2023年04月18日

なぜ栄える家があり栄えない家があるのか (家族に争いがあり離婚したり協力しないと栄えない)


なぜ栄える家があり栄えない家があるのか

(家族に争いがあり離婚したり協力しないと栄えない)

養子は家に外からエネルギーを持ってくるという役目を持っています。優れた商人は、養子の続いた家系から出ている例が多いといわれています

先祖の因縁が子に報う

なぜ栄える家があり栄えない家があるのか、それも謎である。
その家に必ずしも優秀な人がいて栄えるのか、養子の方が優秀だから跡継がせて栄えることはある。家が血縁から結ばれて栄えるとはならない、その家はなぜ栄えなかったのか?
その家の両親はまれにみるいい人であり正直でありとてもその子がふしだらな息子を生むなどまた育つことなど考えられない人だった。だから親のせいでも先祖のせいでもないとなる。

たた先祖がどういう人だったかはわからない、親をみればもともと栄えていい家だったのである。これも不可解でありわからない、間違いなく家が家族で争っていると栄えない、例え有能な人がいたとしても栄えない、これだけは確かである。
母の実家は後妻を迎えたりそれも妻が生きている時そうなった
それも病気だったからやむをえないという事情もあった。でも家族のまとまりはなくなった。原因は一つでないにしろ不和分裂の家でありそのことが子孫にも影響した、それでやはり子孫も不和分裂して付き合いも絶えた。墓はあったが長男が墓を守ってくれと数百万を残してめい子とかに残したが墓でも守れないでその跡は絶えるとなる。
家族でもどうしても離婚だとか争いがある家は栄えにくい、協力できないから栄えにくいとなる。

山形県の最上家は優秀な最上義光がいて興隆して57万石の大藩になった。でもその跡目争いで混乱して石高も数万とかになり衰退した。これも一族が不和分裂になったためである
こうして大きな藩でも争いがあると栄いないのである
徳川家が3百年も続いたのはやはり跡目争いがなく継続できたためだともなる。国でも不和分裂になれば栄えないことたしかである。明治維新でも国内が激しい内戦になったら外国人が入ってきてもとまらなくなりのっとられるとなった
比較的内戦でもそれほど大きくならずに治めたので国がまとまり日本は植民地にならずにすんだともなる。
確かなことは家であれ国であれ一致協力しないかぎり栄えることはない、ただ栄える条件にしても一つではない複合的理由がある
それは国でも家族でもそうである。犯罪でも一つの理由で起こることはない。

この辺で原発事故で衰退したけどそれまでは原発の恩恵で栄えたということもある。だから小高の呉服屋で大きな庭がありその手入れで一年で40万の仕事になっていたこと庭師の人に聞いたからである。
もしかしたら原発関係で金が入った人がいたからかもしれな、この辺でも漁業関係者が火力発電所で補償金が入り高価な着物が売れたと聞いたからである。それだけではない高度成長時代にはそういうことが全国的にあった時代だからである
でもその庭の手入れの仕事もなくなったという、それは持ち主が病気になって空家になったためである。
小高とかでは浪江とかでは原発で裕福になった人がいただろう。
それも街自体がゴーストタウンのようになったときその富は失われたのである。町全体が空家化して個々の家の価値もなくなってしまったのである。
こうして栄えた町でも一気に衰退してしまったのである。

国が栄えて地域が栄えて個々の家も家族も栄える、栄える原因はとても一個の家とか一個人では栄えることはできないのである。
いろいろな要因が重なって栄える家が生まれるからである。
私の庭に咲き続けている牡丹は不思議である、肥料もやらないのに水もたいしてやらないのに今年も二輪咲いたのである。この牡丹は二十数年なのか咲き続けている不思議がある
理由は乾燥していて水はけがいい土地を好むためなのかとなる。
土地にあったため咲き続けている。それは偶然でもあったとなる。

我が庭に咲き続けたる牡丹かななお栄えむと咲き続けなむ