2023年10月10日

日本の地理は山が多くわかりにくい 【廃藩置県で地形とか無視して県単位では地理はわからない―東海道の旅の詩】

日本の地理は山が多くわかりにくい

【廃藩置県で地形とか無視して県単位では地理はわからない―東海道の旅の詩】


●海に囲まれていても海に面しない県

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海に面していない県

世界を空間と時間軸で見る。空間軸は人間の時間感覚ででは変わらない。でも空間軸にしても例えば日本であっても地理というのは分かりにくい。おそらく日本の地理が分かりにくいのは山が多いからである。

白雲の 龍田の山の 露霜に 色づく時に うち越えて 旅行く君は 五百重山 い行きさくみ 敵守る 筑紫に至り 山のそき 野のそき見よと 伴の部を 班ち遣はし 山彦の 答へむ極み たにぐくの さ渡る極み 国形を 見したまひて

万葉集 第6巻 971番歌/

五百重山【いほいやま】 越えて国形を見るとなる

だから不思議なのは意外と海に面している県はこれだけであり少ないと思った。これだけ山が多いのだからもっと海に面してない県が多いと思った。ただそれは県単位で見ているからである
なぜなら福島県はハマナカアイズと分かれている。でも会津になると山に囲まれていて海は見えない。福島市とか郡山市のある中通りでも山は見えないのである。だから県単位で見ると誤解が生じる。海に面してない海が見えない地域は日本では多いのである。

確かに福島県では私の住んでいる浜道りでもいつも海に面している。海を見ている。だからこうしていつも海を見ている地域と海を見えない山を見ている地域とは相当に心境的にも変わってくる。また海に面していても太平洋側と日本海側はまるで違った感覚になる。それが心に相当に影響している。
海にに面していれば広い海を見ていれば心も開放的になる。でも山に閉ざされていれば何か心も閉ざされた感じになる。でも日本は確かに海に囲まれているがまた山にも囲まれているのである。だから国のまほろばというときそこは奈良盆地であり山に囲まれた平地なのである。そういう地域もまだ多いのである。

大和は 国のまほろばたたなづく 青がき山ごもれる 大和し 美 (うるわ)し       古事記・中巻 倭建命

日本はこういう地形が多いのである。

●地理は錯覚することが多い

何か地理というとき必ず錯覚している。なぜこの辺で老人の施設に入っている人が青森に移されたというとき青森というときこれも地理的に東北の端でありそんな遠くに移されたことはなかなか行けないから面倒だと思った。
でも実際は青森でも八戸であり新幹線では2時間くらいである。でも2時間だと仙台から東京までは行かないとしても30分くらいの差で200キロくらいありそれなりに遠いと思った。
でも八戸というとき何か青森という感覚が持てなかった。青森というとき弘前市に城があった所としてイメージする。青森市でも海に面して函館に近いと見る。
だからそもそも県単位で見ることは間違っている。県単位になったのは明治以降であり馴染みがないからである。そこには無理があったからである。

福島県が明治になったとき会津県、二本松県、磐城県になる案があった。これは今のハマナカアイズである。。そして浜通りになると阿武隈山脈にさいぎられて中通りの福島市の吾妻山は見えないのである。だから福島県でも地理的一体感は無いのである。それはそもそも明治以降の廃藩置県で地理的にも歴史的にも無理があったからである。
ただ福島県と茨城県は地理的に分かれている。茨城県は平地が多いのである。でも福島県に入ると山が多いのである。茨城県はもともと関東平野の中に入っているからみちのくに入る白河の関を越えると山が多いということである。だから地理的にわかりやすい。

でも多くの県境でもそこが地形的に境界となっているわけではないのである。ただ東西を見るとき関ヶ原が地理的にも風土的にも分かれ目になっていることは分かる。関ヶ原には春でもなお雪が残っているからである。そして近江に出ると風景も穏やかで春らしくなっているのである。
明確に風土的にも地理的にも境となるところが認識できないのも多い。宮城県と山形県は面白山トンネルを境に風土も景色も違ってくる。春でも面白山トンネルを抜けると山は雪におおわれて雪が残っているからである。ただこうして県の単位でその境が認識されるのはなかなかない。宮城県と岩手県の境はどこなのか。一ノ関は岩手県でありでも平泉になるとでもその境はよくわからない。ただ平泉は一ノ関から近い。芭蕉は来たのは平泉までのである。その西行でも平泉までは来たのその奥までは行っていないのである。

とにかく日本は山が多くて地理が分かりにくい。群馬県とか栃木県とかは山だらけでありわかりにくい。栃木県だと那須は平野が広がっているからわかりやすい。でも栃木県になると会津から山続きでありどこが境なのかもわかりにくくなるのである。ただ群馬県と栃木県は関東であり関八州であり東京の延長としても見る。でも山が多くて関東平野とも違う。
ただ関東でも江戸から静岡県の方に出るには箱根の山があり箱根は天下の剣となっていた。箱根を超えると東海道になり海沿いに街道は続いている。だから山を越えると日本では別世界が開けるということにもなる。

●東海道の詩

箱根の山は 天下の険
函谷関(かんこくかん)も 物ならず
万丈(ばんじょう)の山 千仞(せんじん)の谷
前に聳え(そびえ) 後に(しりえに)支う(さそう


春の東海道

小田原城前は相模湾
後ろは天下の剣の箱根の山
反りて高く見上げつつ
明日は越えなむ旅路かな

三島の宿の賑わいや草鞋脱ぎ
旅の疲れを共に癒すかな
その先遠しも太平洋に沿い
浪は騒ぎて鴎飛ぶかな

箱根を越えてそ東海道
沖行く船見て春の日や
駿河湾に魚踊り富士の峰仰ぐ
街の家並や道は真直に燕来る

花の盛りや波ひびき
次なる宿を目指すかな
松並木その間に見える富士の峰
春光まぶし海は光りぬ

京に行く人江戸に行く人
飛脚も行き交わる宿や
それぞれの旅や身の上も語り
一時の出会いに別れけるかな

旅は道連れ世は情け
惜しむ分かれや分去
見送り遠く消えゆきぬ
その日は帰らず思い出残る

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この東海道でも静岡県があり愛知県があるとしてもその境がわからないのであ。浜名湖が静岡県であり愛知県ではなかった。そもそも県単位で見ることが難しいからである。
大井川とかはやはり日本でも境として意識しやすい。特に川留めとかあるとそこが境と意識する。

ともかく日本全国を旅したから最初は地名に興味を持ち地理に興味を持った。学校の勉強では何か特別興味を持ったこともなく暗記と試験勉強で勉強きらいになった。でも人間は必ずこの世に生きればその人なりに興味を持つことがある。一番興味を持ちやすいのは地理である。旅に憧れるのはやはりあまりにも見慣れた故郷ではなくさまざまな地球の景観を見たいとなるからである。

それで私は学校の勉強では興味を持つものもなくその後の仕事もまともな会社に就職はせず流れ作業とこばかりさせられたから仕事が嫌になり家族に恵まれてただ旅をするようになりそれが仕事にもなったのである。ただそれは特別恵まれたことでありほかの人は20代でまともな職に就かなければそのまま何も身に着かないとなってしまうのである。
そして時間の過ぎるのが早い。何かぶらぶらしているだけでも時間は過ぎてしまうのである。でも旅したことによりそれが記憶として残されているからこうして回想して書いているのである


東海道春の俳句二十句
(歴史は地歴だから地理の理解が不可欠)