2023年04月14日

人間は何らかで必ず生活習慣病になる (また生活習慣が人間をつくる老人になるとその結果は現れる)

人間は何らかで必ず生活習慣病になる
(また生活習慣が人間をつくる老人になるとその結果は現れる)

病気には生活習慣病の要素がある。常に使う筋肉は活性化して衰えないということがある。でも使わない筋肉は衰えてゆく。私が歩いて足が腫れたのはおそらく私は自転車には常に乗っていても歩いていないからである。自転車に乗って使う筋肉と歩いて使う筋肉は違っている。だから節々がいたんでいる。
それは歩いた結果として日ごろ使わない筋肉に負荷がかかりそうなった。前にも同じ症状が歩いて行って起きたからである。
自転車だと歩くように体全体の重力がかからない、だから楽に走れる。でも歩くことは重さが重力となり足をケガした人でも立つことが苦しいのである。それは体重が足にかかるためなもである。

とにかく人間は必ず生活習慣がありそのために偏ったものとなる。
一日デスクワークしている人はやはり偏ったものとなりどこかでその症状が現れてくる。
つまり人間はさまざまな仕事がありその仕事によっても偏ったものになる。職業病もそこから生まれてくる。
現在は仕事でも複雑化しているから何らか偏ってそのために病気に成人がえろ。それは避けられないのかもしれない。
ただ自分の場合は老化が関係している。今まで歩いてそんなことにならなかったからである。どこかで老化現象が出てきてそうなる。

それで寿命でも健康寿命があり男の場合75歳くらいでそうなる人が増える。団塊の世代が75歳になるということは老化現象が現れて介護になる人も多くなる。それも避けられないものとなり数が多いから社会を圧迫するのである。
介護社会になってもう国力自体が低下してゆく。高齢化社会ではとても他国が侵入してきても戦えない。何か老人と病人とそれから引きこもりとかニートが100万人もいるとかそういうことで国力自体が相当に低下している。ヤングケアラーでも増えている。孫が祖父母の介護をしている。それも経験ではあるが若いときの時間は貴重である。そこで経験を積まないと取り返しのつかないことになる。

ともかく歩くことをしていないからその歩くための筋肉が弱っていた。それでその筋肉もいたんでいる。だから人間にとって習慣になることは本当に影響が大きいのである。
何でも対して才能はなくても習慣的に勉強していればやはり知識も身についてくる。習慣が人間をつくる。その悪いものとして生活習慣病も生まれるとなる。
その生活習慣習慣病の危険は必ず60以上になると出てくる。
知っている人が脳梗塞になったのはタバコなど常に吸っていたからである。タバコは癌に関係しなくても血管に関係していたのである。

だから酒とかタバコでもそれが習慣になっていると必ず60以上になると何らかの病気が出てくる。
60以上はこれまで指摘してきたことの結果が現れる。それは体でもそうだし精神的にもそうなのである。人間はやはり積み重ねであり日日の生活の積み重ねが人間を作るのではある。
それを心がけないと60以上になって後悔するのである。

でもどうしても老化現象は避けられない。それを今回の旅で歩いて痛切に感じたのである。大した旅でもないのにこんなに体がいたんだということにがっかりしたのである。
老化は避けられないのでああ。そこに老人の悲しみがあり苦しみがありどうにもならないのである。そして若い時のことを思い出し元気な時の姿を思い出しがっかりするのである。でもそれも避けられない人間の運命なのである。どうしてもこうして体が弱い何かができなくなるのである。
だから意外と老人が常にこれまでしてきた経験を語るのは新しい経験をできないからである。体力的にもできなくなるからである。

それで自分の場合は旅したことを追想して詩を書いたりしているのである
つまり老人は過去の記憶に生きる。新しい経験をすることができなくなる。でも体が弱ってもこれまで経験してきたことを振り返り追想することはできるのである。
それが老人の生きがいにもなる。過去の記憶を蘇らせてまた別の視点で過去を見る。 経験を消化してそれを思想家するのに向いている。だから意外と老人になりその人なりの成果が現れてくる。
つまり老人になって実りがあるということである