2023年07月06日

pictures made by image creator


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I saw this same scene in the forest

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人間は言葉からイメージする、でもその言葉と映像が結び付くことはむずかしい、象形文字の感じだと現実の映像とむすびつく、だからアルファベットと違う、でもアルファベットすら元は牛とか家とか現実にあるものと結びついていたのである

だから文字はもともと象形文字だった、ただなぜ文章から映像がパソコンで作れるのか不思議だとなる。どいう仕組みで文章から映像が作れるのか想像できない、文章ならコンピューターでつくれることはわかる。

何故文章から映像ができるのかわからないのである。コンピューターは人間の脳の代わりにある、そこが今までの技術と違っている、でもartが技術の意味だからそうなっても不思議ではないとなる

Humans imagine from words, but it is difficult to connect words with images, and hieroglyphs are connected to real images, so they are different from the alphabet, but even the alphabet was originally connected to real things such as cows and houses.

That's why the letters were originally hieroglyphs, but it is strange why images can be created from sentences on a computer. I can't imagine how you can create a picture  but I know that you can create text with a computer.

They don't know why they can make images from text. Computers are in place of the human brain, which is different from conventional technology, but it is not surprising that this is the meaning of ART technology.

科学技術は万能ではない (地球はもう増えた人類を養いないー人口が減り森が回復する)


科学技術は万能ではない

(地球はもう増えた人類を養いないー人口が減り森が回復する)

●科学技術はいい点ばかり強調される

科学技術の時代である。科学という時技術でもいい点ばかり強調されるのである。それは利益にもなり金にもなるからである。そのデメリットの面はあまり強調されないあったとしても隠されるのである。そして科学技術が万能になり。科学技術振興が現代で生まれた。科学技術が全て良いものであり悪い点は指摘されないのである。そのために原発事故が起こったのである。

ソーラーパネルでも全て良いものとしては無い。景観の破壊がありすべて良いものとしては作用しない。山ごとソーラーパネルにしてそれが大量の雨が降った時崩れて木がなくなったので貯水能力がなくなるから川に水は直接流れて下流で洪水になるかもしれない。
ただ私も玄関にソーラーパネルを備えた。それは小型のセンサーライトでありそれをつけて便利なものだと思った。なぜならそこに電池を取り替えることなどしなくてもいいからである。だから科学技術というのは悪いものでもないのであるがいいものでもないのである。原発でも小型原子炉ならいいというのもそうである。。その利用方法によって悪くも良くもなるのである

ただいいことばかりが強調されやすいのである。空飛ぶ自動車とかでも技術が未来の技術として期待される。でもそこには必ず悪い点がある。必ず技(わざ)わざわいとなる。ブンブンと空飛ぶ自動車が飛んでいたら落ち着いて過ごすこともできなくなる。車の騒音で苦しんでいる、交通事故になる、何かそういうマイナスの面が技術には必ずあるのである。
だから神話ではゼウスから火を盗んだプロメテウスが過酷な罰を受けたのである。実際は危険なものが潜んでいるからである。それを証明したのは原発だったのである。もう取り返しのつかないものとなりプルトニウムが2万年残って消えないとかなったのである

●原発事故の原因も現代の科学技術信仰にもあった

とにかく科学技術はバラ色の未来を示す。そしてあたかも万能のように思わせるのである。そこに落とし穴がある。 何か科学技術には必ず反作用があり問題が起きるのである。農業にしても農薬の使い過ぎで土が疲弊して作物が取れなくなったとかある。つまり農業にしても科学技術が関わりそれが自然を破壊するということがあったのである。 
ただ科学技術は直接的にわかりやすく恩恵を与えるからそれはそれに反対する人はまれなのである。原発でもどれだけの金がそこに使われたか?事故後も何兆円のものの金が除染とかに使わわれたのである。だからその金の大きさに驚いたとなる。するとその金が欲しいとなり危険には目をつぶったのである。 
医療にしてもあらゆる病気が治されようになる。科学技術が万能のように思わせる。そこに人間の奢りがあり科学技術の崩壊が起


科学者、今や神官となり科学技術が信仰ともなっている。それはやはり神に対する挑戦でありうぬぼれであり神によって砕かれるのである。万能の力は神にしかない。人間は絶対に万能の力を持つことはできない。だから科学技術には必ずマイナスの面があり。技がわざわいとなる宿命にある。一見いいようでもそれが悪いものとなってしまうのである。 だから科学技術を全面的に受け入れるということは警戒しなければならないのである。
でも科学技術は全て良いものとして受け入れやすいのである。科学技術がもたらす災いを見ないのである。それは原発でもソーラーパネルでもそうだった。ソーラーパネルだと自然のエネルギーを利用するのだから。太陽光を利用するのだからいいものと思われていたのである。でも実際は自然の景観を壊したり。山を禿山にしてそれが洪水にもなる危険もあったのである。 

だから、そもそも原発にしても核兵器にしても核自体を発見して利用したことが危険だったのである。それで科学者自体が危険なを察知していた。でもそれは無視されたのでは?そしてその核によって核戦争によって人類が滅びるとまでなる。科学技術技術にはそういう怖いものがあるということを知るべきだったのである。
でもそのことは全く教育もされていない。科学技術とは完全な善だと思わされていたのである。だから遺伝子操作にしても危険なものがある。でもそれが便利なものであり利益になるからそれに反対する人は少ないのである。人間はそうした危険より利益を優先するからである。 科学技術を何か制御するというものがないのである。また、人間社会からタブーというのもなくなった。何か禁止されるものはない。ウイルスにしても実際は風土病であり一定のせまい地域でしか伝染しなかったものである。でも交通が発達して世界中にウイルスが広まるようになったのである。 

●人口が減れば自然が森が回復する

資本主義経済というものも限界に来たのはそれは拡大、拡散、成長、増産、増大をひたすら目指すものでありそこに減らすという思想がないのである。そこに現代の環境破壊と荒廃が生まれたのである。
だからこそ、資本主義は行き詰まり限界がきたのである。 人類の人口でも地球が養える人口は限界にきている。もうこれ以上人口は増やせないのである。それだけを養う食料もないのである。だから世界的に人口が減るのは自然の理でありそれを全て悪い物とはできないのである。もちろんいろいろ困ることはあるにしても大局的に見ればやはり適正規模の人口を目指してその風土、土地にあった社会を再構築するべきだとはなる。ただ人口が増えればいいと言うのはもう時代に合わなくなったのである。

動物を見ているとある。一定の地域で増えもしないし、減ってもいいないのである。ということは一定の地域で食料となるものがありその食料の分だけ動物がそこに住んでいられるのかもしれない。ある動物がネズミとかでも増え過ぎれば自然のバランスが崩れて何か問題が起きたということである。
確実に今や人類は増えすぎた。だから人口は減ることは全て悪いとはならない。なぜなら聖書でも人口は1/3になると書いてある。そのくらいが適正規模だということである。そのために三分の一にするために疫病なのか?天変地異なのか。戦争なのか?人口を神によって減らされると記されている。 

そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。
そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。
彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。
(黙示録6)
 第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。
すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。
そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。
(黙示録8)

すでに地球の森の1/3は焼けている失われてしまった。今も失われ続けているのである。だから。人口が何かの天変地異とか戦争であれウイルスであれ減らされるこことはありうる。そこで失われた木の1/3地の1/3が回復するのである。草原も回復する。
日本だったら森に覆われていて。森の国だった。その森がさらに回復するのである。科学技術は万能の時代となったが。逆にその弊害も大きなものとなった。それで今森の回復が望まれているのである。大陸では外国では山でも一般に木のないところが多い
モーゼの登ったシナイ山などは一本の木もない岩山である。だから荒寥としているのである。他でも中国でもどこでも山に木がないのである。

SDGs(持続可能社会)が世界的に望まれる

だから日本くらい木があるところはない。森があるところはないのである。だからこそ鎮守の森がいたるところに残っている。それは縄文時代から日本は森に覆われていた国だからである。
また農薬などで土も汚染されたり過剰に使用されて酷使されて栄養分が消失している、そして遺伝子を操作することも危険がある
それも人口が増えて過剰に生産することに問題がある,地の三分の一が焼けとは土が使いないものになり食料が生産できないものとなる、SDGs(持続可能社会)が今のぞまれているのはそのためである。

 人口が減ればその森は再生回復するのである。このマイナス点も大きいのだが逆に成長進歩とかということは限界であり、それを続ければもう地球に住めなくなるのである。現実に原発事故でこの辺はゴーストタウンになり人が住めなくなったからである。
だからすべて科学技術に未来を見ることは危険なのである。科学技術を全部は否定できない。その利用方法が問題なのである。小型のソーラーパネル付きのセンサー付きのライトはいいものである他でもいいものはある。でも科学技術が規模が巨大になると。自然を破壊してしまうのである。だから科学技術も制御するということも大事になってきたのである。でもこれは何かマイナスであり。常に科学技術は人間が万能のことを示すものでありそこに危険なものがあっても無視されるのである。


持続可能社会というとき例えば子供の時水道がなく近くの家の井戸水をもらっていた。それは60年前以上である。そこの水が。依然として出ていた。この辺は原発事故になり。水すら飲めなくなった。でもそこの放射性物質を検査してもらったら飲めるという。それで飲んでもでもいいからと言われて今その水を飲んでいる。地下水絶えることなく水を供給するのである。夏だとその水は冷たいのである。だからこそスイカなどを井戸で移動で冷やしていたのである。その井戸水は今になると貴重に思えた。それはすぐ近くにあり絶えることなく水が出てた出ていたということで持続可能社会のSDGsの見本でもあった 


馬酔木なす栄えし君が掘りし井の石井の水は飲めど飽かぬかも


井戸の水は絶えることなくあり飲めど飽かないのである。その自然の恵みは絶えることなく持続可能社会(SDGs)の象徴だったなる



posted by 天華 at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連