2023年06月14日

水道がない時代の井戸の話


水道がない時代の井戸の話

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この回りは空家と空地になった


隣に井戸がある。その水は出が悪くなったがまだ水は出ている。
その井戸の持ち主と話をした。放射性物質に汚染されていないという実際に検査してもらったからだという。地下水は汚染されていないみたいだ。川の場合は泥に付着して放射性物質が減らないのである。
この江戸については子供の頃私の家には井戸がなくこの井戸の水をもらって生活していたのである。その時水道がなく井戸の水で生活していたのである。何かその子供の時まるで江戸時代であり原始的生活にもなっていた。

それでその水を風呂の水として運んだことを覚えている。
バケツで運んだのである。風呂だとなればそれなりの水が必要だから何回も運ぶことになり苦労だった。その風呂にしても父親は手作りした小屋の中にあった。
水がないということは相当に不便だった。それで井戸のない家は苦しんでいたのである。街中でも結構井戸があったのである。だから常に井戸を目にしていたのである。夏になると井戸から冷たい水が流れていて涼しさを感じていた。
そこでスイカなどを冷やしていたのである。まず人間の生活は水なくしてはありえない。その水が家にないということは相当に不便だったのである。そして水をもらうにしても気を使うから井戸がない家は苦労した。そこでもらい水と言う俳句が生まれたりした。

また水道もない江戸時代においては、井戸から水を汲むことから一日が始まります。水汲みは重労働のようにも思えますが、古来より女性の大切な仕事でした。

俳句の教科書

長屋が井戸中心にしてあった。なぜならそこで水を汲む洗濯もしていた。日常の生活で井戸なしではあり得なかったからである。
ただ洗濯はすぐ近くに堀があれ水が流れていてその水は田んぼに流れていた。だからその堀は定期的に農家の人が掃除していた。
つまりその時代は家事に相当なエネルギーを費やしていたのである。だから主婦は外で働くことなく家事に専念していたのである。第一家事がとても女性一人でこなせないからこそ必ず中産階級でも女中お雇っていたのである。女性の仕事として女中があった。私の母親は紡績工場で働きあとは東京で女中をしていたのである。大正生まれだったからその頃の仕事はそういうものだったからである。
とにかく井戸にまつわる話が残されているのはやはり水が大事であり水なくして人間の生活もないからそうなったのである。例えば白にしても城の中でも井戸が数多くあった。
それは籠城するときなど井戸がないとできないからである。

城の内井戸の深きや落椿

ともかくその井戸の水をもらっていた井戸は残っていても何か死んでいるような感覚になる。その周りは空き地化して空き家にもなったからである。広い土地も農家だったが空き地になった。
建具屋だった家も空き地になった。そこを見るとかなり狭い、庭も無い家だった。そこは土地を借りていた。ということはそれだけのお金がなかったとなる。
私の家は土地は所有していた。ということはそれだけ酒屋をやって金が入っていたのかとなる。

とにかく周りを見ても変化が激しい。昔を思い出すものは消失している。ただそこに井戸は残っていてまだ水は多少出ているのである。その家の所有者は農業をしている。だから不思議なのはその人は常に家にいて私は買い物などでその家の前を通る。するとその人が必ずいて出会うのである。
現在は田舎でも農業している人は少ない。だから昼間になるとぶらぶらしていると何か怪しいとまでなり警察に目をつけられることもある。そこで会うのはニートとかことおじの無職の人間なのである。

でも不思議なのは農村社会だったら家のある場が仕事場であり会社勤めでないから常に人と人は毎日身近にあって仕事していた。だから何をしているか分からない人などいなかったと思う
今は何をしているのか分からない人が多いのである。田舎ですらそうなっているのである。特にこの辺では原発事故で避難してきた人が新しい家を建て新住宅街が三つくらいできている。でもその人たちがこの土地で働いているとは見えない。車で通って前に住んでいたところとかで働いているのかもしれない。

また仕事でも広域化しているから郡山の方に工事現場に働きに行くから朝5時とかに出てゆくのである。働く場所が広くなりそういうこともまた多い。だからその土地でいつも人が一緒に農村のように働いているとはならないのである。
だから近くでも疎遠になるということがある。要するに田舎でも田畑があっても農村社会ではない。その井戸を所有している人とは常に会うのは奇妙だけどもその人が農業しているからだとなる。

でもそういう人は田舎でも少数派であり珍しいとなったのである。でも村というのは本当に生産するにしても共同の場であり今とは違ったものだったのである。一つの家族のようにもなっていた。それは日頃から共同して働いていたからそうなっていたのである。現代では仕事でも無数に分化してさらに広域化してグローバル化しているから返って人とのつながりが失われたのである。
それでその人と昼間でも会うというのは農業近くの土地を利用して農業していたからなのである。他の人たちはどこか知らないけど勤めに出ているから何をしているかもわからないのである。だから田舎というのは昔の村の田舎は無くなっているのである。そこを都会の人は誤解しやすいということはある。





posted by 天華 at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 明治維新-明治以降