2015年07月25日

野馬追い始まる (北郷の武者の集まる館)


 
野馬追い始まる

(北郷の武者の集まる館)

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北郷の郷士集まる館

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五輪塔で同系統で同じ村だろう

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北郷の郷士集まる館かな

鬼百合や列に加わる旗印

振り向きぬ同類の旗誇らかに

草青し旗をなびかせ馬の列

集まれる館や馬のいななきぬ

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野馬追いというのは野馬追いの行列がはじまる前から見ないとわからない、
それぞれの郷があり郷士がそこからでる。
今日は中村の宇多郷と北郷が合流して鹿島区で行列がある。
これはそんなに馬が出ないから迫力はない。

でも野馬追いというのはどこからその馬がでてくるのかその旗印はどこから出てくるのかが大事なのである。
それが地元でもわかりにくいのである。
なぜなら年に一回しかなくどこから馬がくるのか見えないからである。
今回は五輪塔の旗が二騎つづいてきたのでこれは同じ系統の旗であり同じ村のものであるまずこういうふうにとれることがなかなかできないのである。
野馬追いは旗祭りだというときその旗がどこから出るのか大事になる
でもそれがほとんどわからないのである。
行列になったときはすでにその馬がどこから来たかわからないのである。

北郷の郷士の集まる館は海老原さんの家である。そこに宇多郷の人も集まり行列になる。ここの写真の旗印はみんな北郷のものである。
ここに宇多郷の騎馬が集まるとどこの旗印だかわからなくなる。
この旗印を見分けるのが野馬追いではむずかしい。
地元の人でも旗の数が多いからわからないのである。
そして写真でもそれが一瞬のチャンスしかないから写真もとれないのである。
去年までは復興の野馬追いで盛り上がったがまた平年並になるのか?
去年までは草茫々だったが原野に草原になっていたが今は青田もあり半々の景色になっている。

野馬追いはもともと相馬藩の郷士であった人しか原則的には参加できない
誰でも参加できないということで地元でも他は見るだけだから盛り上がらないともなる
参加できる人は確かに侍の出だということで誇らしいとなる
だから野馬追いに金がかかっても出るとなる。
やはり何か侍になったような気分になることは確かだし戦国絵巻の再現である。
その時代だったら何か戦争というのも現代の戦争とは違い人間的だった。
今の戦争は人間が戦争しているのか機械が戦争しているのかわからないからである。
野馬追いの時だけ馬が活きるというのも祭りの特徴である。

なんか野馬追いを外部の人に説明するとなるとまた違ったものとなる。
自分のプログも報道機関の一つだから説明しなければならないと写真をとってきたのである。
地元の報道機関になるとやはり取材があり何かを伝えるという作業である。
それは自分なりにしてきた。
それで相馬のことも他でも理解される一端とはなる。
それはある意味で自分の仕事だともなる


posted by 老鶯 at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 野馬追い関係
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