2015年06月17日

三野混沌の土着的生活が現代に問うもの (原発事故で故郷まで失ったものへの教訓)


三野混沌の土着的生活が現代に問うもの

(原発事故で故郷まで失ったものへの教訓)


いちばんむずかしいことで、誰にできること

ふしぎなコトリらがなく
花が咲いている
どういうものか ひとのうちにゆくものではない
ひろいはたけにいけ
きんぞくのねがいするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでととまれ
あせってはならない
きたひとにははなししろ
それでいい
クサをとりながらつちこにぬれろ
いきもはなもつかなくなれ
これはむずかしいことだが
たれにもできることだ
いちばんむずかしいことをのこしておけ
いちばんむずかしいなかでしね
(三野混沌)

現代は戦後十年は江戸時代のつづきだった。燃料は炭だったし電気は裸電球一つしかなかった。家には何もなかったし竈まで使っていた。
その後あまりにも便利になって過去のことが不便な時代のことがわからなくなった。
高度成長時代を経て人間は地方でも確かに田畑を作っていても小さな畑にしがみついて暮らす土着性は失った。
その当時は結局この詩のようにわずかの土地にしがみついてそこから離れることもできない生活だったのだ。

きんぞくのねがいするヤマはたけにいけ
まっしろいはたけへいけ
そこでしぬまでととまれ
あせってはならない

その生活のすべてがその畑にあったのであり他に生活する方法がなかったのである。

これはむずかしいことだが
たれにもできることだ
いちばんむずかしいことをのこしておけ
いちばんむずかしいなかでしね


その当時の残したものはその田畑を維持して生きろということであった。
それ意外生きる道がないからそういう遺言になった。
しかし高度成長時代からは全く変わってしまった。まず第一次産業はGDPの一割に低下した。地方でもこれは同じである。
回りに田畑があっても農業でも林業でも生活できないとなり跡継ぎがないと老人だけが細々と受け継いでいるだけであった。
漁業なども生活するには苦しいと思っていたが実際は原発の補償金で原発御殿が建っていたのである。事故後船主などは補償金がもらいつづけるから他の人とは違う特権者だったのである。

要するに第一次産業は高度成長以後、その役割が極端に低下した。
だから跡継ぐものがいない、農業でも漁業でもやっていけないとなっていた。
実際田舎でも専業農家となると少ない、農家といっても田んぼをもっていても自分では農業しないで他の人に委託している人も多い。
それから減反政策でともかく田んぼをもっていれば金になるとまでなる
最近米の値段が下がったから国で五〇〇億円の補償金を出すことになったのもそうであり国の援助で農業はなりたったいたしこの辺では漁業も原発の補償金で成り立っていたのである。
だからあまりにも戦前のような農業を理解できなくなったのである。
工業化して豊かになると第一次産業は農業は趣味的なもの楽しみとしてやるというのがある。
それでも毎日わずかの畑をするにも草取りだ肥料だ、虫に食われる、ネズミに食われる、盗まれるとかそういう苦労が絶えないのか農業なのである。
ただそれはあくまで趣味であるから昔のように真剣なものとはならない
野菜はとれなくても実際は買って暮らしているのである。
三野混沌の時代はそれが命にかかわってくる,飢えて死ぬということがありうる。

そういう時代のことを忘れていたし山尾三省のことでも書いたが貧乏暮らしが特別なものとして話題にして視聴率をとるような時代である。
それも今になると演技でしかなくなる、山尾三省だって何でパンも食えないような生活しているんだ、それで目立って売り出そうとしているのかというふうにみられる。
三野混沌の詩はそういうものではない、実際にぎりぎりで生きていた現実があって作られたのである。
今なぜそれが見直されたかというと原発事故が起きてからなのである。
原発事故では放射能で一番第一次産業が農業や漁業や林業でも被害を受けたし土が使いなくなり水は汚染されて故郷にすら住めなくなったからである。
その原因がなになのかとなるとやはりあまりにも第一次産業を軽視したのと土着的なものが失われていたのである。
自給自足はその土地にもともとあるものでしか成り立たない、土着的なものから離れて生活していたのが高度成長時代からそうなっていた。
三野混沌だけではない、原発事故で昔の生活を見直されることになったのである。

なぜ故郷にまですめなくなったのか?
それが単に原発事故のためだけだったきか?すでにその前からそういう状況が作られていた。原発事故はその引き金となっただけだとも言える。
つまり多額の補償金をもらって他に移り住む方もいいとなっていたのではないか?
金が万能となり別に故郷でなくてもどこに住んでも金さえあればいいという社会が現代のグローバル社会である。
だから金持ちは税金高くなるから外国に移り住むとかなる

われわれの文化を悩ませる、「駆り立てる衝動」は、現代にとどまることへの躊躇となって現れる。より多くを求め、よりよくなるために過去を捨てていかなければならないわれわれには落ち着きだけではなく、根もない、われわれは同じ場所にとどまってはならないのである。それは職業や生活水準だけのことではない、家族や共同体さえも知らぬ間にだが確実にわれわれがとどまってはならない場所になりつつある
上向きの社会移動性とは単に地位的、階級的、物質的な上方移動を意味するのではない、それは地理的心理的な離別、すなわち両親の価値観や趣味からも遠ざかってゆくことも意味する。(豊かさの貧困ーポール・L・ワクテル)

つまりこの「駆り立てる衝動」がまさに自分が絶えず故郷から離れて旅することにあった故郷という小さな世界を脱するために旅が駆り立てる衝動だったのである。
ただそれは個々人だけではない、現代は全体のエートスとして心情、雰囲気として心持ちとしてそうなった社会である。
だから前々からなぜ簡単に故郷は捨てられ消失したのだろうということが疑問だった。
そんな簡単に何であれ故郷まで消失することかイメージもでてきなかったからである。
だから原発事故で故郷を消失したのではなくそもそもそういう故郷にこだわらない生き方が普通になっていて故郷から離れることに抵抗がなくなっていたともなる

現代は極端に移動する社会である。アメリカは特にそうなっているからアメリカに日本もにてくる。遊牧民的社会になっている。
だからなぜ故郷まで離れて消失してしまったのかというのは原発事故前からの生活そのものにあったともなる。極端に第一次産業は軽視されていたしグローバル経済でさらに豊かな生活を目指すようになっていたのである。
だから大内村の人でも郡山市で補償金で生活するとき帰りたくなくなったというのもわかるのである。
どうしてもすべでが原発事故だけでこうなったのではなくそういう状況を作り出すものがすでにあったから原発事故を契機として一挙に現実化したとも見えるのである。
つまり原発に頼る生活は一見豊かさをもたらしたが危険なものであり根もないものだったのである。
そうして個々の生活をみてもあまりにも贅沢でありその豊かな生活も無理があった。
八人に一人が借金しているとか家を建てるのにも借金してた建てるとか本当に無理してその豊かさを追及していたのである。
正直金になるならなんでもいい、モラルに反することでもいいし原発でもなんでもいいというのが現状だったのである。
もう欲望が無限に肥大化していたのがこの辺であり他でもそうである。

そうかといってももう三野混沌の時代にもどりそんな生活ができるかとなったら農民すらできないのは常に農業が金にならないと嘆くことでもわかる。
そんな極貧の生活を誰もしたくないしそれをやれということは命令することはできない
ただなぜそうした過去の生活が見直されたかというと故郷を失ってもいいのかという深刻な状況が生まれたからこそである。
故郷に暮らせなくなるということがどういうことなのか?
それはまだ自分の場合は暮らしているからわからない、その心境がどうなっているのかわからない、それでも故郷に帰りたい毎日泣いているろ老婆がいるとかは聞いている。
ある人は家族がばらばらになるなら蝋燭で暮らした方がいいという極端なことを言うようになったのも原発事故のためだった。
それなり三野混沌のような極貧でも故郷に住めなるいいという感覚になるのである。
要するに津波であれ原発事故であれはそれは様々なことを考えさせられるものとなった。その一つが三野混沌のような昔の生活も見直される結果になったのである。
しかしそんな極貧の昔の生活にはもうもどることはできない,ただ江戸時代でもそうだが現代を対比して見るとき現代が見えてくるものがある。
だから人間は常に過去を歴史をふりかえり現代を見直すということが必要なのである。

タグ:三野混沌
posted by 老鶯 at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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