2023年04月27日

原発事故の多額の補償金が復興を阻害した (復興より補償金をもらうことことが第一になった)


原発事故の多額の補償金が復興を阻害した

(復興より補償金をもらうことことが第一になった)

●突然苦労しないで入った金は消失しやすい

突然入ってきた大金は身につかない。悪銭身につかずになる。
そういう例はいくらでもある。親の遺産を相続した場合などでもそうである。それも使いかたがわからず浪費してなくなってしまう場合が多い。その金は何か天から降ってきたような金でありあぶく銭でもある。苦労して得た金とは違うのである。
だからどうしてもなくなりやすいのである。有効に生かせないのである。それは自分自身でも親の遺産で経験しているのである。

この辺の原発事故でも多額の補償金を得た結果金銭感覚が狂った人がいたようである。もちろん補償金をもらう権利はあるしそれをとやかくは言わない。でもその補償金が返ってこの辺の復興をできなくなってしまったということもある。
その補償金も高額になるとそうなりやすかった。今まで手にしたことのないような大金が入ったことで金銭感覚が狂ってしまった。
その金を高価な車とか女遊びとかに費やされたようでもある。それでもしかしたらそのも大金もたちまちあぶく銭のように消えたのかもしれない。
補償金は必要でもそれがあまりにも大きなものとなって金銭感覚が狂ったともなる。それで故郷の復興とかより補償金をもらいそれで楽に暮らすという考えになったともなる。
というのはやはり避難区域の人で多額の補償金をもらってスポーツカーだとか女遊びだとか何かそういう復興のためというより浪費したというふうにも見えるからである。

●補償金も有効に使いなかった

だから今になってその補償金でも使い果たして苦しくなってしまったのかもしれない。何か大工さんでも仕事が欲しい。その人はいろいろなことができる才能ある人だから掃除とか家事手伝いとかそういうことで仕事をさせて欲しい。金も欲しいとなる。
そんなことで懸命に仕事をして金を得ようとしている。
でもその人のことは原発事故から十年くらいは音沙汰無しであった。その間に何をしていたかわからなかった。でもどうも補償金をもらったとしても使ってしまったのかもしれない。
それでなんとか働いて金を得ようとしているのかもしれない。
そのことは悪いことではない。自分の身ににつけた大工の技とかを活かして金を得ようとしているからである。

でもその補償金を浪費した人も多いだろう。補償金をもらうことは当然にしても額が多すぎたのかもしれない。もちろん少ないということででことでさらに要求してはいた。
結果として裁判で勝ったから避難区域の人は4人家族だったら1000万とかまた入ってきたのである。その額も大きいと思った。
私の地域では一人16万でありもともと少ない。 30キロ内たと原町だと3倍になっていたからである。今回の裁判でも買っても補償金は一人16万であり原町区は3倍の50万なのである。
その他相馬市とかでは8万くらいにしかならないのである。

おそらく補償金はもらうことは悪いことではないしその権利もあった。でも多すぎたのかとなったがそのために返って補償金を水増ししてもらうことが復興の目的にもなってしまたのである
とにかくなんとか金を得るための算段をしたかもしれない。もちろん放射能汚染とかいろいろな悪条件があり外に出ようとすることも分かる。

でも補償金が少なかったら外に出て家を建てたり簡単にできない。すると故郷に残ってなんとか苦しいがそこで生きる道を探すことになったかもしれない。もともと故郷に代々住んでいて愛着がある人が多いからである。農家だと先祖代々住んでいるからである。それでも多額の補償金をもらったとき故郷に住んでいるより他に移った方が良いとなり補償金を元にして仙台に移ったりして事業お起こして成功した人もいるのである。それは補償金の額学が大きかったからである。
でももし補償金がそんなに多いものでなかったらどうなったであろう

●補償金がかえって復興をさせないものにもなった

とにかく必ずしも原発事故の補償金がプラスに働いたともとは言えない。なぜなら補償金頼りになり自ら苦しくともなんとか故郷で生きようとすることがなくなった。
もちろん放射線被害などがあり住めなくなったということもある。でもいくら被害があってももし補償金がそんなに多いものでなかったら簡単に他に移り住むことは難しかった。
するとどうなるか?どうしても苦しくてもなんとかその場で生きる道を探していたかもしれない。それが多額の補償金でそんな苦労するしたくないとなり避難区域では移住した人が多いのである
でも何か今その補償金でも使い果たしてなくなった時なんとか金が欲しいから働かせてくれ何でもするから働かせてくれと来た人もいたのもやはり人間はそういうものなのだろう。人間はやはり金があれば働きたくない。金がなくなれば生きるためになんとかは働こうとするのである。だから人間は返って恵まれると堕落するのである。

それで双葉の人が鹿島区あたりでコンビニ強盗したと言うことをきいた。それは本当なのかと思ったが本当らしい。
双葉なら相当な補償金をもらったはずである。でおなぜ強盗までするようになったのか理解できなかった。でも補償金をギャンブルや女遊びなどに使ったことを聞いている。だからもしかしたらそうして金を使いすぎてなくなったのかもしれない。
だから補償金が必ずしも復興には繋がらなかったのである。
でも補償金は必要だったがそれが身の丈を越えて大きものになりすぎたのかもしれない。そして復興とはどれだけ補償金をもらうのか水増しさせるのかなになったのであるのである。

人間とはやはりいくら金をつぎ込んでも必ずしもいい方向に向かうとは限らない。かえって悪い方向に向かったということもある。その例が水俣病被害者にあった
そこでも補償金をもらうことが第1の闘争結果的にその地域は荒廃してしまったのである。
結局人間は楽を求める、苦労するにしても強いられてする。
でもその楽をすることが必ずしもいい方に働かないのである。
そこに人間の普遍的な問題があったのである。
ただこの辺では南相馬市でも30キロ内は原町区などはもらった。鹿島区だと30キロから外れたから少なかった、それでもやはり避難区域は多額だった。でもそれだけの被害があったのだからそれをとやかく言えない、結果的に補償金がみんなよく働いっとはならなかったろう。その額が問題だったのである。
それで金銭感覚が狂ってしまったことは言える

●少子高齢化社会も復興できない要因になった

もう一つの大きな要因は少子高齢化社会にあった。家に来た大工さんにしても70にもなるとしたらきつい仕事はできない、でも軽い仕事なら一日三時間くらいならできる。家事手伝いととか軽い仕事ならできる。
もしその人が若かったら運搬の車が欲しいとなっても利益を上げられるから投資することもありうる。
でも老人の場合は未来がないからできないのである。花の木を植えるにしても十年後に花が咲くとなると庭に飢えたくないのである。花がすでに咲いたにを見たいのである。それだけに待つ時間がないのである。
復興にしても津波の被害で喪失した松を植えても成長するのに50年とかかかるのである。
そこに復興のむずかしさがあったのである。
日本が停滞して衰退したのも失われた30年があったためである。何ら有効な手を打てないままに30年が過ぎてしまったのである。この30年は長かったのである。その時間の損失は簡単い取り戻せないのである。

コンビニ強盗で逮捕されたのは、南相馬市鹿島区の会社員・小松 悟容疑者(35)。

水俣病は政治によって、行政によって、企業によって、さまざまなかたちでの分断を生みだされてきた。現在も水俣でこそ、水俣病を語ることはときに難しく、口をつぐむ人もいる。水俣病によって起きた、地域の分断に対して、水俣では「もやい直し」という取り組みもおこなわれている。水俣病によってばらばらになってしまった地域のつながりを結びなおそうという取り組みだ

水俣の現状――生活支援と訴訟からみえる水俣の課題

「震災バブルの怪物たち」を読んで

補償金で原発避難区域はモラルが崩壊した

posted by 天華 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連