもいろいろ食べられなかった、柿は干し柿でも子供の時から食べていた
そして霊山を越えて伊達市に入るとあんぽ柿で有名になる、石戸という村の名前もいい
そこで柿がたわわになっていた、柿の季節でもある
ただ私はあまり柿は食べない、他にいろいろ果物が今はあるからだ
かえって柿は高い、干し柿でも高いと思った、やはり果物も種類が増えたから他のものを食べるよちうになったのである
ただ石戸村には柿が似合っていた、その名前が良かったのである
だからまた行ってみようとなるが結構遠いから疲れる、でも紅葉を見に行きたいとなる