2015年01月22日

イスラム国による日本人人質事件(2) (生きるか死ぬかで命が値踏みされる)


イスラム国による日本人人質事件(2)


(生きるか死ぬかで命が値踏みされる)


今回の事件では身代金200億円要求されてそれを支払う価値があるのかどうかと問われる
なにしにいったのかわからないものにそんな金あど払う必要がない
二人にはそんな価値はない、ジャーナリストには多少価値あるが・・・とか言われる

つまりここでは人間の価値が値踏みされているのだ。
こんなやつらを200億円も国で出して助けるべきなのか?
それだけの価値があるのか?
雪山などで遭難したときなども救助するがその額が違う
あとで家族もかかった金を払わされる
だからべつにそんなに助けるか助けないかは考えない
怒られても大問題とはならない

今回は金が巨額なだけではない、外交問題にも発展する
日本がどういう態度をとるか世界が見ている
日本からするとただ迷惑な人たちだから切り捨てろという意見が多い
要するにあの人達に200億円の価値があるのかということになる

人間の価値をではどうして決めるのかとなる。
ここでは一体あの人達はなんのために行っていたのかとなる
そんな危険なところに行って何しようとしていたのかとなる
一人は軍事関係で武器で金儲けするためだったとあり
ジャーナリストはその人を助けるためだという
すでにこの時点でなぜジャーナリストはそんな人を命をかけて助けなければならないのか?
特別な義理が友情があったのかとなる

あの人達は普通の社会から見ればはずれものだろう。
日揮のアルジェリアげ殺された人は石油をとる目的がありそれは国でも価値を認めているこの場合はそうした目的も何もわからない、私的な利害で動いていただけだとなる
そんな人を200億円かけて助ける必要があるのかという議論になる
第一普通の社会では建築現場であれ一万の日給稼ぐのにも事故で死んだりしている
原発の作業では最近二人連続して事故で死んだしすでに10人以上死んでいる
別にその人たちのことは特別扱いされないのである。

この人たの方が原発事故の後始末をしているのだから命の価値があったとならないか?
死んでもそんな巨額な金など払われない
これはどこでもそうである。人間の価値も金で計りえないとしても現実に計られている
もし一人百億円もらえるならもっているならその人は社会ではどうなるのか
それだけの金はどんなことしてもえられない金なのである
第一一人は武器を売ってもうけようとしていた人がいてかえってつかまり
今度は逆にイスラム国に人質になり自分がもうけたい金の百倍もの金が要求される
使われるというのも何か馬鹿げている

ただこの事件で考えたことは人間は生きる死ぬかとなるとき何であれ人間の価値が鮮明に問われる
それは老人が病院でこの人を生かすべきかどうか、延命治療でも問われている
この場合はそれと違って健康でありまだ40代とか若いのが違っている
一方で世界では飢えている地帯もあり子供が死んでいる
その時誰もこの子供生かすべきかどうかもない、生かすべきなことがわかっていてもできないこともある。それも幼い命なのだから老人の命とは違い未来があるから違っている
命の価値は明らかに子供と老人では違ってくる
だから幼い子供の心臓移植でも億の金が集まる
それはこれから生きるものに対して価値を認めているからである。

人間が何であれ一旦生きるか死ぬかとなるとどんな人間であれ最大の関心になり
その人物がどうだこうだとか何のためなんだとか問われる
不思議に重要人物としてとりあげられるのである。
普通の生活ではみんな誰もそんな重要人物にならないのである
みんな誰も注目されないで働いているだけなのである。
その人がどんな人なのか何をしているのかただ金を欲しいからだろうしか考えない
コンビニなどで働いている人に「なんで働いているの」などといちいち問う人はいないのである。

この人たちがこれほど注目されたのは、世界的問題の渦中に入ってしまったからだろう
その目的が不純でも現代の世界の問題の中に日本が問われる存在になった
本人にそういう意図がなくてもそうなったのである。
海外旅行でも別に観光目的でも日本を意識させられる
日本人としていやおうなく意識させられる、それが深刻なものとしてつきつけられる結果となった。
日本人の責任と覚悟みたいなものが外国にでると問われることがある
これはもともとそういう紛争地なのだから予想できていた
ジャーナリストは死ぬ覚悟だと言っていたがもう一人は金儲けにすぎないのだからただ日本に迷惑をかけるやつにすぎないとか批判される
つまりそんな危険な所に勝手にゆくな、日本にとって迷惑になるんだからとなる
だから殺されても仕方がない、自己責任論になる
その自己責任でも本当は行っていいものではない
結果的に自己だけすむならいい、雪山で死んでも助けに行きませんよとなれば誰にも迷惑かけないからである。だからといって死体が見つかれば連絡されて始末しなければならないことはある。

とにかくそうした危険地帯にゆく人は何の目的でゆくのかはっきりさせて第一日本でも許可しない許可しても助けないということを明確に記すべきだとなる
自己責任で誰にも迷惑をかけないならそれずすむならいいが海外になるとすまないからである。
観光に行って行方不明になった人がいるが家族が探すだけで国はかかわらない自己責任である。別に危険な場所に行ったわけでもない、それでも自己責任で国はかかわらないのである。今回のような大迷惑にはなっていない、だからそんな馬鹿高い金など払う必要がないというのがどうしても結論になる。
タグ:人質
posted by 老鶯 at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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