小高の大悲山の石仏から浪江町の大堀からー 紅葉の高瀬川渓谷へ(俳句と短歌)


小高の大悲山の石仏から浪江町の大堀からー

紅葉の高瀬川渓谷へ(俳句と短歌)


(小高へ)

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木の蔵はめったにない、だからこの家は古い

ここは小高の城のある手前であり空家なのである
空家でも立派な家がある、庭でもいい庭がある、だから誰も住まないことが
もったいないのである
ただ11年も過ぎてすまないことは住むことがなくなるのか?
結局震災以後でわかったことはいくら一軒一軒の家が立派でも
全体が荒廃してしまえば価値がなくなる
荒地の中に一軒の豪邸があったとしても価値がない
その市町村全体が荒廃するば価値がくなるのである

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小高城

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ここも家があり庭があったのか、または石が集められたのか

大悲山の石仏

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浪江の空家の庭

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高瀬川の紅葉

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猿の腰かけ石

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この三角の山がいい


小高城据えにし石や秋の暮

あわれかな小高浪江に残る虫

大岩の庭に動かじ残る菊


小高なる城跡だずね色濃くも紅葉映えにき石段下る

(大悲山の石仏)

黄金色(きん)の銀杏のの木の葉を散りしきて紅葉映えにき石段上る

千歳古る巨杉の幹や三体の平安仏や紅葉赤しも

平安の磨崖仏かな何を聞くここに黙して冬に入るかな

三体の平安仏の不動なり幽かに残る虫の音を聞く

(人住まぬ家)

誰か住む岩の一つの大きなるその岩により残る菊咲く

松一本見事なるかなここに住む人は誰なれ冬となりしも

(大堀の里)

陶工の家々寄り合う大堀や落葉に埋もれ荒れ果てにけり

大堀に菩提寺あれや人住むは江戸時代より秋深まりぬ

大堀の神社に残る大きなる木の根ふたつや秋深まりぬ

ここにしも山津見神社や高きかな我が上りたずね秋深まりぬ

(高瀬川溪谷)

渓谷に清らかな流れそそる岩紅葉に映えてひびきけるかな

渓谷の流れの奥に秀麗な山の映えにつ秋の陽没りぬ



夕暮高瀬川紅葉の詩

高瀬川流れ清らか
そそる巌に色濃くも紅葉映え
その巌の間にひびく流れや
秀麗な山そ映えにき
秋の陽は輝き没りぬ
岩と岩は厳かに向き合い
ここに千歳の経にけるや
その流れは汚れじも
その麓大堀の相馬焼き
技を磨くも捨てられあわれ
夕べ静かに流れの音聞きつ
落葉を踏みて帰りぬ
その逸品の一つ我が家にあり


動かざる石仏に巨杉

石仏は千年ここに動かない
ここに三体の石仏
もの言わず動かない
この石仏のありしときより
この杉は成長しつづけぬ
かくしていつしか巨杉となりぬ
この木はここに千年生きぬ
その重々しさよ、内なる力よ
充実したる内からみなぎる力よ
この木はもうテコでもここを動かない
ここに黄金の銀杏の葉の散りしき
眩しく日はさして輝く
紅葉も色濃く映えぬ
平安の仏はここに動かぬ
何をその耳は聴くのか
千年黙している石の仏よ
幽かに残る虫の音を聞く
人もここに動かずあれ
この地に根を張り千年動かざれ
この地に根を張り千年生きよ
ここの大地に深く食い入る根よ
ああ 人の生ははかなし
百年生きるも短し
たちまち時間は過ぎてゆく
あわただしく過行く生よ
千年動かざるこの石の仏を
千年ここに根付く巨杉を思へ
かくあれば命の重みは自ずから備わる
人はたやすくその土地を離れ
何も残さず消えゆくものなれ
その生は浮薄にして束の間に消ゆ
木の根はなおもここの地を離れずあり
そはこの地を離れて何を残せしや
そが血脈は絶え根となる土地のなし
代々重ねる生の重みなし
その命は虚しく消えてなし
人よ、根になる土地を持て
そこに根を張り有意義な生を成就すべし


小高城によりそこにやはり紅葉が映えていた、そして何か庭の石だったのか集められていた、そこに家があり立派な庭がありその石だったのか
小高城というとき相馬氏が最初に築いた城だから歴史が古いのである
その後原町の牛越城から相馬市の前の中村に城を築いたのである
その歴史を知る時小高は意味ある場所だとなる
相馬野馬追には中村神社(宇多郷)と太田神社(中郷)と小高神社が行列に出る、それは小高が古いからそうなる

私は石や岩に興味がある、自分自身が内向的であり黙している石が似合っているとなるからである、石にはなんらか岩でも表情がある、だからそこにあった石に感じるものがあった、それで俳句を作った、ただ冬になったのに秋の暮となっているのはまだ秋の感じだからである、昨日はあたたかったからである、何か季節感がはっきりしなくなったのである秋の暮とか秋深むとかになるが冬になっている、でも実際は今は紅葉で晩秋なのである

他にも浪江に入ったらやはりいい家がありそこに大きな岩があった
残る菊がありふさわしかったとなる、庭に石を据えるとことは人間も石のように動かいな定着することなのである、でもそれが原発避難区域では失われたのである
立派な家があり庭があっても誰も住んでいないのである
これは本当にもったいないと思う、そして空家のままにしておくと町全体にしても活きてこないのである、人が住んでこそなんでも活きてくるからである
そうして空家を放置しておくとこはその持ち主でも権利を失うことかもしれない
そもそも住まないとしたら空家としておくことは困るとなる
たまに見に来て掃除などしている人は近くでいる、でも20年とか空家とかなっているのもある、そしていつ誰かが住むのだろうとなる

大悲山の石仏は平安仏であり千年過ぎているという、その時植えられた杉があのように大きく育ったのである
その杉は見事である、その杉と同じく石仏も古いのである
そこで思ったのはこのように人もまたここに根付いてあれということである
それは原発事故で原発避難区域が人が住めなくなり離散してしまったからである
そのために何か拠り所が必要になったのである
この石仏も古いからまた杉ても千年も過ぎているとなるとかくも長くここに根付いていたということで人もそれを拠り所にするのがいいとなる

大堀は荒れ果てていた、でも細い道があり陶工の家々が20軒くらいあったのか、めれは江戸時代からつづいていたのである
それで神社に大きな杉の根っこが二つほど残っていた
その根っこがまさにここに根付いて暮らした人たちを象徴している
神社とはこの土地に根付くものだとなるからだ
ここも山津見神社があるからその起りは古代に遡るのである
海人族の安曇族がここにもにも入ってきていたのである

ともかく石が定着のシンボルである、だから大悲山の石仏にしても平安時代からあり
またその巨杉が千年とかしてあのように貫禄あるものとなった
石仏にしても千年そこに座して動かなかった、それは大地に根付くように動かなかった
また古碑がありそこに大きな木の根っこがある、他の神社にもある
それはやはり木がなくなったわけではない依然としてその根っこ存在して存在を主張しているのである

現代の問題は余りにも変わりすぎるのである、10年一昔と言うけどそういうことはあっても変わらないものがある、千年も変わらないものがある
それが千年の巨杉であり平安時代の石仏だとなる
その変わらないことで動かないことで重みがあり存在力がある
それは余りにも現代は移動する動くということにある、そのアンチテーゼとして動かないものとして木でも石でも石仏でもある
原発避難区域は一挙に捨てれてみんな移動して帰ってこないからである
そうして縄文時代から弥生時代から住み続けてきた場に人がいなくなる
跡を継ぐ者もいない、そのことが今や全国的日本の縮小化で起きているのである

人間はアイディンティティ化する場が必要なのである、それが本来の国である
大都会ではとてもそうしたアイディンティティ化する場とはなりえない
だからそれぞれの国に生きることでアイディンティティ化して生の充実がある
小国とは小さな国であった、でも国でありその小さな範囲で人間の生は自然でも一体化したのである
ただ現代はそうした国が喪失した、広域化とか商業は必要でも余りにもその生活圏でも拡大して人々のつながりは金でしか得られなくなったのである
今や農民すら金であり共同体というのは喪失している
みんな広範囲な所で働いているからである、建築土木関係だと本当に遠くに行く
仕事が地元にないとき遠くに行くのである、だから近くでも何しているのか仕事しているのかわからないのである、それは田舎でもそうなのである
車時代になると近くが遠くなり遠くが近くなっているのである
そういう社会だとやはり何かあると簡単に解体してしまうのかとなる
グロ−バル化とかでも広域化経済でも何か土地に土着するとかがない
それは自由を求めるからそうなるとしても人間の充実した生を大地に根付いたものを作れないとういことである、そこに精神の充実が得られないのである


相馬焼の歴史
http://www.musubu.jp/somayakimono1.html

むかしから そのむかしから 学校の
やねも お空も つんぬいて
大きくのびた かきの木は
みんなの そだつ 目じるしだ

大堀小学校の校歌に柿の木が歌われている、柿がふさわしいとなる
ただ柿の木は高くは伸びないか合わないともなる
ただ柿のなる陶芸の里としてふさわしかったとはなる

大悲山の巨杉
http://www.hitozato-kyoboku.com/daihizan-sugi.htm