2023年06月12日

街に記憶された一軒の自転車屋 (場とともに記憶がある―失われる記憶の場)


街に記憶された一軒の自転車屋

(場とともに記憶がある―失われる記憶の場)

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駅降りて自転車屋ありその人の亡きしも思ふ在りし日のごと

人間の謎は老人になると記憶に生きるようになる。記憶されたものが人生にもなる。でもその記憶が消えやすいのである。会場
だからどうして人間は記憶されるのかそれが問題になる。
記憶されるということはそのメカニズムは場所と関係している。
例えば家一軒があるとしてもそれが街の中にあっても記憶されない。でも街全体がありその中に家があり全体は記憶される。ここの家は記憶されなくても街全体を記憶するということがある。

だから自転車屋の場合駅前にあり駅と密接に結びついていたのである。もともとなぜ自転車屋が駅前にあったかというと自転車でも鉄道で運ばれた時代があった。その頃まだ車による運送は盛んではなく遠距離になると鉄道に頼っていたのである。
それで駅は引き込み線があり近くに縄屋とかあった。それは荷物を梱包して使うためであるあった。自転車でも駅前にあれば運ぶことも簡単だから便利なので駅前に自転車屋を開くのはそのためだったともなる。

とにかく人間は記憶するというとき場の働きが大きい。それで自転車屋の場合は駅と一体化して街とも一体化していたのである。ところが現代では商店街とかはシャッター通りとなり小売店は消失した。
でも街に商店街がなくなると街自体がシャッター通りとなり廃墟のようになってしまった。でもスーパーだと何か土着的ではない巨大資本が一時的に巨大なスーパーを作る
でもしかし巨大資本の問題は土着的ではない。そこで土着的に生活するのではなく東京とかでとかに本社がありその本社によってその経営も左右される。
それで相馬市ではイオンが閉鎖された。その影響は大きいものだった。街の一部が廃墟のようになったからである。このように大資本のスーパーなどはイオンなどは閉鎖することがある。それは本来その経営する人がその土地に土着して住んでいないからである。ここに大きな問題があった。

あれだけ大きいスーパーが一挙に消失することは影響がまた大きいのである。イオンは他でも撤退している。それは土着的ではないからそうなったのである。
そのことは原発でもそうだったのである。東京に本社があり東電の幹部はそこで福島の原発に命令する立場にあったのである。
でも事故のとき所長が吉田所長で仕切っていて東電の東京に居る東電の幹部たちとうまく話し合いができず意思疎通ができず混乱したのである。

つまり原発を取り仕切るのは地元にいる者たちではなく東京に居る人達だったからである。そこでうまく意思疎通ができなくなっていたのである。現場に居る人はやはり東京とか離れている人たちとは危機感も違っていたからである。
そして現場に居ない東京の幹部たちともうまく的意思疎通ができなくなっていたのである。ここに科学技術でもやはり場というものは関係していた。その場から切り離されて何でもありえないということである。それはあらゆることにそうなのである。ニュースでも現実の場所がら切り離されてテレビの一場面だけを見るから誤解するのである。

その場のことが実地にその場に立たないと実感できないことがあからである。その点東北電力の女川原発は副社長は5m高くしたことでギリギリで助かったのである。
それは現実にすぐ近くの三陸で明治時代にも1万人くらい死んだ津波があり危機感を地元に住んでいて持っていたからだったのである。だから何事土着的ということは仕事でも必要になってくる。
巨大資本というのは土着的ではないからこの土地で儲けが出なければ他に移るとなる。でも土着的だと自分たち自分そこを経営している人たちも住んでいるのだから簡単に撤退はできないとなる。ただ現代の仕事は広域化してグローバル化しているからなかなか土着的とはならなくなったのである。

土着的とはまた継続するということである。江戸時代なら農村山村漁村でも自然に準じてて生活していたからすでにそのこと自体土着的でありその生活も継続されていたのである
そういう社会では家の跡を継ぐ長男が大事にされたことも分かる。それもそういう社会では何代も家は仕事とともに継続されていたのである。だから農村社会では村では人が死ねば山に葬られ田植えの時期などに山からご先祖様は降りてきて一緒に仕事するということにもなった。
そして盆踊りとは死者とともに踊る祭りでありそれは村という共同体があって成立していた祭りなのである。ご先祖様は死んでも村の中に生き続けていた。それは農業社会であった時そうなったのである。村は一つの空間軸でも場として共有するものはありまた時間軸でも継続するものはあって成り立っていたのである。

でも現在はそうよう共同体が喪失して会社人間になった時会社というのはその土地と必ずしも結ばれていない。会社はいつまでも存続するということはなかなかない。会社がその土地と強固に結びつくことはない。
原町のゴルフ会社があってもそれはその土地と結びつく訳でもない。その製品は外国まで売っているからである。では地元の人でゴルフをするためにその製品を買うかというとそういう人はわずかだろう。だから会社というのはその土地に結びつくということが必ずしも無い時代なのである。
だから浪江の人が二本松に会社が移ったときその人は一時は通っていたが会社のある二本松に移住するようになった。
何かよくわからないがここで子供の時遊んだ人が東京の方に働いていたが会社は岩沼に移り今はそこに住んでいるという。つまり会社が生活の場なのだから会社が移ればその会社と共に人も移住してゆく農村社会のようにその土地に代々定住するということは今は少ないのである。

ただ人が記憶するというときやはり一つの場があって記憶されるということになる。現在はその場が喪失しているのである。
特にこの辺では原発事故がで町や村が消滅の危機に陥った。すると記憶される全体の場が喪失するともなる。継続される生が継続されない。その場を失ったとき人間の記憶される場も失ったとなる。だから離散した人々はその街であれ村であれ住んでいてもその人の記憶は消えてしまうのである
いずれにしろまた電動自転車が故障した。でも見てくれる自転車屋もここには一軒もなくなったのである。自転車の場合特に電動自転車は交渉すると故障すると直接生産しているメーカーに送り修理してもらうのである。だから電動自転車は通信販売でいろいろあっても買いにくいのである。

普通の自転車なら修理はどこでもできる。ところが田舎ではその店で買ったものしか修理でも受け付けないのである。
他でも医者とかでもいつもかかっていないと受け付けないことがある。それで原町の自転車屋ではパンク修理とかでも断られたのである。他の人も断られたと聞いた。イオンでは修理は受け付けている。でも電動自転車の電気系統は修理できないのである。
このように田舎の商売はまた閉鎖的である。でもイオンだと受け付けるのである。それは一回限りでも修理が頼めるのである。
だからイオンを批判したが田舎の店だってまた批判されるべきものがあただイオンが土着的ではないということは言えるのである
ただ自転車屋といっても今は車社会だから自転車に乗らない人は関心をもたないのである。私の場合は駅とかの関係で自転車屋のことが死んでも何か記憶されるものとなったのである。


posted by 天華 at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層