2015年08月18日

虫の音に関する日本人の感覚 (万葉集時代には音(ね)の表現はなかった)


虫の音に関する日本人の感覚

 
(万葉集時代には音(ね)の表現はなかった)



虫の音や夜更けて聞き一人かな
虫の音や百歳の余命夜のふけぬ
虫の音や貧しき人の声を聞け
外よりそ働く人や虫の声



庭草に 村雨降りて 
こほろぎの 鳴く声聞けば 秋づきにけり

草深み こほろぎさはに 鳴くやどの 
萩見に君は いつか来まさむ

コヱに、A人工物音、B自然物音は70例中1例だけです。
あとはC虫音、D鳥声、E獣声、F人声です。
あえてボクは虫の声を虫音と表現しましたが、
万葉集では「虫の声」と認識していたのです。

虫が羽を擦り合わせて立てる「音」は
万葉集では「オト」とは
訓まれていなかったことは確かです。
http://ameblo.jp/tanonoboru/entry-11771530896.html

万葉集の時代は音(おと)、声(こえ)で表現していて音(ね)と表現しているものがない
これも一つの万葉集の発見になるから興味深い
鳥や獣がなくのも人間の声も声でありそれらを区別していない
蝉の声とか虫の声というのは日本ではなじみがある。外国では蝉とか虫の音に関心がなく雑音にしか聞こえないという。
万葉集時代にすでに日本人は虫の鳴く声を雑音ではない、人間の声と同じように人間的なものに感じていたのである。
音(ね)となったのはあとからである。音(音と)と名と鐘の音(ね)などとなる。

ただ虫の声と虫の音は何か感覚的に相当違う、
声となると複数的に多く鳴いているというのも感じる。だから民の声を聞けと言えば大勢を意味しているしそれは英語のVOICEと通じている
まず英語では虫の音であり声とは表現しない、声となると人間的になるからである。
つまり日本人は虫の声でも鳥でも獣でも鳴くとき人間のように感じていたのである。
そもそも日本の風土は国は狭いのだから繊細な感覚が養われるのに適していた。
中国とかアメリカとか広いから虫の声などに耳を傾けるような感覚にはならない。
声というとき複数的であり音(ね)となると一匹の音(ね)という感覚になる。
今回の自分の俳句は夜更けに聞いたから音(ね)の感覚なのである。
この感覚はただ万葉集時代にはなかったのである。

虫の声であれ音(ね)であれこうした小さなものに注意したのは日本人的感覚である。
日本人は相当に微妙な自然の音に注意していた。その音にはいろいろあった。
芭蕉が音の詩人だというときもそうである。蕪村は視覚の詩人であり画家であったから当然だとなる。画家的な感覚は共通したものがある。
でも虫の音に注目した日本人的感覚は他にないだろう。それでもなぜそれだけ音に敏感だったのに日本では音楽が発達しなかったのである。それも謎であるが日本に音楽がないというわけでもなっかた。雅楽などがありやはり音楽はあり音の世界があった。
芭蕉の

寂けさや岩にしみいる蝉の声

この声は多くの蝉の声である。音(ね)ではない、こういう俳句ができたことはやはり日本的感覚なのである。つまり音の世界にも深いものがあるからこそ音楽が発達した。
だから芭蕉の世界は死ぬまで音にこだわっていて音が人間の命だったのである。

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

いづれにしろ虫の音(ね)というときイメージするのは小さいものの声である。何か権力者とか金持ちとか強い者の声ではない、小さきものへの声に耳を傾けるとなる。
人間も命も虫であり虫の声でありやがてその鳴く声が絶える時死ぬのである。
そういう微けくあわれなものが虫の声に音(ね)として例えられのである。
あわれという感覚もそうである。それは強いものではなく弱い小さいものとなる人間であれ何でもあわれとなる。絶対的な強者などいないからあわれとなる。
聖書の「貧しきものは幸いなり」というときもそうである。
貧しきものとは物質的に貧しいというのではなく心が謙虚な人は幸いであると言っていたただ同時に物質的に貧しいということもイメージしている。

現代人はこういう感覚が豊かになったときなくなった。庶民ですら食べている者か昔の王侯なみということがあるからだ。
それでも今でもこの辺では安い住宅に住んでいる人は昔の長屋に住んでいる感覚になる。でも田舎でもみんな一軒屋に住んでいる。
奇妙なのは仮設住宅が長屋ににている、てもそこに住んでいる人が貧しいかというとそうではない、補償金をもらって豊かなのであり仮設は一時的な仮の生活だから長屋暮らしとは根本的に違うのである。
現代では清貧とか何か貧しいという感覚は共有されていない江戸時代は貧しいということはありふれたことである、戦前でも戦後十年でもそうである。
日本は高度成長時代になったとき急速に変貌してしまったのである。
貧しさのなかで清く生きるとか貧しくても心豊かに生きるとか江戸時代の人々はいい顔して幸福そうだったということなどイメージできなくなったのである。
都会ではもう騒音化した世界であり虫の声とかもかきけされている。
田舎だとまだ虫の声や蝉の声や音の世界に聞き入ることができる

●我のみや 夜船は漕ぐと
 思へれば 沖辺の方に 楫の音すなり

大伴家持の歌とされるS4460を『新潮集成本』より写します。

●堀江より 水脈さかのぼる 楫の音の
 間なくぞ奈良は 恋しかりける
 
 
 舵の音に注目しているのもそうである。奈良に堀江があり舟が通っていたというのも奈良らしい。梶の音が聞こえてそこに生活があったのである。
江戸時代でも江戸には水路があり舟が通っていたからそういう音に注目することはあったろう。
それは沈黙の世界であり夜の闇が深いから音に敏感になるのである。
現代は音にあふれた結果かえって虫の音とか自然や生活の音に鈍感になった。
それときりもなとさず人間同士でも人間の声は無視されているのである。
車とか機械とか騒音化された世界でありかそかな人間の声は無視される、政治でもそうであり人間同士でも相手を思うこともない非情な世界になっているのだ。
おにぎりが食いたいとか言って死んだ人があるように貧しい人が見えない世界であり貧しいということはあってはならない隠されることである時代でもある。
貧しい時代は貧しさ共有していたからかえって連帯感があったというのも不思議である。





タグ:虫の音
posted by 老鶯 at 03:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本(世界)文化文明論
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/161743929
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック