2023年07月07日

野馬追い迫るー南相馬市、鹿島区に旗が立つ (霊山城から落ち伸びた南朝の只野氏一族)



野馬追い迫るー南相馬市、鹿島区に旗が立つ


(霊山城から落ち伸びた南朝の只野氏一族)




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この御家は小高の人が原発事故で鹿島区に移住した、それで旗もでている
これは歴史に忠実ではない、もともとは小高に最初に相馬氏が城を築いた
だからこそ相馬氏の基であり御家なのである

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ノウゼンの通りに咲きて野馬追の旗の立つかな風になびきぬ



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菊の紋二つそろいて坂のぼる南朝の末裔誇らしきかな



菊の御紋は南朝の旗であり只野氏と菊池氏の旗でありわかりやすい、南北朝の争いは日本全国に深い傷痕を残した。

なぜなら明治天皇は南朝であるというのもそうである。南朝こそ正統とされたからである


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秋葉神社は多田野村から霊山城が炎上し落ち伸びた時にもたらされた神社である

だからふるいとなる。最近その子孫で神社を守っていた人は死んだ








野馬追の旗が町に掲げられた。 野馬追は旗祭りでもある。その肌の紋様は3000とか多いので。そのは他の文様もう皆違っているのでそれが気になるのである。それにも謂れがありそれを全部知ることはできない。


鹿島区だと霊山城から落ち延びた郡山市の多田野村に発する只野一族が先祖となっている。だから鹿島区は50人くらいの只野の姓の人がいるのである。この多田野氏は杉の紋様である


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三輪山神社(大神神社)神紋『三本杉』と『三つ鱗』 | 毎日の積み重ね (ameblo.jp)


三輪山は山自体が御神体であり。山に向かって祈るのである。その中で杉は千年とかの樹齢ものものもあり神聖なものとされたのである。

縄文杉などがそうである。それは木材として利用されるものとは違っている。自然のままの木なのである


野馬追の旗印を知るには相馬市がこの地を支配した相馬氏は馬を操作することに長けていた。それで騎馬軍団を形成して強かったのである。それで伊達氏とも戦ったのである。 

相馬氏の領地は最初は小高に来てそこに城を築いた。だから最初の中心地は小高なのである。その後浪江とかに拡大したのである。

でもその中心地域は相馬市。南相馬市(鹿島区。原町区。小高区)になる。宇多郷(相馬市)、北郷(鹿島区)、中の郷(原町区)、小高郷である

それで神社の旗は三色旗は小高神社ー太田神社(原町ー中の郷)ーそして宇多郷(相馬市)となる。原町区の雲雀が原に神旗争奪戦でこれらの郷が結集するのは壮観である。その前日に北郷で宇多郷から殿を迎えて合流するのである。


相馬野馬追は歴史の再現であり野馬追には武家の出でないと行列には出れないのである。勝手に誰でも参加できないのである。

相馬藩の特徴は主君が代変わりしても相馬氏であり変わらなかったのである


三春城を築いた田村氏は、三代80余年で終わり、その後、伊達政宗の勢力圏に入りますが、やがて田村全域が会津領となり、三春城は、本城若松の支城のひとつとして城代がおかれるようになりました。

城代(主君に代って城を守り、命令を伝える者)や城主も目まぐるしく変わりました。

やがて江戸時代になり、正保2年(1645年)秋田地方に勢力のあった、秋田実季の子、俊季が五万五千石で三春城の城主となり、以後11代約220余年間にわたって、奥州三春藩として徳川幕府外様大名として幕末まで続きました


相馬藩の場合はこのように城代が変わらなかった、相馬氏によって受け継がれてきた、それは日本の歴史ではめずらしいのである。それで相馬藩政記は記録として貴重なのである。一貫して相馬藩の継続した歴史を記したものだからである。それで学者も参考にしているのである。

そして今も野馬追には相馬藩の殿様の子孫が大将となって野馬追に出るのである。つまりまだ殿様が現実に活きているとまなっているのである。殿様を家臣一同迎えるとき再興に盛り上がるからである


とにかく野馬追は旗祭りでもある、でもその旗の由来を解き明かすことは至難である。霊山で北朝に敗れて落ち伸びた只野氏は歴史としてわかりやすい、その他はわかりにくいのである。そもそも旗の由来は鎌倉時代とかにもさかのぼるから解明できなくなる

でも野馬追は忠実な歴史の再現であり勝手に由来も明確でないものは出れない、勝手に旗も作れない、先祖伝来の旗生とかっ甲冑を身につけて参加できるものだからである


ただそこにどうしても全員地元の人でも参加できないから盛り上がらない、そもそも野馬追に出る家は限られている、500騎出たとしても全体からすれば極一部になるからである

ただ歴史の忠実な再現だから変えられないのである

だからそもそも地元の人でも限られたわずかの人しか参加できあないとなればそこに限界がある。ただ見ているだけではつまらないとなる

そこで地元の人たちでも何か盛り上がらな理由がある


野馬追い関係の記事

http://musubu2.sblo.jp/category/701974-1.html


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posted by 天華 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係

世代間の差と職業の相違で互いに理解できなくなる人間 (見えない貧困と忘れられていた氷河期世代)


世代間の差と職業の相違で互いに理解できなくなる人間


(見えない貧困と忘れられていた氷河期世代)


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貧困大国ニッポンの闇|中退、パチンコ、ジャンクフードが希望になる理由(室伏謙一×鈴木傾城)

https://www.youtube.com/watch?v=ZxPid10E4J4


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【エルダリーVS 若者】世代間問題は身分制度による分断統治の現代版だ。政府、メディアの「対立分断政策」に騙されるな!-masakazu kaji-

https://www.youtube.com/watch?v=YqISZU63Tvk



●見えない貧困


人間は年齢が十年違うと世代の差が出てくるだからなかなか下の世代のことは理解できないし上の人の世代の人のことも理解できなくなる。 

なぜなら団塊の世代というとき私たちの世代は戦後の焼け野原から始まった。そのときはまさに焼け野原になり、何もなくなってゼロから開始することになったのである。みんな貧乏だったのある

貧富の差はなかったのである。家にあるのは飯台一つである。電気製品など一つもなかったのである。それはみんな変わりなかったのである。


むしろ農家は家で食料があり卵でも鶏を飼っていたから食べられた。また納豆とかも。油とかまで。自家生産だったのである。

みんなこうして貧乏だという時。かえって住みやすいということもあったかもしれない。何か引け目を感じるということもないからである。みんな貧乏であればそうな。


今の貧乏が隠されて見えないというとき貧乏というものは何かわからなくなったのである。でも実際にそういう貧乏な人は増えている。だからこのユーチューブで語られることを私はそういう貧乏な人と接して理解したのである。

その人はタバコを吸っていた。女性なのに吸っていただからやめられないのは絶えずストレスになっていたからである。金に追われてその日ぐらしになっていたからである。だからそのストレスを発散するためにタバコをやめれなかったのである。でも脳梗塞になりたばこをやめた。タバコは血管に悪いものであり、それが脳梗塞の原因になったともみられる。 


とにかく日本が貧乏になったという時その貧乏が見えないものとなっている。だから貧乏人はどこに居るのか?貧乏人というのはどういうものなのか分からなくなっているのである。別にぼろを着ているわけでもないし見た目でわからない。ただ市営住宅などに住んでいれば貧困なのかと見る。 ただまともなものも食べられない。それでジャンクフードを食べそれが体に影響している。医者に行くと栄養を摂りなさいと言われるが今は食料品も高くて買えないのである


●職業の相違で互いに理解できない


世代的には戦前世代があり、戦後世代がある。戦後世代はすでに80から85以上の人であり少なくなっている。団塊の世代の親は?戦争を経験している。だからその語ることが。重みがあった。何か別に知識人でなくてもその経験した重みがあったのである。なぜなら、戦争というのはあまりにも特殊なことだから理解できないからである。人が殺しあうということなど理解できないからである。だから今ウクライナ戦争でプリゴジンという民間の傭兵隊が官僚に対して戦場に来て戦ってみろという言葉を吐いたが。そこに重みがある。命がけで戦っているからである。 そこでバタバタと仲間も死んでいるからである。でもそれがいいのかというとそうでもない。なぜなら自分の母親が戦争を経験したが一番威張っていたのは軍人だったと言っていたからである。


それで今でも墓に二等兵とか上等兵とかその軍隊の位を記した墓を見る でも今になればその墓に注目する人がいるだろうか?戦争とは異常な状態のことでありそこで人間の価値も変わる。プリゴジンは凶悪な犯罪者でありまた受刑者を戦場に出したその数も多いことに驚く。でも戦争に向いているのは、人を平気で殺せるような人なのである。そんな時代が良いのかとなれば、とてもそうは思えないからである。 でも戦争の時は軍人が一番活躍して偉いとなっていたのである。 


ただ、平和な時でも。価値観の対立は必ずある。現場で働く人たちブルーカラーがいるがその人たちは何か事務員などは楽だと見る。もちろんまた学者なども尊敬しない。何故ならその人たちは、高いところに登ったり、危険な仕事をしているからである。それで私も大工さんにお前はただ椅子に座って本読んでいるだけだとと言われたのである。ある意味でそういう人たちを軽蔑しているとまでなる。 

それも一理あるわけである。ただ金融関係に勤める人で金を右から左に移して巨額の暴利を貪る人がいる。それもまた同じであろう。なぜそのそういう人たちがそんなに金が入るのかと命がけで現場で働いている人は不満になるのは当然だとなる。


ただ、事務でも知的労働でも頭を使うから結構疲れることがあるでもそういう人たちにはそれを理解できないのある。その価値も理解できないのである。だからここに職業によって、互いに理解できないことがありそれが協力できないことにもなるのである。


●世代間の差や氷河期世代の問題


それは世代間の差でもあり、世代が十年年齢が違うと理解できなくなるので氷河期世代とは何かということが分からなかった。何か自由に非正規として働く事が良い事のように見られていたのである。だから今になって非正規の人が多いからそれが貧困化している。そのことがわかったのはこうして時間が過ぎて分かるのである。人生もまたふりかえれば老人になってわかることが多いのはそのためである。


40歳後半から50くらいまでは氷河期世代になる。そういう人田舎でも結婚してないたいがい結婚しているのが普通だからである。でも40後半から50くらいまで結婚していない人が多いことが最大の特徴でもある。団塊の世代だったらもう結婚しない人は例外的存在である。社会的不適応者となる。私自身がそうだからである。 だからこそ、少子高齢化社会になっているのである。独身世代が本当に多いのである。そしてその人たちは貧困でありその日暮らしのようになっている。正社員になれないからアルバイトのようなもので稼いで年をとったのである。スキルも身についていないとなる


ともかく世代間の差も大きいし職業の相違も互いを理解できなくさせる。現代はさまざまな職業があり、その種類も多く互いに意思疎通させることが難しくなっている。そこにまた世代間の差か男女の差とか地域の差とか色々あって人は理解しにくくなっているのである。 

それで人をまとめるときは個々人に対応することはできない。ナチス的一方的な強制であり軍隊組織にしてまとめるのでる。カルト教団などはみんなそうである。なぜならそこは参謀とか隊長とか軍隊組織だからである。それはカルト教団だとみんな同じなのである。


だから一見平和団体のように見せているが。実は武装すれば、それはすぐに軍隊になるのである。だからこそオウムでも武装していたし他でも創価などでも実は軍隊である。会員に武器を持たせればそれは軍隊になるのである。参謀とか隊長とか組織なのどだからそうなりやすいわけである。だから、それは本来の宗教とは何の関係もないのである。それは宗教を掲げていても容易に簡単に人を殺せと命令されれば組織に人を殺す軍隊と化すのである。



いずれにしろ、今日本が貧困化しているということは大きな問題である。 貧困化しているからこそ氷河期世代が結婚もできなかったということもある。そして大学に上がるにも借金して奨学金をもらって大学に上がっている。でもその大学もFラン大学とか三流大学が多く果たして価値あるものかどうかわからない。まず文系などは独学でもできる。むしろ自分は大学を卒業してから勉強したからである。大学時代はほとんど勉強してなかったからである。それも失敗だった。理系なら価値があるが文系は価値はない。独学できるからである。今ならインターネットでいくらでも。独学できる時代になったからである。


でもなぜ氷河期世代が、大きな問題になるということを予知できなかったのか?それは会社とか政府の都合でそうされたともなる。それが今になって大きな問題となったのである。何か非正規は自由な働き方であり奨励されてもいたのである。実際は政府とか会社の都合で良い様に使われたとなる。それで政府とは会社は良かったが大きくさらに全社会の問題として考えれば。今になるとそれは大きな損失となったのである。


ただ不思議なのは戦争で日本が焼け野原になってもそれが必ずしも悪いものでもなかった。確かに犠牲も多かったからそのことは問題である。でもそこで既得権者が財閥とか解体され小作が土地を得て農業は発展した。だから一見悪いようなことでもそれがのちに良いものとして働くこともある。ただその時代時代にその中で生きているとその時代が見えないのである。今になって非正規のことか氷河期世代のことが話題になっていることでもわかる。その時は見えないのである。そこに人間の問題がある。人間は個々人でもそうだが、集団でも個々人でも先が見ることができできないのである。だからそこに大きな過ちが生まれるのである。それで求道にしてもそうである。


若きうち神をしれ


それは20代で神を知らなければ知ることができなくなるという恐怖である。でも20代はの飲めや歌いや恋愛だとかで、心も身も奪われて終わる。あっという間に青春は終る。でも20代でだいたいその人は決まる。そからこそ大卒、新卒は会社では重要になる。20代でその方向が決まるのである。女性でも同じである30過ぎるとおばあちゃんとか言われるようになる。そして35になるとなかなか出産もしにくいとなる。だから婚期のことをうるさく親は言うのである。それは男性にしても同じなのである。20代でだいたいその人は決まってしまう。それから先がいくらでもあるじゃないかと言うがそうでもない。あっという間に40代になり白髪も入ってきて50となり60となってしまうだからみんななんでこんなに早く時間が過ぎてしまったのかと老人になると思うのである。


現実自分自身にしても何かしようと思ったけれども、何もできずに終わったのである。自分の場合は文学を追求してきたのである。その他でも何かやろうとしたが、何もできなかったのである。ただちょっと試したというくらいで、なんにもできなかったのである。それだけ時間が過ぎるのは早いのである。そして一番無駄にしてるのが時間だったのである。それで非正規の人もう50ぐらいになるともうその時間が取り戻せないのである。何かしようとしても身につけようとしてもできないのである。そして。人生も終わりとなってしまうのである。






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毎日くらい自分の家の墓の前を通っている。その隣に軍隊の位を記した墓がある

二等兵は内地等で教育中のことが多いので、戦地にある兵卒はそれまで上等兵一等兵のみであるのが原則であった。ところが、1937年に始まった日中戦争の長期化に伴い、現役満期(通常の陸軍徴兵は当時2年)即日再召集される場合が増加し、古参一等兵や古参上等兵が増加し、人事運用上の不都合が生じるようになっていった。そこで、上等兵の上に兵長を設けた。

兵長は高い位だった、でも今注意してその位を見ている人がいるだろうか?
ただ墓とはこうして何か人死んでも訴えている場なのである。でも墓でも維持できなくなる。





posted by 天華 at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層