2014年07月18日

十津川村の教訓ー移住する意志と覚悟と決意があった (原発事故周辺は補償金だけをもらうことしかないので復興はできない)



十津川村の教訓ー移住する意志と覚悟と決意があった

(原発事故周辺は補償金だけをもらうことしかないので復興はできない)

●少子高齢化で復興はできない


全国知事会が「少子化非常事態宣言」、止まらぬ都市への流出…小さな市町村の自助努力も限界、「日本破滅」と強い危機感

人口1万人割った夕張だって都から行った若い市長ががんばって老人説得して集合住宅に集約してる。
それでも一苦労だ。もっと大きい自治体じゃ話まとまらないよ

自治体は住民のためにあるべきで
自治体存続のために住民を集めるのは本末転倒である
http://peace.2ch.net/newsplus/#10

原発事故周辺ではこれが極端なものとして起きてきている。すでに65歳以上がほぼ30パーセントとかなっている。自治体が維持できなくなる。
そもそも自治体とは何かというとそれも普通は関心がない
故郷と同じく自治体も市町村はあるものだったのである。
それが原発事故や津波の被災で市町村自体が消失するということが現実化したのである。津波や原発事故周辺ではもともとあった問題が極端なものとして先取りして現実化したのである。

老人にしても65歳が30パーセントにもなるとその世話することが人材でも足りなくなる。この辺では厚寿苑という立派な老人施設を作ったけれど介護士が集まらず外から来た人で補っている。ほとんど外から来た人たちである。建築関係でもほとんど外から来た人でまかなっている。外からの人の助けがなくては成り立たないのである。
老人を集合住宅に入れようとするのはそこでまとめると世話するのが楽になるからだ。
車で一軒一軒回ると手間になるからである。
この辺では津波の被害や原発事故で期せずして街に人が集まったのである。

だから住宅地に新しい家が建ちそこが新しい街のようになっている。
海の方の村は三つくらいは完全に消失した。
それで街内の自分の墓地のある隣に復興住宅の団地ができた。これも想像もつかないことだった。なぜなら墓地あるところは街内でも淋しい場所だったからである。
でも田舎では広い庭付きの家に住んでいたのだからあういう団地にはなじめないかもしれない。でも老人なら世話するのにはまとまった方が楽なのである。
自分も団地とか集団生活になる施設に入るのはいやである。
でも一人になるとそうはいかなくなるかもしれない、やはり一人は家を維持することだけでも苦労になるからだ。

●住民主導でない市町村は維持できない
自治体がそもそも誰のためにあるのかとなれば住民のためである。でもなんかこれまでは自治体は公務員のためにあると批判があった。そのことが隠されていたのだがこうして自治体が維持できなくなるような状態になり隠すことができず表面化したのである。
原発で人が住まなくなった町村では浪江町でも飯館村でも何かそこで維持しようとしているのは自治体に勤めている公務員であり住民はそれほど自治体の維持に熱心ではないかもしれない、もちろん故郷に還りたいという人は老人には多い。
でも住民主導で街作りする意欲は減退している。公務員は自治体がつぶれれば働く場所も奪われるのだから必死だとなる。
つまり公務員のために自治体があるのかとなる。

飯館村でもあれだけ放射線量が高いのだから住みたくないという人が多いのもわかる。
若い人は流出してゆくのもわかる。でも自治体を維持しようとするのは公務員であり
その人たちが率先して村に住民を住まわせることを指導しているのも住民主体にはなっていない。
それは飯館村では特に言われてきた。なぜあれだけ放射線量が高いのに村長などが避難させなかったのかと強い批判があった。それは村長をはじめとした公務員が自治体を村を維持させるために避難させなかったというのもそのためである。
住民のための村ではなく公務員のための自治体維持が優先されたとなる。

自治体は住民のためにあるべきで
自治体存続のために住民を集めるのは本末転倒である

まさに自治体存続のために少子高齢化で村が消滅しようとしているとき、何とか人を集めねばならないとするのは自治体に勤める公務員を維持させるためだとなる。
なぜなら人が住まなくなったら自治体も町も村も消滅するからである。
そういうことが原発事故周辺や津波被害地では起きている。
もはや市町村を存続できないという危機である。
つまり原発事故で避難して人が住まなくなった町や村の再建は自治体を維持しようとする公務員の発想では復興できないのである。
自治体を維持するのではなく住民かそこに住み復興させる意志や意欲がないかぎり復興はできないのである。
その復興の主体となる若い世代が流出しているから復興できないと言った。

●十津川村集団移住の覚悟とはあまりにも違う原発避難民


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十津川村集団移住後に移住民が誓い合った「七箇条の誓約書」


移住住民は、故郷を去り、親や兄弟と別れ、絶海の地に移住してきて、移住者同士しか頼れるものはいないのだから、これまでにも増して一致団結し、お互いに助け合い、猜疑や軋轢を生むことなく、新村の隆盛と勤王の由緒相続を目指そう。
http://shumpeishimada.hatenablog.com/entry/20110507/1304739266


これを読めばひしひしとその時の危機感が伝わってくる。その困難に際して人々がいかに一致団結したかわかる。その覚悟と決意の強さが復興の原動力だったのである。
人間はこういう危機のときでも困難のときでもこうした覚悟と決意があれば力を発揮するものだと思った。
だから避難民はここはかなり参考になると思う。

しかし原発避難民や津波の被災者でもこれだけの危機に直面しても全くこの正反対であり何の覚悟も決意も団結もないのである。ただあるのは補償金をできるだけ多くもらって
楽することしか考えていない、何か困難があっても窮乏があってもそれを耐えて団結しようとすることもない、補償金もらってギャンブルだとか毎日バチンコに明け暮れているのはなんなのだろうとなる。東京や仙台に行ってまで遊んでいる。そのことは外部からも批判される。

なぜなら

古来年貢赦免地とされ、勤王の誉れ高く、その武勇で大藩からも一目おかれる存在であった十津川郷士の誇りと、開拓事業を成功させ北海道に新しい十津川郷をりっぱに築きあげ、旧郷に残った仲間と多大な支援をくれた政府の期待に応えなければという決意と覚悟が伝わってきました。

仲間と多大な支援をくれた政府の期待に応えなければという決意と覚悟が伝わってきました。ここでは外部のボランティアなどではない、仲間だから同郷の人が助け合った。
今原発事故周辺では外部の助けがあってもそれは当然でありもっと補償金をよこせとごほねるだけだと外から見られる。
それがイワキ辺りで二万人も避難民が流れ込んだとき、その人たちは補償金で潤い飲み屋で札びらを切っているというからあまりにも十津川村の危機とは違いすぎるのだ。
これは当時の社会情勢とは違うからは参考にならないとも言われるかもしれないが
こういう覚悟と決意が根底にない限り復興などないだろう。

ただ公務員を維持するための自治体主導では復興などできないのである。
結局十津川村では村人が一体となり困難に対処して立ち向かうことができたから移住できたのである。
それが原発事故の避難民は補償金の取り合いでありいかに補償金を多くもらかで団結しているだけなのである。
だからすでに復興はできない、町村はコミニュティは解体しているのである。
一億円もらって広域社会だからどこに住んでもいいのである。放射能汚染した故郷にこだわるより一億円もらって新しい土地で出直した方がいいとなってしまっているのである。十津川村ではその時代は一つの村として自給自足で団結がありそれができた。
今は時代が変わり村としての団結はない、みんな会社員であり会社員として生きてきた。だから町とか村とかの団結はないからコミニュティは簡単に崩壊したのである。

「もう町には帰れねえよ、村にもな、それより補償金をできるだけ多くもらうことだよ
その金で他の土地でやり直すことだよ、もう若い人は帰らねえんだから村も町もやっていけねえよ、だから金で割り切るほかないんだよ」
「それもそうかもな、先祖の墓がどうだこうだとか言ってももう帰れねえよ、帰ってもジジババだけでどうするんだよ、家の跡継ぎも墓の跡継ぎもいなくなるんだよ、今だって空家が多いだろう、全国でも800万軒というから凄いよ」
「復興なんでできねえよ、補償金もらってあとは町や村でも故郷でも関係ねえよ、
それまでは町や村の一員だけどあとはどこでも住みたい所に住めばいいんだよ」
「イワキでも二本松でもそこに町や村の人を集めて新しい街を作ろうとしているけど
それも無理だよ、何のためにそこに集まるんだ、会社員だったら会社に勤めるけど会社があるから集まれる、みんな集まって農業するわけでもない、そこで一体何のために集まるんだよ、補償金もらったらそれぞれの好きな所に住めばいいんだよ」

こういうふうになってしまうだろう。もともと広域社会になったとき、金が力をもつようになったとき、人々の連帯は村でもなくなっていたのである。農家だって専業農家は少ないしあとは会社員だった。生活するには会社の方が大事になっていた。
だから故郷にこだわる必要もなくなっていた。農業だったら土地にこだわるけど会社員はこだわらない。会社のあるところに勤めればいいだけになる。
そういう社会の変化がコミニュティを簡単に破壊してしまったのである。

広域社会はすべてが悪いというわけではない、ただ人間が村でまとまり生活していた自給自足社会とはあまりにも違っている。外国からでもモノは入ってくる。
そのモノは金さえあれば買える、嫁さえ金で外国からも買うことにもなる。
広域社会では外からモノが入るから小さな村のような共同体にこだわる必要はないのである。その代償として人間のつながりはなくなっていたのである。
十津川村のように一致団結して困難に対処することはできなくなっていた。
それを象徴するのが一億円やるからどこにでも住んで下さいと言われるとみんな外に出て行ってしまうことでもわかる。

過疎化した村が不便だから若い人が流出しているのに人を自治体で呼び込もうとしてもできない、広域社会は便利なところに住めれば住むという社会なのである。
広域にグローバルにでも自由に住んでいい、その時、金が大きな力をもつようになる。
金さえあればどこでも豊かな生活ができるという社会だからである。
もともとそういう社会になっていたから危機のさいにコミニュティでも簡単に崩壊したのである。

posted by 老鶯 at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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