2014年07月21日

松川浦の地名の謎 (松がうらにさわゑうら立 ちまひとごと思ほすなもろ我がもほのすも)の考察(2)



松川浦の地名の謎

(松がうらにさわゑうら立 ちまひとごと思ほすなもろ我がもほのすも)の考察(2)

●松川浦は松ケ江村が基の地名

麻都我宇良爾佐和恵宇良 太知麻比等其等於毛抱須 奈母呂和賀母抱乃須毛/ 万葉集巻十四東歌
 松がうらにさわゑうら立 ちまひとごと思ほすなもろ我がもほのすも

1908年(明治41年)1月 - 松ヶ江村、飯豊村、磯部村の三ヶ村組合により河口の掘削を開始。
1910年(明治43年) - 掘削が終了し、河口に板橋を架橋する。
1913年(大正2年)8月 - 台風で板橋が流失し、渡船にて河口を横断し始める。
1951年(昭和26年)3月27日 - 松川浦県立自然公園が指定される。
岩子小学校は、松ヶ江小学校に合併され、岩子分教場となった

「松」がつく地名は、マツ族の根拠地だったのかマツラ 2 で紹介した松浦は、苗字でこそ「マツウラ」と読むが、地名の場合は、地元では「マツラ」といっている。 ... があって、それが松浦をはじめとする《マツ》系の地マッパラマッハラマツザキ名を西から東へと移動させたのではないかということである

地名・苗字の起源99の謎: あなたの祖先はどこから来たか
http://urx.nu/ajqO

松は松ではない、当て字である。松川浦の地名はまず松ヶ江村から発していた。
このマツは何を意味しているのか、末羅国のマツラがもとになっていのであり松ではない、ただすべてにあてはまるわけではない、古代郷名としては飯豊郷があったのだからこの地名が古いのだからその辺から歴史的になぜ命名されたかを探る。
ここで注目したのは松川浦ではなく松ケ江となっていることなのだ。この江とは何かなのかとなるとわかりにくい、入江ともあり江はよく使われる。江の島となると江の中にある島となる。江とは海でありその中に島があって江の島となった。これは地形的にわかりやすい。江とは広く背後に海とつながっている時に江となるのだろうか?

「浜、浦、潟、港」が現在の地形になったのは比較的新しい時代で、大半がこの千年位の間に形成されている

浦が新しい地形の地名だというのはなぜなのか?では江は古いのかとなるとそういう感じもない。エには江をあてたがこれは中国の漢字が入ってあてたのである。エでなくエィとか何か違った発音だったかもしれない,エミシのエもエである。エは縄文時代からあった言葉でありそれは何かわからなくなっている。ウミはミが水であることがわかるがエだけだったら何か語源がわからない、だからどうしてエに江をあてたかわからないのである。ここで問題にしているのは松ケ浦が浦になっているけどもともとは浦ではない、江であった。江として認識されたから松ケ江村となっていた。

ここが万葉集の松ケ浦なのか、それがどうして証明されたのかまだ研究していないのでわからない。ただ東歌だということは方言が使われているからまちがいない、東歌だということが貴重になっている。それは地元の人が残した歌だからである。
つまり短歌を作ることは結構万葉集時代にはむずかしいと思う。それだけの素養がなければ歌いないだろう。方言を使って短歌にしたことはそれだけの知的発展があってできたのである。なぜなら縄文時代とか弥生時代とかには詩は残されていないからである。
もちろん文字もないからではあるがやはりそれだけの知的進歩がなかったためだとなる。

●江と浦は違ってている

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そもそも松川浦の歴史はいつからはじまっているのか?津宮(つのみつ)神社については考察したけどそれは渡来系のツノガノアラシトのツノであった。それは産鉄族の一団が吉備や近江から移動したことは考古学的にも証明されつつある。その中核となったのが渡来系だからその関係の神社が祭られることになった。角部(つのべ)とはまさにそうした一団が住んだらか名付けられた。三代実録にもあるというときそれは古い神社になる。
しかしその時、松が浦という地名は存在したのか?飯豊郷は存在した。飯豊郷がありその中に松ケ江村が生れたのである。だからわけもなくマツと名付けたのではない、やはりそれなりの謂われがあるとなる。松ケ江とつけたときもそうである。浦でなくて江だったということは松川浦の地形を見ると浦というより江の地形なのだろう。
浦となると地形が陸地により深く入り込んでいる感じになるし何か一段と人間臭くなり生活の匂いが濃くなってくる。霞が浦というのもやはりその回りには相当人が住んでいた。
では松川浦にどれくらいこの歌が謳われた時、住んでいたのかとなる。むしろ新地の手長明神のあるところが縄文時代から貝をとって暮らす人たちがいた。松川浦にはそういう伝説がない。
江とはもともと中国の漢字が入ってきてあてた。中国の江は河であっても湖であっても広大であり海を思わせるのである。琵琶湖も広いが太湖になるとその三倍はあるとかスケールが違ってくる。中国では河も海の感覚になるのだ。だから江は浦と違って海を思わせる広い感覚なのである。江の島はまさに広い海の中にある島なのである。松江にしても広大な江であり海である。松川浦とにた地形でもある。
現在の大阪市内に相当する草香江などもそうでありそれは広い湾であり海なのである。

今回の津波で松川浦はまさに磯部が壊滅して広い海に江になったことに驚いた。
日下石(ニッケシ)まで海になったことに驚嘆した、松川浦は浦という感覚より江の感覚だった。八沢浦は江の感覚ではなく浦である。だから江と浦の感覚は違っている。
近江と言った時も江であり琵琶湖を海のように見ていた。江州が近江だった。
ただ霞ヶ浦というとここも広いのにどうして浦なのかとなる。
陸地に深く入りこんでいたから浦だったのか?その区別もなかなかむずかしい。
浦というのが新しいという時,西は古い地名が残っていることになる。
江という地名が多いとなるのかもしれない、ともかく感覚的に浦となったとき、松が浦となったとき、人間臭いものが感じるのはやはり地名に何かそうした理屈ではない長年の日本人の生活が地名にしみこんでいるからそう感じる。それだけもう地名は理屈だけでは語られないものとなっている。

●田舎の人間関係は万葉集時代と同じ見張られている

麻都我宇良爾佐和恵宇良 太知麻比等其等於毛抱須 奈母呂和賀母抱乃須毛/ 万葉集巻十四東歌

 松がうらにさわゑうら立ちまひとごと思ほすなもろ 我がもほのすも

ただこの歌の意味はわかる。近くに住んでいる人は街内から一キロも離れていないが田んぼの中にあり回りは農家なのである。親戚もいて監視されていると憔悴したように言う。もう一人の女性も絶えず見られていて何かと言われるので嫌だという。
田舎は見ていないようで見ている。何かそうなりやすいのだ。だから小さな町でも町内と農村地帯になると違ってくる。農村地帯だと四六時中監視状態になる。
今でもそうなのだがら万葉時代になれば余計にそうなりこうした人の噂に悩まされて恋愛もできないようになっていた。人の目が絶えず注がれていたからそうなる。
それは今でも変わらなかったのである。田舎では「部落中の家々のことはかまどの灰の下までおたがいにわかっているとういうふうであった」こんなふうになる。
万葉時代はもっとひどいから人ごとしげみ・・・・でありこれから逃れることはできない、閉塞された時代だった。それは江戸時代もそうだった。現代は田舎は同じなのだがやはりこれだけ時代が違うといくらそうでも万葉時代や江戸時代とは違うのである。
世界の情報が入ってくるしそうした外からの働きかけを拒否できる時代ではないからだ。


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この漢詩は中国らしく雄大である。その隔つ感覚のスケールが違うのである。江を挟んで向こう岸は別な国の人になる。河は海なのである。だから中国人的な発想と日本人の狭い田舎の発想とは古代から違っている。万葉集でも非常に狭い範囲で生きていたが故の悲哀がにじみでている。それも日本では今も継続されている。
田舎になるとそうした狭い人間関係から出られず閉ざされて最近でも山奥の村で仲間外れにされた老人が殺人事件になった。そこは谷間であり出口がない、小さな部落だったのである。日本人は田舎だけではない、その風土から大陸的発想はできない国である。
海に閉ざされ山に閉ざされた国である。大陸だったらモンゴルのように果てしない大陸に民族移動が行われる。戦争とは民族移動の面があったのだ。国境と言ってもあれだけ広ければ国境は作れないからこそ万里長城を国境の壁として作ったのてある。

岳陽樓に登る   <杜 甫>

昔聞く 洞庭の水
今上る 岳陽樓
呉楚 東南にけ
乾坤 日夜浮かぶ
親朋 一字無く
老病 孤舟有り
戎馬 關山の北
軒に憑って 涕泗流る

湖にが広がり国を二つに分かれさせてしまった。自然の変動で国が二つに割れたとなる。ここでも自然のスケールの大きさがあった。自然の変化で国が二つになるというのも中国である。今回の津波はそうしたスケールの自然の変動が日本にもあることを経験したのである。その後遺症はかなり長くつづく、村が壊滅して何もないというのは以前として変わりないからだ。

国風と東歌に見る人言

(松がうらにさわゑうら立 ちまひとごと思ほすなもろ我がもほのすも)の考察(1)

posted by 老鶯 at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 万葉集
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